『マリアさまはとらいあんぐる』



第4話 「三薔薇」






祥子は開けた扉の中へと入って行く。
その後に続くように令、恭也と入る。

「あ、お姉さま。今、お茶を入れますね」

祥子が席に着くなり、祐巳は席を立つ。

「ええ、三人分お願いね」

「あ、はい」

「で、祥子。そちらの方は?」

「祐巳が戻ってからご紹介しますわ、お姉さま」

祥子の隣に腰を下ろした恭也を見ながら、全員が祐巳が戻って来るのを待つ。
そして、祐巳が席に着いたのを見て、祥子は恭也を紹介する。

「こちらは本日転入してこられた高町恭也さんです」

祥子の紹介で、恭也は頭を下げる。

「高町恭也です」

その後、既に紹介が終わっている令を除いたメンバーが紹介をする。

「で、その恭也さんが何故ここに?」

蓉子の問い掛けに祥子が答える。

「どうも恭也さんは知らない人に囲まれるのは苦手らしいので。
 たまたま席が隣だった事もあり、私と一緒する事になったんです。
 ここなら落ち着いてお昼を食べれるでしょ」

そう言いながら祥子は包みを開け、弁当を出す。

「まあ、ここならこのメンバーだけなのは確かよね」

「ええ、そうね」

聖の言葉に蓉子は頷く。

「それに噂の転校生を見れたのもラッキーかも」

「確かに、生徒たちが騒ぐのも無理はないわね」

「ん?ひょっとして蓉子の好みだったり?」

「あのね、何でそうなるのよ。私はただ一般的な意見を述べただけで……」

「はいはい。そんなにむきにならなくても良いでしょ」

「ったく、あなたは……」

「でも、紅薔薇さまの言う通り、これは騒ぐはずだわ」

「結構、噂っていうのはいい加減なはずなんだけどね」

由乃や江利子も半ば感心したような声を上げ、それに祐巳も頷きながら答える。

「本当ですね。蔦子さんも一度見てみたいとは言ってたけど…」

祐巳の言葉に由乃が驚きの声を上げる。

「ま、まさか祐巳さんが祥子さまに関する事以外の噂を知っているなんて!」

「あ、あのねー、由乃さん。私だって噂を聞くことぐらいあります。そりゃ、滅多に聞かないけど」

「あははは。冗談だって。そんなに拗ねないでよ」

「べ、別に拗ねてなんか……ぎゃぁ!」

「う〜ん、拗ねてる祐巳ちゃんも可愛い」

「白薔薇さま、は、離して下さい」

「もう少しだけ〜」

「白薔薇さま!祐巳を離してくださりませんか」

「おお、怖い。蓉子〜、怖いお姉さんが虐めるの〜」

「馬鹿な事やってないで、席に座りなさい。祥子も落ち着いて」

ふざける聖を軽く窘め、蓉子はマイペースで弁当に箸を付ける。
恭也はそんな様子をやや茫然と眺めていた。
それに気付いた令が声を掛ける。

「驚いた?」

「いえ、そんな事は」

「ははは。そう?まあ、大体いつもこんな感じなんだけどね。だから、そんなに畏まらずに、もっと楽にして」

「はあ」

「お姉さま、やけに優しいですね」

「そう?そんな事はないと思うけど」

「まあ、確かに噂通りみたいだけど、まさか令ちゃん」

「何を言ってるの由乃。それと、令ちゃんじゃなくて…」

「お姉さま、でしょ」

「分かってるんなら…」

「あ〜、もう、分かってますってば」

二人を止めるかどうか迷っていると、祐巳が話し掛けてくる。

「あの二人はいつもあんな感じなんで大丈夫ですよ。きっと、あれが二人のコミュニケーションなんですよ」

恭也は祐巳の言葉と目の前のやり取りを見て、それに納得する。

「しかし、噂ってどんな噂なんですか?」

「知らないんですか?」

祐巳の言葉にさっきまで令とじゃれていた(?)由乃が口を挟む。

「祐巳さん。普通、噂っていうのは本人の耳には聞こえてこないもんよ」

「あ、そうか」

「いえ。一つは聞いたんですが……。どうも色々と間違った噂が立っているようなので、どうなっているのかと。
 それで先程も勘違いされた方が一人いたみたいですし。しかも、その方には迷惑を掛けたみたいですし……」

恭也の言葉に興味を抱いたのか、江利子が話を聞いてくる。
それに対し、恭也は簡単に先程薔薇の館の前であった出来事を話して聞かせた。

「えーと……。蓉子、どう思う?」

「間違いなく本気で言ってるわよ。ねえ、江利子?」

「ええ」

「しかし、あの三奈子さまがねー」

「由乃、ちょっと言い過ぎよ」

「よ、世の中には色んな人がいますから」

「祐巳、それはフォローになってないわよ」

口々に好き勝手に言う山百合会の面々に、恭也は一人首を傾げている。

(俺は何か変な事でも言ったのか?)

