『マリアさまはとらいあんぐる』



第14話 「イベントデーは大変で」






バレンタインイベント当日。
この日は朝からどこかソワソワした生徒たちが、多く見受けられていた。
それは放課後に近づくにつれ、目立ち始める。
そして、本日最後の授業終了を告げるチャイムが鳴ると同時に、ピークへと達する。
教師たちも、それを分かっているのかHRを早めに済ます。
そして、生徒たちは昼食を取り終わるや否や、薔薇の館前へと我先にと向い始めるのだった。
それを薔薇の館から眺めながら、蓉子は知らず浮かんでくる笑みに緩む頬に力を入れ、引き締める。

「嬉しそうね、蓉子」

「それはね」

背後から声を掛ける聖に、振り返りながら答える。

「私たちもそろそろ集合しないといけないんじゃない?ほら」

江利子の言葉と視線の先を見ると、三奈子が台に上り、参加者に向って手を叩いていた。

「はいはい、皆さん。少し静かにしてください。少し早いですけど、簡単なルール説明を始めますから」

三奈子の声が中まで聞こえてきて、他のメンバーも頷くと立ち上がり、薔薇の館から出て行く。
三奈子の話の途中だったが、祥子たちが姿を見せると、一斉に歓声のようなものが上がる。
それを何とか収めると、三奈子はルールの説明を続ける。

「事前の瓦版でもお知らせしましたが、ルールはいたって簡単です。
 この高等部敷地内に隠されたカードを見つけ出して、ここ、本部に持ってくるだけです。
 尚、誰かにカードを渡して、隠し持っていてもらうという事はありませんし、
 先生の許可がなければ入れない所にもありませんので。
 最後に、カードの色ですが、祥子さまは赤、令さまは黄、志摩子さんは白、恭也さんは黒です。
 何か質問はありませんか?」

集まった生徒を見渡し、誰も何もない事を確認すると一つ頷く。

「では、ゲーム開始です!」

言うと同時に台から降りると、数人の新聞部に、後は頼むわよと声を掛け、真っ先にカードを探しに行く。

「流石と言うか、何と言うか」

呆れたように呟く聖に、蓉子も頷きながら同意する。

「本当、あの行動力だけは称賛するわ」

「それよりも、令たちも探しに行かなくて良いの?祐巳ちゃんと由乃ちゃんはもういないわよ」

江利子の言葉に、祥子、令、志摩子の三人は思わず顔を見合わせる。

「わ、私は別に興味ありませんから」

「私はとりあえず、由乃を探すついでにでもちょっとだけ参加してみようかな…」

「わ、私は……」

「はいはい、つべこべ言ってないでさっさと行きなさい。時間は限られているんだからね」

聖の言葉に頷きながら、蓉子も続ける。

「そうよ。それに、主催者側が参加して、一人も見つけられなかったというのは、ちょっと勘弁してね」

「逆に主催者側が見つける方が、問題あるんじゃないですか、お姉さま」

蓉子の言葉に反論する祥子だったが、その程度では蓉子はたじろぐもせず、

「別に、誰がどこに隠したかなんて、貴方たちも知らないんでしょ?
 だったら、別にずるはしてないんだから、気にする必要はないわ」

蓉子に続き、江利子も口を出す。

「それに、もし、三奈子さんが見つけて、私たちが見つけれなかったら、面白くないじゃない」

江利子らしい言い方に、祥子たちは苦笑を浮かべる。

「まあ、そういう訳だから、とりあえずは楽しんできたら?ほら、志摩子も行った、行った」

聖は志摩子の背中を押すように、この場から追い出す。

「わ、分かりました。では、行ってきます」

「はいはい、いってらっしゃーい」

歩き始めた志摩子に、聖は手を振って送り出す。
それを見て、祥子と令も思い思いの方へと歩いて行く。
恭也は、祥子から少し遅れて、その後を追う。
それらを全て見届けると、蓉子たちは顔を見合わせる。

