『incomprehensible ex libris』

   第九章








二人より先行する形でミハイルは恭也の後を追う。
階段を降りきったミハイルは慎重に壁に背を預け、顔だけを出して廊下の先を伺う。
その視界に、廊下の端にあるもう一つの階段へと向う恭也の姿を見つけると、すぐさま飛び出してその後を追う。

「ちっ。面倒な事になったな」

ミハイルは舌打ちすると、無線機を手に取る。

「ミハイルだ。ドイル、今どこだ」

ドイルへと連絡を入れると、恭也を発見した事を伝える。

「しかし、まずいぞ。あの小僧に外へでも逃げられたら…。
 上から狙撃できないか」

「分かった、やってみよう」

ミハイルはそれを聞くと、スピードを速めて階段を降りて行く。
一方、ミハイルから連絡を受けたドイルは手近の教室へと入る。
それをヤンが止める。

「おい!あいつは俺の獲物だぞ」

「今はそんな事を言っている場合か!もし、外に逃がしてみろ、エイルの奴に何と言われるか」

「ちっ。だったら、上手い事足だけを撃ち抜いてくれよ」

「努力はするさ。しかし、最悪の場合は殺すことになるがな。それよりも、邪魔だ。
 少し静かにしていてくれ」

ドイルの言葉にヤンは鼻を鳴らし、

「ふんっ。いけ好かない奴だな。まあ、いいさ。俺はミハイルの後を追う。
 良いか、絶対に殺すなよ。あいつにはたっぷりと仕返しをしなきゃ気がすまないんだからな」

ヤンはそう言い捨てると教室を出て行く。
そちらを一度も見る事無く、ドイルは狙撃用の銃を構えて窓際からグランドへと視線を向ける。
スコープを覗き込みながら、そっと静かに引き金に指を掛け、その状態で恭也が出てくるのを待つのだった。



教室を飛び出したヤンは、すぐさま階段へと向う。
ヤンが向った階段は、先ほどミハイルが降りていった方の階段ではなく、恭也が使った階段だった。
ヤンはその階段を降りようとして、自分がここに着く寸前に何かが視界をよぎったような気がしていた。
下へと向う足を止め、ヤンは己の直感を信じる事にする。
上へ上へと慎重に進んで行き、やがて屋上へと通じる扉の前まで来た時、
ヤンは自分の直感が正しかった事を知り、唇を持ち上げる。
扉の向こう側では、恭也が電話で誰かと話していた。



一つ下の教室に飛び移った後、恭也はすぐさま教室を抜け出し階段へと向う。
一旦は外へ出ようと考えたものの、爆弾の事や美由希たちの事が脳裏をよぎり、恭也は階段を上へと登っていった。

「とりあえず、リスティさんに連絡を…」

恭也は屋上に出ると携帯電話を取り出してリスティへと連絡を入れる。
数回のコール音がとても長く聞こえ、恭也は少し焦りつつ相手が出るのを待つ。
リスティが電話に出ると同時に、恭也は挨拶もそこそこに話し出す。

「リスティさん、今すぐ来れますか」

「風校へかい?」

「そうです。実は今、変な連中が」

「もしも…、恭…。すま……、聞……難い……」

リスティの声に混じり、雑音が多く聞こえてくる。
恐らくリスティの方も同じだろう。
恭也は何とか用件だけでも伝えようとするが、その前に完全に携帯電話からは何も聞こえなくなる。
同時に恭也はその場を跳び退く。
その直後、恭也の立っていた場所に乾いた音と共に小さな穴が開く。

