『マリアさまはとらいあんぐる』
番外編 「山百合会、海鳴へ」
陽射しも柔らかく、吹く風もどこか優しい春も麗らかな、そんなとある日。
高町恭也は家の庭に降り立つと、軽く身体を捻ったり、跳んだりとストレッチを繰り返す。
そんな事をしていると、縁側に顔を出した美由希が声を掛ける。
「恭ちゃん、まだ運動したら駄目だってフィリス先生に言われてるでしょう」
苦笑しつつ言う美由希に、恭也は身体を休めず顔だけを向けて言う。
「あまり激しい運動は駄目と言われただけだ。軽く動かすだけなら良いと言われたぞ」
そう言いながら、恭也は上半身を捻る。
それを見ながら、美由希はそっと溜め息を吐く。
入院中にも関わらず、いつの間に持ち込んだのか、飛針を壁に取り付けた的に目掛けて投擲したり、
鋼糸を使って、病室にある見舞いの品などを絡め取るといった練習をしていたのを美由希は聞いて知っていた。
それに対する本人の言い分は、
『これは鍛練ではない。ただの暇潰し。もしくは、手の届かない所にある物を取るために仕方が無く。
それに、怪我した個所には負担が掛からないようにしている』だったらしい。
当然、こんな言い訳が主治医であるフィリスに通じるはずも無く、
逆に『暇つぶしなら、大人しく本でも読んでて下さい。手の届かない物なら、誰かを呼んで取って貰って下さい。
何でしたら、私が四六時中付いてましょうか。怪我した個所に負担を掛けないのは当たり前です!』だったとか。
これには流石の恭也も大人しく従った。あくまでも表面上はだったが。
度々、鍛練を繰り返す恭也が目撃されては、フィリスのお説教が廊下まで響くという事を、最初の三日程繰り返した後、
恭也もやっと大人しくなったのであった。
大人しくなる直前、高町家の末っ子が病室を訪れていたという証言もあったが。
まあ、恭也も大人しく入院生活を送る事となったのは間違いなかった。
入院当初こそ擦った揉んだあったが、それ以降は無事に入院生活を送り、
一ヶ月以上の入院生活にも三日程前に無事ピリオドを迎えたのであった。
とはいっても、日常生活を普通に送る分には大して問題も無いのだが、完治した訳でもないので、
激しい鍛練は未だに禁止されている。
フィリス曰く、これ以上恭也を病院内に置いておいても、大人しくしていないだろうという事らしい。
それなら退院をさせ、家族が監視する方が大人しくしているだろうと。
この結論に関しては、特に末っ子の存在が大きかった。
そんな一連のやり取りを思い出しつつ、美由希は再び溜め息を吐くと、そっと呟く。
「良いと言われたというよりも、言わせたような気もするけどね」
幸い、美由希のこの呟きは恭也の耳には入らなかったらしく、恭也は首を傾げるだけだった。
そんな恭也に何でもないと手を振って返し、軽くならフィリスの許可もある事だしと、美由希もそれ以上は何も言わなかった。
軽くでも動いてはいけないのなら、フィリスは絶対に許可はしないだろうから。
恭也とは違い、完治した美由希は身体がうずうずとして仕方がなかった。
そんな美由希に気付いたのか、恭也は声を掛ける。
「美由希、一本やるか?」
美由希は一瞬嬉しそうに恭也を見るが、すぐに首を振る。
「駄目だよ、恭ちゃん。流石にそれは軽くじゃないでしょう。
やるのは良いけど、それがばれたら、私までフィリス先生にお説教されるし」
フィリスの説教+全身マッサージを思い出し、美由希は身を震わせる。
「私は一人で鍛練するから。あ、後で構わないから、見てくれるかな」
「仕方がないか。なら、美由希の動きを横で見るとするか」
「うん。あ、でも、もうそろそろ時間じゃない?」
「ん?今、何時だ」
尋ねる恭也に美由希は時間を教える。
それを聞き、恭也は縁側へと上がり、浴室へと向う。
「じゃあ、俺は出掛けてくるから。鍛練は夜にな」
「うん」
