『海鳴極上生徒会』






第17話 「点数がない」





「連絡事項は以上になります。明日から夏休みに入りますが、くれぐれも身体には気を付けて……」

全校生徒が集まる体育館の壇上で、奏が終業式の挨拶をする。
それを舞台袖で眺めながら、恭也と奈々穂、久遠の三人は顔を見合わせて苦笑する。
その視線は五期生たちの並ぶ列へと向けられる。
そこには落ち込み、肩を落とす一人の少女の姿があった。



時間が少し遡り、七月も中頃に差し掛かろうかという日の放課後。
生徒会室に顔を出したりのは笑顔で席に着く。
そんなりのの様子に自分もまた楽しそうな笑みを浮かべ、奏がご機嫌な理由を尋ねると、

「だってもうすぐ夏休みじゃないですか!
 いっぱい、いーっぱい遊びます!」

「そうね、一緒に楽しみましょね」

「はい!」

ちゃっかり奏と夏休みの予定について約束したりのに、香が羨ましそうな、妬ましそうな視線を送る。
そんな視線に気付くはずもなく、りのはプッチャンと楽しそうに話している。
りのの言葉が聞こえていたのか、れいんや小百合、美由希たちも早くも夏休みに関して話題にし始める。

「そう言えば久遠、今年の合宿の手配は――」

「既に済ませていますわ。日程の方も例年通りに今月の末です。
 詳しい事は終業式の日までに纏めておきますわ」

「ああ、頼む」

「合宿?」

恭也と久遠のやり取りを聞いていたプッチャンが疑問をそのまま口にし、
りのもまたプッチャンと顔を見合わせて首を傾げる。
そんなりのへと奏が説明をしてあげる。

「生徒会では夏休みに毎年合宿をしているのよ」

「合宿と言っても早い話が皆で遊びに出掛けるようなものだな。
 まあ、名目としてはチームワークの向上といった所だが」

奏に続き恭也もりのへの説明に加われば、そこへれいんや忍までも乱入してくる。

「皆で海に行って、イカ焼き食べたり、スイカ食べたり、焼きそば食べたり」

「おいおい、ギャンブルねーちゃんは食べてばっかかよ」

「皆で肝試しして美由希ちゃんが暴走したり、ナンパされそうな会長を見て奈々穂が暴走したり、
 私の発明品が何故か暴走したり」

「って、こっちはこっちで暴走ばっかりなのか!?」

「わぁ、楽しそうですね〜」

「いやいや、りの。間違いなく、マッドの言った最後のは明らかに楽しいというよりも迷惑だからな」

そんなこんなで賑やかに騒ぐ一同であったが、奈々穂は小さく溜め息を吐き、

「盛り上がっている所を申し訳ないんだが……」

額を指で押さえつつ、机の上に何枚かの紙を広げて並べる。

「蘭堂、れいん、シンディの三人は下手をすると合宿参加はなしだ」

「えー、何でですか副会長さん!?」

「そうっすよ! 何故に、どうして、なして!?」

「ホワイ?」

「つべこべ文句を並べる前にそれを見ろ」

ドンと机を叩き、先程三人の前に出した用紙を指差す。
れいんとシンディの前には一枚、りのの前には五枚。
他の面々も気になったんか、周りに集まってきてそれを覗き込み、美由希が真っ先に何かに気付く。

「えっと、数学のテスト? 点数は10点、名前は角元れいん……って、これれいんの答案用紙?」

「ちょっ、確かにこれは中間テストの。どうして、それがここに!?」

「こっちはシンディさんの英語のテストですわね。因みに9点です」

久遠の言葉にシンディは照れたように頭を掻く。
となれば、りのの前にあるのも同じ物だと想像は付くのだが、
それが五枚、つまりは五教科とあって全員の視線が机の上にあるソレに落ちる。

