『incomprehensible ex libris』

   第三章







イギリスにあるロンドン大学の北側、ユーストン・ロードのセント・パンクラス駅。
この駅に今、一人の女性が降り立った。その女性は歳の頃は25、6で、アッシュグレーの綺麗な髪を肩口で切り揃えている。
辺りを少し見渡した後、その湖水の様に青い眼を左の手首へと落とし、時間を確認する。

「ふぅ、約束の時間5分前か。話では迎えを寄越すって事だけど、もう来てるのかしら」

そう呟いて再度、辺りを見るがそれらしき人物は見当たらない。

「まだ、来ていないみたいね」

その女性──アネットは、ここから西にあたる方向──大英図書館が位置していると思われる方へと目を向け、物思いに耽っていく。





自宅の電話が突如、鳴り出したのは入浴を終え、部屋へと戻った時の事であった。
アネットは片手で髪を拭きながら、残ったもう一方の手で受話器を取り上げた。

「もしもし、バートランですが」

「アネットくんですか。私です、お久しぶりですね」

「すみませんけど、私の知り合いに私なんて名前の人はいません。間違いではないですか」

「相変わらず厳しいですね、アネットくんは」

「別に・・・。ただ、ご自分の名前ぐらいちゃんと名乗ったらどうですか、ジョーカー」

「それは大変、失礼をいたしました」

電話の向こう側で、こんな時間にも係わらず、きっちりとスーツを着て、髪をオールバックにしているジョーカーの姿が浮かんでくる。
アネットは軽く頭を振り、そんな想像を追い払い、ジョーカーに話し掛ける。

「で、一体なんの用?まさか私の声が聞きたかった、なんて言わないわよね」

「もし、そうだと言ったらどうしますか」

「別に・・・。その時は、あなたの正気を疑うわ」

「では、安心して下さい、私は正気ですから。アネット、あなたに仕事の依頼です」

「ふん、そんな事だと思ったわ。で、今回は何をすればいいの?
 また、どこかの奥地で見つかった遺跡の調査?それとも、訳の判らない連中に奪われた物の奪回?」

「いいえ、今回はそういったものとは多少違います。今回、あなたにやっていただくのは工作部のある女性のサポートです」

「サポート?私が?」

「ええ、そうです。こと、今回の件に関して言えば、彼女が最も最適です。
 ですからあなたには、彼女のサポートをお願いします。よろしいですか?」

「ふっ、どうせ嫌と言っても無駄なんでしょ。いいわ、引き受けましょう。
 で、誰のサポートをすればいいのかしら。
 私がサポートに回されるぐらいなんだから、そのエージェントはよっぽど優秀なんでしょうね」

「ええ、今回みたいなケースにおいては、彼女以上の適任者は思いつきませんよ。
 そう、書物絡みの事件で、ザ・ペーパー以上の適任者はね」

「なるほどね、納得。確かに今回、私はサポートだわ。で、いつ、どこに向かえばいいのかしら」

「二日後、午後12時丁度にセント・パンクラスの駅前に来てください。迎えの者を行かせますから」

「了解。で、その迎えの者って」

「見ればすぐ判りますよ。では、これで。あっ、と忘れる所でした。
 あなた以外にも、もう一人サポートが付きますんで。では」

「な、ちょっ・・・」

どういうことかを問う前に、電話が一方的に切らる。
アネットは少し苛立たしげに、耳に着けている翡翠色のピアスを触りながらベッドに腰掛ける。

「どういうことよ、二人もサポートにつくって。今回の事件はかなりヤバイってこと?
 やってくれたわねジョーカー」

サポートが二人いる件に関して、ジョーカーがわざといい忘れた事を確信しながら、ベッドに横たわり、そのまま目を閉じる。

(まあ、いいわ。どうせ聞いてても断らなかったでしょうし。でも、報酬はたっぷりと貰うわよ)

ジョーカーに報酬の値上げ交渉をどう切り出すか考えながら、アネットはいつしか眠りに入っていった。





   ◇ ◇ ◇





9月18日(月)
 PM 9:30
 ──日本──

住宅街から少し離れた閑静な所にある屋敷。
立派な門構えをしており、掛けられている表札には達筆な字で「御巫(かんなぎ)」と書かれている。
その御巫家の居間に三人の女性が顔を見合わせている。

