『海鳴極上生徒会』






第25話 「オーノー、納涼」





「という訳で、今夜決行よ!」

夏休みもまだ半分以上もある、ある日の事。
夏休み中でも仕事が僅かとは言えある生徒会メンバーがその為に学園へとやって来て仕事をし、
その仕事も一段といった感じで、各々にリラックスするように力を抜いたまさにその瞬間だった。
一人立ち上がり、拳を頭上へと掲げて叫ぶ忍に、恭也は冷ややかな視線を向ける。

「で、突っ込みという名の拳骨が欲しいのか、それともこのまま無視して欲しいのか」

「いや、そこは普通に聞き返してよ」

忍の言葉に恭也はうんざりという様子を隠しもせず、寧ろそれを前面に押し出し、本当に嫌々聞いてやる。

「で、何を決行なんだ?」

「今は夏! 夏と言えば?」

「すぐに誤作動し、暴走する発明品ばかりを開発する後輩から解放され、ゆっくりと出来る長期休暇のある季節だな」

「りのちゃん、夏といえば!」

「スイカ!」

「うんうん、スイカは夏だもんね。でも、残念、はずれ。はい、プッチャン」

恭也の言葉を聞き流し、忍はりのへと指を突き付けるもりのの返答にそのままプッチャンに標的を変える。

「ふむ、どちらを取るか悩む所だが、ここは水着のねーちゃんを選ぶぜ!」

「はい、外れ。因みにもう一つは何だったの?」

「ちょっと冒険したい年頃の女の子だ」

「うん、それも外れ。それじゃあ、美由希ちゃん!」

「えぇ、わ、私ですか。えっと、えっと……う、海?」

美由希にまで答えを要求するも、その答えにも忍は満足せずに次にまゆらを見詰める。

「まゆらなら分かるでしょう」

「え、えっと……。や、山とか?」

「違う、違うのよ、そうじゃなくて! 意図的に皆して避けているの!?」

「もしかして、ひと夏の経験とか言い出すんじゃないでしょうね」

頭を振って叫ぶ忍に久遠が付き合ってられないとばかりに口にした言葉に、忍は口元を緩めると、

「あらら、流石は久遠ね。大人なご意見をありがとう。で、その予定があるとか?」

やらしい笑みを浮かべながら近付いてくる忍へと久遠は呆れた様子で肩を竦める。

「そんなものあるはずないでしょう。私はただ、忍さんの思考を考えて発言しただけですわ」

「それはそれで酷い事を言われているような気もするけれど、まあ良いわ。
 それよりも誰も気付かないの? 海にも行ったし、山にも行ったでしょう。なら、後は……」

「プールとか?」

れいんが上げた言葉に忍は額を押さえる。

「海と似たようなもんでしょう。そうじゃなくて、ほら夏といえばまだあるでしょう」

「ああ、夏といえば蚊とか」

「ああ、分かるよ香ちゃん。何で寝ている時に限って耳元を飛ぶんだろうね」

「ですよね、美由希先輩! あれは困りますよね。でも、そういうのって電気をつけていざ構えると、中々出てこないんですよ」

「うんうん」

「いや、確かに蚊も夏といえば夏なんだけれどさ。奈々穂は何か思いつかない?」

「そうだな。今は一段落ついたとはいえ、夏休みにわざわざ出てきてまで行っている業務の最中、訳の分からない事を叫ぶ女、とかか」

「う、え、えっと会長……」

「私? そうねぇ、夏と言えばやっぱりお祭りかしら」

「あ、それもまだ残っていたか。それ以外にも、ほら」

忍は思わずしまったという顔をするも、次の意見を求めてまだ発言していないメンバーを見遣る。
ふと、小百合は思いついた事があり、戸惑いながらも口にしてみる。

「もしかして、即売会とかいうイベントですが」

「あ〜、違う違う。あれは日にちはまだ先だもの。そうじゃなくて、ほら」

「アイス」

「うん、シンディさんの意見も確か。でも、食べ物から離れてみよう」

言って再び全員を見渡し、答えが出そうにないと分かると大げさに溜め息を吐く。
そこへ聖奈がのんびりと声を掛ける。

「忍ちゃんは肝試しという答えが欲しかったのよね」

「そう、そうです! 流石、聖奈さん! そういう訳で、納涼大会、今夜決行!
 パフパフドンドンドン〜!」

忍の頭上にいつの間にかあった、いや、ノエルが忍の後ろから頭上へと棒で持ち上げているくす玉が割れて垂れ幕が落ちてくる。
玩具のラッパを吹きながら盛り上がる忍に、追随するかのようにりのやれいんも楽しそうにイエーだの、オーなどと声を上げている。
それとは逆に、美由希や奈々穂の顔色は冴えないものへと変化する中、恭也は聖奈へとこっそり耳打ちする。

