『涼宮ハルヒの挑戦、高町恭也の消失』






第一話 長くなるけれど説明しますね





「こ……こは? 海鳴じゃないのか?」

俺たちの目の前に突然現れた男性は、周囲を見渡してそんな風に洩らす。
改めて周囲を見渡す、多分、俺たちよりも一、二個ほど年上の男性は、俺たちに気付き、
自分の名前を名乗ると、丁寧な口調で改めてそう尋ねてくる。

「海鳴ですか? この近辺では聞いた事のない地名ですね」

同じく丁寧な口調で返す古泉。
しかし、どうでも良いが、同じような丁寧な口調なのにお前の口から出ると怪しく感じるのは何故なんだろうな。
ともあれ、俺も海鳴なんて地名は聞いた事もないな。
朝比奈さんはどうかと思って見てみると、申し訳なさそうなお顔で知りませんと謝られた。
いえいえ、別にあなたが謝る事ではないですよ。
ともあれ、これだけを聞けば道に迷ったのかと思うが、登場の仕方が仕方だ。
そして、昼間の件もある。
まあ、何でもすぐに結びつけるのは問題あるが、今回に関して言えば、あんな登場普通の人にはできねぇ。
となると、やはり考えたくはないが…。
一縷の望みを託すように長門へと視線を移してみると、
そこにはいつもと変わらぬ表情で男性、高町恭也さんを見つめる長門の姿が。
これまた、いつものように揺ぎ無い目で淡々と静かな声で説明をしてくれる。

「カレイドスコープ現象による平行次元軸内第七千六億八千五十五万千二百二、
 三次元より異次元時空列同位体である事を確認」

とは言え、いつもの事ながら俺にはまったくもってちんぷんかんぷんな訳で、
すぐに理解できない説明を、例の如く訳知り顔でさも当然とばかりに古泉が要約してくれる。

「なるほど。つまり彼もまた三次元の生命体という訳ですか。
 ただし、我々の住んでいるこの次元ではない……、
 涼宮さんの言葉を借りるのなら、異世界からやってきたという訳ですね?
 何処かの誰かさんが、異世界人に関して興味を持ったと思い、
 異世界人だけでも見つけたいと強く願った彼女の力で、といった所ですかね」

何処の誰かさんが誰の事かは分からんが、まったくもって迷惑な奴だな。
嫌味っぽくこちらを見てくる古泉を無視し、無視し。
ええい、分かった認めたくはないが、今回は素直に認めよう。
普段ならこのまま無視するところなんだが、その誰かさんは間違いなく俺だろう。
何でハルヒがそこまで強く思ったのかは分からないが、俺に責任があるのは確かなようだ。

「本当に分からないと。
 涼宮さんは、この手の事に急に関心を示した貴方のために強く願ったんでしょうね。
 羨ましい限りです」

だから、何で強く願ったんだって事なんだが。
羨ましいというのなら、代わってやろうか?

「遠慮しておきます。僕には僕にしか出来ない役割があるように、あなたの役割も他の誰にもできませんから」

ああ、そうかい。できれば、その役割が楽な事を願うよ。
久方ぶりに封印したあの言葉を口にしたくなったんだが、別に構わないよな。
誰に断るでもなく、口を付いて出そうになったのだが、可愛らしい朝比奈さんのお声により、
その言葉は喉の奥深くに再び戻ってもらう事となってしまった。

「え? え? 緊急最優先コール?」

どうやら、未来から朝比奈さんに何かしらの指令が来たようである。
えっと、何かあったんでしょうか朝比奈さん。

「く、詳しくは禁則事項で言えないんですけれど…」

そう言って本当に訳の分からない説明をしてくれる朝比奈さん。
いや、あなたの熱意は伝わってくるんですが、言葉の半数以上が禁則事項では流石に意味がさっぱり分かりません。
ただ、高町さんを元の世界に戻さないといけないという事だけはよーーく分かりました。
ですが、当の本人である高町さんはさっきから放って置かれる形となっており、
俺たちの会話もよく分かっていない様子であった。
そりゃあ、まあそうだろうな。
そんな風に同情の篭もった眼差しで見つめる俺に気付き、高町さんはごく当然の質問をしてくる。

