『海鳴極上生徒会』
第15話 「レッツクッキング」
薄暗く照明を落とされた室内。
天井部分は無骨な鉄骨がむき出しで、急いで工事した事が一目で分かる。
周囲を壁に囲まれ、豪華とも言えるシステムキッチンが三つ、それぞれが三角形の辺に当たるように設置され、
急いで工事した即席会場にしては、料理対決などの看板などもしっかりと作られている。
キッチンだけでなく、三つのキッチンを数メートルの高さから一望できるような審査員用の席が、
キッチンから少し離れた場所に設けられている。審査員席から見て右側に隠密が、左側には遊撃が。
そして、正面には発明部の代表が、いつでも始めてくれとばかりにスタンバイしている。
ここ宮神学園内にある第二グラウンドにいつの間にか建っていたこの会場を見て、既に審査員の一人、
会計のまゆらは半分意識を飛ばしていたりするのだが、それはまあ余談だろう。
審査員席にも既に四人が座っており、後一人を待つだけである。
全ての準備が整ったを受けて、薄暗かった照明が全て落とされる。
だが、暗闇に支配されたのは一瞬の事で、すぐに会場の四方からライトが一箇所を照らす。
審査員席のほぼ中央、下へと降りる階段が作られたその手前、そこに五つ目のライトが真上からも当たり、
続けて審査員席が微かに揺れ、ゆっくりとライトの当たった個所が左右に開いていく。
そこからゆっくりと上昇して姿を見せるのは一人の少女。
身に纏ったマントで顔を覆い隠し、せり上がる床の上で不動。
ようやく全身を晒し、そこで到着を告げるように床が僅かに揺れてバランスを崩す。
それでも顔は何とかマントで覆ったまま、スポットライトの中マントを振り払う。
中から現れたのは、右手を上へと突き出すりの。その突き出された右手にはこれまたマントで顔を隠した人形が。
その人形もまたマントを大きく後ろに振り払い、手に持ったリンゴを齧る。
「俺様の記憶が確かならば……、今日のテーマは肉だ! 肉を食え! いや、食わせろ!」
「食わせろ〜♪」
プッチャンの宣言にりのが楽しそうに追随する。
同時に荘厳な銅鑼の音が鳴り響き、照明が一斉に点けられる。
「テーマが変わっているぞ。今日はスイーツ対決だろう。テーマを決めたのはお前だろうに」
呆れたような口調で突っ込みを入れて間違いを正す恭也に顔を向け、プッチャンは偉そうに胸を張る。
「いや、殿。今日は何となく肉の気分なんだよ。
とは言え、いきなりテーマを変えられたら対処できないヘタレ共の為に、前々から決めていたスイーツで手を打つぜ」
随分な言い草に料理人たちの顔が若干引き攣るも何とか堪えている。
そんな様子になど気付かず、プッチャンは両手を広げて眼下に向かって叫ぶ。
「さあ料理人ども! その持てる力を全て使い、ここに究極のスイーツを作り出せ!