美由希に背を向け、2、3歩行った所で足を止め、振り返る。
「美由希も来るか?皆も喜ぶと思うが」
「うーん、私は良いよ。どうせ、夜には家に来るんだし」
「そうか」
それだけを言うと、恭也は再び歩き出す。
そんな恭也の背中を見送った後、美由希は道場へと足を向けるのだった。
◇ ◇ ◇
所変わって、ここは海鳴へと向う列車の中。
そこに、人目を引く一つの集団があった。
その集団は八人の少女たちで成り立っており、ただの少女ではなく美少女たちであった。
現に、同じ車両に乗る男性たちだけでなく時に同性からの視線も、時折彼女たちをチラチラと見詰めている事からも分かる。
しかし、当の本人たちはその視線に気付いていないのか、楽しげに話をしている。
「いやー、もうすぐだね」
「聖ったら、少しは落ち着きなさいよ」
「そう言う蓉子も、かなり浮き足だっているように見えるけどね」
聖を嗜める蓉子を江利子がからかう。
その横では、祥子が耳に掛かる髪を掻き揚げつつ、祐巳と楽しそうに会話をしている。
「本当に、恭也さんに会うのも久し振りね」
「そうですね。怪我の方はもう良いんでしょうか」
「電話では問題ないって仰ってたけど」
祥子の言葉を聞き、志摩子が口を出す。
「でも、恭也さんの事ですから、それが本当かどうかは会って確かめてみないと」
「それもそうね」
志摩子の言葉に、祥子は可笑しそうに笑みを浮かべる。
その横では、令と由乃が話をしていた。
「翠屋のシュークリーム、楽しみだね令ちゃん」
「そうだね。他のデザートも楽しみだね」
「令ったら、食べる事ばかりね」
「祥子、そんな言い方はないんじゃない?」
「くすくす。冗談よ。祐巳も楽しみにしてるみたいだし」
「へっ?あ、あははは。まあ、楽しみにではありますけど。
それよりも、私はなのはちゃんに会えるのが楽しみです」
祐巳は嬉しそうに言う。
そんな祐巳に笑みを返しつつ、祥子は窓から見える風景が徐々に変わっていくのを眺める。
それぞれに期待を抱きつつ、列車は一路、海鳴へと向うのだった。
◇ ◇ ◇
駅前で恭也は、祥子たちの到着を今かと待ち続ける。
列車が到着し、暫らくすると数人の人が改札から出てくる。
その中へと視線を巡らし、待ち人の姿を探す。
程なくして、見知った顔を見つけると、恭也はそちらへと歩き出す。
「皆さん、お久し振りです」
全員が出てきたところで、恭也は挨拶をする。
そんな恭也に、祥子たちも次々と挨拶を交わす。
一通り再会を懐かしんだ後、とりあえずは場所を移すべく歩き出す。
「では、翠屋で宜しいですか」
恭也の言葉に全員が頷き、恭也は翠屋へと案内をする。
「恭也さん、怪我の方は大丈夫なんですか?」
「ああ、もう普通に動く分には問題ない」
志摩子の問い掛けに、恭也は頷いて言葉を返す。
その事を聞き、全員が安堵する。
久し振りに会った恭也との会話を楽しんでいるうちに、あっという間に翠屋へと着く。
恭也は店の扉を開けると、祥子たちを中へと入れる。
席に案内するために、こちらへとやって来たバイトの子を押し止め、恭也は奥の空いている席へと祥子たちを連れて行く。
実際は、今日の事を知った桃子が空けておいた席である。
全員の注文を聞き、恭也は近くにいた子にそれを伝える。
それを確認すると、恭也も一息着く。
幾分、緊張気味な祥子たちに恭也が話し掛ける。
「皆さん、どうかしましたか?」
「いや、いきなり恭也くんのおかーさんとの対面だからね。ちょっと緊張してね」
「はあ?母なら、奥ですからここには来ないと思いますけど」
「あ、それもそっか」
「夜になれば会えますけど、急用があるんでしたら、呼んで来ますけど」
「ああ、いいの、いいの。そういう事じゃないから。しっかし、ねー」
聖の言葉に、それまで恭也と聖のやり取りを見ていた全員が苦笑を洩らす。
恭也は意味が分からずに首を傾げるが、そんな様子を見て、また笑みを零す祥子たち。
