『マリアさまはとらいあんぐる』



第25話 「急展開」






襲撃があった日の昼休み。
恭也の携帯電話が震え出し、着信を知らせる。
恭也は薔薇の館を出ると、携帯電話を取り出す。
ディスプレイを見ると、リスティからだった。

「もしもし」

「ああ、恭也かい。やっと黒幕が分かったよ」

「随分と時間が掛かりましたね」

「ああ。昨日、最後まで意識を持っていた奴は、殆ど何も知らなかった見たい何だ。
 全てを知っていたのは、あいつらのリーダーだったって訳さ。
 で、そのリーダーの意識がついさっき戻ったんだよ。誰かさんが、顔面から地面に叩きつけるから」

「すいません」

リスティの言葉に、恭也は一応謝っておく。
と、今度はリスティが少し慌てたように言う。

「いや、謝る必要はないんだけどね。と、まあ、そんな訳で黒幕が分かったから、僕達はこれからそいつの元に行くよ」

「で、誰だったんですか?」

「ああ。まあ、簡単に言えば、ライバル会社の社長なんだけどね」

リスティの言葉に、恭也は眉を顰める。

「今から行くんですよね」

「ああ。こっちは、僕がいるんだ。大丈夫さ。じゃあ、そろそろ行かないといけないから」

「はい、わざわざありがとうございました」

恭也は礼を言うと、電話を切りポケットへとしまう。
そして、息を一つ大きく吐き出すと、薔薇の館へと戻っていった。





  ◇ ◇ ◇





放課後、美由希と合流した恭也たちは、昨日と同じ様に帰路へと着く。
恭也と美由希も、警戒を怠るつもりは無いが、昨日の今日という事で多少は安心して護衛にあたる。
その途中で、恭也の携帯が着信を知らせる。
恭也はポケットから携帯を取り出す。

「先に行ってて下さい」

後少しで祥子の家に着くという事もあり、恭也は先に行ってもらう事にする。
それで、美由希は電話が誰からなのか分かり、頷くと歩き出す。
美由希に続くように、祥子たちも歩くのだった。
しばらく歩き、聖が思い出したように言う。

「うーん、携帯電話ね。私も持とうかな」

「聖が?」

聖の言葉に蓉子が尋ね返す。
それに頷きながら、

「あったら、結構便利だと思わない?」

「うーん、どうなんでしょう」

祐巳は特にあっても無くてもいいやと思い、そう答える。

「まあ、どっちにしろ、後で番号を教えてもらおうっと」

聖の言葉に、全員が同じ事を思う。
曲がり角を曲がり、暫らく歩くと閑静な道へと出る。
そこで、美由希は嫌な気配を感じ、足を止めるのだった。





  ◇ ◇ ◇





美由希たちを先に行かせた恭也は、電話に出る。

「もしも…」

「恭也か!今、何処だ?」

電話に出るなり、かなり慌てた声で尋ねる。

「今は……」

恭也は大体の場所を告げる。

「そうか。良いか、良く聞けよ。やられた!」

「何があったんですか!?まさか、黒幕が事前に逃げてたとか」

「違う!あのごろつきみたいな連中や、あいつらを雇ったと思われる男は全部、嘘だ!
 誰だか知らないが、手の込んだ事をしてくれる。僕達の目をそいつに向わせる為の罠だったんだよ。
 そいつは無実だった。心を読んだから、間違いない。雇われていた奴らも、そいつに雇われたと思っていたって事だ。
 油断するな。連中の第一の狙いは、僕らの目がそいつに向うように仕向ける事だったんだ。
 つまり、今、この時が連中の待ってた時とも言える。
 いきなり仕掛けてくるのか、または別の手で来るつもりなのかは分からないが、気をつけろ!」

「分かりました」

「ああ、それだけだ!くそっ!まんまとやられた!」

「まだ勝負はこれからですよ。落ち着いてください。俺はすぐに祥子の元に行きますから」

「!今、傍にいないのか!?」

「ええ、リスティさんからの連絡だったんで、先に帰しました」

「そうだった!すまない恭也。すぐに向ってくれ」

「ええ、分かりました。でも、大丈夫ですよ。祥子の傍には美由希がいますから。では」

恭也は言い終えるや否や電話を切る。
リスティにはああ言ったが、万が一という事もあるのだ。
恭也は電話をしまうと、すぐさま駆け出す。





  ◇ ◇ ◇





突然、歩みを止めた美由希に聖が話し掛ける。

「どったの?美由希ちゃん」

「皆さん、そこの壁の方に固まって下さい」

美由希の言葉に疑問を感じながらも、切羽詰ったような口調とその真剣な表情に素直に従う。
一箇所に固まった祥子たちの前へと進みながら、辺りを窺うと、道の両脇から男達が現われる。