「よく分かったな」

「うふふふ、あのくす玉を作っている所を見たからね」

だったら、真っ先に答えを言ってくれと思いつつも何も言わず、りのの様子から奏も乗り気になった事に気付き、
慰めるように同じくその事に気付いた、こういう事が苦手な同僚の肩を叩いてやる。

「ご愁傷様、奈々穂」

「う、うぅぅ、す、全ては会長のために……」

いつもよりも力のない声でそう返すので精一杯の奈々穂であった。



  § § §



「夜です。草木も眠る丑三つ時、とはいきませんが」

「未だにテンションが高いのはある意味凄いな」

忍のテンションに呆れつつもどこか感心したような口調で恭也が言えば、

「まあ、マッドねーちゃんは大体、こんな感じじゃねぇのか、殿」

「確かに自分の発明品を見せる時などはこんな感じだが……。
 ノエル、ノエル!」

「はい、何でしょうか恭也様」

プッチャンと話をしていた恭也だったが、嫌な予感がしてノエルを呼ぶ。
恭也の呼びかけに恭しく現れたノエルへと、恭也は気になった事を尋ねる。

「忍主催と言う時点で気付くべきだったんだが、まさかとは思うがこの肝試しに……」

「はい、恭也様の想像通り、忍お嬢様の発明品が存在します」

何てこったとばかりに夜空を仰ぐ恭也であったが、それを聞きとがめたのか、忍が頬を膨らませて近付いてくる。

「失礼ね、恭也。いつもいつも爆発している訳じゃないでしょう!
 今回のは単に私とノエルだけでも脅かせるようにしてあるだけで、大掛かりな物はないから大丈夫だって」

自信満々の笑みを見せる忍を前にしても、恭也はだからこそ不安だとばかりに首を振る。
そんな態度に拗ねつつも、りのの期待する声を聞いて機嫌をあっさりと直すと、いつの間にかノエルが用意した台の上に登る。

「皆さん、よく来てくれました。それでは、これより納涼大会イン・裏山を開催しまーす!
 ルールは至って簡単。ただ山頂に行ってそこに置いてあるお札を取って来るだけ。
 登りと下りではルートが違うので、そこだけ注意してください。さあ、何か質問は?」

「はい、は〜い、へい!」

「ほい、れいん」

「順位とかは決めないの? 賞品は?」

「良い所に気が付きました。本当はタイムでも競おうかと思ったんだけれど、そうなると脅かしのタネもろくに見ず、
 山道を走破しそうな人たちが複数いそうなのでなくなりました。残念、賞品として恭也一日占有権まで用意したのに」

「その部分は初耳なんだが?」

「あ、あははは、冗談よ、冗談。えっと、特に質問もないようなので、チーム分けを行いたいと思います」

恭也の声に険呑なものを感じ取り、忍はやや強引に話を進める。
そんな忍に忠実に従うノエルが三十センチ四方の箱を持って立つ。
上面に手が入れれるように穴が開けられており、

「この中に番号を書いた紙が入れられているから、その番号順に出発してもらいまーす」

くじの結果、一番手はりの、れいん、シンディに、二番手に聖奈、久遠、小百合。
三番手が奏、奈々穂、美由希、四番手がまゆら、香、恭也となる。
が、これに真っ先に異論を唱えたのが恭也であった。