「一体、何がどうなっているんですか?」

「いや、それが俺にもさっぱりで」

まあ、原因は分かっているんですけれどね。
それを説明するにはハルヒの事も説明しないといけなくて。
とりあえず、こうしてマンションの前で話をしているのもアレだな。
長門、お前の部屋で良いか。
俺の言葉に頷く長門に、高町さんは見知らぬ人に迷惑をと言ってくるが、迷惑を掛けたのは俺たちの方で、
古泉、何か言いたそうな顔だな、おい。

「いえいえ、何でもありませんよ。SOS団は一蓮托生ですから、ええ」

くっ。嫌味か。いや、こいつの場合、本心でそう思っているのかもしれんが。
朝比奈さんやいつも世話になっている長門となら一蓮托生も良いがな。
ハルヒ? あいつと一蓮托生なんて言った日には、あいつの事だから自分だけ責任を逃れるに決まっているだろう。
と、そんな事はどうでも良いな。
それよりも、現状の説明をするからと高町さんに告げ、
古風にも女性一人の部屋に上がるのはと恐縮する高町さんを何とか説得し、ようやく俺たちは長門の部屋で一息。
って、寛いでいる場合じゃないな。
さて、何から説明したもんか。
そうだな、ここは古泉、お前の出番だぞ。

「僕ですか。まあ、構いませんけれど。まず、高町恭也さんでよかったですよね」

「はい、そうですが」

「はっきりと申しまして、あなたの住んでいる世界と我々の住む世界は別世界となっています。
 異世界って事ですね。それで、あなたをこちらの世界に呼び込んだのは、涼宮ハルヒという一人の少女です。
 こっちに来る前に、どんな事があったのか説明してもらえませんか?」

古泉の説明に驚きこそすれ、それをあっさりと受け入れる高町さん。
まあ、疑われて話が進まないと困るのも確かだが、そんなにあっさりと信じて良いんですか。
まるで朝比奈さんのように人を疑わない人だ。

「いえ、そういう訳ではなくて、単に慣れといいますか」

慣れ、ですか。一体、あなたの周辺では常に何が起こっているんですか。
非常に疑問を感じたのだが、どこか哀愁を漂うその姿を見ていると、
常日頃から一人走り回っている自分を思い出し、深くは聞かない事にする。
これ以上、俺たちから何も発言がないと分かると、高町さんは自分がここに来るまでに起こった事を話してくれる。
とても深い落とし穴かと思ったら、訳の分からない空間で放り出され、気が付いたらここに居たか。
正直、俺ならもっとパニックになるね。
そんな俺の言葉に苦笑しつつ、これもまた慣れと仰られる。いやはや、大変な日常をお過ごしのようで。
と、今更ながら、俺たちも自己紹介を始める。

「僕は古泉一樹と申します。以後、宜しくお願い致します、高町さん」

「……長門有希」

「わ、わたしは朝比奈みくると申します。どうぞ、みくるちゃんとお呼びください」

一通り自己紹介が終わり、いよいよ俺の番となる。
む、ひょっとして、ここでちゃんと名前を教えておけば、キョンなんて呼ばれる事はないかもしれんな。
よし、ここは一つまともに名前で呼んでもらうためにも、しっかりと自己紹介をせねば。

「俺の名前は…」

「あ、それでこちらがキョンくんです」

あ、朝比奈さん…。わざとですか、わざとなんですか。
思わず朝比奈さんの顔を注視してしまうが、朝比奈さんは自分がなさった事をよく理解しておらず、
きょとんと可愛らしく小首を傾げてらっしゃる。
うぅ、その可憐な姿を見て、純粋に俺を紹介してくれたこの人に強く言えるはずもなく、俺はただ沈黙する。
勿論、これが古泉の奴だったら、まあ言うまでもないだろうが。
ともあれ、自己紹介が終わったんだし、さっさと続きに戻ろう。