「凄いわね、りのちゃん。全教科の平均点も、合計点も、一教科毎の点数も同じじゃない」

そう感想を述べた忍に、まゆらが遠慮がちに意見する。

「忍、素直に全教科零点って言ってあげた方が良いと思うけれど」

まゆらの指摘通り、りののテスト結果は点数意外に丸がないというものであった。
流石にがっくりと肩を落とすりのへと、奈々穂は容赦なく言葉を投げる。

「早い話、来週から行われる期末考査で良い点数を取らないと赤点となり、夏休みは補習だ。
 そうなれば、当然ながら合宿に参加はできない」

「う、うわぁ〜ん、そんなぁ〜。どうしたら良いんですか〜」

「点を取れ。それだけだ」

「おいおい副会長さんよ。今から勉強して、りのが点を取れると思うか?」

「無理なら補習になるだけだ」

プッチャンの言葉もばっさりと切り捨て、奈々穂は現実を述べる。
更にへこむりのを庇うようにその前に両手を広げて立ち塞がり、ぷっちゃんは奈々穂へと手を突き出す。

「そこまで言うからには、副会長さんのテストは悪くないんだな」

「当たり前だ。そもそも、中間で赤点を取ったのはその三人だけだぞ」

「なっ! マッド……は、確かに性格や作るもんはアレだが頭が悪いって事はないな。
 会計ねーちゃんや侍ねーちゃんは見るからに真面目に勉強しているだろうし……」

その視線がぐるりと生徒会室内を巡り、美由希の所で止まる。
そして、徐に口を開き何かを言う前に美由希が制するように告げる。

「言っておくけれど、私も赤点はないからね!
 と言うよりも、どうして私の所で止まるのよ!?
 私よりも、むしろ恭ちゃんの方が勉強は駄目でしょう!」

「あー、いや、別に深い意味はなかいんだぜ、みゆみゆ。
 ほら、俺とお前の仲じゃないか。一番気安く聞けると言うか……って、ちょっと待て。
 まさか、殿の成績はよくないのか!?」

「何で驚いているのよ! 見るからに筋肉馬鹿って顔しているじゃない」

「いやいや、普段の指示とかを見る限り、馬鹿には見えないぞ」

二人して捲くし立てる中、その頭にガシっと手が置かれる。いや、寧ろ頭を捕まれる。

「お前ら、いやプッチャンは問題なかったな。
 美由希、覚悟は良いか?」

「あ、あははは〜。えっと、恭ちゃんは成績は良くないけれど、赤点はないよね、うん。
 赤点すれすれだけれど」

美由希の一言に、誰もがどうして一言多いんだろうかと疑問を抱く中、
頭に置かれた手がゆっくりと、地味にお仕置きするべく閉ざされていく。

「い、いたたたたたっ! ちょっ、や、やめっ! ご、ごめんなさいぃぃぃ」

涙目で訴えかける美由希を存分に苛め、満足すると恭也は手を離す。

「殿、赤点すれすれなんだな。
 だとしたら、余裕がないという意味では、殿も次の期末やばい事には変わらないんじゃないのか」

プッチャンの尤もだと思われる意見に、しかし聖奈が笑いながら否定する。

「そうでもないですよ〜。恭也さん、毎回すれすれの点数を取りますけれど、赤点は今まで一度もないですから」

「それはそれである意味凄いな。と言うか、寧ろそこまで来るとわざとじゃないのか?」

「別にわざとしている訳ではない。
 最小限の労力で成果を上げていると言ってくれ」

「いや、言いたい事は分かるが……って、今はそれ所じゃないな。
 問題はりのだよ、りの!」

「どうもこうも、残りの期間勉強するしかないんじゃないかな。
 えっと、一応私が分かる所は教えてあげれるけれど」

「おお! やはり持つべきものは心の友だぜ!
 それじゃあ、ここは一つ宜しく頼むわ、みゆみゆ」

「美由希先輩、ありがとうございます!」

二人して美由希に抱き付いて礼を伸べる姿を見て、れいんやシンディも周りを見渡す。
仲間を見捨てるような事をするはずもなく、こうして三人に全員で勉強を教える事となるのだった。
と簡単に事が運べば良かったのだが、何よりも教えを乞う側の三人に問題があった。

