『マリアさまはとらいあんぐる』



第32話 「もう一つの戦い」






恭也たちが双との死闘を繰り広げている頃、リスティは小笠原邸から離れた豪華な屋敷が並ぶ住宅街に来ていた。
その一角、周りも豪華な屋敷が立ち並ぶ中でも、特に一際豪華な屋敷の前に、数台の車が止まる。
その中の一台からリスティは姿を現すと、屋敷の前で立ち止まる。
時刻は既に12時半を周り、深夜へと差し掛かる頃。
夜型の人間なら、まだ起きている者もいるかもしれないが、普通の人ならば眠りについているか、ついた頃だろう。
実際、この屋敷からは明りという明りが消えており、住人が夢の世界へと旅立っている事が窺える。
しかし、リスティはそんな事を気にも止めず、インターフォンへと指を差し出し、そのまま押す。
静かな住宅街に、インターフォンの鳴る音がやけに大きくリスティたちの耳を打つ。
暫らく待ってみても、中からは反応がない。
リスティは少し大げさにため息を吐くと、再度インターフォンを押す。
今度は立て続けに数回。
これで住人は起き出したのか、屋敷の一室から明りが灯り、やがてインターフォンから声が聞こえてくる。

「はい、どちらさまでしょうか」

声から察するに女性──恐らく奥さんだろう──が対応に出る。
そんな女性に、リスティはちっとも悪びた様子もなく、淡々と告げる。

「あ〜、夜分に申し訳ございません。少し宜しいでしょうか」

「あの、出来れば日を改めて…」

女性の当たり前のような言い分にも、リスティは動じず言い返す。

「申し訳ないんだけど、それは出来ないんだよ。明日になったら、アンタの旦那さんは海外に行くんだろう?
 今、旦那さんに海外に行かれると困るんでね。あ、言い忘れたけど、僕は警察の関係者だから。
 ここで下手に抵抗するようなら、強行突破することになるけど、どうする?」

リスティの言葉に女性は暫し考え込み、やがて小さな声で答える。

「分かりました。今、鍵を開けます」

その言葉から少しして、門の鍵が開く音がする。
リスティは感心したような息を洩らすと、そっと門を開けて中へと入って行く。
リスティに続くように、四人の男性も中へと入って行く。
門から家の玄関までのちょっとした距離を歩きながら、南川が前を歩くリスティへと話し掛ける。

「リスティさん。流石にまずくないですか。令状なしっていうのは」

「何、悠長な事を言ってるんだい。アンタも見ただろう?連中の残したデータの中を。黒幕はこいつで間違いないんだから」

「し、しかしですね。それならそれで、令状が出るのを待てば」

「待てないから、乗り込むんだろう!」

珍しくリスティが上げた大声に、南川は驚き言葉を失う。
リスティは自分を落ち着かせるように深呼吸をすると、ゆっくりと話し出す。

「大声を出して悪かったね。だけど、こうしている間にも、恭也と美由希は双相手に闘っているんだぞ。
 僕は恭也たちが負けるとは思ってないんだ。
 つまり、あいつが早朝に海外へと飛び立って、双から連絡がなければ、作戦が失敗したと分かるだろう。
 そうなったら、あいつはまた新しい奴らを雇うかもしれないんだ。いや、間違いなく雇うね。
 そうなる前に捕まえないといけないんだ。
 このままだと、蜥蜴の尻尾だけをいつまでたっても追いかけることになる」

「それは分かりますが…」

「南川、警察が表立って動けないから、私たちみたいなのがいるんだろう。
 私たちにとって、令状なんて二の次さ。
 連中の残したデータだけで証拠が足りないって言うんなら、確実な証拠があるんだからね」

「そ、そんな物があったんですか」

リスティの言葉に、南川は驚いた顔でリスティを見る。
今まで一緒に行動していたが、確たる証拠をいつ掴んだのか分からないと。
そんな南川を見て、リスティは楽しそうに笑う。

「ふふふ、勿論さ。もうすぐ、確たる証拠が揃うよ。
 双の統領という証拠がね」

「そ、それって…」

南川の言葉にそれ以上答えず、リスティは屋敷へと向って歩み続ける。





  ◇ ◇ ◇





肩で息をしながら恭也はゆっくりと倒れた双羅の元へと向う。
完全に気を失っている双羅を見ながら、恭也は双羅の足を掴み、美由希の元へと引き摺っていく。
普段の恭也からは考えられない程ゆっくりと歩き、庭へと付いた恭也が目にしたのは、地面に倒れている美由希だった。
恭也は双羅を離すと、美由希の元へと駆け寄る。
美由希の胸が軽く上下している事を見て、安堵の息を洩らす。
恭也が来た事に気付いたのか、美由希がゆっくりとその目を開ける。

