『マリアさまはとらいあんぐる』



第7話 「新聞部の企み?!」






「すいません、ちょっとお聞きしたい事が」

扉を開けるなり、挨拶もそこそこに息を切らしながら、一気にそう捲くし立てる生徒。
生徒を茫然と眺めていた祥子たちは我に返ると、

「三奈子さん、幾ら何でも不躾じゃありませんこと」

「非礼はお詫びします。でも、どうしても確認しておきたい事があったものですから」

「そうだとしても、あまりにもいきなりじゃありませんか?」

祥子の言葉に三奈子は大人しくなる。
それを取り成すように恭也が口を挟む。

「三奈子さんも反省されているみたいですし、それぐらいで」

思わぬ所からの援護に祥子は仕方がなく、それ以上の追求を止め、三奈子は嬉しそうな顔をして恭也を見る。

「まあ、恭也くんの言う通りだね。とりあえず、三奈子さんも座って」

聖の言葉に従い、三奈子は空いている席に腰を下ろす。

「じゃあ、話を聞きましょうか」

「確か、聞きたい事があるのよね」

聖の言葉を皮切りに、蓉子が三奈子に尋ねる。

「誰に何を聞きたいのかしら?」

その顔に笑みを浮かべながら、蓉子は三奈子を見る。
それから目を逸らす事無く、三奈子は並んで座っている恭也と祥子を見る。

「恭也さんと紅薔薇のつぼみにですわ」

「「俺(私)にですか?」」

三奈子の言葉に二人は同時に聞き返す。
それに頷き、三奈子は言葉を続ける。

「実は、今校内で一つの噂が立っています。その噂はご存知ですか?」

その言葉にその場にいる全員が首を横に振る。
それを確認して、三奈子は話を続ける。

「どうやら山百合会の皆さんの耳には、入らないように噂が広まっているようですね。
 最も、この噂が急に広がり出したのは今さっきのことなんですけどね」

「でも、急に噂が広がる訳もないから、前から…正確には昨日からかしら。
 兎に角、今広がっている噂の下地みたいなものはあったって事ね」

「その通りです。流石は紅薔薇さま」

そのやり取りを聞いて、首を傾げる祐巳に、由乃が溜め息混じりに説明をしてあげる。

「だから、三奈子さまは噂の事を聞きにきた訳でしょ」

その言葉にうんうんと頷く祐巳。

「で、その話を祥子さまと恭也さんに聞きに来たって仰ったわよね」

またしても頷く祐巳に、由乃は物覚えの悪い生徒に対するように、ゆっくりと噛んで言い聞かせていく。

「だとすると、噂の主は祥子さまと恭也さんって事よね」

「あっ!」

「だとすると、その噂は速くても昨日からって事になるの。それ以前には、恭也さんがいないんだから。
 分かった、祐巳さん」

コクコクと頷く祐巳に、由乃はよく出来ましたと、頭を撫でる。

「よ、由乃さん」

「ははは。ごめん、ごめん。祐巳さんがあまりにも可愛かったから、つい」

「祐巳ちゃんも納得したみたいだし、話を戻すけど……。
 三奈子さんはそれでその噂の真偽を確かめ、あわよくば記事にしようって事?」

聖の言葉に、しかし三奈子は首を横に振る。

「そんなつもりはありませんわ。恭也さんとは記事にしないと約束しましたもの」

「へ〜、アノ三奈子さんが記事にしないなんて珍しいわね」

やけにアノを強調して言う江利子に三奈子は少し慌てながらも、表面上は平然を装って喋る。

「そ、それは、事前に約束をしていたからで、べ、別に変な意味はありません。わ、私だって、それぐらいの分別…」

が、見事にどもっており、決して上手くいったとは言えなかったが。
案の定、聖と江利子はその顔に笑みを浮かべる。

「黄薔薇さま、山百合新聞っていうのをやってみるのも面白くない?」

「あら、それは面白そうね。タイトルはさしずめ『敏腕女記者の恋?』って所かしら」

「白薔薇さま!黄薔薇さま!」

「や〜ね。冗談よ冗談。そんなにむきにならなくても良いじゃない。ほら、恭也くんも見てるわよ」

「あっ」

聖の言葉に顔を赤くし、大人しくなる三奈子。
それを聖は面白そうに、他の面々は驚きながら見ていた。
最も江利子だけは心底、残念そうな顔をして、

「何だ、冗談だったの。残念だわ」

と、呟いていたが。

「で、聞きたい事と言うのは何なのかしら」

これ以上は話が進まないと思ったのか、祥子は三奈子に尋ねる。

「あ、はい。じ、実は……、そ、その」

三奈子はチラチラと恭也を見ながら、言い難そうである。
それを感じたのか、祥子も特に促す事をせず、三奈子が話し出すのを待つ。
やがて、

「実は、恭也さんと祥子さんが実は付き合っているという噂が……」

「「はい!?」」

あまりにもな内容に、期せずして二人から素っ頓狂な声が上がる。

「昨日、今日と揃って昼食を取られているし、登下校を一緒にしていたという情報もありまして…」

