『海鳴極上生徒会』
第9話 「予算がない!?」
生徒会室で行われる定例会議。
その会議もそろそろ終わりという段になった時、一人の役員が手を上げる。
きっちりと分けた髪に少し手をやり、会計であるまゆらは席を立つと全員を見渡す。
「いきなりですが、予算がもう本当にありません」
その言葉に、奈々穂が反応してまゆらへと問い詰める。
「予算がないってどういう事だ。まだ予算配分もしていないのに!?」
「仕方ないじゃないですか! この間の忍の発明品の所為で、予算がないんですから!」
まゆらの叫びに、全員の視線が忍へと集中する。
視線の先で忍は、小さくペロリと舌を出し、自分の頭を拳骨で軽く叩く。
「えへ☆ 失敗、失敗♪」
そんな忍へと、奈々穂たちはじっと白けきった視線を浴びせ続ける。
その視線をじっと浴び続け、忍もゆっくりと拳を下ろし肩を落とすと小さくなる。
そんな忍を一瞥すると、久遠がまゆらへと質問する。
「まゆらさん、どうにかなりませんの?」
「そうだ、そうだ〜。そこを何とかやりくりするのが、会計の腕の見せ所でしょう」
「何とかしたいのは山々ですが、現在完全に赤なんです……。
ないものはどうやっても出せません。
って言うか、やりくりのしようもないじゃないですか!
そもそも、事の原因である忍にだけはそんな事を言われたくありません!」
「うっ、ご、ごみん」
まゆらの剣幕に、さしもの忍もすんなりと謝る。
が、予算がないのは事実でどうしたものか頭を捻る。
「まあ、ない以上は稼ぐしかないんだがな……」
奈々穂がポツリと呟いた言葉に、全員がそれしかないかと項垂れる。
「でも、どうやって稼ぐんですか?」
美由希の最も当然の質問に、れいんが勢い良く立ち上がる。
「手っ取り早く稼ぐなら、ギャンブルっしょ」
「おいおい、ギャンブルって。元金もないのにか?」
「そ、それはほら、皆からカンパを……」
「ギャンブルする金をカンパって、頼むぜお子ちゃま先輩……」
れいんとプッチャンのやり取りを呆れたように見ていた奈々穂へ、久遠が口を開く。
「でも、それは良いかもしれませんね」
「久遠まで何を言い出すんだ。学生の身でギャンブルなんて……」
「違いますわ。私が言っているのは、宝くじですわよ。
これなら、当たれば大きいでしょう」
「そう簡単に当たるはずもないだろう」
肩を竦める奈々穂に、久遠はやらないよりはましと提案する。
全員の視線が奏の決定を待つようになる中、奏はゆっくりと首を傾げて頬に手を当てると、
少し困ったような顔で隣に座る恭也を見詰め、ゆっくりと口を開く。
「恭也、宝くじって何かしら?」
『……………………』
沈黙が生徒会室に降りる中、恭也は呆れたような溜め息を一つ吐く。
「奏、その冗談は皆が本気に取ってしまって冗談になってない」
「あら、そうなの。それは残念ね」
恭也の言葉にあっさりとそう言うと、奏は手をポンと叩く。
「まあ、それぐらいなら良いんじゃない」
「……そ、それでは宝くじは後で買ってきます」
奈々穂が気を取り直すように言うのを受け、ようやく他の者も動き始める。
まずまゆらが奈々穂へとその予算を口にする。
「とりあえず、その為に出せるのは一万円が限界ですから」
「分かった。まあ、駄目元で買ってくる。
だが、それ以外にも確実で堅実な方法を見つけなければ」
「やっぱり堅実に稼ぐのならバイトをするしかないのでは」
香の尤もな意見に他のメンバーも頷くより他はない。
時間は掛かるがそれが一番確実である。
と、そこへ今まで黙っていたプッチャンが口を開く。
「副会長さんよ。普通にバイトするよりももっといい方法があるぜ」
「それは本当か?」
プッチャンの言葉に尋ね返す奈々穂に、プッチャンは不適な笑みを浮かべてみせる。
全員がプッチャンの発言を待つ中、プッチャンは自身満々に口を開く。
「ずばり、この極上生徒会のメンバーで喫茶店をすればいいのさ!
