『incomprehensible ex libris』
第十二章
体育館へと向かう恭也の目に、幾つかの人影が見える。
それを物陰に隠れて伺うと、その中に見知った顔を見つける。
「一体、何をするつもりなんだ」
恭也が様子を伺っていると、ラルフが顔をこちらへと向ける。
急いで物陰へと隠れたが、一瞬だが確かに目が合った。
それを肯定するかのように、ラルフはエイルと二言、三言、言葉を交わすと、恭也の方へと歩き出す。
それを感じ、恭也は再び校舎へと急ぎ戻る。
二階へと辿り着いた恭也の耳に、階段を駆け上ってくる音が響く。
恭也は二階の廊下で、ラルフを迎え撃つべく、立ち止まる。
暫らくして、ラルフがその姿を見せる。
ラルフは恭也を見るなり、その口を開く。
「小僧、貴様がミハイルたちを倒したのか」
「さあな。それよりも、何をしているんだ?」
逆に問い返してくる恭也に、ラルフは唇を笑みの形に変えると、短く答える。
「さあな」
言うと同時に、両手にそれぞれ持っていた銃を恭也へと向け、撃つ。
銃弾が壁を床を天井を削り、穴を開けていく中、恭也はラルフへと迫る。
ラルフは、弾の切れた銃を恭也へと投げつけると、腰からナイフを取り出す。
迫ってくる銃を避け、恭也が振るった小太刀をラルフは受け止めると、蹴りを繰り出す。
それを喰らい、後ろへと飛ばされながら、恭也は静かにラルフを見る。
「俺を、さっきまでの奴らと同じだと思うなよ」
「…確かに」
恭也は短く呟くと、再びラルフへと向かって走る。
向かって来る恭也を迎え撃つべく、ラルフは腰を落とす。
それぞれの得物がぶつかり合い、力比べとなる。
恭也が更に力を込め、体重を掛けるように前へと押し出す。
微かに押されだしたラルフは、苦しげに呻き声を零した後、目を閉じる。
何かに耐えるようにしていたラルフが、閉じていた目を開けると、その瞳は真紅に染まっていた。
同時に、今まで以上の力がラルフから発揮され、今度は恭也が押される。
それを押し返そうとする恭也へ、またしてもラルフの蹴りが迫る。
恭也は同じように蹴りを繰り出し、後ろへと跳躍する。
「まさか、夜の一族か」
恭也の洩らした言葉に、ラルフの肩が微かに揺れる。
「貴様、一体、何者だ。その戦闘能力に、夜の一族の事まで知っているとは。
ただの学生ではあるまい。もしや、退魔士か」
「残念ながら、退魔士ではない。ただの学生さ」
恭也は言うと同時に、駆け出す。
ラルフも同じように恭也へと向かい、走り出す。
その速さは先程までとは全く違い、あっと言う間に恭也の懐へと飛び込むと、右手に握ったナイフを突き出す。
その瞬間、ラルフの目の前から恭也の姿が消える。
それを訝しむ間もなく、こめかみ、人中、首筋、右肩に痛みを覚える。
薄れ行く意識の中、それでもナイフを背後にいるであろう恭也へと投げつけるが、それは簡単に弾かれる。
そして、最後に顎先に強烈な一撃を喰らった後、完全に意識を手放した。
「はあぁぁ、はぁー、はぁー」
大きく肩で息をしつつ、恭也はゆっくりと床に腰を下ろす。
「まさか、残る二人も夜の一族じゃないだろうな」
そう一人ごちた所へ、無線機から女の声が聞こえてくる。
「ラルフ! ラルフ! ちょっと聞こえてないの!?
あのガキはやったんでしょうね! 時間もあまりないんだから、早くしてよ! ちょっと、何とか言いなさいよね!
もうー! 一体、何やってんのよ! これだから、馬鹿たちとは組みたくないのよ!」
やかましくがなり立てる無線機を持つと、恭也はその向こうにいる主に話し掛ける。
「そうか。こいつはラルフと言うんだな」
「!! アンタは一体、何者よ!」
「それは、こっちの台詞なんだが」
「下手に動かない方が良いわよ。この学園には爆弾が仕掛けてあるんだからね」
エイルの言葉に、恭也はただ無言で答える。
それをどう受け取ったのか、エイルは一頻り笑うと、
「流石に、爆弾ばかりは駄目のようね。
だったら、今すぐに姿を見せなさい。見せないなら、爆発させるわよ」
「……」
「どうしたのかしら? 怖くて声も出せない?」
嘲笑するように告げるエイルに、恭也はゆっくりと口を開く。
「どうやって、爆破させるつもりだ? 起爆スイッチは、俺が持っているんだが。
それとも、もう一つ起爆スイッチあるのか?」
「このガキ……」
忌々しげにはき捨てるエイルに対し、恭也はあくまでも冷静に返す。
「どうした? 随分と乱暴な口調だな。それとも、そっちが地か?
まあ、どっちでも構わないがな。さて、どうする?