「恭ちゃん、そっちは?」

「ああ、こっちは片付いた。おまえの方も終ったみたいだな」

恭也の視線の先には、意識を失い倒れている琥蛎がいた。
それを確認し、恭也は動く左腕で美由希の身体を起こす。
上半身を起こす時、美由希の顔が苦痛で歪む。

「どこか怪我したのか」

「う、うん。アバラをちょっと」

「そうか」

恭也は美由希をゆっくりと立たせると、壁まで連れて行き凭れるように座らせる。

「これで少しは楽だと思うが」

「うん。結構、楽かな」

「他には怪我は?」

「大きいのはそこだけだよ。後は…」

恭也は頷く。小さなモノを含めると、美由希の身体中に傷がある。
幾つかは、刃物で切れたような傷もあり、そこからは既に止まっているが血が流れた形跡がある。

「トンファーで、刃物を用いたみたいな傷を付けるとはな」

恭也は妙に感心したような声で言う。
それに対し、美由希は苦笑しつつも頷く。

「うん、とても強かったよ。ちょっと危なかったかな」

そう言って笑顔を見せる美由希の頭に手を置き、恭也はニ、三度撫でる。

「よくやった」

恭也に褒められ、美由希は嬉しそうに笑顔を見せる。
見た目だけで言えば、恭也も所々斬られ、血を流してはいるが、全身がボロボロの美由希の方が重傷に見える。

「ゆっくり休んでいろ。俺はまだすることがあるからな」

恭也はそう言うと、美由希をその場に残して琥蛎の元へと向う。
琥蛎の上半身だけを起こし、恭也は活を入れる。
小さく短な呻き声を洩らし、琥蛎が目を覚ます。
その琥蛎の首筋に小太刀を突きつけつつ、恭也は低い声を出す。

「さて、貴様には色々と話してもらわないとな」

美由希にやられた傷が痛むのか、顔を顰めながらも琥蛎は口を開く。

「わ、私が素直に話すとでも?」

「痛いのが好きなら話は別だがな」

そう言って、恭也は小太刀を少しだけ前へと突き出す。
琥蛎の首筋に、小さな血の筋が浮かび上がる。
琥蛎も恭也が本気だと悟ったのか、軽く頭を振る。

「はぁー。貴方がここにいるという事は、ボスは貴方に敗れたということですね」

「そうだ」

「この世界、一度でも負けると次はないんですよね。新しい職を探さなければ」

「そんな心配はいらないだろう。お前らの行き先はもう決まっているんだからな。
 それよりも、俺は聞きたいことがあると言っただろう。お前の無駄口に構っている暇はない。
 素直に話す方が身のためだぞ。幾ら口を噤んでも、心の中まではそうもいかないだろうからな」

恭也はそこまで言うと、一端言葉を切る。

「お前には三つの選択肢がある。
 まず一つ目、素直に俺の質問に答える。
 二つ目、素直に答えず、苦痛を味わった上で答える。
 三つ目、苦痛に耐え抜いた後、俺の知り合いに心の中を読まれる」

「心の中……。そうですか、HGSですね」

「そうだ。つまり、お前が黙っていても結局は意味がないって事だ」

「……では、仕方がないですね。一つ目でお願いします」

そう言うと琥蛎は恭也の質問に答え始める。
聞きたいことを全て聞き終えた恭也は、琥蛎に静かに告げる。

「そうか。では、少し眠っていてくれ。次に目覚めた時には、俺たちはいないだろうけどな。
 いい眠りを…」

そう言うと、恭也は琥蛎の首筋に手刀を打ち下ろす。
再び意識を失い、倒れた琥蛎を双羅の横に転がすと、恭也は美由希の元へと戻る。

「美由希、携帯を持っているか」

「ううん。今は持ってないよ。リビングに置いてある」

「俺もだ。ちょっと取ってくるから、あの二人が目を覚まさないか見ていてくれ。
 まあ、大丈夫だとは思うがな」

美由希が頷いたのを確認し、恭也は屋敷へと入って行く。
背後で扉を閉めた後、恭也は大きく息を吐く。

(美由希には気付かれずに済んだみたいだな)