「分かりません、理解できません、覚えれません!
 そもそも、数学にどうして英語が混じってるの!?」

「あらあら、何処かで聞いたことのあるような台詞ですね、恭也さん」

「……そうだな」

「アイドンノゥ」

「シンディ、確かに英語の勉強をやっているけれど、だからと言って英語で言えば許されると思うなよ。
 分からないからこそ勉強をしているんだろう!」

「お、落ち着いてください、副会長!」

「止めるな、まゆら! そもそも、二期生の私が教えるというのも可笑しな話なんだぞ」

「う、うぅぅ〜、ディスイズ、ア、鳴くよ夏目漱石、パイアールピタゴラス」

「りの、真面目にやりなさいよね!」

「あうあう、真面目にやってるよ香さん〜。だって、だって覚えるのが多すぎるんだもん〜」

「りのちゃんも香ちゃんも落ち着いて。ほら、一遍にしようとするから混乱するんだよ。
 まずは得意な教科から……えっと、とりあえず国語からしようか」

「美由希先輩〜」

「…………本当に大丈夫なんでしょうか」

混乱極まりない勉強会の様子を少し離れた所で眺めながら、久遠は肩を竦めて奏へと思わず尋ねる。
それに応え、奏はいつもと変わらぬ笑みを湛えたまま、

「きっと大丈夫よ。久遠さんも時間があれば教えてあげてね」

「それは構いませんけれど……」

奏に返答しつつ、久遠は見るからに前途多難といった様相を見せる三人を見詰め、小さく溜め息を零すのだった。



翌日の放課後、昨日に続き三人が勉強をしている。
だが、大人しくしていたのは最初の内だけで、一時間も経つ頃にはれいんが両手を上げてノートと教科書を放り投げ、
シンディは口をへの字にして腕を組んだまま微動だにしなくなる。
りのの方はというと、奏相手に教えてもらっているはずなのだが。

「すー、すやすや」

「ふふふ、りのったら無邪気な顔で気持ち良さそうに寝ているわね」

完全に居眠りしているりのを、奏はただ微笑ましそうに眺めていた。
その隣で恭也もまた奏同様に眠るりのを見詰め、奏の言葉に頷いている。

「それだけ毎日を楽しんでいて、疲れているのかもな」

「ああ、それは間違いないぜ。会長や殿には本当に感謝している。
 りのに代わって、俺から礼を言わせてもらうぜ。ありがとうよ」

「あらあら、どういたしまして。でも、本当にそうなのだとしたら、嬉しいわね」

「ああ」

穏やかな空気を醸し出す空間に、頭を抱えて奈々穂が入り込んでくる。

「会長、会長補佐も。今は和んでいる場合ではないです。
 さっさとりのを起こして勉強させないと、りのの夏休みは補習で潰れてしまいますよ」

「それは大変ね」

「可哀相かもしれんが起こすか」

「ったく、しゃーねーなー」

こうして奏に優しく起こされたりのもようやく勉強を始める。
投げ出していた他の二人も、それぞれに教える者たちが上手い事して再びやる気を取り戻したようである。
特にれいんに関しては流石は幼馴染といった所か、小百合が何か言ったらしく今まで以上にやる気を出している。
シンディの方もペンを手にしてノートに向かっており、奈々穂はりのを見る事にする。

「ほら、蘭堂もあの二人みたいにやる気を出せ。
 とりあえず、試しにテスト形式の問題を作ってみたから、これを解いてみろ」

言ってテストを差し出す奈々穂に、奏と恭也は顔を見合わせて小さな笑みを見せる。

「何だかんだと言って、やっぱり優しいな奈々穂は」

「ええ、本当に」

「ち、違います! 私はただ生徒会から補習者を出すわけにはいかないから!」

「へいへい、分かったからさっさと問題を寄越しな。
 ほら、りの。ぱぱっと解いちまえ」

「う、うん、頑張る……」

プッチャンに元気のない返事を返し、りのはペンを持つと問題に取り掛かる。

「…………ある意味、これは凄いと思うが」

「そうよね。それに、中間考査よりも良い点数よ」

「よしよし、よく頑張ったなりの」

「えへへへ」

「って、会長も会長補佐も何を言っているんですか!
 特に人形! 褒める所じゃないし、蘭堂も照れている場合か!」

一人激昂した奈々穂がりのの採点が終わったテスト用紙を振り回して叫ぶ。
見れば、奈々穂の手にある答案用紙には五教科全て1という数字が見える。
つまり、1点。確かに0点よりもましだが、赤点は確定である。
そんな奈々穂たちの様子を眺めていた他のメンバーは、れいんやシンディさえもが揃って手を合わせ、
奈々穂の気苦労を労う。同時に、そっちは任せたとばかりに、すぐに視線を逸らす事も忘れていなかった。