「忍、せめて美由希と聖奈を入れ替えてくれ」

「うぅぅ、こ、今回ばかりは賛成。わ、私が原因で奏会長に怪我をさせたら、本当の地獄を見る事になるよ。
 と言うか、もう私は不参加の方向で」

「それは却下。でも、まあ仕方ないわね。
 怖がった美由希ちゃんがどんなドジを発揮するか分からないし、恭也の過保護の為にもその意見を聞いてあげましょう」

恩着せがましく言ってくる忍であったが、恭也はそれは一先ず置いておき、意見が通った事に胸を撫で下ろす。
忍は他に意見がない事を確認すると、嬉々とした表情でスタートの合図を告げ、
自分はノエルを連れていつの間にか立てられていたテントへと向かう。
テントの下には、たくさんの機械が設置されており、静かな夜空に機械が立てる小さな音が響き、
暗い中にあってなお一層不気味さを演出するかのように、モニターの鈍い光が忍の顔をぼんやりと照らし出す。
その光景を見ただけで、美由希は既に腰が引けており、極力そちらを見ないようにしているぐらいである。

「うふふふふ〜、最初はりのちゃんとれいん、シンディさんか〜。
 うーん、美由希ちゃんみたいに怖がりそうな子がいないのがちょっと残念だわ。
 あ、でもりのちゃん辺りならもしかしたら……」

「忍お嬢様、ソレを使って驚いたとしてもそれは違う意図になるのでは」

「良いの、良いの。ようは驚いてくれればそれで。幽霊絡みの仕掛けは美由希ちゃんメインで仕掛けるから」

忍の言葉に涙目になり、小百合にしがみ付いて首を振る美由希を横目に眺めつつ、恭也は目を細めて忍へと視線を飛ばす。

「忍、まさかとは思うが危ない物を仕掛けているんじゃないだろうな」

「失礼ね。私が作る物に危険な物なんてないわ」

言い切った忍に対し、奏を除いた全員が従者のノエルでさえもが嘘を言うなという顔で否定の態度を見せる。
思わず僅かに身を引くも、忍は自信満々に言い切る。

「兎に角、今回は大丈夫よ! ちょっと驚かせる程度で、大きな仕掛けなんてしてないもの」

まだ半信半疑である恭也だが、既に始まってしまったので仕方ないと肩を竦めて諦める。
そんな様子を可笑しそうに眺めている奏に憮然とした顔を見せてから、こちらもまた笑顔の聖奈へと近付き、その耳元に顔を近づける。

「聖奈、多分大丈夫だと思うがさっきの忍の発言で少々、いやかなり不安になった。
 いざと言うときは頼むぞ」

「あらあら、奈々穂さんじゃなくて私に頼むなんて、奈々穂さんに知られたら拗ねてしまうかもしれませんよ」

「それはないだろう。奈々穂にとっても奏の安全が第一のはずだしな。
 奈々穂には悪いが、今回はな」

「そうですね。今回ばかりは仕方ないですね。いざという時はお任せを。
 ただ、それが奈々穂さんに知られて怒られるのは恭也さんにお任せしますよ」

本気でそう思ってはいないのだろう聖奈の言葉に、恭也は軽く肩を竦めて返すだけである。
恭也もまたそんな事はないと思っているからである。
が、そんな風に言われているなどと思うはずもなく、当の奈々穂は美由希ほどとはいかないまでも顔を青くさせていた。
気丈にも美由希のように背を丸めて震えたりはせず、胸を張って立っているもののよく見れば足が小さく震えていたりする。
それに気付かない振りをしつつ、恭也は奏に気を付けるように注意する。
その過保護ぶりに苦笑を漏らす久遠へと、

「別に奏だけを心配している訳ではないぞ。久遠と小百合も気を付けるんだぞ。何が起こるか分からなくなったからな」

ちらりとテントに居る忍を振り返れば、そこにはまるで窯を煮詰めている魔女のように笑いながら機械を弄る忍の姿が。
恭也の視線を追い、同じものを見た久遠は肩を竦めて、小百合は真面目に頷く。

「恭ちゃん、私にも優しい言葉を……」

「久遠、小百合、美由希が迷惑を掛けるが頼む」

「うぅぅ、優しい言葉どころか既に迷惑を掛ける事が確定しているように言われている……」

お化けの仕掛けにおどおどしつつ、恭也の言葉に落ち込むという器用な事をしてみせる美由希を無視し、
恭也は奈々穂にも注意するように声を掛けていた。それを見て更に落ち込む美由希に、恭也は仕方ないと肩を竦め、

