『マリアさまはとらいあんぐる』



第8話 「ヴァレンタインイベント立案」






放課後の薔薇の館。
今、ここで、新聞部部長、築山三奈子の口から昼休みに話していた続きが語られるところだった。

「そのはずだったんだけどね〜」

「肝心の三奈子さんが、まだではね」

聖の言葉に蓉子も頷く。
そこへ令が声を挟む。

「何でも、号外を出す関係で少し遅れるそうです」

「そう。じゃあ、その間お茶でも飲みながら、ゆっくりと待つとしますか」

聖の言った言葉に、1年生三人は立ち上がると、お茶の準備を始める。

「あ、俺も手伝います」

「いえ、大丈夫ですから」

「そうそう。恭也さんは大人しく待っててください」

「しかし…」

「それに、4人はスペース的にちょっと」

志摩子の言葉に、恭也は納得すると大人しく座る。
それから、三奈子が来るまでの間、お茶を楽しみ。

「恭也さんは紅茶派かしら、それともコーヒー派?」

蓉子がそんな話題を持ち出してくる。

「そうですね。俺自身は熱い日本茶が一番好きですが、紅茶とコーヒーなら、紅茶の方ですかね」

「そう」

恭也が紅茶の方を多く飲むのは、姉的存在が大きく影響していたりする。
そんな感じで話をしていると、扉がノックされ三奈子が現われた。

「お待たせいたしました」

「三奈子さんも紅茶でよろしいですか?」

「お願いします。丁度、喉が渇いてて。遠慮なく頂くわ」

祥子の言葉に三奈子は一も二もなく頷く。
祐巳が用意しようと立ち上がるよりも早く、恭也が立ち上がる。

「今度は俺も手伝いますよ。皆さんの分もいるでしょうし」

恭也はそう言うとさっさと歩いて行く。
その後を祐巳が追う。
それを見て、志摩子も立ち上がろうとするが、恭也はそれを制すると祐巳と二人で準備を始める。
恭也の横に並び、祐巳は紅茶の葉を取り出す。
恭也はそれを受け取ると、慣れた手つきで淹れていく。
それを感心した様子でボーっと眺める祐巳。
それから数分後、恭也はティーポットを持って、皆の所へと戻ると、それぞれのカップに注いでいく。
その姿も様になっていて、志摩子や蓉子、三奈子ならずとも思わず感嘆の声を漏らす。

「恭也さん、やけに手馴れていますね」

「そうなんですよ、お姉さま。さっき紅茶を淹れるときも結構、手馴れてました」

全員の視線が自分に向けられている事に気付き、恭也は説明する。

「うちの母が喫茶店を経営してまして。母と姉的存在から紅茶の淹れ方は、徹底的に鍛えられましたから。
 それよりも、どうぞ」

そう言って恭也の勧めたお茶を口に含む。

「美味しいわ」

祥子が最初に感想を言うと、それに続くように全員も感想を述べる。

「それはありがとうございます」

「さて、それじゃあイベントというのを詳しく聞こうかしらね」

ある程度落ち着いた頃を見計らって、聖がそう告げる。
それを受け、三奈子も顔つきを少し変えると、自分の考えを語り出した。

「つまりですね。バレンタインデーである14日の土曜日、この日の午後に山百合会主催でイベントを、という事です。
 イベントの内容と致しましては、簡単なゲームのような物を開きまして、その優勝者には何かプレゼントを、といった所です」

「ゲームの内容とプレゼントの方はもう、決まってるんじゃないの?」

「流石、紅薔薇さま。ただ、これはあくまでも私の案ですから、他に何かあれば仰ってください。
 まず、ゲームはつぼみのお三方にそれぞれの色のカードを隠して頂きます。
 そして、それを見つけてきた人を優勝者とします。
 それで、プレゼントの方なんですが、これはつぼみとの一日デートという事で」

「反対!絶対に反対!そんな人身売買みたいな事、絶対に反対です」

「よ、由乃さん、人身売買って…」

「甘いわ、祐巳さん。よく考えてみなさいよ。どこの誰とも分からない人と、デートをさせるだなんて明らかに自身売買じゃない」

「でも、相手は同じリリアンの生徒なんだし」

「祐巳さん、よーく考えてみてよ」

そう言うと由乃は声を潜め、祐巳にだけ聞こえるように話す。

「つぼみとのデートって事は、祥子さまも対象になっているのよ」

「あっ!そ、それは……」

「でしょ。と、言う訳で私と祐巳さんは反対です」

由乃の強い口調に、江利子は笑みを浮かべながら話し掛ける。

「由乃ちゃんはそんなに反対?」

「当たり前です!」

江利子の問い掛けに、はっきりと答える由乃を見て、由乃以外の山百合会の面々は同じ事を思う。

(由乃(さん)(ちゃん)、それは薮蛇)