「お嬢さん、よく我々に気付きましたね」

リーダー格と思われる男の声に、美由希は答えずただじっと見詰める。

「我々は何も貴方達に危害を加えるつもりはありません。
 大人しくしていてくれるのなら、すぐにでも解放しますよ。
 もっとも、そちらの小笠原のお嬢様には我々とご同行を願いますけどね」

「私……?」

祥子は茫然と尋ね返す。
そちらを見ながら、男は慇懃な態度で頭を下げてみせる。

「はい、そうですよお嬢様。ご安心してください、身の安全は保障しますので。
 もっとも、あなたのお爺様の返答しだいですけどね」

男は笑みを浮かべながら、ゆっくりと顔を上げる。
だが、その目は全く笑っておらず、寧ろ冷たさを感じる。
その男の後ろから、別の男が舐めまわすように祥子の全身を見る。

「しかし、揃いも揃って極上の女共だな。何もしないのは勿体無い…」

その男の言葉を眼光だけで黙らせると、再び祥子を見る。

「あなたが大人しく来て下さるのなら、連れの方には何もしないと誓いますよ」

そんな男と祥子の間に、蓉子が立ち塞がる。

「悪いですけど、あまり祥子を怖がらせないで頂けますか?」

「おっと、これはこれは失礼をしました。確か、祥子さまのお姉様で水野蓉子さんでしたかな」

見知らぬ男に名前を呼ばれ、驚くもののすぐに笑みを浮かべる。

「ご存知でしたら、自己紹介の手間が省けますね。
 一体、どういう事なのかよくは分かりませんが、後日、日を改めてお越しくださるかしら」

笑みを絶やさずに、蓉子は言う。
それをおかしそうに眺めながら、

「くっくくくく。いや、失礼。
 最近では、実の兄弟でもつまらない事で殺し合いをする事もあるというのに、どうして、中々。
 素晴らしい姉妹の絆じゃないですか」

「どうもありがとう。だったら、それに免じて見逃してくださるかしら?」

「そうもいかないんですよ。こっちも仕事なんで。
 小笠原のお嬢さまを連れて戻らないと、私の上司にあたる人に何を言われるか」

「あら、そうですか。それは残念ですわ。でも、時には上司に逆らうというのも必要かも知れませんよ?」

「いえいえ。私のような小心者には、とてもそんな大それた事など」

男は楽しそうに笑いながら言う。
そこへ、聖が声を掛ける。

「とても小心者には見えないけどね。まあ、人は見かけによらないって言うから、実際はそうなのかもしれないけど」

「ええ、よく言われますよ。小心者には見えないと。でも、本当に小心者なんですよ。
 現に、たった一人のお嬢さまを攫うのにも、こんなに大人数で押しかけてしまったぐらいでして」

男の言葉に、今度は江利子が首を傾げながら言う。

「攫う?あら、それって充分に犯罪じゃないかしら?」

「おっと、これは口が滑りましたな。今のは言葉のあやですよ。
 我々は、自主的にお嬢さまに来て頂くので」

「だったら、祥子は行かないって言うと思うけど?」

令の言葉に、男は低い声で笑う。

「そうですね。でも、我々の誠意ある言葉によって、きっと行くと言って下さると思いますよ」

「言わせる、の間違いではなくて、本当に祥子さまの意思によってですか?」

志摩子が尋ねる。
その問い掛けに、男は頷く。
それらを見ながら、祥子は何が起こっているの大よその理解をする。
そんな祥子の様子を見ながら、祐巳はそっと祥子の手を握る。
それだけで祥子は落ち着いたように、祐巳へと微笑みかける。
そんな祥子を囲むように、全員が男の前に立つ。
男に向け、祥子が言葉を発する。

「目的は何なんですか?お金が目当ての誘拐ですの?」

「さあ?どうなんでしょうね。私はただ、あなたさまをお連れするように言われただけでして。
 で、どうなんでしょうか。一緒に来て頂けますか?」

祥子は周りを囲む男たちを見る。
ざっと見るだけでも10人以上はいるだろう。
その上、どちらの道も塞がれており、ここはこの時間帯には滅多に人の通る事もない。
自分が行くのを拒んだ時、蓉子たちがどんな目にあうのか考え、祥子は頷くしかなかった。

