『マリアさまはとらいあんぐる』



第6話 「平穏な昼時」






翌日の朝、祥子と一緒に登校する恭也。
と、背後から声を掛けられる。

「ごきげんよう、お姉さま、恭也さん」

「ごきげんよう祐巳」

「おはようございます」

二人から三人になった恭也たちはそのまま門を潜り、マリア像の前に来る。
祥子と祐巳は当然のように目を瞑り、手を合わせお祈りをする。
それを恭也は茫然と眺めながら、自分もするべきかどうかを考え、とりあえず形だけでも真似をする。
下駄箱で祐巳と分かれ、二人は自分たちの下駄箱を開ける。
恭也が開けた途端、中から幾つもの手紙が溢れ落ち、辺りに散らばる。

「これは……?」

疑問を浮かべながらも、とりあえずそれらを拾おうとしゃがみ込む。
と、横から手が伸びてきて、恭也の作業を手伝う。

「あ、すいません祥子さん」

「いいえ。お気になさらずに。でも、昨日の今日でこんなにたくさん手紙が来るなんて、人気ありますね」

「多分、差出人を間違えたんじゃないですか」

「ここは女子校ですよ。それに、ほら」

そう言って祥子は拾った手紙の差出人を恭也に見せる。
そこには間違いなく、恭也の名前が書かれていた。
それを見て、恭也は複雑そうな顔をすると、

「皆さんで俺の事をからかっているのか、ただ純粋に面白がっているだけですよ」

「まあ、好奇心ってのはあるかもね」

と、恭也と祥子の後ろから第三者の声が掛けられる。

「令」

「ごきげんよう祥子、恭也さん」

「ごきげんよう令」

「おはようございます令さん」

祥子の呼び声に挨拶をすると、令もしゃがみ込み一緒に拾い始める。

「あ、ありがとうございます」

「気にしない、気にしない。それに、早く回収しないと、他の生徒も登校してるしね」

令の言葉に二人は頷くと、作業を再開する。そして全ての手紙を回収し終えると、

「ありがとうございました」

改めて礼を述べる恭也。

「良いって。それよりも急いで教室に行かないとね」

「そうね。まだ時間は充分あるけど、ここで立っていてもしょうがないし」

「そうですね。じゃあ、行きましょうか」

三人は、それぞれの教室へと向って歩きながら話をする。

「そう言えば、恭也さんは今日のお昼はどうするの?」

令の言葉に恭也は少し考え、

「そうですね。出来れば、祥子さんと一緒させてもらおうと考えてますけど」

恭也の言葉に少し身構えた祥子だったが、恭也を見て深い意味はないと分かり、肩の力を抜く。

「私は別に構いませんけど」

「そうですか。では、ご一緒させて頂きます」

「じゃあ、薔薇の館かな?」

「ええ。そのつもりよ」

「じゃあ、お昼にまた」

「ええ」

「はい、また」

それぞれの返事を聞いて、令は教室に入って行く。

「じゃあ、私たちも教室に行きましょうか」

「そうですね」

それを見届け、祥子と恭也も教室へと向った。
恭也は窓から空を見上げ、

(はぁー。眠ることの出来ない授業がまた始まるのか……)

今はここにいない親友に聞かれたら、それが当たり前だと突っ込まれそうな事を考えながら、
そっと胸中で溜め息を漏らすのだった。







昼休みになり、恭也と祥子は連れ立って教室を出て行く。
その様子をクラスメイトは興味深げに眺めていた。
そんな彼女達の様子にも気付かず、二人は薔薇の館へと着くと弁当を広げる。

