『海鳴極上生徒会』
第11話 「問題は突然に」
いつもの如く放課後を生徒会室で過ごす生徒会のメンバーたち。
特に大きなイベントや事件もなく、何処かのんびりとした空気が漂う中、困り顔で久遠が姿を見せる。
「久遠、どうかしたのか?」
その様子に恭也が真っ先に声を掛けると、久遠はええと短く返して席に着く。
着きながら、他に席に着いている奏や奈々穂も含めて説明する。
「先程、こちらに来る途中に報告を受けたんですけれど、うちの女子野球部の事なんです」
「まさか、何か問題を起こしたんじゃないだろうな。
近々、練習試合も控えているというのに」
久遠の言葉にすぐさま奈々穂が女子野球部の予定を思い出してぼやくように言う。
それに対して久遠は小さく頷くと、
「問題と言いますか……。どうやら、レギュラーも補欠も含めて全員が夏風邪でダウンされたみたいなのですわ。
このままでは、その練習試合にも出れそうもないと顧問の先生に泣きつかれました。
因みに、その先生も風邪を押して出て来られていたらしく、今は保健室で休んでますが……」
本当に困ったものだと溜め息を吐きつつ、片手を頬に当てる。
その憂い顔を眺めながら、ようやく恭也も事の事態を飲み込めたのか困ったように奏へと視線を投げる。
「女子野球部がその調子なら、仕方ないな。練習試合の方は断るしかないか」
「ええ、そうね。それで、その相手の学校は何処なのかしら」
奏の言葉に久遠は少し言い辛そうな顔になり、かといって言わない事にはどうしようもないとその名をあげる。
「絢爛学園ですわ」
その名を久遠が口にした途端、奏を始め、恭也に奈々穂までが揃って溜め息を吐き出す。
いや、奏たちだけではなく、いつの間にか集まって話を聞いていたメンバーも同様に何とも言えない顔をしていた。
ただ一人だけ笑顔のままの聖奈ではあるが、その笑顔さえも何処か疲れを感じさせている。
事情が分からずに一人だけ疑問を浮かべていたりのが、そんな生徒会メンバーに疑問をぶつける。
「えっと、何か困るんですか?」
「だよな。風邪で部員がダウンしてるんじゃあ、どうしようもないんじゃないのか?」
「別に断りの連絡を入れるのは問題ないんだ。そう、それだけならな」
奈々穂が腹立だし気に拳を握り、思わずといった感じで机に振り下ろす。
その音に肩を竦めるりのに、美由希が優しく肩に手を置きながら説明を受け継ぐ。
「相手の絢爛学園の生徒会長がちょっと問題なんだよね」
「不戦勝と言って喜ぶような奴とかか?
その程度なら放って置けば問題ないだろう」
「その程度ならこっちだって問題にしないわよ!」
プッチャンの言葉に香までが声を荒げる。
「ほら、香ちゃんも落ち着いて。りのちゃんたちは事情を知らないんだから」
香を宥めつつ、美由希はりのとぷっちゃんへと説明をする。
「必要以上にうちをライバル視してるんだよ。おまけに……」
美由希が説明をしている途中であったが、不意に生徒会室の扉がノックされ、
こちらの返事も待たずに大きく音を立てて開かれる。
「ご機嫌いかがかしら、宮神学園の生徒会の皆さん」
登場とともに大げさな手振りを交えて挨拶してくる一人の女性。
校章に気が付かなければそれが制服だとすぐには分からないような、やたらと装飾の多い制服に身を包み、
左右にお供の者なのか、二人の少女を連れ生徒会室へと入ってきた女性は、入り口の所で足を止めて、
全員を見渡すようにして部屋の中を一度見渡し、全員の注目が集まっている事を確認すると再び口を開く。
「ごきげんよう、神宮司奏さん」
「お久しぶりで……」
奏へと挨拶を投げながら、その返事を聞く事もなく女性は話を進める。
そんな女性へと呆れたような視線を投げながら、プッチャンは美由希へと誰だと尋ねる。
「あれが絢爛学園の生徒会長、竜王院令華さんだよ。
実家がかなりのお金持ちで、うちの学園というか奏会長をやたらとライバル視してるの」
「はは〜、それでやって来るなりお家自慢ってか。
だが、それと練習試合の辞退とどう繋がるんだ?」
「多分、見てれば分かるよ」
疲れたように呟く美由希の言葉を証明するかのように、絢爛の生徒会長は奏へと不敵な笑みを見せる。
「そう言えば、近々うちとそちらの女子野球部の練習試合が行われますわね」
「ええ、その事なんですけれど……」
「まさかとは思いますが、辞退なんてしませんわよね。