更にその翌日。
れいんとシンディが確実に点数を上げていくのに対し、りの前に並んだテスト結果は。

「全て二点か。昨日よりも上がったじゃないか、りの」

「だから人形、褒めるな! こんなペースだと赤点を免れるには何ヶ月掛かると思っているんだ!」

「言葉を返すようだが、千里の道も一歩からと言うだろう。
 りのもこうして日々精進してだな」

「時間があるのならそれでも良いが、来週にはテストなんだぞ」

「ふ、二人とも喧嘩しないでください〜」

喧嘩腰になる二人の間に、当の原因であるりのが割って入る。
奈々穂はりのにも何か言おうとするも、涙目で見られて言葉に詰まる。
その間に奏がりのの隣に座り、優しく頭を撫でてやる。

「大丈夫、来週までまだ時間はあるわ。
 焦らないで、じっくりやっていきましょうりの」

「でも……」

「りの、さっきはああいったけれど、嫌な事だからって逃げてばっかりはいられないんだぞ。
 良い機会じゃないか。会長や殿が手伝ってくれるんだ。頑張ってみろよ。
 りのなら出来るさ」

「プッチャン……」

奏に続きプッチャンもそう言うのだが、りのは泣きそうな顔のままで口を閉ざしてしまう。
そんなりのにプッチャンは小さく一つ息を吐くと、いつになく真剣味を帯びた声で話し掛ける。

「このままだとりのは赤点になって夏休みは補習になっちまうぞ。
 それどころか、生徒会をやめないといけなくなるんだぞ」

「えっ……。会長、それは本当なんですか」

不安を身体全体から発しながら尋ねてくるりのに、奏はそんな事はないと言おうとするも、
それを制するように恭也が二人の間に入ってくる。

「ああ。努力した結果というのならまだ考慮の余地もあるが、このまま何もしないで赤点だった場合はな」

「そ、そんな……」

小さな声で奏が恭也を嗜めようとするが、背中越しに振り返った恭也の目を見て奏は口を閉ざす。
俯くりのにプッチャンが今度は優しい声を掛ける。

「そんな事になったら嫌だろう、りの」

「……うん」

「だったら、もうちょっと頑張ろうぜ」

プッチャンの言葉にすぐに返事せず、じっと俯いたままだったが、不意に顔を上げると力強く頷く。
決意を秘めた強い眼差しで、プッチャンへと顔を向け、

「うん、頑張るよプッチャン」

「よし、それで良い! という訳だから、会長さん、悪いが頼むぜ」

「ええ、分かったわ。それじゃあ、今日はもう遅いから夕食の後に私の部屋でしましょうか。
 それとも明日にする?」

「いえ、今日します!
 奏会長お願いします!」

言って頭を下げるりのを少し驚いたように見詰め、すぐに嬉しそうな笑みを零す。
その一方でプッチャンが恭也へと礼を言うように顔を向け、恭也もまた無言でそれに応えていた。
こうして、やる気を出したりのは猛勉強を始めるのだった。
やる気を出したりのは遅くまで奏の部屋で勉強を繰り返し、あっという間にテスト期間を迎える。
結果だけを述べると、りのを含めれいん、シンディも全員が赤点をクリアして補習を免れたのだった。



奏の挨拶を聞きながら、久遠は恭也へと尋ねる。

「それにしても、蘭堂さんはどうしてあそこまで落ち込んでいるのかしら?
 補習は免れたはずですわよね」

「いや、それなんだがな……。今回は珍しく良い点数だっただろう」

「香が理不尽だって騒いでいたぐらい蘭堂の点数は良かったな、確かに」

奈々穂の言葉に頷きつつ、恭也は続ける。

「だから、本人は通知表も良かったと思っていたんだ。
 だが、それを聞いた香が言ったらしいんだよ。中間も考慮される上に授業態度も関係してくるだろう。
 中間が0点で普段の授業態度も決して良いとは言えないから、通知表が良くなるはずないだろうって。
 まあ、まだこれから貰うはずだから分からないが、香の意見も間違っていないしな」

「それで落ち込んでいるんですの?」

「みたいだ」

言って恭也が苦笑を見せると、つられたように奈々穂と久遠も苦笑を見せるのだった。





続く




<あとがき>

試験も終わり、いよいよ夏休みへと突入!
美姫 「とりあえず、合宿のお話があるのは間違いないのよね」
おう! 勿論、このメンバーで合宿に出掛けて何も起こらないはずがない。
と思わせつつ、ただただ、だらだら過ごすだけとか。
美姫 「一体どうなるのかは、それまでの秘密として」
それでは、また次回で」
美姫 「夏休みも極上に!」







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