『涼宮ハルヒの挑戦、高町恭也の消失』






第五話 ゾリオン対決





生徒会長たちが帰った後、ハルヒは早速置いていかれた箱を覗き込む。
そこに銃とベルト状のようなものに二十センチほどの細長いものが取り付いたものとが入っていた。
数は全部で十個。
その一つを手にとり、ハルヒは早速銃口を俺へと向ける。

「あれ? これ弾が出ないわよ」

引き金を引くも何も出ない事に不思議そうに首を傾げるが、ちょっと待て。
つまり、お前は弾が出るのを前提として俺にそれを向けたのか?

「何よ、別に実弾が飛び出す訳じゃないんだから良いじゃない」

ほうほう。そんな事を言いやがりますか、団長様は。
あのな、実弾じゃなくても弾を打ち出されたら痛いだろうが。

「そんな事よりもこれって故障かしら」

「いえいえ、故障ではありませんよ。
 これは底にスイッチがありまして、それを入れて…」

古泉の奴が楽しそうに自分も銃を取ると底にあるというスイッチを入れる。
そして俺に向けて引き金を引き、そこから赤いレーザーが飛び出す。
それは見事に俺の眉間へと当たり……、まあ確かに痛くはないがお前には後でゆっくりと話がある。

「あはは、すいません。つい。
 それでこのセンサーを狙うと…」

ベルト状に取り付いた機械、センサーに光線が当たるとビーという音と共に点滅する。

「こうなる訳です」

「へー、中々面白そうじゃない」

つまりセンサーを狙って撃てば良いんだな。
で、逆に撃たれると失格と。因みに、そのセンサーは何処に着けるんだ?

「さあ? そこまでは聞いてませんでしたね。
 左胸に着けたり、腕や頭に着けるといったりですが。
 そう言えば、今回のルールではどうなっているんでしょうね」

左胸に着けた場合、腕とかで隠せるんじゃないのか?

「故意に隠すと失格になるんじゃないですか?
 僕もあまり詳しくは知らないもので。お役に立てずに残念です」

「良いのよ、古泉くん。何にも知らないキョンよりも充分に役に立ってるから。
 全く文句ばっかりなんだから」

へー、へー。どうせ俺は悪者ですよ。
全く、自分も知らなかったくせに。
とりあえず、頭に付ければ良いのか。それとも腕なのか。

「どっちでも良いんじゃない。明日になれば分かるわよ。
 明日が楽しみね!」

楽しみって、練習も何もしないでぶっつけ本番かよ。
まあ、一日練習した所でどうなるというものでもないのかもしれないが。
なんてことを考えている内に、ハルヒの奴は朝比奈さんの頭にそのセンサーを取り付け、そのまま銃を向ける。
当然のようにビビって涙目になる朝比奈さんへと向けて、全く遠慮も躊躇も無く引き金を引きやがる。
ビーという盛大な音を立ててセンサーが撃たれた事を示すように光り出す。
その音に更に驚いたのか、

「ふ、ふぇぇっ、な、なんなんですか。や、やめてくださいぃぃ」

しゃがみ込んで頭を押さえる朝比奈さんを、ハルヒの奴は何度も撃つ、撃つ、撃つ。
って、いい加減にしないか。流石にこれ以上は止めないとな。
面白がって朝比奈さんを撃ちまくっていたハルヒも、俺の言葉に珍しく大人しく銃を下ろす。
はぁ、本当に何て日だ。
ともあれ、これにてようやくの解散となった訳だ。
ところで明日、雨が降った場合はどうなるんだろうね。



 § §



で、時間はさっさと流れて翌日の放課後。
俺の心配は杞憂に終わったらしく、晴れ渡った空の下、我らがSOS団は真っ先にその場所に参上していた。

「全くこのあたしを待たせるなんてね」

不敵に腕を組みながらそう呟くハルヒの隣で俺は肩を竦めてみせる。
約束の時間よりも勝手に早く来たのはお前だ、ハルヒ。
声には出してないが、恐らく俺の顔は如実に物語っているだろうね。

「そうだわ。キョン、アンタの銃も貸しなさい。
 これで二丁使いよ」

「こらこら、俺の攻撃手段がなくなるだろうが」

「うるさいわね。アンタにはあたしのセンサーを上げるから、二つ着けときなさい」

「いきなりルール無視かよ」

そんなバカなやり取りをやりつつも朝比奈さんの方へと視線を向けると、
そこには自分の分の銃をおっかなびっくり手に取って眺めている愛しきエンジェルのお姿が。
そして。