それでは…………クッキングバトルスタート!」
プッチャンのスタートの合図に各々、まずは材料の選定から入る。
動き始めた奈々穂たちを眺めながら、プッチャンは僅かな優越感に浸るとりのを促して審査員席の残っている席に座る。
料理が始まると完成するまでは審査員たちは暇になる。
「どんなのが出てくるかな〜」
嬉しそうに語るりのの隣で奏が微笑ましい笑みを見せる。
その奏の隣に座った恭也は、未だに呆然と意識の殆どを何処かに飛ばしているまゆらに心配そうに声を掛ける。
「大丈夫か、まゆら」
「……え、ええ、何とか」
気遣ってくれる恭也に心配させまいと辛うじて引き攣った笑みを浮かべ、何とかこちら側に意識を戻す。
そのまゆらの向こうでは何故かふてくされてテーブルに頬杖をついている美由希の姿が。
「ぶー、どうして私は審査員なのよ」
結局、各部の話し合いの結果、美由希は審査員となったようである。
変わりにシンディが発明部の手伝いをする事になり、それが決まってから数日は経っているのだが、
美由希は未だに納得いかないという顔である。
「まあまあ、そう拗ねるなみゆみゆ。とりあえずは、連中の腕前を見させてもらおうじゃないか」
言ってプッチャンが手をぽふぽふと叩くと、審査員席の目の前の床からモニタが出てくる。
どうやら料理している様子がそこに映し出されるようで、モニタの中では各人が忙しなく動き回っている。
「映研と放送部の協力の元、現場の状況もばっちりだぜ。
さてさて、まずは遊撃から見てみるか。隠密ねーちゃんよろしく〜」
プッチャンが手元のリモコンを操作すると、分割されてそれぞれの作業が映っていた映像が一つになって拡大される。
「はいは〜い、実況はお任せ〜。解説は、ノエルさんにお願いしちゃってま〜す」
同じような画面を審査員席の対面の実況席で見ながら、聖奈はいつもの笑顔で答える。
その隣で小さく頭を下げるのは、忍付きのメイドであるノエルその人であった。
「まずは遊撃部の状況ですけれど、どうやら大方の予想通りに和泉さんを主体に調理するみたいですね〜。
奈々穂さんが材料を運んでれいんちゃんに渡してますよ〜。小百合ちゃんは調理の補佐といった所でしょうか」
「……聖奈、お前は久遠を手伝わなくても良いのか」
「はい〜。隠密は久遠さん一人でも充分ですので〜」
思わず尋ねた恭也の言葉に聖奈は笑顔のままでそう返す。
恭也の言葉を聞いたからか、プッチャンがまたリモコンを操作して今度は隠密の映像を映し出す。
「こちらは隠密の状況ですね〜。どうやら材料の方は既に準備完了みたいですね〜。
どうやらフルーツをたくさん使うみたいですね。久遠さんは、フルーツをカットしているようです」
「素晴らしい手際です。素早いけれども決して雑ではなく、丁寧に一つ一つを小さくカットしてますね」
「うーん、一体何を作るんでしょうか」
「フルーツを使ったケーキだと思いますが、どのタイプのものを作るのかは今の段階ではまだ分かりませんね。
プティングやクラフティー、普通にスポンジケーキというのもありですね」
「それなら、隠密の方はもう少し状況が進んでから、もう一度見てみましょうか」
そう聖奈が締め括るのに合わせ、また画面が切り替わる。
再び遊撃に戻った画面の中では、香がチョコレートを細かく刻んでいる。
その隣では小百合が何かを振るいにかけている。
「いったい何を振るっているんでしょう」
「恐らくココアではないでしょうか」
「ココアにチョコレートですか。これはまた甘そうですね」
「恐らく、恭也様対策として甘さ控えめを狙うよりも、甘いもの好きの他の人たち向けでしょう。
一票を落としても確実に残りの票を取れるように」
「なるほど〜。だとすると、最低でも一口は食べないといけない恭也さんは大変ですね〜」
言ってにこにこと恭也を見れば、恭也は苦笑して肩を竦める。
「スイーツ対決の時点である程度は覚悟していた。
とりあえず、危険分子はこちら側に居るので安心して食べれるのはありがたいことだ」
「そうですね〜」
恭也の言葉に笑顔の肯定で返しながら、聖奈は実況を続ける。
「あ、和泉さんが奈々穂さんに何やら指示してますね。
それを受けて奈々穂さんが安易やら調理器具を取り出しましたが」
「型、ですね。そこにペーパーを敷いてます」
「地味です、地味な作業です副会長。
でもこういった作業も大事なので頑張ってください。
おっとその間に和泉さんはチョコを刻み終えて、今度は卵を割ってます。
