『マリアさまはとらいあんぐる』



第3話 「恭也出陣!?」






リリアン女学園。
それは、明治34年に創立され、元は華族の令嬢を育成をするカトリック系の学園である。
ここに在学しているのは、皆、お嬢様ばかり。
遅刻寸前に大股で走るなんて生徒は存在しておらず、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。
幼稚舎から中高、大学とあり、今、現在でもここに通っていると箱入りお嬢さまが出来上がるという珍しい学園である。

(確か、そのはずだったよな)

恭也は何度目かになる溜め息を吐きながら、ぼんやりとリスティから聞いたここの情報を思い出す。

(まあ、無理もないのかもな。幾らお嬢様で、今まで男と接した事が少ないとは言え、女子高に男が編入してきたんだ。
 珍しいんだろうな。というよりも、こんな事、普通ならありえない事だしな)

休み時間になる度に、様々なクラス、学年から恭也を見る為に生徒が二年松組へとやってくる。
恭也が考えている様に珍しいという事もあるのだが、恭也の容姿がそれに拍車を掛けていた。
そして、噂が噂を呼び、今では殆どの生徒の耳に、二年松組に格好良い男子生徒が転入してきたと、話題になっている。
その噂の転入生を一目見ようと、廊下には生徒が溢れ、二年松組の教室の前後にあるドアにはたくさんの生徒が詰め掛けていた。
流石に、用もないのに教室の中に入ってくるような生徒はおらず、
松組の生徒は特権とばかりに、休み時間の度に恭也の周りを囲んでいた。
やがて、授業の始まるチャイムが鳴り、生徒たちもぞろぞろと引き上げて行く。
ドアから生徒が見えなくなると、恭也はほっと胸を撫で下ろす。
そんな恭也の様子を見て、小さく可笑しそうに笑う声が恭也の耳に届いた。
その声の主、小笠原祥子の方を見ながら、恭也は何故笑ったのかが分からずに首を傾げる。
それが可笑しかったのか、祥子はまた小さくクスクスと笑う。

「どうかしましたか?」

「ごめんなさい。別に大した事じゃないのよ」

「は、はあ」

「ただ、最初に会った時に私が受けた印象と、今までの貴方の行動がちょっと違っていたから」

「俺の印象ですか?」

「ええ。何か、女性に対して慣れているというか、そんな感じ。でも、実際はそうじゃないみたいだから」

「はあ、良くは分かりませんが。でも、家は妹が多いですからね。それで、そう感じたのでは?」

「そういった意味ではないのだけど……。恭也さん、貴方ひょっとして周りから鈍いとか言われたこと、なくって?」

「え、ええ。よく分かりましたね。たまに、母や妹、友人に言われます。でも、俺はそんなに鈍くはないと思うんですが」

「クスクス」

恭也はまた笑う祥子を不思議に思いながらも、教師が教室に入って来たため、話を中断する。
そして、午前中最後の授業が始まった。







チャイムが鳴り響き、午前最後の授業に終わりを告げる。
恭也は軽く伸びをし、体を解す。

(う〜ん。一度も寝ないで、午前の授業を終えたのは久しぶり……いや、初めてか?)

男子一人と言う事で目立っているため、いつもみたいに眠る事が出来なかった恭也は珍しく真面目に授業を受けていた。

(しかし、高二の授業はこんなに難しかったか?)

恭也は午前中の授業を振り返り、自分の昔と比べてみるが、授業を受けた記憶が殆どなく、諦める。
そんな事を考えていると、横の席から祥子が立ち上がる。
恭也もそれに合わせるように立ち上がる。
と、恭也の傍にクラスメートたちが群がる。

「恭也さん、お昼はどうするんですか?」

「良かったら、一緒に食べませんか」

「い、いや、俺は……」

恭也が女子生徒に囲まれている間に、祥子は教室を出て行こうとしていた。
恭也は、翠屋で母によって鍛えられた営業スマイルを浮かべると、

「すまないが、ちょっと用があるんで」

そう言うと、後を追うように教室を出て行く。
後には、恭也の笑顔に撃沈された数人の生徒だけが残された。
恭也は廊下に出るなり、祥子の後ろ姿を見つけ、その後を追う。
それに気付いたのか、祥子は後ろを振り返る。

「何か御用?」

「いや。あー、良ければ昼を一緒にと思って……」

恭也の台詞に祥子は顔を歪める。
先程は少し、他の男たちとは違うと思ったのに、やはり一緒だったかと落胆する。
そんな事に気付かず、恭也は話し続ける。

「どうも、知らない人に囲まれていると落ち着かなくて」

「あら、私も他の方たちと大して変わらないと思いますけど」

「それはそうなんですが、祥子さんとはまだ、事前に面識があったというか……。その……。
 迷惑なら、別に良いんですが……」

(その場合はこっそりと付いて行くしかないか)