「ちっ!勘のいい奴ネ。わざわざサイレンサーまで付けたというのに。
 しかし残念だったネ。学校の敷地内から外へは連絡デキナイゾ。強力な電波妨害を施したからな」

そう言ってヤンは一つのスイッチを見せる。

「これがそれのスイッチだが…」

そう言ってヤンはそれを足元へと落とすと、靴底で踏みつける。

「くっくっく。これで完全に外への連絡は無理とナッタナ。
 さて、それじゃあ…」

ヤンは楽しそうな笑みを浮かべつつ、恭也の眉間に照準を合わせたままゆっくりと近づく。
そして、ある程度の距離を取ると、立ち止まる。

「さっきの仕返しをサセテモラウゾ。本当は殺すなと言われているんだが、なに一人グライどうってことナイダロウ。
 そうだな、抵抗したので仕方がナクってヤツダナ」

嬉しそうに語るヤンに恭也はあくまでも覚めた眼差しを向ける。

「何が楽しいのかは分からないが、殺せる時に殺しておかないと後悔するぞ」

「フン。知ったような口を聞くなよ、コゾウ」

ヤンの瞳に一瞬だけ怒気が浮ぶが、自分の優位を疑っていないのかすぐさま笑みを浮かばせる。
そして、殊更ゆっくりと銃の引き金に指を掛ける。
と、ヤンの無線機が呼び出し音を奏でる。
ヤンは舌打ち一つして、その呼び出しに出る。
ただし、銃口は恭也からは外さず、その視線を恭也を捉えてた。

「何だ」

「ヤンか。今何処だ」

「何処って、校舎内だよ。何かあったのか」

「それが、ミハイルが校庭に出たんだが、俺はさっきの小僧が出てくる所を見ていないんだ。
 ひょっとしたら、まだ校舎内にいるのかもしれない」

「分かった。なら、俺はこのまま校舎内を探してみる」

「ああ。俺たちも探してみる」

「ああ、じゃあな」

ヤンはそう答えると無線機を切る。
その一瞬を付いて、恭也は飛針をヤンへと投げる。
ヤンはそれを避けつつ恭也へと発砲するが、飛針を避けるため照準が恭也からずれていた。
弾は誰もいない空間を飛んでいく。
そんな事に構わず、恭也は身を低くして照準が付けにくいように左右へとジグザグに駆ける。
銃では駄目だと悟ったヤンは、銃を放り投げるとナイフを手に持つ。

「さっきみたいに油断はしないぞ」

注意深く恭也を見ながら呟くヤンに、

「随分と流暢な日本語だな。さっきまでのはやはり芝居か」

近づいて来る恭也に笑みで返すと、ヤンは恭也にナイフを投げつける。
恭也はそれを躱し、ヤンへと迫る。
ヤンは右手でナイフを再び取り出し、恭也へと斬り掛かる。
それを恭也は小太刀で防ぐ。
防いで恭也の眼前に銃口が現われる。
ヤンが左手に銃を握っていて、恭也へと発砲する。
屋上に発砲音が響き渡る。
ヤンは恭也の頭を撃ち抜いた事に笑みを浮かべるが、恭也は銃口を見た瞬間に後ろへと倒れており、弾は空を切っていた。
恭也は後ろへと倒れつつ、蹴りを放つ。
左手を蹴り上げられつつも、銃を落とさずヤンは再び銃を恭也へと向ける。
しかし、恭也はすぐさま立ち上がっており、その小太刀がヤンへと迫る。
その斬撃をまたしても右手のナイフで辛うじて受け止めると、すぐさま銃を恭也へと向ける。
二度目ともあり、恭也はすぐさま銃口の前から身を躱す。
ヤンは恭也の攻撃を受け、動きが止まったその一瞬に持っている銃で恭也を撃とうとする。
恭也は三度小太刀を振りかぶる。
それをナイフで受け止めるヤン。
しかし、そのナイフは根元から折れ飛ぶ。
徹を込めた一撃でナイフを根元から叩きおった恭也は、そのまま返す刀で驚いているヤンの胸を打ち据える。
口から血を吐き出しつつも、ヤンは残る力を振り絞って銃を恭也へと向ける。
恭也は銃口が自身に向く前にヤンの背後へと回り、その首筋に柄の部分で痛烈な一撃を叩き込む。
肺の中の空気を一気に吐き出すような声を出し、ヤンの意識は再び闇の中へと落ちていく。
ほっとするのも束の間、銃声が聞こえたのだろうか屋上へと上がってくる気配を察知する。
逃げ場を探すが、屋上には隠れられそうな場所もなければこれといった逃げ場所もなかった。