「昼食はここで皆と一緒に取っているじゃないですか。別に二人だけという事はないでしょ」

「ですが、それを知らない方たちもいる訳でして。後、登下校の件は…」

「それは俺の家が祥子さんの家から近いので、途中で会うからかと」

平然とそう言う恭也に、山百合会の面々は多少驚くが、それを表面には出さない。
最も、祐巳だけは複雑そうな顔をしたが、それは祥子の家の近くに住んでいる恭也が羨ましいからだと三奈子は判断したのか、
それとも、恭也に注意がいっていて祐巳の様子に気付かなかったのか、どっちにしろこの場合は助かった事に変わりはない。
三奈子は恭也の説明を聞き、そっと安堵の吐息を零す。

「そういう事でしたか」

「はい。しかし、そんな事が噂になっているとは……」

恭也は心底困ったような様子で考え込む。

(変な噂が立って祥子さんに迷惑が掛かるのは困るな。
 それに、噂の所為で身動きが取れなくなるのも困るしな。どうしたもんか)

その様子を勘違いしたのか、三奈子が声を上げる。

「恭也さん、その噂の件は任せてください」

「任せると言っても、どうするんですか?」

「ふふふ。大丈夫です。この噂を持って来たのは、うちの一年生なんですけどね。
 そんな間違った情報で記事を書くなんてさせませんから」

この三奈子の台詞に、由乃は祐巳に耳打ちをする。

「いつもは真偽なんか二の次のくせにね」

「あ、あはははは」

そんな二人のやり取りに気付く事無く、三奈子は恭也に近づくと、更に話し掛ける。

「放課後に号外を出して、その噂を否定しますから。恐らく、それで大丈夫ですわ」

「そういうものですか?」

半信半疑の恭也に、蓉子が答える。

「そうね。噂は広がるのも速いけど、上書きされるのも速いしね」

「まあ、話が大きくなる事もよくある話だし」

「聖!」

「何よ、本当の事じゃない」

「それもそうよね。だから、面白いのだけど」

「江利子まで」

「でも、白薔薇さま、黄薔薇さまの仰る事も確かです。ですから、もっとインパクトのあるニュースを流せば良いんですよ」

「例えば?」

聖の言葉に、我が意を得たりと言わんばかりに笑みを浮かべる三奈子。

「ええ。例えば、山百合会主催のイベントを行うとか」

「ははー、上手い事考えたわね」

「あら、それは心外ですわ。私はそちらの方が確実と言ってるだけですから。
 それに、この件がなくてもイベントはお願いしようと思ってましたから」

「因みに、イベントというのは?」

「ふふふ。それは、もうすぐ迫ってきているバレンタインに関してのイベントですわ」

「それはすぐには返事できないわね。内容を聞いてみない事には。それに、それを聞く時間はないみたいだし」

蓉子の言葉に、三奈子は分かっていると頷き、

「ええ、それはもう分かっていますわ。ですから、この件は放課後にでも」

「……そうね。放課後にでも改めて聞くわ。でも、それだと恭也さんの噂の件はどうなるのかしら?」

「大丈夫ですよ。そっちは私がちゃんと号外を出して、否定しておきますから。
 ただ、その後にそれよりも大きなインパクトのあるニュースを流せば……」

「生徒の関心は自ずとそちらへ向くという訳ね」

「そういう事です、白薔薇さま」

「何か、三奈子さんにとって得な事ばかりのような気がするんだけど?」

「それは勘繰りすぎですよ、白薔薇さま」

「そういう事にしておいてあげるわ」

「ええ。では、私はこれから少し忙しくなるので、これで。では、恭也さん、皆さん、ごきげんよう」

「ごきげんよう」

「三奈子さん、ありがとうございます」

三奈子に挨拶をする山百合会の面々の中、恭也は立ち上がり三奈子に頭を下げる。
そして、微かだが微笑を浮かべる。
それを見て、三奈子は頬を染めると、

「そ、そんな。お礼を言われる程の事ではないですから。で、では」

しどろもどろにそう言うと、三奈子は外に出て行った。

「はー。とりあえず、皆、放課後に集合してね」

蓉子の言葉に頷くと、揃って席を立つ。

「じゃあ、とりあえず解散ね。また、放課後に」

一緒に教室へと戻る途中、祥子がぼそりと呟いた言葉が、やけに恭也の耳に残った。

「大変な事にならないと良いけど……」





つづく



<あとがき>

さて、続きを急がないとな。
美姫 「バレンタインイベントが起こるのね」
そういう事だよ。
でも、時期的にはまだ一週間以上あるから。
美姫 「ふ〜ん。どっちにしても、早く書かないとね」
おう、分かってるって。じゃあ、俺は作業に戻るからな。
美姫 「OK.と、言う訳で、また次回までごきげんよう」





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