『マリアさまはとらいあんぐる』
第11話 「移ろう心情」
正式にイベント内容が公表された翌日、やはりと言うか当然と言うか、話題はそればかりだった。
朝、登校した恭也は、席に着くなり数人の生徒に囲まれる。
「恭也さん、カードはもう隠されましたの?」
「いえ、まだですが」
「何処に隠されるかは決められたんですか?」
「いえ、それもまだです。一通り、この学園の構造は覚えましたけど、隠せるような所とかは思い当たらなくて」
「では、幾つかいい場所をお教えしましょうか?」
「そうですか。それは助かります」
恭也がそう答えた所で、横の席から声がして、喋ろうとした生徒を遮る。
「恭也さん、それはご自分でお考えにならないといけませんわ。
もし、その方の親切に甘えてしまえば、その話を聞いていた他の生徒が場所を絞れる事になってしまうでしょ」
「……そうでしたね。すいません、うっかりしてました」
祥子に謝ってから、自分を囲んでいる生徒たちを見て、
「そう言う訳ですから、どうもすいません。自分で考えます」
そう言って謝る。
それに慌てて、恭也を囲んでいた生徒たちは、
「そ、そんな謝らないでください」
「そうですよ。私たちが勝手にやった事ですから」
口々にそう言うと、離れて行った。
それを見ながら、祥子は溜め息を洩らす。
「祥子さん、どうかしましたか」
「いえ、別に何でもないわ。ただ、彼女達がね」
「どうかしましたか?とても親切な方たちですが」
「いえ、あの方たちが、恭也さんのカードを探すという可能性は考えなかったんですか?」
「まさか。第一、俺なんかのカードを探そうとする人がいるとは思えないんですが」
祥子は再び溜め息を吐く。
「恭也さんは、少し…いえ、かなり自覚が足りませんね」
「自覚ですか?」
「ええ。でも、そこが良いのかもしれませんね」
「は、はあ」
恭也は一人訳が分からずに首を傾げ、それを見た祥子が微笑を浮かべるのだった。
祥子は気付いていない。
恭也に対する態度が、少しずつ変わってきている事に。
祥子はまだ、気付いていない──。
学園内はかなり安全ということもあり、恭也は少しだけ祥子から離れ中庭へと行く。
人目に付かない校舎から陰になる所まで来ると、恭也は携帯電話を取り出し、ある人物へと電話を掛ける。
数回のコール音の後、
「はい、どうしたんだい」
いきなり質問を投げつけてくるリスティに、
「いえ、そちらの方がどうなったのかを聞きたかったんですが」
「こっちかい?こっちは今の所、進展なしだよ。そっちは?」
「こちらも今の所は問題ありません。ただ、あまりにも何もなさ過ぎるのが、かえって不気味と言えば不気味ですが」
「確かにね。でも、だからといって気を抜くんじゃないよ。って、言うまでもないか」
「はい、分かってます。では、何かあれば」
「ああ、何か分かれば連絡するよ。何もなければ、次の連絡は……」
簡単に次の連絡する時間などを決めると、恭也は電話を切り校舎へと入る。
「あら?」
教室へと向う途中、横手から声がし、そちらを見る。
そこには、由乃が教科書やノートを持ち、立っていた。
「由乃さん、どうしたんですか?」
「私は次の授業が特別教室だから、その移動中よ」
「そうでしたか」
「恭也さんは?」
「俺はちょっと」
「ふーん、そう」
由乃はそれ以上は聞かず、頷くと、じっと恭也を見詰める。
「な、何か?」
「ううん。別に」
言いながらも、由乃は恭也をじっと見詰める。
「あ、あのー」
少し居心地が悪そうにしながら、何とか声を掛け、その場を去ろうとする。
「で、では、俺はこれで」
「あ、待って。途中まで一緒しましょう」
「はい、構いませんけど」
由乃はそう言うと、恭也の横に並び一緒に歩く。
二人の間に特に会話はなく、由乃は相変わらず恭也の横顔を見詰めている。
そして、時折何やらブツブツと呟く。
「まさか、令ちゃんが。……でも、昨日の恭也さんの名前が出た時のあの態度といい……。
意外と面食い……ぶつぶつ。昨日の伯父さんの言い方からすると、強いみたいだし。
うーん」
由乃は唸りながらも、恭也を凝視する。
その視線に耐え切れなくなった恭也は、意を決しって由乃の方を見る。
「由乃さん」
「えっ!わ、きゃっ」
突然名前を呼ばれ、真正面から恭也と視線があった由乃は、本人はチラチラと見て気付かれていないつもりだった事もあり、
必要以上に驚き、距離を開けようとする。
が、階段の半ばまで上っていた事を忘れており、足を踏み外してしまう。
一瞬、体が浮遊する感覚の後、重力に惹かれていく落下感を感じ、目を瞑る。
そして、来るべき衝撃に備える。が、いつまで経ってもその衝撃が来ずに、ゆっくりと冷静に考える。
(あれ?痛くない。もしかして、想像以上に酷い落ち方をして、痛覚が麻痺したとか。
それにしては、なんか温かいわね。床ってこんなに温かかったかしら?
