『マリアさまはとらいあんぐる』



第20話 「それぞれの2月15日」






歩きながら恭也は、左隣を歩く聖へと話し掛ける。

「聖さんはSEENAが好きなんですか?」

この恭也の問い掛けに、聖は頷き少し上を見上げる。

「まあね。初めは、ここまで好きとかじゃなかったんだけどね。
 ある子がSEENAの大ファンで、私もつられて聞いたのが始まりね。
 それから、見事に嵌まっちゃったって訳」

聖は懐かしそうな顔をし、どこか遠くを見る。
そんな話を聞きながら、志摩子は少し顔を曇らせるが、聖の吹っ切れた顔を見て、安堵の息を零すのだった。
それを横目で見ながら、聖は微かに口の端を上げるが、気付かない振りをして恭也へと話しつづける。

「そう言えば、恭也くんってSEENAとも知り合いなんだよね」

「ええ、まあ」

「ひょっとして本人に会える?もし会えるなら、サインとか欲しいんだけど」

聖の言葉に、志摩子が窘めるように口を挟む。

「お姉さま。それでは恭也さんに迷惑が掛かってしまいます」

「良いじゃん。試しに聞いただけなんだから。それに、できれば志摩子も欲しいでしょ?
 貴女も好きだものね」

「そ、それはそうですけど。い、幾ら知り合いとはいえ、無理だと思いますよ」

志摩子の言葉に、聖は恭也を見る。

「やっぱり無理かな?」

恭也は少し考え、

「そうですね。難しいと思いますよ。事前に連絡の一つでも入れてれば、会ってくれるでしょうけど。
 それに、会場に直接行っても、警備の人に止められますから」

「そっか。それは残念」

聖は本当に残念そうに言う。
それを見ながら、恭也は考えを口にする。

「まあ、駄目元で行くだけ行ってみますか。
 椎名さんがまだ会場入りしてなければ、出入り口で捕まえられるかもしれませんし」

コンサートの開始時間と現在の時間を見比べながら言う。

「本当に?」

「ええ。それに、昨日のチョコのお礼を椎名さんに言わないと」

「よし!じゃあ、早く行こう。と、途中で色紙とペンも買わないとね」

聖は声を上げると、少し歩みを速める。
その後ろ姿を見ながら、恭也と志摩子は顔を見合わせると、その後に付いて行くのだった。





  ◇ ◇ ◇





一方、小笠原家では……。
祥子、美由希、なのはの三人に、蓉子、祐巳を加えた五人でお茶会をしていた。

「そうなんですか」

「ええ、そうなんですよ。本当に恭ちゃんの鈍感さといったら…」

「それはよく分かるわ。まだ、そんなに長い付き合いではないけどね」

美由希の言葉に、蓉子も同意する。
それに対し、美由希も笑って答える。

「本当に、あそこまでいったら、犯罪者ですよ」

「うふふふ。それは言い過ぎよ」

そう言って窘める祥子の顔にも笑みが浮んでいる。
おおよそでは、美由希の言い分に納得しているのだろう。

「まあ確かに、国宝級よね」

祥子の言葉に、力強く頷くと、美由希は更に続ける。

「本当に、いい加減にしてってぐらいです。おまけに、なのはには甘いし。
 同じ妹なのに、私との扱いに雲泥の差が…」

「確かに、恭也さんは、なのはさんには甘いみたいね」

蓉子は昨日の恭也の様子を思い出し、納得顔になる。
自分の名前を呼ばれたなのはは、笑みを浮かべる。

「確かにお兄ちゃんは優しいですけど、たまに意地悪です」

なのはの言葉に、美由希はうんうんと頷く。

「そうそう。その上、真顔で嘘を吐くし」

「そうなんです」

美由希の言葉に同意するなのはに、祐巳が話し掛ける。

「へー、どんな事を言われたの?」

「そうですね。あ、なまはげ狩りとか」

「「「なまはげ狩り?」」」

なのはの言葉に、祥子たち3人が一斉に首を傾げる。

「はい。大晦日に…」

そうして、なのはは恭也から聞かされた、なまはげ狩りについて話をする。