「まあ、お前もそれなりに気を付けろ」

「う、うん!」

まだ怯えながらも多少嬉しそうな表情を見せるのであった。



「るんるんるん♪ 真夜中の散歩も楽しいねプッチャン」

「そうだな。だけど忘れるなよ、りの。これは肝試しなんだぜ」

「あ、そうだったね」

今にもスキップしそうな軽い足取りで進むりのと、その右手に嵌められたプッチャンの軽いやり取りを聞きながら、
れいんは周囲を見渡しては何が起こるのかと期待に満ちた目を向ける。
残る一人であるシンディは言葉を発する事無く、ただ若干嬉しそうな顔でプッチャンを見詰めている。
結果として、りのとプッチャンの話す声が辺りには響く事になるのだが、れいんが長い事黙っていられるはずもなく、

「つまんない、面白くない、退屈〜。忍先輩主催だから、絶対に何かあると思ったのに」

「まあ、確かにここまで何もなかったな。
 だけど、俺の記憶に間違いがなければ、あのマッドの主催という時点で起こる何かはろくなもんじゃないと思うんだがな」

それでも期待しているのかと言外に問うも、れいんは迷う事無く頷く。

「本当に危険な物は流石にないだろうしね」

「……まだ出会って半年と経っていないながら、本当にそうかと問い質したくなる経験を味わったんだけれどな。
 そこんとこ、俺らよりも長い付き合いのお子さま先輩としてはどうよ?」

「…………えーっと、多分、恐らく、きっと、大丈夫……だと思いたい」

思わず顔を見合わせて黙り込むプッチャンとれいんであったが、りのは一人気にも留めずにやはり楽しそうに足を進める。
そんなりのの様子にプッチャンは大仰に掌を上に向けて頭を振り、

「まあ、流石に自重しているだろう」

「そうっすよ、そうですよ、その通りですよ。
 ここ最近だけでもかなりやらかしている感じなのに、ここで弾けたらそれこそ恭也会長補佐のお仕置きがあるだろうし」

「それでも弾けるのがあのマッドだという気がするが、それは今は考えないでおこう」

明るい話題を探したはずが、またしても黙り込む二人であった。
と、そんな二人の目の前で煙が上がる。

「おいおい、これが仕掛けか」

「いや、お化け関係ないっしょ、これ」

「あのマッドにそんな常識が通じると本気で思ってんのか?」

「否定できないあっしを怒らないでください、忍先輩。
 っというか、普通に火事、火災、ファイアーって事はないっしょうね」

「ファイアーって、寧ろこっちが点火している気になりそうだが、さっきよりも煙が上がってるぞ。
 りの、下がれ、下がるんだ」

「え、あ、うん分かったよ」

煙の元へと近付こうとしたりのであったが、プッチャンの言葉に大人しく従って後ろへと下がる。
すると、それを見ていたかのように煙が更に大きく立ち昇り、バチバチという音さえもしてくる。
一体何事かと構えるれいんの前で、シュパッという音と共に煙の中から何かが空に打ち出される。

「って、なに今の!?」

「分からないが用心した方が……」

プッチャンが最後まで言いきる前に、夜空を一輪の花が染め上げる。

「おいおいおい……」

「花火……っすか?」

「うわー、きれー」

「オウ、ビュティホー」

それぞれ感想を口にする中、先程の煙の正体を理解したプッチャンが真っ先に口を開く。

「こんな至近距離で打ち上げ花火上げるんじゃねぇよ!
 下手すりゃ、りのが巻き込まれていたぞ、マッド! と言うか、山の、それも茂みの中から点火って何考えてやがる!」

「いやー、ちゃんと安全策を取っていたか、気付いていなかったのかのどちらかじゃないっすかねぇー」

「絶対に後者だろう、後者! 本当にマッドなねーちゃんだな、おい」

れいんと掛け合いをして熱くなってきていたプッチャンであったが、
再度花火に感心するりのとシンディの声に多少は冷静になったのか、嘆息すると先に進むように進言する。
それに従い先へと進めば、その後も幾つかの仕掛けは出てきたものの、大げさなものはなく、
普通に自然の中にあるホラーハウスという感じで楽しみつつ、山頂へと到着する。

