『マリアさまはとらいあんぐる』
第34話 「最後の夜」
フィリスの診察も終わり、恭也は動き回る事を禁止される。
何か言いたそうな恭也だったが、フィリスの一言で押し黙る。
「良いですか。本当なら、即入院なんですからね。
さらに言うなら、ベッドに括り付けてでも寝かしておきたいという事を忘れないで下さい」
この言葉に大人しくなる恭也に、祥子が声を掛ける。
「そうですよ、恭也さん。お医者様の言う事は素直に聞かなければ」
「いや、聞かないとは言ってないだろう。ただ、今日一日大人しくというのが……。
いえ、何でもありません」
フィリスに睨まれ、恭也は慌てたように言う。
そんな恭也を眺めつつ、フィリスはこれ見よがしに溜め息を吐いて見せる。
「まあまあ、フィリス。それぐらいにしといてあげなよ」
「分かってるわよ」
リスティの言葉に、フィリスはそう言うと立ち上がる。
「じゃあ私は一足先に帰ってますから」
「もう帰るのかい?」
「ええ。では、恭也くん、美由希さんお大事に。
それと、くれぐれも大人しくしてて下さいよ。えっと、小笠原さんたちもくれぐれも注意しておいて下さい。
ちょっと目を離すと、すぐに鍛練を始めるんでこの二人は。特に彼の方を」
フィリスの言葉に祥子たちは頷いて見せる。
そんな中、恭也は憮然としたような顔をする。
「そんなに信用ないんでしょうか、俺は」
「他の事でなら信用してますよ。
でも、事これに関しては、今までの経験から言って、あまり信用できないんです!」
「はぁ〜。言われなくても大人しくしてますよ。
流石にこの状態で鍛練しようとするほど馬鹿ではないんで。
それよりも、わざわざありがとうございます」
「その言葉を信じますよ。それと、お礼は別に良いですよ。
私は高町家の主治医みたいなもんですからね。何かあれば、すぐに飛んできますよ。
じゃあ、次に会うのは海鳴大学病院で」
そのフィリスの言葉を聞き、祐巳が呟く。
「恭也さんたち、もうすぐ帰るんですよね」
「ええ。護衛も終りましたから、明日にでも」
『明日!』
あまりの急な出来事に、全員が揃って声を上げる。
「ええ。早く帰って病院に行かないと、今度はどんなマッサージをされるか分かりませんから」
冗談めいて答える恭也に対し、フィリスは自業自得ですと唇を尖らせ、祥子たちは笑えずに立ち尽くしていた。
そんな祥子たちに恭也から声を掛ける。
「大丈夫ですよ。そんなに遠くないですし、また会えますよ。
休みの時にでも来て頂いたら、街を案内しますし」
その言葉に全員の気持ちが晴れる。
「そうよね、恭也くんの住んでいる所ならすぐに行けるか」
「聖の言う通りね。春休みが終る頃にでも一度、皆で伺おうかしら」
「そうですね。それぐらいなら、俺の怪我も治ってるでしょうし」
そう言ってこちらを見る恭也に、フィリスは頷く。
聖や蓉子の言葉に頷き、祥子も話し掛ける。
「それに、この間頂いた翠屋のシュークリームをもう一度味わいたいですし」
「ええ、ぜひ」
恭也は笑みを浮かべて言う。そんな恭也に祥子も笑みを返す。
そこへ由乃が声を上げる。
「だったら、送別会をしようよ。かなりお世話になったんだし」
「それは良いわね」
由乃の言葉に令も頷き、他の面々も賛成する。
その件で色々と盛り上がる山百合会の面々。
そこへリスティが話し掛ける。
「悪い、恭也。帰るのは多分、月曜になると思う」
その言葉に全員の視線がリスティへと向う。
その視線の意味を受け、リスティは話し出す。
「恭也と美由希には、これからちょっときてもらわないといけないからね。
その後の事は、こっちでやっておくけど、一応の為に明日の昼まではこっちにいてくれ」
リスティの言葉に恭也と美由希は頷くが、フィリスは慌てて口を挟む。
「ちょっとリスティ。怪我人に何をさせるつもりなの。二人とも、普通なら動けるような怪我じゃないのよ」
「そんな事は言ってもな。それに、この二人は現に動いてるんだし」
「そう言う問題じゃないでしょう」
「そんなに怒るなよ。別に大した事じゃないんだから。
ただの事情聴衆みたいなものなんだから、そんなに目くじらを立てなくても。
それに、そんなに心配ならフィリスも一緒に来たらどうだい?
