『マリアさまはとらいあんぐる』



第31話 「最終決戦」






屋敷の入り口へと近づく琥蛎の背後から、闇に紛れて飛来する数本の鋼。
琥蛎はそれを全て叩き落すと、飛んで来た先へと視線を向ける。
そこには気に凭れ掛りながらも立ち上がり、小太刀を構えた美由希がいた。

「はー、はー」

美由希は呼吸を整えると、ゆっくりと木から身を離す。
それを見た琥蛎から、感心したような声が洩れる。

「ほう。あれを喰らってまだ立ち上がりますか。思った以上にタフですね」

「そ、そうでもないですよ。それに、アレぐらいで倒れない人の方が知り合いには多いですから」

美由希の減らず口に答えず、琥蛎は慎重に美由希との距離を見定める。

「では、もう一ラウンドお相手しましょう」

言うや走り出す。
身体を前に倒し、美由希へと迫る琥蛎。
その琥蛎目掛け、美由希は再び飛針を投げる。
その飛針の後を追うように、美由希もまた走り出す。
琥蛎は飛んで来る飛針を左のトンファーだけで弾き、右のトンファーを美由希の腹部へと突き出す。
美由希はそれを横に躱しながら、蹴りを放つ。
その蹴りを左のトンファーで受け止めるべく、琥蛎は縦に構えるが、美由希の足は琥蛎へと向わず、地面へと置かれ、
琥蛎の頭上から小太刀が振り下ろされる。
その攻撃を左のトンファーで防いだ琥蛎の腹へと美由希の足が伸ばされる。
それを右のトンファーで受け止め、反撃に出ようとした琥蛎だったが、その出鼻を挫かれるように、
美由希の左の小太刀が下から上へと振られる。
それを上半身だけを後ろに逸らしてやり過ごした琥蛎の頭上から、左の小太刀が再び唸りを上げる
それを右のトンファーで弾く琥蛎。
と同時に、何故か身の危険を感じ後ろへと跳び退く。

「くっ!」

琥蛎は呻き声を洩らしつつも、さらに距離を開ける。
見ると、琥蛎の左の二の腕から血が流れていた。
身を躱すのが後少し遅かったら、腕ごと持っていかれたかもしれない。
死角の外から攻撃する事で、まるで相手の防御をすり抜けたかのように見える御神の技の一つ、貫。
放った貫をぎりぎりで躱されたが、美由希はそのまま琥蛎へと迫る。
琥蛎もまた、改めて侮れない相手と美由希を認識したのか、その目付きが鋭くなる。
上下左右から迫ってくるトンファーを、美由希は全て防いでいく。
どうやら速さでは美由希に分がありそうだ。
付かず離れずお互いに攻防を繰り返しながら、徐々に屋敷から離れて行く。
何十と打ち合い、お互いに幾つかの攻撃を掠り、受けたりはするものの致命的な一撃はお互いに喰らっていない。
琥蛎は内心で舌打ちしたい気分に駆られる。

(このような小娘相手にここまで苦戦するとは…)

琥蛎は左右のトンファーを交互に繰り出すが、これも全て美由希の小太刀によって防がれる。
逆に美由希が小太刀を繰り出し、それを琥蛎が弾く。同じ様な攻防を、何度ともなく繰り返す。
始めは体力面で勝てると思っていた琥蛎だったが、今ではそれは間違いだったと理解する。
美由希の太刀が全く衰えず、寧ろ回を重ねるごとに鋭くなっているのを感じるのである。
このまま打ち合いをしていけば、良くて引き分け。
下手をすれば、自分の方が先に倒れるのでは無いかと不安がもたげてくる。
それを打ち払い、琥蛎はさらに攻撃を繰り出す。
それを弾き、美由希の反撃。
ここで琥蛎はトンファーで受け止めず、一歩踏み込む。
美由希の小太刀が左肩に刺さるが、それを意に返さずその腕を掴む。
力では琥蛎の方が上らしく、美由希は引き離そうとするが琥蛎は離さない。