「さて、恐らく最後になる大きなイベントですから、私たちも楽しみますか」

「あら、聖が楽しまないイベントなんてあったの?」

「そうよね、祭り好きだし」

「蓉子、江利子、それはどういう意味よ」

「そのまんまよ」

「そうそう」

「全く」

そう言って笑い合う三人に、後ろから遠慮がちな声が掛けられる。

「あ、あのー」

「何かしら?」

声を掛けてきた生徒の後ろにも、何人もの生徒がいて、蓉子とその生徒のそのやり取りを見守っている。

「薔薇の館にも隠してある可能性があると思うので、探させてもらっても良いですか?」

「勿論よ。あなたたちも山百合会の一員なんだから、断わる理由はないでしょ」

「そういう事。何なら私が案内でもしてあげようか、お嬢さん」

「聖の戯言は兎も角、私たちも中に入るところだったし、一緒に行く?」

江利子の問い掛けに、せの生徒だけでなく、後ろにいた生徒たちも嬉しそうに頷く。
それらを眺めながら、蓉子たちも嬉しそうな顔をして、薔薇の館へと入って行った。











一方、カードを探しに行った者たちは……。

「うーん、令ちゃんが隠す所って言えば……。やっぱり武道館かな?
 で、恭也さんの隠しそうな所は………何処だろ?転入してきて、まだ2週間だし、そんなに変な所には隠してないわよね」

由乃はとりあえず武道館へと向って歩き始める。



「お姉さまが隠しそうな所。んー、と。……………………お、思いつかない」

顔に縦線が見えるほど、落ち込んだかと思えば、急に顔を上げ両手で小さく胸の前でガッツポーズを取ると、

「まだ諦めては駄目よ。まずは、教室を探して、次に図書館…」

そこまで考え、意外と図書館は正解かもと思い、軽い足取りで図書館へと向う。

「その後、教室に行こうっと。お姉さまも恭也さんも同じ教室だし。
 あ、で、でも、別に恭也さんのカードを探してる訳じゃないのよ。
 私が欲しいのは、お姉さまのカードで、で、でも、そのついでに恭也さんのカードも見つけられたらってだけで…。
 うぅ〜、欲張りかな、私」

自分で自分の言葉に照れたり、悩んだりと百面相をしながら、ある意味いつも通りの行動をしながら祐巳は図書館へと向うのだった。



「はー、一体どこを探せば良いのかしら?恭也さんが隠しそうな所……。
 趣味が盆栽と釣りでしたわね」

志摩子は暫らく考え込むと、銀杏並木へと向う。

「あそこなら、木が多いからひょっとしたら。盆栽も木ですし」

少しずれた事を考えながら、ゆっくりと、本人にとっては急ぎ足で目的の場所を目指し進む。



「由乃はどこにいるんだろ。武道館には行ってないよね。そんな簡単な所に隠す訳がないって由乃なら分かるだろうし。
 うーん。……っと、恭也さんは運動が得意みたいだから、グランドから見てみるかな」

令は途中で考える対象を変え、結論を出すとグランドへと歩き出した。



「ふー、困ったわね。お姉さまはああ言ったけど、そんなに簡単には見つかるはずもないし。
 私が隠した時の考えを思い出して、恭也さんの性格を考えれば良いのかしら?」

祥子は立ち止まり、何かを考え始める。
そんな祥子から少し離れた所で、恭也は祥子に見つからないように物陰に身を潜め、様子を伺う。
恭也が見守る中、祥子は考えが纏まったのか、少し早足で歩き始める。

(何処に行く気だ?……この方向からすると、講堂の方だな)

恭也は祥子に気付かれないように気を配りながら、その後を追っていくのだった。











その頃、薔薇の館では数人の生徒と蓉子たち三人が話し込んでいた。
今話している数人は、最初に入った生徒たちではなく、もう何人目になるのか分からなかった。
最初の生徒から話を聞いた生徒たちが、次から次へとやって来た所為である。
しかし、蓉子たちは嫌な顔をせず、どちらかというと嬉しそうにその生徒たちを迎え、そして本当に楽しそうに話をしている。
それも無理ない話で、蓉子が長年思っていた、誰もが気楽に訪れることのできる薔薇の館というのが、
今、目の前に実現しているのだから。

