『海鳴極上生徒会』






第10話 「バースデー」





放課後の生徒会室では、いつもの頭を抱えながらソロバンを弾くまゆらではなく、
上機嫌で今にも鼻歌が飛び出してきそうなまゆらが、指先も軽やかにソロバンを弾いていた。
潤った予算という、非常に珍しい、いや初めてかもしれない出来事に本当に嬉しそうである。

「しかし、その笑顔が後数時間後には崩れ去るという事を、この時の彼女が知るはずもない……」

「って、忍! 不吉な事言わないでよね」

忍がぼそりと洩らした言葉に、まゆらは真剣な表情で即座に反論するも、すぐに表情を強張らせ、
恐る恐る震える声で忍へと。

「まさかとは思うけれど、勝手に何か購入したとか言うんじゃないでしょうね」

「あはは。流石の私もそこまで酷くはないわよ」

忍は無邪気に笑いながら否定するも、まゆらは信じられないような顔で忍をじっと見詰める。
その視線に耐え切れず、忍はいそいそとまゆらから目を逸らすのだった。



忍とまゆらがそんなやり取りをしている横で、他のメンバーはそれぞれに仕事をしたり、
時間を潰したりしている。
そんな中、不意にポツリと洩らす。

「そういえば、もうすぐ奏の誕生日だな」

「そう言えばそうね」

「わあ、そうなんですか」

恭也の言葉に奏が答えると、りのも反応して奏へと顔を向ける。

「おめでとうございます奏会長!」

「ありがとう、りの。でも、まだ先の話よ」

祝いの言葉を告げるりのへと優しく微笑みかけ、奏はそう訂正する。

「とは言っても、もう一週間先でもないしな。今年はどうする」

「そうね」

恭也の言葉に奏は何か考え込むように頬に手を当てる。
と、いつの間にか全員がそのやり取りを聞いており、それぞれに顔を見合わせる。

「会長、でしたら今度の日曜日にでも」

奈々穂の言葉に他のメンバーも頷く。

「そんな悪いわ。毎年、毎年」

「気にしないで下さい。皆、会長をお祝いしたいんですから」

遠慮する奏へと奈々穂が言った言葉に、またしても全員が強く頷く。
これ以上、何か奏が言う前にと奈々穂は他のメンバーへと命令を下す。

「そういう訳で、各自準備を頼むぞ。
 聖奈さんと久遠は場所や料理などの手配を頼む」

「は〜い、お任せです」

「分かりましたわ」

二人の返事を聞くと、奈々穂は残るメンバーへと視線を移す。

「とりあえず、後は各自で必要だと思ったことがあれば私に言ってくれ。
 まゆら、すまないが予算の方は頼む」

奈々穂の言葉に、今回はまゆらも反対なく頷く。
その横に座る忍を見て、奈々穂は忍が何かを言うよりも先に釘を指すことは忘れない。

「忍、くれぐれも昨年のような可笑しなものは作るなよ」

「うっ。だ、大丈夫よ、うん」

奈々穂から視線を逸らし、ぎこちない笑みを浮かべる忍を見て、
全員が何か変なものを作るつもりだったのかと理解する。
恭也はそれとなくノエルへと暗に忍の暴走を止めるようにという意味を込めた視線を向け、
それを受けてその意味するところ汲み取ったノエルも小さく頷く。
これで忍の件は大丈夫だろうと思いつつも、時間があれば注意するようにしようとそっと頭の隅に刻んでおく。
未だに申し訳なさそうな顔を見せる奏であったが、りのの楽しそうな顔を見詰め、
小さく息を吐くと、納得したような顔になる。
それを見ていた恭也は、改めてりのの参入を嬉しく思うのだった。



  § § §



生徒会室で話をしてから数日後。
奏の誕生日にはまだ数日あるが、生徒会で開く誕生会の当日。

「うーん、いい天気だな」

「本当ですわね」

手で庇を作りながら空を見上げる奈々穂の言葉に久遠が応じたかと思えば、そこから少し離れた所では。

「見て見てプッチャン。海だよ、海」

「ああ、これでもかってぐらいに海だな」

「波だよ、波」

「ああ、これでもかってぐらいに波だな」

りのとプッチャンは顔を見合わせると、海へと身体ごと向け、両手を口元へと持っていく。

「「う〜〜み〜〜」」

二人の叫びに苦笑しながら、美由希がその横へと並ぶ。

「ほら、二人とも海ぐらいでそんなにはしゃがないの」

「えへへへ、ごめんなさい美由希先輩」

謝りながらもりのはいかにもご機嫌といった顔で美由希を見る。

「すまねぇな、みゆみゆ。りのはまだまだ若いからな。若気の至りという事で大目にみてやってくれ」

「いや、プッチャンも充分にはしゃいでいたから」

「あはははは〜。気にするな、みゆみゆ」

「まあ、良いけどね」

言って肩を竦める美由希の後ろから、れいんと小百合がやって来て目の前へと視線をやる。

「しっかし、でっかい、大きい、ビッグだね〜」

「本当だな」

二人の会話を聞いていた香やシンディも同意するように頷いている。
そんな四人の視線の先、それを見詰めてまゆらは一人肩を、いや、全身を震わせていた。

「こ、な、あ……」

ソレを指差して言葉にならない事を口にするまゆらの横に忍が近寄り、その顔を覗き込む。
と、まゆらも忍の方を見て、口をパクパクさせ、指で目の前を指し、顔を再び向け、また忍へと戻す。