卵白にグラニュー糖を入れて湯銭してますね。そしてそれをれいんちゃんに渡しましたよ」
「泡立てる作業ですね。ここで上手く泡立てれるかどうかは大事なポイントです」
「ハンドミキサーを使えば楽なんですが、何故使わないんでしょう」
「単に角元様が気付いていないだけだと思います。もしくは、その存在を知らないのかも。
和泉様は混ぜるようにしかお願いしませんでしたから」
「あらあら、これで時間をロスしなければ良いですけれどね〜。
あ、因みにここでの実況は勝負をフェアにする為にも、現場には届いてませんのであしからず」
「やはり遊撃の方は人数が多いので作業分担が出来て、同時に進められるというのは強みですね」
「まあ、出来る事と出来ない事があるのでそれを指示する人は大変でしょうけれどね〜。
寧ろ、味付けや難しい調理部分は一人でやっているとも言えますし〜」
聖奈の言葉にノエルが無言で頷く視線の先では、香が鍋にグラニュー糖と水を入れて火にかけている。
時折、軽く鍋を揺すりじっくりと煮詰めていく。
それを見ながら、当分は作業に変化の兆しはないだろうとプッチャンに視線を飛ばす。
プッチャンも心得たとばかりに再びリモコンを操作して発明部を映し出す。
見ると、忍は材料を選ぶ事さえせず、シンディの操るフォークリフトで何やら大きな包みをキッチンへと運びこむ。
「今回、使い慣れた道具を持ち込んでも良いって事だったからね」
言ってシンディが戻ってくると、二人して全長二メートル近い物体に被さった布を取り除く。
中から現れたのはやけに丸い胴体に同じく丸い顔。
手足はやけに細く長い、如何にも作り物と分かるロボットらしきものである。
頭にはコック帽、身体には白いエプロンを身に纏うそのロボットを前に、忍は右手を上げて高らかに叫ぶ。
「じゃじゃじゃじゃ〜ん!
忍ちゃん特製、料理人マッシーン!
さあ、鉄人一号……」
「レッツクッキング」
忍に続きシンディがそう言うと、忍は背中にあるのであろうスイッチを押す。
目らしき部分が光り、ゆっくりと両腕を持ち上げる鉄人一号。
口がないから言葉は発せないが、あればきっと雄たけびを上げていただろうと感じされる動きである。
鉄人一号はその目でその場にある材料をスキャンするように眺めていく。
何を作るのか算出しているのか、何度か材料を眺め回した後、おもむろに魚を掴む。
「魚!? それでどんなスイーツを作るってんだ?」
「その前に、何で魚なんかがあるんだ!」
プッチャンの驚愕する声に対し、恭也が尤もな事を口にする。
それに対し、プッチャンは真顔で言い返す。
「いや、だってみゆみゆが用意しろって。
材料を取り寄せる時はまだみゆみゆが向こうで参加すると思ってたからな」
「……お前はあそこに居たとして何を作るつもりだったんだ」
「お刺身のチョコレートフォンデュを。これなら、甘いものが苦手な恭ちゃんでも食べれるかな〜って」
言って偉いでしょうと胸を張る美由希に、殆どの者が心底シンディと交代してくれた事を感謝する。
そんなこちらの様子など知らず、鉄人一号は魚を捌くと次に醤油を手にする。
「って、何を作るつもりよ。私が命令したのは、甘さ控えめで恭也でも食べれそうなものよ!」
言って思わずその頭を叩くようにして突っ込む。
丁度、頭を下に向けていた瞬間に叩かれたものだから、鉄人一号はそのまま作業していた台に突っ込んでしまう。
ピクリとも動かなくなった鉄人一号に流石にやり過ぎたかと恐る恐る手を伸ばせば、突然顔を上げる。
驚いて手を引っ込める忍をじっと見詰め、
頭から煙をプスプスと吹き上げながら鉄人一号はうわ言のように何かを繰り返す。
「料理……甘くない……恭也。料理……恭也……」
「あのロボット喋れるのか!」
プッチャンが驚きの声を上げる中、恭也たちは実に素早く行動を始める。
恭也はすぐさま奏とりのを立たせて後ろへと連れて行き、美由希はまゆらの手を引いて同じく後ろに下がる。
実況と解説をしていた聖奈とノエルも素早くマイクは手にしたまま立ち上がると下がり、
全員が下がったのを見て恭也が前に出る。
「おいおい、いきなりどうしたんだ殿」
「……どういう訳か、忍の作った機械は暴走すると大抵は俺を攻撃してくるんだ。
で、あの状況から察するに暴走しても可笑しくないからな。念のためだ」
そう告げる恭也が見下ろす先では、鉄人一号が顔を俯かせ、忍から受けた命令を上書きするように繰り返す。
「料理、甘くない、恭也……。恭也、料理、甘くない。
恭也、料理する、甘くない。甘くない、恭也、料理する。……油断できない恭也を料理する。