まあ、うちの女子野球部を恐れるという気持ちは分からなくはありませんが、まさかね。
天下の神宮司奏ともあろうお方が、そのような勝負する事もなく逃げるだなんてしませんわよね。
幾ら圧倒的に負けると分かっていても、挑む事にこそ意味があるのですよ。
尤も、我が侭で好き勝手するような、その上、歪んだ性格を笑顔で隠し、
その実、お腹の中では何を考えているのかは分からない腹黒い方が会長をされているような所の部では、
うちには到底勝てないでしょうけれど。ああ、勿論、ここ宮神学園は違いますわよね」
殆ど一息に言い切った絢爛の会長の言葉に美由希が肩を竦めれば、プッチャンも納得とばかりに肩を竦めて答える。
「しかし、金持ち同士の、いや、一方的な僻みかこの場合は。
どっちにしろ、おっかないな」
「うーん、それだけじゃないんだけれどね……」
プッチャンの言葉に美由希は曖昧に引き攣った笑みを見せる。
それに興味を引かれたのか、プッチャンが少し詳しく話を聞こうとするが、恭也の声に再び顔を入り口へと向ける。
「竜王院さん、その練習試合の事なんですが……」
「なんでございましょうか、恭也様。何かお困りの事でもあるのですか。
でしたら、是非、この私、竜王院令華へとお申し付けくださいませ」
ころりと態度を変えて恭也の顔を見るも、照れたようにすぐに顔を逸らす。
が、チラチラと何度も恭也の方を見ては、話し掛けてくれるのを待っている。
それを見て、プッチャンはその視線を美由希へと移し、
「あー、まあ、大体の事は分かった。
つまりは、殿が会長さんと仲が良いのが気に入らないんだな、あの縦ロールねーちゃんは」
「まあ、簡単に説明するとそうかな。あはははは……」
態度の変わった令華には既にこの場に居る者たちは既に慣れており、特に騒ぎ出すこともない。
ただ、恭也だけが顔を背ける令華に対し、やはりまだ怖がられていると勘違いも甚だしい事を考えたりしているが、
これもまたいつもの事の上、その間違いを訂正するつもりはこの場の誰にもなかった。
恭也が練習試合を断ろうとする横で、奏はさっきの令華の言葉に流石に言葉を無くしていた。
特定の誰かを指していないような言葉であるが、明らかに奏に向かって放たれた言葉である。
ここで練習試合を辞退すれば、どんな噂を流されるか。
とは言え、部員がいないのでは試合もできないし。
思わず悩んだ言葉が、知らずに口を付く。
「はぁ、本当に困ったわね」
それを耳にした奈々穂は音を立てて席を立ち、恭也を遮って令華に指を突きつける。
「練習試合を楽しみにしている事だな。必ず後悔させてみせるから」
「まあ、私と恭也様のお話に突然割って入ったかと思えば、言うに事欠いて宣戦布告ですか。
良いですわ。その挑戦、喜んでお受けしましょう。
では、当日を楽しみにさせて頂きますわ。もし、うちが勝ったら、そうですわね……。
宮神学園の会長は高慢ちきで鼻持ちならない、とあちこちで言って回ろうかしら」
「貴様、奏会長の悪口を言いふらす気か」
「そちらが勝てば良いだけの事じゃありませんか。
ほほほほほ、それでは今日はこの辺で失礼しますわね。
それでは皆さん、ごきげんよう」
口元に手の甲を上げて高らかに笑うと、令華は奈々穂たちを一瞥して一応挨拶だけは残す。
去り際、扉の前でもう一度部屋の中へと身体ごと向き直ると、今度はスカートの裾を摘んで優雅に一礼する。
「恭也様、今日は途中でお話を中断してしまいましたが、何かありましたら、遠慮なく何時でもご連絡くださいませ。
少々慌しい形となってしまいましたが、本日はこれにてお暇させて頂きます。
それでは、また会える日を一日千秋の思いでお待ちしておりますわ」
そう言うと、令華は今度こそ生徒会室から出て行く。
後に残された者たちはそんな令華の態度よりも、奈々穂の発言に対してそちらへと顔を向ける。
複数からじっと見つめられ、奈々穂は少し気まずそうに咳払いをする。
が、そんな誤魔化しが通じるような連中ではなく、久遠が真っ先に口火を切る。
「奈々穂さん、どういうつもりなのかしら?
折角、恭也さんが練習試合を上手く断ってくれようとしていたのに」
「しかし、会長が困っているんだ! ならば動かないで何の為の極上生徒会だ!」
「とは言っても、副会長。一体、誰が、Whoが、どいつが出るんですか?