それに、何か心地良いかも。これなら、また落ちても良いかも)
半分そんな事を本気で考えていた由乃の耳に、心配そうな声が届く。
「由乃さん、由乃さん」
その声に、目を開けてみれば、すぐ目の前には恭也の顔があった。
「えっ?えっ?」
咄嗟に叫びそうになるが、自分を心配そうに見詰める瞳を見て、思わず吸い寄せられそうな錯覚を覚える。
突然、黙り込んでしまった由乃を見て、さらに恭也は声を掛ける。
「大丈夫ですか。咄嗟に受け止めましたけど、どこか痛くはないですか?」
その言葉に、さっきまでの出来事を思い出し、自分の身体を確認する。
「あ、はい。どこも痛くはないです。むしろ、何だか気持ちが良いぐらい」
「そうですか?」
由乃の言葉の意味が良く分からず、不思議そうな顔をするが、とりあえず無事だと分かり、安堵の息を洩らす。
「では、立てますか?」
「え?立てる……?」
「無理でしたら、保健室までお連れしますが」
そこまで言われて、由乃は自分が恭也に抱きかかえられている事を知る。
「え、何で?」
「すいません。咄嗟に頭を最初に庇ったため、こんな格好になってしまいました」
恭也は、由乃が後ろへと倒れていく瞬間、まず頭を片手で抱え、残る手で膝裏を抱えた。
属に言う、お姫様抱っこの状態で、階段に立っていた。
「え、えっと。だ、大丈夫です」
「そうですか。では…」
恭也はゆっくりと由乃を下ろす。
「無理はなさらないで下さいね」
「はい、本当に大丈夫だから」
由乃は頬を少し染めながら、そう言う。
恭也は由乃に、教科書やノートを渡す。
「あ、ありがとう」
「いいえ。それよりも、少し急いだ方が良いですよ」
「そうね。じゃあ、ここで」
「はい。では、後程」
二人は挨拶を交わすと、途中で分かれる。
恭也と分かれた後、由乃は少し熱くなった自分の頬を片手で押さえ、笑みを浮かべながら、
「ごめんね、令ちゃん。でも、こればっかりはどうしようもないよね。
令ちゃんが自分の気持ちに気付て、行動を起こす前に動かないとね」
そんな事を呟いていたとか。
昼休み、恭也と祥子は一緒に薔薇の館へと向っていた。
一階まで降りた所で、後ろ、つまり階段の上から声が掛かる。
「お姉さま」
尻尾があれば、今にも尻尾を振っているような喜び方で祐巳は階段を降りてくる。
それを見ながら、祥子はそっと息を吐くと、
「祐巳、もう少し…」
「わっ、きゃあっ!」
出来る限り、慌てずに早くという器用な事をやりつつ降りてきた祐巳は、祥子の言葉に思わず首を竦め、身体を一瞬震わす。
そして、宙に浮いていた足は見事に次に踏みしめるはずだった階段を踏み外す。
「祐巳!」
祐巳が階段から落ちると思い、祥子は祐巳へと駆け出すが、頭の冷静な部分では間に合わないという考えが浮かぶ。
それを隅に押しやり、祥子は出来る限り早く祐巳へと駆け寄る。
その横を祥子よりも早く駆ける影があった。
その影、恭也は祐巳が完全に落ちる前に祐巳の前に辿り着くと祐巳を支える。
「あっ」
「へっ!?」
助けた方と助けられた方、両者から間の抜けた声が上がる。
恭也の両手は祐巳の胸を掴む形で伸ばされていた。
「わっわわわわ!!」
祐巳は急ぎ態勢を戻し、自分の足で立つ。
そこへ、恭也が頭を下げる。
「す、すいません。救助が至りませんでした」
「い、いえ、気にしないで下さい」
「し、しかし」
「こ、こここ、こちらこそつまらない物を…(って、わ、私ってば何を言ってるのよ)」
自分の発言にパニックになった祐巳は、何とかフォローしようと必死に喋る。
「ど、どうせなら、お姉さまとかのように触り応えがあれば良かったんですが……(って、ち、違う、そうじゃなくて)」
余計にパニックになりながら、必死に言葉を探す。
そんな祐巳に、恭也も顔を赤くしながら、
「い、いえ。そんな事はありませんよ。充分、素敵でした」
「え、えええ!そ、そんな」
「あ、い、いや、そんなつもりではなくてですね。
いえ、触ってしまったのは、事実なんですが、と、咄嗟のことでしたので、その、覚えてませんので。
