『マリアさまはとらいあんぐる』



第9話 「支倉家」






「お邪魔します」

全員が声を揃えて挨拶をする。
それを柔らかな笑みをもって、迎え入れる令の両親の姿があった。
祥子たちの中に、ただ一人男性である恭也が混じっている事に気付き、不思議そうな顔をするも、
すぐに令から聞いた話を思い出し、納得する。

「ああ、彼が…」

「あらあら、格好良いわね」

恭也は恐縮しながら、頭を下げる。

「道場内は冷えると思うから、これを。無いよりはましだろう」

令の父親が玄関先に詰まれた座布団を指差す。

「じゃあ、それは俺が」

そう言って恭也は全員の分の座布団を持つと、

「道場はどちらに」

そう令に尋ねる。

「こっちよ。付いて来て」

令が答えるよりも早く、由乃がかってしったるで先導する。
その由乃の背中に、令の母親が声を掛ける。

「テーブルは用意してあるから。後で、お茶を持っていくわね」

それに笑顔で返すと、由乃は道場へと向って歩いて行く。
その後を、全員が付いて行き、最後に令が行こうとした時、父親が恭也の背中をじっと見詰めているの気付く。

「どうしたの?」

「うん?ああ。彼は何かやっているのか?」

「恭也さんの事?さあ、何も聞いてないけど、どうして?」

「彼の立ち振る舞いがな。それに…」

「それに?」

「いや、何でもない。それよりも、早く行った方が良いんじゃないか」

「あ、うん」

令は頷くと、少し早足で道場へと向った。







「さて、それじゃあイベントの詳細を……」

言い出したところで、思わず言葉を止め、恭也を見る蓉子。
それに気付き、恭也は顔を上げると、

「どうかしましたか?」

「い、いえ。大した事じゃないんだけどね」

蓉子は恭也の様子を見る。
片手に湯のみを持ったまま、恭也は可笑しな所があるのか自分でも見える範囲で確認するが、特に変わった所はない。

「えっと、何か?」

「何か妙に似合ってるというか、落ち着いた感じがあったから」

「そうですか」

恭也の言葉に一同が頷く。
と、気を取り直すように、再度話し始める。

「で、詳細なんだけど、誰がゲームに参加するのかしら?」

蓉子の言葉に、祐巳、由乃、志摩子の手が上がる。

「と、なると、この3人は外して、薔薇の館には私たちがいれば良いわね」

「あれ、蓉子は参加しないの?」

「わ、私は良いわよ」

「う〜ん、それじゃ面白くないからな。この際、全員が参加って事にしちゃおう」

「そんな事をしたら、当日、誰が薔薇の館にいるのよ」

「1時間交代にすれば?」

聖と蓉子のやり取りに、江利子が口を出す。

「それは良いかもね」

「でしょ。江利子もこう言ってる事だし」

「はぁー、じゃあそうしましょうか」

「もう、素直じゃないな蓉子は」

「ちょ、何を言ってるのよ聖!」

「だって、顔が綻んでるわよ」

「なっ!」

聖の言葉に、手を口元へと持っていく。
それを見て、聖がにやりと笑みを浮かべる。

「だ、騙したわね」

「何を人聞きの悪い。私はそう思っただけよ。それに慌てるって事は、遠からず当たってたって事でしょ」

「聖!……話が進まないから、ここまでにしておきましょう」

「私はどっちでも良いけどね」

「白薔薇さま、それ以上は本当に話が進まないので」

令がやんわりと進言する。
それを受け、聖は分かったと片手を軽く上げて答える。
蓉子は一つ息を吐くと、

「じゃあ、誰が何時、薔薇の館にいるのか決めないとね」

「そうね。まあ、祐巳ちゃんや由乃ちゃんは別にいなくても良いかな?私たちとつぼみの三人で交代でどう?」

聖の言葉に、祐巳は控えめだが嬉しそうな顔をし、由乃は嬉しそうな声を出す。

「さすが、白薔薇さま」

「いやいや、それほどでも」

「はいはい。そこまでにしておきなさい。
 で、ゲームの時間は、土曜日の放課後だから、午後1時半開始。
 終了は、4時半。これでいいわね」

この蓉子の言葉に特に異も無く、時間はあっさりと決まる。

「じゃあ、最初は私たちが薔薇の館に残るわ。で、一時間半程したら、祥子たちと交代ね。
 それでいいかしら?」

これにも全員が頷く。

「後は、私たちが主催するイベントよね。蓉子、何か考えてあるんでしょ」

聖の言葉に蓉子は頷き、自分の考えていた事を告げる。

「まあ、あまり大した事じゃないんだけどね。とりあえず、ゲームの間に来てくれた方には、お茶でも振舞おうかと思ってるわ。
 後、ゲームの終了後にも、少しだけ時間を取って、お茶会でも開こうかなってね」

