『海鳴極上生徒会』






第19話 「一日目」





「とりあえず、少し休憩だな」

バスから降りて背を伸ばし、恭也はそう口にする。
現在、バスは高速道路のサービスエリアへと止められている。
物珍しそうに辺りを見渡すりのに迷わないように釘を刺せば、りのではなくプッチャンから返事が返ってくる。

「心配するな、殿。俺が付いているんだぜ」

「まあ、少し不安は感じるがそうそう迷うような所でもないだろうしな」

言いつつ聖奈へとさりげなく視線を向ければ、それを受けた聖奈は小さく頷いてりのを誘う。
それを確認すると恭也はすかさず美由希へと注意を向け、

「お前も迷うなよ」

「幾ら何でも迷わないよ! と言うか、そんなに心配してくれるの?」

「いや、おまえ自身の心配など欠片もしていないぞ。
 例え迷っても、遅くなるようなら置いていくからそれだけは覚悟しておけと言いたかったんだ。
 何、少し行けば山に突き当たる。そうそう食料には困らないだろう」

「う、うぅぅ、兄が相変わらず優しくないんです。
 夏休み子供相談に電話しようかな……」

「きっとするだけ無駄だと思うわよ、美由希ちゃん。
 恭也が優しくないのは仕様だもの」

冗談とも本気ともつかない美由希の言葉に真っ先に反応し、あっけらかんと言い放つのは忍である。
背を伸ばし、疲れたように肩を揉みながら言い放つ忍の言葉に美由希はですよね、と力なく返す。
更にいじけるように背中が丸まっていく美由希であるが、恭也は既に無視する事に決めたらしく、
奏と共にこの場を離れていく所である。
その背中を恨めしげに見遣る美由希の元へとれいんが走ってやって来る。

「美由希、高町美由希、みゆみゆ!」

「ああー! れいんまでみゆみゆ言わないで。しかも、そんなに大声で!」

「そんな事より」

「私にとってはそんな事じゃないんだけれど……」

そんな美由希の言葉など聞こえていないかのごとく、れいんは手にしたジュースを美由希に渡す。

「珍しいジュースを見つけたんだけれど、何か元気ないみたいだからあげよう」

「ありがとう、れいん」

どうやらそれを見せたかったらしく既に購入済みのジュースを、しかし、れいんは美由希に渡してやる。
丁度喉も渇いていたので、れいんの気遣いに感謝してストローをパックに突き刺す。

「れいん、子供じゃないんだから走り周るな。
 あ、美由希、それは――」

れいんと行動を共にしていた小百合が少し小走りでやって来るなり、小言を述べるのだが、
美由希の手にした物を見て何かを言い掛ける。
しかし、それはれいんの手によって口を塞がれ、また美由希も既に口を付けた所だったために小百合の言葉は届かない。
結果として、美由希は顔を思いっきり顰める事となる。

「あー、やっぱり美味しくなかったか」

悪びれもせずにれいんはそう言うのだが、美由希はストローから口を離すと大きく息を吐き出す。

「や、やっぱりって、実験台にするなんて酷い!」

「あはははー、ごめん、すいやせん、ソーリー。許して美由希。
 それはそうと、どんな味だったの?」

「知らない」

「そんな事言わないで教えてよ」

拝むように両手を合わせるれいんに苦笑しつつ、小百合もやはり気になるのか美由希の方を見る。
そのやり取りを見ていた忍もまた、気になるのか美由希を見る。

「だから、意地悪とかじゃなくて本当に分からないのよ。
 だって、これドロドロしてて中々吸えないんだもん」

言って美由希は受け取ったジュースをれいんに渡す。
受け取ったれいんは恐々とストローに口を付け、吸い込むのだが美由希の言うように簡単に上がってこない。
溜まらず口を離して息を吐く。

「いやー、商品名に偽りなしって事だね。
 にしても、どろりにも程があるというか」

美由希同様、飲めなかったれいんはそう口にしつつも気になるのかまたチャレンジする。

「あ、上がってきてる。もう少しだよれいん。頑張れ!」

ジュースを飲むのに応援まで繰り出し、美由希たちはようやく口に入ったジュースを興味津々といった様子で見る。
一同が見守る中、ようやく口に入れたジュースを何とか飲み下したれいんの感想は、

「……えっと、甘い?」

何故か思いっきり疑問で返すれいん。
その顔は微妙である。

「不味くないだけ良かったと思うのが良い、一番、ベストって事で」

れいんの感想に美由希たちは顔を見合わせ、気になるものの確かめる気は起きなかったのであった。
さて、迷子になるかと思われたりのであったが、こちらは奏が一緒に居たために特に問題もなく、
二人の後に続きながら、恭也と聖奈も一安心といった様子を見せる。

「わぁ、色々売っているんですね」

「ふふふ、りのは何か欲しいものあるかしら?」

「えっと、えっと」

奏の言葉にきょろきょろと辺りを見渡し、その一つを指差す。

「ソフトクリームが食べたいです」

「そう、分かったわ」

りのの言葉に応えてそちらへと向かう奏を制し、恭也が素早く買いに行く。
戻ってきた恭也の手には三つのソフトクリームが握られており、りのに渡した後、奏、聖奈にも手渡す。
と、そこへ更なる声が。

「おいおい、殿。俺の分がないじゃないか〜」

「そう言えば、お前も食べるんだったな。それは悪い事をした」

「流石、殿だ。よく分かっている。しかし、俺はどちらかと言うとたこ焼きを食べたい」

「分かった、分かった。買って来てやるから待ってろ」

言って恭也はさっさとたこ焼きを買いに行く。
その間、りのは奏や聖奈と仲良くソフトクリームを食べ、それを少し離れた所から羨ましそうに香がみていたりする。
しかし、りのがそれに気付く事はなく、暫くして恭也が戻ってくる。

