『涼宮ハルヒの挑戦、高町恭也の消失』






第六話 猫猫子猫





「みんなー、揃ってる? 揃ってないなんて言ったら死刑よ、死刑。
 分かってるわね、キョン!」

古泉の所属する組織によるやけに大掛かりな茶番、もとい、疲れたゾリオン対決からはや数日……。
何て事はなく、その翌日の放課後である。
精神的に疲れているにも関わらず、えんやこらと途中でめげそうになるような登校途中にある坂を登り、
全く意味の分からない教師の奏でる問答をひたすらに耐えて聞き流し、ようやく解放されたらされたで、
常識人である俺が一番苦労しているじゃないか、という愚痴を口にするのをぐっと堪え、
こうして教室から離れた部室棟の文芸部部室、
ハルヒ曰くSOS団部室へと日課としてこう足繁く通っているこの健気な俺に対する第一声がそれかよ。
というか、最初の皆は何処に行ったんだ。
まあ、行った所でこいつがそれを気にするかと言われれば、それこそ言わずもがなだよな。
はぁぁぁ。窓の外に見える見事に晴れ渡った空を思わず見上げ、俺は思わずにはいられないね。
高町さんを呼んでしまう事になったあの日から色々あったんだから、と言ってもまだ二日程度だが、
今日ぐらいはそろそろ大人しく過ごさせてくれよハルヒ、とね。
窓の外から、例によって勝手な事をほざきながら一番最後に部室へとやって来やがったハルヒへと視線を移し、
それを横目で追いつつ、同時にこうも思っていたが。
どうせこれまた言うだけ無駄だろうと。
何せ、こいつの目を見てみろ。
いかにも何か思いつきましたという顔をしてやがる。
断言してやろう。今から数秒と経たない内にこいつはとんでもない事を言いやがると。

「あ、こんちはー高町くん。ちゃんと我がSOS団に来るなんて流石は万能選手有希の親戚だけあるわね。
 本来なら部外者にはそれようの顔と言葉で挨拶をするんだけれど、高町くんは有希の親戚だし、
 既に戦友だもんね。それに、既にこんな感じで挨拶してるんだから、もうこれで良いわよね」

「ええ、構いませんよ」

「うんうん。本当に素直で良い人ね。ちゃんと出てきている事も考慮して、特別に団員ナンバー五にしてあげるわ。
 これは本当に特別な事なんだから、感謝しなさい!
 ああ、感動のあまりに声が出ないでしょうから、無理に言葉にしなくても良いわよ」

そう一気に捲くし立てるハルヒ。団員にされて誰が喜ぶというのだろうか。
しかし、参ったな。とんでもない事はとんでもない事かもしれんが俺の思ったのと方向が違うじゃないか。
いやいや、俺が考えたような事も言い出すのだろうが、
何故、俺が断言したときに限ってこいつはこういう事をしてくれるかね。
今回の件で俺が賠償を求められたらこいつに請求してやろう、うん。
そんなバカな事を考えている内にハルヒの奴はいつもの指定席に座り、朝比奈さんにお茶を頼んでいやがる。

「そう言えば長門さん、今日は帰りに醤油を買って帰ると仰っていましたが……」

「醤油?」

高町さんの言葉に思わず問い掛けるような形になってしまった俺に、高町さんは一つ頷いて答えてくれる。

「ええ。丁度、切らしてしまいまして」

ああ、切らしたと言うよりも元々なかったのかもしれないな。
長門がコンビニ弁当で食事をしているのは知っているが、高町さんが来た事で何かしらの変化があったのかもな。
まあ、その辺りは実際に暮らしている二人に任せるとして、俺としてはハルヒの不思議そうな顔が気になるんだが。
何だ、何が起こる。いや、今の会話の何処に疑問を抱いたんだ。
可笑しな所は別段なかったはず。流石に高町さんが異世界人だとは気付いていないだろうが万が一という事もある。
知らず身構える俺の正面で飽きもせず、もとい、初心に戻ってオセロをしていた古泉と目が合う。
奴のいつものシニカル笑みにもやや緊張の色が見て取れたような気もするが、それが俺の気のせいだとも言えない。
男二人が少なからず緊張している中、ハルヒは不思議そうな顔をしたまま高町さんへと話し掛ける。

「親戚なのに有希の事を長門さんって呼んでるの?」

思わず強張っていた体から力が抜け、そのまま倒れ込みそうになるのを堪える。
それか、それに疑問を抱いたのかハルヒ。
安堵しつつも確かに可笑しいかもと考え、咄嗟にフォローするために口を開くも何も言葉が出てこない。
いやー、人間焦ると駄目だな、うん。