「この手は離しませんよ」

琥蛎はそう告げると、トンファーを美由希の胸の少し下に当てる。

「お嬢さんは零距離からの打撃というものを知っていますか?」

そう言うや否や、琥蛎はその状態で下半身をさらに一歩踏み込ませ、同時に上半身を捻るように動かす。
骨の折れる嫌な音と共に、美由希の口から血が一筋流れる。

「どうですか。衝撃を外側ではなく、内側へと伝えるこの技は。くっくく。最早喋れる状態ではないでしょうが。
 ついでに、この腕も頂きますか」

琥蛎はそう言うと、掴んだ美由希の腕へと同じ様にトンファーをあてがう。

「これで終わりです!」

叫ぶと同時に、踏み込むために片足を少しだけ上げる。





  ◇ ◇ ◇





恭也の霞む視界に、剣を恭也へと向け突っ込んでくる双羅が映る。
恭也は壁から離れると、その一撃を転がりながら避ける。
目標となる恭也がいなくなっても、その勢いを止められず、双羅の剣が壁に突き刺さる。

(壁を貫通しただと)

恭也が改めて双羅の力に驚く目の前で、剣の刺さった個所を中心にして壁に亀裂が入る。
双羅はそんな事に構わず、剣を引き抜く。
その衝撃で、壁が崩れて小さな穴が開く。
恭也はそれを視界に収めながら、小太刀を構える。
静かに向かい合う二人の間を一枚の枯葉が舞う。

「はぁっ!」

「はぁぁぁ!」

両者が同時に裂帛の気合を入れると、その枯葉が粉々に砕け散る。
その欠片が地に落ちるよりも早く、二人は激突する。
双羅の力に持っていかれそうになる腕に力を込め、その斬撃を受け止めると、
恭也は双羅の剣の上を滑らせるように小太刀を走らせる。
その軌道を剣を跳ね上げて逸らすと、そのまま恭也へと突きを繰り出す。
それを横へと回避し、空いた脇腹へと斬撃を出す。
恭也の小太刀が双羅の脇腹を浅くだが切り裂く。
しかし、双羅はそれを意ともせず頭上に掲げた剣を振り下ろす。
それを跳躍で躱しつつ、飛針を投げる。
その飛針を剣で弾き、双羅は恭也の胸倉へと手を伸ばす。
伸びてくる腕を蹴り、双羅から距離を開ける。

(痛覚が無い上にあの力。かなり厄介だな。神速で距離を詰め、腱を断ち切るのが一番早いか)

恭也は攻撃方法を考えるが、神速は主治医であるフィリスに止められていることを思い出す。
この前、祐巳を助けるのに使ったがアレだけでもかなり膝に負担が掛かったのは確かだ。
それを戦闘で使うとなると、その負担は大きいだろう。
完治する見込みがあると言われてからは、祐巳のあの一件以来、神速は使わないようにしてきたのだ。
それでも、それ以外に手がない事も確か。迷うのは一瞬だけ。
恭也は攻める手立てを考え付くと、後は実行するタイミングを計る。

(3回……。出来れば2回。この神速2回のうちに決める)

双羅が剣を恭也へと向け、再び突っ込んでくる。
それをぎりぎりまで引きつけ、恭也は神速の領域に入る。
神速の中でも、その速度をあまり落とさずに迫り来る双羅の剣を掻い潜り、恭也は双羅へと近づく。
恭也は刃を突き立て、双羅の足の腱を断ち切ろうとする。
しかし、恭也の刃が双羅に当たる瞬間、その場から双羅の姿が消える。
いや、消えてはいない。恭也の向上した知覚は、双羅の足が神速の中でありながら物凄い速度で移動したのを捉えていた。
そちらを向くと同時に、神速の領域から出る。
双羅は恭也とすれ違い、3メートル程の距離を移動していた。
振り返り、驚愕している恭也を見て、楽しそうに笑う。

「さっきよりも驚いたみてーだな。お前の姿が消えて、本能的にヤバイと思ったんでな。
 俺もとっておきを出したって訳だ。簡単に言えば、爆発的な脚力を得るって技なんだが。
 まあ、欠点は見ての通り、真っ直ぐにしか進めないって事だな。お前も似たような技を使うみたいだが」