それを聞き、苦笑を浮かべる三人だった。

「あ、後は物凄く照れ屋なくせに、たまに信じられないような事を言うんですよ」

美由希の言葉に、三人は首を傾げ、興味を示す。
それを見て、美由希は話し始める。

「えっと、ですね。兄は昔全国を周った事がありまして。
 何と言いますか、長期休暇に入ると、ぶらりと旅に出るんですよ」

実際は、武者修行の旅なのだが、美由希はそこを誤魔化しながら話をする。

「で、帰ってきた時に、私たちが旅先の話をせがむと聞かせてくれるんですが。
 よく兄の話には、その時の印象深いものが出てきまして。更に、本人も夢か現実か分からないとか言うんですよ」

そこで間を置くと、美由希はお茶を一口飲む。
同じ様にお茶を飲みながら、祥子たちは続きを楽しみに待つ。
そして、美由希は再び口を開く。

「その中でも、何とかの精とかいう言葉を良く使うんです」

「へー。意外とロマンティストですね」

祐巳の言葉に美由希は、しかし首を振る。

「違いますよ。ただ、はっきりと覚えていなくて、たまたま周囲にあった植物とかを見てそう言うんです。
 そうそう。その中でも、桜の精の話は結構、面白いですよ」

「桜の精?」

「あら、何か素敵なお話しみたいね」

祥子の呟きと、蓉子の言葉を受け、美由希は続ける。

「えっと、何年か前のことなんですけど、恭ちゃんが膝を壊した事がありまして…」

その言葉に、祥子たちは驚きの表情を浮かべる。

「恭也さん、膝が悪いの?」

「全然、そうは見えなかったわ」

美由希は、祐巳や祥子の言葉に頷く。

「ええ。今でも激しく動いた後は、少し痛むみたいですけど。
 あ、でも近くにいい腕のお医者さんがいて、その人の見立てでは治るみたいなんです」

その言葉に、一同はほっとしたような顔を浮かべる。
それを微笑ましく見ながら、美由希は口を開く。

「で、その時に3日間だけ出会った女の子がいたんです。
 恭ちゃんは、今の自分があるのはその子のお陰だって、凄く感謝してたんですね。
 でも、その時の出来事とか色々あって、夢や幻だったかもしれないって思ったらしいんです。
 で、その子の事を話す時に、桜の精って言ってて。
 何でも、満開の桜の下で出会ったとか」

「それは結構、素敵な話ね」

蓉子の言葉に祥子や祐巳も頷く。
しかし、美由希となのはは苦笑を浮かべつつ、

「それが、この話には続きがありまして。
 実は、その桜の精と、恭ちゃんは同じ学校に通っていながら、一年も気付かなかったらしくて。
 おまけに、出会った当初はお互いに気付かなかったみたいで」

「それは、それは」

「でも、それは仕方がないんじゃありません?
 何年も前の事だったのなら、記憶も薄れているでしょうし、姿もかなり変わってるでしょうから」

「そうですね。でも、その縁でその方と私は大の仲良しになったんで、結果としては良かったかな」

美由希の嬉しそうな顔を見て、その女の子と本当に仲が良いんだなと感じる三人だった。

「しかし、桜の精とは、上手い事言うわね」

「はははは。本当にそんなんじゃないですよ。恭ちゃんはただ、物覚えが悪いだけですって。
 だって、そういった話を後幾つか聞いた事ありますから。ねえ、なのは」

「はい。後、他に聞いた事があったのは、枯れることのない桜の下で出会った歌姫とか…」

「後は、北国で出会った麦畑の剣士とか…」

「あ、空に近い村で出会った星空の少女とかもあったね」

「後は、迷った山奥で出会った藤の花の精とか」

次々と出てくる言葉に、祥子たちも苦笑を浮かべるのだった。





  ◇ ◇ ◇





恭也たちは昼食を手早く済ませると、すぐさまコンサート会場へと向う。
会場に着いた三人は、開演までまだ時間が充分あるというのにも係わらず、既に人が大勢いることに驚く。