「それもそうですね。ですが、不思議に思いませんか」

何がだ。できれば、さっさと済ませて欲しいんだが。
説明はお前の得意分野だろう。

「いつからそんな事になったのかは分かりませんが、喜んで説明はさせて頂きますよ。
 ですが、さっきも言ったように不思議な点があるのに気付きませんか」

不思議な点?
俺が首を傾げるのを、古泉は楽しそうに眺めやがる。
俺は動物園のパンダじゃないぞ。

「パンダ、可愛いですよね」

いえいえ、あなたの方がその何倍、何百倍も可愛いですよ朝比奈さん。
と、真面目に関係のない事を言い出した朝比奈さんの言葉は、この際気の毒だが受け流し、
おい、古泉、さっさと言え。そのもったいぶった物言いは正直、腹が立つ。

「そうですか。では、結論を述べましょう。
 高町恭也さんは異世界から来られた。この点に関しては今更論じる必要はなく、
 この場に居る全員が認識したと思います」

まあな。お前だけなら兎も角、未来からや何よりも長門がそう言うんだ間違いないだろう。

「ええ、そうですね。では、さっきも言ったように不思議な点が一つ。
 我々と高町さんとの間で、コミュニケーションが取れているという事ですよ。
 先ほどから、高町さんの話すたびに口元を注視していましたが、声と口の動きが一致していました。
 つまり、何処かのSFのように勝手に翻訳されている訳ではなく、
 我々と全く同じ言葉を使っているという事ですよ」

言われて見れば、俺たちと同じ日本語だな。

「日本語? 俺の使っている言葉も日本語と言うんですが」

高町さんの言葉に、俺たちはまたしても顔を見合わせる。
まあ、長門だけは変わらずにずっと正面を見たままだったが。

「それはそれは。これはまた面白いことになってきましたね」

どこかだ。ハルヒの奴が、コミュニケーションの取れる異世界人を望んだから、同じ言語の人が呼ばれただけだろう。

「ええ、そうですね。そう考えられます。
 ですが、言葉の使い方、文法、ましてや日本語という呼び名。
 それらが全く同じだというのは、面白いと思いませんか。
 異世界であるはずなのに、我々と同じ言語。高町さんの住む国について聞いても宜しいですか」

「構いませんが。俺の住むのは地球という星の日本という国ですね。
 世界から見て、東に位置する小さな島国です。北から北海道、本州、四国、九州、沖縄」

その後にも、簡単な歴史や現代の文明などについても軽く話していく高町さん。
それを聞くに連れ、俺にも古泉が言いたいことがようやく分かってきた。
似ている、いや、全く同じであった。
辿って来た歴史に、今現在の文明力。日本以外の他国と言ったもの全てが。
おいおい。これはどういう事だ。
ひょっとして異世界じゃなくて、この世界の違う場所から連れてこられたのか。

「いえ、長門さんがそれを否定している以上、間違いなく、彼は異世界から来たんでしょう。
 ただ、その異世界が限りなく我々と似ている世界から」

似ているなんてレベルじゃないぞ、これは。
だが、この際その辺りは良いとしよう。
とりあえずは、同じように少しながらも驚いている……んだよな。
長門のように、あまり表情に変化がないから分かり難いが、兎に角、高町さんへと原因の説明が先だ。

「ええ、そうですね。何処まで話しましたっけ?」

何も話しておらんだろうが。精々、ハルヒが原因ってだけだ。

「そうでした、そうでした」
古泉の奴はわざとらしく肩を竦めると、高町さんへと顔を向けてようやく説明を再開する。

「先ほど申し上げたように、あなたをこの世界へと連れてきたのは涼宮ハルヒさんで間違いないでしょう。
 ですが、彼女にあなたを元の世界へと戻す力はありません。ああ、焦らないで下さい。
 順を追って説明しますから。まず、涼宮ハルヒという少女についてですが、彼女にはとてつもない力があります。
 ただし、本人はその事を意識していませんがね。
 その力というのは、どんな非常識なことでも強く思ったことを望み通りにしてしまうというものです。
 例えば、地球の自転が逆だと本気で涼宮さんが思い込めば、その通りになってしまうぐらいのね。
 ただ、さっきも申し上げたように、本人はそれに全く気付いておらず、無自覚の内にそれは行われてます。
 ここで注目すべきは、彼女は破天荒な行動をよく行いますが、
 その実心の内ではとっても常識を持った人だという事です。
 だから、さっきの例で申し上げるなら、自転が逆の方が良いと思ったとしても、
 彼女の心は無意識の部分でそんな事はあり得ないと否定する。
 だからこそ、大事にならずにすんでいるのです」

