『マリアさまはとらいあんぐる』



第1話 「転入生は男の子!?」






リリアン女学園高等部二年松組の教室に転入生の声が響いた。

「はじめまして、高町 恭也です」

そう言って一礼をする人物は端正な顔立ちに少し鋭い眼差しをしていた。
その人物の容姿や凛とした立ち振る舞い、そしてそのどこか落ち着いた雰囲気に教室のあちこちから感嘆が漏れる。
ほとんどの女子生徒がその人物に見惚れ、我を忘れる。驚きの表情を見せている生徒も何人か見受けられる。
まあ、驚いている理由は至極簡単で、その転入してきた人物が男だからである。
ここが普通の共学なら問題はないのだが、ここは女子高、それもお嬢様たちが通うリリアン女学園であることが問題であった。
その事を本人も充分、自覚しているのかどこか居心地が悪そうにしている。
そんな恭也や多くの女子生徒たちの態度に気付いているものの、担任の教師は淡々とHRを進めていく。

「えー、高町さんはこれから短い期間ですが、このリリアンで過ごすことになりました。
 分からない事が多いと思いますので、皆さんからも色々と教えてあげてください」

その教師の言葉に一人の女子生徒が手を上げる。

「すいません。一つ聞きたいことがあるのですが、宜しいでしょうか?」

「はい、なんですか?水瀬さん」

「はい。高町さんは見た所男性の方だと思うのですが、何故このリリアンに転入されているんですか?」

「それは、高町さんの通う学校の理事長が、ぜひ我が校の設備や授業内容などを生徒の視点から見たいと申されたからです。
 そして、その代表として高町さんが来られたという事です。分かりましたか?」

「はい。ありがとうございます」

「では、今日のHRはここまでです。高町さんの席はあそこ、小笠原さんの横の席ですから」

「はい、分かりました」

恭也は教師が指差した席へと向い、隣にいる祥子へと声をかける。

「宜しく」

「ええ、こちらこそ」

祥子はそれだけを答えるとすぐに顔を背け、一時限目の用意を始める。
恭也はそんな祥子の様子を気にも止めず、小さな苦笑をもらす。
と、人の近づく気配を感じ、そちらを向くと先程水瀬と呼ばれた女子生徒が微笑みながら立っていた。

「ごきげんよう、恭也さんで宜しかったでしょうか」

「あ、はい。えーと、水瀬さんでしたよね」

「秋子で構いませんよ。このリリアンでは苗字で呼ぶことがないので、名前で呼ばれるほうがしっくりくるんです」

「分かりました、秋子さん」

「はい」

恭也が名前を呼ぶと嬉しそうに笑う。恭也はそんな秋子の持つ柔らかい雰囲気に思わず微笑を浮かべる。

「あら、すいません。私、何か変な事を言ってしまいましたか?」

「いいえ、そんな事はありませんけど、どうしてです?」

「いえ、恭也さんが笑われていたので」

「ああ、すいません。けど、別に変な意味で笑った訳ではないので」

そう言って少し慌てふためく。そんな恭也の様子を、今まで遠巻きにして見ていた女子生徒たちが一斉に恭也の周りに集まってくる。
恭也の持つ独特の雰囲気や自己紹介の時からの無表情さで、どことなく近寄りがたく感じていたのだが、
今の秋子とのやり取りで怖いという思いがなくなり、そうなるとその容姿も手伝って俄然興味が湧いてきたようである。
あっという間に囲まれた恭也は何故、急に集まってきたのかが分からずに首を傾げる。

(やっぱり女子高に男性がいるというのは珍しい事なんだな。あの時はああ言ったけど、リスティさん恨みますよ)

恭也は昨日のリスティとのやり取りを思い返す。







海鳴駅で合流した恭也とリスティは早速、電車に乗り込み目的地へと向う。
幾度かの乗り換えの後、後は東京まで一直線という頃になって初めて恭也は今回の仕事場所を知ることになった。