「にゃははは、何をそんなに怖がってるのさ。こんなのはただ玩具だって。
 もうみくるってば、可愛いにょろ〜」

言って朝比奈さんへと抱きつくのは、彼女のこの時代で出来た友達であり、
何か人手が必要な時に呼び出されるという本来なら不幸なポジションであるはずの立ち位置を、
楽しいからという理由だけで歓迎し、尚且つ時には自分から飛び込んでくるお嬢様、鶴屋さんである。
正直、家を見るまでは本当にお嬢様かどうか疑っていた所もある。
何せ、彼女と来たらとても気さくであらせられるからな。
とりあえず、朝比奈さんから話を聞いて参加する事にしたらしい。
朝比奈さんに抱きつくという羨ましい事をしながら、
初めて会うはずの高町さんにもこれまた気さくに話し掛けてらっしゃる。

「どもども〜。君がみくるの言ってた高町くんだね。へー、ほー、ふーん。
 なるほど、なるほど。確かにみくるの言う通り、見た目はめがっさいい男さね」

じろじろと眺める鶴屋さんの視線を前に、高町さんは極普通に名乗りを返す。
まあ、多少やり辛そうではあるが。

「うんうん、宜しくね。そう言えば、長門っちの親戚なんだったね」

あっ! …多分、大丈夫だとは思うが、彼女は何というか、薄々何かを感じ取っているようなんだよな。
はっきりとした明言をされた訳ではないが。
まあ、それをハルヒに言うような人じゃないっていうのは信用できるから、問題はないか。
で、残る二人はと。
長門はいつものように無言で銃を手に立っており、
古泉はアルカイックスマイルを浮かべて手の中で銃を弄んでいた。
そこはかとなく不安になるのは何でだろうな。
と、どうやら向こうさんもやって来たらしい。
それにしても、当然だが生徒会長と喜緑さん以外は全くの初対面だね。
自己紹介なんかいらないだろうというハルヒの言葉に従い、生徒会長がルールの説明だけを始めやがる。
とは言え、ルール自体もそう難しいものではなくてすぐに終わったが。
まあ、それだけでは何なので簡単に整理でもしてみますか。
まずはルール1。センサーは頭の左側に着けること。
ルール2。センサーを故意に手などで隠してはいけない。
ルール3。攻撃手段はあくまでも専用の銃であり、他の武器や素手での攻撃は禁止。
ルール4。今回のゲームを行うにあたってのエリア範囲の遵守。
早い話、俺たちSOS団の部室が入っている部室棟内部、及びの周辺、
そして今俺たちが居る裏の雑木林から外に出た時点で失格という訳だな。
うんうん。
なんて俺が一人改めてルールを見直して納得していると、痺れを切らしたのかハルヒの奴が人の襟首を掴みやがった。

「なに、ぼさっとしてんのよ! ほら、さっさと動く動く!」

あ、何か嫌な思い出がよみがえって……。
なんて思う間もなく、そのまま引き摺られるようにして雑木林の中へと連れて行かれる。
と言うか、自分で歩ける! それ以前に、首! 首が絞まってるっての!
ようやく解放された俺は、当然の如くハルヒの奴を咳き込みながら睨み付ける。
だが、どこ吹く風どころか、それにすら気付かずにハルヒの奴は、
十分後に鳴る手筈になっているゲーム開始の合図までに簡単な作戦会議をしようと言い出す。
ハルヒの奴は偉そうに腕を組んで胸を反らすと、おもむろに何か言おうとして少しだけ眉間に皺を寄せる。
ん? どうかしたのか?
今のところ、何か悩むような問題点なんかあっただろうか。
そんな事を思っていると、ハルヒの奴はいきなり怒ったような声を上げる。

「ああもう! 向こうの名前が分からないと作戦を決めるにあたって不便じゃなないのよ!」

おいおい。いやいや、ハルヒさん?
あいつらの紹介を断ったのはお前だぞ。

「そんな事は分かってるわよ。とりあえず、左にいた奴からA、B、C、D、Eで良いわ。
 生徒会の奴は会長と喜緑さん、後はそうね会長の犬A、B、Cで」

おいおい。あんまりではないかそれは。
流石に敵とは言え同情するぜ、まったく。
だが、確かに分かりやすくて良いな。

「で? 作戦ってどんなのだ? やっぱりサバゲ研の奴らは上手いだろうから、お前と長門がやるとかか?
 えっと、生徒A、B、C、D、Eだな。
 で、残る生徒会A、B、Cの三人を俺と古泉、朝比奈さんで。残る二人を…」

「なに、細かい事を言ってるのよ! こんなのは先手必勝よ。
 試合開始と同時に相手に攻めて行く! で、相手の攻撃は躱してこっちの攻撃を当てる。
 ほら、これでこっちの勝ちじゃない」

…………野球大会の時にも思ったが、お前は作戦を考えるのに適してない。
指摘したいがした所で聞くとも思えないしな。
要はそれぞれ好き勝手にって事か。
……だったら、あいつらの名前が分かろうが分からないままであろうがどっちでも良いんじゃないのか?

