『マリアさまはとらいあんぐる』



第30話 「嵐到来!」






昨日と明日、そして今日と言う日が全て重なるたった一秒にも満たない極短い時間。
秒針がその微妙な時間を過ぎてすぐ、恭也はゆっくりと目を開ける。
同時に、二つの気配が生じる。
それを確認すると、恭也はゆっくりと扉から預けていた背中を放す。

「美由希…」

「うん。気配は二人分だけだね」

美由希の言葉に頷きで返すと、恭也と美由希はゆっくと庭へと歩み出る。
それとほぼ同じぐらいで、門の外に二つの人影が現われる。
現われた二人のうち、一人がそも当然と言わんばかりに門を開け中へと入る。
その後に、残る一人も続く。
月明りだけが照らす庭のほぼ中央で、恭也たちは向かい合う。

「約束通り、お嬢さんを頂きに伺いました」

先日、恭也の前に現われた琥蛎が慇懃に礼をしながら告げる。

「はいそうですか、と言うとでも思ったのか?」

「いいえ、いいえ。その方が私としても楽しいですから」

恭也の言葉に笑みを浮かべながら、琥蛎はトンファーを取り出すと、両手に持つ。
それを見ながら、恭也は琥蛎の横に立つ大柄な男へと視線を転じる。

「で、そっちが…」

「その通りです。この方が双の統領…」

「双羅(そら)」

琥蛎の言葉に、双羅は自らの名前を短く答える。
そして、背中に担いでいた自らの身長よりも若干長い袋を持ち出し、中身を取り出す。
それは両刃の剣だったが、形が普通と違っており、手に持つ部分が中央に位置し、そこから両方向に刃が伸びていた。
刃部分は、あまり幅が大きくはなく、どちらかと言えば細長いイメージを受ける。
その柄に当たる部分を片手に持ち、恭也たちと対峙する。

「邪魔をするなら、消すまでだ」

双羅のその言葉を受け、琥蛎が恭也へと向かってくる。
と同時に、双羅は恭也たちの横を駆け抜け、一目散に家の扉へと向う。
それを見て、美由希が小太刀を抜きつつ恭也に叫ぶ。

「恭ちゃんはあっちを。こっちは私が」

美由希の言葉に、恭也は一瞬だけ悩むもののすぐに頷くと双羅の後を追う。
双羅の背中に向って、飛針を投げつける。
それを気配から察したのか、双羅は振り返るなり飛針を避ける。
その隙に、恭也は双羅との距離を縮める。
それを見て、双羅は予定を変更し、先に恭也を倒す事に決める。
恭也を誘うように移動する双羅と、それを追って行く恭也。
二人が再び対峙したのは、屋敷を挟んで丁度、美由希たちのいる場所とは反対側だった。

「ここでお前を足止めしておけば、あとは琥蛎がお嬢さんを攫って来るだろう」

「残念だったな。向こうには美由希がいる。そう簡単にいくとは思わないな」

「ふむ、あの女の事か。果たして、あの女に琥蛎の相手が務まるかな?」

「それはこっちの台詞だ。あまり美由希を甘く見ないことだな。
 実戦経験こそ少ないながらも、その剣腕はかなりのものだからな」

「双翼と言われたお前がそこまで言うとはな。しかし、それならそれでお前を倒せば済む事だ」

双羅はそう言うと、話はお終いと言わんばかりに剣を構え、恭也目掛けて斬りかかる。
それを迎い討つべく、恭也も腰の小太刀へと手を伸ばす。





美由希に行く手を阻まれた琥蛎は、忌々しげに舌打ちしつつ、美由希へとトンファーを振り下ろす。
美由希はそれを小太刀で弾き、もう一方の小太刀で琥蛎に突きを繰り出す。
琥蛎はこれを見を捩って交わし、その勢いのまま体を回転させ、裏拳の要領でトンファーを美由希の頭目掛けて打つ。
美由希はこれを屈んで交わし、頭上をトンファーが過ぎ去ったのを確認してから体を起こす。
起こしざま、琥蛎の胸目掛けて小太刀を振るう。
しかし、その一撃を琥蛎はもう一つのトンファーで受け止める。
受け止められるや否や、美由希は琥蛎の足目掛け蹴りを繰り出す。
その蹴りを後ろへと跳びながら躱すと、琥蛎は美由希に話し掛ける。