油断できない恭也を倒す。……命令を実行します」
「ちょっ、何でそうなるのよ!」
叫ぶ忍に一切目もくれず、鉄人一号は周囲を見渡して恭也を認識する。
「照合……完了。外見より本人である可能性……98.97%……他に該当する者なし。
よって標的と認証」
目の個所が赤く光り、鉄人一号は恭也目掛けて階段を登り出す。
その両手には未だに包丁があり、それを武器として使うつもりで振りかざしている。
恭也は向かってくる鉄人一号を見て溜め息を一つ吐く。
「……覚悟!」
叫び階段を登ってきた鉄人一号のボディを容赦なく蹴り飛ばす恭也。
標的に近づいたと思った瞬間に蹴り飛ばされ、鉄人一号は階段をごろごろと転がっていき、
ついた勢いのまま地面に激突する。頭からだけでなく身体からも煙を吹き上げ、数度痙攣するように身体を振るわせる。
何度か立とうと手足に力を入れているみたいだったが、やがて目から光りが消えて地面に倒れると、
そのまま動く事はなかった。
「ちょっ、恭也酷いじゃない!」
「ほう、文句があると」
「あうっ! な、ないです」
「どうしてお前の作るものは殆どが俺を狙うんだ」
「そ、そんなにしょっちゅうじゃないでしょう! 今回は偶々よ
制御系にやっぱりまだ無理があったのかな。まあ突貫で作成したから仕方ないか〜」
大粒の冷や汗を流しながらも何とか誤魔化そうとする忍に冷たい眼差しを送れば、
忍は言葉を尻すぼみにさせ、最後には力なく謝る。
そんな忍に恭也は追い討ちをかけるように冷徹に告げる。
「そんな所に置いておかれると迷惑だから、さっさと今すぐに片付けろ」
「そんなぁぁ。鉄人一号がいなくなったから、自分たちで作らないといけないのに……」
「自業自得だろう。脇に退けるだけでも良いから、そこから退かせろ」
「分かったわよ」
これ以上口論するのも時間が勿体無いと忍はシンディと一緒に鉄人一号を脇に追い遣る。
その上で改めて料理に取り掛かるのであった。
そんな感じでようやくまともに三つの部が料理に取り掛かり、それを聖奈が実況し、ノエルが解説していく。
ある程度進む中、プッチャンがリモコンを操作して何度目かの切り替えを行い、出遅れた発明部へと切り替える。
発明部はシンディがチョコレートを刻み、その隣では忍が生クリームに何かを入れて火にかけていた。
「あれは砂糖かしら?」
「転化糖ですね。……まさかとは思いますが」
「ノエルさん、もしかして忍ちゃんの作るものに心当たりでもあるの」
「はい。去年のヴァレンタインに私がお教えしたパヴェ・ド・ショコラを作られるつもりではないかと」
「ああ、あれは美味しかったわね。絶妙の口溶けと食感が本当に良かったわ。
そうか、一度作った事のあるものなら普段、料理をあまりしなくても大丈夫だと思ったんですね〜」
「だと思いますが、よりにもよってこれを選ぶとは」
「何か問題でもあるんですか?」
「これは最後に固めるために冷やさなければならないのです」
「……あー、制限時間内に固まらない可能性があるんですね」
「はい。更に付け加えるのでしたら、冷やして固めた状態よりも食べる前に少し室温に戻した方が、
より口溶けやチョコの風味を味わえるのですが。
ただでさえ、最初に機械の暴走で時間を無駄に消費したというのに……」
ノエルは思わず額を押さえる。
あれを教える際、冷やして固めるのが大事だとあれほど念を押して教えたのにと。
当然、ノエルの嘆きなど聞こえない忍は意外にも手際よく作業を進めていく。
シンディが刻んだチョコレートへと火にかけた先程の生クリームを入れ、そのまま余熱で溶かす。
それを空気が入らないように慎重に混ぜ合わせ、完全に溶けきれない分は湯せんで溶かすと、
sこに洋酒を少々入れてまた混ぜる。
忍がその作業をしている間、シンディは忍の指示の元、柔らかくしておいたバターをボールの中にちぎって入れる。
遊撃の方はオーブンを使い、何かを焼くようである。
逆に隠密はオーブンから出来上がったものを取り出し、そこに更に手を加えていく。
各自がラストスパートに入る中、とうとう終了を告げる鐘が鳴る。
「遊撃、出来ました!」
「同じく隠密も完成ですわ」
「……あ、あははは。うちはまだ固まってない」
忍の所はノエルが心配した通り、完全に固まってはいない。
口溶けを味わうどころか、既に半分溶けたような状態に忍はがくりと膝を着き、潔く負けを認める。
「こうなったら最終手段よ。古今東西、敗れた科学者が取る行動はひとつ!