恭也は動かない右腕を見ながら、唯一動く左腕でアバラを軽く押さえる。
と、襲ってくる痛みに顔を顰める。

「3本といった所か。内臓は……くっ。痛むものの問題はないみたいだな。
 これなら、もう少しすれば痛みも引くだろう。問題は、右膝か」

恭也はフィリスの小言を覚悟しながら、右足を引き摺るようにしてリビングへと向う。
そこで携帯を手に取ると、美由希の場所へと戻る。
美由希の横に腰を降ろしながら、ここ数日で最も掛け慣れた番号へと繋げる。
程なくして、電話からリスティの声が聞こえる。

「リスティさんですか。双の二人を捕まえました。黒幕の名前が分かりました。
 ………、もうそこにいるんですか。流石ですね。…………はい、はい」

恭也はリスティと情報の交換を始める。





  ◇ ◇ ◇





リスティは屋敷の扉へと手を掛け、ノックもなしに開ける。

「お邪魔するよ」

一言そう言うと、目の前で何が起こっているのか分からず、うろたえている女性の横を通り過ぎる。

「で、旦那さんは?」

「あ、あの人は寝室で寝てますけど…」

不安そうな表情でそう言う奥さんに、リスティが遠慮ない口調で告げる。

「じゃあ、寝室に案内してくれるかい」

奥さんはリスティの言葉に戸惑いながらも、頷くとリスティたちを寝室へと連れて行く。
奥さんは寝室に入ると、ベッドで眠っている旦那の肩を揺すり起こす。

「どうしたんだ、おまえ。俺は朝早いんだから…」

「そ、それが、この方たちがあなたに用があると仰って…」

妻の言葉に男は億劫そうに身体を起こし、まだ眠気の残る眼差しでリスティたちを一瞥する。
やがて、頭がはっきりしてきたのか、顔を赤くさせると怒鳴り出す。

「おまえ達は一体、何者だ!こんな余分遅くに常識がないにも程があるだろう!」

男の怒鳴り声にも、リスティは平然とした顔で口を開く。

「非常識なのは重々承知してるよ。ただ、少し急用だったんでね」

「急用だと?」

「ああ。どうする?ここで話しても良いけど…」

リスティは奥さんの方を一度だけ見る。
それを受け、男はつまらなさそうに鼻を鳴らし、ベッドから起き上がる。

「お前は先に寝てなさい」

「でも…」

「良いから!」

何か言いかけた奥さんだったが、男に怒鳴られ小さく返事をする。
それを見ようともせず、男はリビングへと歩き出す。
男はリビングに添えつけられている棚からブランデーを取り出すと、グラスに注ぎ一気に呷る。
そして、再びグラスにブランデーを注ぐと、ソファーに腰を降ろす。

「で、急用とは何だ?会社で何か問題でも起こったのか?」

男はどうやらリスティたちを、自分の会社の社員と思ったみたいだった。
それに対し、リスティは男の対面に腰を降ろし、首を横へと振る。

「残念だけど、僕たちはあんたの会社の社員じゃない。まあ、警察関係の者とだけ言っておこうか」

そう告げたリスティを見て、男は片方の眉を少しだけ動かすが、何もなかったかのようにグラスに口を付け、
中身を一口だけ口に含む。

「ほう。で、警察関係の方が私に、それもこんな時間に何の用かな?」

「言わなきゃ分からないかい?五十嵐さん」

リスティの言葉にも、五十嵐は余裕の表情で答える。

「さあ、分からんな?税金もちゃんと納めているし、会社の方も申告漏れはないはずだが?」

「もっと他の事だよ」

二人の間に見えない火花が散る。
南川を含め、他の者たちは口を出すつもりがないのか、リスティの背後でただ黙ってこのやり取りを眺めている。

「一体、何の事だか」

「そうか。分からないんなら良いんだ。こっちの勘違いだろう」

リスティの言葉に、五十嵐は笑みを深め、南川は驚いたような目でリスティの背中を見る。
しかし、リスティは五十嵐と向き合っているため、南川の表情までは分からない。
微かな動きで、ある程度は想像しているだろうが。
そんな事にはお構いなく、リスティは続ける。