「でも、まあこんなものかもね」

聖はすぐに気を取り直すと、恭也を見る。

「で、どうするの?」

「とりあえず、裏口と言うか、関係者の出入りする所へ行きましょうか」

恭也の言葉に、三人は裏へと周る。
裏へと周ると、表の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
そんな中、恭也は辺りを見回す。
と、出入り口を警備していた者がこちらに気付き、二人のうち一人が足早にやって来る。

「君たち、ここは関係者以外は立ち入り禁止だよ。道を間違えたのかい?」

丁寧な言葉ながらも、必要な警戒は怠らずに尋ねてくる警備員に、恭也は思い切って尋ね返す。

「別に道を間違えた訳ではありません。それよりも、少しお聞きしたい事があるんですが」

恭也の言葉を不審に感じつつも、その丁寧な物言いに無碍にも出来ず、警備員は聞き返す。

「聞きたいこと?」

「はい。椎名さんはもう来られてますか?」

その言葉に、警備員の顔つきが変わる。
それを見て、恭也は付け加えるように言う。

「別に怪しい者ではありません。椎名さんの知り合いです」

「怪しい奴が、自分を怪しいと言う訳がないだろう。
 第一、そんな上から下まで黒尽くめで、充分怪しいわ!」

恭也は、警備員の言葉に納得し頷く。
そんな恭也を捕まえようと、警備員が手を伸ばした所で、別の警備員が傍らに来ていて声を掛けてくる。

「おい、どうした」

「あ、主任。この男がSEENAさんの関係者だと言って…」

その男の言葉を最後まで聞かず、主任と呼ばれた男は恭也の顔を見て敬礼をする。
突然のその行動に、敬礼をした本人以外が驚く。
そんな面々を余所に、主任は言葉を発する。

「高町恭也殿ですね」

「そうですけど…」

「申し遅れました。私は、一年半ほど前のチャリティーコンサートの時に、警備に当たっていた者の一人です。
 あの時の事は、口外無用と厳命されましたが、あの時警備に当たっていた者たちの中で、貴方の活躍を知らない者はいません」

「は、はあ」

主任の言葉に、呆気に取られた声で返事する。
そんな恭也にかまう事なく、主任は続ける。

「更に、私は生前、貴方のお父さんに大変お世話になりました」

この言葉に、父、士郎がボディーガード以外に、警察や警備会社で簡単な護身術を教えていたのを思い出す。

「そうでしたか。生前は父がお世話になったみたいで…」

「いえ、お世話になったのは私の方ですから。それも、親子二代に渡って。
 と、それよりもSEENAさんに会いに来られたんですね。私がご案内致します」

主任の言葉に、先程の警備員が口を挟もうとするが、それを片手で制する。

「大丈夫だ、問題ない。彼はCSSの関係者だから。
 それよりも、ここを頼む」

主任の言葉に納得すると、その警備員は頷く。
そんな彼の横をすり抜け、主任は恭也たちを案内する。
その案内がてら、主任は恭也に話し掛ける。

「所で、今日はまた、どうしてこちらに?」

その言葉に恭也は言葉を濁し、二人に気付かれないように横目で見る。
それで事情を察したのか、それとも聞くべきではないと思ったのか、主任もそれ以上は追求を止める。
通路を何度も曲がり、やがて長い通路に辿り着くと、その入り口に立つ警備員に、二、三言告げ、恭也たちを振り向く。

