『涼宮ハルヒの挑戦、高町恭也の消失』






最終話 さらば高町恭也、それぞれの日常





高町さんが元の世界へと戻ると決めた翌日、俺たちは駅前に集まってきていた。
帰すだけならさっさとしてしまっても良かったんだが、ハルヒの奴に内緒にすると色々と厄介だろうということになり、
恭也さんが急遽、明日帰るという事をハルヒに昨日あれから電話で伝えたんだが。
いやー、急な事に流石のハルヒも驚いていたね。
そうそう会えるような場所では、これまた何かあるかもしれないし、遠い海外へと帰るという事にしたんだが。
まさか空港まで見送りをしましょうと言い出すとはな。
まあ、それだけ親しくなったということだろう。
ハルヒと親しくなって得する事があるのかは首を傾げ、素直に頷きたくはない所だがな。
まあ、そんな訳でこうして今日も駅前へと集まった訳である。
流石のハルヒも少し愁傷な態度を見せているのがちょっと意外でもあったが、
よくよく考えれば高町さんは団員みたいな感じだったからな。
そう考えれば、ハルヒの奴も少し寂しいんだろう。
しかし、普段無意味な程に騒がしい奴が大人しいと逆に落ち着かないと言うか。
そんな訳で少し慰めるような事を言ったんだが、当然の如く反論と暴言の数々が飛び出す、飛び出す。
だが今回は敢えてその罵りを受けよう。
やっぱりこいつはこうの方がらしいしな。
と、そんな事をしている場合じゃないな。そろそろ移動しないと飛行機の時間に遅れる。
勿論、実際に飛行機に乗る訳ではないから乗り遅れるなんて事はないんだが、ハルヒに対する処置だと思ってくれ。

「ほら、ぐずぐずしてるんじゃないわよ、キョン!
 さっさと来なさい」

どうやら少しぼんやりとしていたようだ。
気付けば全員が移動を始めていた。
慌ててその後を追う。
電車で移動する間、ハルヒの奴が高町さんにお土産と言って何か渡す。

「昨日、いきなり聞いて、急だったから、何も用意してなかったのよ」

「いえ、俺の方こそ急でしたから。本来ならもう少し居る予定だったんですけれどね。
 これはありがたく頂きます」

そう言って礼を述べつつハルヒからの土産を受け取る。
願わくば、変な物じゃありませんように。
とは言え、包みを見れば和菓子屋の紙袋だし大丈夫だろう。
まさか、中身は全く違うって事は流石にないだろう。ないと思いたい。

「あ、それとこっちはこの一週間ばかりの写真ね。
 もう朝から急いで現像してもらったわよ」

多分、また無茶をしたんじゃないだろうか。
そうは思うもやはりここは黙っておくべきだろう。
写真というのはハルヒにしては良い考えだ。いつの間に撮っていたんだという疑問もあるがな。

「勿論、その辺は抜かりないわよ!
 とは言っても、花見の時のや、ゾリオンで生徒会と対決した時のだけれどね。
 生徒会の連中が写真を撮ってたのを思い出したのよ。
 私たちが負けた証拠にでもするつもりだったのかしらね」

そんな事はしないだろう。それと一つ正しておくと、生徒会と対決したんではなくてサバゲ研だからな。
後は放課後にハルヒの奴が面白がって撮ったものが殆どだな。
こうして見ると、一週間ほどだというのに結構あるな。
思わずしみじみと眺めてしまったが、高町さんも同じような感じで写真を眺めている。

「そうだわ、今度は私たちが高町くんの所へ行くのも面白いわよね」

……普通なら異世界だから無理だと言いたい所だが、こいつの場合は絶対に無理だと言えない所が恐ろしいな。
その場合は一人で行けと言いたい所だが、異世界にまでこいつの傍迷惑さを持っていく訳にもいかないだろうから、
その時はSOS団全員でという事になるだろうな。と言うよりも、ハルヒの奴が不参加を認めないか。
文句らしき事を思いつつも、もし本当に実現したら面白いだろうなと考えてしまっている時点で、
俺も良い感じで染まってしまったなとしみじみと実感する。
俺とハルヒを眺めながら、高町さんはその口元を若干緩め、その時は街でも案内しますと口にする。
実現したら、とりあえずはハルヒの奴を誤魔化す為の方便を考えなければいけないが、
それは古泉あたりにでもやらせれば良いだろう。
なんて無責任な事を勝手に決め、電車に揺すられる。



