『海鳴極上生徒会』






第7話 「秘密のパヤパヤ!?」





「うー、眠いよプッチャン〜」

目を擦りながら部屋を出るりのに、プッチャンが呆れたように肩を竦める。

「んな事言ったって、仕方ないだろうりの。
 また朝飯抜きであのマッド作の非常通路なんか使いたくねえ」

プッチャンが言う非常通路とは、山を挟んで真反対の位置に立つ寮に備え付けられている通路の事である。
山をくり貫き学園へと直通で通じているため、普通に通学路を歩くよりも遥かに速い上に、
自分で歩かなくても、最大で四人まで乗れる横長の椅子に乗っているだけで良いという、画期的なものである。
ただし、利用者は先日のりの以外、今まで居なかったのだが。
何せ、山の中腹よりも上に寮があるのを良いことに、この椅子はまず垂直に落ちる。
その後、45度程の傾斜へと移り、そのまま水平へと移行するのである。
そこで止まるならまだしも、そのまま今度は足を上にして落ちるのと同じような経路、
つまり、45度の傾斜から垂直を昇るのだ。
それも、口に出したくないような速度で。
結果、学園まで五秒かからないという記録的速さを持つのに利用者が居ないのであった。

「ったく、もうちょっとましな風に作れないのかよ、あのねーちゃんは」

「でも、ちゃんとテストはしたって言ってたよ」

「殿をテストに使った時点で間違っている事に気付くべきだったんだな。
 殿が平然としていたとしても、普通の人間が耐えれるかってんだ」

「あははは」

朝からそんな話をしていると、丁度奏の部屋から本人が出てくる所だった。

「あ。奏会長だ」

挨拶しようと近づくりのをプッチャンが止める。

「待てりの。あれを見ろ」

言ってプッチャンが奏の部屋を指差す。
丁度、廊下へと出た奏は扉を閉めようと…………、閉めずにそのまま数歩進む。
その後ろから恭也が出てきて扉を閉める。

「あ、恭也先輩も一緒だ」

「違うだろう、りの!
 今のを見て、それだけか?」

「へっ? 他に何かあるの?」

「はぁぁ。これだからお子様は」

やれやれと首を振るプッチャンに、りのは膨れてみせる。

「そんな事ないもん」

「それが既にお子様だっての。良いかりの、あの二人が同じ部屋から出てきたんだぞ」

「うん。それで?」

「何かあると思うのが普通だろう」

「何があるのかしら?」

「あ、奏会長。おはようございます」

「おはよう、りの」

「恭也先輩もおはようございます」

「ああ、おはよう。で、プッチャンはどうかしたのか?」

「それが良く分からないんです」

「な、何でもないさ。ほら、りの、さっさとご飯だ、ご飯」

「わっわわ! ま、待ってよ。引っ張らないで〜」

りのが何かを言う前に、プッチャンがりのを引っ張っていく。
それを不思議そうに見ると、恭也と奏も食堂へと向かうのだった。



  § § §



その日の昼休み。
学園の食堂で奏と恭也、りのは一緒に食事をしていた。
奏と恭也という生徒会を代表する二人が一緒にいるせいか、
チラチラと視線を向けてくる生徒が後を絶たないのだが、
二人は全く気付いておらず、りのも気付かずに食事を続ける。
そんな中、唯一その視線を感じ取っているプッチャンだったが、特に気にした風もなくただ黙々と食べ続ける。
と、不意に奏はナプキンを手にすると、隣に座る恭也へと自然に手を伸ばす。

「恭也、口のところに」

言って恭也が何か言うよりも先に、口の横に付いていたソースを拭き取る。
恭也の方も特に何かを言おうとする素振りもなく、ごく自然にそれを受け入れている。
あまりに自然なために、誰もそれを何とも思わなかったのだが、唯一、プッチャンだけが目を怪しく光らせる。