女子野球部は全員ダウンしてるんですよ」
「勿論、会長が困っているんだから私たち生徒会が動くに決まっているだろう!」
「まあ、流れ的にはそうなるとは思ったけれどね」
肩を竦めながら忍が言えば、その隣ではまゆらもうんうんと頷いていた。
「それで、勝算はあるんですの?」
久遠が醒めた眼差しで奈々穂へと問い掛けると、奈々穂が腕を組んで自身満々で頷く。
「当たり前だろう、生徒会のメンバーの大半は運動神経は良いんだから」
「運動神経が良いからって、そう簡単に野球で勝てるとは限らないと思うんだけどな副会長さんよ」
「そうなの、プッチャン」
「当たり前だろう。経験ってのも結構大事なんだぜ。因みに、この中に野球の経験者は居るのか?」
プッチャンの問い掛けに対し、何処からも手が上がらない。
それを見て奈々穂へと集中する視線が強くなり、それから逃れるように奈々穂は視線をさ迷わせ、
ふと一本だけ上がっていた手に気付く、
「何だ、忍は経験があるのか? だったら大丈夫じゃないか」
「一人だけ経験者が居てもどうよ? 因みにマッドは運動得意なのか?」
「悪くはないな」
プッチャンの言葉に対して恭也が答える中、奈々穂は全員を見渡す。
「経験者である忍に教えてもらって練習すれば、きっと勝てるに違いない!
いや、絶対に勝つんだ!」
奈々穂の言葉に、奏の事が絡んでいるからか香は真っ先に勢い良く返事をする。
他の者も特に反対はなく、奈々穂は満足気に頷くと忍を見る。
「という訳だから頼むぞ」
「任せなさい。それじゃあ、早速簡単な説明だけしちゃおうか」
「ここでか?」
「まあ、簡単な動き方だけだからね」
今日はもう遅いからという言葉に全員が納得して忍の話を聞く態勢になる。
それを確認すると、忍は説明を始める。
「まずは、バッティングからね。
とりあえず、基本はAボタンね。これを押せばバットを振るから。
で、十字キーを同時に入力する事で変化球にも対応が……って、皆どうしたの?」
意気揚揚と説明を始めた忍であったが、すぐに皆の呆れた視線に気付いて説明を止める。
不思議そうな顔を見せる忍に、プッチャンがまずは鼻で笑い、盛大に呆れた口調で続ける。
「はんっ。野球ってゲームかよ……」
「野球はゲームじゃない」
「そうじゃなくて、俺たちが今聞いてたのは、実際に体を動かしてスポーツとしての野球の経験だよ!」
「あ、そうなの? だったら初めからそう言ってくれれば良いのに」
「初めから言ってただろうが! 誰だ、このマッドを信用したのは」
「待て待て、信用した私が悪いのか!?」
プッチャンの言葉に慌てて奈々穂が異議を唱える中、久遠は呆れたように肩を竦める。
このまま何の進展もないまま口論だけが続くのかと思われた中、やたらと静かなくせによく響く声が。
「このまま試合に負ければ、私は高慢ちきで鼻持ちならない女と噂されるのね」
いつもと変わらない柔らかな物言いのはずなのに、誰も何も言えなくなる。
さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った生徒会室に、再び奏の声だけが響く。
「高慢ちきで鼻持ちならない女なんて噂されたら、どうしましょう」
静かに怒っていると誰もが理解し、皆が救いを求めるように恭也へと視線を飛ばす。
その視線の意味が分からないのか、首を傾げる恭也の脇腹を久遠が肘で軽く突付き、小声でその耳元へと囁く。
「とりあえず、会長を落ち着かせてください」
「いや、充分に落ち着いていると思うが」
「そうではなくて、この空気を何とかしてください。
でないと、今後の方針を決めるのにもやり辛いですわ」
「久遠さん、どうかしたの?」
恭也とそんなやり取りをしていると、不意に奏がそう話し掛けてくる。
久遠は恭也に目で促しつつ、奏には笑って何でもないと返す。
「そう、このままでは高慢ちきで鼻持ちならない女と言われる事になる私には、何も言う事はないというのね」
思った以上に怒っているらしい奏の様子に、他のメンバーが僅かに後退する中、
元々奏の隣にいた恭也はそのまま席を少しばかり近づける。
「奏、ここにはそんな事を思っているような人は誰もいないぞ」
「ええ、そうね。それは分かっているわ。
ただ、負けたら高慢ちきで鼻持ちならない女と噂されてしまうのよね」
「まだ負けると決まった訳じゃないだろう。
それに、噂は噂だ。その内消えてなくなる」
「消えるまでは、私は高慢ちきで鼻持ちならない女と噂されるのね」
「あー……」