「所で、皆さんは良いのかしら?こんな所でゆっくりとしていて」

「やっぱり、迷惑でしたか紅薔薇さま」

「いいえ、そうじゃないのよ。ただ、こんな早い時間にここでゆっくりとしていて、目的のカードは見つけれるのかと思ったから」

「そういう事でしたか。でも、ご心配なく。
 こう言っては、企画してくださった皆さまにも、つぼみの方たちにも悪いかもしれませんが、
 私たちは初めから、紅薔薇さまたちとのお茶会目当てだったんです」

そう言って、舌をチロっと出して悪戯が見つかった子供の様に笑う生徒に、蓉子たちも笑みを浮かべる。

「それは嬉しいことを言ってくれるわね」

聖も楽しそうにその生徒たちに笑いかける。

「本当の事ですから」

「良かったわ、この企画をして」

蓉子の言葉に、江利子が反応する。

「そうね、企画するだけして、誰も来なかったなんて事になったら……。
 でも、それはそれで面白かったかも。落ち込む蓉子が見れたかもしれないしね」

「あははは。無理だって江利子。それぐらいで落ち込むような、可愛らしい性格なんかしてないって」

「それもそうね」

「貴女たちね。何、好き勝手言ってくれてるのかしら」

「ごめん、ごめん」

「怒らない、怒らない」

「誰が怒らしてるのよ。あ、ごめんなさいね」

蓉子が生徒たちに謝ると、生徒も首を横に振り、

「いいえ。普段の薔薇さまちの様子を少しでも見れて良かったです。
 結構、普通の人たちだったんだなーって思えましたし」

「幻滅した?」

聖がからかうように言うと、その生徒だけでなく、他の生徒も揃って首を横に振る。

「そんな事はありません。寧ろ、少し安心しました。薔薇さまたちもちゃんと私たちと同じなんだって」

「それはそうよ。私たちは宇宙人とでも思ってた?」

「そう言うわけでは」

聖の言葉に苦笑する生徒を眺めながら、江利子が呟く。

「でも、蓉子はそうかも」

「あのね」

蓉子たちのやり取りに、数人が笑い声を洩らす。
それらを見ながら、蓉子はやはり満足げに笑みを浮かべるのだった。











あれから暫らくして、祥子たちは自分の行った先でカードを見つける事が出来ず、次なる場所を考え始める。

「うぅぅー、何処に行けば。ここはもっと簡単に考えて、教室かも。うん、それに違いないわ」

由乃は自分の言葉に力強く頷くと、恭也の教室へと向う。

「その後、令ちゃんの教室に行って……」



「図書館じゃなかった……。次はお姉さまの教室ね」

予め次に向う場所を決めていたお陰で、必要以上に落ち込まず、すぐに移動を始める祐巳だった。



「ふー。見つからないわね。ここじゃないのかしら」

志摩子は近くにある木を見上げ、他に隠しそうな所がないか考える。
すると、その脳裏に一本の桜の木が浮かんでくる。

「あそこかも…」

志摩子は呟くと、銀杏並木から講堂の方へと足を向けるのだった。



「グランドじゃなかったか。だとしたら…」

顎に手を当てて考え込む令。
そんな令の様子を遠巻きにしながら、数人の生徒が見惚れていた。
それに気付かず、令は考えが纏まったのか、

「お父さんの言葉を聞く限り、恭也さんも剣を握るみたいだから、ひょっとして武道館かな?」

頭を掻きながら武道館へと歩き出す。



「ふー、見つからないわね。ここじゃないのかしら。だとしたら……」

祥子は前に垂れた髪を掻き揚げ、講堂を後にする。
それを少し上の位置から眺める恭也。

(ふむ。今度はあっちか。あの方角だと、温室とかがある方だな)