「祥子!」

止めようとする蓉子を制し、祥子が言う。

「お姉さま、私が行かないとお姉さまたちまで危険な目にあってしまいます。
 それに、今回の件が無事に済んだとしても、今後こういった事が起こらないとは限りません。
 私が小笠原の人間である限り、今回のような事がまた起こるかもしれないんです。
 ですから、今ここで姉妹の…」

「祥子!」

先程よりも大きな声で、祥子の言葉を遮る。
滅多に大声を出さない蓉子の大声に、祥子はおろか聖たちも驚いたように蓉子を見る。
そんな視線に構わず、蓉子は祥子の頬を両手で挟みこむと、

「祥子。それ以上言ったら、許さないわよ。貴女、まさか私が我が身可愛さに、貴女と姉妹の仲を解消すると思うの。
 それに、私は小笠原の人間だから貴女を妹にしたんじゃなく、小笠原祥子と言う一人の人間を妹にしたの。
 分かった」

「…は、はい」

蓉子の言葉に、祥子は潤みそうになるのを堪えながら嬉しそうに笑う。
そんな二人に水を差すように男が話し掛ける。

「お取り込み中の所、申し訳ありません。お二人の美しい絆の再確認は後にして頂いて、我々と来ていただけるのでしょうか」

「もし、大人しく従えば、お姉さまたちには指一本触れないと約束できますか」

毅然とした態度で男に言う。
それに対し、男は頷きながら答える。

「勿論ですよ。我々の目的はあなたさまの身柄の確保ですから」

「祥子…」

「お姉さま…」

蓉子と祐巳が声を掛けようとする。
そんな二人に笑みを浮かべ、

「大丈夫です。すぐに戻って来ますから」

自分達のために、行こうとする祥子を誰も止めることが出来なかった。
ただ一人を除いて。
美由希は祥子と男の間に割って入ると、眼鏡を外し近くにいた由乃に渡す。

「ごめんなさい。ちょっとの間、持ってて下さい」

由乃は訳が分からないながらも、差し出された眼鏡を受け取る。
そんな美由希を見て、男が肩眉を上げる。

「お嬢さん、一体何の真似ですか?」

「あなたたちに、祥子さんは渡しません」

「ほう。で、どうするつもりですか?口で言うのは簡単ですけどね」

男と美由希のやり取りに、周りにいた男達が一斉に美由希を囲むように立つ。
その数は、目の前のリーダー格の男を除いても、10人以上はいた。
それでも美由希は怯む事無く、男達の前に立つ。
その中から、最初の頃声を出した男が、リーダー格の男に話し掛ける。

「あいつは好きにしても良いのか?」

「お前はそればかりだな。まあ、良いだろう。ただし、そのお嬢さんだけだからな」

「へへへ」

男は楽しそうに笑うと、懐から大振りのナイフを二本取り出し、左右それぞれに持つ。

「我々は、後が色々と面倒ですから銃は使わない主義なんですよ。
 そのせいで、彼みたいに人を徐々に切り刻んでいくのが好きという、変な奴が現われてしまうんですけどね。
 それでも、彼の腕はたしかですから。お嬢さん、今のうちに大人しくしてくれませんか?」

「美由希さん、危ないからやめてください」

男の台詞に、祥子も止めるように言う。
しかし、美由希は祥子に向って微笑むと、

「それはできません。恭ちゃんとの約束ですから。何があっても祥子さんを守ると約束したんです」

「そうですか。では、仕方がありませんね。やりなさい」

リーダーの声に、男が嬉しそうに美由希へと向って行く。
それをじっと見据えながら、美由希は男が近づくのを待つ。
男は楽しそうな奇声を上げながら、右手に持ったナイフを美由希の腕へと突き刺す。
それを体を捩って躱すと、美由希は男に蹴りを放つ。
男は咄嗟に左腕でガードするが、痛みに顔を顰める。

「てめー、全くの素人って訳じゃねーな」

男の言葉にも美由希は答えず、ただじっと見詰める。
それを忌々しそうに見ながら、しかし男は笑みを浮かべる。

「たかが、ちょっと武道をやっているからって調子に乗るなよガキが」

男はナイフを縦横に振り回しながら、美由希へと走る。
それを見ながら、美由希は右手を首筋に、左手を腰へと持っていき、背中へと回す。

「武道じゃなくて、どちらかと言うと武術なんだけどね」

「死ね!」

男のナイフが上と横から襲い来ると同時に、両手を後ろから前へと一閃させる。
ガキンという、金属同士がぶつかり合うような音と共に、美由希の両手にはいつの間にか小太刀が握られており、
その刃で男のナイフを弾き返していた。