「今回の仕事は東京だったんですね」

「yes、そうだね、そろそろ話しをしておこうか」

リスティは少しだけ恭也に近寄ると小声で話し始める。

「まず、今回の護衛対象となるのは小笠原グループの会長の孫娘で名前を祥子と言う。これが写真だ。中々、綺麗なお嬢さんだろ」

そう言ってリスティは何枚かの写真を懐から取り出して恭也に渡す。
恭也は受け取った写真をよく見て祥子の顔を覚えると写真をリスティに返す。

「で、見た所まだ学生のようですが登下校の時に護衛をすればいいんですか?」

「いや、二十四時間体勢で護衛についてもらう」

「二十四時間ですか?」

「そうさ。恭也はこれからこのお嬢さんの家に居候する事になっているから。
 会長からそういう話が向こうさんにはいってるはずだよ。
 ただし、護衛のためだと知っているのは会長だけだから、ばれないように頼むよ。
 後、学校の方には転入手続きをしているから。さらに会長に手を回してもらってお嬢様と同じクラスになっているから。
 何か質問はある?」

「いえ、わかりました」

「OK。じゃあ、しっかり頼むよ」

「はい。・・・あ、一ついいですか?」

リスティは無言で恭也に続きを促す。

「リスティさんはどうされるんですか?」

「ああ、僕は向こうの警察や僕と同じ様な立場の人たちと協力して黒幕を見つけ出す」

「こっちから連絡を取るにはどうすれば」

「うーん。携帯にかけてくれて構わないよ。後は向こうで僕が寝泊りする事になるホテルの場所と電話番号は・・・・・・これだ。
 で、捜査本部というか、そういったようなもんの場所と番号がこれ。そうだな、後は定時連絡の時間は決めておこう」

リスティからそれぞれの連絡先が書かれたメモを受け取り、簡単な打ち合わせをする。
それを終える頃、あと5分ほどで駅に着くというアナウンスが流れる。
恭也は軽く肩を回し、少し硬くなっていた身体をほぐす。と、ある事に気付きリスティに質問をする。

「あ、そうだ。リスティさん、最後にもう一つ。俺が転入する学校はどこなんですか?」

恭也の心配事とはあまりにレベルが高い学校だと授業についていけないという物だった。
それを聞いたリスティは何故か笑いを堪えようとするが、肩が震えることだけは押さえきれず、
また口からは押し殺したような笑い声が微かにもれ聞こえてくる。
それに少し憮然としながらも恭也は言葉を続ける。

「笑わないで下さいよ。確かに大学生ですが、高校の時から勉強は全然してなかったし、もうほとんど覚えていないんですから。
 もし成績が悪くて補習なんて事になったら護衛が出来なくなるんですから」

「っくっくくく。あ、あはははははは〜〜、も、もう駄目っ。はははははは〜」

恭也の言葉が終わるや否や大声で笑い出すリスティをジト目で睨む。
それに気付いたリスティは、笑いすぎて目の端にたまった涙を拭いながら弁解するように語りだす。

「わ、悪い悪い。別に恭也の成績を笑ったんじゃないんだよ。恭也はただの転入とは少し違うから、その心配はない。
 だから、安心してくれ」

「は、はぁー。じゃあ、何が可笑しいんですか?」

恭也は首を傾げながら今の会話に可笑しな部分があったの思い返すが、特に気になる場所が見当たらずリスティの方をみる。

「恭也が通う事になるのはカトリック系の学校でちょっと変わった制度がある他は極普通の学校と変わらないよ。
 まあ、生徒の殆どがお嬢様って事を除けばだけどね」

「はあ。それでどこなんですか?」

「ああ、恭也が転入する学校はね、リリアン女学園さ」

「へぇー、リリアン女学園っていうんですか。・・・・・・・・・・・・ん、女学園?
 あのー、リスティさん女学園ってことは、もしかして・・・・・・」

「そうだよ、女子高。良かったね恭也。男で女子高に通えるなんて一生に一度あるかないかだよ」

「な、どうやって転入するんですか」

「だから大丈夫だって。他校からの視察という名目でしばらくの間、一人の男子生徒が通うことで話がついてるから」

「・・・・・・」

あまりの事に言葉をなくす恭也にリスティはなおも続ける。

「仕方がないだろ。教師として潜り込ませる事も考えたけど、恭也が教えられる事といったら剣術ぐらいだろうし。
 それに教師として入ってしまうと四六時中張り付いている訳にもいかなくなるだろ」

そう言って悪戯が成功した子供の様な笑みを浮かべる。これを見て恭也は確信した。

(わざとだ。今になるまで言わなかったのは絶対にわざとだ)