恭也は祥子との距離が充分に離れたのを見ると、木の枝から飛び降りる。
しばらく後を付けていた恭也だったが、突然名前を呼ばれて振り返ると、そこに三奈子が立っていた。

「恭也さん」

「あ、三奈子さん」

「そう言えば、恭也さんも参加してるんですよね?」

「ええ」

「誰のカードを探しているんですか?」

さり気なく、本人にとっては本当にさり気なく聞いたつもりだったが、その顔には不安のような物が感じられる。

「いえ、特にそういった訳では。ただ、全員参加する事に決まったんで、適当に歩いているだけです」

恭也のその言葉に、三奈子の顔は急に笑顔に変わる。
しかし、当の恭也は祥子の去った方を見ており、その表情の変化に全く気付いていなかった。

「どうかしましたか?恭也さん」

「いえ、別に。それよりも、早く探さないと時間がなくなりますよ」

「そうですわね。でも、まだまだ時間はありますわ。それよりも、ただ歩いているだけなら、一緒に行きませんか?」

三奈子のその言葉を聞きながら、恭也はかなり距離が開いたであろう祥子の事を考える。

(まずいな。幾ら学園内とはいえ、あまり離れすぎるのも…)

「嫌ですか?」

「い、いえ、そう言う訳ではないのですが……。そ、そう言えば、三奈子さんは誰のカードを?」

「え、あ、そ、それは。そ、そうです。私はカードを探している方たちを取材しているのですわ。
 そ、そのついでに見つけられれば、という程度で。特に誰とかではなくてですね。
 そ、それに見つけられれば、一日取材が出来る訳ですから…」

「そうなんですか」

「あ、でも、勿論、本人の了承が取れた事だけを記事にしますから。
 も、もし、恭也さんのカードを見つけたら、その時は一日付き合ってくださいます?」

「ええ、構いませんよ。そういうルールですし」

「あ、ありがとうございます!」

恭也の言葉に、三奈子は嬉しそうに礼を述べる。

「いえ。でも、俺なんかと一日いても面白くないと思いますよ」

「そ、そんな事はないですよ。では、これで失礼しますね」

「はい」

「では、ごきげんよう」

三奈子は恭也と一緒に行こうとしていた事をすっかり忘れ、足早に去って行く。
恭也はそれを眺めながら、ほっと安堵の息を零す。

(すいません三奈子さん。俺は祥子さんから離れる訳にはいかないから、見つけれない所に隠してるんですよ。
 ですから、他の方のカードを見つけられるように応援してます)

三奈子の去って行った方向を見詰め、内心で謝る。
三奈子が本当に探しているのが誰のカードなのか、全く理解できずに。



恭也は、祥子の向ったであろう温室へと少し駆け足で向う。
勿論、足音は全くに立てずに。
やがて、温室に辿り着くが、その周りには誰もいなかった。

(まさか、他の場所に移動した?いや、中か)

温室の中から人の気配を感じ、恭也は中へと入る。

(誰もいない?)

見渡す限り人影は見当たらなかった。
しかし、中から人の気配を感じたのは確かであった。

(まさか、誰かが侵入したのか?)

気配はしたのだが、姿が見えなかったため、恭也はそう考えた。
そして、再度室内の気配を探ろうとして、ふと目がある場所で止まる。
そこはちょっとした花壇となっており、そこには数多くの薔薇が植えられていた。
その薔薇の中、ロサキネンシスと呼ばれる薔薇の近くに地面を掘り返したような跡を見つける。
恭也は慎重にそこに近づくと、そっと掘り返す。

(まさか爆弾?)

