『マリアさまはとらいあんぐる』



第28話 「犯行予告」






翌日の朝、珍しく眠たそうな蓉子を見て、聖が話し掛ける。

「おはよう、蓉子。何か眠たそうね」

「まあね。ちょっと寝付けなくてね。でも、大丈夫よ」

蓉子は答えながら、席へと着く。
何となしに恭也の方を見ると、たまたま視線が合う。

「おはよう、蓉子」

「おはよう、恭也」

お互いに挨拶を交わすと、何事もなかったかのように朝食を取り始める。
このやり取りを見ていた面々が、驚いたような顔をする中、
恭也の右隣に座っている祥子は、低血圧のためか、未だにどこか遠くを見るようにボーっとしていた。
そんな中、聖がからかうように蓉子に声を掛ける。

「で、蓉子〜。どういう事なのかな?」

「何が?」

本当に分からないといった感じで聞き返す蓉子に、今度は江利子が話し掛ける。

「いつの間に二人は、名前を呼び捨てにする程の仲になったのかしら?」

江利子は悔しさ半分、楽しさ半分といった感じで尋ねる。
それを受け、蓉子は少し慌てながらも平静を保ちつつ、口を開ける。

「な、何を言ってるのよ。別にそういった訳じゃないってば。 
 ただ、昨夜話してて、そうしようって事になっただけだってば」

「「ふ〜ん」」

聖は頭の後ろで手を合わせ、江利子は頬杖を着きながら揃って声をあげる。
そんな薔薇さまたちの様子を眺めながら、

「珍しいわね、あんな紅薔薇様も」

由乃の言葉に、祐巳も頷く。
そんな二人を苦笑しつつ見ながら、令も口を開く。

「でも、確かに紅薔薇様が慌てて弁解なんて、珍しい所か初めて見たかも」

そんな会話に参加する事なく、志摩子は蓉子を羨ましそうに眺めんがら、こっそりと誰にも聞こえないように小さな声で呟く。

「恭也…………………さん」

恭也の名前を呟くものの、最後にはやっぱり”さん”を付けてしまう。
おまけに、それだけの事なのに顔を赤くさせ、火照った頬を隠すようにそっと手を当てる。

「志摩子、どうかしたのか?」

「え、あ、何でもないです」

横から恭也に覗き込まれ、慌てて志摩子は言い繕い、カップを手にするとそれを口に入れる。

「あ、まだ熱いから気を…」

「あっ」

恭也の言葉も遅く、志摩子は熱い紅茶を口に入れてしまい舌を軽く火傷する。
ぴりぴりと痛む舌に少し涙目になっている志摩子の頬を両手で挟み、恭也は口を開くように言う。
恭也の顔を間近で見て、動揺した志摩子はその言葉に従って口を開き、舌を少しだけ出す。
恭也は真剣な顔つきで、志摩子の舌を見る。

「どうやら、軽い火傷のようだな。これなら、すぐに治る」

「あ、はい。少ししか飲みませんでしたから」

赤くなりつつ、そう答える志摩子。
ここにきて恭也はやっと、自分が志摩子の顔のすぐ近くまで接近している事に気付き、慌てて離れる。

「と、すまない」

「いえ」

お互いに顔を赤くしつつ、志摩子はカップを手にし、今度は注意してそっとお茶を口に含む。
恭也も誤魔化す様に、視線を他へと向ける。
その先に、まだボーっとしている祥子を見て、苦笑しつつその肩を軽く揺する。

「祥子、いつまでもぼーっとしていたら、危ない」

「………」

恭也の言葉にも、祥子は返事を返さず、じっと一点を眺める。
恭也は何度か声を掛けつつ、軽く揺さぶる。
これは既に恭也にとっては、日常と化しつつある行動であった。
そのうち、祥子もはっきりしてきたのか、恭也の呼びかけに答える。

「……おはよう、恭也さん」

「ああ。ちゃんと覚めたか?」

「ええ。いつもすいません」

「いや、気にしなくても良い」

やっとはっきりし出した頭を軽く振ると、祥子はカップを口元へと運ぶ。
それを確認して、恭也も食事を再開させる。
その頃には、蓉子たちの方も落ち着いており、それぞれ食事を再開していた。
朝食後、充分な時間の余裕を持って、小笠原邸を出ようとする。

「とりあえず、俺が先に外に出ますから、皆さんはここで待ってて下さい」

恭也はそう言うと、玄関から門まで歩いて行く。
門に辿り着くと、それを開け、左右を見渡して怪しい人影が潜んでいないか確認する。
と、その足元、丁度門扉と門柱の間に一枚の紙を見つけ、それを取り上げる。
4つ折に畳まれたソレを広げ、中を見る。そこには、

『 敬愛なる剣士君へ
   我々は今夜、お嬢さんを頂きに参上致します。
   就きましては、どうぞ邪魔をなさらないようにお願い申し上げます。
   もし、邪魔をされる場合、我々もあなたさま方の安全の保障は致しかねますので、あしからずご容赦を。
   最も、あなたがこの要求を飲むとは思っていませんが。
   そうそう、窺うのは私とボスの二人だけですので。
   今回はこの間みたいに、私の足を引っ張る連中はいませんので、この間と同じとは思わないで下さい。
   では、最後になりましたが、今日一日が皆さんにとって良い一日でありますように。

   そうでした、私とした事が伺う時間を書き忘れておりました。
   お姫様を、魔法が切れる時間丁度に、頂きに伺います。では、これにて失礼 』

恭也はその手紙を握りつぶそうとして、思い留まると、それをポケットに仕舞い込む。
そして、美由希に安全を伝える。
それを受けて、美由希は祥子たちと一緒に恭也の元へと来る。