一人考え込む恭也に、祥子が笑いを堪えた様子で声を掛ける。

「それよりも、早くお昼にしましょう。このままだと時間がなくなるわ」

その言葉に全員が中断していた昼食を開始する。
恭也も我に返ると弁当を取り出す。

「やっぱり男の子って結構食べるのね」

「そうですか?」

恭也の取り出した弁当箱の大きさを見て、江利子がどうでもいいように呟く。
恭也は蓋を開け、中身に箸を付ける。

「そう言えば、志摩子どうしたの?さっきから黙り込んでるけど」

「あ、いえ。な、何でもありません、お姉さま」

「そう?なら良いんだけど……」

志摩子は恭也を一度見ると、再び俯き弁当を食べる。
それを見た恭也が心配そうに声を掛ける。

「本当に大丈夫ですか?どこか具合でも悪いんじゃ…」

「ほ、本当に何でもないんです」

「そうですか。なら、いいんですが。あまり無理をしない方が良いですよ」

「あ、はい。ありがとうございます」

志摩子は微笑みながら恭也に礼を述べる。
それを見た恭也は照れたように、視線を逸らし、誤魔化すように弁当を食べる。

「あれ?恭也さんと祥子の弁当の中身一緒だね」

令の言葉に全員が二人の弁当を除く。

「本当ね。偶然にしてはあまりにも作りが似すぎてるわ」

呟く聖に同意するかのように蓉子も頷くと、祥子に尋ねる。

「祥子、これは偶然なのかしら?」

「「………………はぁ〜」」

期せずして、お互いに目を合わせ、同時に溜め息を吐くと、祥子が説明をする。

「へぇ〜、なんか面白い事になってるじゃない」

「黄薔薇さま、別に面白くなんてありません。それよりも、この事は……」

「そうね。ここにいるメンバー以外には知られない方が良いわね。特に……」

「新聞部よね」

蓉子の言葉を継いで、聖が言う。
その言葉に全員が頷く中、恭也は、

「でも、あの新聞部部長の三奈子さんは、結構話の分かる方かと思いますけど。
 もし、ばれてもちゃんとお願いすれば分かってくれるんでは?」

恭也の台詞に苦笑しながら聖が答える。

「確かに記事にはしないかもね。でも、他の事で揉めるかもしれないしね」

「はあ。まあ、確かにあまり知られない方が良いのは確かですから」

「そうね。この事は秘密でいきましょう」

蓉子の言葉に全員が頷く。
そして、再び食事を再開する。

「そう言えば、恭也さんは食べれない物とかはないの?
 もし、駄目なものがあるのなら、予め言っておいて頂ければ、出さないようにしますから」

ふと思いついたように言う祥子に恭也は、

「いえ、特にありませんけど。あ、甘いものはちょっと苦手ですが」

「そう、なら良いんです」

「しかし、甘いものが苦手って、恭也くんのイメージ通りというか、何と言うか」

「そうですか?」

聖の言葉によく分からないと首を傾げる。

「でも、みたらし団子とかは好きですよ」

「それと熱いお茶?」

「ええ」

「ますますイメージ通りだ」

「聖さん、因みに俺のイメージって?」

「う〜ん、一言でいうと侍?というか、昔気質」

聖の言葉に皆は声にこそ出さないが、内心頷く。

「やっぱり和食が好きとか?」

「そうですね。煮物とかかなり好きですけど」

「ははは、やっぱり」

笑う聖を余所に、志摩子は自分の弁当を差し出すと、

「宜しければどうぞ」

「はい?」

意味が分からず尋ねる恭也に、

「いえ、煮物が好きなんですよね。煮豆とかありますから、宜しければどうぞ」

「でも……」

「遠慮なさらずにどうぞ」

折角の好意を断わり続けるのも悪いと思い、恭也は箸を伸ばし、それを摘む。

「……美味い」

恭也の言葉に志摩子は嬉しそうな顔をする。

「これは、お母さんが?」

「あ、いえ。私が作ったんですけど」

「はぁー、凄く美味しいですよ」

「ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ、ご馳走さまです」

そんな恭也と志摩子のやり取りを見ていた聖が、志摩子の背後へと周り、抱きつく。

「志摩子〜」

「お姉さま、どうかなさったんですか?」

「う〜ん、どうかなさったんですよ」

楽しそうに笑いながら、その耳元に囁く。

「そうか、そうか。蓉子じゃなく、志摩子の好みだったか」

「お、お姉さま!」

志摩子は顔を赤くし、珍しく慌てた声を上げる。

「まあまあ。落ち着いて」

志摩子を軽くいなしながら、聖は再び志摩子にだけ聞こえるように囁く。

「まあ、頑張りなさい」

そう言って志摩子の肩を軽く叩くと、自分の席へと戻る。
後に残された志摩子はどうして良いのか、戸惑ったような顔をして、ただ黙って座っていた。
その後は特に何事もなく昼食を終え、他愛もない話に花を咲かせていた。
と、話の切れ目で蓉子が話し掛ける。

「じゃあ、今日の放課後は特に予定もないことだし、皆で恭也さんに学校案内でもしてあげましょうか」

「そうね、それは良い考えだわ。ね、志摩子?」

「そ、そうですね。今日転入されてきたばかりなら、よく知らないでしょうし」

「じゃあ、特に反対もないみたいだし、放課後ここに集合で良い?」

蓉子は全員を見渡してそう告げる。
それに対し、誰も反対せず頷いた。

「どうもありがとうございます」

そんな祥子たちに礼を言った所で、予鈴が鳴る。

「さてと、じゃあ授業に行きましょうか」

聖の言葉を皮切りに、全員が席を立ち薔薇の館を後にした。





つづく




<あとがき>

う〜ん、志摩子か。
美姫 「台詞は蓉子や聖の方が多いかもしれないけど、何か志摩子がメインっぽくない?」
気のせいだよ。きっと……。
美姫 「でも、タイトルは薔薇さまたちっぽいのにね」
はははは。ま、まあ、次回は学校案内編って事で。
美姫 「無事に出るかな?」
それは、薔薇だけが知っている……。なんてな。
美姫 「では、ごきげんよう」





ご意見、ご感想は掲示板こちらまでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