「夜分に失礼したね」

「いやいや。勘違いは誰にでもあるもんだよ。おたくらも大変だね。こんな遅くまで仕事とは」

「まあね。……そうそう、ついでだから聞いておこうかな。
 今度、あんたの所の五十嵐グループと同じか、それ以上のグループがあっただろう。
 ほら、日本でも有数の、何だったけな。お、おが…。おだはらだっけ?」

「小笠原グループの事かね」

「そうそう、それだ。そこが何か大掛かりなプロジェクトをするって噂があるんだけど。
 おたくは何か知ってるかい?」

「…さあな。まあ、小笠原グループが何かしらのプロジェクトをやろうとしているのは、私の耳にも入ってはいるが、
 それが何かまでは私は知らんよ」

五十嵐は探るような目付きでリスティを見ながら、そう答える。
それに気付きながらも、気付かないを振りをしつつリスティは続ける。

「それぐらい大掛かりなプロジェクトともなると、やっぱり周りは注目するんだろうね。
 ましてや、失敗なんてことになったら、どうなるんだろうね」

「………そうだな。失敗したとなれば、下手をすれば潰れるかもしれんな。
 尤も、それぐらいで潰れる程、やわではないだろう。
 しかし、間違いなく組織としての力は弱まるんじゃないか」

五十嵐は用心しつつ、差し当たりのない答えを述べる。
それを聞きながら、リスティは頷くと、

「なるほどね。例えば、その隙を付いて小笠原グループの乗っ取りが行われる事も?」

一瞬だが空気が凍る。
そんな中、五十嵐はゆっくりとブランデーを飲み干すと、リスティを鋭い眼差しで睨みつける。

「何が言いたいんじゃ?」

「別に?ただ、幾ら弱ったとは言え、日本を代表するような大きなグループだ。
 そんな小笠原グループを吸収合併して、傘下に加えようとするには、相手も相当大きくないとまず、無理だろうね。
 そう、例えば、五十嵐グループとか」

そう言ってリスティは五十嵐へと視線を向ける。
その口元には、意味ありげな笑みさえ浮かべて。

「さっきから、何が言いたい!はっきり言え!」

「そうだね、回りくどいのは面倒臭いし。じゃあ、ずばり言うけど…。
 今回の小笠原グループのプロジェクトを快く思ってないだろう?
 どんなプロジェクトかは知らないけど、それが上手くいけば小笠原グループは更に大きくなるだろうし。
 だから、アンタはそれを邪魔しようと犯罪組織を雇った。どう?」

「く……、くっくくくくく。はぁーっはっはっは。何を証拠にそんな出鱈目を。
 なかなか面白い話だが、その理屈で言うならば、わし以外にも該当する者はいるんじゃないのか」

「そうだね」

「そら見ろ。何故、わしだと思ったのかは知らんが、見当違いも甚だしい。
 まあ大方、手柄を焦った君たちの推理とも言えない推理なんだろうけど、実に不愉快だよ。
 それも、こんな夜中にやって来おってからに。そう言えば、令状はあるのか、令状は」

「そんな物ないよ、第一、ここへは奥さんの善意で入れてもらったんだ。
 僕らはアンタと話があると言っただけだからね。ここに入ったのは強制した訳じゃない」

「そうか。なら、それは不問としよう。だが、これ以上は遠慮願う。
 もう帰ってくれ」

「そういう訳にもいかないんだけどね…」

平然と言い放つリスティに、五十嵐は怒りを隠そうともせず怒鳴りつける。

「いい加減にしてくれ!そもそも証拠はあるのかね、証拠は!」

「証拠、ね……」

曖昧に言葉を濁すリスティに、五十嵐は勝ち誇ったように言う。

「みろ!証拠なんてないんだろう。第一、貴様らはわしが誰だか知っているのか!
 わしの知人の中には警察の偉い奴がいるんだぞ!」

暗に脅しにかかる五十嵐に、リスティは笑みを浮かべる。

「こりゃまた、ありきたりな言葉だね。真雪の漫画にも出てこないだろうな。
 尤も、真雪がそんな話を書くわけないか。と、話がそれたね。
 別にその知人とやらに話したければ話しなよ。僕らは全然、困らないからね」

