『海鳴極上生徒会』






第23話 「夏と言えばビーチも良いけれど山だよね」





青い空に目にも美しい緑の木々。
微かな風に揺れる枝の狭間から夏の日差しが優しく降ってくる。
木々のお蔭で強く感じられない木漏れ日に目を細めつつ、サングラスをそっと外す。

「太陽がいっぱい」

陽光を受けて輝く髪を後ろへと払いのけ、久遠はそう呟くのだが、聞かれた恭也は顔を顰め、

「それは前にもどこかで聞いたな。ひょっとして流行っているのか?」

「あら、そうでしたの。ちょっとしたお約束のつもりだったんですけれど」

恭也の言葉に何でもないように返しつつ、久遠は改めて周囲を見渡し、

「さて、ここは何処なのでしょうね」

珍しく困った表情で恭也と奏を見遣る。

「大よそで良いのなら答えよう。忍の親戚が所有する山の何処か、だ」

「因みに、幾つか所有されている山がおありのようでしたが、どの山かは?」

「残念ながらそこまでは分からない。よって、別荘のある方向も不明だ」

「これでは方位が分かっても意味がないですわね」

「海に引き続き、また奈々穂の手腕に期待するしかないな」

呟き、恭也と久遠は揃って溜め息を吐き出す。
既に分かるかと思うが、恭也たち三人は見事に遭難していたりする。
その中にあって、奏だけは本当に困っているのかと思うぐらいに落ち着き払っており、その表情も微笑が浮かんでいる。

「そんなに慌てなくてもきっと大丈夫よ」

奈々穂が助けに来る事を疑っておらず、また恭也たちが居るから大丈夫だと信頼していると言わんばかりの笑みを見せる。
それを見せられ、恭也たちは顔を見合わせると、こちらは苦笑を浮かべる。

「しかし、忍の奴には何かお仕置きを考えないとな」

「その案には賛成ですわね。全く毎度の事ながら、私まで巻き込むのはやめて欲しいですわ」

「まるで俺なら良いと言っているようだな」

「あら、そうは言ってませんわ。まあ、確かに傍から見ている分には楽しいのですけれどね」

勘弁してくれと雄弁に語る恭也の顔を可笑しそうに眺めていた久遠であったが、少しだけ真剣な顔になると、

「それよりも、この山には危険な動物はいないのでしょうか」

「どうだろうな。自然のままにしてあると言っていたし、熊がいるから絶対に踏み入らないように注意された山もあったからな。
 今、俺たちが居る山が何処か分からない以上、注意は必要だろうな」

その目は暗に何かあれば奏を護れと言っており、久遠も了解しているとばかりに軽く頷いて返す。
一方、その話題となっている奏は珍しそうな草花を目に止め、しゃがみ込んではそれらを見ている。

「恭也、この花は何ていう花なのかしら。初めて見るわ」

「うーん、俺もよく知らないな。久遠は知っているか?」

「残念ですけれど、私も知らないですわね」

「そうなの。まあ、綺麗だから良いわよね。それで、これからどうするのか決まった?」

こういった場合、奏が下手に騒ぐよりも恭也の考えが纏まるまで待っている方が良いと分かっている為、
奏はようやく話を終えた様子の恭也へと今後の方針を尋ねる。

「下手に動いても仕方ないからな。取り合えずは現状維持という形だ。
 とは言え、救助が来るまでの寝床を、それも夕立とかの可能性も考えて、それなりの場所を確保しないといけない」

「とりあえずは歩く事になりますわ」

三人顔を突き合わせ、方針が決まるや動き出す。

「しかし、忍はどうしてああも改造をしたがるんだ」

「私も迂闊でしたわ。前回のボートの件があったというのに、空を飛ぶセスナなら改造しないと思い込んでしまいました」

「空中でセスナから煙が出た時は、流石に驚いたわね」

本当に驚いたのかと言いたくなるぐらい、のほほんとした口調で語る奏に恭也たちは慣れた様子で頷く。

「まさかパラシュートを使う事があるとはな」

呆れたように呟きつつ、その時の事を思い出す。
セスナの恐らくはエンジン部から煙が立ち昇り、続けざまに小さな爆発音が響き、機体が揺れる。
すぐさま恭也はパラシュートを久遠に渡し、奏へと装着していく。
それらを数分で済ませると自分の分も装着し、離陸前に絶対に入るなと言われているコクピットへと非常時という事で入ったのだが。