「で、恭也くん、もうこの学園には慣れた?」

「聖、幾ら何でもそれは早すぎるわよ」

「そうかな?」

「お姉さまの言う通りです、白薔薇さま。恭也さんは昨日、転入してきたばかりですよ」

「でも、祥子が色々と面倒を見てあげてるんでしょ?」

「べ、別に面倒なんか見てません」

「そんなにむきにならない、ならない」

「別になってません」

突っかかる祥子を軽くいなす聖を横目に、蓉子が恭也に訪ねる。

「で、授業の方はどう?」

「………さっぱりです」

僅かに顔を顰めながら答える恭也に、蓉子も笑みを零しながら、

「前の学校の方が遅れてるのかしら?」

「いえ、そんな事はないんですが…。一応、何とかついてはいけて……ると思います」

微妙に言葉を濁す恭也に対し、それ以上追求するのを止める蓉子。
その隙を縫うように江利子が話し掛ける。

「そう言えば、今朝凄かったらしいわね」

その口調はどこか面白がっているようにも取れる。

「今朝?……ああ。ええ、まあ」

江利子の言っている事に思い当たった恭也は頷く。
それを目の当たりにした祥子と令も話しに加わる。

「ええ、確かに黄薔薇さまの仰る通りですわ」

「確かにね。下駄箱を開けた途端、収まりきらずに一気に溢れ出てたしね」

事情をしらない祐巳に由乃がこっそりと朝の件を伝える。

「しかし、よくご存知ですね」

「そりゃあね。結構、目撃した子たちがいたし…」

「その人たちによって噂になってましたから」

聖の言葉を志摩子が続けるように言う。

「で、志摩子は朝からご機嫌斜め?」

「お、お姉さま!」

「はははは。怒らない、怒らない」

「で、恭也さんはどうするの?」

「どうすると言われましても。別に特に考えてないですよ」

「気に入った子はいなかったんですか?」

蓉子の質問に答える恭也に祐巳が尋ねる。

「いえ、それ以前に会った事もない人たちですし。それに、多分皆さん、珍しいだけですから。
 放っておけば、すぐに元に戻ると思いますよ」

「でも、放っておくというのは…」

「祐巳。それは恭也さんが決める事で、私たちが口を出す事ではないわ」

「でも…」

「勝手に手紙を出したんだから、その返事が来ないからと言って文句を言うのは間違いよ。
 ちゃんと出した手紙なら兎も角ね。それに、一人に出したら、全員に出さないといけないでしょう。
 あれだけの数に返事を出すのは、とても一日やそこらでは無理よ」

「祥子さんの言う通りです。でも、祐巳さんの良いたいことは分かります。
 好奇心からでも、わざわざ俺なんかに出してくれたんですから。
 きちんと返事を出すべきなのかもしれません。でも、会ったこともない人にどういった返事を出せばいいのか。
 だから、この件は手紙をくれた人には悪いですけど、放置するしかないんです」

恭也の言葉に祐巳は渋々といった感じで納得する。

「そう言えば、恭也さんは何処から来たの?」

蓉子の質問に他の面々も興味津々といった感じで恭也を見詰める。

「海鳴市ですが」

「恭也さんの学校は何と言うところ?」

「えっと……」

(多分、調べる事もないだろうし…)

「風芽丘という所です」

「で、ご家族は?」

次々と質問してくる蓉子に聖はその顔に笑みを貼り付け、江利子は面白そうに見詰める。

「えっと、妹が二人と母が一人。後は姉的存在が一人に妹分が二人ですね」

「姉的に妹分?」

「えっと、姉的存在というのは、幼馴染で家族当然なので。で、妹分というのは母の知り合いの子を預かっておりまして。
 もう一人はよく家に来るというか、ほとんど居候みたいなものでして」

「成る程ね。後……、って、何よ二人とも」

更に質問をしようとした所で、自分を見詰める聖と江利子に気付き、声を掛ける。
それに対し、二人は計ったかのように声を揃え、

「「別に〜」」

「嘘仰い。その顔のどこが別になのよ」

「私はただ、面白い事になるかな〜って思って、見ていただけよ」

「私はやっぱり蓉子の好みだったか、と」

「江利子は兎も角、聖!貴女はすぐにそうやって」

「うんうん。分かってるって。私と蓉子の仲じゃない」

「聖!」

「あらあら。相変わらず仲がよろしいわね、紅薔薇さまと白薔薇さまは」

「江利子も遠慮せずにどうぞ」

「いいわ。私は見ている方が面白いもの」

「私は面白くないわ」

「まあまあ、蓉子も落ち着いて」

「あのね、誰が怒らせているのよ」

「でも、否定しないって事は…」

「あ、あのね…」

「紅薔薇と白薔薇のつぼみの争い……。面白いわ。一層の事、うちからも誰か出てくれないかしら。
 そうすれば、三薔薇の争いになって更に面白くなるのに」

そう言いながら、令と由乃を見る。
が、二人はそれに気付かない振りをして話をしている。
最も江利子の言葉は聞こえているはずだし、視線も感じているのだろう。
話している内容が全くかみ合っていなかったりする。
それを見て、つまらないといった顔をすると、江利子は再び今一番面白いと思われる事、
即ち、蓉子をからかう聖という二人のやり取りを眺める。
そんな薔薇さま方の喧騒を余所に、我関せずを決め込む祥子と、どうすれば良いのかと困る祐巳と恭也。
やがて、祐巳は話を逸らそうと、自分と同じ様に困惑している恭也に話し掛ける。