一向に動じないリスティに、五十嵐は怒りに身を震わせ口を開きかける。
その時、リスティの内側のポケットから携帯電話の着信音が鳴り響く。

「っと、失礼」

リスティは一言告げると、五十嵐の返事も待たずに携帯電話に出る。

「もしもし、僕だよ」

それを忌々し気に眺めながら、五十嵐は南川たちへと向かい合う。

「お前達もこんなのが上司では大変だな」

皮肉たっぷりにそう言う五十嵐に対し、南川は首を横に振って答える。

「別に上司ではありませんよ。でも、まあ確かに振り回されっぱなしなのは否定しませんけどね。
 でも、別に嫌ではないですよ。
 何と言っても、偉そうに踏ん反り返って指示を出すだけの人間とは違いますから。
 常に現場で、自分の正しいと思うことを、誰にも遠慮せずに行う所なんかは、寧ろ好ましいですよ」

南川の言葉に、五十嵐は面白くなさそうに鼻を鳴らし、グラスを口に付ける。
しかし、とっくに中身を飲み干している事に気付くと、舌打ち一つ残し立ち上がる。
その五十嵐を制するように、携帯電話の通話口を押さえながらリスティが片手を上げる。

「さっき証拠がどうこう言ってたよね。その証拠がやっと揃ったよ。これを待ってたんだ」

リスティは実に楽しそうに告げる。
そして、再度電話を耳に当てると、電話の向こうと話し始める。

「ああ、ご苦労だった。すぐに近くに控えている者たちをそっちに向わせるよ。
 ………ああ、分かってるって。OK、OK.こっちは任せなよ」

リスティは携帯電話を切ると五十嵐に向き直り、

「さて、小笠原のお嬢さんを襲った奴が全て吐いたよ」

「なっ!」

リスティの言葉に驚きの声を上げ、肩を落とすと力なくソファーに座り込む。
そんな五十嵐の様子に一瞥くれると、リスティは南川たちに声を掛ける。

「おい、こいつを引っ張っていくよ。あ、五十嵐さん、弁解は警察でゆっくりとしてくれ。
 アンタの愚痴混じりの供述には興味がないんでね」

何かを言おうと口を開きかけた五十嵐を黙らせ、リスティは後を南川たちに任せると外へと出る。
外へ出て、夜空を見上げながら煙草を取り出すと、火を点ける。

「はぁ〜。一仕事終った後に、綺麗な星空を眺めながら一服というのも乙なもんだね」

そんなリスティに、南川が苦笑混じりに答える。

「何、不健康な事を言ってるんですか。それに、星なんて見えませんよ。曇ってて。
 まあ、月だけははっきりと見えてますけどね」

「分かってるよ、そんな事は。全く情緒がないね。ほら、さっさと連れて行きな。
 ………全く。ふぅー、空は海鳴の方が断然綺麗だな」

南川たちに連れて行かれる五十嵐を見ようともせず、リスティは天に上っていく紫煙をぼんやりと見詰めていた。





  ◇ ◇ ◇





リスティに連絡を入れた恭也は、情報を交換した後、リスティに少し待つように言われる。

「はい、少しこのままで待っていれば良いんですね」

恭也は電話を手に、そう答える。そんな恭也の方を美由希が見てくる。
待っている間に、恭也は美由希へと簡単に説明をする。

「どうやらリスティさんは黒幕の所にいるみたいだな。流石に行動が早い」

感心したように言う恭也に美由希も頷く。

「でも、まだ夜中なのに…」

「ああ。どうやら朝早くに海外へ行く予定だったらしい」

「逃亡って事?」

「いや、仕事か何からしい。ただ、逃がしてしまうと海外だと厄介だからな。
 また、次の奴を雇われたら面倒だしな。だから、夜中だが踏み込んだらしい」

リスティさんらしいと笑って伝える恭也に、美由希も同意する。

「でも、その黒幕はどうしてこんな事をしたんだろう?」

「俺も詳しくは分からないが。
 簡単に言えば、このプロジェクトを失敗させて、小笠原グループを傘下に入れるつもりだったみたいだな」

恭也はくだらないとばかりに言い捨てる。

「で、黒幕はだれだったの?」

「誰にも言うなよ。俺達の仕事はあくまでも護衛なんだから。それ以外の事は本来、知らなくても良いんだからな。
 特に、祥子には」

美由希が頷いたのを見て、恭也は話し出す。

「黒幕は五十嵐グループの会長、五十嵐慶之介(いがらし けいのすけ)だ。
 小笠原グループ程ではないが、かなり大きなグループだな。
 で、五十嵐グループはまだ大きくなって日が浅いんだ。
 対する小笠原グループは、結構古い家の名門だろ。五十嵐という男は、権力の虜と言っても良いような人物だそうだ。
 だけど、家柄っていうものは個人ではどうしようもないからな。
 それもあって、小笠原グループの事を何かと敵視していたらしい」