「こいつ!」

男は素手と思っていた美由希が持っていた小太刀に驚くが、すぐに手にしたナイフを振り下ろす。
男が繰り出す攻撃を、美由希は全て受け止め、時には流していく。
男が焦り始めた頃、美由希が攻撃に転じる。
今までずっと防御に徹していた美由希のいきなり攻撃に、男は少し怯むがすぐさまナイフを構える。

「舐めるなよ!」

男が突いてくるナイフに小太刀を合わせ、徹を込める。
美由希の小太刀と激突した男のナイフが、綺麗に折れる。
男は折れたナイフを捨てると、残ったナイフを美由希に突き入れようとするが、その時には既に美由希は男の背後へと周っていた。

「遅すぎるよ」

美由希はそう言うと、男の首筋に小太刀の柄を叩きつける。
まともに喰らった男は、そのまま地面に倒れ動かなくなる。

「驚きましたね。まさか彼を倒すとは。あなたたち、このお嬢さんの相手をしてあげなさい」

リーダーの言葉に、残りの男たちも美由希へと襲い掛かる。
その悉くを倒していく。
初めは数で勝っていた男達だったが、徐々にその数を減らしていく。
その数が五人になった頃、男達も一旦襲い掛かるのを止め、様子を伺ってくる。
それを見ていたリーダーの男が呻き声を上げる。

「くっ。お嬢さん、一体何を…」

そんなリーダーの男と同じ様に、祥子たちもまた茫然と目の前の出来事を見る。
さっきまでいた男達の半分以上が、既に地面に倒れ伏しているのである。
しかも、それをやってのけたのは、自分達と年の変わらない一人の少女だというのだから。

「美由希さん、強い」

由乃の呟きに全員が頷き、令も思い出したように呟く。

「ひょっとして恭也さんも強いのかも。お父さんが言った事は間違いじゃなかったんだ」

そんな事を話している間にも、男がまた一人二人と倒れていく。
遂に残すのはリーダーの男を除き、後三人となる。
三人は美由希を包囲するように等間隔に立つ。
この時、リーダーの男が美由希の後ろに位置する男へと声を上げる。

「そのお嬢さんの相手は後にして、まずは小笠原のお嬢さまの身柄を!」

「しまった」

美由希は慌ててその男に向おうとするが、その目の前に残る二人が立ちはだかる。
悔しそうに顔を歪めながらも、何とか突破しようとする美由希。
一方、ナイフを持った男が近づいて来るのを見て、蓉子たちは祥子を庇うように立つ。

「お姉さま、危険です!退いて下さい」

「そういう訳にはいかないでしょ。少しだけ時間を稼げば、きっと美由希ちゃんが来てくれるわ。
 年下の女の子に頼むような事じゃないかもしれないけど、貴女を渡さなくても良いんなら何だってするわよ。
 だって、私は貴女の姉なんですから」

「お姉さま」

「ちょっと、蓉子だけ格好つけないでよね。私達だっているんだから。
 まあ、私たちの場合は仲間って事でね」

「白薔薇さま。皆も」

祥子が嬉しそうに言う。

「その代わり、後で祐巳ちゃんに抱きつかせてね」

聖は祥子に笑顔で言うが、祥子も笑顔できっぱりと告げる。

「それとこれとは別ですから」

「この状況でそれが言えるって事は、大丈夫だね」

聖と祥子は微笑み合う。
そんな二人を見ながら、聖さまお願いします。
後で、おもいきっり抱きついても良いですから、お姉さまを。と祈るように祐巳は祥子と繋いだ手に力を込める。
すると、祥子も同じ様に握り返してくる。
こんな時だというのに、それが嬉しくてついつい頬が緩んでしまう祐巳だった。
迫り来る男の姿に身を強張らせながらも、何とか抵抗しようと立つ祥子たち。
男が後、2メートルと近づいた時、男のナイフを握る手に、銀色のモノが生える。
いや、生えたのではなく、飛来した何かが男の手に突き刺さったのである。
男はそれによってナイフを落とし、痛みに一瞬だけ怯む。
痛みに怯んだ男の横を一陣の黒い風が吹き抜ける。
その風が去った後には、男の姿は数メートル先に飛ばされており、目の前には祥子たちが最近見慣れてきたよく知る顔があった。
その人物は、両手に美由希と同じ様な刀を持ちながら、ゆっくりと祥子たちへと振り返る。

