『incomprehensible ex libris』
第五章
9月20日(水)
──高町家──
恭也に言われ、時間を確認すると、美由希、晶、レンの三人はバタバタと足音をさせながら慌しく家を飛び出していく。
「ったく、風校、海中の全生徒の中に遅れて入っていくなんて事になったら、さすがにばつが悪いな」
「ほー、おさるにも羞恥心ってもんがあるとはな。これは驚きや」
「っく、この。当たり前だろ!どっかの鈍ガメとは違うからな」
「それは誰の事を言っとるんや」
「さあー、誰の事かな」
「このアホは。一度、はっきりさせんなあかんみたいやな」
「おもしれー、やるってのか」
「ほら、二人とも。話している暇があるんなら、もっと速く走るよ。
それに全校集会は九時からだから、幾らなんでもそれまでには学校に着くよ。後は遅刻しないですむかどうかだけだけど」
「美由希ちゃんの言うとおりや。全校集会の途中に入っていく事になるやなんて、おさるは時間の計算もようせえへんみたいやな」
「そんな事は判ってる!言ってみただけだろうが」
「そんな無駄口叩く暇があったら、きりきり走りさらせ」
「このっ」
「もう。ほら、話してる間にペースが落ちてきてるよ」
「「でも、美由希ちゃん、このミドリガメ(おさる)が」」
「「・・・・・・」」
「「なんだとー(なんやてー)」」
「はいはい、二人の仲が良いのは判ったから。もう少しスピードを上げるよ」
「「こんな奴と仲が良いなんて絶対、嫌だ(嫌や)」」
「「真似するんじゃねぇ(すんな)」」
(充分、息が合ってると思うんだけど・・・。それを言ったらまた、喧嘩しそうだし黙っていよう)
「二人とも、これ以上喧嘩するなら、後でなのはに言うからね」
美由希がその台詞を言った途端、晶とレンの口喧嘩が収まる。
「「美由希ちゃん、それだけは許してー(勘弁してー)」」
美由希は二人の絶叫を背中に聞きながら、更に速度を上げて走って行く。
その美由希に遅れまいと、晶とレンもついて行く。
(このペースでなら、何とか遅刻せずにすみそう)
◇ ◇ ◇
──風芽丘学園、校門前──
「はぁー、はぁー、な、何とか間に合ったな」
「はぁー、はぁー、はぁー、ほ、ほんまやな」
「ふぅー、ほら、二人とも早く教室に行かないと、折角ここまで走ったのが無駄になっちゃうよ」
言って、校舎へと歩いて行く美由希の背中を見詰めながら、晶はレンに話し掛ける。
「はぁー、はぁー、み、美由希ちゃんって結構、タフだな」
「はぁー、ほ、ほんまや。な、なんで、そないに元気なんやろうか」
二人も美由希の後に続いて中へと入って行く。
しばらく並んで歩いているうちに、二人の呼吸も落ち着いてくる。
そして、ある程度歩いた所で立ち止まり、
「じゃあ美由希ちゃん、俺たちはこっちだから」
「あ、うん。じゃあね」
三人はそれぞれの校舎へと向かう。
◇ ◇ ◇
──風芽丘学園、1年A組──
美由希が教室に入り、自分の席に着くなりチャイムが鳴り、教室のドアから担任である教師が入ってくる。
「ほら、チャイムが鳴ったぞ。出席をとるから全員、席に着け」
担任の教師はいつも通り出席の確認を行うと、全員に向かって口を開く。
「えー、今日からこのクラスに新しく転校生が来る事になった。
初井さん、入ってきなさい」
名前を呼ばれ、入ってきた少女はそのまま教師の横まで来ると、緊張した様子もなく自己紹介を始める。
「初井 エイルと言います。これからよろしくお願いします」
そう言って微笑む少女に男子生徒たちは歓声を上げる。
エイルは同年代の少女たちよりも大人びた感じのする少女で、制服を着ていなければ大学生やOLでも通用しそうな容姿をしている。
そんなエイルに早速、男子生徒からの質問が飛ぶ。
「初井さんはハーフですか?」
「恋人はいますか?」