「な、あ、こ……」

「ふんふん。なっ! 何の、あれは!? これは一体どういう事ですか!」

忍の言葉にコクコク頷き、指差した手を上下させる。

「ま、こ、かい……!? じょ…………。し、か……」

「ふんふん。
 まさかとは思いますが、ここが会場なんですか!?
 冗談ですよね? しかも、貸切みたいですが」

まゆらの言葉を通訳する忍。
そんな二人の様子を面白そうにりのが見ているが、
まゆらは気付かずにただ口をパクパクさせて目の前の物体を見上げる。

「しっかし、マッドもよく会計ねーちゃんの言っている事が分かるな」

「まあね。親友だしね」

「親友なら、もう少し予算の事を考えてやれよ」

「それはそれよ」

言って無邪気に笑う忍に、プッチャンでさえも肩を竦める。
と、そんな後ろから呑気な声が届く。

「は〜い、皆さんはしゃぐのも分かりますけれど、そろそろ出航ですから乗り込んじゃいましょうね〜」

聖奈の呑気な声に、りのたちはは〜い、とこれまた呑気に返事を返す。
りのが我先に駆け出す後ろから、れいんも負けじと走り出す。
そんな楽しそうな光景を見ながら、本日の主役となる奏が、恭也と共にやって来る。

「まあ、ここまでやってくれたの」

「ほう、これまた凄いな。流石は久遠に聖奈と言った所か」

「いえいえ〜」

そんな三人の会話を耳にしながら、まゆらは晴れ渡った空へ、母なる大海原へと絶叫を放つ。

「何で、こんな豪華客船を借り切っているんですかーーーーー!!」

まゆらの絶叫を間近で聞いて耳を塞ぎながら、忍は未だに呆然となっているまゆらを引き摺って客船へと乗り込む。
一番最後に、恭也たち三人と久遠、奈々穂がゆっくりとした足取りで乗り込む。

「まゆらちゃんにはちょっと悪い事しちゃったかな〜」

聖奈の言葉に、しかし奈々穂はきっぱりと言い切る。

「しかし、会長の誕生日だからな」

「まあ、今までですと寮でやってましたからね。きっと今年もそうだと思ったのでは?」

「まあ、今年はな。高校生活最後のなんだし、少しぐらいは良いだろう」

奈々穂と久遠の言葉を聞きながら、つくづくこの生徒会の会計は苦労するなと人事のように恭也は思うのだった。
全員が乗り込むと、汽笛を鳴らして船が港を離れて行く。
呆然となっていたまゆらであったが、ここまで来たらと気持ちを切り替える事にする。
出航前から疲れた顔を見せるまゆらに、寮の管理人でもあるまあちが水の入ったコップを渡す。
礼を言って受け取ると、まゆらはそれを一気に飲み干し、椅子から立ち上がる。

「ふー。予算の事はまた明日にでも考えるわ。今日は会長のお祝いだものね」

「そうそう。今日ぐらいはまゆらも予算を忘れなさいって」

「うっ。わ、忘れる努力はする」

「じゃあ、まゆらの心も決まった事だし、行きましょうか」

忍が先導するように歩くので、まゆらとまあちはその後ろへと続く。
忍は一つのドアの前で止まり、扉を開ける。

「し、忍さん! ノックぐらいしてくださいよ」

「ごめん、ごめん、美由希ちゃん。ほら、まゆらもまあちちゃんも入って」

二人を部屋へと入れると扉を閉める。
そして、振り返った忍が見たものは、またしても固まっているまゆらであった。
まゆらは目の前に広がる無数の衣装を指差し、次いでそれらに着替えている美由希たちを指差し、
最後に忍へと泣きそうな目で説明を求める。

「ん? ああ、これは貸衣装よ。
 まあ、身内だけだからそんなに堅苦しいものじゃないけれど、やっぱり綺麗に着飾りたいじゃない。
 で、会長だけ綺麗に着飾らせるのもあれでしょう。だから、私たちもって事ね。
 ほら、早く好きなのを選びなさい。サイズもデザインも色々あるからね」

忍の言葉が聞こえていないのか、まゆらは呆然とずらりと並ぶ服の列を前に立ち尽くす。
ともあれ、何とか持ち直したまゆらも着替えを終え、ようやく本日の舞台となる大ホールへとやって来る。
そこには数々の料理が並べられ、後は奏を待つだけといった感じであった。

