『マリアさまはとらいあんぐる』



エピローグ 「別れと約束と」






「恭也さん」

ホームで恭也は急に名前を呼ばれ、呼び止められる。
その声に綻ぶ口元を誤魔化しつつ、恭也はゆっくりと振り返る。
そこには、ここまで走ってきたのか、肩で軽く呼吸をする江利子がいた。

「どうしたんですか?」

「私個人での最後のお見送りよ。別に良いでしょう」

「別に構いませんけど。まだ少しだけ時間がありますし」

美由希は気を利かせたのか、二人から離れたベンチに腰掛ける。
そんな美由希に感謝しつつ、二人も空いているベンチに腰掛けるのだった。
座るなリ、江利子が口を開く。

「最初は……」

「はい」

「最初は面白い人だなって思ったのよね。それが本当に最初に思った事だったわ」

江利子はどこか懐かしそうに、宙を眺めながら思い出すようにゆっくりと口にする。

「それで色々あって、恭也さんの強さの一端を見たでしょ。
 その時に思ったのよね。ああ、この人は果てしない鍛練の果てにここに辿り着いたんだなって。
 前にも言ったかもしれないけど、私大概の事はすぐに真似できるのよ。
 でも、アレだけは絶対に出来ないって思ったわ」

どこか楽しそうに話す江利子を、恭也はただ黙って見詰める。

「それで、ちょっと興味が出たのよね。そしたら、ある事に気付いたのよ」

「ある事、ですか?」

尋ね返す恭也の方へと顔を向けると、江利子は一つ頷く。

「ええ。恭也さんがしょっちゅう祥子を見ているって事にね。
 まあ、実際は護衛のためだったんでしょうけど、その時はそう思わなかったから」

「どう思われたんですか?」

本当に不思議そうに尋ねてくる恭也に、江利子はしばらく考える振りをする。
そして、本当に楽しそうな笑みを浮かべつつ、答える。

「……それは秘密よ。
 言ったら意味がないし、それにこれは、私の中の気持ちを初めてはっきりと認識した事でもあるしね。
 でも、一つだけ教えてあげるわ。そうね、何かモヤモヤしたような感じかしら」

「モヤモヤ?」

「そうよ。何か言い様のない靄のような物が胸の中で渦巻く感じかな。
 それ以上は、秘密」

そう言って江利子はまた楽しそうな笑みを見せる。
そんな江利子を見て、恭也も知らず笑みを洩らす。

「それなのよねー」

「何がですか?」

江利子の突然言った言葉に、恭也は何事かと尋ねるが、江利子は片手で額を押さえつつ溜め息を吐く。

「普段は殆ど表情に変化を見せないくせに、ちょっと油断した所に無自覚に愛想を振り撒くのよね。
 その上、変な所で鋭くて、下心とかまるでなく真摯に相手の心配をするでしょう。
 おまけに、相手が誰でも困っていたらすぐに助けようとするし。優し過ぎるのよね。
 これが全て自然だから、尚悪いのよ」

ブツブツと呟く江利子に、恭也はただ黙り込む。
今口を開くのは、何故か危ないと本能的に感じたからだ。
やがて、一通り言い終えてすっきりしたのか、江利子の視線が再び恭也の方へと向く。

「じゃあ、次に会うのは春休みの最後あたりかな」

「はあ」

江利子の突然の言葉に、恭也は素っ頓狂な声を出す。
それを聞き、江利子は少し顔を顰める。

「あら、海鳴を案内してくれんじゃなかったのかしら?」

「え、ええ。そうでしたね」

「もしかして忘れてたの?」

「違いますよ。突然だったんで、少し驚いただけです」

「本当かしら?」

「本当ですよ」

「……まあ、そういう事にしといてあげるわ」

江利子は笑いながらそう言い放つと、立ち上がる。

「そろそろ列車が来る時間ね」

「そうですね」

つられて恭也も立ち上がりながら、江利子を見る。
そんな恭也の目の前に、江利子は小指を立てた右手をそっと指し伸ばす。

「約束ね」

江利子の言葉に恭也は頷くと、その小指に自分の小指を絡める。

「はい、約束です」

軽く上下に振ると、その指を離す。
江利子は左手でその約束を交わした右手の小指にそっと触れると、恭也の目をじっと見詰める。

「また会う約束をしたんだから、さよならは言わないわよ」

「ええ」

江利子の言葉に恭也は短く答えると、ホームへと入って来た列車に乗り込む。
恭也の身体が完全に列車の中に入る前に、江利子はそっと恭也の腕を掴んで引き寄せると、その頬に軽く触れるだけのキスをする。
驚いた顔をする恭也を列車の中へとそっと押し戻し、江利子は微笑む。

「それでは恭也さん、またね」

「はい、また」

お互いに笑顔で挨拶を交わす。
すぐに会える訳ではないが、それでも再会を約束して。
ゆっくりと動き始めた列車の中で、恭也は寂しそうにそっと頬を撫でるが、約束があるから再び会えるから。
だから、恭也はその顔に微かな笑みを浮かべ、小さくなって行く影を見詰める。
江利子もまた、遠くなって行く恭也の影を見詰めながらそっと笑みを浮かべるのだった。





おわり




<あとがき>

はい、江利子さまエンドです。
美姫 「ここのキーワードは『終』よ」
では、真のエンドあとがきで。





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