今日は一日休みなんだろう」
その言葉に頷くと、フィリスは着いて行く事にする。
それを見てリスティは笑みを浮かべると、恭也を見る。
「これは当分、大人しくしてないとね」
「当分じゃなくて、治るまでです」
リスティの言葉に、厳しく釘を刺すフィリス。
それに対し恭也は、苦笑を浮かべるものの何も言わずに黙っていた。
そこへ、由乃が気を持ち直すように話し出す。
「とりあえず、送別会は明日の夜で良いかしら」
「そうね、それで良いんじゃないかしら」
由乃の言葉に江利子がそう言うと、他の面々も頷く。
話が着いたのを見計らって、恭也が言う。
「ところで皆さん、学校の方は…」
『あっ!』
恭也の言葉に一斉に声を上げるが、既に間に合わない時間となっていた。
「今からでも行きましょうか」
「えー。もう面倒臭いな」
蓉子の言葉に聖が反論する。
そんな聖を見詰めながら、蓉子は口を開く。
「大丈夫よ。具合が悪かったと言えば」
「嘘はよくないよ、蓉子。嘘を吐く位なら、大人しく欠席を選ぼう」
「何、言ってるのよ。サボる方が悪いわよ。それに嘘じゃないでしょう。
恭也の具合が悪くて、遅くなったのは本当なんだから」
蓉子の言葉に聖は降参と両手を上げる。
「はいはい、分かりましたよ。じゃあ、皆も行こうか」
聖の言葉を合図に、全員が立ち上がる。
そこへ、リスティが口を挟む。
「その辺りは大丈夫だよ」
全員が動きを止め、リスティに説明を求める視線を送る中、リスティが語りだす。
「今朝方、学校側には連絡しておいたんだ。恭也の視察期間が急な話で今日までになったってね。
それも、今日の朝にはここを発つことになったと。
それで、生徒を代表して山百合会の人たちが見送りに行っている事になっている」
リスティの話を聞きながら、恭也は手回しの良さに感心する。
「まあそういう訳だから、今から行っても大丈夫だよ」
「それはありがとうございます。じゃあ、行きましょうか」
蓉子はリスティに礼を述べると、祥子たちを伴ってリビングを出て行く。
そんな中、祥子は恭也へと向き直ると、
「恭也さん、私たちよりも先に戻って来られて、何かあれば遠慮せずに誰かに言って下さい。
それと、大人しくしてて下さいね」
「…………俺は既に信用がないんだろうか。なあ、美由希」
恭也は疲れたように美由希へと言う。
それを受けた美由希は乾いた笑みを浮かべるだけで、何も言わない。
そんな恭也に向って、祥子が微笑みながら言葉を続ける。
「フィリスさんのお話しをお聞きする限りでは、これぐらい言っておかないといけないと思ったんですけど」
その言葉に同意するようにフィリスは何度も頷き、美由希は苦笑を浮かべていた。
「流石に当分は大人しくしてる」
逸れに対し、恭也は苦笑しつつ答える。
その答えに満足そうに頷くと、祥子も部屋を出て行った。
そして、祥子に言った通り、恭也と美由希は戻って来てからは一日大人しくしていたとか。
◇ ◇ ◇
明けて翌日。
午前中にリスティが再び訪れる。
「いよ、二人とも。身体の調子はどうだい?」
「私は平気なんですけど……」
美由希はベッドで横になっている恭也を見る。
リスティもそちらへと視線を向け、ベッドの横に置かれた椅子に腰掛ける。
その視線の先には、疲れた顔をした恭也がいた。
「どうしたんだい、一体。まさか、急に容態が悪化したとか?