「やはり可笑しいですかね。
 ですが、親戚と言っても結構遠い親戚ですし、あまり女性を名前で呼ぶのは慣れていないんですよ」

おお、俺がフォローする必要もなく高町さん自らフォローを。
うんうん、そういう事だハルヒ。って、何で納得してないんだお前は。

「だってねぇ。みくるちゃんの事は名前で呼んでたわよね、確か」

何でお前はそんなどうでも良い事を覚えている、いや、しっかりと聞いている。
そんな文句をハルヒ本人に言えるはずもなく、俺はただ高町さんを見る。

「長門さんはこの呼び方で良いと言われたので。
 みくるさんからはこちらの呼び方をお願いされまして」

「ふーん、そうなんだ。まあ苗字が違うしそういうのもあるのかもね。
 有希が良いって言ってるんなら別にあたしもどっちでも構わないしね」

だったら初めから言うなよ。
僅か数分の間に変な汗を掻いてしまったじゃないか。
再び安堵して椅子へと深く腰を掛け直し、中断していたオセロへと戻る。
が、どうも神様って奴は俺の事が嫌いらしい。
いや、古泉に言わせればその神様はハルヒなんだっけ?
ああ、納得だ。ここ一年程を振り返れば、如何に神様の気まぐれで振り回された事か。
まあ俺は古泉の与太話なんて信じちゃいないんだがな。って話が逸れたな。
早い話、この一連のやり取りで俺はすっかり忘れていたんだよ。
何をって? そりゃあ初めに感じた嫌な予感ってやつに決まってるだろう。
完全に忘却の彼方へと消え去り、すっかり緊張の糸が切れたその瞬間を見計らうようにハルヒの奴が宣言しやがった。

「と言うわけで、今度の日曜日は再びミステリー探索に出掛けるわよ!
 時間は朝の九時に駅前ね! 遅刻したら罰金だからね!」

……ええ、ええ。遅刻したら罰金ね。
もうそれは嫌というほど身に染みて分かってるっての。
と言うよりも、この間、本当に数日前にやったばかりなのにまたやるのかよ。

「当然じゃない。不思議は待っていても来ないのよ!
 こっちから探し出して引きずり出すぐらいの勢いで行かないと!」

俺の場合、向こうから勝手にやって来たけれどな。しかも連続で。
って、そうじゃなくて、いや言うだけ無駄だな、うん。
諦めてオセロ勝負に戻るとするか。悟りってのはこんな感じなのかもな。
なんて本気で修行している人が聞いたら怒りそうな事を思いつつ、
とりあえずは手近な所で、古泉を負かすという偉業を成し遂げてストレスを発散させよう。
まあそんな感じでダラダラと過ごし、長門の本を閉じるのを合図に帰宅する。
校舎から校門へと続く道の途中で不意に長門が足を止める。
どうかしたのか?

「猫……」

それはつまり猫の声が聞こえたという事か。

「そう」

いや、まあ珍しいかもしれないが校内に入り込んできても可笑しくないだろう。
何て言っている間にも長門は迷いのない足取りですたすたと歩いて行く。
突然校門とは違う方向へと歩き出した長門の後を驚いてハルヒが追いかける。
仕方ないので俺たちもその後を追う。しかし、長門がそこまで猫好きだったとはな。
前を歩く長門の背中を眺めながらそんな事を思っていると、ハルヒの声が俺の思考を邪魔する。
全く何を大声を出しているんだ。

「そんな事よりもキョン、何とかしなさい!」

行き成り何を言い出すんだお前は。
何とかって俺は何をすれば良いんだ。

「ああ、もうあそこ見なさい!」

言って指差す先、前方の大きな木のやや上方。
そこに登ったは良いが降りれなくなったのだろう子猫が居た。
つまり、長門が聞いた猫の声と言うのは助けを求める声だったという訳か。
にしてもよく聞こえたな。まあ、長門が普通の人よりも優れているのは知っているが、
ってそんな事を言っている場合じゃないな。

「用務室で梯子を借りてきます」

言って古泉が走り去っていくが、果たしてそれまで子猫がもつかどうか。

「あわわわ、ど、どうしましょうキョンくん。ああ、とっても高いですよ、とっても」

朝比奈さんはまるで自分がそこに居るみたいにおろおろし始める。
猫なんだからそれぐらい飛び降りろよとか思わなくもないが、果たしてあの高さか落ちて無事に済むか。
いやいや相手は猫だし大丈夫だと思うが。って、俺まで混乱してどうする。
そうだ、長門ならあれぐらいは問題なくってハルヒが居たらあまり可笑しな真似も出来ないか。
となれば、俺がハルヒの奴をこの場から引き離せば。

「あぁぁ! はぁぁ、良かった」

降りようと悪戦苦闘する内に本当に落ちそうになり、枝にしがみ付く子猫。
しかし、後ろ足が完全に宙ぶらりんの状態になっており、今身体を支えているのは前足のみ。
おいおい古泉まだか。