何者かの侵入が頭にある恭也はそう考え、丁寧に土を除けていく。
やがて、土の中から、爆弾ではなく、袋に包まれた赤いカードが姿を現す。

「これは…」

少々呆気に取られながら呟いた恭也の後ろから声がする。

「恭也さん?」

「祥子さん…」

祥子は恭也が手にしたカードを見て、そっと微笑むと、

「そのカード、恭也さんが見つけたみたいね」

「あ、ああ。そうなるな」

恭也は祥子に近づき、手を伸ばせばすぐにでも引き寄せれる位置で止まると、辺りの気配を探る。

(気配がない?ひょっとして)

「祥子さん、さっきからここに?」

「ええ。よく分かったわね。そこの裏にいたのよ。入り口から死角になってて、意外と見つからないのよ」

祥子の指差す所を見て、恭也は納得するが、同時に、

「何故、あんな所に?」

「そ、それは………、恭也さんがあそこに、カードを隠したんじゃないかって思ったから……

ふいに祥子は頬を赤くすると、そっぽを向く。
それを不思議に思い、更に尋ねようとする恭也を遮るように祥子は話す。

「それよりも、カードを見つけたのなら、薔薇の館に戻りましょう。もうすぐ、お姉さまたちと交代する時間でもあるし」

「そうだな。所で、祥子さんは見つけられたのか?」

「いいえ。でも、もう良いわ」

「まあ、そう言うのなら」

二人は並んで歩きながら、温室を後にする。

「それにしても、少し変な感じね」

「変とは?」

突然、話し掛けてきた祥子に尋ね返す恭也。

「だって、言葉使いは変わったのに、未だにさん付けなんだもの」

「それを言うなら、祥子さんだって」

「あら、私は元から結構丁寧に話してるから、違和感はないでしょ」

「そうだが…。しかし、初めに言ったはずだが?かなり雑になるって」

「ええ、そうね。別に怒っている訳じゃないわ。ただ、言葉遣いと呼び方に少し違和感を感じただけよ」

「そうは言われても。流石に呼び捨てにするのは…」

「同級生なんだから、良いんじゃない?私だって、令の事は呼び捨てよ」

「………じゃあ、祥子。これで?」

「そ、そうね。それで良いわ」

少し火照る顔を誤魔化しつつ、祥子は笑みを浮かべる。

「じゃあ、俺も呼び捨てにしてもらわないと」

「わ、私は良いわよ」

「それは、ずるいと思うぞ」

「ずるくても、良いのよ。第一、男の方を呼び捨てにするなんて…」

「俺は気にしないが?」

「わ、私がするのよ」

「祥子さんがさん付けをするのなら、俺もそうする」

「…恭也さんって、意外と意地悪ね」

「酷い言いがかりだな」

「あら、違っていて?」

「ふむ。否定は出来ないな」

「でしょ。ふ〜、分かったわよ。恭也……………さん」

「………まあ、今はそれで良しとしておくか」

顔を赤くしながら呼んだ祥子に、恭也も笑みを浮かべながらそんな事を言う。
その笑みに少しだけ見惚れ、それを誤魔化すように祥子は顔を空へと向ける。
丁度その時、少し強い風が吹き付け、祥子の髪を舞い上がらせる。
祥子はそれを片手で押さえ、目を細める。
そのまるで一枚の絵画のような光景に、恭也は思わず見入ってしまう。
その視線に気付いたのか、祥子は髪を押さえたまま、恭也を振り向くと、そっと笑みを浮かべる。

「どうかしたの、恭也さん」

「……い、いや、何でもない」

「そう」

祥子は恭也の言葉に聞くと、再び視線を上へと向ける。
その時、青いキャンバスに、所々浮かぶ白の中に黒いものを見つける。
それはゆっくりと舞うように地面へと降りてくると、祥子の足元に、まるでそこが目的地であったかのように、辿り着く。
祥子は屈むと、それを拾い上げる。