「どうかしましたか?」
「ううん、何でもないよ。ただ、恭也くんは変わらないなって」
「まあ、あれから2ヶ月も経ってないのだから、変わってなくて当然でしょうけど」
「それに、その方が恭也さんらしいですし」
蓉子の言葉に、志摩子も同意する。
他の者たちも同じ意見なのか、一斉に頷く。
ただ一人、恭也だけが首を傾げるのだった。
それから他愛もない話をして、それぞれの注文した品に手を付ける。
「うん、やっぱり美味しいわ」
「本当ね」
聖の洩らした言葉に蓉子も頷き、他の者たちも同じように賞賛の言葉を口にする。
それに対し、恭也は照れ臭そうな様子で礼を言う。
そこへ奥から桃子が出てくる。
今の話を聞いていたのか、桃子は満面の笑みを浮かべて祥子たちに近づいて来る。
それを見て、恭也は頭を抱える。
祥子たちは、自分たちの所へと来た女性に失礼にならないように視線を向ける。
祥子が用件を聞き出すよりも早く、桃子が口を開く。
「私の作ったものを褒めていただいてありがとうね」
「じゃあ、これは全部貴女が?」
「そうよ。良かったわ、お口にあって。
皆さん、舌が肥えているみたいだから、桃子さんもちょっと緊張してたのよね」
「は、はあ」
曖昧な返事を返す祥子に、恭也は疲れたような口調で目の前の女性に話し掛ける。
「で、何の用だ、かーさん」
『おかーさん!?』
恭也の言葉に、祥子たちは一斉に驚いた声を上げ、恭也と桃子を交互に見る。
そんな祥子たちの様子を笑みを浮かべながら見遣りつつ、桃子は改めて名乗る。
「恭也の母親の桃子です。よろしくね。それにしても皆、綺麗な子たちばかりね〜」
桃子の言葉に祥子たちは照れたり、謙遜したりする。
そんな祥子たちを眺めつつ、桃子は感極まったように呟く。
「ああ〜、ついにこんな日が…。しかも、皆こんなに綺麗だなんて」
「かーさん、何を言ってるんだ」
「良いから、良いから。で、誰が恭也の恋人なの?」
この言葉に、祥子たちは一斉に顔を赤くする。
そんな中、恭也は憮然とした顔を見せる。
「あのな、かーさん。事情は説明しただろうが」
「ええ、聞いたわよ」
「つまり、祥子たちとはそうやって知り合ったんだ。
それに、そんな事を言っては、祥子たちに失礼だろう」
「え〜、そうなの?」
桃子は祥子たちを見ながら、そう尋ねる。
その言葉に、祥子たちは一斉に照れ臭さそうに顔を俯かせる者や、視線を逸らす者と様々な反応を見せる。
それらの反応を見て、桃子は少し驚いたように目を見開く。
「はぁー、この子は。まさか行く先々で同じ事をしてるんじゃないでしょうね」
「うん?何か言ったか?」
「別に何も言ってないわよ。ただ、アンタもう少し自覚というか、周りに気を配るというか…。
兎も角、そういう事よ。分かった!」
良くは分からないが、ここで正直にそう言うと、小言が始まりそうだったので、恭也は大人しく頷く。
それを見て、桃子は大きく頷くと、ごゆっくりと言葉を残して奥へと戻って行った。
桃子が去って当初はギクシャクしていた祥子たちも、すぐに元に戻ると談話を始める。
それから頃合を見て、恭也は切り出す。
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」
恭也の言葉に全員が頷くと、立ち上がる。
恭也は会計を済ませると、祥子たちを家へと案内する。
「とりあえず、街の案内は明日にして、先に家に行きましょう」
恭也が先導する形で、祥子たちを家へと連れて行くのだった。
◇ ◇ ◇
恭也に案内され、祥子たちは今高町家の前へと来ていた。
「ふぇ〜、立派な家ですね」
「そうですか、ありがとうございます祐巳さん。
とりあえず、中へどうぞ」
恭也に促がされ、祥子たちは中へと入って行く。
恭也はそのまま二階へと上がると、空いている三つの部屋を教える。