「くだらない理由だね」

「ああ、くだらない理由だ。だが、そういった者たちがああいった連中を雇うんだ」

恭也の言葉に続けるように美由希が言う。

「そして、そういった連中から大事な人たちを守るのが、私たちなんだよね」

「ああ。……っと、リスティさんからだ」

そう言って恭也は通話口を押さえていた手を離し、リスティと話しはじめる。

「リスティさん、双の連中が目を覚ます前に移動をお願いします。
 ………お願いします。それと、五十嵐の方はお願いしますよ………はい、では」

恭也はリスティとの会話を終えると、電話を仕舞う。

「さて、後はリスティさんの同僚たちがこいつらを連れて行ってくれるだろう」

恭也の言葉に頷く美由希。
それから程なくして、数人の男が現われる。

「ご苦労様でした。話は全て聞きました。これから、この二人を搬送します」

「頼みます」

男の言葉に恭也は短く答える。
男たちが意識を失った双羅たちを運んでいくのを見ながら、恭也はぼんやりと空を見る。

「終ったな」

「うん」

短く答えた後、美由希はゆっくりと立ち上がる。

「さて、病院どうしようか」

「………とりあえず、一応のためにも今晩はここにいるつもりだ」

「うん」

そんな可能性はないが、今病院に行ったら間違いなく朝までには戻れないだろう。
そんな事になれば、祥子たちに無意味な心配を掛けてしまう。
だからこその恭也の言葉だった。
また美由希もそれが分かっているから、頷く。
そのうち、双羅たちを車へと運んだ後、一人だけが戻って来て、二人を病院へ連れて行こうとしたが、それを丁重に断わる。

「とりあえず、簡単な手当てだけをして、今夜は寝るとするか」

恭也はそう言うと、ゆっくりと立ち上がる。
その時、美由希は恭也の右足がおかしい事に気付く。

「恭ちゃん、右膝…」

「ああ。ちょっと神速を使いすぎてな。まあ、明日にはいつも通りになっているだろう。
 ただし、フィリス先生の小言は覚悟しないとな」

苦笑しながら言う恭也に、美由希も同じ様に苦笑する。
そして、二人は屋敷の中へと入り、簡単に手当てを済ませる。
その時、美由希は恭也がかなりの重症である事を知る。

「恭ちゃん、右腕折れてるじゃない。やっぱり病院に行った方が…」

「大丈夫だ。問題ない」

「そんな訳ないよ」

「お前もアバラをやってるだろう」

「うっ!恭ちゃんだって、アバラやってるじゃない」

お互いに何となく誤魔化すように視線を逸らす。

「とりあえず、明日皆が学校に行ってから病院に行くか」

「うん。あ、でも、恭ちゃんが付いてこないと不思議に思うんじゃ」

「…まあ、黒幕が捕まったと伝えれば問題ないだろう。その件で、俺たちは警察に行かなければいけないと」

「うん、分かった」

「それと、今日俺たちはこの時間寝ていた」

「うん。何もなかった。少し騒がしかったのは、私たちのいつもの鍛練」

「そうだ。さて、鍛練も終わった事だし、大人しく寝るか」

「うん」

美由希は頷くと、ゆっくりと立ち上がる。
恭也も同じ様にゆっくりと立ち上がる。
あまり激しく動くと、アバラが痛むためである。
二人はお互いの動作を見て、苦笑しつつ部屋へと戻って行った。
この時、恭也の頭の中には、穴の空いた壁の事はすっかりを忘れ去られていたのだった。





つづく




<あとがき>

黒幕逮捕!これで、この事件は決着!
美姫 「長いような短いような」
まあまあ。後は、本当にラストに向って行くだけだけだけだけ。
美姫 「最終話はちょっと長いので期間が空くのよね」
そうです。でも、まだ最終話ではないので。まだ、最終話までに後、1、2話あります。
まあ、あくまでも予定ですが。
美姫 「出たわね、その言葉」
そういう訳で、次回も震えて待て!
美姫 「いや、次回もって、一回も震えてないって」





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