「気分の問題よ! 気分の!」

ハルヒの気分の問題だけで、あの人たちはこれからAとかBとかいうアルファベットで認識される訳か。
つくづく可哀想に。

「何をごちゃごちゃ言ってるのよ。さっさとペアになるのよ!」

ペア?

「そうよ。一人一人でバラバラに行動するのは流石にどうかと思うのよ。
 でも、皆で移動したらすぐに気付かれるでしょう。だから、二人一組で行動するって訳よ」

なるほど。だがちょっと待て。俺たちは奇数だぞ。

「それなんだけれど、みくるちゃんは役に立ちそうも無いから、試合開始と同時に逃げなさい。
 上手くすれば、相手も油断して倒されてくれるでしょうし」

まあ、それは妥当な気がするな。
となると、後は…。

「そうね。高町くんと有希で良いんじゃない。久しぶりに会った親戚なんだし、有希もその方が良いでしょう」

なら、俺と古泉。お前と鶴屋さんってとこか。

「ん〜、それでも良いんだけれど、それだとあんたがすぐにリタイアしそうよね。
 ……うん、よし! 仕方ないからあんたの面倒は団長であるこのあたしが見てあげるわ。
 全く足ばっかり引っ張って仕方ない団員だわ。精々、精進することね。そういう訳だから、ごめんね鶴屋さん」

「にははは。こっちは問題ないにょろよ〜。
 ハルにゃんこそ、キョンくんの面倒任せたにょろよ」

いや、誰も見てくれなんて頼んでないんだが。って、鶴屋さんあなたもですか。
と言うか、誰か俺の話を聞いて下さい。
って、古泉! お前のその悟りきったような、何か含んだような笑みは何だ、その笑みは。

「いえいえ、別に何でもありませんよ。いやはや、羨ましい限りです。
 団長自ら面倒を見てもらえるなんて」

だったら代わってやろうか?

「遠慮しておきますよ」

くそ、俺には味方はいないのか。
何て事をやってる場合じゃないな。そろそろ時間になるんじゃないのか。
俺の言葉にそれぞれ銃を手にして始まりの合図を待つ。
と、不意に高町さんが口を開く。

「そう言えば、スタート地点というのはないんでしたね」

ええ。だから、向こうは適当に散らばっているんじゃないですか。

「そうですか。なら、すぐ近くに二人ばかり来てますが。
 恐らく、開始の合図と同時に撃ってくるつもりなんじゃないですか」

「嘘っ! 本当に。
 何て卑怯な連中なのかしら。因みに、A、Bの誰? あ、もしくは犬Aとか」

「えっと…。とりあえず生徒会のB、Cと名付けられた方ですね」

やや困ったようにそう返す高町さんは、続いて前方を指さす。

「この向こうに二人ですね」

ハルヒや俺が目を凝らしてみるも、はっきり言って何も見えません。
これが気配を読むというやつなんですか。
だとしたら、あまりやりすぎるとハルヒの奴に勘付かれるんじゃ。
折角、長門の奴にあまりやり過ぎないようにと注意をしたというのに。
いやいや、しかし高町さんはあくまでも普通人のはず。
つまり、鍛錬次第で誰でも分かるようになるという事で……なるか!
どう考えても無理だろう! 仮にハルヒの奴にそう言って納得させたとしたら、こいつの事だ。
自分も鍛錬しそうだぞ。それだけならまだしも、SOS団揃って合宿とか言い出しかねない。
おお、やだやだ。想像するだけで恐ろしい。
しかも、更に恐ろしい事におあつらえ向きに長期休暇である春休みがすぐ間近でもある。
絶対に言わないようにしよう、うん。