「ありがとう、奏」

「いいえ。ほら、りのも」

恭也の礼に笑顔で答えると、逆隣に座るりのの口元も拭ってあげる。

「ありがとうございます」

「いいのよ、気にしなくて。それよりも、食事を続けましょう」

「はい」

奏の言葉に元気良く答えるりのを、二人は温かく見る。
再び食事を始めたりのに代わるように、プッチャンが二人に話し掛ける。

「それにしても、殿と会長さんは仲が良いんだな」

「まあ、悪くはないな」

「ほうほう。さっきのような事も自然となるぐらいに仲が良いと」

プッチャンの何かを探るような言い方にも気付かず、今度は奏が答える。

「さっきの? 何かおかしな事でもしたかしら」

「いや、何もなかったと思うが」

が、ぷっちゃんの予想に反し、二人は全く意識していない様子だった。
思わず挫けそうになりつつも、何とか立ち直ると、

「いや、さっき……」

「あ、恭也。今度はご飯粒が」

「ここか?」

「逆よ。はい」

恭也が手で押さえた場所とは逆の所についていたご飯粒を摘み取ると、そのまま食べる。
それを見てプッチャンは指を勢い良く二人へと突き刺す。

「それだよ、それ!」

「それって?」

「どれだ?」

二人は首を捻り背後を見るのだが、当然そこには何もない。
そのまま首を戻してプッチャンへと視線を戻すと、プッチャンはもどかしそうに身体を激しく上下に揺する。

「わわ。プ、プッチャン、食べ辛いぃぃぃぃ」

プッチャンが激しく上下に動くため、りのの片腕がそれに合わせて上下に揺れる。
結果、りのの身体も振動して食べ辛そうにプッチャンを見詰める。

「す、すまねえ、りの。俺様とした事がつい我を忘れてしまった」

ふー、と額の汗を拭う仕草を見せるプッチャンを二人は益々不思議そうに見る。

「幾ら仲が良いって言っても、今のは良過ぎないか?」

「今の? ああ」

ようやく何を言っているのか気付き、恭也は頷く。
その横で奏も頷いているところから見れば、どうやらこっちも分かったらしい。

「そうは言ってもな。初めの内はいいって言って止めてたんだがな。
 それでも、何度もしてくるのでな。その内、何も言わなくなったんだったな」

「何度もって程でもないでしょう。でも、いつの間にか何も言われなくなったわね」

「まあ、そういう訳でもう慣れたって所か」

「あら、それは残念。あの頃みたいに照れている所もちょっと見たかったかも」

言って微笑む奏に恭也も小さく笑い返す。
そこへ、二人の話を聞いていたりのが割り込む。

「あのー、奏会長と恭也先輩って昔からの知り合いなんですか」

「そうだな。かなり昔からな」

「ある意味、幼馴染よね」

「だな。まあ、色々とあって会えない期間とかもあったがな。
 初めて会ってから、十年ぐらいだな」

「ええ」

「なるほど、二人は幼馴染だったのか。それなら、今さっきのも納得が…………って、いくか!」

行き成り大声を上げるプッチャンに、三人が不思議そうな顔を見せる。

「って、何でそんな顔をしてるんだよ!
 まるで、俺一人がおかしいみたいじゃないか!
 って、もしかして、俺がおかしいのか!? なあ、りの、俺が可笑しいのか!?
 俺は知らない間に宇宙人に攫われて、可笑しな事を口走るようになっちまったのか!?」

「いや、落ち着けプッチャン。流石に話が突拍子なさすぎる」

「ふーふ。すまねえ、殿。
 あまりの状況に、俺だけが可笑しくなったかと思ってしまってな。
 信じたくなかったんだ」

「そうか。よくは分からないが、認めることも大事だぞ」

「そうよ、プッチャン。私たちで力になれるのなら、何でも言ってね」

「すまねえな、二人とも。もう大丈夫だ」

「よかったね、プッチャン」

「ああ、りのにも心配させちまったな。
 どうやら、俺の認識がおかしかったみたいだ。
 二人は幼馴染だもんな。あれぐらい。
 って、やっぱり可笑しいだろう、それ!
 そもそも、二人のせいなのに、何でお礼を言っているんだ、俺は」