そう言って双羅は再び剣を構え、恭也目掛けて突っ込む。
その距離が縮まり、後少しという所で双羅の速度が上がる。
先程の技を使用したのである。
突然、迫る速度が上がった剣を躱すべく、恭也は2度目の神速を使う。
神速に入ると同時にニ刀を鞘に戻し、双羅と交差する瞬間に抜刀し、四連撃。
恭也の得意とする神速からの薙旋。
神速から抜き出た恭也は、肩で息をしながら右膝を着く。
一方、双羅は恭也の四連撃のうち、二撃までは当たらなかったが、残るニ撃を肩と脇腹に受ける。
脇腹は、奇しくも先程恭也が斬りつけて浅くだが傷付いてた個所だった。
そのため、先程よりも深く刃が入り込み、そこからかなりの出血が見られる。
それにも関わらず、双羅は全く痛がる素振りがなかった。
服の裾を千切り、無造作に腹に巻いて止血をすると、双羅は再び剣を構える。
恭也は痛む右膝に鞭打ち、何とか立ち上がる。
双羅は恭也との距離を詰め寄ると、上から振りかぶって打ち下ろす。
それを小太刀で弾かれると、横薙ぎに変化させる。
恭也はそれをしゃがんで躱し、立ち上がりながら突きを繰り出す。
それを双羅は逆側の刃で受け止め、蹴りを出す。
恭也は双羅の軸足を刈り取り、双羅を転ばす。
しかし、双羅は片手を着き、すぐさま立ち上がると下から上へと斬り上げる。
危うい所を躱した恭也の髪が数本千切れ飛ぶ。
双羅は至近距離で剣を回転させ、恭也へと繰り出す。
次々と遅いくる二つの刃を躱しながら、恭也は回転の中心、即ち双羅が握る柄目掛けて小太刀を振るう。
双羅は恭也の意図に気付き、回転を止めると刃で受け止める。
その後も、何度も刃を交えては離れ、また接近して刃を打ち合うといった事を繰り返す。
双羅にも流石に疲れが見え始めた頃、恭也は右膝の痛みを無理矢理押さえ込み、最後の神速を発動させる。
右膝が軋みを上げ、痛みを訴えるがそれを精神力で無理矢理封じると、双羅へと目掛けて飛針を投げつける。
双羅が飛来する飛針を叩き落すのを見ながら、双羅があの技で逃げる先にも飛針を飛ばす。
そうして逃げ場を封じると恭也は双羅に近づき、左腕へと斬りかかる。
双羅の腕に刃が入った瞬間、双羅は傷付くことも厭わずに右手で刃を掴む。
そのまま、左腕に突き刺さった小太刀を引き抜くと、右腕を掴み恭也の腹を蹴り上げる。
恭也の身体が少し宙に浮いた所を、掴んでいた腕を持って地面に叩き付ける。
恭也の口から洩れる呻き声を気持ち良さそうに聞きながら、まだ掴んでいる右腕に全体重を乗せながら蹴りを打つ。
完全に骨の折れる音が響き、双羅は満足そうに恭也の腕を離す。
恭也の力の入らなくなった右腕から小太刀が落ち、歯を喰い絞る恭也の口から苦痛とも呻きとも分からない声が洩れる。
地面に叩きつけられたときにアバラを数本、蹴り上げられた時に内臓をやったのか恭也の口からは血が流れ出る。
双羅はそれを嬉しそうに見詰めながら、剣を両手で持つと頭上に掲げる。