勿論、ただの喫茶店じゃなくウェイトレスは皆、可愛い制服を着てな。
幸い、極上のメンバーは上玉揃い。
メイド服の一つでも着て給仕すれば、すぐさま客はやって来るってもんよ」
プッチャンの言葉に全員がどう反応して良いか悩んでいるうちに、
りのが真っ先に楽しそうな声を出す。
「何か楽しそうだね、プッチャン」
「ああ。そして、俺様はそんな美女たちを間近で見れる。
まさに一石二鳥ってやつだ」
「メイド服なんてわたし初めてだよ。どんなのかな?」
「りのにはあまり期待してねぇよ。やっぱり、ここは会長さんと殿に頑張ってもらわないとな」
「恭也先輩がメイド服を着るの?」
「違う違う。殿には執事の格好をしてもらうんだよ。
これで女性客もゲットだぜ!」
既に決定したかのように話す二人を香が止めようとするが、それよりも早く奏が声を掛ける。
「りのはやってみたいの?」
「はい! 何だか楽しそうです! 奏会長も一緒にやりましょうよ〜」
慌ててりのの口を塞ごうと奈々穂が動くが、時既に遅く、奏はいつもの笑みで一つ頷く。
「そうね、りのがそう言うのなら」
「あ、ああ〜」
がっくりと肩を落とす奈々穂に対し、まゆらが当然の疑問を口にする。
「ですが、店を開くといってもその費用すらありませんが……」
「そこは任せな。場所は食堂を使えば良いんだ」
「でも、食べ物や飲み物は……」
「それは大丈夫ですわ。管理人さんに事情をお話して、寮の食材を使わせてもらえば」
久遠の言葉にまゆらは尚も食い下がる。
「ですが、一日は何とかなりますけど次の日からはどうする気なんですか」
「ですから、初日に完売させるぐらいの気力で皆さんに頑張ってもらうんですわ。
そうすれば、その売上を費用として使えるではありませんか」
いつもの笑みのまま語る久遠に、まゆらは肩を落として説得を諦めるとソロバンを取り出す。
「この学園の総生徒数が…………。一人辺り、500円から1000円の支払いがあったとして。
あ、全員が来るとは限らないから、約1/3が来たとして…………」
計算を始めるまゆらを余所に、プッチャンが楽しそうに語る。
「さて、それじゃあ次は衣装だが……」
「それなら私に任せて」
聖奈が楽しそうに手を合わせて名乗り出る。
「こんな事もあろうかと、執事さんの着る服とメイド服を数着用意してました」
「いや、まあ助かると言えば助かるんだが、隠密のねーちゃんはどんな場合を想定してたんだ」
聖奈の言葉にプッチャンが複雑そうに呟く中、
りのたちは聖奈がどこからともなく取り出したメイド服に目がいっていた。
「早速、着てみましょう」
手を合わせて言った奏の言葉に全員が頷き、メイド服へと手を伸ばす。
それをプッチャンが止める。
「ちょっと待った! ひー、ふー、みー」
プッチャンは一人一人を指差して数えていき、次いで机の上にある制服を数える。
「ふむ、数が足りていないな。なあ、これのサイズはどうなっているんだ?」
「勿論、ばっちりですよ」
プッチャンの言葉に聖奈が親指を立てて返すと、プッチャンも手を突き出す。
「さすがだぜ。で、このちっこいのがりので、こっちは会長さんだな。
で、副会長さんがこれと」
「ちょっと待て。何故、私が執事の服装なんだ」
「つべこべ言うんじゃない! 今から俺の事はオーナーと呼べ!