「わー、プッチャンがまたおかしくなったよ〜」

「俺か!? 俺が本当におかしいのか!?」

「プッチャン、落ち着いて〜」

「はー、はー。す、すまん。
 また興奮してしまったな。まあ、人それぞれだし、幼馴染もそれぞれって事だな」

「うん、そうだよ」

何かよく分からないが、りのとプッチャンの間でどうやら話は纏まったようで、恭也と奏も胸を撫で下ろす。
そこへ、りのがにこにこ顔のまま危険な発言をする。

「幼馴染なんだから、朝に同じ部屋から出てきても可笑しくないよね」

瞬間、食堂の時間が止まったようだった、と後にプッチャンは語った。
その発言に流石にそれはないだろうとプッチャンは突っ込みつつ、
そう言えば元はこれを聞くのが目的だったと今更ながらに思い出す。

「そうだった。それを聞こうと思っていたんだ。
 ただの幼馴染がどうして、同じ部屋から登校してるんだ?」

言って二人の方を見るも、当の二人は全く動じた様子もなく逆に不思議そうにプッチャンを見る。
そのあまりにも自然な仕草に、またしてもプッチャンは自分が可笑しいのかと思いそうになるが、
耳をそばだてている周りの雰囲気からも、それはないと強く確信する。
それに対する答えをどちらかが言おうとした所で、予鈴が鳴る。

「あら、大変だわ」

「だな。急いで食べてしまわないと。
 りのも急げよ」

「はい」

慌てて残っているものを食べる恭也とりのの間で、奏だけはいつものようにゆっくりと食べていく。
更なる追求をしたかったプッチャンだったが、仕方なく自身も食べかけの皿に口を付ける。
この騒動が後に大きな騒ぎをもたらすなど、この時には知る由もなかった。



  § § §



放課後、いつものように生徒会室に集まったメンバーは、全員が会議の席へと着いていた。
全員が揃ったのを確認すると、副会長の奈々穂が口を開く。

「さて、皆も既に知っているだろうが、今回は午後から出回った噂に関してだ」

「噂?」

「奈々穂、少なくとも俺と会長は知らないが」

恭也へと顔を向けて首を傾げた奏に頷き返してそう告げる恭也へ、奈々穂はさもあらんという顔を見せる。

「それはそうでしょう。その噂はお二人のことですから」

「私たちの? 一体、どんな噂なの」

「久遠、頼む」

「はい。
 色々と尾びれなどが付いて広まっていますが、簡単に言うと会長と会長補佐が同棲しているというものです」

「同棲って。寮だぞ。それを言うのなら、寮に住む者全員と、ってことになるが」

久遠の報告に驚きつつもそう言う恭也へ、奈々穂が首を横へと振る。

「そうではありません。二人が同じ部屋で寝起きしているという噂です」

「まあ、そんな噂が」

「困ったものだな。だが、人の噂も七十五日と言うし、ほっとけば収まるんじゃないのか」

あまり慌てた様子のない二人に疲れた顔を見せると、奈々穂は手を上げる。
それを受け、久遠が立ち上がる。

「それがそういう訳にもいきません。内容が内容だけに、生徒の間ではかなり憶測で話が進んでます。
 その上、その事実を探ろうとパパラッチ部と新聞部に動きもあります。
 このまま寮にでも忍び込まれれば、私たちのプライバシーまで侵害される恐れがあります。
 そればかりか、この二つの部の行動を切っ掛けに、寮に忍び込む生徒が出ないとも限りませんし」

「確かにそれは困るな」

ようやく困ったような顔をする二人に、奈々穂は少しだけ溜め息を吐くと詰め寄るように恭也を睨む。

「で、どうして会長補佐は会長の部屋から出てきたんですか。
 りのに確認しましたけれど、それは事実なんですよね」

メンバー全員の視線が恭也と奏へと向かう中、
二人は特に慌てた様子も見せずにどちらが話し出すかを目で確認する。
この辺りの呼吸には他のメンバーも慣れているので、他の生徒たちのように今更騒いだりはしないが、
語られる言葉には興味津々といった感じで耳を澄ます。