「思った以上にやりますね。双翼とやるのを楽しみにしてましたけど、あなたとでも楽しめそうですね」

楽しそうに笑う琥蛎を見ながら、美由希は油断なく構える。
そんな美由希にお構いなく、琥蛎は一人言葉を紡ぐ。

「貴女は、双翼の弟子か何かですか?剣筋が似ていますね。
 流派があるのでしたら、良ければ教えていただけませんか」

話しながらも隙のない琥蛎に、美由希は苦虫を噛み潰したような顔をしつつ、少しでも隙を作ろうと言葉を返す。

「永全不動八門一派・御神真刀流、小太刀二刀術、略して御神流」

美由希の言葉を聞き、初めて琥蛎に動揺らしきものが浮ぶ。

「御神……?御神だと!
 あの御神か。まさか、御神は全滅したはずじゃ……」

その一瞬に美由希は琥蛎へと駆け出す。
琥蛎もそこは手練れだけあって、それを見てすぐに戦闘態勢に戻る。
そんな琥蛎目掛け、美由希は飛針を時間差をおいて三本投げつける。
琥蛎はそれを左右のトンファーで弾き、最後の一本は避ける。
そこへ、美由希の斬撃が襲う。
左右から繰り出される美由希の攻撃を、同じ様に左右のトンファーで捌いていく。
何合と打ち合った後、琥蛎は美由希の右の斬撃を、左のトンファーで軽く受け流す。
今までのやり取りで、これも弾かれると思っていた美由希の体が一瞬流れる。
すぐに態勢を立て直したが、琥蛎にはその一瞬で充分で、気が付いた時には琥蛎の右のトンファーが腹にめり込んでいた。
そのまま、美由希は数メートル飛ばされ、庭の木に背中からぶつかる。

「かはっ!」

肺の中の空気が一気に吐き出され、美由希はそのままズルズルと倒れる。

「剣の腕は兎も角、実戦不足ですね」

琥蛎はそう言うと、屋敷の入り口へと向うのだった。





恭也は向って来た双羅の攻撃を小太刀で受け止める。
双羅は受け止められると分かると、すぐに剣を引き、逆側の刃で攻撃してくる。
それを恭也はもう一方の手に握った小太刀で防ぐ。
弾かれた双羅は、その勢いを利用して下から掬い上げるように振り上げる。
普通の剣と異なり、反対側にも刃の付いている剣は、恭也へと襲い掛かる。
しかし、恭也はそれを身を捻って躱すと、双羅の無防備になった脇へと小太刀を滑らせる。
恭也の小太刀を、双羅は振り上げた剣を更に振り上げ、反対側の刃を体の前に持ってきて受け止める。
同時に、刃の先端を地面に突き刺すと、それを支点にして体を回し、蹴りを放つ。
恭也はその蹴りを避けつつ、飛針を投げつける。
その飛針を双羅は着地すると同時に引き抜いた剣で叩き落し、恭也へと再度向う。
恭也も同じ様に双羅へと向って駆ける。
両者はすれ違いざま、手に持った武器を振るう。
恭也は左肩、双羅は左足の腿から血を流しつつ、再度向かい合う。
しかし、二人とも立ち止まらず、すぐに動く。
左の小太刀を右から左に薙ぎ、右の小太刀を右上から左下にかけて袈裟懸けに振り下ろす。
それを双羅は、剣を縦に構えてニ刀同時に防ぐ。
防がれた恭也は、その場から右へと回り込む。
同時、先程まで恭也の体のあった位置を双羅の放った突きが通過する。
先に回りこんでいた恭也は、突きを放った態勢で体が開いている双羅へと斬撃を放つ。
しかし、双羅は突きの勢いそのままに、前方へと跳躍してそれを躱し、
斬撃を放った恭也の側頭部から後頭部にかけて、体を回転しながら剣を横に薙ぐ。
恭也はそれをしゃがみ込んで躱し、剣が通過するとすぐさま跳ねるように双羅へと向う。
双羅は剣をすぐさま引き戻し、己の頭上に掲げる。
恭也が懐に入ってくるのと、双羅が剣を振り下ろすタイミングが重なる。
静かな裏庭に乾いた金属同士のぶつかる音が響く。
恭也はニ刀を重ね、双羅の剣を受け止めていた。
双羅は、そのまま恭也を押し潰さんとばかりに両腕に力を込める。
双羅の力に恭也は方膝を着きながらも何とか堪える。
暫らく力比べをしていたが、恭也は突然力を抜く。
急に支えがなくなり、状態が流れるかと思えたが、それを読んでいた双羅はしっかりと大地を踏みしめてそのまま剣を振り下ろす。
剣が恭也の肩に突き刺さるかに見えた瞬間、恭也の足が双羅の鳩尾に決まり、
恭也は双羅の手を掴むと、足と手を使い双羅を投げる。
投げられる瞬間、双羅は地を蹴り、前へと自ら跳び、空中で態勢を立て直す。
そこへ恭也は走り込むと、双羅の足を狙って小太刀を振るう。
双羅は剣を地面に突き立て、それを支えに着地地点を変える。
恭也の小太刀が何もない空間を通り、双羅は着地と同時に剣を抜きつつ下から恭也に斬り上げる。
これを紙一重で躱すと、双羅の懐に入り込む。
恭也が小太刀を出すよりも先に、双羅の蹴りが恭也を襲う。
恭也は双羅のその足を小太刀で斬りつける。血飛沫が舞う中、双羅はそれを気にする事無く恭也の胸倉を掴む。
そして、そのまま片腕一本で恭也を持ち上げると、地面を力一杯に叩き付ける。
恭也は背中から叩きつけられ、くぐもった声を洩らす。
そんな恭也に構わず、双羅は再度恭也を持ち上げる。
再び叩きつけようと、腕を上へと持ち上げる双羅に対し、恭也はその肩へと小太刀を突き立てる。