オーナーの命令は絶対だぞ!」
「ぐっ、この。人形の分際で」
「まあまあ、奈々穂さん。ここは抑えてください」
プッチャンから渡されたメイド服を手に奈々穂を宥める久遠。
しかし、その顔には完全に笑みが浮かんでおりそれが奈々穂の心を逆撫でする。
「奈々穂、皆でこういう事をするのって、楽しいわね」
「……か、会長が楽しまれているのでしたら、それで充分です。
こうなったら、何でも着てやろうじゃないか!」
「さすが副会長さんだぜ。アンタなら、きっとそう言ってくれると思ってた」
吹っ切れたのかのように言って服に手を掛ける奈々穂を、プッチャンが褒め称える。
と、上着を脱ごうとする奈々穂の腕が恭也によって止められる。
「やる気になったのは良いが、ここには俺もいる事を忘れないでくれ。
着替えるのなら、俺が出て行ってからな」
やや赤くなって告げる恭也に、奈々穂も赤くなって腕を降ろす。
完全に恭也がいる事を忘れていたようで俯く奈々穂の横では、久遠がつまらなさそうな顔を覗かせる。
「久遠もあまり奈々穂を挑発するなよ」
「分かりましたわ。ほどほどにしておきます」
「久遠! そもそも人を挑発するな!」
「あら、それなら挑発に乗らなければいいのでは?」
噛み付く奈々穂の言葉をさらりと流し、久遠は恭也の後ろに隠れる。
恭也は小さく嘆息すると、
「久遠、さっき注意したばかりだぞ」
「ごめんなさい。でも、あれぐらいでは挑発とは言わないかと思うんですけど?」
「まあ、そうかもしれんが……。はぁ」
「恭也さんにご苦労を掛けたみたいですね。それなら、そのお詫びも兼ねて一緒に着替えましょうか?」
久遠の言葉に恭也は更に疲れた表情を見せる。
「久遠、俺までからかう気か」
「あら、本気でしたのに、それは残念ですわ。
殿方は着替える所を見るのがお好きと聞き及んでましたが、恭也さんは違うみたいですね」
「何だ、その変な知識は……」
更にげんなりとする恭也へと、奏が首を少しだけ傾ける。
「そうだったの。じゃあ、恭也も私たちと一緒に着替える」
「いや、奏。今までの会話を聞いてたか?」
「冗談ですわ。流石に、それは恥ずかしいですし」
「はぁぁ。いや、もう好きにしてくれ。とりあえず、俺はこれに着替えれば良いんだろう。
奥の部屋を使わせてもらうから、こっちの準備が済んだら呼びに来てくれ。
…………奈々穂、頼む」
この中で一番まともそうな奈々穂にそう頼むと恭也は奥の会長室へと引っ込むのだった。
その背中に短く返事を投げつつ、奈々穂もさっさと着替えることにする。
それから数分後、着替え終えて待っている恭也の元に奈々穂がやって来る。
「準備できました」
言って部屋に入ってきた奈々穂は恭也と同じような執事服を身に纏っていた。
「そうか。なら、行こうか」
「…………」
「奈々穂?」
「あ、はい。行きましょうか」
思わず恭也の姿に見惚れてしまった奈々穂に、恭也はその沈黙をどう取ったのか話し掛ける。
「よく似合っているぞ」
「……あ、ありがとう」
母の教えを実行した恭也だったが、奈々穂は複雑そうに礼を言う。
それに気付かずに恭也は続ける。
「今回は衣装の関係で奈々穂はそっちを着る事になってしまったが、
もう一つの服も似合うんだろうな」
「っ! そ、そんな事は……。私はああいったのはあまり好きではないし……」
「そうか、好きじゃないか。だが、似合いそうだがな」
「そんな事よりも、会長が待ってますから早く行きましょう」
「そうだな」
急に機嫌の良くなった奈々穂に首を捻りつつも、恭也と奈々穂は揃って生徒会室へと顔を出す。
途端、小さく嘆声が上がる。
恭也と奈々穂の二人が並び、それが非常に絵になっていた。
奏は二人の元へと行くと、変わらぬ笑顔で、
「よく似合っているわ」
「そうか? 奏も似合っているぞ」
「ありがとう」
礼を言いつつ奏は手を伸ばすと恭也のネクタイをしっかりと結び直す。
「はい」
「ああ、すまない。皆も似合っているぞ」
恭也にそう言われて他の面々も嬉しそうな顔を見せる。
やはり褒められると嬉しいものなんだなと改めて感じる恭也だった。
しかし、生徒会室でメイド服を着た生徒会メンバーというのも、ある意味凄い光景ではある。
奈々穂にれいん、シンディは恭也と同じ執事服だったが。
「ともあれ、メイド執事喫茶ぷっちゃんのオープンだ!」
威勢良くプッチャンが言うが、それに対して返ってきたのは白けた視線だった。
「何で、店の名前までプッチャンが決めるのよ」
「しかも、ぷっちゃんってそのままって感じだし」
忍に続き美由希までが反論を口にする。
僅かに押され気味となるプッチャンに、れいんが止めとばかりにきっぱりと告げる。
「店の名前がださい、おかしい、変」
「ぐあぁぁっ! り、りの〜〜」
「よしよし、プッチャン。でもね、わたしもその名前はどうかと思うな」
「り、りのにまで、りのにまで言われてしまったぁぁぁぁっ!」
「どういう意味、プッチャン」
「ほら、それぐらいにしてさっさと行動に移るぞ」
恭也がそう言って言い合うりのとプッチャンの間に入る。
「とは言っても、流石に接客などが始めての者も多いだろうからな。
ノエル」
「はい、恭也様」
「すまないが、手本を見せてやってくれないか」
言って恭也は椅子に座り、客の役になる。
その横へと立ち、ノエルはメニューとなるものを差し出す。
「こちらがメニューとなっております。
ご注文が決まりましたら、お呼びください。それでは、失礼致します御主人様」
言って優雅にお辞儀をするノエル。
顔を上げると、くるりと背を向けて、あくまでも静かに歩き去る。
それを感嘆の声でもって見送る一同であったが、プッチャンが勢いよく手を上げる。
「殿!