「何でもなにも、単に忘れ物をしたから取りに行っただけだぞ」

『忘れ物?』

思いもかけない言葉に全員が見事に声を揃える中、恭也が聖奈を見る。

「ほら、昨日の夜に聖奈も一緒に奏の部屋で課題をやっただろう」

「あー、はいはい。三人でやりましたね〜」

「その時のノートを奏の部屋に忘れてしまってな。
 気が付いたときは深夜だったんだ。
 流石に深夜に訪ねて行くわけにもいかないだろう。
 だから、今朝取りに行ったんだ」

「本当ですか、聖奈さん」

「ええ。課題を一緒にしたのは本当よ」

奈々穂の確認を肯定する聖奈に、全員が肩から力を抜く。

「なぁ〜んだ。残念で、がっくりで、肩透かし〜。
 折角、暇つぶしになりそうな面白い事が起こるかと思ったのに」

「れいん、そんなに暇をつぶしたければ、仕事をやろう。
 今の真相を生徒たちに教えるんだ」

「えー。って、嘘です、冗談です、言ってみただけです。
 すぐに、今すぐ、早急にやります! 小百合も手伝って」

言うや否やれいんは立ち上がると、小百合の返事も待たずにその腕を掴んで生徒会室から出て行く。
その背中を呆れたように眺める奈々穂へ、久遠が声を掛ける。

「奈々穂さん。
 もう放課後ですから、今から真相を話したところで、既に居ない生徒もいるんじゃありませんこと?」

「分かっている。香に美由希。今の会長補佐の言葉を書面にして、明日までに掲示板へ頼む」

「「はい」」

「これで少なくとも明日には真相が伝わるはずだ」

「そうですわね。ただ、このまま問題がなければ良いんですが……」

「それはどういう……」

奈々穂が訪ねようとしたのを手で制すると、久遠は携帯電話を取り出す。
相手とニ、三言交わして携帯電話を切ると奈々穂に、いや、全員を見据える。

「隠密からの報告です。既にパパラッチ部と新聞部の一部が寮の前に張り付いているそうです」

久遠の報告に奈々穂は頭を抱えたくなる。
そんな奈々穂へと久遠がどうするのかと目で問い掛けてくる。

「捕まえて真相を聞かせるしかないだろう」

「問題は、それを素直に信じるかどうかですわね」

「とりあえず捕まえない事にはどうしようもない。
 美由希、香は予定を変更して新聞部とパパラッチ部の捕縛だ。
 市川と蘭堂で代わりに書面を頼む。
 忍とノエルさんも特に何もなければ、美由希たちの手助けを」

