『海鳴極上生徒会』






第21話 「夏と言えば山も良いけれど海だよね」





「やっぱり夏と言えば海よね〜」

デッキチェアに寝そべり、サングラスの下で目を細めて太陽を見つめる。
その傍らにノエルがやって来て、フルーツが盛られた如何にもといった感じのジュースを傍らのテーブルに置く。

「忍お嬢様」

「ありがとうノエル」

ノエルに礼を言い、ストローに口を付けると周りを見渡す。

「夏! 太陽! 海! いやー、流石は忍先輩。素晴らしいスケジュールっす」

「れいん、少しは落ち着いて。私たち以外にもたくさんの人がいるんだから」

騒ぐれいんをいつものように嗜める小百合の顔も、やはり何処か浮かれている感じが見られる。
勿論、この二人だけじゃなく、他の面々も少し浮かれた感じではあるが。

「美由希先輩、これ凄く美味しいですよ」

「ほう、香ちゃんが絶賛するぐらいなら私も飲まないと」

「トゥーミー」

「分かりました。シンディさんの分も持ってきますね」

普段は静かな方に分類されるこの三人も少し浮き足立っているのか、幾分テンションも高めのようである。

「全く、子供みたいな奴らだ。はしゃぐのは構わないが、羽目は外しすぎるなよ」

それらを眺めつつ、奈々穂が少し疲れたような声色でそう言えば、その隣に並び立った久遠が優雅な笑みを見せる。

「奈々穂さん、折角のバカンスなんですから、あまり煩く言うのは野暮というものではなくて?」

「私も煩くは言いたくないけれど、誰かさんが朝っぱらから色々とやってくれたんでな。
 一応、釘を刺しておこうと思ったまでだ。特に誰かさんに向けてな」

「忍さんも自業自得とはいえ、ご愁傷さまですこと」

「完全に人事、みたいな顔をするな!」

「まあまあ、奈々穂さんも落ち着いてください。決して悪気があった訳じゃないんですから。
 それに、皆さんも楽しんでいるのだから、私たちも楽しんじゃいましょう」

笑いながら二人の間に入ってくる聖奈に、奈々穂も強くは言えず大人しく頷く。
本来なら聖奈も一緒になっていたのだから、何か言うべきなのかもしれないが。
そんな三人からそれほど離れていない場所で、りのが物珍しそうに周囲を見渡す。
それを見守るように、奏は目を細め嬉しそうな微笑を浮かべる。

「りのが楽しんでいるみたいで良かったわ」

「そうだな。あ、奏、一応足元に気を付けて」

「ありがとう」

奏の手をさりげなく取り、エスコートするようにりのの後にゆっくりと続く恭也。
多少、風が強い気もするが、照りつける日差しの方が強く、やはり暑さを感じる。
微笑ましい顔で見詰める視線の先で、りのはその手に付けたプッチャンと共に走り回っている。

「しっかし、流石は生徒会だな。やる事が違うぜ。なぁ、りの」

「うん、本当に凄いねプッチャン。わたし、こんな大きな船に乗ったの初めてだよ」

「おいおい、この前会長さんの誕生日でも乗っただろう」

「あ、そうだったね。でも、あの時よりも大きいよ」

「まあ、そうだな。あはははは!」

そう、プッチャンとりのの会話から分かるように、今恭也たちは海、正確には海上を遊覧する豪華客船の上にいたりする。
船上をぐるりと見るだけでも相当大きな船である事が分かる。

「りのたちも何か飲むのならノエルに頼みなさい。
 それと、今回は流石に貸し切りじゃないから少しは大人しくね」

「はーい。ノエルさん、オレンジジュースください」

「それじゃあ、俺はトロピカルジュースでももらおうかな」

「かしこまりました。蘭堂様、プッチャン様、少しお待ちください」

二人に一礼するとノエルはこの場を立ち去っていく。
そんな風に楽しむ一同の中、ただ一人まゆらだけは硬直したように動かず、ただ口をパクパクと開閉させ、
震える指であっちを指し、こっちを指しとそこだけは忙しなく動かしている。
そんなまゆらに気付いた忍が声を掛ければ、まるでそれが硬直を解く魔法であったかのように機敏な動きで忍に詰め寄り、

「し、しし、忍、りょ、料金はどうなっているの!?」

「もう、お金の事ばっかり気にして。偶にはそんなのを気にせず――」

「気にするに決まっているじゃないの! 合宿だって生徒会の予算から出ているんだからね!
 どう考えても、予算内な訳ないでしょう! あ、ああ……」

打ちのめされたようにがっくりと膝を着き、虚ろな目で思わず天を見上げるまゆら。
ぶつぶつと忍に任せるんじゃなかったという呟きが零れるのを苦笑しながら聞きつつ、忍は仕方なかったと告げる。