「後は、この通路を真っ直ぐに行って、突き当たりの部屋です。
 それでは、私はこれで」

そう言って、軽く帽子を上げ、挨拶をすると主任は持ち場へと戻っていく。
それに礼を述べ、恭也たちは歩き出した。
歩きながら聖は、心底驚いた様子で恭也を見る。

「恭也くんもお父さんも凄いんだね」

「そんな事はありませんよ。あの人は世話になった人の息子だから、案内してくれただけですよ」

「そうかな?それぐらいでは中には入れないよ、普通」

聖の台詞に、恭也は言葉に詰まる。
そこへ、追い討ちをかけるように志摩子が言う。

「それに、あの方は恭也さんの活躍と言ってましたけど」

「別に大した事じゃありませんよ。ただ、フィアッセに差し入れに行った時に、不審人物を捕まえただけですよ。
 ただ、それだけです」

詳細を誤魔化しながら言った恭也の言葉に、しかし志摩子は首を振る。

「それだけなんて。それでも充分立派な事ですよ」

志摩子の言葉に、聖も同意するかのように頷く。

「それに、そのお陰で私たちが今、ここにいられるんだからね」

冗談めかして言う聖に、恭也も頷き返す。

「そうですね。……と、着きましたよ」

話しているうちに、扉の前まで辿り着く。
恭也が扉をノックすると、中から元気な声が返って来た。

「ほーい。空いてるでー」

「失礼します」

ゆうひの返答を聞き、一応声を掛けてから恭也は扉を開けた。





  ◇ ◇ ◇





少し時間を遡り、ここ小笠原家では。

「まあ、こんな訳でして…」

美由希やなのはの話を、笑いながら聞く祥子たち。
それを見ながら、美由希は続ける。

「ですから、今回もまたかって思ったんですよ」

美由希の言葉に、首を傾げる祐巳を見ながら、祥子と蓉子は納得がいったのか頷いている。
一人分かっていない祐巳は、

「お姉さまも、蓉子さまも意地悪してないで教えて下さいよ」

泣きつく祐巳を見て、なのはが答える。

「えっと、ですね。初め、お兄ちゃんから連絡があった時に、紅薔薇のつぼみって言葉を聞いたんです」

「そうそう。それで、またかって思ったのよね。
 お世話になる方なんだから、名前を覚えないと失礼だよとか思ってたら…」

「実際に、そう呼ばれている方だって、昨日の話で分かったんです」

「ああ、なるほど」

なのはと美由希の言葉に、祐巳は手を打って頷く。
そんな祐巳を見ながら、美由希は祥子へと尋ねる。

「そう言えば、恭ちゃんは学校ではどうですか?」

「そうね…」

今度は、祥子たちが学園での恭也の様子を話し始めるのだった。





  ◇ ◇ ◇





「あれ、恭也くんやない」

扉を開けて中に入るなり、ゆうひが驚いた声で呼びかける。

「椎名さん、お久しぶりです」

「ほんまに久しぶりやな。でも、急にどうしたん?」

「ええ。実は友人が一緒でして」

恭也の言葉に、聖と志摩子も入ってくる。
丁寧にお辞儀をする二人を見ながら、ゆうひは恭也に笑いかける。

「何や、恭也くん。ごっつ美人さん捕まえて。両手に花やな」

「し、椎名さん」

赤くなって反論しようとする恭也に対し、ゆうひは泣き真似をしながら話し出す。

「ええねんで。浮気は男の甲斐性ゆーからな。でも、うちはいつまでも待ってるで。
 あの時の事は、遊びじゃないと信じてるからな。よよよよよ」

わざとらしく泣き崩れるゆうひを見ながら、恭也は溜め息を吐く。
一方、聖はそれが冗談だと分かったのか、笑みを浮かべ恭也の腕を取る。

「SEENAさん、恭也くんは私が貰いましたから。残念ですが、諦めてください」

「そんな訳にはいかへん。うちと恭也くんは固い絆で結ばれてんねんで」

「でも、私との間にはもっと固い絆があるんです」

「そ、そんな。うちとの事は遊びやったんか…」

「遊びではなかったかもしれません。でも、私と生きる道を選んでくれたんです」