「がぁっ!」

肩の痛みに顔を顰めながらも、双羅は恭也を横に放り投げる。
恭也は地面を数メートル転がってから止まり、痛む体に鞭打ちながら体を起こす。
が、立ち上がったものの、どこかフラフラしていた。
双羅は肩を押さえながら、忌々しそうに恭也を睨みつける。

「殺す!」

双羅はそれだけを言うと、恭也へと向う。
大きな剣をナイフみたいに振り回すが、速さでは恭也の方に分があるようで、それらを全て避けていく。
双羅は肩が痛むのか時折、その剣筋が緩くなる。
加えて、先程の恭也の攻撃で傷付いた足の所為か、思うように移動が出来ないでいた。
そんな隙を恭也が見逃すはずもなく、恭也は反撃に転じる。
すると、それを待っていたかのように、急に双羅の動きが速くなる。
恭也は懐に潜り込もうとしていた動きを変え、横へと躱す。
しかし、切先が掠ったらしく頬に一筋血の筋が走る。
それを気にする暇もなく、双羅の突きが恭也を襲う。
先程以上の速さを見せる双羅に驚嘆しつつも、その突きを躱す。
躱した瞬間、突きが薙ぎに変化し恭也に喰らい付いてくる。
それを小太刀で防ぐが、そのまま吹き飛ばされる。
両足から着地しつつ、双羅の急な変わりように驚きが隠せないでいる。
それを察したのか、双羅は愉快そうに笑う。

「はははは。どうした、小僧。そんなに驚いた顔をして。
 何故急に力が増したのか不思議で仕方がないって顔だな。これぞ、我が奥義よ。
 脳内分泌液を操る事で、痛みを感じなくしたり、普段の何倍もの力を引き出す事が出来るのよ!」

双羅は自慢気に説明をする。
それを聞きながらも、恭也はただ双羅を倒す方法だけを考える。
そんな恭也を見て勘違いしたのか、双羅は偉そうに話し掛ける。

「驚いて声も出んようだな。今なら許してやっても良いぞ。
 そうだな、地面に這いつくばって許しを請うなら、命だけは助けてやろう」

そう言う双羅に対し、恭也はただ一言だけ告げる。

「断わる」

それを聞き、双羅は嘲笑を浮かべると、剣を頭上で振り回す。

「ふん。ならば、死ぬが良い!」

双羅は叫ぶと、恭也へと向って走る。
その速さは、更に速度を増して恭也に迫る。
頭上から振り下ろされる一撃を、恭也は受けずに避ける。
その判断は正しかったようで、剣が振り下ろされた地面がその一撃で抉れる。

(何て力だ)

恭也はひとまず距離を開けようと牽制に飛針を数本投げ、後ろへと跳ぶ。
しかし、双羅は弾ける飛針は弾き、それ以外は当たるに任せて恭也へと迫る。
本人が言ったように、痛覚もある程度押さえられるらしい。
肩に一本、足に一本刺したまま双羅は恭也との距離を一気に詰め寄る。
距離を開けるのが無理と分かると、恭也は双羅へと斬りかかる。
左右の一撃を剣で受け止め、そのまま押し返す。
その強い力に、恭也の態勢が崩れた所へ双羅は蹴りを入れる。
瞬間、恭也の体が少し宙に浮く。
そこへ、力任せの横薙ぎが恭也を襲う。
恭也は小太刀をニ刀重ねて受け止めるが、空中で足が地に付いていない状態では軽く吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた方向には壁があり、恭也はまともにぶつかる。
飛びかける意識を辛うじて繋ぎとめる恭也の目に、剣を構えて突っ込んでくる双羅の姿が見えた。





つづく




<あとがき>

シリアスにバトル。そして、ピンチな状態のまま続く〜。
美姫 「さっさと書きなさい!」
わ、分かってる。ぼ、暴力は止めろ。
今、その剣を振り下ろしたら、続きが書けないぞ。
美姫 「くっ、そうくるか」
ふっ、勝った。
美姫 「………半殺しなら、良いよね(ぼそ)」
へっ?や、や、やめ、い、いや〜〜〜〜〜!!
ドガドコドグッドドドドドドドドドド!!ドッカ!
ピクピク。
美姫 「ふー。これなら、すぐに復活するでしょう」
ふ、復活はしても………、い、痛いものは痛い……ガク。
美姫 「じゃあ、またね」





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