「だって、折角用意していた推理ゲームが駄目になったんだもの。
 急遽、予定の変更を迫られたのよ」

「だからって、豪華クルージングって……」

忍の言い訳にまゆらは肩を落としたまま、恨めしげな視線を投げる。
そこへプッチャンが不思議そうに口を挟んで、

「なぁ、マッド。逆にこんな豪華客船なら前もって予約とかいるんじゃないのか?
 急遽変更を余儀なくされた、とかであっさり当日に乗れるもんなのか」

「ああ、だって謎解きで元々今日、これに乗る予定だったからね。
 変更と言ったのは、謎解きに走り回るはずだった時間をどうしようかなって事よ。
 まあ、実際は娯楽施設満載だからそれは全然困らなかったんだけれどね」

あっけらかんと告げる忍に、地獄の底から響くような声で迫るのは言うまでもなくまゆらである。
流石に座った眼差しを間近で向けられ、忍も引き攣った笑みを見せる。
既にプッチャンは自分は関係ないとばかりに、事態を飲み込めていないりのを言い包めてその場から離れており、
完全に孤立無援状態となる忍。
だが、意外な所から思わぬ助けが降って来る。

「市川様、ご安心ください。今回のこのクルージングはちゃんと予算内に収まっております」

暴走する忍のブレーキ役にして、生徒会の良心であるノエルの言葉にまゆらは顔を輝かせるも、
それこそあり得ないという顔でノエルを見る。
それも予想の範囲内だったのか、ノエルは焦ることなく告げる。

「今回のこの遊覧は、忍お嬢様の親戚の方がなさっている会社が行っているもので、
 元々今日は予約が少なかったのと合わせ、格安で提供して頂いたものです」

「あ、そうなんですか。って、親戚の!?
 そ、そう言えば忍って一応お嬢様だったんだよね」

ノエルの説明に納得するも、すぐさま驚き、そしてしみじみとそんな事を呟く。
対する忍はまゆらの言葉に拗ねた風を装いつつも、

「一応って何よ。とは言え、お嬢様と言っても親が凄かっただけだしね。
 まあ、そのお蔭でこうして格安で楽しめるんだから、まゆらは私に感謝しなさい」

「はいはい、感謝しますよ。とりあえず、予算の心配をしないで済んだのならとことん楽しむわよー」

「まったくまゆらは現金ね〜」

「誰の所為だと思っているの。毎回、毎回、誰かさんたちが予算を勝手に使い込むから……」

「あー、分かった、分かった。それはまた今度聞くから、ね、ね。
 ほら、折角なんだし何か飲みなよ。ノエル、メニュー」

このままでは説教されると悟り、すぐさま忍は話を変えてまゆらの肩を掴むと隣のデッキチェアに座らせる。
ノエルもすぐさまメニューを広げてまゆらの前に差し出す。
この辺りの息の合ったやり取りは流石は主従といった所だろうか。
ともあれ、そんな感じで各人が楽しんでいると、波を蹴立てて何かが接近してくる音がする。
何事かと身を乗り出すようにして海面を見ると、1隻の船がこちらへと近付いて来る。
接近を知らせるように船から合図が出されるも、向こうの船は意に返さずに近付いてくる。
よく見れば、向こうの甲板には武装していると思しき男たちの姿があり、その内の一人が空に向かって銃を撃つ。

「……忍、懲りもせずにまたか。
 今の内に白状する方が身のためだぞ」

真っ先に忍へと疑いの眼差しを向けるも、今回ばかりは知らないと忍も首を横へと振る。
それを受けて久遠や聖奈を見るも、この二人も知らないと肩を竦める。
念の為に恭也は他のメンバーを見渡すも、やはりこちらも知らないという返事が返ってくる。

「恭也さん、あまり考えたくはないのですけれど本物という可能性は?」

久遠の言葉に恭也は思わず頭を押さえる。

「どうして、こう次から次へと問題ばかり起こすんだ」

「って、どうして私を見ながら言うのよ恭也!
 今回に関しては、私は関係ないじゃない! いつもいつもトラブルの原因にしないでよね!」

腰に手を当てて怒るも、再度響いた銃声にその声は掻き消される。

「もしあれも本物なら困ったわね」

「困ったで済むような問題じゃないと思うけれど、流石は奏会長と言った方が良いのかな?」

「美由希、落ち着いている場合じゃないっすよ。今、会長が言っ――」

「皆、会長が困っていらっしゃる! 極上生徒会出動だ!」

「ああー、やっぱり! 無理、無茶、無謀! 副会長、落ち着いてくださいよ。
 出動って、何をするつもりなんですか。相手は銃を持っているんですよ!
 遊撃や隠密は兎も角、会長は元より、まゆら先輩やりのはまずいって」