「……時たま、あのマッドが凄く思えるよな。と言うか、こんな山中によくあんな仕掛けを施したな。
 ましてや、個人であれらを作ったのかよ」

「まあ、忍先輩は凄いですからね」

「まあ、その点はそうかもしれないが。しかし、まさに天才と何とかは紙一重を地で行く奴だ」

「うぅぅぅ……」

そんな事を話していると、不意に聞こえる呻き声。
流石にこれには驚く二人であったが、姿は何処にも見えない。

「仕掛けとしては簡単なものとは言え、絶妙なタイミングで仕掛けてくるな」

「あっしもちょっとびっくり、驚き、驚愕したっすよ」

すると、また聞こえてくる呻き声。気のせいか、先程よりも近くなっているような気がして、二人はりのたちを促して下山する。
と、その肩を不意に掴まれる。

「ひぃっ」

流石に気配もなく背後から掴まれれば驚いて小さな声の一つも漏れても仕方ないだろう。
辛うじて喉の奥で引き攣った声を上げずに止めれたプッチャンは、そんな声を上げたれいんへと突っ込む事もなく、
またしてもなタイミングに胸を手で押さえながら振り返る。

「れいん、プッチャン〜」

と、振り返るなり強い力で抱き付かれる。

「美由希? 早いね」

「おおう、前が前が見えない上に、息が出来ない! が、これはこれで男の本望とも言えなくもないが……」

左右の腕でそれぞれりのとれいんを抱きかかえる美由希は既に涙目である。
呆れたようにこちらを見てくる久遠と、いつもと変わらない小百合へと顔を向けると、

「納涼大会のはずが、誰かさんの所為で山中マラソンになってしまいましたわ」

「しかも、幾つかの仕掛けを壊しながら進んだから障害物ありの」

何となくその情景が頭に浮かび、れいんは何とも言えない表情を作りつつも、ゆっくりと美由希を引き離す。
見れば、隣で同じように抱き締められていたりのは、よしよしと美由希の頭を撫でている。

「りのに慰められている光景ってどう思うっすか、副会長」

「後でからかうネタになるわね」

本気か冗談か分からない久遠の言葉に、れいんは聞かなかった事にして小百合へと話しかける。

「小百合もお疲れ」

「ああ。そっちもお疲れ」

親友同士が言葉を交し合う間に美由希も落ち着きを取り戻し、帰りは大勢の方が良いよねと強引で皆で行く事を提案する。
特に反対する理由もなく、こうして倍の人数になった事に多少の安堵を覚えながら美由希は山を下りて行く。
その頃、山の中腹よりも少し上辺りでは、ニコニコと笑みを浮かべる奏と聖奈に挟まれて、
顔を青白くしながら周囲を忙しなく見渡している奈々穂という珍しい光景が見られた。
が、先行した美由希が幾つかの仕掛けを壊していったらしく、無残な姿を晒す機械が所々で見受けられた。

「み、美由希の怖がりにも困ったものだな」

上擦った声を出しながら、表情はそれとは異なり安堵を見せて言う奈々穂に誰も何も言わない。
その眼差しは分かっているわよといったものであり、奈々穂はそこまで気を回す余裕もなく、
全然怖くないとアピールするようにやや歩く速度を上げる。
尤もその手と足が同時に出ていたりするのはご愛嬌といった所だろうか。
時々、発動する仕掛けに喉の奥で悲鳴を飲み込みつつ、それでも何とか山頂へと向かって行く。
当初は美由希の暴走に内心で褒めていた奈々穂だが、上るに連れてその数が減っていくと文句を並べる。
勿論、口には出さないが美由希が聞けば理不尽だと叫ぶのは間違いないだろう。
まあ、これ以上壊されてはたまらないと忍が仕掛けを慎重に選んで起動させた所為なので、
正しく文句を言う相手は美由希ではなく忍になるのだが、普段なら思いつくであろう事も今の奈々穂には思いも付かないのである。
が、そんな奈々穂の反応が楽しいのか、奏は奈々穂の手を握りながら楽しそうにしている。
それが唯一の慰めだと自分に言い聞かせつつも、やはり楽しそうな奏に拗ねたような目を向けてしまう。