「あら、これって、もしかして」

そう言って拾い上げたもの、──黒いカードを恭也に見せる。

「あ、俺のカード」

「空から降ってくるなんて、一体、どこに隠してたのかしらね」

そう言うと、祥子は横に立つ校舎を見上げる。

「それは見つかってしまったから、教えても良いか。
 そのカードは、3階と4階の間の踊り場の窓、そこの外側上方に」

「外側って、どうやって」

「内側から窓を開けて、手を伸ばしてかな」

「見つかりにくい所ですね」

「まあ、ゲームとはいえ、勝負だから多少は苦労しないと」

恭也の言葉に苦笑しつつ、

「じゃあ、これは反則になるのかしら?」

「いや、気紛れな風の悪戯だろう。そこまで考えてなかった」

「ふふふ。じゃあ遠慮なく」

そう言うと、祥子はカードを仕舞い込むのだった。



時間は少しだけ遡り、講堂裏にある銀杏の木に囲まれた場所。
そこに一人の少女はいた。
少女──志摩子はその中を迷う事無く進み、やがて一本の桜の前で足を止める。

「ここでもなかったみたいね。もうすぐ時間だから、戻らないと」

そう言って踵を返そうとした時、強い風が吹く。
志摩子は小さな悲鳴を上げ、髪を押さえ目を閉じる。
やがて風が収まると、ゆっくりと目を開ける。
まず目に飛び込んできたのは、桜の幹。
そして、その根元に落ちている黒いカードだった。
志摩子はそれを拾い上げると、嬉しそうな顔を覗かせる。

「見つけた。きっと今の風で落ちてきたのね」

志摩子は感謝する様に目を閉じ、両手を軽く合わせる。

「さて、戻りましょう」

足取りも幾分軽く、薔薇の館へと戻る志摩子だった。



一方、祥子のクラスに赴いた祐巳と由乃は、廊下でばったりと会っていた。

「由乃さん、どうしたの?」

「祐巳さんこそって、祥子さまのカードを探してるんだもん、当たり前よね」

「うん。でも、由乃さんは?令さまのクラスはここじゃなかったと思うんだけど」

「あははは。可能性よ、可能性。令ちゃんの友達である祥子さまの教室に隠す。ありえない話じゃないでしょ」

「確かにね。じゃあ、探す?」

「勿論よ」

二人して教室中を探すが、見つけることは出来なかった。

「ここじゃないか。祐巳さん、ここ以外に何処探した?」

「私は図書館だったんだけど」

「図書館ね。ありえるわね」

「でも、令さまだったら、由乃さんがすぐに分かるような所に隠していると思うけど」

「私が分かる所?……!祐巳さん、ありがとう。じゃあ、私行くわね」

由乃は祐巳に手を振ると、凄い勢いで教室を出て行った。

「はー、凄い勢い」

由乃の勢いに呆気に取られながら、祐巳は次へ向う場所を考える。

「うーん……。講堂に行ってみようかな」

祐巳は次の目的地を決め、教室を出て行く。



「はあ、結局見つからなかったか。まあ、仕方ないね」

令は溜め息を一つ吐くと、薔薇の館へと向って歩き始める。

「そろそろ交代の時間だから、戻らないとね。由乃はちゃんとカード見つけられたかな?」











薔薇の館では、また新しい生徒が蓉子たちと話を楽しんでいた。
その生徒たちが席を立つと、蓉子たちも立ち上がる。

「さて、そろそろ交代ね」

「そうね。令、早く帰ってこないかしら」

「おっ?珍しく江利子もやる気ね」

「まあね。ちょっと面白そうじゃない?」

「それはゲームが、それとも恭也さんが?」

蓉子の問い掛けに、江利子は笑みを浮かべると、

「両方」

と答える。

「ほうほう。紅、白、黄が入り混じっての混戦ね。面白くなってきたわね〜」

「聖、何を言ってるのよ」

「まあまあ。それよりも、そろそろ外に出よう」

聖は先頭をきって扉を潜る。それに続くようにして、蓉子と江利子も外へと向った。
仮説本部となっている場所で、そこに残っている新聞部の者たちと挨拶をし、交代の時間までを待つ。
程なくして、志摩子が戻ってくる。
その顔を見た聖は笑みを浮かべると、片手を上げる。