ザ・自爆! 半径数キロを巻き込んで潔く散るわ!」
「やめんか! 人を道連れにしようとして、何が潔くだ!」
膝を着いていたはずの忍が立ち上がり、拳を天に突き上げながら堂々と言い放った台詞に、
奈々穂は律儀にも突っ込むと、そのまま手近にあったゴムベラを投げつける。
それは見事に忍の額を痛打し、
「っ!? ちょ、な、奈々穂。これ滅茶苦茶痛いんだけれど」
額を押さえて蹲り涙目で抗議の声を上げる。
それをあっさりと無視し、奈々穂は完成したものを持って審査員席へと向かう。
「無視する事ないじゃない」
まだ痛む額を何度も摩りながら、忍は拗ねたようにそう漏らす。
だが結果が気になるのか、すぐに審査員席へと続く階段を登り始める。
最初に遊撃がテーブルの上に作ったものを置く。
カップケーキにも見えるそのケーキを前に、恭也がまず口を開く。
「フォンダンショコラだな」
「はい。恭也会長補佐には申し訳ありませんが、少し甘めにしてます」
香の言葉にりのは喜ぶのだが、恭也は無言のままである。
とは言え、文句を言うつもりなどなく、審査するためにもそれを口へと運ぶ。
「美味しいね、プッチャン」
「いや、本当に。人は見かけによらないと言うか、何と言うか。
まさかこんなにもまともな物が出てくるとは思わなかったぜ」
感心しているのか、貶しているのかよく分からない事を言いつつも、プッチャンは既に二個目を口にしている。
他のメンバーの評価も良いようで、香はようやく緊張を解くように胸を撫で下ろす。
「……そうだな、敢えて言うのならキャラメルクリームのキャラメルを作る時に鍋を揺するのが少し早かったかな。
後はキャラメルは色がつき始めると早いから、もう少し火を切るのを早く。
とは言え、これでも充分過ぎるんだけれどな」
言って恭也はもう一口食べる。
口の中に広がる甘さを味わいながら、恭也はもう一度美味しいと告げる。
恭也の言葉に香は嬉しそうに短く返事して返すのだった。
遊撃に続き、次は隠密の久遠がテーブルにケーキを置く。
フルーツがふんだんに使われたケーキに包丁を入れ、小さく切り分ける。
それとは別に一口サイズのプチケーキが、こちらはフルーツが一つだけ乗っているものや、チョコレート、
プレーン状のものなど多種多様に用意されていた。
「そちらのプレーンケーキはレモン風味のさっぱりしたものとなっていますから、
甘いものが苦手の恭也さんにも気に入ってもらえるかと思いますわ」
切り分けたケーキを各自の皿へと移しながら、久遠はそう説明する。
「それではどうぞお召し上がりください」
笑顔で言う久遠の言葉に応えるように、ケーキを口に運ぶ。
口に入れた途端、りのとプッチャンは先程同様に美味いを連発して、それを態度で示すかのように黙々と平らげていく。
他の者たちも小さく感嘆したり、美味しいと言う感想を口にしながらも手を動かす。
その様子を見遣り、久遠は余裕の表情で髪を掻きあげて奈々穂を見遣る。
両者の間に小さな火花が散る中、両陣営のケーキは完食される。
「ふぃぃ、ああ美味かったぜ」
「本当だね、プッチャン」
にこにこ顔のりのを見て、奏も口元を綻ばせ、そうやって喜んでいる奏に恭也もまた微笑を見せる。
そんな和やかな空気の中、久遠も奈々穂も勝負の行方を早く知りたいとばかりに恭也たちを見る。
だが、りのはそれに気付かずに少し物足りなさそうにお腹をさする。
「もうちょっと食べたかったな〜」
「あら、それなら丁度良かったわ」
そう言うと奏はバスケットを取り出し、中から紙で作られた箱を取り出す。