「はいは〜い。今、恭也さんが会長を呼びに行ってますから、その間にこれを渡しておきますね〜」

行って聖奈が皆へとクラッカーを渡していく。
本当に身内だけのパーティーのようで、まゆらはほっと胸を撫で下ろす。
が、同時に身内だけでここまでするのはやりすぎではと考えそうになり、慌ててその考えを否定する。
そんな事を一人で葛藤している間に、どうやら奏の準備も出来たらしく、
大扉がゆっくりと聖奈と久遠によって開かれる。
恭也にエスコートされて入ってきた奏のドレスアップした姿に皆が皆我を忘れたように見惚れ、
聖奈のおめでとうございますの言葉に、ようやく思い出したように祝いの言葉と共に渡されたクラッカーが鳴る。
それに笑顔で礼を言いつつ、奏はそのまま恭也にエスコートされて中央へと。
ようやく全員が場に揃い、奈々穂の音頭で乾杯がされると後はもう無礼講とばかりに普段のように騒ぎ出す面々。
それを奏は楽しそうに見詰める。
やっぱり、皆で楽しくするのが一番だとばかりに。
どんなに豪華な料理や高価なプレゼントを貰おうとも、神宮司家で行われるパーティーはやはり好きになれない。
それでも、当然の事ながら今年もパーティーは行われるのだろうと、奏は少し憂鬱になる。
そんな奏の考えを見抜いている恭也は、小さく皆には聞こえないように奏へと話し掛ける。

「奏、嫌な事を今考えなくても良いんじゃないのか。
 少なくとも、今、ここに居る者達は皆、心から奏の事を祝福しているんだ。
 なら、今は存分に楽しめば良い」

「そうね。何よりも楽しむのが一番だものね」

恭也の言葉に奏は笑顔で返し、近くに寄ってきたりのへと話し掛ける。
りのと楽しそうに会話する奏を見ながら、恭也も料理に手を出す。
と、その隣にやってきた奈々穂が、さっきまでの会話が聞こえていたかのように話す。
奈々穂とて短くない付き合いなのだ。
それに加え、公の場に奏が出る際に奈々穂は奏の護衛として常にその傍に身を置いているのである。
それぐらいは簡単に察する。

「やっぱり今年もパーティやるみたいね」

奏の事が心配のあまりか、副会長としての口調ではなく、恭也や奏の前でのみ見せる奈々穂の口調が出ている。
それに気付いていないのか、それとも他に話を聞いている者がいないからなのか、そのままで続ける。

「奏はあまりああいうのが好きじゃないから」

「ああ。だが約束を持ち出されてはな」

「そうよね。それは奏も分かってるだけに辛いのかも」

「まあ、その分、その約束を逆手にとって、当分は好き勝手にさせてもらうさ」

「ふふ、そうだね。そのための学園であり……」

「俺たち極上生徒会だからな」

まるで悪巧みをするかのように更に声を潜めて話をしつつ、恭也と奈々穂は小さな笑みを零す。
が、不意に恭也は真剣な顔付きになる。

「多分、可笑しな真似をする奴はいないとは思うが、奏の護衛は任せたぞ」

「当然よ。それに、恭也もどうせこっそりと付いて来るんでしょう」

「まあな。一応、かーさんにも口裏合せは頼んでいる。
 それに、付いて行くとは言っても、俺の行動はあくまでも内密に裏からだからな」

「分かってるわよ。何処に敵が居るか分からないものね。
 本当に、奏はただ普通に生活をしたいだけなのにね」

何処かやるせなさそうに奏を見る奈々穂を元気付けるように、恭也はその肩に手を置く。

「その為の俺やお前だろう」

奈々穂は自分の肩に置かれた恭也の手にそっと自分の手を重ね、一度だけ握ると強く頷く。
これでこの話はお終いとばかりに恭也から少し離れ、恭也も心得たもので、今までの深刻な雰囲気を感じさせず、
こちらに気付いていない他の面々の輪の中に入っていく。
こうして、和やかに、そして賑やかに時間は過ぎていくのだった。



船が港へと戻る中、恭也と奏の姿は甲板上にあった。
少し風に当たるという奏に付き合い、恭也もまた一緒に来たのだ。
太陽が月と星にその場を譲った空の下、二人はただ無言のまま並び立ち、海面を静かに見詰める。
やがて、静かに奏が話し始める。

「今日は本当に楽しかったわ」

「そうか、それは良かった」

「ええ。毎年、皆には感謝してるわ」

「皆、奏の事が本当に好きだからさ」

少し照れた恭也の横顔をじっと見詰めながら、奏はそっと恭也の腕を取り、
自分の腕に絡めると肩に頭を乗せる。

「風が気持ちいいわね」

「そうだな」

それっきり二人は何も語らず、ただ静かに時は過ぎていく。
月と星の下、ただ静かな時間を。



翌日、潤っていたはずの予算がいつものような状態になり、
唸りながらソロバンを親の仇の如く弾く会計の姿が見られたとか、ないとか。





続く




<あとがき>

ちなみに、奏の誕生日は7月8日。
美姫 「本当に?」
た、確かそうだったと。
美姫 「あやふやなのね」
いや、間違いない!
…………ま、まあ、本編では具体的な日にちは触れてないし。
美姫 「逃げたわね」
あははは。ともあれ、また次回!
美姫 「それじゃ〜ね〜」







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