「奏……こほん、会長は楽しんでおられるようで何よりです」

「うふふ、本当に楽しいわ。いつもは恭也や奈々穂が私を守ってくれているけれど、今は私が奈々穂を守っていると思えるもの」

「そのお言葉は大変嬉しいですが、正直、この状況を喜ばれても複雑です」

「まあまあ、奈々穂さん。会長が楽しんでいるんですから、水を差すのも野暮というものですよ」

「水を差したつもりはないんですけれどね。ただ、会長の護衛としてこの様は多少情けないと言うか……」

言いながら風で揺らいだ茂みの音に敏感に反応する。

「あらあら〜。でも、偶には良いんじゃないかな?」

「聖奈さん」

思わず情けない声を上げそうになるのを抑え、叱るように言うも柳に風とばかりに流される。
これが久遠ならもっと激しく言い返すだろうし、美由希なら無言のまま拳骨で黙らせる。
他のメンバーであっても無言で睨みをきかせる所なのだが、今ここに居るのは普段でも奈々穂が頭が上がらないとも言える二人である。
自然、続く言葉もなく大人しく歩くしかない。
急に黙った奈々穂を訝しがる事無く、寧ろその心情まで正確に読み取ったであろう二人もそれ以上はからかおうとせず、
ただ奈々穂の手を強く握り締めて歩を進めるのだった。



一番最後に出発となった恭也組みはと言うと、

「見事に壊されているな。恐らくは美由希だろう」

「はぁ、分かるものなんですか」

壊れた機械の残骸をざっと調べた恭也が口にした言葉に、まゆらが感心したような声を上げる。

「まあな。先行しているメンバーで我を忘れて攻撃しそうなのは二人。
 この残骸から見るに、詳しくは省くが美由希だと見て間違いないだろうな」

破壊の衝撃が内部に到達し、寧ろ内側から壊れている残骸を前に恭也はそう結論付ける。
それ以外にも、奈々穂なら怖がりつつも奏の手前、
暴走する事無く怖がって居ない素振りをして自分を抑えるだろうとしっかりと把握しているからでもあるが。

「とりあえず、私たちは脅かされずに済むって事ですよね、恭也会長補佐」

同様に機械の残骸を見下ろしていた香がそう結論付けるも、恭也は残念ながらと頭を横に振る。

「忍の事だから、多くの仕掛けを用意しているだろうし、ここまで壊されるのを見れば、
 その先では仕掛けを起動させない事も考えられるからな」

「あー、忍なら確かにやりそうだわ。それ以前に、こんな事さえも計算に入れて予備を用意している可能性もあるかも」

「あ、あははは。まゆら先輩の言う通りかも」

「まあ、ここに居ても仕方ないしな。さっさと山頂に行こう」

恭也もまゆらの意見に同意しつつ、二人を促して先へと進んで行く。
どれぐらい進んだだろうか、そろそろ中腹という辺りで不意に前方にある茂みが音を立てて揺れる。
まゆらが思わず身を竦め、恭也の服の裾を掴むがそれには触れず恭也はじっと前を見詰める。