勝手に盛り上がる二人を余所に、恭也はどうしたものかと頭を掻く。
と、志摩子が恭也に近づき、小さな声で尋ねる。

「恭也さん。お姉さまの言う事は冗談だと分かるんですが、そ、そのSEENAさんとの関係って…」

「ああ、あれも冗談ですよ。驚きましたか?椎名さんは、普段はあんな感じなんですよ」

「そ、そうですか」

恭也の言葉に、志摩子は明らかに安堵する。
そして、笑みを浮かべながら、

「そうですね。少し驚きましたね。でも、楽しそうな方ですね」

「それは、もう。ただ、その騒ぎに俺を巻き込むのは、正直勘弁して欲しいですけどね」

恭也は苦笑を浮かべ、答える。
と、いつの間にか聖とゆうひが話を止め、恭也と志摩子を見ていた。

「なんや、うちらを放っておいて楽しそうやな。そこのお二人さん」

「そうよ、そうよ」

ゆうひの言葉に相槌を打つ聖。
このまま放っておくと、話が進まないと感じたのか、恭也は話を切り出す。

「で、椎名さん。ここに来た理由は、こちらのお二人が椎名さんのファンで、サインが欲しいという事でしたので」

「あ、そうなん。サインね、オッケーやで」

聖が取り出した色紙にサインをし、握手を交わす。
その後、お互いに自己紹介を済ませると、恭也がゆうひに礼を言う。

「昨日、美由希からチョコを受け取りました。ありがとうございました」

「ははは。相変わらず恭也くんは固いな〜。まあ、ええねんけどな。
 それよりも、何で恭也くんがこないな所にいて、そんな美人さんと知り合いなん?」

「えっと、簡単に言うと風校を代表して、俺がお二人の通っている学園に視察という事で転入したからなんです」

「ああ、そうなんや。恭也くんも大変やな。因みに、今、何年生になったんやったっけ?」

恭也の説明を受け、大体の事情を察したのか、ゆうひはそう尋ねる。

「はい、高2です。と、それよりも、余り邪魔しても悪いですから、俺たちはこれで」

「邪魔やなんて。あ、そうや。恭也くんたちも、うちのコンサート見ていってくれるんやろ」

その言葉に、三人は頷く。

「せやったら、特等席で見てかへんか」

「特等席ですか?」

「そうや。ずばり、舞台袖で」

ゆうひの言葉に、聖や志摩子は驚いた顔を見せる。

「椎名さん、それは流石に」

「今更何を言ってるんや。チャリティーコンサートの時には、舞台袖で見てたやないか。
 それに、うちは知ってるねんで」

「な、何をですか」

ゆうひの笑みに、恭也は少し後退りながらも尋ね返す。

「先生……、あの世紀の歌姫、ティオレ・クリステラに個人コンサートをしてもらったやろ」

「あ、あれはクイズ番組の…」

「理由は兎も角、事実やろ」

その言葉に頷く恭也。
それを見て、ゆうひは笑みを浮かべる。

「そやろ。だったら、うちのコンサートを舞台袖で見るぐらい、大した事とちゃうって。ほな決まりな」

勝手に決めるゆうひに、恭也は最後の反抗を試みる。

「し、しかし、今回は俺だけではないので、俺の一存では…」

そう言って、恭也が見る先に立つ二人の女性。
その二人に、ゆうひは声を掛ける。

「聖ちゃんに志摩子ちゃんはどう?」

その言葉に、二人は我に返り、思わず頷く。

「よっしゃー、二人は良い言うてるねんから、恭也くんもオッケーやね」

「はー。分かりました。でも、二人ともどうしたんですか?」

溜め息と共に了承の返事をすると、恭也は未だ何処か茫然としている二人に声を掛ける。

「いや、ちょっと凄い話だったからさ。流石に驚いて」

「はい、私もです。あのティオレ・クリステラの個人コンサートなんて」

聖と志摩子の言葉に、恭也は苦笑しつつ、

「まあ、ティオレさんとは俺が小さい頃からの付き合いですから。
 家族同然ですし。それに、コンサートと言っても、俺の好きな曲を何曲か歌ってもらっただけですし」

「恭也くん、それが既に物凄い事なんだよ」

「そうやで。恭也くんはそう言うところ、鈍いよな」