「連中も多分、夜になるまでは襲ってこないとは思うが、リリアンの見取り図は覚えているな」

「うん、大丈夫だよ」

「連中も騒ぎを起こす気はないだろうが、もし学校に襲ってきたら、薔薇の館に集合だ」

祥子たちに聞こえないように言った恭也の言葉に、美由希は頷く。
そして、今度は美由希から同じ様に祥子たちに聞こえないように尋ねる。

「所で、さっき門の所で何かあったの?」

「ああ。連中の誘拐予告状を見つけた」

恭也の言葉に、大声を出しそうになって慌てて両手で口元を押さえる。
幸い祥子たちはそれぞれの会話に夢中で、美由希の様子には気付かなかった。
それを確認すると、美由希はほっと胸を撫で下ろす。

「とりあえず、この事をリスティさんに伝えないといけないな」

恭也の言葉に、美由希も頷くのだった。





  ◇ ◇ ◇





昼休み、薔薇の館に全員が集まって昼食を取っている。
恭也は一足先に食べ終えると席を立つ。

「あら、恭也くんどこ行くの?」

「いえ、少し電話を」

恭也は聖に答えると、扉を開けて廊下に出る。
廊下に出た恭也は、携帯電話を取り出し、リスティさんへと掛ける。
数度のコールの後、留守電に切り替わる。
恭也は留守電に、朝の手紙の件を簡単に入れると、今度は美由希へと掛ける。
こちらは、すぐに本人が出てくる。

「もしもし、恭ちゃんどうしたの?」

「こっちは何にもない。そっちは?」

「こっちも大丈夫だよ」

簡単な確認の後、恭也は本題へと入る。

「リスティさんは、今日は来ていないのか」

「そうみたい。私は今、南川さんの車にいるんだけど、何でも取り調べの途中みたい」

「そうか。分かった」

その後、幾つか言葉を交わし恭也は電話を切る。

(とりあえず今の所、学園内は安全だな)

そんな事を思いながら、再び部屋に戻る。
その後も特に何も問題なく、無事に時は流れ放課後を迎える。





  ◇ ◇ ◇





無事に小笠原邸まで帰り着いた恭也は、家の中の護衛を一時美由希に任せ、
自分は部屋に戻ると再度、リスティへと連絡を入れる。
数度のコールの後、リスティに繋がる。

「ああ、恭也かい。留守電のメッセージは聞いたよ」

「そうですか。そういう事らしいんですけど、本当に二人で来るとは限らないと思うんですが」

「うーん。しかし、下手に警備を増やしても、お嬢さんたちを不安にさせるし、
 正直、あいつらと戦う時に恭也たちの邪魔になるだろう」

「リスティさんはこっちには来れないんですか?」

「ああ、そいつはちょっと無理だね」

リスティはそこで一息置くと、恐らく煙草でも吸っているのだろう、話を続ける。

「僕が今、何処にいると思う?」

「……連中の拠点としていた所ですか」

「正解。流石だね、恭也」

「いえ、ただ昼間に取調べをしていたと聞いていたものですから」

恭也の答えに、電話の向こうで頷く気配がする。

「まあ、連中はとっくに居ないんだけど、幾つかの持ち物を忘れていったみたいでね。ちょっと待って」

そこまで言って、電話の向こうと幾つかのやり取りの声が微かに電話越しに聞こえる。

「ああ、すまない。
 連中、咄嗟に証拠とか消したつもりだったんだろうけど、幾つか残っていたみたいだな。
 最も、双の二人がそんなヘマをするとは思えないから、これは下の連中のミスだろうけどね。
 消したつもりだったんだろうけど、データの復旧が出来たみたいだ。これで、黒幕が判明するよ。
 最も、これ以外に証拠がないのが痛いんだけどね。双の二人のどちらかを捕まえる事が出来れば、ベストなんだが」

「それは、こっちで努力してみます」

「ああ、悪いね。まあ、そういう訳だから、あまり人手は割けないって言うのが現状なんだ。
 勿論、数人を回すことは出来るけど」

「……そうですね。多分、本当に二人だけで来ると思いますよ。
 じゃないと、わざわざあんな手紙を用意する必要がありませんから。
 分かりました。こっちはこっちで何とかします。一応の為、家の周りに数人配置しといてください」

「了解」

その後、配置に関する簡単な話などを終え、恭也は電話を切る。

「いよいよだな」

知らず握り締めていたもう片方の手をゆっくりと開き、恭也は目を瞑ると一度深呼吸をする。

「さて、予告時間まではゆっくりと体を休ませるとするか」

呟き、恭也は部屋を出る。
その向う先からは、賑やかな話し声が聞こえてきて、恭也は知らず笑みを浮かべる。
と同時に、その声を聞きながら、絶対に守る事を改めて心に誓うのだった。
こうして、最も長く、そして決して忘れる事の出来ない夜がゆっくりと幕を開ける。





つづく




<あとがき>

いよいよ終盤。
御神 対 双の戦いが………。
美姫 「果たして次回は、緊迫の決戦となるのか。
    それとも、シリアス前の一時として、決戦前の祥子たちとのやり取りになるのか?」
どっちだろう?
美姫 「それぐらい決めときなさい!」
ぐえっ!と、とりあえず、また次回………。バタ。
美姫 「あ、ちょっときつ過ぎたかな?大丈夫、すぐに続きを書かないといけないのに。
    ………まあ、浩だし。後、数分もすれば復活してるか。じゃあ、そういう事だから、バイ♪」





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