「いやいや、お前らにとっても脅威だろうが」

れいんの言葉に思わず突っ込みを入れるプッチャンであったが、出動命令を出した奈々穂は既に恭也へと指示を仰いでいた。

「会長補佐、どうされます」

「相手の目的が何なのか、というのも気になるが……。悠長にしている暇もないだろうしな。
 こちらに上がった所を強襲するか、一旦隠れてやり過ごして不意を付くか。
 確実な方法を取るなら、奏たちには何処かに隠れてもらって、俺とお前、そして美由希の三人で事に当たる……。
 といきたい所なんだがな」

言ってれいんたちを見れば、既にやる気満々といった様子を見せている。
肩を竦め、逃げるか船から反撃されては手の出しようがないからと、
全員がこちらに移るまでは大人しくしているように通達を済ませると、聖奈にこっそりと耳打ちする。

「こちらは何とかするから、聖奈は向こうの船を押さえてくれ」

「りょ〜かい」

「あ、念の為に美由希も連れて行け」

「はいは〜い」

こっそりと交わされた密談に従い、聖奈はその場を生徒会のメンバーにも気付かれる事無く姿を隠す。
同様に、美由希の姿もいつの間にか船上から消え失せていた。
簡単に打ち合わせを終える頃には船が止まり、こちらの船へと乗り移ってくる。
殆どの客が顔を青白くする中、恭也たちは乗り込んできた者たちを見遣る。
幸い、全員が艦首から乗り込んできてくれたお蔭で、恭也たちも戦力を分散せずに済んだと安堵する。
とは言え、全員ではないが殆どの者が銃を持っているのはそれなりに脅威ではあるが。
客たちに銃を向け、男たちの一人が何やら話し始める。
延々と続くかのような演説に飽きたのか、忍は欠伸を噛み殺しつつ、

「ねぇ、恭也。何か偉そうに演説をしているけれど、早い話が金持ちを狙った身代金目当てのシージャックなんでしょう。
 だったら、そう言えば良いじゃない。どうして、ああも面倒くさい言い回しをするのかしら?」

「言ってやるな。ああして語ることで崇高な目的があってやっていると言いたいんだろう。
 まあ最終的な目的は金なのは確かだろうがな」

「ああ、久遠が言っていた美学ってやつ?」

「ちょっと忍さん。私の美学とあちらの方の美学では全然違うという事をちゃんと理解してくれてますよね」

「ああ、それは分かってるって」

「そう。でしたら構いませんわ。好きなだけ貶めるなり、打ちのめすなりしてください。
 ただし、それによって買った怒りが私たちに向く、なんて事にはならないようにお願いしますわよ」

自分の演説を邪魔され、おまけに無視されるような形で話し続ける忍たちに男は警告するように空に銃を放つ。
そこで会話を止めて男たちへと改めて向き直れば、男は気を良くしたのか一つ咳払いをして、奏の存在に気付く。

「何処かで見たような……」

言って懐から何やら取り出す。
かなり分厚いそれはどうやら紙の束のようで、数ページ捲った所で手を止めて奏と手元の紙を数度見比べると、
その唇を大きく吊り上げる。

「まったくついているな。まさか、世界有数の財閥のお嬢さんまで乗り合わせていたとは」

「いや、寧ろ俺から見ればついていないと思うがな……」

シージャック犯の言葉に思わず呟いたプッチャンの言葉は幸い、誰にも聞かれることはなかった。
犯人の目的は当然ここにいる全員なのだろうが、その中でも特に奏に注目したらしく、銃を向けながら近付いてくる。
流石にこれは予想外だったのか、恭也と奈々穂は顔を見合わせると一つ頷く。
奏の前に恭也が立ち、男との間に割って入る。
突然の恭也の行動に多少の苛立ちを見せるも、銃を持つ優勢さから笑みを貼り付けたまま歩みを止める。