「ちょっとキョン。何、人の顔をじろじろ見てるのよ!
 もしかして、また変な事を考えていたんじゃないでしょうね。このエロキョン!」

おかしな言い方をするのは止めて頂きたい。ただでさえ、キョンなどとあだ名で呼ばれているんだ。
そのあだ名を更に変にされてはたまらん。
だが、まあ怪我の功名か、ハルヒの奴は俺を責めるのに夢中になり、
さっきの高町さんの言葉に疑問を感じる事もなかったようだ。
と、遠くから合図である鐘の音が聞こえてくる。
同時に飛び出してくる二人。
しかし、事前に分かっていれば何の問題もない。
奇襲に対して逆に迎撃態勢を取っていた俺たちに驚いたのは向こうの方であった。
それでも玉砕覚悟で撃ってくる生徒会A、B。
いや、BとCだったか。まあどうでも良いだろう。

「あひゃぁぁっ。や、やめてください、こないでぇぇ」

可愛らしいお声で手に持った銃を上下に振るだけで引き金も引かずに座り込まれたのは、
言わずもがな朝比奈さんである。
向こうもそれを見てあっさりと朝比奈さんへと狙いを変える。
って、こらぁ、お前ら!
幾ら当たっても痛くないとはいえ朝比奈さんに銃を向けるとは。

「いやー、いやー」

「みくるちゃん、さっさと逃げなさい!」

ハルヒの言葉に走り出す朝比奈さん。
途端に続けて鳴り響くブザーの音。

「まずは一人にょろ」

「銃はあまり得意じゃないんだが…」

楽しそうにブイサインを見せてくる鶴屋さんと、色々と突っ込みたい事を仰る高町さん。
そして、がっくりと膝を着く生徒会BとC。

「あら、もう終わっちゃったの。まあ、良いわ。まだ残りは八人だものね」

ハルヒはそう言うと俺の腕を掴んで部室棟の方へと引っ張っていく。

「さあ、キョン! あたしたちも負けてられないわよ!」

分かったからハルヒよ。そう引っ張らないでくれ。
これだといざという時に銃を撃てないんだが。

「逆の手があるでしょう」

はてさて、利き手とは逆の手で扱って果たしてどれぐらいの精度があるのかね。
言っておくが、俺は運動神経もごく普通だと自画自賛するほどなんだぞ。
って、少しは人の話を聞けよハルヒ…。



 § §



ハルヒとキョンが校舎へと向かうのを見送った四人は顔を見合わせる。

「それじゃあ、あたしたちも行こうか一樹くん」

「そうですね。涼宮さんたちは部室棟に向かったみたいですから、僕たちはその周辺を周ってみますか?」

「そうさね、あたしの方はそれで良いさ。
 それじゃあ、ちょっくら行って来るから、この辺りは二人に任せるさ」

鶴屋と一樹の二人もハルヒたちの向かった方へと慎重に進んで行く。
残った恭也と有希は互いに無言のままその場に立ち尽くし、
このままでは意志の疎通も出来ないと感じた恭也から話し掛ける。

「それでは長門さん、行きましょうか」

恭也の言葉に無言のまま頷くと、有希は何も考えていないかのようにスタスタと歩き出す。
だが、その方向は恭也が行こうと思っていた方向であったため恭也もすぐ隣に並ぶ。
並びながら、何故こちらを選んだのか尋ねる。
単なる偶然か、それとも。

「こっちに有機生命体の反応を関知した。
 このゲームの参加者の」

有希の言葉に軽く驚きつつも、自分も感じ取った気配だ。
キョンの言葉通りなら、これぐらいは当然の事なのかもしれない。
そう思い直して恭也はただ頷く。
そんな恭也の様子を横目で見ていた有希は、不意に前を向いて自分から口を開く。

「今回も能力の制限が掛けられているのは前と同じ。
 ただ、その能力の上限をあなたに合わせた。あなたは異世界の住人だけれども普通の人。
 ならば、あなたの能力に合わせても何ら問題はないと判断した」

合わせたのが、この中で最も身体能力の高い恭也だという事をキョンが聞いていれば、
負けず嫌いかもしれないと思った事の確信を更に深めたかもしれない。
だが恭也はただその言葉に素直に感心していた。



校舎内へと入ったハルヒは迷う事のない足取りで屋上へと目指して進んで行く。
少しは慎重に行動しろ、と言いたいのを言っても無駄だという悟りから言うのを諦め、
ハルヒの後を大人しく付いて行きながら、キョンは周囲を見渡す。
特にそれらしい人影は今の所は見当たらない。
と思ったのだが、キョンは足を止める。