流石に困ったような顔を見せる恭也の後ろでは、生徒会の面々が必死に声には出さずに恭也を応援している。
それが見える訳ではないのだが、恭也はいつもと変わらない奏の横顔をじっと見つめ、
やはり少しだけ違うと感じ取る。
「どんな噂が流れても俺は本当の奏を知っているし、奏と共に在り続ける。
それでは駄目か」
言って奏の右手を握る。
正確には、その中指にある指をなぞるように。
傍からはそうとは見えていないのだが、当人たちには気にした様子もない。
幼馴染という気安さからか、この程度では二人とも特に何ともないのかもしれないが。
奏は恭也の言いたい事を悟り、ただ静かに笑みを浮かべる。
それを見た瞬間、奈々穂たちからも緊張が解ける。
「よ、良かった〜」
思わず洩れた美由希の言葉は、この場居る者たち全員の思いであった。
気を取り直すように、ようやく奈々穂を中心に野球に参加するメンバーを決め始める面々。
「まあ、しかしあれだな」
「何、プッチャン?」
「いやいや、あの縦ロールねーちゃんの会長さんに対する態度の理由も納得だなと思ってな」
プッチャンの言葉に首を傾げるりのとは違い、二人の話を聞いていた美由希は苦笑を見せる。
「だよね。あの二人、特に意識せずにあんな感じなんだもん。
絢爛の生徒会長が奏会長に必要以上に突っ掛かるよ。しかも、あの二人はそれに気付いてないし……」
「美由希、私語は慎め。とりあえず、お前は参加な」
「えー! 私の意見は!?」
「会長のためだ」
美由希の意見をあっさりと切り捨て、奈々穂はメンバーを決めていく。
当然ながら、遊撃は全員が参加である。
「さて、後は……」
「はいはーい、副会長さんわたしもやりたい!」
「……りの」
威勢の良い声を上げるりのに対し、奈々穂は困ったような顔になる。
正直、りのの運動能力はとその顔には書かれているのだが、りのがそれに気付くはずもなく、
「やりたい、やりたい、やりたい〜〜。ねぇ、駄目ですか?」
「副会長さんよ、りのもこれだけやる気を出しているんだ。
ここは一つ頼むぜ。ちゃんと俺がサポートしてやるし」
「むー、プッチャンのサポートなんてなくても大丈夫だよ」
「甘えるな、りの!」
「あう、痛いよプッチャン」
「野球をなめるんじゃないぜ、りの。一死、二死といって、舐めてたら怪我だけじゃすまないぜ」
「そ、そんなに怖いスポーツなの?」
「ああ。そもそもの起源は中世にまで遡り、とある国で起きた革命が元だとも言われているスポーツだ。
当時の権力者に対抗すべく、市民たちが武器を手にとり立ち上がった!
しかし、騎士でもない市民に武器などあるはずもなく、仕方なくすぐに手に入る木の棒や、
石ころを武器に立ち上がったんだ。その激しい戦いの最中、木の棒で石を打って弓に対抗したのが、
バッティングの始まりだと言われている」
「へ〜、そうなんだ。プッチャンって物知りだね〜」
「ふふん」
「はい、そこ。ナチュラルに嘘を教えない」
忍の言葉にりのはプッチャンを睨むも、プッチャンはりのへと手を突きつける。
「お詫びと言っちゃあ何だが、これからじっくりと俺がりのに野球の真髄を教えてやろう。
昔懐かしい養成ギプスなんて目じゃないぐらいに、りのを立派な野球選手にしてやるぜ!」
「プッチャン!」
「ふふ、りの。付いて来れるかな?」
「頑張るよ、プッチャン!」
「コーチと呼べ!」
「はい、コーチ!」
既に盛り上がっているりのたちを見ながら、奈々穂は困ったようにメンバー表に目を落とす。
仕方ないと、補欠の欄にりのの名前を書き込もうとして、
「りの、頑張ってね」
「はい、奏会長のためにも頑張ります!」
「ふふ、りのが試合で活躍するのを楽しみにしてるわ」
そんな会話を聞かされ、奈々穂はりのの名前をレギュラーの方へと記入するのだった。
(会長が望まれた事、会長が望まれた事)
そう何度も心の内で己に言い聞かせながら。
かくして、生徒会の面々は絢爛学園との練習試合の日まで、野球の練習に明け暮れる事となるのであった。
続く
<あとがき>
久しぶりの更新〜。
美姫 「ネタは結構前からあったのにね」
だな。思ったよりも更新が遅くなってしまった。
美姫 「しかも、試合は次回だし」
あはははは〜。まあ、それは良いじゃないか。
とりあえず、次回は野球対決だ!
美姫 「どんな試合になるのかしらね」
それは見てのお楽しみという事で。
という訳で、また次回!
美姫 「それじゃあ、まったね〜」
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