それをテーブルの上に置くと、そっと開ける。
中にはチョコレートケーキが入っており、それを取り出すとりのの皿の上に乗せる。
「良かったら、美由希さんたちもいかが?」
突然の事に思わず呆けていた美由希とまゆらも自然と皿を差し出し、そこにケーキが乗せられる。
何か言いたそうにしている恭也に気付き、奏は小さく笑うともう一つ別の先程よりは小さな箱を取り出す。
「今日のイベントの事を考えていたら、私も作ってみたくなって。
はい、この抹茶ロールは恭也の分よ。勿論甘さは控えてあるから大丈夫だと思うけれど」
「ああ、ありがとう」
何で奏がケーキを用意していたのかと言う謎も解け、しかも自分の分までわざわざ用意されているとしり、
恭也はそれ以上何か言うのを諦めて大人しくケーキを受け取る。
「……流石だな。相変わらず、奏の作ったものは美味しいな」
「ありがとう」
「本当です! とっても美味しいです!」
恭也に続きりのも満面の笑みを見せながらそう言う。
その隣というか、片手ではプッチャンがひたすら無言のまま貪るように食べている。
「っ! ……ぐがっ!」
が、突然その手が止まり、やたらと胸をドンドンと叩き出す。
「喉に詰まったんだな。慌てて食べるからだ。
りの、これを飲ませてやれ」
恭也は水の入ったコップをりのに渡し、りの手に渡ったそれをプッチャンは奪うようにもぎ取ると一気に煽る。
「んぐんぐんぐぷはぁぁぁ〜〜。あ、危うく死ぬ所だったぜ。殿、助かった」
「構わんさ。それよりも、もう少し落ち着いて食べろ」
「いやー、悪い悪い。あまりの美味さに我を忘れちまった」
「もう駄目だよプッチャン」
「はははは、許せりの」
そんな和やかな空気が流れ出し始めるが、それを久遠と奈々穂の二人が打ち壊す。
早く審査結果をと。
危うく忘れそうになっていた事をおくびにも出さず、恭也は奏を見る。
視線を受けた奏は少し考えた後、りのへと向き直り、
「りの、どのケーキが一番美味しかった?」
結果を全てりのへと託す。
奏の言葉に腕を組んで考え込むりのを食い入るように遊撃の面々と久遠が見詰める。
「難しく考える事はない。今日食べた物の中で、りのが一番美味しかったと思った方で良いんだ」
恭也の言葉を天啓とばかりにりのは腕を解き、
「分かりました! それなら奏会長のケーキが一番美味しかったです!」
そう結論を出すものの、当然ながら奈々穂も久遠も納得できる訳もなく詰め寄る。
「ちょっと待てりの。審査するのは、遊撃か隠密のケーキであって……」
「そうですわ。こんなの納得いませんわ。改めて審査をお願いします」
特別予算が掛かっているだけに必死に訴える二人に、りのは僅かに身を引いて困ったような顔になる。
それを取り成すように、プッチャンが偉そうに腕を組んでりのの前に立つ。
「まあまあ、お二人さん落ち着きなって。いいじゃねぇか、会長さんの勝利って事でよ。
飛び入り参加ってやつさ。つー訳で、予算は執行部のものだな」
「納得いくか!」
「納得いきませんわ!」
丸く、いや半分無理矢理治めようとしたプッチャンの言葉にも二人は納得せず、プッチャンを押し退けてりのへ。
だが、そんな二人の背後に一人の少女が笑顔と共に立つ。
その手には忍の襟首をしっかりと掴み、逃げれないようにして。
「所でお二人とも、いえ忍を入れてお三方ともに聞きたいことがあるんですが」
笑顔のはずのまゆらから得も知れぬものを感じ取り、思わず後退る二人。
後退った分まゆらは前に出て、忍も入れた三人を改めて見ると静かな声で尋ねる。
「この会場のセットはどういう事でしょうか?