最後の去り際だが、俺としてはこうスカートをちょんと摘んで軽く持ち上げながらの方を強く希望するぜ」
「それに何の意味があるんだ」
「殿、メイドに意味を求めるな! 感じるんだ! ロマンを、夢を、希望を!」
妙に熱く語るプッチャンに、恭也はその辺りは個人の判断に任せると伝える。
それを聞き、納得するプッチャンに胸を撫で下ろしつつ、恭也は執事服を着ている三人へと顔を向ける。
「まあ、俺たちは執事だからスカートはないからな。俺たちの場合は頭を下げるだけで良いと思うぞ」
「恭也様、やはり女性がお客様としてご来店された場合は、お嬢様の方が宜しいのでは」
「そうだな。その方が良いかもな」
「それと、執事の方がお嬢様をお席に案内される場合は、座るまでエスコートして差し上げれば」
「ふむ、そうだな。……試しにやってみるか」
恭也の呟きを聞き、誰が客の役になるかと目の色を変える者たちが居る中、
当然のように恭也は奏へと頭を下げる。
「ようこそ、いらっしゃいませ姫様」
「まあ、お嬢様ではなく姫なの」
「お嬢様は言われなれているだろうからな」
奏へと笑い返しながら、恭也は奏を先導するように席へと導き、椅子を引く。
そこへ奏が腰掛けると、タイミングを合わせて椅子を動かす。
「こちらがメニューとなっております。ご注文がお決まり次第、お声をお掛けください」
言って笑みを見せると、腕を胸の前に置き、深々とお辞儀する。
ゆっくりと顔を上げて、これまた静かにその場から離れる。
一連の動作を終え、恭也はノエルへと尋ねる。
「こんな感じでどうだ」
「そうですね。大変宜しいかと」
何処か遠くを見ていたようなノエルは、恭也の声に我に返り、いつものように冷静に応える。
その視線が僅かだが揺れていたのだが、それに気付く物はなかった。
ノエルから褒められた恭也は、次いで他のメンバーへと顔を向けるも、皆、何処か呆けたようになっていた。
「おい、どうかしたのか」
心配そうに掛けられた恭也の声に、全員が我に返すと、笑って誤魔化す者、視線をそらす者、
紅くなった頬を誤魔化すように手で擦る者など、様々な反応を見せる。
それを不思議に思いつつも、恭也は奈々穂、シンディ、れいんの執事組みへと同じ動作をさせるべく、
三人へと教え始める。
一方のノエルも、残るメンバーへと接客の仕方などを教えていく。
そんな中、プッチャンは気難しげな雰囲気で重々しく恭也へと声を掛ける。
「なあ、殿。いらっしゃいませじゃなくて、お帰りなさいの方が良くないか?」
「何故だ」
「何故、と言われても、それがメイド喫茶のお約束ってもんだぜ」
「しかし、店を出している訳ではなく、学園内でやっているからな」
「むむっ。まあ、あまり強くは言えないが。仕方ない。そこは妥協しよう」
偉そうに頷くプッチャンに、恭也は苦笑を零しつつ、再び指導へと戻る。
そのついでのように、ノエルの方を窺うと。
やはり、実家が喫茶店で幼い頃から手伝いをしている美由希や、何をやらせてもそつなくこなす奏や久遠、
聖奈などの飲み込みはとても早く、ノエルもすぐに太鼓判を押していた。
一方、大よその想像通り、りのと…………。
「ああー、もう。ちょっとぐらい雑に扱っても大丈夫よ。
これぐらいでカップは割れたりしないわよ!」
忍の喚き声に、ノエルは我が主ながらと額を思わず押さえる。
そんなノエルの肩にぽんと手を置いて、笑顔を見せたのは聖奈であった。
「まあ、あれはあれで良いんじゃない。俗に言う、ツンデレって事で」
「…………そうですね」
聖奈の言葉に、ノエルは何か諦めたように自分を納得させる。
と、それを聞いていたプッチャンは拳を天へと向け、忍へと振り下ろす。
「マッド! 奥の手を教えてやるぜ。これを使えば、お前の人気もうなぎ登りだ!」