「どうしたの、キョン」

「いや、今、そこの通路の向こうで人影を見たような気がしたんだが。
 気のせいか」

「ふーん。まあ、ここは他にも色んな部室があって活動しているものね。
 どうせ、その部活の子と見間違えたとかじゃないの」

「かもな。ああ、気にするな。しかし、何で屋上なんかに向かってるんだ」

「決まってるじゃない。こういったものは、大概ラスボスは高い場所にいるもんなのよ。
 もしくは地下深くっていうのが常識よね」

お前の言う常識はどんな常識だ、とか、お前の口から常識という言葉が出るとは、
といった感じの表情を見せるキョン。
当然ハルヒがそれを見逃すはずもなく、口元を引き攣らせた笑みを浮かべる。

「な〜〜んか言いたそうねキョン〜?」

「いや、別に。ほら、それよりも屋上に行くんだろう」

強引にハルヒの背中を押して屋上へと続く階段を登らせる。
まだ何か言いたそうにしていたハルヒではあったが、すぐに機嫌を直して屋上への扉に手を掛ける。
銃を片手に扉の前でキョンを見る。

「良い、いくわよ」

「ああ、いつでもどうぞ」

「1、2、3!」

扉を開け放ち一気に飛び込んでいくハルヒ。
その後ろからキョンも続く。
二人の間を赤い光線がよぎる。
ハルヒは即座に飛んできた方へと銃を放つ。
だが、ブザー音はならない。
遮蔽物のない屋上で互いに向かい合って銃を打ち合うハルヒと生徒A。
幾つかの光線が飛び交う中、遂にハルヒの一撃が生徒Aのセンサーを打ち抜く。
響き渡るブザー音にキョンも胸を撫で下ろす。



部室棟の入り口まで何事もなくやって来た一樹と鶴屋のペアはそのまま校舎の裏側へと回る。
いきなり角を曲がるような事はせず、目だけをこっそりと出す鶴屋。
誰もいない事を確かめると、そっと角を曲がり一樹に手招きする。
それを受けて一樹も角を曲がった瞬間、横手にあった茂みから男が飛び出して来る。

「もらった!」

叫ぶなり引き金を二度引く。
一樹も応戦するように引き金を引くが、一樹の打った光線は男の腕に当たりセンサーには当たらない。
逆に男、生徒Dの撃った二つのうち一つは一樹のセンサーに当たり、もう一つは鶴屋の立っていた位置を通過する。
Dが声を上げて飛び出すと同時に地面を転がり、Dの攻撃を躱すと同時に膝を着けたまま銃を撃つ。

「これで二人目ゲットさね」

「ゲットはちょっと違うよな気がしますけれどね」

一樹に向けてブイサインをする鶴屋に、珍しく一樹が突っ込む。
微笑を浮かべて肩を竦めると、

「どうやら僕は良い所が全くなかったようですね。そうそうにリタイアですか。
 すみませんが後はお願いします」

「まかされたにょろ」

一樹のそう応えた瞬間、鶴屋のセンサーもブザー音を鳴らす。

「あれれ。あはははは〜。ごめんね一樹くん。
 頼まれて早々、あたりもリタイアだよ。うぅーん、めがっさ恥ずかしいさね」

二人して笑みを浮かべながら光線の向かってきた方を見れば、
裏庭に面して設置されている非常階段に生徒Eの姿があった。

「いやはや、完全にしてやられましたね」

「まあ、仕方ないさ。後はハルにゃんたちに任せるさ」

あっさりとそう言うと鶴屋と一樹はこの場を立ち去る。

「うーん、中々面白かったのさ」

楽しめて満足した鶴屋とは違い、一樹は内心では負けた時にどうなるのかという不安を抱く。
だが、すぐに首を横に振るとそれを追い払う。
それはキョンに対する信頼からなのか、それとも別の何かなのか。
その心の内は本人以外には知る由もなかったが。



雑木林の奥へと歩いていた二人は殆ど同時に足を止める。

「気配は三つありますが、どうします?」

「……各個撃破が理想。でも…」

「ですね。生徒会長と喜緑さんでしたっけ? 彼女は一緒のようですから」

そこまで口にして、二人の方針はすぐに決まった。
二人から離れている一人をまずは狙おうというのだ。
いまいち銃の扱いに慣れない恭也は、長門の方が上手いと分かり自分が囮となり生徒会Aを引き寄せ、
有希がAのセンサーを撃つという作戦を立てる。
長門にも異論はないようで、その手筈で二人は行動を開始する。
恭也の見ている前で軽く飛んで木の枝に飛び乗った有希に驚きつつも、
自分に身体能力を合わせている事を思い出して苦笑する。
しかも、彼女の本来の力は自分よりも上なのだから。
外見で判断してはいけない。これは恭也が美由希にも自分にも言っている事だというのに。
それを分かっていても、美由希よりも細い体でやられるとやはり驚きが出てくる。
と、いつまでも上へと見ていると在らぬ疑いをかけられると思いついた恭也は即座に顔を戻し、
すぐ近くまで来ているAの元へと向かう。
その背中に小さく有希の声が届く。

