『マリアさまはとらいあんぐる』



第12話 「紅薔薇のつぼみの午後」






バレンタインまで後一週間となった土曜日の午後。
この日は山百合会でも特にする事がなく、祥子たちはすぐに帰宅した。
帰宅後、祥子は着替え終えると出かける準備を始める。
数分後、準備を終えた祥子が部屋を出ると、恭也も自室を出る。

「それじゃあ、行きましょうか」

「はい」

二人はそのまま街へと出掛ける。

「何か食べたいものはありますか?」

「何でも良いですよ」

「そう。じゃあ、とりあえず駅前に行ってみましょうか」

「そうですね」

二人は駅の方へと向けて歩き出す。
何故、こういう事になっているのかと言うと、今日は朝から夕方まで清子が出かける事になっており、
土曜日という事を忘れた清子が、使用人たちに夕方まで暇を出した事が原因だったりする。
始めは恭也が作ろうとしたのだが、清子の言葉で二人で外食する事となったのであった。

「で、どうしますか?」

「恭也さんにお任せいたしますわ」

「そうですか」

祥子に答えながら、恭也は目に付いたファーストフードの店を指差す。

「なら、あそこで良いですか?」

「え、あ、はい」

歯切れ悪く答える祥子に恭也は尋ねる。

「どうかしましたか?」

「い、いえ何でもありませんわ。では、行きましょう」

祥子は少し慌てたように恭也の手を取ると、店へと入って行く。
店内に入った途端、祥子は周りをキョロキョロと見渡す。

「どうかしましたか?」

「いえ。席に案内する方はどちらに?」

「………もしかして、こういう店に入るのは初めてとか?」

「え、ええ。恭也さんはよく来られるんですか?」

「いえ、俺もあまり利用はしませんね」

「そうですか。では、どうすればいいのかしら?」

「えっと、あそこへ行って欲しい商品を言えば良いんですよ。そしたら、後はそれを受け取って空いている席で食べれば」

「そ、そう」

祥子は幾分緊張した面持ちで、列の最後尾に並ぶ。
恭也はそれを少し微笑ましそうに眺めながら、一緒に並ぶ。
その時、まだ手を繋いだままになっている事に気付き、

「えっと、祥子さん」

「何ですか?」

「その、手が…」

「あっ。ごめんなさい」

「いえ、気にしないで下さい」

お互いに赤くなりながら、手を離す。
そうこうしているうちに、祥子たちの番となった。
恭也と祥子はカウンターへ進む。
恭也はすぐに決め、注文を済ませる。
それに対し、祥子はどこか戸惑った様子でキョロキョロとしている。

「えっと…」

見かねた恭也が助けを出す。

「これが一番オーソドックスですね。こっちは…」

恭也の説明を聞いて、祥子は普通のハンバーガーを頼む。

「後は飲み物をここから選んで…」

恭也の言葉に従い祥子は飲み物を決める。
それから暫らく待ち、品物を受け取ると二人は空いている席に座る。

「ごめんなさい。ご迷惑をかけたみたいで」

「いえ、気にしないで下さい。初めてなら、仕方がないですよ。
 それに、完璧に見える祥子さんの意外な一面を見れましたし」

「な、何を言ってるんですか。それに、私は別に完璧では」

「ええ、それは分かってますよ。だから、もっと肩の力を抜いても良いと思いますよ」

「それは分かってるんですけど」

「まあ、山百合会の皆さんといる時は結構、自然な感じがしますけど」

「一応、恭也さんの前でも自然でいるつもりですけど?」

「そうですね。それは確かに」

そう言って二人は笑う。

「と、早く食べないと冷めてしまいますね。いただきます」

「はい、いただきます」

恭也は自分のバーガーを手に取るが、祥子はキョロキョロとテーブルを見渡す。
そして、恭也の仕草を見ようと顔をあげた所で、お互いの目が合う。

「どうかしましたか?」

「えっと、これは手で食べる物なんですか?」

祥子の言葉に、恭也は納得すると自分が先に食べてみせる。
それで祥子も分かったのか、バーガーに手を伸ばすと、包みを剥がす。

「本当にすいません」

「いえ、本当に気にしないで下さい」

恭也はそう言うと、照れている祥子に向って微笑みかけながら、

「お陰で祥子さんの貴重な照れている姿を見れたんですから」

「えっ!?」

祥子は恭也の言葉に更に照れ、顔を赤くすると俯く。
恭也としては、気にしないでという思いで言った冗談のつもりだったのだが、予想外の反応に恭也自身も照れてしまう。
ぎこちない動きでバーガーを口にする。
お互いに、あまり味が感じられず、何となく相手を見る。
そして、お互いに顔を合わせると、自然と笑みが零れた。