「大丈夫だったか」

身を強張らせていた祥子たちの耳に、これまた最近聞きなれた、ぶっきらぼうながらも、その中に優しさを感じさせる声が届く。

「恭也さん…」

祥子の呼びかけに微笑みを見せた後、男達を睨みつける。

「貴様ら、俺の友人達に手を出すな!」

その静かながらも良く響く声を聞きながら、祥子たちは背筋に寒いものを感じる。
今、目の前にいる人物が、あの鈍感だけれども優しい青年と同一人物とは思えなかった。

「また新しい奴が現われましたね。全く、一体君達は何者なんですか」

「答える義理はない」

「まあ、良いでしょう。彼の相手をしてあげなさい」

リーダーの声に、美由希を前にしていた男の一人が恭也へと向う。

「その二人を他の連中と同じに思わない事ですね。
 彼らは、今そちらのお嬢さんが倒した者たちとは比べ物にならないですから」

「御託は良い。来るなら、さっさと来い」

「舐めやがって!こっちは、これでもプロなんだからな」

「プロ?一体、何のプロだと言うんだ?人攫いのプロとでも言うつもりか?」

恭也の言葉に、怒りも顕わにして叫ぶ。

「ふざけるな!殺しのプロだってんだよ!
 少しくらい剣の腕が立つからって、そんなもんが役に立つか!
 プロと素人の違いを教えてやる!」

男は叫ぶなり、恭也へと向う。
それを見詰めながら、そっと息を吐き出す。

「素人?違うな、俺も一応、プロだ。護衛のな。そして…」

恭也は向って来た男のナイフを小太刀で受け止めると、もう一刀で男の体のあらゆる所を斬りつける。

──御神流、虎乱

恭也の連撃を喰らい、男は地面へと倒れていく。
男の意識が薄れ行く中、恭也は続ける。

「そして、人を殺す術に関しては、少なくともお前以上だ」

今まで美由希の動きを見ていた祥子たちでさえ、言葉を失うほど、
それは洗練され、無駄な動きを感じさせない恭也の攻撃だった。
その恐ろしいまでに人を倒すということに特化された動きは、同時にその達人レベルまで洗練された動きにより、
美しささえ感じさせた。それはまるで、日本刀のようであり、
祥子たちの記憶に、圧倒的な強さと身も凍るような恐怖、そして震えるほどの美しさを残す。
そんな恭也の動きに目を奪われたもう一人の男は、自分が相手にしているのが美由希だという事も忘れていた。
そして、卑怯と罵られようと、守るために刀を振るう美由希は、そんな隙を逃すような愚かな真似はしなかった。

「で?」

あっさりと倒された二人の男を見つつ、リーダーの男は口を開く。

「仕方がありませんね。今回は私たちの負けですから、ここで引きましょう」

「俺たちがお前を逃がすと思うか?」

「思いませんね。でも、私が彼らと同じと思いますか?」

男は言いながら、トンファーを両手に持つ。それを見ながら、

「思わないな。少なくとも、お前はこいつらとは違うようだな」

恭也の言葉に男は満足気に頷く。

「ええ、勿論ですよ。彼らは、言わば下っ端ですから」

「成る程な。盗みから誘拐、そして殺人まで手広く引き受ける犯罪組織”双”のナンバー2なだけはあるな」

恭也の言葉に、男の顔が微かに強張る。

「ほう、その名をご存知ですか。しかし、よく分かりましたね」

「ああ。そのトンファーの取っ手に刻まれたマークで思い出してな。そして、双でトンファーを使うのは…」

「ええ、私だけです」

「双は実質、お前と頭の二人の組織だと聞く」

「ええ、そのとおりですよ。よくご存知で。どうやら、あなたも普通の人とは言えないみたいですね」

男の言葉に恭也は「さあな」と短く答える。
それを聞きながら男は続ける。

「私も一つ思い出しましたよ。確か、一年半程前でしたか。
 それまで裏の世界では、とても名の通った”死神”と呼ばれる剣士を倒した”双翼の剣士”の話ですけどね」

恭也と男は無言で睨み合う。
先に沈黙を破ったのは男の方だった。

「まあ、良いでしょう。あなたとはまたいずれ会う時が来るでしょうから、決着はその時にでも。
 私の名前は琥蛎(くれい)です。覚えていてください」

琥蛎はそう言うと、懐から何かを取り出し地面に叩きつける。
途端、煙が噴出し辺り一面を覆う。
煙が晴れた頃には、琥蛎の姿は既になかった。
そこにはただ、地面に倒れ伏す男達と、恭也たちだけが残された。





つづく




<あとがき>

ふふふ。遂に敵の正体が判明!
でも、依頼者はまだ秘密。
美姫 「遂に終盤で動き出した敵、敵、敵。次回は……。さっさと書け!」
ぎゃっ!わ、分かってるよ〜。
ではでは。
美姫 「またね」





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