『海鳴極上生徒会』






第12話 「野球をしよう」





放課後のグランド。
部活動をする者たちで溢れているその一角に、恭也たち生徒会メンバーの姿もあった。
言うまでもなく、野球の試合に備えての練習である。
野球部からそのまま借りてきた道具を前に、りのが真っ先にグローブを手に取る。

「ちょいと待ちな、りの。お前はまだ野球レベル1の素人なんだ。
 なら、グローブは頭に被らないといけないんだぜ」

「ええ、そうなの!?」

プッチャンの言葉を真に受けて、グローブを頭に乗せるりの。

「プッチャン、すぐに落ちそうだよ〜」

「それを落とさなくなれば、りのはレベルアップできるんだ!」

「そうなんだ。だったら頑張るよ!」

「で、そろそろ止めた方が良いのかな?」

そんな二人のやり取りを後ろから長めながら、美由希が誰に聞くともなしに聞く。
忍は面白そうだからもう少しやらせようとするのだが、奈々穂に注意されて不精ながらも止めに入る。

「りの、プッチャンの嘘だから。さっさと準備しないと奈々穂が怖いわよ」

「うぅぅ、プッチャンまた騙したんだね」

「違うぜ、りの。騙したんじゃなくからかったんだ。
 ほらほら、文句を言う前に守備位置に付けりの。いい加減、副会長さんの血管が切れちまう」

「分かっているのなら、さっさと守備位置につけ」

「はーい。……ところでプッチャン」

奈々穂の言葉に元気の良い返事を返し、不意に真剣な顔付きでプッチャンへと小さく尋ねる。

「ライトって何処?」

思わず手で顔を覆った奈々穂は、バッドでりのの守備位置を示してやる。
幸先に不安を覚えつつ、とりあえず守備練習を開始する。
それをベンチに座って眺める恭也たち。

「遊撃の者たちは流石に上手いな」

「そうですわね。ただ……」

センター、レフトへの飛んだ球を上手く捌いた二人を眺めながら言った恭也の言葉を肯定しつつ、
久遠は不安そうにグランドへと視線を向ける。

「サード、忍ー!」

奈々穂の打った痛烈な打球が忍の正面ではなく横を通過せんと抜けていく。

「たぁー、ファインプレー!」

叫びながら何故かボールとは逆方向へと跳ぶ忍。

「……わざとか?」

「あははは、冗談よ、冗談。もういっちょこい!」

呆れ顔を抑え込み、奈々穂はもう一度痛烈なバウンドする球を打つ。
今度は正面へと飛んだボールに対し、

「てやぁ!」

気合い一閃、グローブでボールを弾き飛ばす。

「真面目にやれ!」

「う〜、指だけじゃなくて体全体を動かす野球は嫌〜、しんどい〜、だるい〜」

行き成り拗ねた口調でだだをこねる忍へと目付きを悪くしていく奈々穂。
気を取り直すように頭を振り、数度の深呼吸で何とか自分を落ち着かせると、

「次はセカンド! 市川、いくぞ!」

とりあえずは忍は放置してまゆらの守備範囲にボールを打つ。

「わひゃぁっ!」

強いライナーに対し、まゆらは頭を抱えてしゃがみ込んでボールから身を躱す。

「な、奈々穂さん、打球が強すぎます〜」

「強すぎるじゃない! このぐらい取れなくてどうする! 真正面だっただろう」

「でも〜」

情けない声を上げるまゆらに額に手をやり、もう一度バッドを構える。

「ショート! 香!」

「はい!」

奈々穂の掛け声に元気良く返し、飛んで来た打球を綺麗に受け止めるとファーストへと投げる。
ファーストを守るシンディはグローブを嵌めた手を前に突き出すも、そこから少しも動かさず、
結果としてボールが顔の横をすれすれで通り後ろへと。

「香、良いプレイだ。シンディ! 構えるだけじゃなくて、ちゃんとボールを受け止めるんだ!」

「オーケー」

本当に分かっているのか、表情を変えずに返すシンディに奈々穂はまたしても頭を抱えたくなるも堪え、
次に外野へと視線を向ける。
外野は既にセンターのれいん、レフトの小百合は終わっており、最も不安なライトを残すのみである。
とりあえず、全員がどの程度出来るか見ようとしているし、これは練習だからと何度も言い聞かせ、
奈々穂はボールとバットを片手ずつに持ち、ライトへと声を張り上げる。