「その説明でいくと、その涼宮ハルヒさんが今回は心の底から異世界人が居ると思ったという事ですか?
 だから、俺がこうしてやって来たと」

「飲み込みが早くて助かります。ええ、その通りです。
 ですが、心の底からというのはちょっと違いますね。
 さっきも申したように、心の底、無意識の部分では彼女はそれはないと思っているからです。
 ただ、それでも今回は彼女が強くいたら良いと想い、その強い気持ちに無意識に力が作用した、そんな所でしょう。

「普段は彼女の常識的な精神のお陰で世界がバランスを保っているが、
 それさえも凌駕する強い気持ちが今回はあったという事ですね」

す、凄い。純粋に俺は感心してしまうね。
あの古泉の説明を一回で理解するなんて、正直、拍手もんである。
全ての事情を知っている俺だから、こうして横で聞いていて何とか理解できているというのに。
いやはや、素晴らしいですよ高町さん。

「人の想いというのは、時として肉体や能力に限界以上の力を与える事もありますからね」

そう付け加える高町さん。
実感の篭もったその声の響きに、俺はおろか古泉や朝比奈さん、長門までがその言葉に聴き入ってしまっていた。

「とは言え、これは僕たち組織の見解であって、他の意見もあるようですけどね。
 ただ涼宮さんに何らかの力があるという所までは皆さん一緒ですから」

「組織というのは?」

古泉の言葉に高町さんが反応を見せる。
まあ、普通に組織と言われれば怪しい物を感じずにはいられないだろうからな。
高町さんの世界は俺たちと殆ど同じという事から考えても、こっちの常識と変わらないだろうし。
学年が俺よりも二個上とは言え、学生であるのだから怪しいと思っても仕方ないだろうな。
まあ、どっちにしろここに居る人たちの説明も必要だったし丁度良いか。

「高町さん。この古泉は超能力者と言う奴なんですよ」

「超能力者? リスティさんたちみたいなものですか」

「みたいと仰られますと、身近に超能力者の方がいらっしゃるんですか」

「ええ。念動力で物を動かしたり、テレポートして行き成り背後に現れたり、
 逆に自分が行き成り飛ばされたり…」

思い出しつつ遠い目をする高町さん。
ハルヒに振り回されている俺には、その疲れの混じった郷愁が良く分かる。
それこそ、連帯感が既に生まれているぐらいに。

「おやおや。僕の力はそこまで凄くはない上に、色々と条件があるのですが。
 涼宮さんのストレスが一定以上溜まり、突如造られる閉鎖空間。
 これも一種の異世界ですが、その中に置いてのみ僕は力を発揮できるんですよ。
 そこで涼宮さんに代わって暴れてストレスを発散する神人と我々が呼んでいる者相手に対してですね。
 ですが、どうやら高町さんの知っておられる方は、
 それこそ涼宮さんの望む形での超能力者なのかもしれませんね」

他にも霊能者や人とは少し違う種族、自動人形などが高町さんの口からは出てきた。
古泉の言葉じゃないが、本当にハルヒが喜びそうな世界だな。
これで、地名や国、歴史などが殆ど一緒だというから驚きだ。
こっちには、HGSといった病気やそういったものはないから、
これで本当に異世界だと認識できたのは幸いなのかもしれんな。

「まあ、ともあれ、僕のような人たちが集まっているのが僕の言う組織ですね。
 僕たちの組織では涼宮さんは神という事になっています。この世界を創ったのが、涼宮さんだとね」