「見つけたみたいだね」

「はい。でも、よく分かりましたね」

「そりゃあ、あなたのお姉さまだからね」

「で、何処で見つけたの?」

蓉子の疑問に、新聞部の一人が止めに入る。

「すいません、紅薔薇さま。まだ、ゲームは終ってないんで…」

「あ、そうだったわね。ごめんなさい」

「いえ」

蓉子の言葉に、新聞部の者は笑って答える。

「あれは、令ね」

江利子の言葉通り、今度は令がやって来る。

「あ、すいませんお姉さま。もう時間でしたか」

「いいえ、大丈夫よ。まだ、充分余裕あるから」

「そうですか」

「と、祥子も戻って来たみたいね。恭也さんも一緒みたいだわ」

暫らく待ち、二人が戻ってくる。

「どうだった、祥子?」

「ええ、見つけることが出来ました」

「で、誰のを見つけたのかな?」

「恭也さんのですけど」

聖の問いに答える祥子。
それを聞き、聖は笑みを浮かべると、

「へー。恭也くんのねー」

「た、たまたまです。本当に偶然」

「はいはい。分かったから、落ち着きなさい」

蓉子に宥められ、祥子も落ち着く。
そして、蓉子は恭也を見ると、

「恭也くんはどうだったの?」

「はあ、俺も見つけれましたけど」

「一体、誰の?」

「えっと、祥子のカードを」

恭也の言葉に、蓉子たちは驚いた顔になる。
それを見て、

「何かまずかったですか?」

「い、いえ、そうじゃないのよ。今、祥子って」

「あ、はい。言葉使いと呼び方が合ってないと言われたので」

それを聞き、聖は祥子を見る。

「ふ〜ん」

「な、何ですか白薔薇さま」

「別に何も言ってないじゃない」

聖の正論に、祥子は黙る。

「まあ、それは後で聞くとして、今は私たちの番だからいってくるわ」

江利子はそう告げると、すぐさまカードを探しに行く。
それを見て、聖は、

「珍しくやる気満々ね、江利子ったら」

「本当。恭也くん、その話は後でね。じゃあ、私も行くから。祥子、後は任せたわよ」

「はい、お姉さま」

蓉子もその場から歩き出す。江利子とは逆の方向へと。

「私はここにいた方が面白そうなんだけど…」

そう言って祥子を見る。

「でも、まあ、蓉子たち全員が揃ってからの方が面白いか。適当に時間を潰してくるよ」

手をヒラヒラと振りながら、聖もその場を後にするのだった。
それを見送り、薔薇の館へと入って行く祥子と令。
それを見送り、志摩子は恭也に小さな声で呼びかける。

「あの、恭也さん」

「どうしました」

「わ、私の方が年下なんですから、私にも対等に話してください」

「い、いや、しかし」

「お願いします!」

「でも」

「祥子さまには、そうしているんですよね」

いつにない強い口調に、恭也の方が先に折れる。

「分かった。でも、かなり雑だぞ」

「はい」

志摩子は嬉しそうに笑うと、薔薇の館へと入って行った。
その後に続きながら、恭也は一人首を傾げるのだった。

(そんなに雑な話し方が珍しいのか。ここに通う人たちは、本当にお嬢様なんだな。誰かとは大違いだ)



「クシュン」

「お嬢様、風邪ですか?」

「うーん、違うと思うわ。多分、どこかの朴念仁が、噂でもしてるんじゃないかしら?」

「そうですか」

リリアンから離れた地で、そのような会話があったとか。





つづく




<あとがき>

バ、バレンタインイベント……終った。
美姫 「まだ、つぼみたちだけでしょ」
後半はあっさりと行く予定だから。
美姫 「しかし、やっとイベントを迎えたわね」
はははは。
14日のイベントだから、話数も同じ14話にしたかった。
美姫 「あー!ま、まさか13話が短いのって」
今明かされる真実だな。
美姫 「アホか!」
じょ、冗談だよ。本当は13話で聖さまを出す予定だったんだけど、
一人ぐらいは客観的に見れる人間が欲しいと言うか、からかう人間が欲しいからね。
出番がなくなってしまったという可哀相なお話。
美姫 「聖さまだけ、おいてけぼり?」
そうなるな。
しかも、数名のヒロインが、急接近?
美姫 「ひょっとして、聖さまはこのまま?」
では、次回!
美姫 「あ、こら。何てベタな誤魔化し方よー」





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