「いくぞ、りのー」

「はーい♪」

一抹の、いや大きな不安を抱えながらも奈々穂はりのへと大きなフライを打ち上げる。

「わっ、わっ、わわわわわ」

「違う、りの! もっと右だ右!
 ああ、行き過ぎだって! 左へ戻れ。後ろ、後ろ!」

「わ、わわわわわわっ!」

プッチャンの言葉に従ってもたもた、あわあわと動き回るりの。
だが、その身体は見事に打球の下に入り込む。

「よし! いいぞ、りの! 後はボールを取るだけだ!
 あはははー、楽勝だぜ。何せ、りのにはこの俺がついているんだからな」

「よ、よーし、後は取るだけ。たぁー!」

「って、おい! 目を瞑る奴がいるか!」

落下してきたボールに向かってグローブを出しつつ、えいやと目を閉じるりの。
プッチャンの注意も虚しく、ボールはグローブの横を通り過ぎ、そのままりのの頭へと直撃する。

「っっ、い、痛いよプッチャン……」

「大丈夫か、りの! くそっ! たかが白球の分際でりのを苛めるとはふてぇ野郎だ!
 このボールが、ボールが!」

地面に落ちたボールを殴る、蹴るするプッチャン。
だが当の頭を打った本人は楽しそうに笑うだけである。

「あははは。プッチャン、野球って面白いね」

「む、そうだろう、そうだろう」

りのの言葉に満足げに、しかし偉そうに胸を張るプッチャンである。
一通り全員の守備を眺めた後、久遠は困ったように恭也を見る。

「……ま、まあ、その分遊撃の者たちがフォローをするだろう。
 それにまだ試合まで時間もあることだし、練習すれば何とか」

「うふふふ。りのったら」

奏は楽しそうにしているりのを見て、我が事のように喜んでいる。
それを見て、恭也はまあ良いかと思う。
そんな二人の様子に久遠や聖奈も苦笑を見せつつも何も言わず、ベンチ内だけはほのぼのとした空気が漂う。
だが、守備練習のためにバッティングをしている奈々穂はそうもいかず、肩を震わせて、遂には叫び出す。

「真面目にやれー! 分かっているのかお前たち!
 もし負けるような事があれば、絢爛の会長にうちの会長が悪く言われるんだぞ!」

「副会長の言う通りよ! 特にりの! 真面目にやりなさいよ!」

同調するように香も叫ぶ。二人の、というよりも、今にも噛み付かんばかりの奈々穂の迫力に押され、
全員が再びグローブを構える。
その事に少しだけ気を良くし、奈々穂はキャッチャーである美由希からボールを受け取ると、
再びバッティングを始めるのであった。



  § § §



翌日も勿論、野球の練習は行われる。
昨日は守備であったが、今日は打撃の練習である。
奈々穂が投げる球を撃つのである。

「さて、遊撃はこれで一折終わったな。
 どうも小百合は打撃は少し苦手みたいだが、それでも良い当たりが多いのは流石だ。
 で、問題はここからか」

始まる前から既に苦い顔で次の打者、忍を見る奈々穂。
そんな様子にお構いなく、忍はバッドを振り回してバッターボックスへと立つ。

「さあ、打つわよ、打つわよ。あ、でも魔球だけは勘弁してよ。
 行き成り地面に穴が開いたら怖いもんね」

「おいおい、それは野球盤の話だろう、マッドねーちゃん」

プッチャンの突っ込みに満足そうな顔をしつつ、バッドを奈々穂へと向ける。

「さあ、来なさい。今までの投球で奈々穂の球は全て見極めたわよ」

無意味に自信満々に言い放つ忍に奈々穂は振りかぶり、最初の一球を投じる。
真っ直ぐにど真ん中を突き進むストレートは、かなりの速さで美由希の構えるミットを目指す。
だが、ボールがミットに納まる音ではなく、甲高い音が鳴り響き、白球は奈々穂の頭上を超えてセンター前に落ちる。