そう締め括る古泉に、俺はいつもの仕返しとばかりに嫌味たらたらに話し掛けてやる。

「他の世界ってのが存在しているんなら、ハルヒの神様説にも疑いが出てきたんじゃないか。
 少なくとも、高町さんの世界にはハルヒはいないからな」

「いえいえ。寧ろ、僕は、益々その仮説を強めましたよ」

皮肉ったはずの言葉は、しかし古泉の奴に軽く返されてしまう。
はて、どうしてそうなるんだ。
口にこそださなかったのだが、古泉の奴は俺の考えを読んだのか、例の如く掌を上へと向け、
意味ありそうで全くないポーズを取って勝手に話し始める。
おい、待て。俺は別に聞きたくも何ともないって、もう始めやがった。
勝手にしてくれ。

「そもそも、高町さんが来られた世界。
 これもひょっとしたら涼宮さんが作り出したのかもしれませんよ。
 何度も言いますが、涼宮さんの精神は非常に常識的な造りをしています。
 ですから、その願望はその常識とは相容れないものとなってしまっている。
 だからこそ、無意識下ではその願望を捨て去っているのでしょう。
 が、捨てられた願望がゆっくりと、ですが確実に積み重なり、
 涼宮さんの力によって形作られたとするのならば、どうです?」

講釈をたれる教師のように、いや、自分の発明を説明する博士のような顔をして、
古泉は人差し指を顔の前に立てて俺を見てくる。
どうですって、それがどうしたってんだ。
何故、それがハルヒ神様説になるってんだ。
そう洩らすと、古泉はまさしく水を得た魚のように爽やかな笑みを見せ、訥々と語りを再開しやがる。

「まさしく、涼宮さんが喜びそうな世界ではありませんか。
 殆どの事柄、国や経済、政治、果ては現時点での科学力や辿ってきた歴史は殆ど、
 いえ、聞く限りにおいては我々の世界と全く同じと言えるでしょうね。
 ですが、如何にも涼宮さんが好みそうな部分だけが、ほんの少しだけ違っています。
 とするならば、高町さんの世界は涼宮さんの願望を深層意識にある常識が否定をするも、
 何処かへと追いやられて消えず、形となって出来たものとも考えられませんか」

考えられないね。
寧ろ、高町さんの世界が本来の世界でハルヒの奴は世界から弾かれたってのなら納得できるかもな。
世界でさえも、あいつに手を焼いたとかな。

「それならそれでも構いませんよ。
 そうなると、弾かれた涼宮さんは新たにこの世界を創造したという事になり、
 僕の仮説であるところの涼宮さん=神が益々真実味を帯びてきますからね」

帯びてたまるか。お前もいちいちこんな冗談に真剣に応えるなよな。
そもそも今はお前の話だけじゃないんだからな。

「それもそうですね。ですが、先に話を振ったのはあなただったように記憶しているのですが?」

はいはい、俺が悪かったで良いから、さっさと次行くぞ、次。
えっと、古泉の奴は地域や条件限定の超能力者です。で、そちらの見目麗しき女性、朝比奈さんは。

「や、やだ、キョンくん。そんなにおだてられても何もありませんよ」

いえいえ、お世辞でも何でもありませんから。
それに、何もない事はないでしょう。あなたが部室で入れてくれるあの一杯のお茶。
それはもう玉露の如し。と、そうじゃなくて。
朝比奈さん、お願いします。

「あ、はい。えっと、わたしはこの世界の詳しくは禁則事項で言えませんが未来から来ました。
 えっと、涼宮さんの監視というか調査というか。
 今から3年程前に起きた時間震動という現象の原因を調べていて、涼宮さんに行き着いたんです」

まあ、早い話がハルヒの奴が何らかの原因で未来でもさあ困ったって事になって、
朝比奈さんがこの時代に来たって所なんだが。
問題は、当の朝比奈さんが殆ど何も知らされていないという事だろうな。
まあ、これを口にすると朝比奈さんが落ち込まれてしまうので、そっと胸のうちにしまっておこう。
で、最後に長門な訳だが…。