全員へと指示を出すと、奈々穂は拳を握り締める。

「何としても、新聞部とパパラッチ部の侵入を阻止するんだ。
 ある事ない事記事にされてはたまらんからな。極上生徒会、動くぞ」

『はい』

奈々穂の言葉に返事を返すと、それぞれの作業へと入るべく動き出す。
そんな中、恭也と奏は顔を見合わせる。

「さて、俺たちはどうしたもんか」

「そうね。何か手伝える事があれば……」

「いえ、お二人は大人しく寮に居てください」

「そうですわね。お二人が寮へ帰ったとしれば、新聞部もパパラッチ部も動きを見せるはずですし」

「仕方ないか。大人しく帰るとするか」

言って鞄を掴むと、恭也と奏は寮へと戻って行く。
それを見送ると、奈々穂は疲れたように腰を降ろす。

「はぁー。全くあの人形め。いらん仕事を増やしてくれる」

「本当ですわね。騒ぎは離れて見ているからこそ面白いものなのに」

中々不穏な事をいう久遠を一睨みした後、奈々穂は仕方なさそうに背を伸ばして再び立ち上がる。

「私も現場へ行ってくる」

「ええ、いってらっしゃい。私たち隠密は特にする事もありませんし、寮へと戻ってますわ」

「ミートゥー」

そう言って鞄を手にする久遠に続き、シンディも同様に立ち上がる。
それに軽く手を振って答えると歩き出す奈々穂の横に並ぶ。

「帰るんじゃないのか」

「あら、帰りますわよ。ただ、方向が一緒ですから」

「そう言えば、そうだったな」

寮の周りに居る新聞部たちの元へと向かう奈々穂と、寮へと帰る久遠。
どっちも目的地は同じだった事を思い出し、奈々穂は苦笑するのだった。

「疲れているのかもしれんな」

「精々、気を付けて下さいね」

「言われるまでもない」

「鬼の霍乱という事もありますし」

「どういう意味だ、それは」

「さあ?」

そんな会話を繰り返しながら、二人は並んで歩く。



  § § §



その後、美由希たちと合流した奈々穂、香、小百合の働きもあり、あっさりと両部の部員を捕まえる。
そこで事の顛末を話して彼女たちを解放した奈々穂だったが、やけにあっさりと引き下がった事に首を捻る。
だが、事実を知ったためだろうと考えると、これで事件は片付いたと寮へと戻る。
その旨を恭也と奏に伝えた後、生徒会のメンバーは日常へと戻って行く。
夕飯を食べた後は、各自自由な時間を過ごす。
休憩所のようになっている一室では、ソロバンを弾くまゆらに忍が擦り寄る。

「ねえねえ、まゆら〜」

「なによ、忍。私は忙しいんだけれど」

「えへへ〜。実はお願いがあるんだけれどね〜」

「予算の件なら却下よ。あれで充分のはずよ」

「あー、その事なんだけれどー。これ、あげる」

言ってまゆらの目の前に紙切れを投げ出す。
それが丁度、ソロバンの上に落ちて、まゆらは見るともなしに見てしまう。

「…………忍。この0が並んだ紙は何かしら」

「知らない? それが請求書っていうものだよ」

「請求書は知っています!
 私が聞いているのは、何故、こんな値段の請求書があるのかって事です!」

「勿論、買ったから」

何当たり前の事を、と見てくる忍の肩を両手で掴む。

「そんな事も分かってるんです! どうやって買ったんですか。
 そして、どうして私に渡すんですか!」

「だって、ツケにしてもらったから。という訳で、支払い宜しく〜」

「宜しくじゃありません! こんな予算、何処にあるって言うんですか!」

「ほら、そこはまゆらの腕で何とか」

「どうしようもないでしょう! そもそも、私の腕ってなんなのよ!
 ない所からどうやって出せって言うの!」

「ほら、そこは裏会計とか」

「そんなものありません!」

「え、ないの? 一円も」

「何故、そこで不思議そうな顔をするのよ〜」

がっくりと項垂れるまゆらに、忍は陽気に笑う。

「ま、まあ、過ぎた事を悔やんでも仕方ないわよ。
 ほら、くよくよせずに考えましょう。
 間違いは誰にでもあるんだから」

「ありがとう、忍」

目元を拭って笑みを見せるまゆらに、忍は良いってと手を振って笑う。
が、そこでまゆらは動きを止めると、再び忍の肩へと手を置くと、前後に激しく揺する。

「って、それじゃあ私が悪いみたいじゃない!
 どう見ても忍が悪いんでしょう! なのに、いつの間にか責任転換してるし!」

「まゆら、過去ばっかり振り返ってても仕方ないのよ。
 未来を見据えなきゃ」

「今のこの状況じゃなければ良い言葉なんでしょうけれどね。
 と言うより、当事者が口にする事じゃないわよ。うぅぅ〜」

「まあまあ。落ち込まないでよ」

「誰のせいだと……」

がっくりと項垂れつつ、まゆらは力なくソロバンの球をパチン、パチンとゆっくりと弾く。
その様子に流石の忍も引き攣った笑みを見せつつ、静かにゆっくりとまゆらから離れる。
そこから離れた所では、りのにれいん、小百合に美由希がトランプをしていた。

「あははは、ぶたです」

「ツーペア」

りのの隣に座っていた小百合が自身のカードをテーブルに広げる。
そこへ、美由希が持っていたカードを出す。

「スリーカード♪」

「ふふふ。皆まだまだ甘い、ぬるい、ひよこ。
 ずばり、フォーカード。よっし、勝ち〜!」

ガッツポーズを取るれいんと、カードを集めてシャッフルする小百合。
美由希は小百合がカードを配ろうとするのを止める。

「次はポーカーじゃなくて、ババ抜きで勝負しよう」

「そうですね。それなら、れーちゃん先輩に勝てるかも」

「ふっふっふ。りの、大きく出たわね。
 あっしは何でも良いよ。小百合、カードを配って」

れいんの言葉に頷くと、小百合はカードを配り始める。
こうして、ポーカーからババ抜きへと内容を変えて勝負は続く。
それらを眺めながら、奈々穂と久遠はお茶を飲んでいた。

