『涼宮ハルヒの挑戦、高町恭也の消失』






第七話 ここはどこ?




はぁぁぁ。
まあ、俺が祈ったぐらいで思うようになるとは思ってなかったよ。
なかったけれども、はぁぁ。これはないよな。
猫を助けたのが昨日。あの時、俺はこれ以上はないというぐらいに節に祈ったというのに……。
何でまた俺はこんな所にいるんだろうね。
巻き込むのなら俺じゃなくて、こういうのを心底望んでいるハルヒの奴にしてくれよ。
って、これだけだと何が何だかだな。
簡単に説明すると、今は放課後で、気が付いたら屋上にいた。以上!
実際に説明なんて本当にそれだけで終わっちまうんだが。
だったらここまで慌てる必要はないんだろうが、それはあくまでも普通の屋上だったらの話で。
いや、それはそれで何故、気が付いたらという事になるのかという問題があるんだが。
確かお世辞にもよろしくない成績を反映するかのように、
普段の授業態度もよくない俺はつい最後の授業でうつらうつらとしていたはずなんだが。
まあ、その辺りも含めて問題はここが本当に俺たちの世界のちゃんとした屋上なのかという事なんだよな。
ここから見渡す限りは、俺の通う学校の屋上に間違いはないんだが、何て言えば良いんだろうか。
そう空気が違うというのか、何か違和感を感じるんだよな。
前に古泉に連れられた閉鎖空間とも違う気もするし。そもそも神人が出てきていないから違うな、うん。
しかし、だとしたらこの違和感は何なんだろう。
閉鎖空間なのに神人がいないという違和感か。
いやいや、閉鎖空間という説はさっき、自分で否定したんだった。
うーん、美味く言葉に言い表せないな。長門風に言うと、うまく言語化できない。
情報の伝達に齟齬が発生って所だな。
はぁぁ、本当に今度は一体何が起こっているんだ。
そして、俺は何に巻き込まれたんだ。それとも、俺にも何か役割があるんじゃないだろな。
勘弁してくれよ。いい加減、俺がただの一般的な高校生だって事を全員思い出して欲しいもんだぜ。
と、ここで延々と愚痴っていても仕方ないな。
とりあえずは移動するか。そうなると、……やはり部室だな。
何だかんだであそこは落ち着くしな。ゆっくり物事を考えるのにも丁度良いだろうしな。
ただし、ハルヒがいない時に限るという注釈が必要だが。
願わくば、部室の扉を開ければ麗しのスイートエンジェル朝比奈さんが出迎えてくれて、
単に俺が寝ぼけていたとかいう結果を期待するよ。
大したもので、一年近くも通い続けてきた非常に勤勉な成果であろうか、
色々と考え事をしていても自然と足は部室に向かって迷う事なく進んでいってくれる。
全く、誰も褒めてくれないから自分で自分を褒めてやりたくなるぐらい俺って真面目だねぇ。
こんな異常事態かもしれないって時にも、こうして部室へと顔を出そうとするんだからな。
いい加減、そんな俺の小さな努力を認めて、多少の待遇改善を要求しても罰は当たらないんじゃないだろうか。
何て阿呆な事を考えている間に、ようやっと部室へと辿り付いたか。
とりあえずは恒例となったノックを一つ。

「はい」

短い答えが返り、扉が開かれる。
中から扉を開けてくれたのは、高町さんだった。
どうやら朝比奈さんはまだ来ていないみたいだな。
って、思わず普段のように振舞ってしまったが違うだろう。
さっきから何か可笑しい場所だと考えていたというのに。
というか、普通に高町さんが居た所為でついつい忘れちまうところだった。
……この高町さんは俺の知っている高町さんだよな。
それを確認するためにも俺は幾つかの質問をぶつけてみた。
結果、やっぱり俺の知る高町さんであるらしい。
という事は、やはりここは普通の世界で俺が単に寝ぼけていただけなのか?
自分自身の事なのに自信を持って断言できないのが何とも悲しい事だ。

「しかし、今日は何かあるんですか。やけに静かというか、人の気配がないですが」

あっ、それだ! さっきから感じていた違和感。
放課後にしてはやけに静かすぎるんだ。
幾らここが部室棟とは言え、廊下を歩いている時に遠くから微かにざわめきなどが聞こえても可笑しくはないはず。
仮に考え事に没頭していたとしても、そもそも屋上にいたんだから可笑しいじゃないか。
何で気付かなかったんだ。
という事はやっぱりここは閉鎖空間に似たどこかって事かな。
で、ここに居るのは俺と高町さんの二人と。
俺は高町さんに簡単に説明すると、ここから脱出する手立てを見つけるべく行動に移ることにする。
とは言え、やはりここは長門に頼る事になるんだが。
長門ならこの異変に気付いて、きっと何かヒントを置いておいてくれているはずだ。
という訳で、高町さんと二人で部室にある本棚に向かいあったのだが、
不意に高町さんが俺を背中に庇って扉へと視線を飛ばす。
一体何事かと思わず構えた俺の目の前で部室の扉が開けられ、

「おや、やはりここに居ましたか」

そう言って無意味に爽やかな笑みを浮かべて古泉の奴が入ってきやがる。
お前な、驚かすんじゃない。

「いえいえ、別に僕にそんなつもりはなかったんですけれどね」

それは良い。それで、ここはやはり閉鎖空間なのか?