気にしないで下さい」
「あ、はははい」
二人して、とんでもない事を口にしながら慌てていると、声を掛けられる。
「はいはい。二人ともー、とりあえずは落ち着いて」
「ロ、白薔薇さま」
「せ、聖さん」
「やっほー。祥子も何時までも呆けてないで」
「あ、ロ、白薔薇さま。そ、それよりも祐巳、怪我はない」
「あ、はい。恭也さんに助けられましたから」
助けられの所で、恥ずかしそうに恭也を見る。
恭也も先程のことを思い出したのか、顔を赤くし、あらぬ方を見る。
「そ、そう。恭也さん、祐巳を助けて頂いて、どうもありがとうございます」
「い、いえ。さっきも言いましたけど、救助が至らなかったばかりに」
「そ、そんな事ないですよ。怪我しなかったんですから」
恭也の言葉に、再び祐巳が慌てて言葉を発する。
また同じ事を繰り返す前に、祥子が間に入る。
「二人とも、そこまでに。恭也さんも、祐巳もこう言ってますし、そんなに気にしないで下さい」
「は、はい」
何とか三人に笑みが浮かぶ。
それを見計らって、聖が声を掛ける。
「話は纏まったみたいだね。それじゃあ、薔薇の館へ行くとしますか」
そう言うと、先に歩いて行く。
三人は顔を見合わせると、その後を追うのだった。
昼食後、他愛もない話をしながら寛いでいると、突然扉がノックされる。
どうぞと答えるや否や、勢いよくその扉が開き、一人の生徒が姿を現す。
「すいません、ちょっとお聞きしたい事が」
息を切らし、慌てた様子でその生徒は一気に捲くし立てる。
それを茫然と眺めながら、つい最近、同じ様な事があったような、と全員が軽い既視感に囚われていた。
そして、その生徒は、あの時と同じ三奈子だった。
「三奈子さん……」
祥子が何か言うよりも先に、三奈子は謝る。
「すいません。でも、確認しておきたい事が」
前と同じ様な事を言う二人に苦笑を浮かべつつ、聖が尋ねる。
「また、恭也くんと祥子に?」
「いえ、今度は由乃さんに」
「私?」
「ええ。多分、誰かの見間違いとか、根も葉もない噂だとは思うんですけど…」
三奈子はそこで一旦言葉を区切り、由乃を見ると続ける。
「午前中の休憩時間に、恭也さんと由乃さんが抱き合っていたというのは本当ですか!?」
「ぶっ!……ケホケホ」
三奈子の発言に、恭也は飲みかけのお茶を噴き出し、咳き込む。
そんな恭也にハンカチを差し出し、そっと背中を擦る志摩子。
「す、すみません」
「いえ。それよりも大丈夫ですか」
「は、はい。これは洗ってお返ししますから」
「いえ、お気になさらないで下さい」
そんな二人を少し羨ましそうに見た後、三奈子は由乃の返事を待つ。
そんな三奈子を見て、由乃はにやりと笑うと、
「さあ、どうかしら?ちょっと覚えてないかも」
その言葉に、三奈子の眉が上がる。
「それは事実だから、と受け取っても宜しいのかしら?」
「さあ?どうかしら。それとも、推測だけでまた、記事にでもしてみますか?」
痛い所を付かれ、黙る三奈子。
その両者の見えない火花散る闘いを真正面に見ながら、恭也はぼやくのだった。
(何故か分からんが、本能が告げている。ここにいては危険だ、と。
ひょっとして、今一番危機に瀕しているのは俺じゃないのか……?)
勿論、誰一人として、恭也の嘆きに気付くものはいなかったのだが。
つづく
<あとがき>
ケホケホ。
美姫 「よくやったわ。初めてじゃない?同じ日に、同じ長編を連続アップなんて」
お、お前が無理矢理……。
美姫 「仕方ないじゃない。キリ番取った式が、身内だからリクはしないけど、
最近マリとらのリクが増えてるねって、笑顔で言うんだもん。ここは、書かさなきゃって思うでしょ?」
し、しかし、式個人は、別の長編の続きを気にしてたと思うが?
美姫 「勿論よ。だって、これきりリクじゃないもん。ただ、私がやらせただけだし」
うぐぅ〜。バタン。
美姫 「あらら。だらしないわね。ちょっと、剣で突付いて急いで書かせた程度で」
そう言って見渡す美姫の目には、辺りに飛び散った赤い雫が……。
美姫 「(無視、見なかった)じゃあ、またね♪」