「ふっふっふ。甘いわよ、奈々穂。さあ、どんどん行くわよ」

「ふ、ふふふ。面白い忍。これならどうだ!」

言って振りかぶり、第二球を投げる。
大きくしなるように球は途中で軌道を曲げるも、忍のバッドはそれを追随するように伸び、
またしても甲高い音をグランドに響かせる。

「ふふふ。私の動体視力を甘く見過ぎたわね」

余裕綽々といった感じで奈々穂を見遣る忍。
対し、奈々穂は悔しそうに顔を歪めつつも、三度振りかぶる。

「ボール」

際どい所をついたボールはしかし、ストライクゾーンから僅かに外れていた。

「言ったでしょう、私の動体視力を甘く見ないでって」

不敵に笑う忍に奈々穂もまた不敵な笑みを貼り付ける。
投げられた四球目は最初のストレートよりも速く、しかしそれもレフト前へと綺麗に打たれる。

「おいおい殿、マッドの奴打撃は凄いじゃねぇか」

「まあ、本人が言うように目はとても良いからな。それに、運動神経も悪くはないし。
 ただ……」

「ただ?」

恭也の言いようにプッチャンが問い返したその時、バッターボックスから忍の声が聞こえてくる。

「はぁー、もう疲れた。と言うか、飽きた〜」

「どっちにしても早いな、おい!」

聞こえてきた台詞にプッチャンが突っ込めば、恭也は苦笑を見せる。

「基本的にインドア派だからな。身体を動かすのは、あまりやりたがらない」

「なんつーか、宝の持ち腐れみたいなねーちゃんだな。
 いや、マッドとしての能力も大したもんだと考えると、寧ろインドア派の方になるのか?」

「さあな。と、向こうは気にせず、まずはこっちだな」

「おう、そうだった」

言って恭也は待っていたりのへとバットを渡す。

「りのは右打ちか、左打ちか?」

「えっと、分かりません」

「そうか。まあ、やった事がないのなら仕方ないか。
 とりあえず、左なら忍のように構えて、右ならこう持って……」

恭也はりのにバットの持ち方を教えていた。
とは言え、恭也とて詳しく知っている訳ではない。
それでも、ある程度なら分かるので、こうして教えているのである。
あるのだが、

「とりあえず、りの。プッチャンを外した方が良いのではないか」

恭也の視線の先では、プッチャンが口を大きく開けてバットを咥えている。

「おいおい、殿。俺にも参加させてくれよ〜。
 それとも、人形は出るなって言うのか。俺だって極上生徒会の一員だぜ。
 りのと、りのと一緒で良いからよ〜」

「りのが撃ち難くなければ俺は構わないが」

「おお、流石だぜ殿! りの、俺様と一緒に頑張ろうな」

「うん。頑張ろうねプッチャン」

プッチャンと笑い合い、りのはバットを振り回す。

「その持ち方と振り方がやり易いんだな。だとしたら、りのは右打ちだな。
 後は忍がやったように、ボールをよく見て、バットを振れば良い。
 まあ、そんなに簡単にはいかないだろうが頑張れ」

「はい!」

そう言って笑顔を見せるりのの頭を恭也はポンポンと軽く撫でてやる。
嬉しそうに目を細め、りのは恭也を見詰める。

「えへへへ。まるでお父さんみたいです」

父親の記憶はないのだがそう口にするりのを、いつの間にかやって来た奏も撫でてあげる。

「それで奏会長がお母さん」

「あらあら。りののような娘なら大歓迎ね」

「そうだな」

二人に撫でられ更に相好を崩すりのを、香が羨ましそうに、恨めしそうに見ているのだが誰も気付かない。
やがて、奈々穂がりのを呼ぶ。

「頑張ってらっしゃい、りの」

「はい」

「よっしゃー、一発かっ飛ばすぜ!」

奏に元気よく返答すると、バッターボックスに向かう。
何とか見よう見真似でバットを構え、奈々穂が投げたボールを打つべく振る。
が、バットはボールの遥か下を通過する。
続く二球目では、逆に上を。
試しに奈々穂は大きく外すように、それこそ敬遠球に近いぐらいに遠くにボールを放るのだが、

「ま、待てりの」

「え、えーい!」

プッチャンが止める間もなく、りのは手を懸命に伸ばしてバットを振る。
が、当然のごとく全くボールには届かずにバットは空を切る。
それを見て、マウンドでは奈々穂がグローブで顔を覆い隠し、天を見上げる。
けれども、りのはやはり楽しそうに笑い、それを見て奏もまた楽しそうにしている。
それはそれで良しと割り切り、奈々穂は徹底的にりのを鍛えようと闘志を燃やすのであった。



こんな感じで極上生徒会の練習は連日繰り返され、とうとう試合当日を迎える。





続く




<あとがき>

前回の続きで野球ネタ。
美姫 「行き成り試合じゃないのね」
少し練習風景をと。
このまま試合まで一気に書いても良かったかも。
美姫 「試合もそんなに長くないしね」
まあな。だが、今回はここまでに。
美姫 「なら、せめてさっさと続きを書き上げて欲しいわね」
分かってるって。
美姫 「どうだか」
それでは、また次回で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」







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