「いえ、少し違いますね。何でこんなことになったのかは僕にもさっぱりでして。
 気が付けばこんな場所にいたとしか言えませんね。
 それであなたと同じようにとりあえずは部室にと思って移動したのですよ。
 ああ、そうそう。その途中でお二人にも出会いましたよ」

言って古泉がドアの前から退くと、その向こうから朝比奈さんと長門が姿を見せる。
朝比奈さんはおどおどとした様子で周囲を何度も見渡し、部室に俺たちが居る事を知ってほっと胸を撫で下ろしている。
長門の方はいつもと変わらず、よく感情の読めない表情のまま無言で入室するといつもの定位置に座り本を開く。
そこまでマイペースだと呆れを通り越して、逆に感心すらしちまうね。
思わず肩を竦める俺に構わず、長門の本を捲る音だけがやけに静かな部室に木霊する。
その静けさを打ち破るように、朝比奈さんが遠慮がちに話し掛けてくる。

「あ、あの……着替えるんで席を外してもらってもよろしいでしょうか」

こんな時でもメイド服に着替えようとする朝比奈さん。
本当に健気と言おうか可愛いお人だ。
勿論、麗しい朝比奈さんのメイド姿を是非とも眺めたい俺としては、とりあえずの危機がないと分かったからには、
ここでそんなくだらない突っ込みを入れるなんて無粋な真似はせず、ただ短く了承の意を伝えると外へと足を向ける。
そんな俺につられるように高町さんと古泉も揃って部室を出て行く。

「さて、いきなりですが……」

本当にいきなりだな。
部室のドアを閉めた途端、壁に背中を預けつつ腕を組んで話し掛けてきやがる。
その隣では高町さんが同じように腕を組んで古泉へと視線を向ける。
どうでも良いが、美形二人を前にした平凡な俺の心境を少しは思い遣って口を閉ざしていてくれないだろうか。
とまあ、冗談はさておき、一体何だというんだ古泉。

「勿論、現状の把握ですよ。閉鎖空間のようでそうではない世界。
 長門さんに言わせると同一時空間軸上に僅かな差異でもって作り出された異相空間に我々は閉じ込められた訳ですが」

待て、何だって? 位相空間?

「少し違いますね。あなたの仰っているであろう言葉は一連のつながりを連続的に変形させて、その――」

小難しい話は良い。俺にも分かるように説明してくれ。

「早い話が元の世界とは似て異なる世界です。
 何処まで広がっているのかは分かりませんが、少なくとも我々の住む街ぐらいはあるでしょうね。
 そう言った意味ではかなり規模の大きな閉鎖空間とも言えますが」

だが、閉鎖空間ではないんだろう。

「ええ。現に僕の能力が発動しませんし、機関とも連絡がつきません」

どちらにせよ、ここから出るしかない訳だが。
そう考えて古泉の方を見ると、こいつは俺が何を聞きたいのか悟ったのか、軽く肩を竦めると頭を振る。

「僕にもさっぱりです。どうやったら出れるのか。
 寧ろ、僕はあなたに期待しているんですけれどね。眠り姫を起こして、我々を元の世界へと戻して欲しいものです」

勝手な事を。大体、その眠り姫の姿もないみたいだが。
予め言っておくが、居たとしてもそれを起こすのはお断りだぞ。
起こした途端にヒステリックに睡眠の邪魔をしたと起こられるのが目に浮かぶからな。
だから、その意味ありげな笑みを消せというに。

「キョンくん、もう入っても大丈夫ですよ」

そう言って後ろの扉が開き、メイド服を来た朝比奈さんが顔を出して手招きしてくれる。
それを断るような理由も、そんな気もなく俺はせっせと扉を潜るといつもの席に座る。
すると、これまたいつものように朝比奈さんがお茶を置いてくれる。
それに礼を言いつつありがたく一口頂く。うん、やっぱり美味い。最高ですよ、朝比奈さん。