「情報統合思念体によって造られた、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。
 それが私」

簡単に言えば宇宙人ってことですよ。

「その情報統合思念体というのは?」

「全宇宙に広がる情報系の海から発生した、肉体を持たない超高度な知性を持つ情報生命体。
 この世界の人たちがいう実体というものを持たず、ただ思念体として存在するのみの存在。
 言葉で上手く伝えるのはとても難しい。齟齬が生じる上に、適切な該当する言葉がない。
 幾つか伝えられる事では、有機生命体とのコミュニケーションが不可能。
 それは、我々の演算処理にこの星の有機生命体がついていけないから」

え、えっとですね。
まあ、そんな訳でその情報思念うんたらは長門のような対人間用インターフェースを作ったという事ですよ。

「そ、そうか、うん、分かった」

これ以上の説明を聞いても理解できないと悟ったらしく、俺の言葉に高町さんはすぐさま同意する。
見れば、長門の奴がどこか不満そうな顔をしているようにも見えるんだが気のせいか?
まさか、説明したかったとか。いや、俺の気のせいみたいだな。
こいつは、そんな事を気にするような奴じゃないし。
えっと、それで長門たち宇宙人側の主張は、確かハルヒが情報の爆発が何とかんとかで監視しているんだよな。
俺の言葉にコクンと頷く長門。
その辺りの細かい所まで高町さんも突っ込んでは聞いてこない。
さっきの難しい単語に聞いても分からないと判断したのか、帰る手段に関係ないと判断したのか。
どっちにしろありがたいことだ。
まあ、簡単に言えば、思考する事で進化する思念体もここ最近では袋小路に陥り、
そんな際にハルヒという人物からとても人一人が生み出すには膨大すぎる情報の流出、爆発があったと。
で、自分たちが陥った状況を変える可能性をハルヒに見出し、以降監視しているって所ですよ。
だよな長門。
頷く長門と関心する高町さん。
いえ、そんなに関心されても、これは前に長門から聞いた事ですから。
と、それはそうと高町さんを元の世界に戻す方法だったな。
こういった難問の場合は…。長門、出来るか?
多分、すぐにでも頷くかと思われたのだが、長門は暫し上を見上げ、ゆっくりと首を横に振る。
おいおい。お前が無理なら、他に誰が出来るって言うんだ。

「全く無理という事ではない。
 ただ、我々は平行次元軸内第七千六億八千五十五万千二百二の世界を知っていても認識していない。
 その次元には我々の存在もないため、思念体経由での情報のリンクも無理。
 そもそも、我々が一つの世界に関心を持つという事自体、本来ならないこと。
 故に、他世界へと通じるゲートを開く事は出来ても、
 それが平行次元軸内第七千六億八千五十五万千二百二世界に繋がっているかどうかは保証できない。
 それに、簡単にゲートを開く事も出来ない。開くのなら、涼宮ハルヒの力が必要となる。
 だけど、それは涼宮ハルヒに小さからず負担を掛ける。
 平行次元軸内第七千六億八千五十五万千二百二世界に繋がるまでに何回ゲートを開く事になるのかは不明。
 不確定要素が多すぎて、解は出せない。それでも良いと言うのなら構わないが」

あ、あー、珍しく長い説明をありがとう長門。
で、つまりは長門たち宇宙陣営は、他世界の存在を一応認識はしていると。
ただ、大した関心を払っておらず、彼らもまたこの世界にその身を置いているから、
つまりは余所のことという感覚みたいなもので、詳しい場所までは分からないと。
で、二世界を繋げるのにはハルヒの力が必要で、一回で高町さんのいた世界に繋がる保証はないと。
しかも、それをする度にハルヒに負担が掛かるって事だな。
まあ、あくまでもこれは長門の話を聞いた俺が勝手に自分自身に分かりやすく説明する為にした解釈だが。
多分、そんなに間違ってはいないはずだ。
ほら、長門も頷いているしな。
因みに、ハルヒに掛かる負担はどの程度なんだ。
半日ほど大人しくなるって言うのなら、一、二回ぐらいは試してみても良いんじゃないかと思うんだが。

「それは止めておいた方が良い」

ああ、やっぱりな。そんなに都合の良い話はないとは思ったが。
で、もしやったらどうなる?