「まさか、今回もパイロットが居らずに自動操縦だったとは……」

「無駄に技術力が高いのも考え物ですわね」

久遠もやはり呆れたように、幾分疲れた口調で呟く。
間違いなく奈々穂に何らかのお仕置きを受けるであろう忍に、しかし同情心は湧いてはこない。

「さて、忍の事は忘れて、とりあえずは寝床になるような場所と……」

「食料になるものがないか、ですわね」

山を下りながら恭也と久遠は言葉を躱す。
人が踏み入らない場所なのか、道はお世辞にも整備されているとは言える状況ではなく、
坂道に加えて小さな石なども転がっており歩き辛い。
それらに注意しながら歩いてはいるのだが、やはり慣れない山道故にか、奏が足を滑らす。

「きゃっ」

「っと、大丈夫か奏」

「ありがとう、恭也」

「いや、ここは少し滑り易いみたいだな。久遠、足元に気を付けろ。
 奏、手を」

転ぶ前に抱き止めると、恭也は後ろから続き久遠へと注意を促し、奏の手を取る。
腰に手を回した状態でエスコートするように奏の手を取る恭也を久遠は特に感情の読み取れない表情で見ていたかと思うと、

「きゃあ、ですわ」

足を踏み出し、その最初の一歩で足を滑らす。
そのまま転ぶかと思ったのだが、軽く地面を蹴って恭也の背中にしがみ付く。

「危ない所でしたわ」

「物凄くわざとらしかったが?」

「あら、気のせいではございません?」

澄まし顔で述べる久遠にそれ以上は何も言わず、もう一度足元に気を付けるように言って歩き出す。
それを面白くなさそうに見詰めながら後に続く久遠。
奏の手を取りながら、危なげない足取りで坂道を下り終え、平地へと辿り着く。
が、すぐにまた坂道が見える。

「人が踏み入った形跡もないし、果たして、いい場所があるかどうか」

「そうですわね。それに奈々穂さんの救援が来る事も合わせて考えるのでしたら、開けた場所が一番ですし」

「久遠、何か怒ってないか?」

その口調に若干いつもと違う色があるのを感じ取り尋ねるも、久遠は怒ってないといつも通りに返すだけである。
首を傾げつつも気のせいかと判断し、再び坂を下るために奏の手を取る。

「恭也、久遠さんの手も繋いであげた方が良いんじゃないかしら?
 また転ぶかもしれないもの」

「っ! べ、別に私はそんな事をして頂かなくても大丈夫ですわ!」

頬を赤く染めつつ拒否する言葉を吐く久遠。
奏はそう、と言いながらも何故慌てているのか分からずに首を傾げ、恭也もまた慌てる理由は分からずとも奏に言う。

「そうだぞ、奏。久遠は隠密のトップでもあるんだ。奏と違ってこれぐらい問題ないさ」

「ええ、そうですとも。会長と違ってこの程度の坂道、楽勝ですわ。
 わざわざ会長補佐の手を煩わせる程の事でもありませんわ!」

無意味に髪を掻き揚げて継げる言葉は、しかし奏ではなく恭也へと向かっており、しかも何故か多少の刺を含んである。
やはり遭難という状況、それも忍が原因となった事で機嫌が悪いのだろうかと検討を立てる恭也の横で、
奏はいつもと変わらず微笑を浮かべ、

「それでもさっきみたいな事があるかもしれないでしょう。久遠さんだって、こういう所はあまり慣れていないのでしょう。
 それなら、普段からこういう所を走り回って慣れてる恭也を頼った方が良いと思うのだけれど?」