「この三部屋が空いてますので、部屋割りは好きに決めてください。三人ぐらいなら寝れますので」
恭也の言葉に、それぞれ部屋割りを姉妹同士で一つの部屋と決める。
それが済むと、それぞれの荷物を部屋へと置き、とりあえリビングへと向う。
「道場があるんですね」
「ええ、小さいですけど一応」
令の言葉に恭也は答えつつ、道場の方を見る。
「どうやら、美由希がまだ鍛練をしているみたいですね」
「そうなの?」
「ええ」
そう言う恭也に、祥子が声を掛ける。
「庭も綺麗に手入れされているんですね」
「ああ、あれは美由希が」
「あの横の盆栽は恭也さんですか」
「ああ」
志摩子の問い掛けに恭也は短く答える。
「庭に下りても良いかな?」
聖の言葉に恭也は頷く。
一度玄関に戻り、靴を履いて表から庭へと周る。
聖は盆栽が珍しいのか、面白そうに眺める。
「ほー、へー」
しきりに感心の声を上げ、色んな角度から熱心に眺める。
他の面々も、思い思いに庭を見渡す。
志摩子や祥子は美由希の手入れした花壇を眺めていた。
そんな中、祐巳が恭也へと声を掛ける。
「あの、なのはちゃんは…」
「ああ、なのはなら久遠と遊びに行ってますよ」
そう言うと時計を一度見る。
「そうですね。もう少ししたら戻って来ますよ。
なのはも祐巳さんが来るのを楽しみにしてましたから」
「そうですか。私もなのはちゃんに会えるのが楽しみです」
嬉しそうに言う祐巳に恭也も笑みを返す。
「多分、久遠も一緒だと思いますけど」
「久遠ですか?あ、なのはちゃんが話してくれたくーちゃんって子ですね」
「ええ。ちょっと変わった子狐ですけど、いい子です。
まあ、人見知りするんで、最初のうちは懐かないかもしれませんけど」
「狐!?久遠ちゃんは子狐なんですか!?」
祐巳が幾分興奮した面持ちで尋ねてくるのに対し、恭也は少し身を引きつつ頷く。
「うぅ〜。早く会いたいな」
祐巳はなのは外にも、久遠にも会いたくて仕方がないといった感じでソワソワし出す。
そんな祐巳を眺めつつ、恭也は苦笑する。
そんな恭也に今度は令が声を掛ける。
「すいません、恭也さん。道場の中を見学させて頂いてもよろしいですか」
「別にかまいませんよ。今は美由希がいますけど」
恭也はそう言って、道場へと令を連れて行く。
その後を、蓉子、江利子、由乃も続く。
恭也は道場の前で一度立ち止まると、令たちにもその場で止まってもらう。
そして、恭也は気配を消して、そっと扉の前に移動する。
その足音さえ立てない足運びに、令は感心の声を小さく上げる。
恭也はそっと扉に手を掛け、一呼吸置いてから勢いよく開け放つ。
同時に懐に隠していた飛針を二本投げつけ、同時に身体を道場内へと入れる。
美由希は突然飛来した飛針を持っていた木刀で弾くと、すぐさま恭也へと対峙する。
そんな美由希に、恭也は再び飛針を投げつける。
それを美由希はもう一度木刀で弾く。
その動きを見て、恭也は満足そうに頷く。
「ふむ、大分気配を読めるようになったか」
「恭ちゃん、フィリス先生に止められているでしょう」
「軽くしかしてないだろう」
「それはそうだけど…。でも、幾ら何でも急に仕掛けてくるのは酷いよ」
「馬鹿者。奇襲するのに、わざわざしますと教える奴がいるか」
「うぅー。そんなのは分かってるよー」
拗ねたように言う美由希を無視して、恭也は外で待っている令たちを中へと入れる。
「あ、いらっしゃいませ」
「お邪魔します」
美由希は令たちの姿を見て、挨拶を交わす。
それに答えながら、令は道場内を見渡す。
「そんなに立派な道場ではありませんけど」
「そんな事はないですよ」
令の言葉に恭也は何とも言えず、とりあえず美由希に話し掛ける。
「美由希、お前も今日はこれぐらいにしておけ」
「はーい」
「ん?」
「どうしたの恭ちゃん」
「ああ、なのはが帰って来たみたいだな。