口々に言われ、少し拗ねる恭也だった。
それを見た志摩子たちは、揃って可愛いと思ったとか。





  ◇ ◇ ◇





「さて、それじゃあそろそろ出掛けましょうか」

昼食を終え、少し休憩した頃、蓉子がそう切り出す。
その言葉に異論もなく、全員が立ち上がると出かける準備を済ませる。

「なのはちゃん、行こう」

祐巳は、なのはへと手を差し伸べ、なのはも嬉しそうにその手を取る。

「本当に仲が良いわね、あの二人」

「あら、祥子。もしかして、焼きもち?」

「何を言ってるんですか、お姉さま」

「うふふ。冗談よ。でも、なのはちゃんみたいな可愛い子なら、妹に欲しいわよね」

蓉子の言葉に祥子も頷きながらも、

「すいませんね、お姉さま。可愛くない妹で」

「あら、誰もそんな事は言ってないわよ」

「そうでしたかしら」

「ほら、それよりも早く行かないと、祐巳ちゃんたちが待ちくたびれるわよ」

「そうですわね。では、参りましょうか」

祥子と蓉子は連れ立って、部屋を後にするのだった。





  ◇ ◇ ◇





コンサート終了後、恭也たちはこの後打ち合わせがあるというゆうひと別れ、会場を後にした。

「うーん、やっぱりSEENAは良いね〜。おまけに、あんな場所で見れた上に、本人にも会えるなんて」

聖は満足げに微笑みながら伸びをする。

「さて、私は少しお腹がすいたんだけど、二人はどう?」

「そうですね、少し」

「私も」

「それじゃ、何か食べましょうか。その後、なのはちゃんたちの見送りにね」

「そうですね」

聖の言葉に、志摩子は頷く。
それに対し、恭也は頭を下げる。

「すいません。お手数を」

「良いって、良いって。単に私たちが見送りに行きたいだけなんだから」

そう言って笑う聖。
そんな感じで他愛もない話をしつつ、三人は大きな公園へと辿り着く。
休みという事もあってか、所々に屋台が出ており、三人はそれを眺めながら歩く。

「おっ、たこ焼き屋発見〜。と、隣にはタイヤキ屋か。どっちにしようかな?」

「両方買って、皆で分ければ」

「そうだね。恭也くんの言う通りだ」

「じゃあ、買ってくるから、飲み物お願いね」

聖はそれだけ言うと、その屋台に向って走って行く。
恭也と志摩子は顔を見合わせ、飲み物を買うと、近くのベンチで聖の帰りを待つ。
しばらくして戻ってきた聖は、恭也の隣に腰掛ける。

「ほい、タイヤキ」

自分のタイヤキを取ると、残る袋を二人に差し出す。
恭也と志摩子は、その中からタイヤキを取り出す。
そして、恭也は聖に尋ねる。

「中身は何ですか?」

「へっ?あんこだけど、中身って?」

「いえ、俺の所では中身が色々とあるんですよ」

「へー」

「何か面白そうですね」

「因みに、どんなのがお薦め?」

聖の言葉に、恭也は迷う事無く二つのタイヤキを答える。すなわち、

「カレーとチーズですね。特に、この二つを同時に食べると、とても美味いですよ」

「へー、変わったのがあるんだね。一回、食べてみたいな」

「そうですね」

志摩子と聖のこの興味を示す言葉に、恭也は少し嬉しそうな顔をする。
普段、周りから非難されるだけのタイヤキを恭也は気に入っているのだ。
これで、少しでも味方が増えればと考えたのかもしれない。

「海鳴に来たら、是非食べてください」

「そうだね。海鳴に行ったら、食べてみるよ。その時は、案内してくれる?」

聖の言葉に、恭也は頷く。
やがて、タイヤキを食べ終え、聖はたこ焼きを取り出す。
志摩子は爪楊枝で、一個取ると口へと放り込む。

「熱いけど美味しいです」

「それは良かった。はい、恭也くんも」

「ええ。頂きます」

恭也が手を伸ばし、爪楊枝を取ろうとした時、聖の顔に笑みが浮ぶ。
そして、聖はたこ焼きを動かし、恭也の手から遠ざける。
ハテナ顔の恭也に向って、聖はたこ焼きを爪楊枝刺し、恭也の口元へと運ぶ。