「何をやってるんでしょうね、私たち」

「全くです」

ひとしきり笑うと、先程までのぎこちなさは既に消えており、その後、二人は楽しそうに話しながら食事を続ける。
やがて食事を終えた二人は、店を出る。

「所で、他に何か用事はありませんか?折角、ここまで来たんですから、もう少しどこかに行ってから帰っても良いですけど」

「そうですね。俺は特にはないですけど、祥子さんは?」

「そうですね…。私も特にはないですね」

少し残念そうに言う祥子に、恭也は話し掛ける。

「じゃあ、少しぶらぶらしてから帰りますか」

「そうですね。そうしましょうか」

二人の足は自然と駅前へと向う。

「所で、恭也さん」

「はい、何ですか?」

「そろそろ敬語は良いんじゃありませんか?クラスメイトなんですし。それに、一緒の家にいるんですから。
 そんなに気を使っていたら、お疲れになるんじゃありませんか」

「いえ、そんな事は。それに、それを言うのなら、祥子さんだって」

「わ、私は普段からこんな感じですよ」

「そうですか?山百合会の人たちと話すときは、少し違うような気がしますけど」

「そ、そうかしら。では、私も普通に話すから、恭也さんも」

「そうですね。でも、俺の場合、かなり雑な言葉になるが」

「気にしないわよ。私がそれで良いって言ったんだから」

お互いに笑みを浮かべると、ゆっくりと歩いて行く。
駅前まで来た時、恭也は何かに気付き、祥子へと声をかける。

「祥子さん、あれって江利子さんじゃ」

「え?本当だわ。でも、何か揉めてるようね」

祥子の言葉通り、江利子は3人の男性に囲まれていた。
時折聞こえてくる江利子の声には、

「しつこい」とか、「いい加減に」といった言葉が聞こえてくる。

恭也は祥子と一緒にそちらへと向かい、男たちから少し離れた所で祥子を待たせると、一人の背後から近づく。
そして、男の肩に手を置く。

「失礼、そちらの女性が迷惑しているようだが」

「君には関係のない事だよ」

そう言ってくる男を無視して、恭也は自分が江利子の知り合いだと分からせる為に、江利子に声を掛ける。

「こんにちは、江利子さん」

「あら、恭也くん」

「知り合いかい?」

恭也が江利子に挨拶するのを無視して、男の一人が江利子に話し掛ける。
それに対し、江利子はええとだけ答える。

「江利子さん、何かお困りのようでしたが…」

「そうなのよ。もう、この人たちったら、本当にしつこくて…。いい加減にして欲しいわ」

「そんな言い方はないだろう」

溜め息を吐きながら、そう言う江利子に男が言う。
それを見ながら、恭也も溜め息を吐くと、

「さっさとここから立ち去ってくれると助かるんだが…」

それに対し、肩を掴まれている男が後ろを振り向き、

「そんな事、出来る訳がない……って、痛い!」

男の言葉が終る前に、恭也は男の腕を捻り上げる。
それを見た他の男たちが恭也に掴みかかろうとするが、恭也はそれら全てを躱すと、
掴んでいた男の背中を一人に向って押す。
その間に、残る一人の右腕を掴み上げ、地面に転がす。
そのまま地面に押さえつけながら、残る男たちに告げる。