「さて、お二人に集まって頂いたのには当然、理由があります。今からその理由をお話します」

そう切り出したのは、ここにいる三人の中では最年長と思われる女性だった。
その女性は、目元が涼しげで、腰まであるその艶やかな黒髪は正に濡れ羽色、
十人に聞けば、十人が美人と答えるような容姿をしており、物腰の柔らかい感じの女性が二人の正面に座り、お茶を啜っている。

「麗華(れいか)姉、もったいぶらんと、はよー教えてえな」

麗華と呼ばれた先程の女性は自分の名前を呼んだ女性へと顔を向ける。
麗華が見つめる先には、肩に届くかどうかの所でカットされた髪の毛先を左手で玩んでいるに、
ジーパンにTシャツというラフな格好をしてあぐらをかいている女性がいる。

「雷華(らいか)、物事には順序というものがあります。もう少し落ち着きなさい」

「はーい、すいません。で、話とゆーのんは?」

雷華は反省しているのか、いないのか、よく判らない返事をして麗華に問う。
そんな雷華の様子を気にもせずに、麗華は話を再開させる。

「お二人とも、恭也くんの事は知っていますね?」

「恭也!恭也がどうかしたの、麗華姉さん!」

今まで黙っていた、髪を頭の両脇で括りツインテールにしている三人目の女性が、テーブルに身を乗り出しながら口を開く。

「ちょっ、落ち着けって沙耶華(さやか)」

「あ、ご、ごめん、雷華姉さん」

「全く、恭也ちゃんの事になると沙耶華はすぐにこれだから」

「ううぅぅ、ごめんなさい」

「まあまあ、雷華もそんなに沙耶華を苛めないで。それにあなたも人の事、言えないでしょ」

麗華の言葉に、腰を少し浮かしていた雷華はバツが悪そうな顔をして、居住まいを正す。
二人が落ち着いたのを見計らってから、麗華は話の続きを話し出した。

「これから恭也くんの所に行こうかと思って」

「えっ、急にどないしたんや麗華姉。なんか、あったんか?」

「いえ、別に恭也くんに何かあった訳ではないから安心しなさい。
 ただ、今回の仕事で海鳴の方に行くことになったから挨拶がてら寄ってみようと思って。
 それに色々あって恭也くんのお父様、士郎さんのお葬式にも出られなかったから、お墓参りもしたいし」

「じゃあ、わたしも行く」

「私も行きたい」

雷華に続いて、沙耶華も口を開く。
しかし、麗華はそれを制するように話を続ける。

「お二人とも、私は仕事で行くのですよ。お二人を連れて行くわけには参りません。
 それにお二人は学校があるでしょ」

「自主休講」

「そ、それは・・・」

麗華の反論に、二人はそれぞれの反応をする。
きっぱりと言い切る雷華に対し、沙耶華は口篭もる。

「雷華、あなたはまた」

「あー、大丈夫、大丈夫、問題ないって。ほら、わたし前半の内に、ほとんどの単位取ったから」

「あ、ずるい雷華姉さん。わ、私だって大丈夫だもん」

「沙耶華まで何を言いだすんですか」

「別にいいじゃん、麗華姉。仕事の邪魔はしないって。仕事中はどっかに行ってるからさー。
 わたしだって、恭也ちゃんのお父さんの墓に線香ぐらいあげたいし」

「私も。お願い、麗華姉さん」

二人に懇願され、諦めたのか麗華は一つため息をつくと、二人に向かって優しく微笑む。

「ふぅー。・・・判りました、一緒に行きましょう。ただし・・・仕事の間、お二人には大人しくしていてもらいますからね」

「判ってるって」

「で、いつ行くの?」

「明日の昼頃、ここを発ちます。で、仕事がその後にありますから・・・・・・そうですね、明後日の夕方頃には海鳴に着くと思いますよ」

「そうか、出発は明日か。だったら、今から準備しないとな」

「そうだね」

そう言って、席を立つ沙耶華を麗華が呼び止める。

「あ、沙耶華。準備が終わったら道場の方に来なさい。稽古をつけてあげますから」

「はい!わかりました。すぐに行きます」

嬉しそうな顔で返事をすると、沙耶華は自分の部屋へと向かう。
その途中、久しぶりに会う事になる幼馴染との再会を思い、心を躍らせる。

(恭也、格好良くなってるかな。・・・まあ、それは大丈夫ね。私の事すぐに判るかな?
 ふふふ、ああー楽しみ!早く会いたいなー。そして、会ったら・・・・・・)