「恭也会長補佐、あれ」

香が少し上擦った声で指差す先には、向こう側が薄っすら透けて見える影が。

「映像か」

よく見れば闇夜に紛れるように広げられた黒い布。
そこに映写機から出る映像が当たっている。

「ですよね。でも、ちょっと驚きました」

「ほ、本当に仕掛けと分かってても心臓に悪いわ」

香、まゆらと胸を撫で下ろしながらの発言に同意するも、二人は目の前の恭也を見て疑わしそうな目を向ける。

「本当に驚いてました?」

「何か、恭也会長補佐は平然としていたようにも見えますけれど」

「失礼な。驚きのあまり悲鳴を上げて切りかかりそうになったぐらいだぞ」

益々胡散臭そうに見られたので、恭也もこの辺で切り上げて先へと進むように促す。

「で、まゆら、流石にそこを持たれては歩き辛いんだが」

「あ、ご、ごめんなさい」

慌てて手を離すまゆらに恭也は少し考えてから手を差し出してみる。

「夜中の山中、懐中電灯一つでは確かに暗いからな。歩き辛いようなら手を貸すが?」

改めて目の前に差し出された手を見てまゆらは少し躊躇うも、おずおずとその手を握る。
流石にお化けが怖いという訳ではないが、脅かされると分かっているのである。
仕掛けに驚く可能性は高く、また恭也の言うように辺りが暗く足元が不安なのもある。
なので、素直に恭也の言葉に甘える事にしたのだが、それを横で見ていた香が少し羨ましそうに見てくるのに気付く。
とは言え、恭也のもう一方の手には懐中電灯が握られているし、自分は香よりも運動神経がよろしくないのである。
そんな訳で、ここは少し勘弁して欲しいと思うのだが、元来人の良いまゆらは香の視線に困ったような顔を見せる。
それに気付いた恭也がまゆらの視線を辿り、香の表情を見て、

「香も暗闇は慣れていないだろう。懐中電灯はお前に任せるから手を」

「えっと……はい!」

恭也から懐中電灯を受け取り、嬉々として恭也の手を取る。
奏と並んで敬愛を抱いてくれる後輩の態度に思わず頬を緩めつつ、恭也は二人の手を握るとゆっくりとした歩調で歩みを再開する。
中腹を過ぎても中々手加減を知らないかのように出てくる仕掛けの数々。
流石に暗闇から急に大きな音を立てて何かが出てくれば、恐怖を抱かなくても驚きはするだろう。
それは仕方のない事だとしてもまゆらは完全に両手で恭也の腕にしがみ付き、香の方もまゆら程ではないにしろ、強く手を握ってくる。
それでも懐中電灯で足元をちゃんと照らす根性には恐れいるが。

どうにか山頂に着いて札を取り、下山する一行。
が、やはりと言うか、下山途中にも仕掛けは用意されていたらしく、三人を驚かせようとしてくる。
これもまた、美由希が暴走したのであろうが、機械の残骸が所々見受けられる事に恭也は苦笑を浮かべるのだが、
不意に恭也の直感が危険を知らせる。
止まるように二人に言うよりも先に、三人の耳に機械音が届いてくる。

「ピー、侵入者を察知しました。パスワードを要求します。
 返答がない場合やパスワードが違う場合、敵と判断します」

「……まゆら、香。俺は今までこのパターンでろくな目にあっていないんだが」

「奇遇ですね。私もこのパターンには物凄く見覚えがあったりします」

「三人揃ってデジャビュ、というような事はないですよね」

三人がそんな事を口にしている間にもパスワードを問うて来る声が響く。
そんな中、まゆらの携帯が鳴り、

「あ、まゆら。そこ、コースから外れているんだけれど……」

「それよりもパスワードを教えて!」

「パスワード? あちゃ〜、あれの電源入ってたのか。ごめん、それまだ試作の段階でパスワードは設定してないの。
 本体にあるキーボードで何も入力せずにそのままエンターキー押さないと駄目なんだけれど」

「忍のバカー!」

「バカって何よ。ちょっと昼間、納涼大会の準備ついでに試作機のテストをして、そのまま忘れて帰っただけなのに」

「余計に悪いわ、このバカ!」

今度はまゆらから電話を借りて忍の言葉を聞いていた恭也が怒鳴る。
流石にばつが悪そうな声で謝罪してくるものの、恭也たちにそんな余裕があるはずもなく。

「他にも何かないだろうな、ここ」

「あー、前に恭也に壊された警備用ロボの新作試作機以外にも、ちょこっと防犯用の罠があったりとか?」

「…………今から下山するのが楽しみだよ」

それだけを言うと電話を切り、恭也は既にパスワードを問うて来なくなった試作機とやらが出てくるまでに離れる決断を下す。
決断すると行動は早く、まゆらと香をそれぞれ抱き上げて走り出す。