何なら、またフィリスを呼ぶけど」
「いえ、そうじゃないんですよ」
電話を手に取ろうとしたリスティに、美由希が苦笑いを浮かべながら事情を説明する。
昨日、恭也たちが帰宅した時には、祥子たちは既に帰ってきていた。
そして、まだお昼を食べていない恭也たちに昼食が用意された。
メニューは利き腕の使えない恭也のためか、サンドウィッチだった。
そして、恭也たちが食べている間に、祥子たちから学校での出来事を聞かされたのであった。
多くの生徒たちが急な出来事に驚き、寂しがっていたと。
生徒たちに怖がられていると思っていた恭也は、これに大いに驚いて見せたが。
まあ、ちょっとした騒ぎはあったものの、概ね問題はなかったと最後に祥子は締めくくる。
そこまでは良かったのだ。
いや、正確にはフィリスの言葉を忠実に守るため、祥子たちが常に恭也の傍らにいて、監視していたのだが。
まだ、ここまでは問題なかった。
しかし、夕食時に問題が起こったのである。
それは、利き腕の使えない恭也がどうやって夕食を取るかという事であった。
話し合いの結果、朝と同じように全員で食べさせる事になった。
これに対し、恭也は当初頑として抵抗していたのだが、結局は折れる形となる。
その後も、何かと恭也の世話を焼こうとする祥子たち。
基本的に、今まで自分で出来る事は自分でやってきた恭也にとって、何もしないという状況はそれだけで落ち着かなくなる。
その上、その世話を申し出ているのが祥子たちという事もあり、変に緊張して逆に疲れてしまったという訳だった。
事情を聞いて、リスティは何とも言えない顔をする。
「恭也は立派な、この場合そういう言い方が正しいのかは別として、怪我人なんだから、
多少はその行為に甘えても良いとは思うけどね。
あの嬢ちゃんたちも好きでやっているんだし」
「はあ、分かってはいるんですが。ただ、その、食べさせてもらうというのはやっぱり…」
照れながら言う恭也を見ながら、リスティは用件を切り出す。
「ま、良いけどな。とりあえず、この事件は完全にケリが着いたから、それを知らせに来たんだ。
これで、小笠原の嬢ちゃんに危害が加わる事はもうないだろう」
「そうですか。それは何よりです」
ベッドに上半身を起こし、恭也は安堵の笑みを浮かべる。
「まあ、僕はもう少しこっちにいないといけないけどね。
恭也たちは先に帰ってくれて良いよ」
「分かりました」
それだけを告げると、リスティは立ち上がる。
「ああ、そうそう。恭也、美由希、今回は本当にご苦労様」
「いいえ。力になれて良かったですよ」
「その為の力だからね」
リスティの言葉に、恭也と美由希が答える。
それを聞きつつ、リスティは恭也に改まって言う。
「ああ、充分過ぎるぐらいだよ。また、何かあったら宜しく頼むよ、双翼の剣士くん」
「リスティさん、それは本当に勘弁を…」
「はははは。悪い、悪い冗談だ。でも、今回の件で、さらに名が上がったと思うけどね」
「それこそ、悪い冗談ですよ」
「まあ、当分は仕事も回さないから、ゆっくりと休養してくれ。じゃあな」
リスティはそれだけを言うと、部屋を後にする。
廊下の端の方から、祥子のもう帰るんですかという声が聞こえてくる。
それに短く返答をするリスティと、改めて礼を言う祥子のやり取りを何となしに聞きながら、
恭也はベッドに再び横たわると、退屈そうに天上を見上げる。