「それ、いいんじゃない。そうすれば、話も弾むでしょうし」

蓉子の言葉に聖は賛成の意を示す。
蓉子はそっと微笑むと、ゆっくりと残るメンバーを見渡し、

「どうかしら?」

そう尋ねる。

「私もそれで良いと思います。それで、お姉さまの夢が叶うんなら」

「ありがとう、祥子」

祥子の言葉に他のメンバーを次々と賛成する。
それらに礼を述べながら、最後に恭也を見る。

「恭也さんは、どう思う?」

「俺ですか?しかし、俺は部外者ですし」

「そんな事はないわよ。こうして一緒に企画して、会議にも参加してるんだから」

「そうそう。恭也くんも立派なメンバーの一員だって」

蓉子や聖の言葉に恭也は笑みを浮かべ、礼を言うと、

「そうですね。俺もそれで良いと思いますよ。でも、そうなると俺は何時、薔薇の館にいれば?」

「そうね。別に恭也さんは始終いなくても良いけど」

「でも、いた方が生徒は集まってくるかも」

聖の言葉に、蓉子は少し考え、

「良いわ。それは恭也さんの判断に任せます。何時、いても構わないわ」

「分かりました(その方が助かる。一応、学園内とはいえ、祥子さんからあまり離れる訳にはいかないしな)」

「他に質問は無いかしら?」

蓉子の確認の言葉に、誰も何も言わない。

「じゃあ、これで…」

「あ、ちょっと良いですか?」

蓉子の言葉を遮って、恭也が発言する。

「すいません。カードを隠すという事だったんですが、どういう所に隠せば」

「そうね。まあ、多少は個人に関係のある所に隠した方が良いんでしょうけど、簡単すぎるとゲームにならないし。
 それは各自の判断に任せる、としか言えないわね」

蓉子の答えを聞き、恭也は頷く。
そして、再度確認して、今度こそ何もないと分かると、一息つく。

「さて、それじゃあ、あまり長居しても悪いし、そろそろ解散しましょうか」

蓉子の言葉を皮切りに、全員が腰を上げたところで、道場の扉がノックされる。

「どうぞ」

令が呼びかけると、扉が開き令の父親が現われる。

「突然お邪魔して、どうも、すいません」

令の父は一度、頭を下げる。
それを受け、蓉子が代表する形で、

「いいえ。こちらこそ、場所をお借りしまして、ご迷惑を。丁度、今から帰るところでしたので、お気になさらずに」

「そうでしたか。実は、お願いがあり、こうして来たのですが」

「お願いですか」

「はい。正確には、そちらの…」

そう言うと恭也を見る。

「俺、ですか」

「ええ。恭也くんといったかな」

「はい。それで、俺にお願いとは?」

「うん。君と手合わせをしたいと思ってね」

令の父親の言葉に、恭也の眉が微かに顰められる。

「何故と聞いても?」

「強い者とやってみたいというのでは駄目かな?」

「俺は強くなんてないですよ」

「そうは思えないんだがな」

「いえ、きっと勘違いですよ」

恭也は、自分の力を、特に祥子に見せるべきではないと考え、口調はやんわりとだが、意志も強く令の父親の目を見る。
両者とも、しばらく無言でいたが、やがて令の父親が口を開いた。

「そうか。どうやら、私の勘違いだったようだね。申し訳ない」

「いえ、お気になさらずに」

そう言うと、恭也は一礼し外へと出る。それに続く祥子たち。
令と令の父親は門ま見送りに出る。

「じゃあ、また明日」

「私は後で部屋に行くからね」

令の言葉に挨拶をする祥子たちの中で、隣に住んでいる由乃が言う。
それに、令は笑って答える。
そして、恭也たちは支倉家を後にするのだった。
恭也たちが見えなくなった後、令は父親に尋ねる。

「お父さん、さっきのはどういう事?」

「さっき?ああ、道場での事か」

「うん」

令は父親の顔を正面から見て、尋ねる。
令の父親は微かに笑みを浮かべると、

「彼はかなりの強さを持っている」

「でも、さっきは」

「多分、何か事情でもあるのだろう。もしくは、単純に私なんかの相手が出来ないか」

「そ、そんな事」

「いや、事実、彼が本気になれば、私では太刀打ち出来ないだろうな。
 上手くは言えないが、本質的に私やお前とは何かが違うんだろう」

「でも、恭也さんはそんな事を思ったりするような人じゃないよ。だから、きっと事情があるんじゃないかな」

令の恭也を庇うような台詞に、父親は驚いたような顔をした後、笑みを浮かべる。

「そうか。令がな…」

「な、何を言ってるの。そんなんじゃないってば。
 ただ、まだ短い日数だけど、何となく恭也さんの性格が分かったと言うか」

「ははは。そんなに慌てるな。まあ、落ち着け」

「は、はい」

令はからかわれていると分かったのか、大人しくなる。
そして、再び父に尋ねる。

「でも、どうして恭也さんが強いと思うの?」

「さっきも言ったが、何気ない動作の一つ一つにも隙がない。
 それに…」

先程、言葉を切った所まで話すと、今度は終らずに続ける。

「それに、あの目…」

「目?」

「力強い意志を秘め、必要とあらば感情すら押さえ込む」

令は恭也の瞳を思い出す。
あの吸い込まれそうな、そして、何もかも包み込むような瞳を。
それを思い出した途端、令の鼓動が跳ね上がり、令は知らず手を胸に当てる。
令の顔が赤くなっているのは、果たして沈みかけの太陽だけが原因なのか。
令は、自分自身でも分からない感情を誤魔化すように、父親に問い掛ける。

「なら、手合わせぐらいは…」

「さっき、お前も言ったように事情があるんじゃないのか」

そんな令の様子に気付かず、父親は言葉を続ける。

「それに、彼は己が力を振るう時を知っているんだろう。その時が来れば、彼は躊躇なくその力を振るうだろうな。
 何となくだが、そんな気がする」

令は父親の言葉を黙って聞きながら、恭也たちの去って行った方角をじっと眺めていた。





つづく




<あとがき>

はいはいはいはい、次回は……。
美姫 「バレンタインイベント当日?」
…………それはどうかな?
美姫 「な、何よその言い方。なんかむかつくわ!」
ま、待て、落ち着け。
美姫 「で、次回は?」
お楽しみにね♪
美姫 「気持ち悪いわ!」
ドカドコドゲシガツガンガン!!
キュゥゥゥ〜〜〜〜〜。バタン
美姫 「あ、しまった。こら、浩、起きなさい。せめて、予告してからって、ああ〜、もう。
    こうなったら、またね〜♪」





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