「ほら」

「おお、ありがたい。では、早速……っ!
 あ、あちぃっ! あ、熱い! で、出来たてが一番美味いのは確かだが、ぬおぉぉ。
 り、りの、一口くれ!」

言うなり返事も聞かずにソフトクリームにかぶりつく。

「ふぅ〜。流石の俺様も舌を火傷する所だったぜ」

「してないのか、という以前に人形……とかいう突っ込みは今更か」

何せ、人形が自らの意志で喋り、食事までするのだ。
細かい事は今更である。その事に思い至り、恭也はそれ以上は何も言わずにたこ焼きを一つ取ると食べる。

「思ったよりもちゃんとしているな」

「ああ。それは俺も驚いたぜ。いやいや、中々美味いじゃないか」

「プッチャン、わたしにも頂戴」

二人の会話を聞いていて食べてみたくなったのか、りのがそう口にする。

「おう、食べろ食べろ。とは言え、両手が塞がっているようだし、仕方ない俺が食べさせてやろう」

両手が塞がっているのは、片方の手にお前がいるからだ、などとは言わず、微笑ましいその光景を黙って見詰める。
プッチャンが火傷をするのを見ていたからか、りのは食べる前に冷やしてから口に入れ、

「……はぁ〜、美味しい」

「だろう、だろう」

りのの返事に何故かプッチャンが威張って返す。
そんなやり取りを楽しそうに見ていた奏が、恭也に視線を向ける。

「もしかして奏も食べたいのか」

「ええ。りのを見ていたら、本当に美味しそうに食べるんですもの」

「確かにな。熱いから気をつけろよ」

言ってたこ焼きを一つ取ると、息を吹きかけて冷ましてから奏の口元に運んでやる。
それに礼を言ってからたこ焼きを口に入れる。
そんな和やかな光景に、奈々穂の呆れたような声が入ってくる。

「会長も会長補佐もここは学園ではないのだから」

「奈々穂さん、言うだけ無駄ですわよ。
 お二人は幼馴染だからか、この辺りは疎いと言うか、あまり気になさらないようですし」

奈々穂の後ろから久遠も現れて、こちらも呆れたような口調で言うのだが、
久遠の言うように恭也と奏はきょとんとした顔を見せるだけであった。
その後、再びバスに戻った一行は、再びバスの上の人となって揺られ続けるのであった。



  § § §



何箇所か観光地を巡り、夕方頃に一向はようやく旅館へと到着する。
少し山間の落ち着いた旅館を前に、りのやプッチャンがはしゃぐのを奈々穂が嗜め、仲居に部屋に案内される。
男である恭也は別の部屋となっており、荷物を置くととりあえず奏たちの居る大部屋へと向かう。
ノックをして返事を待っていると、聖奈が戸を開けてくれる。

「いらっしゃい、恭也さん」

「ああ、邪魔をする。
 それで他の連中は?」

恭也が言うように、部屋の中には奏とりのしか残っておらず、他の者たちの姿は見えない。

「皆、お風呂に行ったわよ。
 私たちもこれから行く所なんだけれど、良かったら恭也さんの背中でも流しましょか」

「聖奈、そういう冗談は――」

「はーい、ごめんなさい」

いつもと変わらない笑顔を見せているだけに、聖奈が本当に反省しているのかどうかは恭也でも判断つかない。
ともあれ、それは良いと恭也もまた風呂に行く事にする。

「と、プッチャンは俺と一緒だ。りの、借りるが構わないか」

「はい、構いませんよ。恭也先輩も一人だと寂しいですもんね」

そういう理由からではないのだが、恭也はりのの言葉に曖昧に頷くと抵抗するプッチャンをりのの手から取り上げる。

「煩いから、風呂に行くまではつけずに行くか」

荷物のように首辺りを手で無造作に掴み、恭也は部屋を後にするのだった。



男湯からプッチャンと二人で上がってきた恭也は、ふと前方に奏の姿を見つける。

「って、おいおい、幾らなんでもサービスシーンがなさすぎだろう。
 せめて、せめて俺が女風呂にいなくても、ちゃんと入浴したという証を……」

「お前はなに訳の分からない事を言っているんだ」

呆れたように返しつつ、恭也は再び前方を見遣ると、奏はどうやら数人の男性に話しかけられているようだった。

「流石、会長さんだな。
 こんな所でもナンパされてやがる」

「ああ。とは言え、いい加減困っているようだし、少々しつこい連中だな」

恭也はそう呟くと足早に奏に近づき、

「奏、どうかしたのか」

「あ、恭也」

恭也の声に安堵したように奏が振り返れば、男たちはあからさまな舌打ちを残してその場を去っていく。

「大丈夫だったか」

「ええ。それにしても、何がしたかったのかしら」

自分がナンパされたと分かっていない奏に思わず苦笑を漏らしつつ、恭也は周囲を見渡す。

「他の連中は……」

「ここにいますわ。すみません、ちょっと離れただけでしたのに」

恭也の後ろから久遠が謝罪を共に現れるも、恭也は特に驚いた様子も見せずにただ黙って頷く。

「いや、気にするな。向こうの方が悪いのだから。それに大した問題にもならなかったしな」

「だと良いですけれど。得てして、こういうのは後々に何か起こったりするものですわよ」

冗談っぽく笑いながら告げる久遠に、恭也もまた笑い返す。
だが、この時冗談で口にしたように、翌日の朝、事件が起こるのであった。
宿泊客の一人が死体となって発見されるという事件が。





続く







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