「はあ、一時はプライベートが無くなるかと思ったが、何とか無事にすんで良かった」

「本当ですわね。でも、やけにあっさりと帰りましたわね」

「まあ、彼女たちの欲しがるようなネタがなかったからだろう」

「でも、速めに対応して良かったですわ。
 一応、この学園に入学する上で厳選に面接しているとはいえ、
 これに乗じて男子生徒が侵入してくる可能性もありましたし」

言われてようやくその事に思いついたという奈々穂に、久遠は小さく肩を竦める。
それに顔を顰めつつも、何も言わずにカップに口を付ける。

「ん? 美味いな、これ」

「それは良かったですわ。これは今日、届いたばかりなんですのよ。
 でも、やはり紅茶を淹れるのは恭也さんには敵いませんわね」

「まあ、本職に近いからな」

そんな風にそれぞれがゆっくりと寛いでいると、突然、忍のポケットから騒がしい音が鳴り響く。

「何事だ、忍」

「侵入者よ!」

異音に真っ先に声を上げた奈々穂に、忍が急いで返す。

「侵入者だと?」

「そうよ。念のために寮の周りにちょっと仕掛けをね。
 で、これが侵入者を知らせる装置って訳」

言ってポケットから小さな何かを取り出す。
音を出すスピーカーらしき部分の他に、両側に幾つかのスイッチが付いている。

「予算の都合が付けば、ちゃんとした奴を付けて寮内中に警報を鳴らせるようにしたいんだけれどね」

言いつつまゆらを見るが、先程の事があるせいか、その視線は何処か泳ぎ、まゆらの上を過ぎる。
ともあれ、忍の言葉の内容からすると寮に誰かが入り込んだという事になる。

「まさか、新聞部やパパラッチ部じゃないだろうな」

「可能性はありますね」

「だとしたら、会長の部屋が危ない!」

言って駆け出す奈々穂の後に、他のメンバーも続く。
もう少しで奏の部屋と言う所で、中から甲高い声が響く。
奈々穂たちが中へと入ると、そこには奏と恭也の姿とそれをカメラに収める女子生徒の姿。
部屋で二人っきりに居る所を取ったと喜ぶパパラッチ部と新聞部の面々は、
ようやく現れた奈々穂たちに勝ち誇った顔を見せる。

「あの程度の嘘では騙されません。我々は常に真実を民衆に伝える義務があるんですから!」

「この状況こそが、まごうことなき動かぬ証拠です!」

言って力説する二つの部の部長に、恭也と奏は首を傾げる。

「あー、奈々穂たちが言った事は嘘ではないんだが……」

「そうよね。今だって、単に一緒に勉強をしていただけだし」

確かに二人の言う通り、小さなテーブルの上には教科書やノートが乗っており、
二人はその手に筆記具を握っている。
そこまで確認していなかった両部の部員たちが慌て始める。
寮に忍び込んで奏の部屋へと入った所、二人の姿があったので思わずシャッターを切るのに夢中になっていた。
その為、状況をよく見てなかったのである。
更に、焦る面々へと恭也が腕を動かす。