「頑張って」

その声に頷きで返し、恭也はAの元に走る。
やや乱雑に走り物音を立てる。
その音に気付いたのかAがこちらへとやって来て、恭也を見つけて銃を撃ってくる。
それを木の陰などを利用してやり過ごしながら、恭也は有希が上にいる木を通り過ぎる。
逃げる恭也を見て時折銃を撃ちながら追って来ていたAも、そのまま警戒も何もする事無く通り過ぎる。
瞬間、有希は木の枝から飛び降りる。
いきなりした背後の音に振り返ってみれば、いつの間にかそこには有希が立っており、
Aは慌てて銃を向けるも、それよりも圧倒的に早く有希の銃から光線が出てセンサーに当たる。
鳴り響くブザー音に即座にその場を離れる二人。

「あのブザー音は厄介ですね。こちらの居場所を知らせてしまいます」

恭也と同じ速度で走りながらも息を切らす事なく、有希はただ首肯して返す。
有希が自分以上に無口だと分かっているので、恭也もそれに何ら不満も感じない。

「とりあえず、あの二人はどうします」

「…一人はどこまでやる気なのか分からない上に能力の制限が不明。
 故に他の者に対処可能かどうかも不明」

「……つまり、長門さんが相手をするって事ですか」

「そう」

そう応えた有希の横顔を眺めながら、恭也はふと思った事を口にする。

「もしかして楽しんでます?」

「……よくは分からない。けれど、涼宮ハルヒたちと行動するようになり、このような事は何度かあった。
 それらは決して不快ではない」

有希の答えに恭也もまた楽しいと思っている自分に気付く。
ハルヒに会ったのは昨日だが、それでもあの少女の行動力は垣間見た気がした。
そして、周囲を否応なしに巻き込む強引さも。
だけど、それらは不快ではなく寧ろ。
キョンが聞いたら否定するかもしれないと苦笑するも、そのキョン自身も楽しんでいると恭也には見えるのだ。
恐らくは、そういった事もあの少女の魅力なのだろうと。
これが戦闘ならゲリラ的に隠れながら奇襲、各個撃破とする所であるが。

「それじゃあ、喜緑さんは長門さんが。生徒会長は俺がという事でいきますか?」

「それで良い」

恭也たちは走っていた向きを変え、二つの気配へと迫る。
挟み込むように途中で一旦別れ、左右から襲い掛かる。
有希の一撃を喜緑は軽く後ろに跳んで躱し、恭也の一撃を会長は木陰に飛び込んで躱す。
木の陰から陰へと移動しながら撃ち合う恭也と会長に対し、
有希と喜緑はその場で立ち止まって銃を撃ち合う。
センサーに当たりそうなものだけを躱す喜緑に対し、有希は常に躱す動作をする。
時間にしてそれ程長い時間ではなかったが、恭也と会長の方に先に決着がつく。
タイミングを計って木の陰から飛び出した会長に対し、恭也の放った光線がセンサーを捕らえる。
何度か撃ち合いながら恭也は会長が飛び出すパターンをある程度把握していったのだ。
だから、それを見計らって銃を構えて待っていた。
そして、その読み通りに会長が飛び出してリタイアとなる。
響くブザー音に有希と喜緑の二人は注意を逸らす事なくただひたすら撃ち合う。
そんな喜緑の背後に恭也が回りこむ、その後ろから銃を向けて引き金を引くも、
それよりも早く前を向いたまま銃だけを後ろに向けて喜緑が引き金を引く。
その一撃はまるで後ろに目があるのではと思う程正確に恭也のセンサーを射抜く。

「ふぅ、俺の負けか」

「偶々ですよ。それにしても驚きですね。
 有機生命体に背後から近付かれて、ぎりぎりまで気付かなかったなんて」

やんわりとした笑みを浮かべ有希と銃撃戦を広げながら言う喜緑に恭也はただ苦笑する。
と、その横に有希がいつの間にかやって来る。
撃ち合いながら円を描くように移動していたのか、今や最初の立ち位置と180度逆になって打ち合う二人。