「一、二回ぐらいなら問題ないが、何度もやるとストレスを感じるようになる。
 その結果、涼宮ハルヒの力がどんな風に暴走するのかは不明」

つまり、最悪の事態もありえると。
となれば、ハルヒの力を使ってゲートを開くのは、確実に高町さんの世界に繋げられるというのが条件だな。
とはいえ、どうしたら良いんだか。

「今のところ、可能性は二つ。
 一つは彼を呼んだ涼宮ハルヒが彼に興味を無くすこと」

「なるほど。異世界人を望んだハルヒさんが、異世界人を否定、
 もしくはやっぱりそう簡単には見つからなかったと納得すれば、
 涼宮さんの力でこちらへと来た高町さんも戻れるかもしれないと」

「そう。もう一つは、向こうからのアクションを待つ」

アクション? どういう事だそれは。
それに向こうってのは。

「向こうと言うのは高町さんのおられた世界のことでしょうね。
 アクションと言いますと?」

「何でも構わない。向こう側で彼を探そうとして世界に働きかけるほどの力が加われば、そこから辿れる」

それは無理だろう。
聞く限りにおいて、色々と不思議な知り合いがいらっしゃるみたいだが、流石に長門みたいな奴はいないだろう。

「我々のような力の行使でなくとも、異なる時間平面上における異次元同位体の接触、
 もしくは第三者の関与でも構わない」

……はい?
すまんが、もう一度言ってもらえるか。もっと噛み砕いて。

「……」

俺の言葉に無言で考え込み、簡単な言葉を捜す長門。
だが、そこで遠慮がちに朝比奈さんが声を上げる。
どうやら長門に遠慮しているようだが、構わないよな長門。
長門が頷いたのを見て、朝比奈さんは明らかにほっと胸を撫で下ろしてから言う。

「つまり、高町さんの居た世界で時間を渡った高町さんが過去の高町さんと接触するか、
 高町さんのお知り合いの誰かが過去の高町さんに干渉しようとするんです」

いや、それって普通に考えて無理なんじゃ。
そう思いつつも高町さんに視線を移せば、困った顔で微笑を浮かべる。

「未来人や宇宙人は流石に知り合いにはいませんね」

ですよね。となると、どうしたものか。
やっぱりハルヒが諦めるのを待つか。
まあ、あいつの事だから、一週間もすればすぐに他のことに興味をやるだろうしな。
そうなったら、長門の力で戻せるんだよな。

「大丈夫。その場合は、彼を元の世界に戻そうとする力が発生するはず。
 それを利用すれば、問題ない」

という訳で、高町さんには申し訳ないですが、暫くはこの世界に居てください。
多分、一、二週間ぐらいでしょうから。それだけ経っても無理そうなら、またその時に考えるという事で。
俺の言葉に高町さんは快く承諾をしてくれた。
本当に申し訳ないと何度も謝る俺に対し、高町さんは気遣うように優しく言ってくれる。

「本当に気にしないで。昔、父さんと全国を回った時も結構、無茶苦茶な事はありましたから」

どんな親父さんだと思うも、その心遣いをありがたく頂戴しておく。
全く初めてじゃないか。俺の周りでこんなにまともな人物は。
いや、別に朝比奈さんがまともじゃないと言っている訳ではないので誤解しないように。
兎も角、高町さんの爪の垢を煎じて飲ましてやりたいぜ、ハルヒ。
お前にももうちょっとこんな気遣いがあればな。

「ところで、その間俺は何処に居れば良いんでしょうか」

ハルヒの奴に対してそんな事を考えたからバチが当たったのか。
いやいや、そうじゃなくてもこの問題は浮上した訳だからな。
さて、どうしたもんか。
今日は俺の家に来てもらうとして、どうする。
流石にずっとは無理だ。両親が怪しむしな。