「はい、恭也くん」

「せ、聖さん」

「お姉さま、何を」

慌てる二人に対し、聖は冷静に答える。

「いいじゃない。デートなんだから、これぐらい。ほら、あーん」

「い、いや、しかしですね」

なかなか口にしない恭也に向って、聖は笑みを浮かべると、

「そんなに恥ずかしがらなくても。昨日は、皆がいると言うのいに押し倒したくせに…」

「あ、あれは」

聖の言葉に、恭也は顔を赤くして何かを言おうとする。
それよりも早く、志摩子が声を掛ける。

「お姉さま、恭也さんも困ってますから…」

「何?志摩子もやりたいの?」

「そ、そうではなくて」

「そう言えば、志摩子の昨日の顔ったらなかったわね」

そう言われ、恥ずかしそうに俯く志摩子。
そもそも昨日何があったのかと言うと…。
祥子の家へを赴いた一向は、お茶が準備できるまでの時間を話をして待っていた。
そんな中、聖の姿が見えず、恭也が探しに行ったのである。
そして、聖を見つける事が出来たのだが、その場所は恭也が寝起きしている部屋だった
聖は恭也の部屋へと忍び込み、あれこれ物色していたらしい。

「ちぇっ。普通は男の子だったら、それなりの本があると思ったんだけどな。やっぱり、ないか。
 ん?この箱は何かな?」

恭也は聖の行動に気付くと、急いで部屋へと飛び込む。
そこには、まさに聖が箱を取り出すところだった。

「あれ、恭也くん。どうしたの?そんなに慌てて」

聖は面白そうに笑いながら、箱を開けようとする。
それを見て、恭也は慌ててそれを止めようと手を伸ばす。

「そんなに慌てなくても、男の子なんだから、これぐらいは普通だって」

そんな聖の言葉も耳に入らないのか、恭也は聖が蓋を開けるよりも先に箱を手に取ることに成功する。

(ふ〜。この中身を見られるとややこしい事になるからな)

その箱の中には、聖が考えているような物ではなく、飛針や鋼糸などの暗器の類が収められていた。
その事に安堵する恭也の体の下から、聖の声が聞こえる。

「ちょ、きょ、恭也くん」

「え、あっ!すいません」

聖の言葉に下を見て、恭也は驚きの声を上げる。
丁度、恭也の体の下に聖の体があり、傍から見るとまるで押し倒しているようだった。
この状況に、聖も珍しく慌てた様子を見せる。

「えっと、は、離れてもらえるかな」

「はい」

「えっと、その箱ごめんね」

「いえ。ただ、この中身は聖さんが考えているような物ではありませんので。
 簡単に言えば、父から受け継いだような物なんで…」

「そうだったの。ごめんね」

「いえ。こちらこそ、配慮が足りませんで」

お互いに謝り、体を動かそうとした時、運悪く祥子たちが部屋を覗き込む。
恐らく騒ぎに気付いて、駆けつけたのだろうが、状況が状況だけに恭也にとってはあまりよろしくなかった。
しかも、扉も開いたままになっていた為、駆けつけた全員の目にさらされる事となった。
そんな状況下で、以外にも一番早く動き出したのは、美由希だった。
ただ、その顔には般若のような表情を浮かべて。

「恭ちゃ〜ん。余所さまのお家で、一体、何をやってるのかな〜」

それを皮切りに、騒がしくなった一同を宥め透かし、何とか事情を説明する。
全員に理解をしてもらった頃には、お茶はとっくに冷めており、淹れなおしとなったが。
そんな事を持ち出され、思い出したのか恭也の顔が赤くなる。
それを愉快そうに眺めながら、聖はこの辺で勘弁してあげようとか考え、手を下ろす。
が、それよりも早く、恭也の口が動き、それを食べるのだった。
最初は驚いたような顔をしていた聖だったが、面白そうな笑みを浮かべると、