「キョン、ちょっと登って助けてあげなさい」

おいおい無茶言うな。この木、かなり高いんぞ。

「良いからさっさと行け!」

「いてっ!」

尻を蹴飛ばされ、俺の代わりに行こうと申し出ようとしてくれた高町さんの言葉を見事に掻き消す。
しぶしぶと文句を言いながら何とか木を登っていく。
木登りなんて何年ぶりだ。何て感慨に耽っている暇があるはずもなく、俺は必死に登っていく。

「あぁぁっ」

果たしてハルヒと朝比奈さんどちらが上げた声だったのか、猫が俺の視界の中を上から下へと落ちて行く。
間に合わなかったか。後は猫特有の身体能力にかけるしかない。
と思ったんだが、完全に忘れていた。
ここには人外とも言える身体能力を持つ人が二人も居たんだった。
猫が枝から滑り落ちるなり、あっという間にその下に辿り着いて落ちてきた猫を受け止める高町さん。
長門の奴も手を伸ばしていたから何かしようとしたのかもしれないが、今回は高町さんに任せたらしい。
ともあれ、猫の無事を確認して俺も途中の枝に腰を下ろす。

「凄い、凄い! 凄いじゃない高町くん。いやー、足速いわね。
 流石は有希の親戚ね。
 それに比べて、本当にアンタって使えないわね。そんな事だと一生SOS団雑用のままよ」

おいおい、一生突き合わすつもりなのか。
などとそんな細かい突っ込みを入れる余裕は残念かな、今の俺にはなかったりすんだよな。
何故って? そりゃあ、ちょっと考えれば分かるだろう。
……どうでも良いが、梯子何かを早く持ってきてくれ。くださいお願いします。
枝に腰を下ろしたまで良かったんだが、その所為で降りれなくなっちまった。
何をやってるんだ俺は。今ほど古泉の帰還が待ち遠しかった事はないね。
そんな事をぼんやり考えていたのが悪かったのか、突然の強風に考える暇もなく俺の身体は落ち行く。

「どわぁぁぁっ!」

「キョンっ!」

さ、流石にしゃれにならないぞ!
ハルヒの俺を呼ぶ悲鳴じみた声を聞きつつ、俺は来る痛みに耐えるべく目を閉じ……あれ?
痛くないな。確かに衝撃が一瞬走ったが、思った以上の痛みはない。
恐る恐る目を開ければ、そこには。

「大丈夫か」

どうやら高町さんが受け止めてくれたみたいだな。いや、本当に助かりました。
とお礼を言うのは良いんだが、流石にお姫様抱っこみたいな形は何とかならなかったんでしょうか。

「すまない。流石にそこまで気を使っている暇はなかった」

いえいえ、助かっただけも御の字ですよ。謝りながら下ろしてくれた高町さんに改めて御礼を言いつつ、
ようやく事態を飲み込んで激しく鼓動を始める胸を押さえる。
そんな俺に朝比奈さんが優しいお言葉を掛けてくれ、対するハルヒの奴は冷ややかな眼差しで見下ろしてくる。

「はぁぁ、これがキョンじゃなくて古泉くんとかだったら一部のコアな人には受けたんでしょうけれど」

お前、落ちて危うく怪我をする所だった団員に向かって真っ先に言う事がそれなのか。

「ふんっ、落ちそうになったのはアンタがバカだからでしょうが。
 本当にもう。いい、団長のあたしに断りもなく勝手に怪我とかするんじゃないわよ」

何故、そんなものにまで許可がいる。
と言うか、逆を言えばお前の許可次第で俺は怪我をするような目にあうのか。
思わずやるせなさを感じている俺の耳元に、いつの間に戻ってきたの古泉の野郎が囁く。

「涼宮さんは物凄く心配したみたいですね。それを誤魔化すためにああ言ったんでしょう。
 本当に可愛らしい人じゃないですか。そして、そんなにも心配してもらえる。
 いやはや本当に羨ましい限りです」

だったら幾らでも代わってやる。というか、人の耳元で囁くな気持ち悪い。

「おや、それはすみません。それにしてもこれは無駄になったみたいですね」

言って古泉の奴は持ってきた梯子を軽く持ち上げて示す。
持ってくるならくるでもっと早く来い。そうすれば俺だって落ちずに済んだというのに。
にこやかに笑っている古泉に文句を言いつつ、俺は高町さんに話し掛けているハルヒを見る。
ああ、あの顔は絶対によからぬ事を考えているに違いない。
出来れば、いやいや、この際祈りまくるぐらいの勢いでお願いするぞ。
明日こそ、明日こそは平穏な一日にしてください、ってな。
居るかどうかも分からない何かに祈りつつ、俺はただただ肩を竦めるしかできないでいた。





つづく




<あとがき>

久しぶりの更新〜。
美姫 「あまりドタバタしてないわね」
だな。もっともっとハルヒらしく大暴れさせたいところだが。
美姫 「頑張って書くのよ」
分かってますって。
美姫 「それじゃあ、また次回で」
ではでは。




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