「出来れば、もっと大きな苦痛の声を聞きたかったがな。ともかく、これで終わりだ!」

そう言うと、剣を恭也の頭上へと振り下ろすのだった。





  ◇ ◇ ◇





琥蛎の攻撃が決まるよりも早く、美由希のもう一刀が琥蛎の首筋へと伸びる。
琥蛎は美由希を離すと、この攻撃を避け後方へと距離を取る。

「中々しぶといですね。さっきので、骨の数本はいったと思うんですが」

「はぁー、はぁー。ま、負ける訳にはいかないんです」

美由希は苦しそうに呼吸をしながら、うわ言のように呟く。

そして、一刀を鞘に納め、一刀を右手に持つと上半身をゆっくりと倒し、右手を後ろへと引く。

「それは仕方がないですよ。これが、貴女と私の実力差ですから。
 それに、私も簡単にやられる訳にはいかないんですよ」

そう言って琥蛎は二本のトンファーを眼前に構える。

「そんな状態で何をしようというのか興味深いですが、これで終わりにします」

琥蛎はゆっくりと呼吸を整え、美由希と対峙する。
美由希も琥蛎をじっと見詰める。

「……私の剣は、恭ちゃん以外には決して負けない!」

叫ぶなり美由希は琥蛎へと向って駆ける。
迫り来る美由希に向かい、琥蛎は二本のトンファーを時間差且つ、避け難い位置へと走らせる。
一つは美由希の頭部へ、もう一つは胸部へと。
迫り来るトンファーを見詰めつつ、美由希は更に踏み込み速度が上がる。
二本のトンファーの更にその下を掻い潜るように潜り込むと、更に一歩踏み込み、状態を起こしながら、
限界まで引き絞った腕を、矢が放たれるが如く前へと突き出す。

──御神流、奥義之参 射抜

御神流奥義の中でも最長の射程距離を誇り、彼女の母親が得意とする技である。
美由希の放った射抜は、琥蛎の肩に突き刺さり、そのまま琥蛎を吹き飛ばす。
右腕を押さえつつ、起き上がれない琥蛎に素早く駆け寄ると、その顎先を峰で痛打する。
徹を込めたその一撃で琥蛎は完全に意識を失うと、その場に倒れ伏す。
それを確認すると、美由希は右胸を押さえつつ、その場に座り込む。

「はあー、はぁー。や、やった……」

口の端に流れる血を拭い、まだ痺れる左腕を押さえると美由希はゆっくりと地面に倒れる。
倒れはしたものの、意識は失っておらず、恭也たちの去った方へと視線を向ける。

(恭ちゃん、やったよ。後はお願い)

その声は口に出される事はなかったが、美由希は恭也ならきっと大丈夫という安心感と共に目を瞑るのだった。





  ◇ ◇ ◇





双羅の振り下ろした剣は、恭也の頭ではなく足元の地面を抉っただけだった。
恭也は腕一本を使い、飛び起きると双羅との距離を開ける。
そんな恭也に向って、双羅がその顔に笑みを浮かべながら話し掛ける。

「ほう。まだ動けるか。アバラに内臓、そして右腕。いい加減に諦めたらどうだ?
 腕一本で何が出来る?」

そんな双羅に対し、恭也は未だに鋭さを失わない瞳で双羅を睨みつけると、静かに答える。

「例え腕一本になっても…、いや、例え残りの腕が折れても俺は何度でも立ち上がってみせる。
 この刃ある限り」

「ならば、その自慢の刃ごと叩き折ってくれるわ!」

双羅の叫びを平然と受け、恭也は静かな声で告げる。

「お前には折る事はできない。その刃はこの手に握った小太刀の事ではないんだからな。
 守ると誓ったその誓いこそが、俺を奮い立たせる刃だ。
 お前には、いや、お前以外の誰であっても、この誓いだけは決して折る事は出来ないし。折らせはしない!」

剣を突き出し、またも突っ込んでくる双羅。
それに対し恭也は目を瞑る。
視角以外の全ての感覚で双羅を捉えるように、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
恭也の脳裏に、向い来る双羅がイメージされる。
後、1メートルと迫った時、恭也の脳裏に一筋の光がイメージされる。
瞬間、目を開ける。すると、そのイメージそのままの光の筋がはっきりと映る。
恭也はその筋に沿うように、小太刀を走らせる。
ただ、それだけ。
次の瞬間には、双羅と恭也はすれ違い、恭也の左肩からは血が噴き出す。
一方、双羅はその場にゆっくりと倒れていった。

──御神流斬式奥義之極 閃

恭也の放ったその一撃で、双羅は完全に意識を刈り取られ、地面へと倒れ伏していた。





つづく




<あとがき>

お、終った〜。
双羅との戦いが終った。
美姫 「じゃあ、早く次、次」
分かってるよ。ではでは。
美姫 「また、次回でね!」





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