「そ、そう言えば、恭也さんのお父さんは?」

「祐巳さん」

そう尋ねた祐巳の腕を横に座っていた志摩子が引っ張る。

「ふぇっ?」

突然の事に間の抜けた返事をする祐巳に対し、全員が小さく首を横に振る。
意味の分からない祐巳は、さらに間の抜けた顔をしつつ首を傾げる。
それに気付いた恭也は苦笑をしつつ、話し出す。

「父は数年前に仕事で亡くなりました」

「あっ!」

恭也の話を聞いて、祐巳は全員が敢えてその件に触れなかった事を痛感し、自分の迂闊さを悔やむ。
そんな祐巳に恭也は優しく微笑みながら、まるで幼子をあやすように優しく話す。

「気にしなくても大丈夫ですよ。もう前の事ですし」

「ご、ごめんなさい」

恭也の言葉を聞いているのかいないのか、祐巳は勢いよく頭を下げ謝るが、机におでこをぶつけてしまう。

「イタッ!」

勢いよく打ち下ろされ、盛大な音と共に額を赤くした祐巳は、あまりの痛さに涙目になりながら顔を上げる。
それを見て、聖が一番最初に大声で笑い出す。

「はっ、はははははは。さ、さすが祐巳ちゃん。もう、最高〜」

「祐巳さんったら…。あ、あはははは」

豪快に笑い声を上げる聖と由乃程ではないが、他の面々も可笑しそうに笑う。
一応、祐巳に遠慮してか、隠れるように笑うもの、肩を震わせ何とか笑いを堪え様とするもの、
大声ではないけど、遠慮なく笑っているもの、様々な反応の中、当の本人は恥ずかしさの余り、痛みを忘れ、
赤くなった顔を隠すように俯く。
そんな祐巳に近づく影が一つ。
心配した顔で祐巳に近づいたのは、彼女の姉である祥子、ではなく恭也だった。
恭也は祐巳の傍に屈み込むと、一言断わってから、そっと顔を上げさせると、祐巳のぶつけた個所を見る。

(えっ、えっ、えぇぇ〜〜〜〜)

至近距離に異性の顔があるという状況にパニックに陥る。
真剣な顔の恭也を間近に見て、祐巳は自分の鼓動が早くなるのを感じる。

(わっわっわ。……はぁ〜、皆が騒ぐのも分かるような……。
 神様って不公平……。何で、私の周りの人たちって皆綺麗な人ばかりなんだろう)

赤くなったり、落ち込んだりする祐巳に恭也は声を掛ける。

「そんなに大した怪我にはなっていないみたいですが、あまりにも痛いようでしたら念の為、保健室に行かれた方が良いですよ」

「だ、大丈夫です!はい、それはもう完璧なぐらいに」

「本当ですか?」

「ええ、本当です」

「そうですか。なら良いんですが」

そう言うと恭也は祐巳から離れ、自分の席に戻る。
それをほっとしながら眺めていると、自分を見る視線に気付く。
羨ましそうな、それでいて怨めしそうな視線を投げてくる者が二人程。

(紅薔薇さまに志摩子さん、その目はちょっと怖いです…)

そして、面白そうに眺めている視線が同じく二つ。

(白薔薇さまも黄薔薇さまも楽しまないで下さいぃぃ)

怨めしげに見る祐巳に気付いた聖が、にっこりと微笑む。

「祐巳ちゃん、そんなに見詰めたら照れるわよ」

「見詰めてません」

「ちぇっ、それは残念」

本気で残念がる聖を見ながら、祐巳はこっそりと溜め息を吐いた。
それから、何とか雰囲気もいつも通りに戻り、話をしていると、突然扉がノックされる。
誰かがどうぞと答えるや否や、勢いよくその扉が開き、一人の生徒が姿を現す。

「すいません、ちょっとお聞きしたい事が」

息を切らし、慌てた様子でその生徒は一気に捲くし立てる。
そして、この館にいる者たちは、揃ってそれをどこか茫然と眺めていた。





つづく



<あとがき>

事態が展開?
美姫 「何故、疑問形なのよ」
それは次回を見てのお楽しみ。
美姫 「本当に?」
え、ええと。そこで聞き返されても……。
と、とりあえず、次回!
美姫 「うわっ。強引な話の切り方。そんなんじゃ、納得しないわよ。って、もういないし…。
    え〜と、ゴホン。そういう訳で、また次回!」





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