エイルは、我先にと質問をする男子生徒に答えていく。
「そうです。父が日本人で母はイギリス人です。恋人とかはいませーん」
このままでは埒があかないと判断した教師は生徒たちを制する。
「おいおい、とりあえず質問は後からにしてくれ。今日はこの後、体育館で集会が行われるんだからな。
ほら、速やかに移動するように。委員長、後は頼んだぞ」
その言葉を最後に教師は教室から出て行く。教師が出ていった後、生徒たちも廊下へと出て、体育館へと向かう。
そんな中、何人かの女子生徒がエイルに声を掛ける。
「エイルさん、今日はこれから全校集会があって皆、体育館に行くから一緒に行きましょう」
「あ、ありがとう。全校集会って事は、この学校の生徒全部が集まるの?」
「そうだよ。風校、海中両校共ね」
「そうなんだ。じゃあ、体育館って結構、大きいのね」
「確かにかなり大きいわね。それよりも早く行かないと遅れちゃうよ」
「そうね。じゃあ、行きましょう」
エイルは言うなり席から立ち上がり、数人の女性と一緒に体育館へと向かう。
◇ ◇ ◇
──体育館──
壇上に校長が立ち、長々と演説をしている。
生徒の大半は話を聞き流し、演説が終わるのをいまや遅しと待っている。
それもそのはずで、肝心な話は既に話し終えているのである。今は校長が最近感じた事を延々と話しているに過ぎない。
既に話し終えた肝心な話というのを要約すると、全国で試験的に授業の短縮が行われる事になり午後からは自宅での自習という形になる。
期間は未定で、通常の授業状態に戻る前の日に連絡が来るという物であった。
当然、午後は自宅での自習という事になっている為、クラブ活動もなく、外に出歩く事も禁止される。
この事をおかしいと感じる者は極少人数しかいなかく、大多数の生徒はそんな事を気にもせず、
授業がなくなる午後からの時間をどこでどう過ごすかに考えを巡らせている。
仕舞いには周りの生徒と小声ではあるが、この後の予定を相談し出す者も現れ始める。
そして、徐々にざわめきが体育館に広がり始めた頃、未だに話をしている校長の元へと一人の女生徒が歩み寄って行く。
それに気付いた校長が自らの話を中断し、その女生徒に注意をする。
「そこの君、自分のクラスに戻りなさい」
しかし、その女生徒は校長の言葉に耳を貸さず無言でそのまま壇上へと上がる。
そのやり取りで話していた生徒たちも黙り込み、壇上へと目を向ける。
「君!一体なんのつもりだね」
「まあまあ、そんなに怒鳴らない、怒鳴らない。あんまり怒ってばかりだとすぐに禿げるわよ」
「なっ!君の名前とクラスはどこだ!」
「今日、一年A組に転校してきた初井エイルでーす。よろしくね」
「ふ、ふざけていないで、さっさと自分のクラスにっ」
パァン
乾いた音によって、校長の台詞が途中で遮られる。
その音源は、エイルの右手に握られている鈍く光る拳銃であった。
その銃口を校長に向けたまま、エイルは話し掛ける。
「あんた、少しうるさいよ。ちょっと黙っててくれる。それとも永遠に黙りたい?」
校長は無言で青ざめた顔を激しく振る。
それを見たエイルは満足そうな笑みを顔に浮かべ、ポケットから通信機を取り出すと、どこかへと連絡をする。
「あんた達、もういいよ。さっさと入ってきて準備をしな」
エイルのその声と共に、体育館の出入り口から銃で武装した数人の男が入ってくる。
その男たちに向かってエイルは日本語ではない言語で何かを命じる。
そのエイルの言葉に頷いて二人の男が外から大きな荷物を運びこんでくる。
「おい、エイル。これはここでいいのか?」
「ええ、そこに置いて頂戴。エッツィオ、後は頼むわ。
ミハイルとドイル、ヤンは校舎の方の準備をお願い。ラルフは私と一緒に今からこのガキどものお守りよ」
男たちはエイルの命令に従って、それぞれの準備に取り掛かる。