ノエルに呆れられていると知った忍は、名誉挽回とばかりにプッチャンの言葉に耳を傾ける。
「多少、雑でも構わねぇ。いや、寧ろ、ツンツンしておけ。
でだ、お前が注文を取った客が帰ろうとした時に、
もう来なくても良いんだからね、と照れてそっぽを向きながら言うんだ」
「それって、大丈夫なの?」
「ああ、任せろ! 他にも色々とバリエーションはあるが、今日のところはそれだけで良い。
また明日にでも、次の技を教えてやる」
「プッチャン、ありがとー!」
と、変な友情を育む二人を、恭也とノエルが疲れた眼差しで見ている事に、幸運にも気付かない忍であった。
ともあれ、一通りの練習を終え、皆がほっと一息着いた瞬間、プッチャンはその目に闘志を燃やす。
「既に放課後も大分過ぎてしまったが、まだ部活で残っている生徒がいるからな。
まあ、今日は殆ど材料もないから、少ない方が良いだろうしな。
くっくっく。明日になれば噂が噂となって。だぁぁはははっはっは〜。
稼ぐぜ〜」
高笑いをするプッチャンを見て、恭也は獲らぬ狸の……とは思ったが黙っておいた。
結果はどうあれ、奏が楽しんでいるようなのでそれで良しといった所だろう。
こうして、珍妙(?)な格好をした恭也たちはぞろぞろと連れ立って食堂へと向かうのだった。
§ § §
食堂へと行くまでに、恭也たちの格好を見た生徒たちが何事かと集まってくる中、
恭也たちは準備にあちこちを動き回る。
プッチャンによる簡単な接客マニュアルに、いつの間に作ったのかメニューを各テーブルへと配置し、
これまたいつの間にか用意されていた白いテーブルクロスを掛けて行く。
そんなこんなでようやく準備が整うと、食堂の前で中を窺っていた生徒たちに声を掛ける。
「っと、ここはやはり最初のお客さんだからな。
会長と殿に出迎えてもらおう」
プッチャンの言葉に恭也と奏が食堂の前にいた生徒へと声を掛ける。
「宜しかったら、中へどうぞ」
「あ、あの会長さんこれは……」
「今日から少しの間だけ、生徒会による喫茶店をオープンしたんですよ。
今日はまだ初日で接客もなれてないですし、メニューもあまりありませんけれど良ければどうぞ」
言って営業スマイルを浮かべる恭也に奏。
二人に笑いかけられてそう言われ、その生徒たちはぞろぞろと中へと入って行く。
途端、全員がそろってその生徒を迎える。
『いらっしゃいませ、お嬢さま〜』
「それでは、こちらの席へどうぞ」
「そちらのお嬢様は私がご案内しましょう。
どうぞ、こちらへ」
言って次々とテーブルへと案内していくメンバーたち。
それをプッチャンは満足そうに見詰める。
「うんうん。宣伝も何もしてない割には、中々の入り具合だな」
「確かに宣伝はしていないけれど、この格好でここまで歩いて来たら皆何事かと思うわよ。
それだけでも充分に宣伝効果になったはずよ」
プッチャンの言葉を聞き、聖奈がそう言う。
勿論、それを見越して生徒会室で着替えをさせたのだが。
「流石だな、隠密ねーちゃん。一切資金を掛けずに宣伝をするとは」
「たまたまですよ〜」
そう謙遜する聖奈にニヒルな笑みを投げると、プッチャンは聖奈から離れる。
いや、正確にはりのが客のオーダーを取るために移動したのだが。
が、途中で自分の足に躓いて転ぶ。
「ふえぇぇ〜、痛いよプッチャン」
「全く、りのはとことんどんくさいな」
「うぅぅ。わたし、みんなの邪魔になっちゃうかな」
言って涙目になるりのだったが、プッチャンはその肩に手を置くとゆっくりと首を振る。
「いや、そんな事はないぞ、りの。
見ろ周りの反応を」
言われて周りを見れば、数人の男の子や女の子はりのの様子を温かく見ていた。
「み、見られてるよ〜」