沙耶華 「恭也、久しぶりだね」

恭 也 「すいません、どちらさまですか」

沙耶華 「ひっど〜い!幼馴染の私を忘れるなんて。私よ、私。御巫 沙耶華よ」

恭 也 「沙耶華・・・沙耶華なのか!久しぶりだな」

沙耶華 「本当に久しぶりだね。でも、酷いよ。すぐに私って判らなかったの」

恭 也 「ああ、すまない。あまりにも沙耶華が綺麗になっていたから、誰だか判らなかったんだ」

沙耶華 「な、何言ってるのよ。恥ずかしいじゃない」

恭 也 「嘘じゃないよ。沙耶華、会いたかった」

沙耶華 「恭也・・・私も会いたかった」



(・・・・・・・・・なーんて、いやー、恥ずかしいぃぃ。でも、本当に楽しみー。早く明後日にならないかなぁ)

冷静になって考えれば、絶対にありえない様な事だと判るのだが、今の沙耶華は全く気付いていない。
それどころか、沙耶華は自分の想像に照れながらも、楽しそうに笑い、鼻歌まで歌いながら廊下を歩いて行くのであった・・・。





   ◇ ◇ ◇





「はぁー、12時10分か。約束の時間から10分経つというのに、それらしき人影は全くないし。どうしようかしら」

アネットは腕時計の文字盤を眺め、再度、時間を確認する。
しかし、何度見ても時間が変わるわけもなく、長針は10分を指している。
その時、前方に一台のタクシーが止まり、そこから一人の女性が出てくる。
その女性を目にしたアネットは、そちらへと歩いていくと、その女性の前で立ち止まり声をかける。

「違っていたらごめんなさい。もしかして、あなたが大英図書館からの迎えの方かしら?」

「するとあなたが・・・」

「アネト、アネット=バートラン。アネットでいいわ。で、あなたは?」

「あ、私はウェンディです。ジョーカーさんの命により、あなたをお迎えにあがりました」

「ありがとう、ウェンディ。じゃあ、行きましょうか」

「はい」

二人はウェンディが乗ってきて待たせていたタクシーに乗り、大英図書館へと向かった。
アネットは後部座席に座り、横目でウェンディの事を盗み見る。

(確かにね。この格好なら見れば判るわ)

例によって、メイド姿のウェンディはアネットがそんな事を考えてるとは露知らず、こちらを見ているアネットに笑顔を向ける。

「アネットさん、どうかしましたか?」

「え、いえ、別に何もないわ」

「そうですか。長旅で疲れているとは思いますけど、着いたらすぐにジョーカーさんの所にご案内しますので」

「ええ、大丈夫よ。所で・・・一つ聞いてもいい?」

「はい、なんでしょうか」

「その服装は、あなたの趣味?」

一度は気にしないでおこうと思ったが、やっぱり気になり聞いてみる。

「ち、違います!これはジョーカーさんが・・・」

「ああ、何となく判ったわ。あなたも色々大変ね」

「ううぅぅ。ありがとうございますぅ〜〜」

涙を流しながら抱きつき、御礼の言葉を言う褐色のメイドと、
その背中を優しく叩きながら、少し疲れた表情をした美女を乗せ、タクシーは大英図書館を目指して走っていく。





   ◇ ◇ ◇





9月18日(月)
 PM 10:30
 ──日本、御巫家──

御巫家の庭、家屋の横に位置する道場から、かすかな闘気が漏れてくる。
道場の中央に居間にいた時とは違い、凛とした雰囲気の麗華と髪を解いた沙耶華が、手に木刀を持って対峙している。
しばらく動かずに睨み合っていたが突然、沙耶華が動き出す。

