『マリアさまはとらいあんぐる』



第22話 「束の間の平穏」






翌朝、早く恭也は鍛練を終え、シャワーを浴び終えると、携帯電話を取り出す。

「もしもし、恭也だが」

「え、恭ちゃん、どうしたの!?」

電話の向こうで、美由希が驚いたような声を上げる。
それに構わず、恭也は言葉を続ける。

「美由希、鍛練は終ったのか?」

「うん。今、お風呂から出て、部屋で着替える所だったんだけど」

「そうか」

珍しく歯切れの悪い恭也に、何かを感じたのか美由希から声をかける。

「恭ちゃん、何かあったの?ま、まさか祥子さんに何か!?」

「いや、祥子には何もない」

「祥子さんには?」

微妙な言い回しに、美由希は聞き返す。
それに対し、恭也はあくまでも淡々と答える。

「ああ。祐巳さんが狙われた」

「なっ!」

電話の向こうで息を飲むのが分かる。
それに構わず、恭也は続ける。

「どうも相手は祥子一人だけでなく、祥子に関係ある人物まで標的としてきているみたいだな。
 今回は、近くに俺というイレギュラーがいた為、祐巳さんを狙ったと思われる。
 だから、次からは祥子を狙ってくるとは思う。だが、絶対とは言えない。
 また、今回のような事が起こらないとも言えない」

美由希は黙って恭也の話を聞いていたが、電話の向こうで微笑むと、そっと話し出す。

「だったら、そっちは私の出番だね」

「頼めるか」

「うん。当たり前じゃない。私の、…私たちの力はその為のものなんだもん。
 それに、祐巳さんに何かあったら、なのはも悲しむだろうし」

「そうだな」

「じゃあ、すぐにでもそっちに行けるけど、どうしたら良い」

その後、恭也は美由希と幾つかの会話を交わして電話を切る。
そして、時計を見ると丁度、良い時間だったので、リビングへと移動するのだった。





  ◇ ◇ ◇





すっかり通い慣れたリリアン女学園の門を潜り、マリア像の前で目を瞑る。

(神に祈るって柄じゃないし、そんな資格も無いのかもしれないが、
 せめてここに通い、いつも祈っている者たちだけは無事に過ごせるように。
 そのためになら、俺が傷付いたとしても…。
 この両の手に握った刃で、表を歩む人たちの牙として、それを阻むものを斬り捨てる!)

決意も新たに、恭也が目を開けると、こちらを見ていた祥子と目が合う。
目が合うと祥子は微笑みを浮かべ、

「珍しいですね。恭也さんが、こんなに長い時間祈っていたなんて」

「別に祈っていた訳ではないんだが。ひょっとして、結構馴染んできた所為かな」

恭也はそう言って、微かに微笑む。
本当に僅かな変化だったのだが、今の祥子にはそれが分かるようになっていた。
そんな二人の元に、祐巳がやって来る。

「お姉さま、恭也さん、ごきげんよう」

「ごきげんよう、祐巳」

「おはようございます」

「恭也さん、昨日はありがとうございました」

「いえ、大した事はしてませんから」

「そんな事はないですよ」

このまま恭也と話しそうになる祐巳に、祥子がやんわりと注意をする。

「祐巳、挨拶も良いけど、早くマリアさまにご挨拶しないと。ほら、他の子たちにも迷惑になるでしょ」

「あ、はい」

祥子に言われ、祐巳はバツが悪そうに笑うと、目を閉じて手を合わせる。
そして、祈りを終えると、二人に話し掛ける。

「終りました」

「祐巳、手抜きなんかしてないでしょうね」

「そ、そんな事してませんよ」

「ふふふ、冗談よ」

「もう、お姉さま!」

そんなやり取りをする二人を見ながら、恭也は昨日の事を引き摺っていないと確信し、そっと胸を撫で下ろす。
そのまま三人は校舎へと向うのだった。





  ◇ ◇ ◇





昼休みになり、いつものように薔薇の館に集まるメンバーたち。
昼食後の話題は、もっぱら昨日の話だった。

「それにしても、恭也さんは歌がお上手ですね」

「そんな事は…」

「いえ、とても綺麗な歌声でした」

令の台詞に、否定の言葉を口にしようとする恭也を、やんわりと志摩子が否定する。

「そうでしょうか?」

恭也の言葉に、その場にいた者たちは頷く。
それを眺めている恭也に、由乃が尋ねる。

「そういえば、あの最後に歌った英語の曲なんだけど…。あれは?」

「ああ。あれは、ティオレさんに教えてもらったんですよ。女性と歌う事があったら、これを歌えば大丈夫と言って。
 ティオレさんの言う通り、結構歌いやすい曲で、簡単に覚えれたんで。
 まあ、歌の内容は分からないんですけどね」

そう言って苦笑する恭也を見ながら、歌の意味が分かった者たちは溜め息を吐く。

(大丈夫の意味が違うと思うけどね)

それを口には出さずに、由乃は笑みを浮かべるのだった。





  ◇ ◇ ◇





放課後、薔薇の館に集まった面々は、特にする事も無くお茶を飲んでいた。

「うーん、私たちは後少ししたら、卒業式までお休みだね」

聖の言葉に、全員がどこか寂しげな表情を浮かべる。

「そうね。でも、まだ後少し先だし、それまでは楽しくやりましょう」

蓉子の言葉に聖も頷く。
それを見ながら、江利子が口を開く。

「残念ねー。恭也さんがもう少し早く来られていたら、もう少し楽しめたのに」

「まだ卒業までは時間がありますよ。それに、その気になれば、いつだって会えますよ」

「って事は、恭也くんとも会えるのかな?」

「ええ。帰る前に連絡先と住所を教えますから、いつでも来てください」

そう言った恭也に、蓉子が笑いながら言う。

「そんな事言ったら、聖は次の日にでも行くわよ」

「蓉子、幾ら私でもそこまでしないって」

「あら、どうかしら」

聖の言葉に江利子が何かを含んだような言い方をする。

「江利子まで〜。祐巳ちゃん、二人の姑が虐めるの〜」

そう言って祐巳に抱きつこうとして、祥子の声に止められる。

「白薔薇さま、抱きつくのならご自分の妹にしてください!」

「姑だけでなく、嫁まで虐める」

そんな事を言いながらも、結局は祐巳に抱き付く聖だった。
それを見て、また祥子が声を上げる。
そんないつもの、最近では見慣れた光景を見ながら、恭也も笑みを浮かべるのだった。





つづく




<あとがき>

ふ〜。事態が一気に動く前の一時ってとこかな。
美姫 「次話から、事態が進むのよね」
その予定というか、そうです。
美姫 「動き始める影。そして、その魔の手から、守りきる事が出来るのか」
まあ、そんな感じで進むかな。そんなこんなで、次回!
美姫 「ではでは〜」





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