慌てて立ち上がって頭を下げるりのに、
りのを見ていた子達が優しく声を掛けて注文を取りに来るように要求する。
「え、えっと……」
「ふっ。りの、この世の中にはドジッ娘属性というものがあるんだ。
それを上手く利用すれば、りのも充分に戦力になる」
プッチャンの言葉にクエスチョンマークを頭の上に無数飛ばす。
そんなりのにプッチャンは一言、
「まあ、何も考えずにりのらしくって事だ」
「うん、分かったよプッチャン」
何が分かったのか分からないが、りのは頷くと近くのテーブルへと向かうのだった。
既に放課後遅かった事もあり、あまり生徒たちが来ないかと思われていたが、
想像以上の客の入りに恭也たちは思った以上に忙しく動き回っていた。
少し休憩しながら店の様子を見ていたりのに、プッチャンが感心したような声を出す。
「それにしても、副会長さんは何をするにしてもそつなくこなすな」
プッチャンの視線の先では、久遠が優雅な仕草でカップを客の前に置くところだった。
「もう一人の副会長さんも、笑顔がややぎこちないが作業自体は手早いしな」
奈々穂は笑顔がやや固いものの、空いている席の食器をすぐさま片付けてテーブルを綺麗に拭き、
すぐに使える状態へと戻している所だった。
常に周囲を見ているのか、その動きに澱みはなかった。
プッチャンの言葉に相槌を打ちながら、りのは感心したような声を出す。
「皆凄いよね、プッチャン」
「ああ。流石は極上生徒会のメンバーってことか。
にしても…………」
プッチャンは一旦言葉を区切ると、この中でも一際手際の良い二人を見る。
「殿とみゆみゆはその中でも特に凄いな」
「うん。本当に凄いよね」
「あの二人は実家が喫茶店だからね〜」
「ああ、知ってる」
「前に行ったもんね」
いつの間にか背後に現れた聖奈の言葉に、二人は驚く事もなくそう返す。
厨房に入ろうとした恭也を経験があるからと言って半ば無理矢理にフロアに出したのはプッチャン自身なのだから。
当然、その裏には恭也がフロアに出るほうが集客を見込めるという思惑が多分にあるのは言わずもがな。
二人と少しだけ話をした後、聖奈は新たに来た客の元へと向かう。
「さて、それじゃありのも休憩はこれぐらいにして」
「うん」
プッチャンの言葉にりのもフロアに戻る。
この後も定期的に客が来て、コーヒーか紅茶しかないにも関わらず、殆どの客がまた明日来る事を告げて帰って行く。
こうして、初日は何とか無事に終了したのだった。
翌日以降、噂が噂を呼び客が並ぶほどに来るようになり、恭也たちはてんてこ舞いとなる。
また、軽食も出せるようになった事から、運動部が部活後に来たいという話も出て営業時間を延長したりもした。
ともあれ、その甲斐あってか二週間ほどでかなりの額を稼ぐ事が出来たのである。
こうして、メイド執事喫茶と何とか終えた次の日の放課後。
「これだけあれば、来月の予算は何とかなりますね」
嬉しそうに報告するまゆらに、奈々穂たちも胸を撫で下ろす。
「ですが、今回の件でも分かったと思いますが、勝手に予算を使うような真似は今後控えてくださいね」
最後にそう釘を刺す。
それに誰も明確に返事をしないまま解散となるが、
久しぶりに潤った予算にまゆらは始終笑みを見せて、特に何も言わなかった。
買った宝くじは全て外れだったが、それさえも気にならないぐらいに。
生徒会室に一人残り、来月の予算編成を始める。
どのぐらい時間が経ったか、ずっと机に向き合い凝り固まった身体を解すように背を伸ばす。
その目の前に琥珀色の液体の入ったカップがそっと置かれる。
「あ、恭也さん。まだ残ってたんですか」
「まあな。まゆら一人だけに仕事をさせるのも悪いからな」
「いえ、これは私の仕事ですし……。逆に何だか待たせてしまったみたいで悪いです」