それと同時にさっきまで笑っていた意味を理解して、溜め息をこぼす。

「まさかここまで来て断るなんて言わないよね」

「言いませよ。現状はどうあれ、狙われているのは本当なんでしょ。だったら、俺はやるべき事をやるだけです。
 俺の剣はそのためのものですから」

「それでこそ恭也だよ。まあ、難しい事は考えないで護衛に専念してくれたら良いよ。
 その間にこっちで黒幕を突き止めておくからさ。っと、どうやら着いたみたいだね」

電車が駅に着いた事を告げるアナウンスの後に扉が開く。
恭也とリスティはそろって降りると駅の出口へと向って歩き出す。
駅を出た所で一人の男性がリスティに気付き声をかけてくる。

「リスティさん、こっちです」

「Hi、久しぶりだね。元気だったかい」

「ええ、私は元気でしたよ。リスティさんの方も変わらないみたいでなによりです。で、こちらが」

「そうさ。何度か話した事があるだろ。高町恭也だ」

「高町恭也です。よろしく」

リスティに紹介されて軽く頭を下げて挨拶をする。

「こちらこそ宜しく。私は南川 裕行(みなみかわ ひろゆき)といいます。
 今回、リスティさんと共に行動する事になる者の一人です」

「さて、自己紹介はここまでにして恭也を小笠原のお屋敷まで連れて行くか」

「そうですね。じゃあ、車を回してくるんで少し待っていてください」

そう言うと南川はその場を離れていく。

「恭也、くれぐれも護衛されているなんて気付かれんじゃないよ」

「分かっています」

「まあ、別にばれても構わないんだけどね。できれば、自分が狙われているなんて事は知らない方が良いだろうしね」

「そうですね」

リスティはそれだけ言うと懐から煙草を取り出し火を点けると、ゆっくりと吸い込み紫煙を吐き出す。
天に向ってゆっくりと上昇していく紫煙を見ながら、ゆっくりと口を開く。

「何も起こらないうちに解決できれば一番良いんだけどね」

静かに呟いたその言葉に恭也はただ黙って頷き同意を示す。
それからしばらくしてやって来た南川の車に乗り、小笠原邸へと向った。





つづく




<あとがき>

まりとら第1話完成。

美姫 「しかし、あの女子生徒の名前って・・・・・・」

それは言うなという事です。
ただ、ひょっとしたらこことは違う世界で出会った二人がそのまま恋に落ち、雪国で一人の娘を生んだとしても。
その後、娘が生まれると時を同じくして、父親が護衛の仕事の最中に亡くなったとしても。
その娘と従兄妹の男の子が7年ぶりに再会して色々あったとしても。
それは全て別の物語・・・・・・。本編とはま〜ったく関係ありません。

美姫 「なら、書くな!っていうか別の名前にしなさいよ!」

いや、なんとなく昔、上記の話を書こうとしたんだけどやめたんでこの話で出してみようかな〜とか思ったりして。

美姫 「・・・・・・馬鹿?」

酷いお言葉。それはあんまりです。

美姫 「ここで書かないで、それはそれで書けばよかったじゃない」

いや、だって主人公が死んじゃうのはどうも苦手で。それに名前が出た時点でオチが分かってしまうし。

美姫 「じゃあ、この話は今後書かないの?」

おう。この話は封印された。
ちなみに、この女子生徒もこれ以降出番があるかどうかも分かりません。あくまでもマリみてキャラ中心でいくので。

美姫 「なるほどね。じゃあ、次に出てくるキャラは誰?」

次は当然、このSSのヒロイン(?)祥子お嬢様!

美姫 「おお、浩のお気に入りキャラね」

いや、俺の一番のお気に入りは蓉子お姉さま。

美姫 「ひょっとして恭也X蓉子になるの?」

いや、カップリングはまだ決めてないんだけど。でも、最後の方は大方、決まってあるんだけどね。

美姫 「という事は、意外な組み合わせになったりするかもしれないのね」

さあ?それは最後まで秘密。

美姫 「ちょっと待ってよ。その言い方だと実はもう決まってるって事?さっきと言ってる事が違うわよ」

さあ、なんの事ですか?あっ!もう時間だ。まきが入ってるのでこのへんで。では皆さま、ごきげんよう。

美姫 「あ、こらー待ちなさい」




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