「このままでは180秒後に私の負け」

ぼつりと呟かれた言葉に恭也は長門を見る。

「だから、あなたに許可を」

「許可?」

「そう。向こうと同じ力が出せるまで制限を上げる許可を」

「俺の許可で良いのか?」

「あなたでないと駄目。さっきゲームが始まる前に言われた」

ハルヒに引き摺られる前にキョンが何か言ってたのを思い出し、恭也はそれが何なのか尋ねる。

「あなたの言う事を聞くように言われた。だから、今の制限を変えるには、あなたか…」

「キョンじゃないと駄目という事ですか」

こくりと頷く有希に恭也は許可を出す。

「えっと、それじゃあ制限の変更を許可します。
 これで良いんですか」

「承認確認。能力における制限の変更開始…」

完了と呟くなり有希は地面を蹴って空を舞う。
同じように空を待った喜緑と空中で銃を打ち合い、互いに背中を向けて着地する。
振り返るのも同時、銃を放つのも同時。
そして、光線がセンサーに当たり音を上げるのも同時であった。

「相討ち…」

呟いた恭也の元にやって来た有希は無表情のまま恭也を見上げ、そっと視線を逸らす。
全く表情に変化は見られないが、それを見分けるスキルを高めたキョンには有希が少し照れていると分かっただろう。
有希は小さな声で恭也に告げる。

「失敗した。同じ力にしたら、結果は永遠に勝負が着かないか引き分けになる」

「あ、あー」

有希の言葉に納得する恭也の隣で喜緑がどこか可笑しそうな笑みを見せる。
恭也もまた知らず笑みを見せるのだった。



それが見えたのは本当に偶然であった。
二人の打ち合いを知らず離れて眺める事となったキョンは、勝負が着いたことに安堵して何となく視線を動かした。
その動かした先、屋上の出入り口に何やら動く者を見たのだ。
そして、そこから銃口が覗き、その方向が背中を見せているハルヒへと向かっていた。

「ハルヒ!」

ハルヒを押し倒すように覆い被さり、銃を撃つ。
キョンの頭を叩きながら文句を言うハルヒだったが、聞こえてきた二つのブザー音に状況を理解する。

「お前、これが助けた奴に対する態度か?」

「だったら、もうちょっとましな方法で助けなさいよね。
 こ、こんな押し倒すような真似」

僅かに頬を赤めるハルヒに気付かず、相討ちとなったキョンはやれやれと肩を竦める。
そんなキョンの顔を間近で見つめ、ハルヒはキョンの下で暴れる。

「って、こらこらやめろ」

「良いから、さっさと離れなさい!」

見た者によってはじゃれているとしか見えないやり取りをする二人だったが、
ハルヒはキョンに撃たれたBの後ろにもう一人新たに来たのを見る。

「キョン、邪魔よ頭を下げて!」

胸に顔を埋められる形となったキョンは慌てて顔を上げる。

「あ、こら、邪魔すんな!」

「ばっ、お、おまっ」

「って、こらキョン! このバカ、変態!
 どこ触ってるのよ!」

「触ってるんじゃなくて、触らされてるんだ!」

「このバカ!」

「って、いててっ。や、やめっ…」

「ちょっ、キョ、キョン!」

暴れる二人に中々狙いを定められないCだったが、僅かに動きの鈍った二人、
正確にはハルにをようやく狙いを定める。
それを見たのか、ハルヒは片手でキョンの頭を抱え込み、もう一方の手で銃を放つ。
これまた同時にブザー音が鳴り響き、ハルヒは不機嫌そうにキョンを突き離す。

「もう、どうしてくれるのよ、このバカキョン!
 アンタの所為で負けちゃったじゃないのよ!」

「いや、引き分けだろう」

「同じ事よ! ああ、もう。このバカキョンが!
 邪魔したばかりかごちゃごちゃと〜。しかも、ひ、人の胸を触るは、か、顔を埋めるは!
 もう最低よ、最低! アンタみたいな変態…」

「どっちもお前が急に押さえ込むからだろうが!」

キャンキャンと言い合う二人を見て、サバゲ研の三人は困ったように顔を見合わせるのだった。



あの後、全員が部活棟の前へと集まってきていた。

「どう、誰か生き残ってる?」

ハルヒの言葉に全員が首を振る。
ここでのんびりしている以上、既にリタイアしたという事はハルヒにも分かってはいたが。
そこへEがやって来る。

「ひょっとして、生き残っているのは俺だけか?」

未だにセンサーが赤いランプを灯しているEは、既にランプが消滅している面々を見て嬉しそうな声を上げる。
それを受けて生徒会長が偉そうに腕を組む。

「ふむ、どうやらそのようだな。つまり、勝負は我々の勝ちという事になるのかな」

「ぐぬぬっ」

視線だけで人を射殺すような鋭い眼差しで睨み付けるハルヒを挑発するように、
生徒会長は眼鏡をクイクイと直し、にやりと笑う。
だが、否定の声が同じ生徒会のメンバーから上がる。
彼はゲームには参加せず、審判のようなものをしていた生徒である。
とは言っても、ずっと張り付いていたのではなく、負けた者を確認する程度だが。