慌てふためきながら、しどろもどろになって言う恭也に祥子は自分の勘違いと分かり、また恭也のその様子に笑うと、

「構いませんよ。薔薇の館に行きますから、ついでに私のお姉さまと妹も紹介しますね」

「は、はあ」

(えーと、確かスール制だったか?それで儀式をした先輩や後輩の事……だったよな。
 薔薇の館は確か……生徒会室みたいなもんだったよな)

恭也は昨日渡されたリリアンに関する資料を思い出しながら、該当する単語を思い出す。
そんな二人の後ろから、一人の生徒が声を掛ける。

「祥子、今から薔薇の館に行くんでしょ。一緒しよ」

振り向いた二人の視線の先には、長身で、ベリーショートの髪型をした生徒が少し驚いたような表情で立っていた。

「ええ、良いわよ。私も今から行く所だから。丁度良いわ。令、こちら高町恭也さん。今日、転入して来た方よ。
 で、こちらが支倉令、”黄薔薇のつぼみ”よ」

「高町恭也です」

「支倉令です。そうか、あなたが噂の転入生だね」

「「噂?」」

二人同時に令に聞き返す。
それを目を細め、可笑しそうに見ながら、令は答える。

「ええ。学校中で噂になっているわよ。二年松組に格好良い男の転入生が来たって」

「そんな噂になってたの」

「知りませんでした」

「しかし、その噂の転入生と祥子が一緒とはね」

「ちょっと色々と事情があるのよ」

「まあ、良いけどね。えーと、恭也さんで良いのかな」

「はい、えーと、令さん」

「よろしくね」

令は気さくに右手を差し出す。
恭也は一瞬躊躇ったが、令の手を握り返す。
一瞬だけ、令が不思議そうな顔をするが、何事もなかったかのように恭也に話し掛ける。

「恭也さんを連れて行ったら、白薔薇さまと黄薔薇さまは喜ぶかもね」

「そうね。お二人も噂は聞いてられるでしょうからね」

「噂通りじゃなくて、がっかりさせるのでは?」

「何故かしら?」

「いえ、俺は格好良くなんかないですから。そんな噂を聞いてられるのであれば、尚更です」

令はぽかんと呆けた様に恭也の顔を見た後、祥子に耳打ちする。

「本気……みたいだね」

「ええ。朝からあんな感じよ」

「はぁ〜、ある意味凄いね」

「全くだわ」

二人が目の前でこそこそと話している所へ、恭也が声を掛ける。

「あの、どうかしましたか?」

「いや、何でもないよ。それよりも、早く行かないと」

「そうね。もう皆、集まってるわね」

祥子と令は恭也を連れ、薔薇の館へと向った。







「あれが、薔薇の館よ」

前方に見えてきた建物を指差し、祥子が恭也に教える。
恭也は一つ頷きながら、その意識の半分以上は、後ろの茂みに向けられていた。

(誰かが潜んでいる。しかし、ここまで潜入したにしては、気配が殆ど消せていないし。囮か)

恭也は自分の背後ではなく、自分を中心とした範囲に何者かが潜んでいないか、気配を探る。

(何も感じられない。いないのか、それとも隠密に長けているのか)

「どうかして、恭也さん」

「いえ」

少し様子が可笑しい恭也に、祥子が声を掛け、それに恭也が答えた時、後ろの茂みから人影が出てくる。
恭也は後ろを振り向きながら、さりげなくその人影と祥子の直線上に移動する。
現われたのは、リリアンの制服を着た一人の生徒だった。

(何故、生徒があんな所から)

少しだけ驚いている恭也と、またかといった呆れ顔でその人物を見詰める祥子と令。

「何か御用ですか?三奈子さん」

「いいえ。今回はつぼみのお二人ではなくて、そちらの転入生に用がありまして」

「俺…ですか?」

「ええ。とりあえず、自己紹介をしますわね。私は築山三奈子です」

「俺は高町恭也です」

「高町恭也さん、ですね」

三奈子は手にしたメモに恭也の名前を綴る。

「で、俺に用とは?」

「単刀直入に申しますと、取材ですわ」

「取材?」

疑問を浮かべる恭也に祥子が説明をする。

「恭也さん、彼女は新聞部の部長なのよ」

「はあ。そういう事ですか。でも、俺なんかを取材しても面白くもないでしょうに」

「そんな事ありませんわ。まだ、半日しか経っていませんけど、恭也さんの事は既に有名ですのよ」

「………それもそうですね」

「あら、自覚はおありだったんですね」

「ええ、女子高に男がいれば、嫌でも目立ちますから。それも、俺みたいな無愛想な奴なら、尚の事です。
 休み時間の度に他のクラスから生徒が来るんのも分かりますよ。皆さん、怖がっているんですね」

「え〜と、…………本気、みたいですね」

「?何がですか?」

「何でもありませんわ。つまり、恭也さんは皆さんが見に来てるのを怖いもの見たさと思っているんですね」

「はい。違うんですか?」

三奈子にしては珍しい二度目の絶句を、祥子たちは面白そうに眺めている。
三奈子は気を取り直すかのように、咳払いを一つし、恭也へと質問する。

「まあ、兎に角、取材をさせて頂きますね」

「いや、俺は……」

恭也の言葉を皆まで聞かず、三奈子は恭也に迫りながら質問をする。

「まず、どこから来られたんですか?」

(必要以上に目立ちたくないんだが……)