このまま、人質を連れて逃げるか、俺を殺しに来るか」
「逃げる? この私が? 良いわ、あなたの挑発に乗ってあげようじゃない。
生きたまま捕らえて、実験材料にしてあげるわ。
それこそ、殺してくれって泣いて頼むようなね!」
「実験材料か。貴様ら、夜の一族にとっては、人間なんてそんなものか?」
「はぁ? 夜の一族? それはラルフの奴だけよ。
それも、人間とのクォーターで、血はかなり薄いけれどね。
私はれっきとした人間よ。あんな化け物たちと一緒にしないで欲しいわね」
「化け物…か。平気で人間を実験材料と言うお前と、どっちの方が本当に化け物だろうな?」
「そんなの考えるまでもなく、決まってるでしょう」
「だな。お前の方だったな。人間だとか、夜の一族だとかいった事は関係ないからな」
「……いい度胸してるわね、アンタ。今から行くから、首を洗って待ってなさいよ!」
エイルは背後にいたエッツィオへと合図をすると、恭也を捕らえるように指図する。
それを受け、エッツィオは頭を掻きながら、
「やれやれ、僕は戦闘は苦手なのに…」
「つべこべ言ってないで、さっさと行けっ!」
「分かりましたよ。分かりましたから、そう怒鳴らないでくださいよ」
ぶつぶつと文句を言いつつ、校舎へと向かって歩いて行く。
「いつまでも調子に乗ってるんじゃないわよ。目にもの見せてやるからね。
その時になって、後悔してもう遅いからね」
「それはこちらの台詞だ。貴様こそ、俺の知人に手を出した事を、後悔させてやる」
そう言い捨てると、恭也は無線を切る。
とりあえず、知りたかった、残る二人が夜の一族かどうかという問題も分かり、ほっと胸を撫で下ろすと、すぐさま一階へと降りる。
窓から外を窺うと、銃を手に持ったエッツィオがこちらへと近づいて来ているのが見えた。
とりあえず、恭也はこの場から引き離そうと動き出す。
エッツィオは恭也を見つけるや否や、銃を撃ってくる。
それは、ちゃんと照準を合わせてのものではなく、単に恭也のいる方向へと銃を向けて引き金を引いただけといった感じで、
恭也が動かなくても、当たらなかったのではと思わせるほどのものだった。
しかし、本人もそれを知っているからか、フルオートで撃ちまくる。
窓が割れ、辺りに硝子の破片が飛び散る中、恭也は一気に廊下を走り抜ける。
硝子の破片で小さな傷が幾つか出来たが、大きな傷はなく、恭也は走る速度を少し落として後ろを見る。
エッツィオが、外から後を付いてきているのを確認しながら、海中の建物から、風校へと向かう。
エッツィオも慎重になったのか、銃を撃ってこず、恭也の後をただ付いて行く。
何の妨害も受けず、恭也はそのまま風校の校舎内に入ると、階段を登る。
同じように、エッツィオも階段を駆け上ってくる。
一階から二階、二階から三階へと向かう途中、三階へと続く踊り場で恭也は足を止めて振り返ると、飛針をエッツィオへと投げる。
それに対し、慌てて引き金を引くエッツィオ。
恭也は階段の手すりの陰に隠れて銃弾を回避すると、発砲が収まるのを見計らって再び姿を見せる。
エッツィオの指が引き金を引くよりも早く、その手に飛針が刺さる。
痛みに声を上げ、銃を落とした隙に、恭也はエッツィオへと飛び掛る。
空中から体重の充分に乗った蹴りを喰らい、エッツィオの体はそのまま壁へと叩き付けられる。
完全に意識を無くしたエッツィオを見て、恭也は銃を拾い上げ、弾を全部抜き取ると、今度はエッツィオを縛る。
全ての作業を終えた恭也は、再び体育館の方を目指して歩き出す。
(後、一人。…にしても、あの女、美由希たちをどうするつもりなんだ。
まあ、どうせろくな事ではないだろうが…)
考えるのは後にして、とりあえずは、人質の救出に考えを巡らす。
とりあえず、体育館にいる者たちは安全だろうと判断し、美由希たち、外に居る者たちの救出を考える。
しかし、これといった考えも浮ばず、一番無難なのは、傍にいる残った一人をおびき出す事だろうと判断するのだった。
<to be continued.>
<あとがき>
いよいよ、風芽丘テロも終局へ。
美姫 「敵があっけなさ過ぎるんだけれど」
まあ、これは物語全体の序盤だし…。
美姫 「にしても、もう少し、もう少し敵に頑張って欲しいのよ」
お前、恭也と敵さん、どっちの味方なんだ?
美姫 「勿論、自分の味方♪」
…だろうな。
美姫 「さて、次で風芽丘テロは終るのか」
現時点では、テロというよりも、誘拐だけどな。
美姫 「まあ、確かに。でも、銃を持っているしね」
まあ、その辺は良いとして、それでは次回で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」