「じゃあ、もう一つ食べようか」

「か、勘弁してください」

「何を言ってるかな。一個も二個も同じよ」

全く譲らない聖に、恭也は溜め息を吐こうとして、目の前のたこ焼きが一個増えていることに気付く。
見ると、志摩子が顔を真っ赤に染め上げ、少し俯きながら差し出していた。

「あ、あの、私も…」

その恥らう姿に、恭也も大人しくそれを口にする事にする。
それを見て、聖がさらに笑みを浮かべる。

「はい、恭也くん。まさか、志摩子のを食べて、私のは食べないなんて言わないわよね」

「し、しかし、聖さんのは最初に」

「問答無用よ。はい、あーん」

聖は楽しそうに恭也の口元へと押し付ける。
恭也は諦めたのか、大人しく口を開け、聖のたこ焼きも食べるのだった。
その後、交互に聖と志摩子から食べさせられていると、志摩子が思い切ったように口を開く。

「きょ、恭也さん…。あ、あの、私にも……」

そう言って、また俯く志摩子。
それを可愛いと感じながらも、志摩子の言葉を理解し、うろたえる。

「え、えっと」

そんな二人を楽しそうに眺めながら、聖が言葉を掛ける。

「いやー、志摩子も大胆だね」

その言葉に益々赤くなる志摩子を見ながら、聖は続ける。

「でも、志摩子の言う事にも一理あるかな。恭也くんばかり食べさせてもらうんじゃ、不公平でしょ。
 ほら、私たちにも食べさせてもらわないと。と、言う訳で、志摩子から、はい」

聖は、たこ焼きの刺さった爪楊枝を恭也に持たせる。
最初、当惑していた恭也も、やがて決意したのか、志摩子へと爪楊枝を差し出す。
それを小さく口を開け、口の中に収める。

「お、美味しいです」

「そうですか」

照れる二人に、聖が話し掛ける。

「はいはい。恭也くん、私にも」

そう言って、口を空けた聖にたこ焼きを食べさせる。
そんな事をしながら、たこ焼きを消費していく三人だった。





  ◇ ◇ ◇





夕方、駅前。
今ここに、美由希、なのはを見送る為に、祥子たちが集まっていた。
何故か、黄薔薇姉妹も来ており、全員で見送りをする。

「じゃあ、気を付けて帰れよ」

「うん。恭ちゃんも頑張って」

美由希の言葉に頷いて答える。
それを見届け、祥子たちが順次声を掛けていく。
中でも、祐巳は悲しそうな顔をして、なのはの手を握っていた。

「なのはちゃん、またね。いつでも遊びに来てね」

「はい、また来ます。祐巳さんも、海鳴に来てくださいね」

「うん。いつか、絶対に行くからね」

「はい、楽しみにしてます」

中々終りそうもない二人の挨拶を見ながら、祥子は祐巳に声を掛ける。

「ほら、祐巳。いい加減にしないと、電車に乗り遅れるでしょう」

「うぅ。はい。なのはちゃん、元気でね」

「はい、祐巳さんも」

「ほら、祐巳。これが今生の別れって訳じゃないんだから」

「分かってますよ〜。でも〜」

駅へと消えて行くなのはの背中を、祐巳はいつまでも見詰めていた。





  ◇ ◇ ◇





そして、とある場所では……。

「はー。どうしてこんな事になったんだろう」

蔦子は空を見上げ、一人ごちる。
その傍らでは、

「うぅ〜。一体、何処で見失ったのよー!」

一人叫び声を上げる三奈子がいた。
尾行途中で恭也たちを見失った上に、諦めずに周囲を探し周った結果、精根尽き、疲れ果てた二人だった。





つづく




<あとがき>

とりあえず、デートイベントは終了♪
美姫 「もうちょっと細かい所は?」
今回は、これで勘弁してくれ〜。
美姫 「まあ、それはそれとして、次回は?」
ふふふ。少しずつ動き出す事態。
その時、恭也は!……てね。
美姫 「そう言えば、事態は全然進んでなかったわね」
はははは。とりあえず、次回!
美姫 「では、次回までごきげんよう」





ご意見、ご感想は掲示板こちらまでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