恭也は困った様子で、少し後退る。
本気で困っている恭也を見かねて、祥子たちが止めようとした頃、それよりも先に恭也自身が三奈子話し掛ける。
恭也は近すぎる距離にいる三奈子の肩を両手で掴み、少し距離を置くと、その目を真っ直ぐに見詰め、

「すいませんが、勘弁してください。そういった事は苦手なんです」

真剣な表情と真っ直ぐな視線を、思ったよりも近い距離から見て、三奈子は頬を朱に染める。

(はぁ〜。凄く綺麗な瞳……。何か、吸い込まれそう……)

三奈子はボーっと恭也を見詰め、鼓動が早くなるに連れて、胸の辺りに感じる暖かな心地良さと、
肩に感じる恭也の手の温もりに身を委ねる。
一方、恭也は突然、押し黙ってしまった三奈子に、機嫌を損ねたのか心配になり、掴んでいた肩を軽く揺すってみる。
が、反応はなく、どこか意識が飛んでいる様子の三奈子に不安を感じ呼びかける。

「三奈子さん、三奈子さん」

(やはり、突然掴んだ事で驚かせてしまったか。恐怖のあまり、意識朦朧になるなんて)

そんな事を本気で考えつつ、恭也は三奈子に呼びかける。
やがて、三奈子は我に返ったかのように、

「あ、はいっ。何でしょうか?」

声を上げる三奈子に、恭也はほっと胸を撫で下ろす。

「すいません。突然、掴んだせいで、驚かせてしまったみたいですね」

「えーと……、あ、ああ。き、気にしないで下さい」

やっと恭也が何を言っているのか分かった三奈子は、優雅に微笑みながら言う。

「ですが…」

「本当に大丈夫ですから。それに、別に掴まれた事でぼーっとしてた訳では……

「はい?」

「いいえ、何でもありません。で、取材の件ですけど……」

「それは……」

「大丈夫ですわ。嫌がるものを無理してまで、押し通すつもりはありませんから」

「そうですか。助かります」

三奈子の言葉に恭也はほっとし、笑みを零す。
それは微かな変化だったが、間近でじっと恭也の顔を見ていた三奈子はその変化に気付き、再び顔を赤くする。

「大丈夫ですか?顔が赤いようですけど……」

「え、ええ、大丈夫です。そ、それでは、私はもう行きますから。恭也さん、ごきげんよう」

「あ、はい」

三奈子はその場を少し急ぎ足で去って行く。
その様子を祥子と令は茫然と眺めていた。

「まさか、あの三奈子さんが、ね」

令の言葉に祥子は曖昧に頷き、答える。

「それよりも、早く中に入りましょう。長い間、外にいたから体が冷えてしまったわ」

「そうですね。どうもすいませんでした」

祥子の言葉に恭也は自分の所為でもあると謝るが、

「別に恭也さんが謝る事じゃありませんわ」

「しかし……」

「いいから、さっさと入ろう」

令はいつまで経っても平行線を辿りそうな会話を終わらすため、二人に声を掛け、先に中へと入る。

「分かりました」

「では、参りましょうか」

恭也たちは中に入り、階段を上って行く。
その途中、祥子が恭也に話し掛ける。

「恭也さんは、もう少し自覚を持って行動した方が良いと思いますわ」

「確かに、祥子の言う通りだね。この分だと、放課後までにどれぐらい被害者が出る事になるか」

「はい、気を付けます。俺の周りにいたお嬢様は、どうも気さくな奴だったんで、そんなに意識しなかったんですが…。
 やっぱり、こういった所のお嬢様はとても繊細なんですね。
 まあ、俺みたいな奴が突然手を伸ばしたら、怯えて当然ですけど」

苦笑を浮かべながらそんな事を言う恭也に、祥子と令は呆れながら溜め息を吐く。

「恭也さんがどんな人か、大体分かったよ」

「私は令よりも分かっていたつもりだけど、その認識を改めないといけないわ」

祥子と令は顔を見合わせると、微かに笑い合う。
恭也は何が可笑しいのか分からず、首を傾げるのだが、その行為が可笑しく、また二人は笑う。
やがて、階段を上りきると、恭也の目の前に扉が現われる。
祥子はその扉をノックすると、ゆっくりと開けていった。





つづく




<あとがき>

まりとらの第3話ですね。
美姫 「う〜ん、本当に久々の更新ですわね」
…………。
美姫 「いかがなさいまして?」
あ、あんたは誰?
美姫 「いやですわ、浩様。私は美姫じゃありませんか」
う、嘘つけ!美姫がそんな言葉を使うか!
美姫 「酷いですわ……、シクシクシク」
あう、あう、あう。(オロオロ、オロオロ)
こ、これは夢だ、幻だー!
美姫 「では、皆さま、浩様が錯乱されているようなので、今回はこの辺りでごきげんよう」
うそだーーーーー!





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