「…………会長がそこまで仰るのなら私としては反論する余地はありませんわね。
 ですが、会長補佐が私なんかと手を繋がるのは嫌がるのでは?」

「いや、別にそんな事はないが。寧ろ、久遠の方が嫌がるのではないかと思ったんだが?」

「そういう事でしたの。私は別に構いませんわ。という訳で、お願いしますね、恭也さん」

先程までとは違い、いつもと同じ声に変わった事に内心で疑問に思いつつ、差し出してくる手を握る。
二人の手を引きながら、恭也は坂道を降りて行く。
その途中、奏がふと思い出しましたとばかりに口を開く。

「それよりも恭也。さっき、私と違ってとか言ってたわよね」

「そんな事を言ったか?」

「言いました。どうせ、私は久遠さんや奈々穂みたいにそこまで運動神経はよくないわよ」

拗ねるように言う奏の言葉に小さく笑いそうになるも、それを見られると本当に拗ねてしまうので恭也は誤魔化すように顔を背ける。
が、ふと思い出して奏の方を向くと、

「俺の方も思い出したが、こういう所を走り回っているとか何とか言ってなかったか?
 別に俺はそんなに頻繁に山に篭っている訳ではないんだが?」

「そんな事を言ったかしら? よく覚えてないわ。きっと恭也の気のせいよ。
 そうよね、久遠さん?」

「いや、言ったよな、久遠」

二人のやり取りを黙って聞いていた久遠であったが、まさか自分に話が振られるとは思っておらず、咄嗟に返事できずにいた。
が、久遠の記憶にも確かに奏がそう口にした記憶はあり、それを口にしようとしたのだが、それよりも先に奏が久遠へと話し掛ける。

「そんな事、言ってなかったわよね。会長と違って楽勝といういうような事を言っていたような気がする久遠さん?」

「……ええ、言ってませんでしたわ」

恭也へと目で謝りつつ、久遠はそう口にする。
目で批難しつつ、恭也は大人しく――勿論、本気で怒っている訳ではない――奏へへと謝るのであった。

「そうね、無事に帰ったら恭也の作ったケーキを恭也が淹れた紅茶で飲みたいわ」

「はいはい、了解しました、お姫様」

「うふふ、それじゃあ、お願いするわね。久遠さんも一緒にどう?」

「勿論、喜んで頂きますわ。そういう訳ですので、恭也さん、私にもお願いしますね」

「承りました、お嬢様」

深々と二人に腰を折って頭を下げると、恭也はゆっくりと頭を上げる。
顔を見合わせ、三人は揃って笑う。遭難しているという状況も忘れ、楽しそうに。



付け加えて置くと、数時間後、無事に開けた場所へと辿り着いた一行の元に奈々穂を乗せた救助ヘリがやって来て、
三人は無事に救助される事となる。そのヘリにロープ一本で吊るされている誰かが居たとか言う目撃談もあるのだが、
何故か生徒会メンバーは揃ってこの件に関しては口を噤んだと言う。





続く




<あとがき>

災難続きの夏休み再び。
前回と似たような出だしで始まり、原因も同じ形に。
美姫 「今度は山で遭難って。本当についてないにも程がある夏休みね」
で、今回は久遠と遭難と。
美姫 「流石に次は遭難はないわね」
…………。
美姫 「その沈黙は何!?」
いや、冗談だって。流石に次は遭難じゃない……と思うぞ。
美姫 「今の間が気になるんだけれど」
あははは。まあ、次辺りは奈々穂をメインにしてあげないと可哀相かなと。
美姫 「前回といい、今回といい、救助するだけだものね」
だろう。という訳で、次は奈々穂を……、いや、あの子の話も少ないのか?
美姫 「つまり、まだ分からないのね」
うん、そうとも言うな。まあ、ネタが出来ているキャラも居るから、そっちが先になるかもしれないし。
美姫 「何はともあれ、それじゃあ、また次回で」
ではでは。







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