これの建設費用はどこから出ているんですか?」
「……そ、それは予算で」
「予算、どこの部の予算でしょうか?」
奈々穂の言葉に笑顔のままでそう切り返せば、奈々穂は言葉に詰まって視線を逸らす。
だが、それを許さずまゆらは更に続ける。
「まさかとは思いますが、また勝手に予算を使ったなんて事はないですよね」
今度は三人揃って無言になる。
いや、まゆらに見えない影では責任をなすり付けるように、互いに肘をぶつけ合っていたりするのだが。
勿論、見えていなくともそれに気付いているまゆらは笑顔のまま更に一歩前へと出ると、
「この会場の予算は特別予算を使います。
勿論、それだけでは足りないでしょうから、足が出た分はきっちりと各部の予算から引いておきますから」
「そんな……あ、いえ、何でもないです、はい」
反論しようとした忍であったが、すぐにその言葉を飲み込み素直に頷く。
奈々穂も肩を落とし、理不尽な結末にぶつぶつと文句を並べ、久遠も珍しく不機嫌な顔で腕を組んでそっぽを向く。
そんな三人を見ながら、まゆらは次第に肩を大きく震わせていき、やがてそれも限界を超えると、
「一番嘆きたいのは私です! 折角、予算が余ったのにこれのお陰で全てなしになってしまったじゃないですか!
そんなに私に負担を掛けたいんですか!? ストレスを溜めさせようと三人して企んでいるんですか!?
何の恨みがあるんですかー!!」
まゆらの叫び声に三人は揃ってただ黙って肩を竦めるしかなく、それを見てまたまゆらが三人の肩に手を置く。
延々と始まった愚痴に助けを求めて周りを見れば、既に他の者たちは撤収の準備をしていた。
「あー、まゆらも色々と苦労しているみたいだからな。
ここらでちょっと諸々を発散させるためにも、後は頼んだぞ」
そう告げると三人の反論に聞こえない振りをして、恭也も足早に立ち去っていく。
その背中に散々怒鳴った三人であったが、その三人よりも小さなで静かな声にぴたりと口を閉ざす。
「そうですか、皆さん私がこれだけ言っても反省してくれないんですね。
そう言うことなら、来月の予算を楽しみにしててくださいよ」
「いや、聞いている、聞いているぞ市川。なあ、久遠」
「ええ、勿論ですわ、ちゃんと聞いてますわよ。ねぇ、忍さん」
「うんうん。だから、予算はどうか、どうか〜!」
懸命に告げてくる三人を疑わしげに眺めた後、まゆらは目を細める。
「本当ですか? 本当に聞いてましたか? またそうやって私を騙そうとしてませんか。
そもそも皆さん、予算に関しては予め決めているじゃないですか。それなのに毎回毎回……。
私は便利なお財布じゃないんですよ。ないものはどうやってもないんです。なのに……」
またしても始まった愚痴に多少うんざりしつつも、聞き流せば予算が減らされる上に、
また最初から聞かされるという事もあり、大人しくまゆらが満足するまで聞き役に徹するしかない三人であった。
続く
<あとがき>
という事で、料理対決決着。
美姫 「勝者はなしなのね」
戦いなんていつも終わってみれば空しいもんだよ、うん。
美姫 「何か違うような気がするけれどね」
まあまあ。とりあえず、これで料理対決は終了〜。
次はそろそろ夏休みに入ろうかな。
夏休みの前にまだ何かやるか。
美姫 「ネタ的には夏休み用のがあるのよね」
ああ。合宿ネタなどなど。その前にプール関係のネタをするかどうか。
美姫 「ともあれ、早いところ更新されるのを待っているわ」
が、頑張ります。
美姫 「それでは、また次回で〜」
ではでは。
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