「この時期、野宿は流石に辛いですが仕方ないですね」

いや、流石にそれは気が咎めますよ。
えっと、鶴屋さんに頼むか。鶴屋さんの家なら広いだろうし。
だが、そうなるとまた理由が必要になるし。
古泉、お前の所で何とかならないのか。
俺の問い掛けに古泉の野郎は軽く肩を竦める。
さて、どうしたもんか。
再び頭を抱えそうになったそのとき、長門がポツリと呟く。

「ここ」

ここ? つまり、長門のマンションか?
確かに、ここなら俺もすぐに様子を見に来れるし交通の便は良いが。
しかし、長門は良いのか。仮にも男を泊めるんだぞ。

「別に問題ない」

いや、しかし。まあ、長門なら大丈夫だろうが。
そんな風に悩み始めた俺であったが、他ならぬ高町さんが反対する。
やっぱり、古風な人だな。この人なら間違いは起こらないだろう。
とりあえず、長門もこう言ってますし。

「いや、ですが…」

まだ何かと渋る高町さんと何とか説得し、これで住みかに関する問題は解決だな。
本当に良いんだな、長門。
一応、もう一度確認してみると頷いてくる。
なら問題はないな。後は、着替えとかか。
これは俺のを貸すという事で問題は解決だな。下着は買う事になるだろうが。
明日にでも持ってきますよ。

「それでしたら、今夜だけはあなたの家に泊まるというので良いのでは?」

まあ、一日ぐらいなら問題はないが。
高町さんはどうします。
俺の問い掛けに高町さんは迷惑を掛けるがと言いつつも即座に頷く。
やはり、まだ気にしていたらしい。

「まあ、それもありますが俺のための荷物を持ってきてもらうのも悪いですし」

と、そんな事まで言ってくれる。
いやはや、本当に誰かさんに見習わせたいね。
それじゃあ、ちょっと長くなってしまったが今日はこの辺で良いかな。
俺の言葉に頷いて同意する三人。よし、これでとりあえずは落ち着いたな。
と、腰を上げようとした俺に高町さんが尋ねてくる。

「そう言えば、他の方の事情は分かりましたが、キョンさんは?」

そう言えば、俺の事は何も話していなかったな。
その前に、キョンさんは止めて下さい。本当に変な名前になるから。
ああ、別にキョンが名前じゃないんですよ。それはあだ名で。
もうキョンで良いですから。
ついでに、俺に対しての敬語もいりませんから。
俺の方が下ですし、これから家に来るのならその方が良いでしょうから。

「それじゃあ、キョン。キョンはどんな事情が?」

事情も何も俺はごく普通の一般人ですよ。
ハルヒの席の前に座ってしまったがために、この場に居ることになったね。
そう言って説明を終える俺に突き刺さる三つの視線。
一つは無表情にまるで何かを探っているようにも思ってしまうような視線で、
一つは困惑したような、何か言いたそうな視線。
そして、残るはまるでおじいちゃんが孫を見るように何か微笑ましく見てくる視線。
というか、古泉、お前のその視線が一番気に入らん。

「おやおや、嫌われてしまいましたか」

ふん。とりあえず、今日は本当にこれで解散だ。
他には何もないだろう。
俺の言葉に今度こそ何処からも引き止める声もなく、俺たちはようやく解散となる。
はぁー、本当に長い一日だった。
いや、過去形で語るには、俺の一日はまだ終わっていなかったんだが。
この時には終わったと思っていたんだよ。
とは言え、この後に起こる事なんてただ高町さんを泊める事を両親と妹に説明するだけなんだがな。
しっかし、本当にハルヒと出会ってからはこんな日々の繰り返しだ。
そう思いつつも、心の奥ではまた楽しい事が始まる予感に少し、
本当に少しだけだがワクワクしていたのも事実だが。





つづく




<あとがき>

という訳で、今回は説明だらけです。
美姫 「ハルヒを知らない人にも分かるようにと、説明だらけに」
とは言え、本当に軽く触れる程度の説明ですが。
とりあえず、これで恭也を元に戻す方法(?)らしきものも判明。
美姫 「後はその日が来るまでどうなるのかって事よね」
そんな訳で、また次回で!
美姫 「それじゃ〜ね〜」




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