 § §



空港へとやってきた俺たちはゲート付近で最後の別れをする。
もう会えないかもしれないと思うと、自然と寂寥感に襲われる。
朝比奈さんなんかは既に泣き出す手前だ。
さしものハルヒも口数少なく、つまらなさそうに口を尖らせると、

「面白くないわね。折角、これから面白くなりそうなのに。
 ……そうだわ! キョンの家に住んじゃえば?」

おいおい。勝手に俺の家を下宿にするな。

「何よ冷たいわね。アンタがそんな奴だったなんて思わなかったわ。
 団員の為に部屋の一つや二つや三つぐらい貸そうと思わないの」

それだけ空いている部屋があれば、さぞかしでかい家だろうな。
生憎だが、家は極々一般的な家なんでね。

「分かってるわよ、そんな事ぐらい。今のはものの例えでしょうが」

「まあまあ、涼宮さん。高町さんにも事情があるようですから、ここは」

「それこそ分かってるわよ」

古泉が取り成し、俺への攻撃も収まる。
こいつなりに寂しさを誤魔化す行動だったんだろう。
高町さんは全員にもう一度別れの挨拶をすると、そろそろ時間だからと言って背を向け、
下へと降りていくエスカレーターへと向かって歩き出す。
その背中を呼び止め、ハルヒはぞんざい態度で高町さんへと指を突きつける。

「いい、貴方はどこにいってもSOS団の団員ナンバー6だからね!」

そう宣言するハルヒを高町さんだけじゃなく、俺たちも口元を綻ばせて眺める。
長門の奴は相変わらずだが、少しだけやはり笑っているようにも見えるのは俺の気のせいだろうか。
ともかく、ハルヒからSOS団団員としての指定を受けた高町さんは、
それに一つ頷くと今度こそ本当に去って行った。
暫くその背中を見送った後、俺たちはそれぞれに理由を付けて一旦ハルヒと別行動を取る。
丁度、ハルヒの奴も化粧室を探していたらしく、合流する場所だけを決めてさっさと行ってしまう。
その際、朝比奈さんや長門の奴を連れて行こうとしていたが、何かと理由を付けて別行動とする事ができた。
何とか誤魔化せたと思うが、少し強引だったかもな。
とは言え、こればかりは仕方ない。
一旦戻ってから再び来るには空港はそう近場じゃないし、
高町さんも一緒に戻るとなると、可能性的には低いかもしれないがハルヒの奴と出会うかもしれないからな。
そんな訳で高町さんを本当に帰すのはここ空港でという事になったんだが。
何でこうも無闇に広いんだ。
高町さんと合流するだけでも一苦労だった。
それでも何と合流を果たした俺たちは更に人気のない場所を探して、これまた見つけるのが難しかったが、
そこはうちでも一番万能な長門が居るんだ。あっさりと見つかった。
まあ、その場所がかなり離れていたのは仕方ないが。

「さて、これで本当にお別れだな。色々と世話になった」

改めて全員に礼を述べる高町さん。
いえいえ、元はといえば俺の一言が切欠ですから。
さて、長門頼むぞ。
俺の言葉に無言で一つ頷くと、一歩高町さんへと近づき掌を向ける。
その後は小声で何やら高速に言葉を発する。
何を言っているのかは分からないが、高町さんの周囲の空気が陽炎のように揺らいでいく。
その揺らめきが大きくなっていき、高町さんの姿も合わせて歪み出し、徐々にその姿が透けていく。

「それでは、本当にさよならです。
 楽しい一週間でしたよ」

俺たちだって楽しかったですよ。
でも、少しは覚悟しておいた方が良いかもしれませんよ。
ハルヒの奴が願えば、本当にそっちにお邪魔するかもしれませんから。
そうしたら、また振り回されますよ。何せ、SOS団の団員になってしまったんですから。

「もし本当に来たのなら、その時は約束したように街を案内しよう。
 楽しみにしている」

そう言って最後に笑うと高町さんの姿は消える。
あたかも初めからそこには誰も居なかったかのように。
少ししみじみと柄にもなく浸っていた俺へと近づいてくるのは古泉だった。
何だ、お前はまた何を言いに来た。

「おや、よく分かりましたね。
 まあ別に話すほどの事でもないのですが、急に高町さんが戻れる事となった理由などを僕なりに推理したので、
 よければあなたの意見も聞かせてもらおうかと」

別に聞く必要などないんだが、そこまで言うのなら聞いてやろう。
で、どんな推理をしたんだ。つまらない推理なら無視するぞ。

「期待に応えられるように頑張りましょう。
 まず、これは昨日涼宮さんと話をした高町さんから聞いた話からの推測ですが、
 涼宮さんはあなたが異世界人に興味を持った事を喜んだと同時に、
 SOS団に退屈を感じ始めたのかもと危惧したのではないかと。
 だからこそ、あなたが口にした異世界人が本当に見つかればと思ったのかもしれませんね」

そんな事ないだろう。あいつはいつだって自分勝手に考え、行動しているんだから。
それにそういう理由なら俺だけじゃなく、お前ら全員含めてじゃないのか。

「……まあ、そういう事にしておきますよ」

煩いぞ、古泉。何でお前はそう何もかも分かってますみたいな顔をして……って、聞けよ!