「ナイト気取りか何なのか知らないが、そこを退け。こいつが見えない訳じゃないだろう。
 安心しろ、坊ちゃんの家にもちゃんと身代金は要求してやるから」

「生憎と家は財閥でも何でもないんでな。法外な身代金を請求されても困るんだが。
 あと、奏に危害を加えようとするなら容赦はしない」

「おおう、怖い怖い。で、どうするつもりなんだい?」

「別に今、俺がどうこうするという事はないが」

恭也の言葉を怖気ずいたと受け取ったのか、男は楽しそうに笑みを貼り付けるが、
すぐに後ろから悲鳴と銃声が響き、そちらへと振り返ってしまう。
そちらでは男たちへと向かって切り込んだノエルに続き、奈々穂が暴れており、
その後に続くようにれいんや小百合も獲物を手にして男たちに襲いかかっていた。
ノエルと奈々穂よって殆どの者が銃を取り落としており、まだ持っている者相手にはノエルと奈々穂が相手をする。
その一方で忍と久遠、香によってそこに居た乗客たちは避難をしている。
思ってもいなかった、それも子供と思っていた者たちの反撃に思わず目の前の事態が信じられずに呆然となる男。
当然ながら、男が振り返った瞬間には恭也の手は懐へと伸び、飛針を掴んでいたのだが、
男の様子を見てそのまま走り寄っても間に合うと判断し、後の処理を考えて接近して男の銃を持つ手を蹴り上げる。
痛みに我に返った時には既に恭也が接近した後で、呆気なく意識を奪われるのだった。
こうして数分でシージャック犯を逆に捕まえた恭也たちであった。

「恭也さん、お疲れさまです。あちらの方も終わりました」

「ご苦労。怪我とかは?」

「ああ、それはないよ恭ちゃん。殆どこっちに来ていたみたいで、向こうに残っていたのは数人だけだったし。
 と言うか、この人手首が変な方向に曲がっているような……」

「ああ。銃を突きつけておいて、予想外の出来事に呆然としていたんでな。
 予定を変えて飛針じゃなく蹴りで銃を取り上げた。その際、少々力加減を間違ってしまったみたいだな」

「間違ったって……。ああ、奏会長に銃を突きつけたか、悪口を言ったって所だね。
 ご愁傷さま」

倒れている男に合掌し、男の襟首を掴むと手足を縛り上げている奈々穂たちの所へと持って行く。
その背中に何か言おうとした恭也であったが、既に離れており、結局は何も言わずにただ押し黙る。
これらのやり取りを可笑しそうに見ていた聖奈へと顔を向け、

「何か言いたそうだな?」

「いえいえ、何でもないですよ。それにしても、二日続けて大変ですね」

「本当にびっくりしたわ」

聖奈の言葉に頷く奏とは違い、恭也はやや呆れたような視線を聖奈へと投げる。

「初日は聖奈も騒動を起こした側だというのを忘れるなよ」

「あははは。でも、これは本当に予定外の事でしたからね。
 流石に驚きかも」

「流石に明日は何も起こらない事を願うばかりだな」

「まだ今日は終わってないわよ、恭也」

「いや、流石にもう何もないだろう……と思いたい」

「世の中、何が起こるかは分からないですよ。誰かが作った機械がまた暴走するかもしれませんし」

「……それはあり得そうで笑えないぞ、聖奈」

「それはそれでまた楽しそうね」

「奏まで。勘弁してくれ。何故か、あいつの作るものは俺を巻き込むんだから……」

三人がそんな事を話していると、客の避難を誘導を終えて戻ってきた忍が大きなくしゃみをする。
それを聞き、恭也たちは誰ともなく笑みを零すと他のメンバーたちと合流するべく歩き出すのだった。





続く




<あとがき>

合宿二日目は本当に事件が。
美姫 「とは言え、すぐに解決されたわね」
まあ、相手の段取りも悪かったという事で。
実際に実行するなら、もっと計画を練るだろうからね。
美姫 「単にお金に困った人たちの衝動的とも言える犯行と」
そうそう。偶々、仲間が船を持っていた事から海で誘拐すれば捕まらないかもと思ったとか。
この合宿ではシリアスは少な目になる予定だったし。
さて、次回辺りは再び学園へと舞台を移すか、もしくはまたお出掛けしたお話にするか。
美姫 「どちらにせよ、合宿はお終いね」
まあ、三日目に忍の機械が暴走、でも良かったけれど、流石に旅行先にまでそんな大掛かりなものは持っていってないと。
美姫 「ってな訳で、最終日である三日目は平穏に過ごせたのでした、と」
おうともさ! さて、それじゃあ、今回はこの辺りで。
美姫 「それでは、また次回でね〜」







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