「はぁぁぁ」

上段から袈裟懸けに斬りかかる。
麗華はそれを右手だけで軽々と受け止め、動きの止まった沙耶華の胸元を左手で掴み、懐に潜り込むとそのまま投げる。
投げられた沙耶華は受身を取り、すぐに起き上がるとそのまま横に木刀を薙ぐ。
これを麗華が木刀で防ぐと、沙耶華は麗華から離れ、距離を取る。
そして、木刀を身体の右側に引き寄せ切先を下に向けたまま、麗華の周辺をゆっくりと時計回りに周り始める。

「沙耶華、判っていると思いますが、今は剣術の鍛練ですからね」

「わ、判っています、麗華姉さん」

言うと同時に麗華に向かっていき、様々な角度から何度も斬りかかる。
その速度はかなり速く、かなり練習を繰り返してきた事が判る。
が、麗華はその斬撃の悉くを沙耶華以上の速さでもって防いでいく。
横から見ると沙耶華が一方的に攻め、麗華は防戦一方に見えるが、
両者の顔はそれとは対照的に、沙耶華には焦りの表情が浮かび、麗華の方には余裕の表情が伺える。
そんな事を続けて数分が経った頃、沙耶華が突然その場にしゃがみ込み、右足を軸にして左足で麗華の足を刈りにいく。

(麗華姉さんは長い間、連撃で腰から上ばかりの攻撃を防御してたから、この足払いは突然すぎてよけれないはず。
 もし避けられても、その隙をつけば・・・)

沙耶華の放った蹴りを、麗華は軽く後ろに飛んで避ける。
その瞬間、沙耶華は後を追うように、身体を低くして麗華へと向かっていく。そしてそのまま、下から上へと切り上げる。
しかし、それを読んでいたのか、麗華は最低限の動きでその斬撃を横にかわすと、がら空きになった背中へと木刀を打ち下ろす。
背後に危険を感じた沙耶華は、そのまま前に転がり麗華と距離を取る。
充分な距離を取り、麗華の方へと体勢を向けた途端、麗華がすでに目の前に立っており、
そのまま木刀を持っていない右の掌が軽く沙耶華の胸に当てられる。

「いきますよ、沙耶華。
 御巫流 鵬葉」

ドンッと床を踏み鳴らす音と共に、沙耶華の身体が後方へと吹き飛ばされる。

「くっ」

口から空気を洩らしながらも、沙耶華は空中で何とか体勢を整えると、かろうじて両足で着地をする。が、すぐに膝を着いてしまう。
何とか立ち上がろうとした時、視界に麗華の足が見え顔を上げる。
すると、目の前数センチの所に木刀が突きつけられており、沙耶華は動く事が出来なくなる。

「勝負ありですね、沙耶華」

「はい」

「動きに無駄がありすぎます。咄嗟に前に転がったのはいい判断でしたが、距離を取ったのは失敗ですね。
 距離を取るのなら、もっと速く動きなさい」

「はい」

「ふぅー。今日はここまでにしておきましょう。明日は早いですから」

「はい。ありがとうございました」

「はい、お疲れ様です」

麗華に向かって頭を下げ礼をする。
そんな沙耶華に優しげな笑みを浮かべながら麗華は答える。
そこには先程までの様な凛とした雰囲気はなく、すでに穏やかな感じに戻っている。

「じゃあ私も明日からの準備をしないといけないから、沙耶華、先にお風呂に入って休みなさい」

「はーい。じゃあ、先に入るね。お休み、麗華姉さん」

「ええ、お休みなさい沙耶華」

こうして御巫家の夜は特に何事もなく、いつも通りに更けていった・・・。




<to be continued.>




<あとがき>

incomprehensible ex libris第三章、如何でしたでしょうか。
美姫「って言うか、今回オリキャラだらけでとらハのキャラも、R.O.Dのキャラも出てきてないよ」
ウェンディが出てきてるぞ!
美姫「最後のほうにちょっとだけじゃん」
うぅぅ、そうなんだけど。美姫ちゃんがイジメル・・・。
美姫「えーい、うっとしい」
(ガツッ)
か、刀の鞘はさすがに痛いぞ・・・(泣)
美姫「はいはい。で、次回はどうなるの?」
無視かいっ!
美姫「もう一発いく?」
次回は舞台を海鳴に戻して恭也が活躍?する予定です。
美姫「っち」
なんだ今の舌打ちは。
美姫「別に。じゃあ、また次回でね」



オリジナルキャラの設定






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