「そんなことないですよ。でも、ありがとう」

そう言って微笑んでくれる朝比奈さん。
あー、ハルヒが居ないだけでここがこんなにも寛ぎと癒しの空間に変わるだなんて。
思わずこのままでも良いかなと思い始めた俺の思いを打ち砕くように、古泉の奴が改めて現状に関して口にしやがる。
それに伴い、朝比奈さんも居住まいを正す。
長門だけは変わらずに本に視線を落としたままだったが。
とりあえず、手っ取り早く戻るには……。

「なあ、長門。ここから俺たちを出してくれないか」

俺の言葉に本から顔を上げて俺をじっと見詰めた後、小さく言う。

「それは無理」

「はぁっ!?」

長門の言葉に思わず変な声を上げてしまったが、無理と言ったよな今。
無理というのは、あれか。
俺たちをここから出せないという事なのか長門。
俺の再度の問い掛けに今度は無言で首を縦に振る。
おいおい、冗談じゃない。長門にも無理なら誰にも無理なんじゃないのか。
そもそも何で無理なんだ。あれか、また調子が悪いとか。
だとすると、この空間もハルヒじゃなくて長門と敵対する勢力の仕業か。

「違う。今回のこれは涼宮ハルヒが原因。
 私も至って健康」

だとしたら、何でなんだ。いや、そう言えば長門は主に観察が目的だったな。
だからなのか。

「確かにそれもある。けれどそれ以上に、今回は涼宮ハルヒの強い思いが原因」

ハルヒの強い思い?
それって何か? つまるところ、今回俺たちがこんな目にあっているのもハルヒの奴がそう願ったって事か?
ふざけるな。確かにあいつは変な奴だが、団員をこんな目に合わせようとする奴じゃないぞ。

「まあまあ、落ち着いてください。
 別に涼宮さんが僕たちをこういう目に合わせようと思ったという訳ではないのでしょう」

取り成すように古泉が間に入り、確認するように長門へと視線を向ければ、そう、と長門も小さく頷く。
いかんな、俺も少し熱くなりすぎたみたいだ。悪かったな、長門。

「気にしてない」

さて、こうなると長門も駄目ということだな。
これからどうしたもんか。

「とりあえずはここから抜け出すための何かを探すという所でしょうね。
 問題は二つ。この空間の端が何処なのか。また、その何かが何処にあるのか、でしょうね」

そう言って指を二本立ててみせる。
ご丁寧にどうも。とりあえずは身近な所、つまりは学校の中を探す事にするとしても、その何かが問題なんだよな。

「恐らくですが、それがあると仮定して、見れば分かると思いますよ。
 さきほどあなたが仰ったように、涼宮さんが我々をどうこうしようなどと本気で思わないでしょう。
 なら、ここから出る何かも見れば分かるようになっているんではないでしょうか。
 勿論、これらは全てただの推測でしかないわけですが」

まあ古泉の言う通りなんだが、このまま何もしなければずっとここに居る事にもなりかねないしな。

「ふぇぇぇ、ずっとですか。それはとっても困ります!」

俺の言葉に朝比奈さんもようやく事態の大きさを知ったのか慌て出す。
いや、この人の事だから一人で居る時も慌てていたんだろうけれど、こうしてハルヒを除く全員が揃い、
いつものようにしていた所為で、すっかりその辺りを忘れていただけなんだろうな。
そんな朝比奈さんを微笑ましく眺めていたが、ずっとこうしているわけにもいくまい。
俺個人の願望は別としてもだ。
さて、とりあえずは動き出すとしますか。
落ち着けた腰を再び上げると、それまで黙って湯飲みを傾けていた高町さんがことりと湯飲みを置く。

「難しい事はよく分からないが、見れば分かる何かを探せば良いんだな」

妙に様になる茶飲み姿から一転、高町さんは真剣な面持ちで尋ねてくる。
まあ高町さんはこんな事態初めてだろうから、下手な口を出さずに結論を待っていたという所か。
それにしてはやけに落ち着いているみたいだけれど。

「まあこういう事態は流石に初めてですが、異常事態という点では似たようなものですから」

いや、本当にどんな人生を歩んできたのやら。
思わず同情が浮かびそうになるが、とりあえずは行動しましょう。
こうして俺たちは手始めに学校中を駆け回り、そのあるかどうかも分からない、
あったとしてもどういったものかも分からないナニカを探す為に部室を後にするのだった。
いや、もう本当に頼むぜハルヒ。





つづく




<あとがき>

とうとう折り返し〜。
美姫 「全12話の予定だものね」
このまま予定通りに進めばな。
今回は行き成り変な場所へとハルヒを除くSOS団が放り出されるという始まり。
美姫 「果たして無事に脱出できるのかしら」
それは次回で!
美姫 「それじゃあ、まったね〜」
ではでは。




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