「さっきと同じ方法で下に降りるしかないか。できれば、あまりやりたくはないんだが」

先程やった下へと降りる方法で掌に出来た傷を眺めつつ、後2、3回なら大丈夫だろうと考える。
恭也は屋上の柵に鋼糸を括りつけると、柵を乗り越える。
恭也が屋上から飛び降りるのとほぼ同時に屋上の扉が開く。
と、すぐさま銃を乱射する音が聞こえてくる。
その音を聞きながら、恭也は再び窓ガラスに体ごとぶつかっていった。



  ◇◇◇◇◇



時間を遡る事少し。
一階で合流を果たし、ヤンと無線で連絡を取ったミハイルとドイルは聞こえてきた銃声に頭上を仰ぎ見る。

「…屋上だな」

「ああ、屋上だ。ったく、ヤンの奴!」

ドイルは忌々しげに吐き捨てると、無線機を手に取る。

「さっさと行かないのか」

「まあ、待て。先にラルフへ連絡する」

ドイルは一言そう言うと、無線機を操ってラルフに連絡を取る。



相変わらず黙々と訳の分からない作業をしていたラルフは、無線が掛かってきた事に気付き作業の手を止める。
それを見てエイルが何か言いたそうにするが、結局何も言わずに自分の作業に戻る。
それを横目に見遣りつつ、ラルフは無線機を手に取る。

「どうした。何かあったのか」

「ヤンの奴がまた先走りました。どうも生徒が一人こっちに残っていたみたいです。
 しかも、どうにもすばしっこい奴で、生きて捉えるのは無理ではないですが一苦労です」

「……」

ラルフは暫らく考え込んだ後、エイルに声を掛け早口で何やら話す。
それに不機嫌な表情を浮かべたものの、エイルはそれで良いから伝えろと顎をしゃくる。

「一人ぐらいなら構わん。そいつは殺せ」

言葉は分からなくても不穏な空気を感じ取ったのか、ラルフの傍にいた生徒たちが一斉に怯えたように身を縮こまらせる。
そんな事を歯牙にも掛けず、ラルフは作業を再開する。



ドイルは無線機を切ると、ミハイルに告げる。

「殺しても良いそうだ」

「そうか。なら、扉を開けると同時に弾丸をばら撒くか」

「それはまずだろう。恐らく、ヤンもいるだろうからな。
 それに、既にヤンが捕らえたかもしれない」

ドイルの言葉にミハイルは首を横に振る。

「それはないんだろう。確かに単独で獲物を狩るような奴だが、捕らえたなら連絡があるはずだ。
 なのにそれがないということは、まだ捕らえていないという事。
 それに、あいつだって傭兵だぞ。それぐらい避けて見せるだろうさ。
 それよりもこれ以上、あのガキをのさぼらせておく方がまずいと思うが」

ミハイルの言葉をじっくりと検討し、ドイルは結局頷く。

「なら、俺は下の階にいるとしよう。また、さっきみたいな方法で逃げられたら敵わないからな」

「ああ、そうしてくれ」

二人は慎重に階段を登り始める。



  ◇◇◇◇◇



ツーツー…。
無機質な電子音を奏でる携帯電話から耳を離し、リスティは電話を切る。

「さて、一体何が起こったのやら…」

リスティは暫らく考え込んだ後、徐に携帯電話の番号を素早くプッシュしていく。

「もしもし、僕だけど…」

矢継ぎ早に何やら話をするとリスティは急いで出掛ける準備をするのだった。





<to be continued.>




<あとがき>

さて、犯人の目的は何かな〜。
美姫 「それよりも、随分久し振りの更新?」
いや、そんな事はないかと。
美姫 「うーん。確かにアレよりは速い更新だったかも」
だろだろ。
美姫 「でも、充分遅いわよ!それに、それは裏を返せば、アレが全く更新されていないって事じゃない!」
あ、あはははは。アレの話は別の所で。
コレの話に戻そうよ。
美姫 「…まあ、確かにね。それにしても、遅々として進まないわね」
どっちにしろ、同じ内容ですか……(泣)
美姫 「はいはい。それじゃあ、また次回でね〜」
さ〜よ〜な〜ら〜。
美姫 「アンタは少し反省してなさい!」
ぐえっ!










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