とりあえず、家の方に行きましょうか」
恭也の言葉に、令たちは道場を後にする。
すると、丁度目の前に祥子たちがいて、鉢合わせする形になる。
「どうしたの?」
尋ねる江利子に、祥子が答える。
「いえ、お姉さまたちがこちらに入って行ったみたいでしたので」
「私たちじゃなくて、恭也たちじゃないの?」
「お、お姉さま、どちらも同じではありませんか!」
「はいはい、落ち着きなさい。こっちはもう済んだから、今から家に戻るところよ。
どうやら、なのはちゃんが帰ってきたみたいだから」
「そうなんですか」
蓉子の言葉に、祐巳が嬉しそうに尋ねる。
「ええ、さっき家の前に気配を感じましたから、もうすぐ」
そうこう言っているうちに、当のなのはが縁側へと姿を見せる。
なのはは祐巳たちに気付いたのか、そのまま庭に出てくると、真っ先に祐巳の元へと来る。
「祐巳さーん」
「なのはちゃん、久し振り」
「はい、久し振りです」
なのはは嬉しそうに挨拶をする。
そんななのはの頭を祐巳は撫でる。
「えへへ〜」
撫でられたなのはは嬉しそうに笑みを浮かべ、何かを思い出したのか後ろを振り向く。
「くーちゃん、大丈夫だからおいで」
なのはの呼びかけに、久遠は恐る恐ると近づく。
「わー、可愛い!」
その姿を見た祐巳が大声を上げ、それに驚いた久遠は再び家へと戻る。
「あ、あー」
残念そうに項垂れる祐巳に祥子が話し掛ける。
「駄目よ、祐巳。いきなり大声なんか出したら、怖がるでしょう」
「はい。ごめんなさい久遠ちゃん」
祐巳は久遠に向って頭を下げる。
そんな祐巳を見て、久遠は再び恐る恐るだが、近づく。
それを見ながら、祐巳はじっと声を押し殺す。
近くに来た久遠を、なのはが抱き上げる。
そこでやっと祐巳は大きく息を吐き出す。
「はぁー」
「祐巳さん、何も息まで止める必要なかったんじゃ」
由乃の言葉に祐巳はあっと小さな声を上げる。
「まあ、その方が祐巳さんらしいですよ」
「志摩子さん、それフォローになってないから」
志摩子と由乃のやり取りに、祥子たちも苦笑いを浮かべる
そんな中、なのはが祐巳に久遠を差し出す。
「くーちゃん、大丈夫だからね」
「えっと……。良いかな」
祐巳は久遠をじっと見詰め、尋ねる。
久遠は祐巳を見詰め返した後、小さく鳴く。
それを了承と受け取ったのか、祐巳はそっと久遠をなのはから受け取ると、抱き締める。
「うわぁ〜。か、可愛い」
「祐巳さん、次、私と代わって」
由乃は祐巳に抱かれる久遠を見詰めつつ、祐巳に手を差し出す。
それを聞いた祐巳は、再び久遠へと尋ねる。
「良い?」
「くぅーん」
「はい、良いって」
祐巳は由乃に久遠を手渡す。
「祥子も抱かせてもらったら?」
「わ、私は」
「抱きたくないの?だったら、次は私が」
「だ、誰も嫌だなんて言ってません」
蓉子と祥子がそんなやり取りをしている間に、志摩子が久遠を抱く。
全員の間を久遠が行き来している間に、今まで盆栽を眺めていた聖が戻ってくる。
「何々。お、狐か。おいで、おいで」
聖は久遠を抱き上げると、その頭をそっと撫でる。
「聖、随分と熱心に眺めていたわね」
「まあね。結構、面白いわよ」
この言葉に、恭也が嬉しそうな顔をする。
自分の近くで、初めて盆栽に興味を抱いた者を見つけ、嬉しかったのだろう。
そんな恭也の様子を横で見詰めていた美由希となのはは、顔を見合わせるとどちらともなく苦笑を浮かべるのだった。
おわり
<あとがき>
ふ〜。
山百合会の面々が海鳴に来るという番外編でした。
美姫 「これで本当にマリとらはお終い?」
まあね。
美姫 「でも、これって結構、半端な所で終ってない」
…確かにな。
でも、まあ、とりあえずはここまでかな。
美姫 「ふ〜ん。あ、それよりも…」
さて、今回はこの辺で。
美姫 「あ、こら。全くもう。では、皆さま。ごきげんよう」