「そうして現れた異世界からの来訪者、高町さん。
 その高町さんと話をして、異世界人なんかいなくてもあなたが、いえ、僕たちが、ですね。
 だから、そう睨まないでくださいよ。話を戻しますが、僕たちが充分楽しんでいると分かったのでしょう」

だから、急に異世界人への興味をなくしたって事か。
だが単にあいつが飽きたという可能性だってあるんじゃないのか。

「ええ、そうですね。あくまでも推測ですよ、推測」

最後に俺はどう思うかと聞いてくる古泉に対し、俺はさあねと肩を竦める。
古泉の奴も答えを期待していなかったのか、俺と同じ仕種で、俺以上に絵になる様を見せる。
まあどちらにせよ、そんな小難しい答えの分からない事を話していても仕方ないだろう。
その後も俺たちは暫く無言でその場に立ち尽くしていたが、
これ以上遅くなるとハルヒが文句を言うだろうと思い出し、少し足早に合流場所へと向かう。
高町さんが自分の居るべき場所へと戻ったように、俺たちには俺たちの居場所があり、
騒がしくも楽しい、いつもの日常が待っているのだから。



 § §



キョンたちの姿が揺らぎ、足はしっかりと地面を踏みしめている感触があるのに視界の所為か身体が僅かにふらつく。
それらを何とか押さえ込み、最後の挨拶を交わすと、流石にこれ以上は転びかねないので目を閉じる。
すると地の感触をはっきりと感じられ、先ほどまでのふらつきを感じずに済んだ。
どのぐらいそうしていただろうか、先ほどまでとは空気とでも言うのだろうか、
それが変わった気がしてゆっくりと目を開ける。
ここは……。
先程まで居た場所とは違う事は分かったが、周囲を木々に囲まれたここを特定するのは……。
いや、待て。ここは最初に俺が異世界へと行くことになった場所じゃないのか。
よくよく周囲を見渡せば、鍛錬などで偶にこの辺りを走り回っているのを思い出す。
あまりこちらには来ないが一週間前に来たのは間違いないと記憶を辿り、難なく自分の来た方向を思い出す。
そちらへと足を進める事しばし、やはりというかよく見慣れた神社が見えてくる。
どうやら八束神社らしいな。だとすれば、家へと帰る道は当然ながら迷うこともあるまい。
問題は散歩に行くと言ったまま一週間も連絡を入れることが出来なかったことぐらいか。
そう考えると自然と家へと向かう足取りも早くなり、気付けば軽く走る感じで家まで戻っていた。
時間からすれば夕方と言うには少し早いぐらいか。
美由希たちも学校から帰ってきているような時間か。
まずは心配させた事を謝らねばな。
多少の非難を覚悟して家の中へと入る。

「ただいま」

そう言いながら中へと入った俺を迎えたのは、間抜けな顔をして馬鹿みたいに口を開けている美由希であった。
どうやら美由希は何処かへと出掛けようとしていた所だったのか、丁度靴を履こうと屈んでいる所であった。
俺の顔を見るなり立ち上がり、泣きそうな怒り出しそうな複雑な顔を近づけてくる。

「きょ、恭ちゃん!? 恭ちゃん、どこに行ってたのよ! 三日も連絡つかないし!」

三日だと? 一週間ではなかったのか。
まあそれでも連絡なしというのは流石にまずいだろうが。
何せ散歩に行ったはずだからな。
だが、一週間でなかったのは幸いだったな。

「ねえ、ちゃんと聞いているの!? 皆、心配してたんだからね!
 流石に今日も何も連絡なかったら、警察に届けようって。今から行こうとしてたんだから!
 今度から急に思い立っての修行とか、急な仕事が入って出て行くとか、
 どんな事でも、連絡できないようならメモぐらいは残すか、一言言ってから行ってよね!」