案の定、江利子は楽しそうに微笑みながら、

「そう」

とだけ返事をする。
そして、聖や蓉子を見て、

「私は面白そうだから、やってもいいけど。紅薔薇さまと白薔薇さまは?」

「う〜ん、私も面白そうだから、良いかな」

聖と江利子は視線を蓉子に合わせる。

「そうね。それで生徒たちが喜んでくれるのなら、良いんじゃないかしら」

「それは、もう。皆、喜びますよ」

蓉子の言葉に三奈子が一も二もなく飛びつく。
そこへ、少し冷たい声が掛けられる。

「私は反対です。そんなゲーム。それでは、まるで私たちが景品みたいじゃないですか」

祥子の言葉に、聖はカラカラを笑い声を上げる。

「まるで、じゃなくて、実際にそうなんだけどね」

「白薔薇さま!でしたら、尚の事反対です」

「令や志摩子はどうなの?」

聖の言葉に、二人は顔を見合わせ、令が先に口を開く。
その令の顔を、由乃が穴が開きそうな勢いで見詰める。
それに少し居心地が悪そうな様子を見せながらも、令は自分の意見を述べる。

「私はそれぐらいなら、良いと思いますけど」

「令ちゃんの裏切り者!」

「裏切り者って、由乃。それにここでは…」

「分かっています、お姉さま。これ宜しいですか」

「よ、由乃」

強い口調で言い返す由乃に、令は情けない声で返す。
そんなある意味、いつも通りの二人のやり取りを無視して、聖は志摩子に目を向ける。

「そうですね。私もそれぐらいなら構いません」

「そう。じゃあ、これで賛成5に反対3だね」

「それでは…」

何かを言いかけた三奈子を遮って、祥子が声を上げる。

「ちょっと待って下さい!そんな事を多数決で決めるのはおかしいじゃありませんか」

「祥子、だったらどうやって決めればいいのかしら?こういった場合、普通は多数決じゃないかしら?」

「そ、それは…。ですが、当事者の私の意見は!」

「あら、それを言うのなら、令や志摩子も立派な当事者じゃない」

蓉子との会話に聖が割り込む。
祥子は聖を睨むが、聖は何処吹く風邪といった感じで受け流す。
そんな聖に祥子が何かを言う前に、蓉子が祥子に話し掛ける。

「だったら、尚更問題ないわね。当事者であるつぼみの三人のうち、二人は賛成してるんだから」

「でも…」

尚も言い募ろうとする祥子に対し、蓉子が口を開く。

「祥子。そんなに大した事じゃないでしょ。少しは肩の力を抜いて、もう少し柔軟にね」

「それとこれとは!」

「それにね、一度で良いから、この薔薇の館が一般生徒であふれ返る所を見てみたいのよ。
 だから、お願いできないかしら?」

「………そ、そんな言い方はずるいです。お姉さまにそんな言い方されたら、断われないじゃないですか」

少し拗ねたように顔を背ける祥子の背後に回り込むと、蓉子はそっと祥子の肩に手を置く。

「じゃあ、良いのね」

蓉子の言葉に祥子は黙って頷く。
そんな祥子を愛しそうに撫でる蓉子と、照れながらも複雑そうな顔で、大人しくされるがままになっている祥子を余所に、
令と由乃は未だに言い合っていた。
やがて、疲れたのか由乃は大人しくなると、それを見計らって蓉子が口を開く。

「そう言う訳で、そのイベントの詳細は?」

「はい。まず、カードは全部で5枚用意します。
 つぼみたちには、このカードをリリアンの高等部敷地内のどこでも構わないので隠して頂きます。
 後は、参加者がそのカードを見つけて、本部に持って来て頂くといった形です」