「気にするな。それこそ、俺が勝手にした事だ。
あまり遅くに女の子を一人で帰らせるわけにもいかないだろう。
同じ寮なんだから、これぐらいはな」
「あ、ありがとうございます」
恭也の言葉に少し照れながらまゆらは淹れてもらった紅茶を飲む。
「いつもまゆらには苦労を掛けているからな。奏もかなり気にしていたしな。
あまり無理はするなよ」
「会長にまで……。本当にありがとうございます。
会長と恭也さんのためにも頑張って予算編成をします!」
「いや、だから少しは休めと」
「あ、そうでしたね」
言って小さく笑うまゆらに、恭也は分厚い封筒を出す。
「これは?」
「今回は何とかなったが、今後も同じ事が起こると困るだろう。
その時のための資金だ」
「資金って、どこから」
「実はな……」
そこで言葉を区切ると、恭也は周囲に他に誰も居ない事を確認するかのように周りをぐるりと見る。
誰も居ない事を確認すると、少しだけ声のトーンを落とす。
「これから話す事は絶対に内緒だぞ。奏と俺しか知らない事だから」
「は、はい」
恭也の言葉に少し緊張して頷くまゆらに、恭也はそっと語りだす。
「今までまゆらが編成してそれぞれの部に渡していた予算の数パーセントを予めこちらで抜いておいたんだ」
「えっ?」
「つまり、元々生徒会の予算って訳で。万が一のための保険としてな。
へそくりみたいなものだな」
言って小さく笑う恭也につられ、まゆらもついつい声に出して笑ってしまう。
「そんな事をしてたんですか」
「ああ。だが、そうでもしないといつか、こんな事が起こると思っていたからな。
あいつらなら、絶対にと思ってた」
「変な信用ですね」
「確かにな。だが、現にそうなった訳だしな。
まあ、本当なら予算がないと言った日にこっそりと渡すつもりだったんだが、
今回はプッチャンのアイデアで何とかなったからな」
「そうですね。確かに今回はプッチャンのお陰で助かりましたね」
「ああ。だが、これを期にまゆらにもこれの存在を教えておこうと思ってな。
まあ裏予算って所だな」
「分かりました。とりあえず、これの存在は覚えておきます」
「ああ。何かあれば俺か奏に言ってくれ。
この裏予算は俺たちが保管しているからな」
恭也の言葉に一つ頷く。
「でも、出来る限りは使わないに越した事はないんですけれどね。
私が予算をしっかりと組んで、皆が無駄使いさえ止めてくれたら……」
まゆらの言葉に恭也は苦笑を見せる。
同じように苦笑を浮かべつつ、まゆらはもう一度カップに口をつける。
いつもは騒がしい生徒会室も、人がいないとこうも静かなのかと思わせるぐらい静寂に包まれる。
(予算に関しては大変な事が多いけれど、それも悪くないかな)
夕暮れの中、まゆらは暫しそんな静かな時間を恭也と過ごしながら、ふとそんな事を思うのだった。
続く
<あとがき>
遂に予算のなくなった極上生徒会!
美姫 「それを救ったのはプッチャンの策だった」
うんうん。
美姫 「って、プッチャンと言うより……」
な、何だよ。い、良いじゃないか、メイドを出したって。
美姫 「いや、悪いとは言ってないけれどね」
無事に予算も得る事が出来て、メイドも出てきて。
まさに問題なし!
美姫 「あー、はいはい」
うわっ! なに、その冷めた目は。
美姫 「そんな事ないわよ」
くっ。
美姫 「それにしても、結構久しぶりの更新じゃないかしら」
かもな。思ったよりも時間が掛かってしまった。
美姫 「次は早い更新を期待するわ」
が、頑張ってみます。
美姫 「それでは、また次回でね〜」
ではでは。
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