「さて、エッツィオの方の準備が終わるまでに、こっちの方も済ましちゃいますか。
ほら、あんたたち大人しくこっち側に寄りなさい。判ってると思うけど、逆らったら命の保証はないからね」
そう言って、生徒全員を体育館の片側へと集める。
生徒が移動している間、エッツィオと呼ばれた男はなにやら機械を組み立てていく。
「エッツィオ、後どれぐらい掛かりそう?」
「約5分だ」
「OK。さて、皆さんにはこれから一人ずつ順番に出てきてもらって、簡単なテストを受けてもらうわ。
もちろん拒否権はないけどね。全てが終わるまで大人しくしててね」
そう言って楽しそうに笑うエイルの声が体育館に響いた。
◇ ◇ ◇
あれから一時間程が経過し、今は体育館に6人全員が揃って、エイルが言うテストとやらをしている途中である。
テストとは言ってもやっている事は生徒の手首、足首に吸盤を付けるだけである。
実際は、その吸盤からエッツィオの操作している機械まではコードが延びており、
その機械のモニタに何やら様々なデータが表示されている。そのデータをもとにして何やら選別している様ではあるが。
「はぁー。まーだ、適合者は見つからないのー」
一人だけ何もせず、座っていたエイルが声をあげる。
「エイル、そんなに簡単に見つかるならこんな面倒な事はしない。もう少し待て」
「はいはい。ったくラルフは・・・ブツブツ」
何やらラルフに対する文句を言い始めたエイルを無視して、4人は作業を開始する。
そんなエイルたちを見ながら、生徒たちの中で美由希たちは合流し、小声で会話をする。
「なぁー美由希ちゃん。あいつらって一体、なにもんなんやろか」
「ほんと、こいつの言う通り何者なんだ。銃とか持ってるし」
「美由希さん、あの人たち、テストって何をしているんでしょうか?」
「さあ、私にも判らないです、那美さん。第一、あの人たちが話しているのって何語なんだろう?赤星先輩、わかります?」
美由希たち4人の視線が赤星に向くが、赤星は困ったように頭を掻き、
「ごめん。俺も判らないよ。多分、英語じゃないとは思うけど。鷹城先生はわかりますか?」
「え、唯子・・・じゃなかった、私もちょっとわかんないよ。ごめんねぇ。でも、本当にどうしようか。
今のところは何も危害を加えてこないけど、これから先もそうとは言えないし」
「そうですなー。第一、うちら全員あの人たちの顔、見てますし。このままっちゅうんはないかと思います」
「えええ、それじゃ私たちどうなっちゃうんでしょうか」
「このバカガメ!変なことを言って那美さんを怖がらせてんじゃねえ」
「なにが馬鹿なことやっ!このおさるが」
「ちょっと二人とも、喧嘩は時と場合を考えてよ」
「「うっ、ごめん美由希ちゃん」」
「・・・こうなったら私が正面にいる人に飛び掛るから、その隙にレンと晶で両脇の人に飛びかかって武器を奪うっていうのはどうかな?」
「美由希ちゃん、それはやめた方が良いよ」
「でも、赤星先輩」
「銃を持ってこんな事をしでかす連中だ。腕に自信があるんだろうし、何度か実戦を経験してると思う」
「私も赤星君に賛成だな。あの人たち只者じゃあないよ。特にあの人はなんか判らないけど、とても強いと思う」
言って、唯子はラルフを指差す。
「でも・・・」
「美由希さん、赤星先輩や鷹城先生の言うとおりです。無茶は止めてください」
「那美さん。・・・判りました、大人しくしてます」
「大丈夫、大丈夫。そのうち、警察が気付いてなんとかなるって」
「そうやな。それまでの辛抱っちゅう訳や」
「そうそう、それまで大人しくしてよう」
唯子の言葉に全員が頷く。
一方のエイルたちはそんなやり取りがあった事に気付かず、淡々と作業を繰り返して行く。
その行動に何の意味があるのかは、エイルたちのみが知る所である・・・。
<to be continued.>