「はいはいはーい」

三奈子の説明が終るや否や、由乃が手を上げ発言の許可を貰おうとする。
それを微笑みながら見詰め、蓉子は由乃を見る。

「何かしら、由乃さん」

「はい。そのゲームは私も参加しても良いの?」

「……そうですね、その方がより面白くなりますから、構いませんよ」

「三奈子さん、本部をどこにするのかとか、先生方の許可などは?」

今度は志摩子が小さく手を上げながら、意見を述べる。
それを受け、三奈子が答えるよりも早く、蓉子が三奈子に尋ねる。

「本部はここ、薔薇の館の前で良いかしら?」

「ええ、それで構いません。それで、先生への許可ですが、まだです」

「そうね。それじゃ、そちらの方は任せても良いかしら」

「はい、喜んで」

「後、決めておかなければならない事は?」

「そうですね、特にはありませんけど。つぼみの三方には、隠す所を見られないようにお願いするだけですね」

三奈子の言葉に三人は頷く。
それを確認すると、

「では、以上で宜しいかと」

そうして、話に一区切りついた時、聖が何かを思いついたのか笑みを零す。

「どうしたの、聖?」

それに気付き、呼びかけてきた蓉子に聖は一つ頷くと、全員に向って話し始める。

「折角だからさ、恭也くんにも参加してもらおう」

「はい!?」

聖の言葉に恭也が驚きの声を上げる。

「その方がもっと面白くなると思わない」

「そうね、面白そうね」

聖の言葉に江利子も無責任に頷く。

「いえ、しかし、俺は…」

「良いじゃない。それに、そうしておけば、当日に大量のチョコを貰う事もないわよ。甘いの苦手なんでしょ」

「それは、そうですが。でも、俺にチョコを渡すような奇特な方がいるとは…」

「何言ってるのよ。朝の手紙がいい例じゃない。あんな調子でチョコ責めにあっても良いのかしら」

「……それはちょっと」

「でしょ。だったら、このイベントに参加することを理由に、予め受け取る事を拒否しておけばいいのよ」

「は、はあ」

恭也は暫し考え、一つ頷くと、

「そういう事なら。でも、受け取りを拒否というのは?」

「それは大丈夫よ。ねえ、三奈子ちゃん」

「はい。明日の記事で、その旨を伝えますから」

「そうですか。では、お願いします」

「任せてください。と、じゃあ恭也さんのカードの色を決めないと…」

「!ちょっと待って下さい。参加って、探す方に参加するんじゃないんですか」

「勿論、そっちも参加してもらうわよ。でも、隠す方にも参加してもらわないとね」

「えーと、………拒否は」

「もう遅いわよ。それに、何人かは既にやる気だし」

「主催者も参加OKって事で良いでしょうか」

三奈子の質問に、蓉子は頷き尤もらしい事を言う。

「そうね、由乃ちゃんも参加する事だし、その方が面白いでしょうから」

そんな事を言う蓉子を楽しげに見た後、聖は志摩子にこっそりと近づくと、そっと囁く。

「やる気充分ね」

「お、お姉さま。一体、何を」

「ははは。志摩子にもカード探しを参加してもらわないとね」

「な、な、何でですか?」

「したくないの?」

「そ、そういう訳では」

「参加してくれないと困るんだけどな〜。そうしないと、言い出した私が参加しないといけなくなるじゃない」

「そんな事はないと思いますけど」

「えぇー。無理だって。絶対に蓉子が参加させるに決まってるじゃない。
 言い出した以上、責任を持って参加しなさい、とか何とか言って。
 だから、お姉さまの代わりに出てくれないかな〜」

「わ、分かりました」

「流石、志摩子。じゃあ、お願いね」

そう言って、離れて行く背中に志摩子は声を掛ける。

「お姉さま、ありがとうございます」

「何の事かな?私はただ、面倒な事を志摩子に任せただけだから。
 お礼を言われる覚えはないんだけどね」

「くすくす。そうですね。それでも、ありがとうございます」

志摩子の言葉に聖は軽く手を振って答える。
一通り、話がついた所で、三奈子は明日の朝一に間に合うように、今から記事を作るとかで出て行く。
それを見送った後、蓉子は改めて全員の顔を見渡し、

「所で、このまま新聞部のイベントだけってのは面白くないわね」

「何々、何か思いついたの?」

その言葉に江利子が真っ先に飛びつく。

「まあ、大した事じゃないんだけどね。ただ、当日はここを開放しようと思ってね。
 それで、色々と決めようと思うの」

「例えば?」

「そうね。折角、一般生徒が来てくれたというのに、私たちが誰もいないなんて事には出来ないでしょ。
 だから、誰がどの時間帯にいるのか、とか。その他にも色々とね」

「そうね。どうせやるのなら、ぱーっとやりましょう」

「でも、お姉さま方。もうすぐ下校の時間ですが。続きは明日にでも」

「うーん。明日の放課後には細かい事を決めて、三奈子さんにも伝えたいから、今日中に決めたいわね」

「ですけど、許可なく残る訳にも」

「先生方はまだ、このイベント自体知らないしね」

聖の言葉に全員が頷く。
と、令が手を上げる。

「だったら、家でやりますか。家の道場なら、この人数でも充分入りますけど」

「……そうね。お願いできるかしら」

「はい。じゃあ、ちょっと連絡をしてきます」

「良いわ。帰るついでに寄りましょう」

蓉子の言葉に、全員が鞄を手に立ち上がる。

「あのー、俺がお邪魔しても良いのでしょうか?」

「な〜に言ってるかな。恭也くんも関係者なんだから、一人だけ逃げようだなんてなしよ」

「は、はあ」

「ははは。大丈夫だよ」

恭也と聖のやり取りを聞きながら、令はそう答える。
それを聞きながら、恭也は胸中でそっと呟くのだった。

(面倒な事にならないと良いが……)





つづく




<あとがき>

はぁ〜、はぁ〜。
美姫 「辛そうね〜」
お、おう。鼻が……、目が……。ぬぅおぉぉぉぉぉ!魂の叫びぃぃぃぃ!
美姫 「何か余裕そうに思えるんだけど」
んな訳あるかっ!花粉症はな、花粉症はな……。
なった者にしか分からない辛さなんだぞ!
美姫 「いや、大概の事柄もそうだけど」
くぅぅぅ〜。
美姫 「それよりも、早く次回をお願いね」
お、鬼め……。
分かってるよ!
美姫 「ひ〜ろ〜。今、鬼って言った?」
………言ってません。
美姫 「ここに、杉の木の枝が〜、あ、こっちには色んな植物の花粉が」
………や、やめろ!マジでやめろ〜〜〜!!!
美姫 「あ、逃げた。冗談だったんだけどな。まあ、良いか。
    それじゃあ、皆さん次回までごきげんよう」





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