ああ、すまなかったな。しかし、何とか間に合ったという所か。
流石に警察にまで行かれていたら大騒ぎだからな。
そうだな、お詫びと言うわけではないが、俺が何処で何をしていたのか話してやろう。
なぜ急に、しかも連絡したくともできなかったかも分かるさ。
皆はリビングにいるんだろう。

「うん、いるよ。あ、とりあえず、お帰りなさい」

そう言って笑顔と共に迎えてくれる美由希に、俺はようやく戻ってきたという実感と共に、
俺にとっては一週間ぶりとなる言葉を返す。

「ああ、ただいま」

ふと気配を詳しく探れば、どうやら忍や那美さんも来ているらしく、本当に迷惑を掛けたんだと実感する。
同時にこれだけ心配してくれる人が居る事を不謹慎にも嬉しく思う。
美由希は俺の横を歩きながら、嬉しそうに聞いてくる。

「それで、どんな話をしてくれるの。珍しいよね、恭ちゃんからそんな話をしてくれるなんて」

そうかもな。まあ期待するのは構わんが、リビングで話すと言っているだろう。
少しは落ち着け。だが、まあ少しだけな。
そうだな、それはちょっと不思議で、けれども楽しかった一週間だった。
え、一週間? と疑問を顔いっぱいに広げる美由希を煙に巻きながら俺は皆の待つリビングへ足を進める。
さて、何処から話して聞かせようか。やはり、散歩に出掛けた所からかな。
少し長い話になるかもしれないが、きっと退屈はしないだろう。
茶菓子もある事だしな。きっと喜ぶんじゃないだろうか。異世界の和菓子と言えば。
話すことを整理しながら、手にした土産や写真に視線を落とす。
もしかしたら、彼らなら本当に何時の日かこちらに来るかもしれないな。
その時はきちんと約束を果たそう。
そんな日が来ることを期待して、リビングへと続く扉のノブに手を掛けると、
心配してくれた皆へと掛けるべく最初の一言を口にする。

「ただいま」



 § §



あの後、何処に言っていたのだとやら、待たされたなどとご立腹のハルヒを宥めすかし帰路に着いた俺たちであったが。
さて、何でそのお詫びとして奢らなければならんのだ。
いつもの罰ゲームだと言えばそうかもしれないが、ちょっと待てハルヒ。
お前以外は全員一緒に居たんだぞ。
ならば、奢るならお前以外全員で折半だろう。
なのに何故、俺一人が奢る羽目になっているんだ。
申し訳なさそうにしているは朝比奈さん一人だけで、他はいつもと全く変わらない様子で人の奢りの飯を食べやがる。
いやはや、本当に理不尽すぎやしませんかね。
嘆きつつ、改めて高町さんの常識が既に恋しくなっていたりする俺であった。
ああ、あなたならきっと皆を諭してくれたんでしょうね。
まあ最後にはハルヒの奴が強引に決行してしまうにしても、俺の心にも多少のゆとりが出来た事でしょう。
つくづく常識が通用しない奴らだと痛感したね。
勿論、朝比奈さんは除くに決まっているがな。
ともあれ、ようやく今回の件も解決ということで良しとしておこう。
…………いやいや、やっぱり俺が奢る理由にはならんがな。
元々俺の不注意な一言であったとしても、やはり直接の原因はハルヒな訳で。
そう思うと益々理不尽を嘆きたくなるな。

「あんた、さっきから何じっと人の事を見てるのよ。
 あ、残念だけれどこれはあげないわよ! 欲しければ自分で頼みなさいよね!」

いるか。更に言えば自分でも何も俺の奢りだろうに。
言いたい事は色々とあるが、言っても無駄だろうと早々に諦める事にする。
ハルヒの奴もそれ以上は何も言ってこず、食事を再開する。
それを何となしに眺めながら、少し過去を思い返す。
異世界からの来訪者と共に過ごした一週間は、改めて振り返ってみても濃くもあっという間であった。
だけど、本当にいつかはハルヒが高町さんの所へと遊びに行こうと言い出し、本当に行くことになるかもしれないな。
それはそれで大変だけれども楽しいことになるだろうから、俺としても積極的に止めるつもりはないがな。
まあ、その時は宜しく頼みますよ高町さん。





おわり




<あとがき>

遂に完結。
美姫 「無事に恭也も元の世界に戻れたわね」
おう。にしても、もっとドタバタさせれば良かったかも。
美姫 「鶴屋さんとかの出番も少なかったしね」
谷口とかは出てないしな。まあ、何はともあれ完結です。
美姫 「最後までお付き合い頂きありがとうございます」
ではでは。




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