『マリアさまはとらいあんぐる』



エピローグ 「同道罷り越す」






列車が来るのを待っている恭也の元に、ここ最近よく聞く声が聞こえる。

「恭也」

「蓉子!?」

「ふふふ。そんなに驚かなくても良いじゃない。ここはまだ海鳴じゃないんだから」

「それはそうなんだが。どうして、ここに」

「細かい事は良いじゃない。それよりも、少し時間あるでしょ」

「あ、ああ」

「あ、私は向こうに行ってますから」

「ありがとう」

気を利かせて離れて行く美由希に、蓉子は礼を言う。

「さてと、何から話せば良いかしら。……そうね、とりあえずはやっぱり、ありがとうかしらね」

そのお礼の意味が分からず、恭也は尋ねるように蓉子を見る。
それに答えるように蓉子が口を開く。

「祥子の事よ。祥子を守ってくれて、本当に感謝してるわ」

「その事なら、もう礼を貰ったが」

「良いのよ。私が改まって言いたいだけなんだから。
 本当に感謝してるのよ。言葉で言い表せないぐらいね。
 だから、恭也はただ黙って受け取ってくれれば良いのよ」

「…まあ、そういう事なら」

恭也の言葉に蓉子は笑みを浮かべると、そっと両手を伸ばして恭也の頭を挟み込むと、そのまま胸に抱き寄せる。
突然の事に顔を紅くして慌てる恭也の耳元に、蓉子がそっと語りかける。

「前に恭也が言った事覚えてる?」

どの事を指して言っているのか分からず、恭也はただ黙る。
そんな恭也を見ながら、蓉子は続ける。

「自分がその気になれば、簡単に人の命を奪えるって事」

「…ああ」

「あれを聞いた時、祥子が言ったけど恭也はそんな人じゃないって。
 あの後、恭也の身体中にある傷を見たでしょう。
 ひょっとしたら、その後何か言われるかなって思ったんだけど、特に何もなく普通に話をしただけだったわね」

蓉子の言葉に恭也は頷く。
それを確認しつつ、蓉子は続ける。

「あの時、結構うれしかったのよ」

今度は訳が分からないといった顔をする恭也。
顔は見えないが、雰囲気や仕草で分かったのか蓉子は説明するように続ける。

「恭也は自分のしている事とかが人に知られたら、無意識かもしれないけど距離を取ろうとしてるじゃない。
 あの時の台詞がいい例でしょう。
 恭也はそうする事で、自分に関わって危険な目に合わないようにしているんだなって思ったの。
 だから、傷を見た後に何か言われるのかと思ってたのよ。
 でも、何も言わなかったでしょう。それって、少しは認めてくれたって事よね。
 仲間って言えば良いのかな。つまり、私が恭也の事情を知っても離れていかないし、傍にいても良いって」

「…別にそんなつもりは」

「恭也に自覚がないだけなのかもしれないし、私の思い違いかもしれない。でも、私はそう思ったの。
 そうね…、恭也は少し自分に厳しすぎるのよ。
 今までそうやって来たんだから、急には無理かもしれないけど、たまには休まないと疲れるわよ」

そう言って蓉子は恭也の頭を撫でる。
それに特に抵抗もせず、恭也は大人しくしてる。

「だから、私には少しで良いから甘えて欲しいわ。
 恭也の背負っているもの半分とまではいかなくても、恭也が疲れた時や次に歩き出すまでの間、
 ほんの少しでも恭也を支えられたら良いなって。
 長い長い道の途中にある、雨宿りをする程度の木でも良いから」

そう言って蓉子は恭也を抱く手に力を込める。
恭也もそっとその背に手を回すと抱き締める。

「俺にとって蓉子はただの雨宿りをするだけの木じゃないさ。
 かならず戻る場所、俺が帰る場所だよ。そして、とても大切な…」

蓉子の胸から顔を離すと、今度は逆に恭也が蓉子を抱き締める。
その胸の中で蓉子は嬉しそうな笑みを浮かべる。

「大切な、何かしら」

「……大切な人だ」

「私もよ」

どちらともなく顔を近づけ、軽く触れ合うと、お互いに抱き締める力を強める。
暫らく抱き合っていたが、その耳に列車の到着を告げるアナウンスが聞こえてくると、そっと離れる。

「私は恭也の傍にいても良いのよね」

「ああ。傍にいて欲しい」

蓉子の言葉に恭也は頷く。

「じゃあ、ずっと傍にいてあげるわ。だから、恭也も傍にいてね」

「ああ」

ホームに着いた列車に乗り込みながら、恭也は言う。

「じゃあ、少しの間だけお別れだな」

恭也の言葉に蓉子は答えず、ただじっと微笑を浮かべたまま恭也を見詰める。
そんな蓉子に恭也は笑みを返す。
やがて発車を告げるベルが鳴り、扉が閉まる。
その瞬間、蓉子が急に動き出し、閉まる直前の扉から列車に乗り込む。
その行為に驚いている恭也を尻目に、列車がゆっくりと動き出す。
やがて我に返った恭也が声を上げる。

「蓉子、何をしてるんだ」

そんな恭也を横目に、楽しそうな笑みを浮かべる蓉子。
そして、ゆっくりと口を開く。

「だって、ずっと傍にいても良いんでしょう」

「そうだが…」

尚も何か言おうとする恭也を片手で制し、蓉子は本当に楽しそうに笑う。

「言ってなかったかしら?私、海鳴大学の法学部を受験するのよ。
 試験日は、明後日なの。因みに、三年生は今日から自主登校なのよ」

楽しそうに言う蓉子を見ながら、恭也は溜め息を一つ吐き出し、両手を上に上げる。

「参った。それは初耳だったが、それよりも蓉子のその行動力には本当に参った」

「くすくす。まあ、たまにはね。いつもいつも、皆のフォローばかりじゃあね。
 そういう訳だから、これからもよろしくね」

既に受かったような言い方だが、恭也は何も不思議に思わず頷く。
目の前の女性なら、間違いなくやり遂げるだろうと思わせる何かがあった。
頷く恭也に対し、蓉子は更に驚かすような事を告げる。

「そうそう。ホテルの予約とかしてないから、恭也の家に泊めてね」

怪しく微笑むその顔の向こうに、家族への紹介よろしくという暗黙の言葉を感じ、恭也はただ苦笑しながら頷くのだった。
そんな恭也の腕を取ると、蓉子は幸せ一杯の顔で改めて恭也に言うのだった。

「これからもよろしくね」





おわり




<あとがき>

蓉子さまエンド〜。
美姫 「おおー。蓉子さま、積極的ね」
まあな。さて、ここのキーワードは…。
美姫 「はいはいは〜い。キーワードは『一番』でーす」
では、ごきげんよう。





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