「良いから、さっさとここから去れ。そして、二度とこの人に声を掛けるな。ナンパなら、余所でしろ」

「あ、あのー恭也くん」

恭也の言葉に、江利子が遠慮がちに声を掛ける。

「どうかしましたか、江利子さん。もう、大丈夫ですけど」

「いえ、そうじゃなくて、その人たちは、私の兄なのよ」

「へっ?」

素っ頓狂な声を上げる恭也に、三人は頷く。

「本当に?」

「ええ。お恥ずかしながらね」

「エリちゃん、それはないよ。僕たちは君が心配で…」

「だからって、ちょっと買い物に出るだけの事に、仕事を抜けてまで来ないでよ」

「でも、もし途中で何かあったらと思うと、仕事なんかできる訳ないだろう」

「あのね。そんな事言ってたら、私は何処にも行けないじゃない」

「どこかに行く必要なんてないだろ。必要な物があるなら、言ってくれれば」

江利子は頭を押さえながら、盛大な溜め息を吐く。
それを茫然と眺める恭也に、未だ組み伏せられている男が話し掛ける。

「き、君。すまないが、離して貰えるかな?」

「あ、すいませんでした。勘違いとはいえ」

「いやいや、そんなに恐縮しなくても良いよ」

「そうよ。兄さんたちにはいい薬よ」

「そ、そんな風に言わなくても」

「もう、本当にうっとしいわね」

「だから、それは心配だから…」

「だから……」

江利子は言いかけて言葉を止めると、笑みを浮かべる。

「大丈夫ですわ、兄さん」

突然、機嫌が良さそうな表情と声で話し掛けられた兄たちは、江利子の言葉を待つ。

「こちらの恭也さんの事は、話しましたわよね」

「あ、ああ。リリアンに来た転入生だったよね。何か視察か何かで来たっていう」

「ええ。この方が強いのは、今のでお分かりになりましたわね」

「う、うん」

「ですから、もう兄さんたちの手を煩わせる事はありませんわ。何かあれば、恭也さんが助けてくださりますから」

「ああ、なるほど……って、な、何ぃぃぃ!」

「ゆ、許しませんよ、そんな事」

「別に兄さんたちに許し貰おうとは思ってません。私は自分の思った事をするだけです」

「だ、駄目だ!そ、それに、彼にも迷惑だろ」

兄の言葉に江利子は恭也を見ると、尋ねる。

「迷惑ですか?」

「は、はあ。別にそんな事はありませんが。困ったときはお互い様で…」

恭也の言葉を途中で遮り、男が江利子にしがみ付く。

「江利子〜、嘘だよね」

「いいえ」

「そ、そんな。エリちゃんはその男の事を好きなのか……?」

兄の言葉を聞いた恭也は、

(何か話が大げさになっているような。どうすれば、そこまで飛躍できるんだ?)

と思っていたが、江利子は更に飛んでもない事を言い出す。

「ええ、そうですわ。ですから、もう兄さんたちの役目は終わりです」

「そ、そんな嘘だ!」

「そ、そうだ。第一、そんな奴、認めないぞ」

「ど、何処が良いんだ!」

「あら、全部良いじゃない。特に、色々と面白そうだしね。それに、さっき見せた強さ。
 あれは、ちょっとやそっとの鍛練で身につくものではないでしょ?」

後半は恭也に向って尋ねる。

「は、まあ。しかし、よく分かりましたね」

「ええ。私、自分ではあまり武道とかはしないけど、令が剣道をするのを偶に見せてもらうのよ。
 だから、見る目だけは肥えているの。
 それに、令の動きと違って、貴方の動きは見ただけでは、そう簡単に真似出来そうもないし」

江利子の言葉に、恭也は一瞬呆気に取られる。
それを意に返さず、江利子は続ける。

「だから、努力しないと手に入らない物って凄く魅力的なのよね」

「は、はあ」

「まあ、そういう事よ。じゃあ、兄さん私はこれで」

「ま、待って」

恭也の腕を取って歩き出そうとする江利子を、呼び止めようとする兄。
江利子はゆっくりと兄たちの方へと向き直る。
その行動に顔を輝かせる兄たちに向って、江利子は冷たい声で、

「もし、これ以上付いてきたら、母さんに言うからね。後、兄さんたちとはもう口を聞きませんから」

聞くや否や、動きを一斉に止める兄たちには目もくれず、江利子は恭也を引っ張って行く。
その途中で、祥子にも声を掛ける。

「ほら、祥子もぼーっとしてないで、兄たちが正気に戻る前に、急いでここを離れるわよ」

「は、はい。って、気付いていたんですか!?」

「まあね。それよりも早く」

「え、ええ」

急ぎ足でその場を去って行く恭也たちの後ろから、大きな血の叫びが聞こえてきた。

「嘘だーーーー!」

「嘘だと言ってくれーーーー!」

それらを聞きながら、恭也は傍らの江利子に尋ねる。

「あの、宜しかったんでしょうか」

「いいのよ。いい加減に妹離れしてもらわないと」

そう言って、江利子は笑うのだった。





つづく




<あとがき>

ふー。後、少しでバレンタイン当日だね。
美姫 「そこからは、展開が早いの?」
どうだろ。でも、そこまで行けば、やっと全体の半分ぐらいかな?
美姫 「ふーん。でも、浩の事だからな〜」
ははは、否定できないのが悲しいぞ。
美姫 「とりあえず、次はこの続きになるのかな?」
そうだよ。と、言う訳で……。
美姫 「次回まで、ごきげんよう」





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