『マリアさまはとらいあんぐる』



エピローグ 「刻む時」






後ろから追ってくる気配を感じて恭也は振り返る。
階段の途中で、息を切らした志摩子がこちらを見ていた。

「どうしたんだ、志摩子」

「きょ、恭也さん」

志摩子は恭也の元まで来ると、ゆっくりと呼吸を整え始める。
やがて、呼吸の落ち着いた志摩子に恭也が再び尋ねる。

「で、どうしたんだ」

「昔の約束覚えてますか」

「ああ、覚えているが」

「あの時にお話したのとは別の約束です」

「別の?他にも何かしてたのか」

「やっぱり覚えてないんですね」

悲しそうな顔をする志摩子を見て、恭也は必死で記憶を手繰り寄せる。

「えっと……」

「父や母がいる前で、別れる時に」

「……あっ!」

「思い出しましたか」

「ああ」

恭也の声に、志摩子が尋ねる。
それに恭也は頷いて答えると、ゆっくりと記憶を辿るように語り出す。

「確か俺が言い出したんじゃなくて、志摩子が」

「はい、そうです。恭也さんが私を助けてくれるなら、私はその、恭也さんの…」

そこまで言うと志摩子は顔を赤くして俯く。
その後を続けるように恭也が言う。

「お嫁さんになるだったか」

「え、ええ」

恭也に言われ、更に顔を赤くさせる志摩子。
やがて志摩子はおずおずと顔を上げ、上目で恭也を見詰める。

「今回、恭也さんは約束を守ってくれました…」

「いや、あれは志摩子を助けたというよりも、祥子を…」

「そんな事はないですよ。私は、祥子様が攫われるのは嫌でした。
 でも、私だけじゃ、それは防げなかったから。だから、やっぱり恭也さんは困っていた私を助けてくれたんですよ」

そう言って微笑むと、恭也に何か言う隙を与えずに続ける。

「だから、今度は私が約束を守る番です」

「志摩子、そんな大事なことを約束だからって決めるのは。
 それに、昔子供の頃にした訳だし、そんなに気にしなくても」

恭也の言葉を志摩子は少し大きな声で遮る。

「いいえ、私が守りたいんです。恭也さんは迷惑ですか」

切羽詰まった様子で尋ねてくる志摩子に、恭也は表情を和らげると、そっと抱き寄せる。

「そんな訳ないだろう。……それにしても、志摩子は昨夜からやけに積極的だな」

「そ、それは。恭也さんが帰ると思ったら…」

照れる志摩子の髪をそっと掻き揚げ、恭也は続ける。

「そういう話なら、まず志摩子の両親に会いに行かないとな」

恭也の言葉に志摩子は顔を上げる。
そんな志摩子に微笑み掛ける恭也に、志摩子は少し暗い顔になる。

「は、はい。で、でも家は…」

「志摩子の家が寺なのは知っているぞ」

「えっ」

恭也の言葉に志摩子は驚いたような顔で見詰めてくる。

「ほら、子供の頃に聞いただろう」

「そういえば…」

父が話していたのを思い出し、志摩子は納得する。

「そんな事を気にしなくても良いのに。志摩子は志摩子だろう」

「でも…」

「大丈夫だから。俺だけじゃない。祥子たちもきっと同じ事を言うさ」

「……」

恭也の言葉に納得するものの、何も言わずに黙り込む。
そんな志摩子の背中を優しく撫でつつ、恭也は続ける。

「まあ、この事は今後の問題として、とりあえず今は俺と志摩子の問題が先だな」

恭也はそう言うと志摩子を見詰める。

「すぐに戻ってくるから、それまで待っていてくれ」

「はい」

「すぐに戻ってくるさ。だから、そんな顔をするな」

恭也はそう言って志摩子の頬に手を当て、そっと撫でる。
その感触に志摩子はくすぐったそうに首を竦めるが、大人しく恭也の好きにさせる。
恭也の手の動きが止まり、それにあわせるかのように志摩子の目がそっと閉じて行く。
恭也は志摩子の頬に手を当てたまま、その唇にそっと口付ける。
啄ばむような優しい口付けをして、恭也はそっと離れる。
それだけの事に、恭也も志摩子も動悸を激しくして、顔を赤く染める。

「必ず戻ってくるから。いや、迎えに来るの方が正しのかもしれないか」

恭也の言葉に照れながらも志摩子は頷き、口を開く。

「はい、待ってますから」

志摩子はポケットに手を入れると、そこから小さな巾着袋を取り出す。

「恭也さん、これを」

「これは?」

「お守りみたいなものです」

恭也は受け取った巾着を開け、中身を取り出す。
巾着から出てきたのは、数珠だった。

「祖母から譲り受けたものなんですよ」

「そんな大事な物を受け取る訳には」

恭也は数珠を返そうとするが、志摩子はそれを頑として受け取らず、恭也に話し掛ける。

「それを約束の証として持っていて欲しいんです。お願いします」

強く志摩子に言われ、恭也はそれを受け取る。

「分かった。そこまで言うなら、これはありがたく頂戴する」

「はい」

恭也の言葉に志摩子は嬉しそうに頷いた後、言い難そうに切り出す。

「私にも何か貰えませんか」

「別に構わないが、特にこれといったものが……」

「そ、その恭也さんの腕時計を貰っても…」

「ん?ああ、別に構わないが。これは男物だが」

「それが良いんです。恭也さんのしていた時計が、これからの私の時間を刻むんです。
 恭也さんが迎えに来てくれるその日まで」

そう言いつつ、志摩子は受け取った時計を自分の腕に付ける。
白くて細い志摩子の腕に、そのやや無骨な時計は少し浮いて見える。
しかし、当の志摩子は嬉しそうに相好を崩す。
そんな志摩子に見惚れていた恭也の視線に志摩子が気付き、恭也と視線がぶつかる。
無言で見詰め合う二人だったが、やがて列車の到着時間となる。

「それじゃ、そろそろ行くよ」

「はい」


二人はもう一度口付けを交わすと、そっと離れる。
背を向ける恭也に、志摩子が声を掛ける。

「私、待ってますから」

「ああ、分かった。必ず迎えに来るから」

その声に答えると、恭也は歩き出す。
その背中に志摩子は、再び声を掛けようと口を開きかけるが、結局何も言わずに黙り込む。
志摩子の目の前で、列車の扉が閉まっていく。
言いたい事があったような気もするが、約束を交わしたから今はこれで良いと。
志摩子は窓越しに見える恭也に笑みを浮かべて、そっと手を振る。
それに答えるように恭也も一度だけ手を上げる。
ゆっくりと動き出す列車の中、恭也が浮かべた笑みをしっかりと見詰める。
次に会える日まで、忘れないようにしっかりと。



その後、志摩子の腕時計について、リリアンでは様々な憶測が飛び交う事となるが、
これに対し、志摩子は笑顔でたった一言だけ説明するのだった。

「これは大事な、とても大事な約束の証なんです」

再び二人が出会うその日まで、その時計は変わらず時を刻み続ける。





おわり




<あとがき>

志摩子エンドです。
美姫 「さて、ここでのキーワードは…」
『の』です。
美姫 「では、またね」
トゥルーエンドで待ってます。





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