「状況は既に分かっていると思うが……」

「忍先輩の発明品の暴走ですね」

「その通りだ。更に言うなら……」

言葉を途中で止め、恭也は近くの木を蹴って方向転換する。
その恭也の先程進もうとしていた先の地面に何かが飛来して小さな穴を幾つか開ける。

「最早説明はいらないだろうが、一応しておくとこういった罠があるらしい」

「「…………」」

二人して言葉を無くして頭を抱えるのを当然だと思いながら、恭也は香へと問い掛ける。

「香は一人でも走れるか」

「はい、大丈夫です!」

恭也の言葉に答えるなり、恭也の腕から解放されて隣に並んで走り出す。
一方、未だに恭也に抱きかかえられているまゆらは申し訳なさそうな顔をするのだが、

「まゆらが気にする事はない」

「そうですよ。まゆら先輩は会計なんですから仕方ありませんって。
 寧ろ、忍先輩の方に問題ありですよ」

二人してまゆらを慰めるのだが、その背後からあまり嬉しくない音が響いてくる。
時折、木々を倒すような音を立てつつ、何かの駆動音がする。
間違いなく忍の発明した何かだろう。
背後から迫る正体不明のものから逃げる男女。
状況だけ見れば、充分にホラーとも言えなくもないが、そんな事を喜んでいる余裕などない。
三人、正確には二人は麓目掛けて疾走する。
するのだが、恭也は兎も角香は道も整備されていない真夜中の山道とあって、いつもよりも若干遅いのは仕方ない。
近付いてくる音が大きくなっているという事は、距離が詰まっている事を証明しており、また時折、忍の他の罠が発動する。
中には今回の納涼大会用の仕掛けもあったのかもしれないが、恭也はそれら全てを見つけるなり壊していく。
後で忍が文句を言いそうだが、それはこっちの権利だとばかりにやや乱暴に今しも飛び出そうとしていた何かを蹴り飛ばす。
多少は距離を開けれたかと耳を澄ますも、やはり背後から迫る何かは近付いてきている。

「香、まゆらを」

そう言ってまゆらを地面に下ろし、恭也は逆側、今まで逃げてきた方向へと向かう。
恭也の意図を正確に察し、二人は邪魔しないためにもそのまま進路を変えずに進む。
まゆらが加わった事でさっきよりも遅くなりはしたが、後は罠にさえ気を付ければもう大丈夫だろうと二人とも確信していた。
その確信通り、その約十分後に先にゴールした奈々穂から電話が入り、もう大丈夫だと告げられるのであった。



「だから、あれはわざとじゃなくてですね……」

「言い訳終わりか?」

恭也を初め、まゆらに香、奈々穂に囲まれ、真ん中で正座をさせられているのは言わずもがな忍である。
だが、このまま説教を続けるには外だし時間も遅いという奏の言葉にとりあえず今日はここまでとなる。
それを聞いた時の忍が奏を見る顔は熱心な信者が光臨した神に向けるかのように、ありがたいものを見るかのような表情であった。
どうにか説教が一時的にせよ終わったと胸を撫で下ろし、忍は懐から一枚の紙を取り出してまゆらに渡す。
受け取り、それを見たまゆらがいつになく低い声で尋ねる。

「忍、これは?」

「請求書。今回の納涼大会で使った仕掛けのよ。きまってるじゃない。
 あ、壊れた試作機の分もあるから、それよりも増えるだろうけれど予算お願いね」

「はい?」

首を傾げ、何を言っているんだこいつという顔で見てくるまゆらに忍は真顔でえっと驚き、

「いや、だって生徒会の行事だから、勿論、予算も出るでしょう」

「出るわけないでしょう! どこをどうやっても、もう予算なんてないんだからね!
 絶対に出ません! と言うか、出しません! ない袖は振れないの! 今回は絶対に自腹です!」

「そ、そんな〜」

まゆらが本気だと分かり、忍はへなへなと情けない声を上げてその場にへたり込む。
それを見て、どうして予算が出ると思ったんだろうと誰もが思ったが、それは言わぬが花というもであろう。





続く




<あとがき>

夏休み行事、今回はまゆらと香……。
美姫 「の割には出番がちょっと少ないような」
あ、あははは。まあまあ。
美姫 「にしても、本当に災難まみれの夏休みね」
でも、らしいだろう。まだまだ夏休みは続く。
多分、その内平穏な夏休みもあるはず……。
美姫 「そんな日が本当に来るのかどうか。何はともあれ、また次回でね〜」
ではでは。







ご意見、ご感想は掲示板かメールでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ


▲Home          ▲戻る