「……………暇だな」
そんな恭也の呟きを聞いているのかいないのか、傍らの美由希は読書に夢中になっていた。
◇ ◇ ◇
特にする事もなく時間だけが過ぎていく中、どれぐらい経ったのか、窓から見える風景が暗くなる。
ふと、恭也は部屋の前に気配を感じ、身体を起こす。
美由希も気付いたのか、読んでいた本に栞を挟み閉じるとそちらを見る。
と、部屋のドアがノックされる。
祥子が恭也を呼びに来たみたいで、扉の前から声が聞こえる。
「恭也さん、美由希さん、準備が出来ましたので呼びに来たんですけど」
「ああ、今行く」
恭也は起き上がると、美由希と一緒に部屋を出る。
部屋の前では祥子が待っていて、三人揃って一階へと降りていった。
そこには既に全員がいて、恭也たちが来るのを待っていた。
こうして送別会が始まるのだった。
皆、寂しさを感じながらも、それでも今この時を楽しむ。
過ぎて行く楽しい時間と反比例して、別れの時が近づくのを少しでも忘れるかのように。
そうして楽しい時間はあっという間に過ぎて、お開きとなる。
恭也も宛がわれた部屋へと戻ると、ベッドに横たわる。
疲れのためか、すぐに眠りへと着く。
暫らくして、眠る恭也の部屋がノックされる。
その音に目を開け、恭也は扉の前へと向って声を掛ける。
「どうぞ」
扉の前の主は無言で経ち尽くした後、ゆっくりと扉を開けて中へと入ってくる。
薄暗い部屋の中、月の光に照らされて浮かび上がるシルエット。
その神秘的な姿に、恭也は思わず息を飲んで見惚れる。
そんな中その人物は、目の前にいる愛しい人の名前をそっと呟くと、その胸に飛びつくように顔を埋める。
恭也は抱きつかれた時に襲ってきた微かな痛みに顔を顰めつつも、そっと抱きしめ頭を愛しそうに撫でる。
暫らく無言の時間が過ぎて行く。
やがて、ゆっくりと恭也の胸から顔を離し、それでも胸に抱きついたまま、顔だけを上げて恭也を見上げる。
二言三言言葉を交わした後、二つのシルエットがそっと一つに重なった。
誰も知らない二人だけの秘密を、夜空に浮かぶ月とマリアさまだけが見ていた。
つづく
<あとがき>
次で最終話〜〜。
美姫 「最後の人物って、誰なの?」
それは次回、明らかになるよ。
それまでは秘密〜。
美姫 「じゃあ、さっさと書きなさいよね」
ふふふ。これを見ろ!半分……とはいかないが、少しは出来てるんだぞ。エッヘン。
美姫 「偉い、偉い。アンタにしては珍しいでちゅね〜。よしよしよし〜」
…馬鹿にしてるだろう。
美姫 「あははは〜、冗談よ冗談。それより、今回は削った部分があるわね」
おう!実は、恭也が月曜の朝に帰る理由は、別の事だったんだけど、それがなしに。
美姫 「何で?」
まあ、色々とあるんだよが、簡単に言えば、話的になくても問題ないから!
美姫 「わあ〜」
でも、まあその部分も残ってるからな。
今度のフリートークか雑記にでものせとくか?
美姫 「単にネタ稼ぎね」
ははははは。はっきり言うなよ。
美姫 「誰も読まないと思うけどね」
…………はっきり言うなよ〜(泣)
美姫 「はいはい。さっさと最終話をあげなさいよ」
……そんな事言うなよ(汗)
美姫 「良いから、さっさとしなさい!」
うげっ!わ、分かってるって。
では、今回はここまでで。
美姫 「次回、最終話『また会う日まで』でお会いしましょう」
勝手にタイトル変更するな!