「因みに、二人きりでもないんだが」

「は〜い。私もさっきからいたりなんかしちゃってます」

恭也が指差したのは、四つある扉のうち、入り口から見て右側手前にある扉だった。
恐らく奏の寝室と思われる所へと続くのだろう扉から、辞書を手にした聖奈が現れる。

「あらあら。いつの間にかたくさんお客さんが来てるわね〜。
 それはそうと、辞書ってこれで良いのかな」

「ええ、それよ。ありがとう、聖奈」

「いえいえ。えっと〜、それでこの方たちは?」

いつもの笑みを浮かべたまま尋ねる聖奈に、言葉をなくす部員たち。
その襟首を生徒会メンバーが掴む。

「さて、理由はどうあれ不法侵入だ」

「その上、記事の捏造疑惑もですわ」

奈々穂と久遠に睨まれて完全に声も出ない部員たちを生徒会メンバーは引っ張っていく。
全員が部屋から出て行ったのを確認すると、恭也と奏はほっと胸を撫で下ろす。

「本当に助かった、聖奈。
 勉強しているとはいえ、本当に二人だけだったら何を書かれる所だったか」

「いえいえ。礼には及びませんよ〜」

全員の注意が恭也と奏にいっている間に、
聖奈がこっそりと部屋へと入り、あたかも最初から居たように振舞ってくれた事に礼を述べる。

「それに、会長の部屋だったからこそ出来た事でしたし」

言って聖奈は自分が出てきた部屋の扉を空ける。
そこは本棚と箪笥、それにベッドが一つあるだけで、棚には何も置かれていない。
外からちらりと見れば、暗い事もあり寝室には見えなくもないという部屋だった。
ただ、この部屋は少し変わっており、入って左にはベッドが、右には箪笥と本棚があり、
部屋の真中には一切物が置かれていない。机やテーブルさえも。
その突き当たりの壁にはそういったものの代わりに、またしても扉があった。
その扉を開けると、隣の恭也の部屋へと出るのはここに居る三人だけの秘密だったりする。

「流石にこれを知られると、誤解と言っても通じないだろうな」

苦笑する恭也に聖奈は変わらぬ笑みを浮かべたままだった。

「とりあえず、これであの子たちも懲りたでしょうから、当分は大人しくなるんじゃないかしら」

「そう願うよ」

言って恭也はテーブルの上にあった勉強道具をさっさと片付ける。

「さて、ゆっくりとお茶でも飲むつもりだったんだが、聖奈はどうする?」

「うーん。私は良いです。あっちの方が気になるますから。
 それじゃあ、私はこれで」

言って楽しそうに出て行く聖奈の後姿を見送ると、奏が用意したお茶を口に含む。

「美味いな」

「ありがとう」

恭也の言葉に微笑を見せると、奏も自分のカップに口を付ける。
勉強というのは、単に恭也が近づく気配を感じて急遽でっち上げた嘘だったりする。
話を聞いただけでは納得しなくとも、実物を見れば納得するだろうと。
昨夜、聖奈も一緒に課題をしていたというのは本当だが。

「聖奈には助けられたわね」

「ああ、本当に助かったな。
 まさか、護衛のために俺の部屋と奏の部屋が繋がって居る事がこんな形で役に立つとはな」

言って、聖奈が出てきた部屋の扉を見る。

「本当に心配のし過ぎなんだから。そこまでしなくても良いのに」

「万が一のためだ。それに、奏もそう強く反対しなかっただろう」

「そうだったかしら」

首を傾げて惚けてみせる奏に苦笑しつつ肩を竦める。

「悪い事は全部俺のせい、という訳か」

「あら、あれは悪い事なの?」

「悪かった。俺の負けだ」

言って両手を上げて見せる恭也へと、奏は優しい微笑を投げるのだった。



一方、寮の玄関フロアでは…………。
正座をさせられた新聞部とパパラッチ部の部員たちが延々と続く説教に、足の痺れを我慢して耐えていた。
それを後ろで見ている美由希たちも流石に可哀想に思いつつも、同情する気はなかったりするのだが。





続く




<あとがき>

今回は、テレビでもやってたパヤパヤなお話。
美姫 「恭也と奏の部屋は隣同士だったのね」
まあ、そうなるな。
美姫 「他にも色々と考えていたみたいだけど、それは出てこなかったわね」
今回の話には関係ない所だしな。
美姫 「ってことは、いつか出てくるの?」
寮が舞台になれば、もしかしたら。
美姫 「まあ、先の長くなる話だろうけれどね」
うぅぅ。チクチクと苛める〜。
美姫 「あーはいはい。それじゃあ、次回も極上よ〜」
ではでは。







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