「まだそちらは朝比奈さんが残っているようですが」

その言葉にハルヒたちもみくるがこの場にいない事を思い出す。

「あー、そう言えば最初の襲撃の時にやられたとばっかり思ってたけれど、やられてなかったわね」

「あはははは。流石はみくるさ。隠れろと言われて、ずっと隠れていたんだね」

鶴屋も笑いながらそんな事を言うが、本当にずっと隠れていたら勝負にならないのでは。
そんな心配を恭也とキョンがする中、茂みからそのみくるが顔を出す。

「あ、あのあの。まだゲームは終わってないんでしょうか」

おどおどと、しかしハルヒたちが揃っている事に安堵して出てきたみくるへとEが銃を向ける。

「もらった!」

「みくるちゃん、反撃するのよ!」

二人の声に怯えてしゃがみ込むみくるの頭上を光線が通り過ぎて行く。

「ふ、ふぇぇぇ〜。お、終わったんじゃなかったんですか〜」

「こら、みくるちゃん何やってるのよ!
 後はもうあなただけなんだからね! 反撃よ、反撃」

「ふぇぇぇぇんっ! そ、そんな事を言われても〜」

しゃがみながら頭をいやいやとばかりに振るみくるに中々当たらず、光線がみくるの身体に当たる。
痛みは感じないのだが、それでみくるは益々恐慌状態に陥っていく。
期せずして、最後の戦いが部室棟の前で開かれる。

「ごめんなさい、ごめんなさい。もう許してください〜〜」

目を閉じてしゃがみ込んだまま滅茶苦茶に銃を乱射するのはみくる。
当然、狙いも何もつけず撃っているのだから、そうそう運良く当たるはずもない。
そんな状態で互いに撃ち合いが続く。
が、それもようやく終わりを見せる。
一分ほどの撃ち合いの末、遂にブザー音が鳴り響いたのだ。
みくるも生徒Eも銃を撃つのを止めて手を下ろす。
余裕の笑みで銃を下ろす生徒Eと、申し訳なさそうな顔で涙ぐみながら立ち上がるみくる。

「ご、ごめんなさい〜〜」

誰もがみくるが撃たれたと思った。
だが、実際に撃たれたと点滅しているのは生徒Eのセンサーであった。

「え、な、何で」

生徒Eが訳がわからないと困惑顔をする中、リーダーらしき生徒AがEの後ろを指差す。
校舎の一階。換気のためかカーテンと窓を開け放たれた何処かの部室。
その部室の中にある鏡を。
つまりは、偶然かみくるの放った光線が生徒Eの背後にあった鏡に当たり、
そのまま反射してセンサーに直撃したという事である。

「よくやったわみくるちゃん。大金星よ、MVPよ!」

大喜びをするハルヒを訳もわからずに困惑気味に見つめるみくる。
鶴屋も加わって大喜びする中、ハルヒは有希の手も引っ張ってみくるに抱き付く。
大喜びする女性たちを眺めながら、恭也たち男性陣はそろって肩を竦める。
みくるを弄りまわしていたハルヒは不意にそれを止めると、挑発的な笑みを見せて生徒会長の前に立つ。

「この勝負、私たちSOS団の勝ちよね」

「…ああ、そのようだな。今回は君たちの勝ちだ。
 我々はこれで失礼するよ。ああ、そのゾリオンの道具一式はもういらないから、そっちで好きにしてくれ」

そう言い残して立ち去っていく生徒会長の後ろ姿を勝ち誇った顔で見送るハルヒ。
だが、すぐに満面の笑みになるとまたみくるへと抱き付く。

「うんうん、本当に偉いわみくるちゃん。その功績を評価して出世よ、出世!
 これからは戦うメイドとして我がSOS団の更なるマスコットとして活躍するのよ!」

「今までと変わってないぞ、ハルヒ」

ハルヒの訳の分からない言葉に律儀にキョンが律儀にも突っ込む声に、恭也も小さく笑みを零す。





つづく




<あとがき>

決着〜。
美姫 「今回のMVPはみくるちゃんね」
おう! 恭也や長門辺りが普通かもしれないが、意外性をついてみた。
美姫 「うーん、確かに意外かもね」
あっはははは〜。ともあれ、またまた次回で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」




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