『マリアさまはとらいあんぐる』



番外編2 「お嬢様は避暑地で過ごす」






リリアン女学園。
明治より続く歴史あるカトリック系の女子高で、幼稚舎から大学まで通い続けると、
純粋培養の箱入りお嬢様が、未だに出来上がるという今時少し変わった学園である。
この学園の変わったシステムとしてもう一つ『姉妹(スール)』と呼ばれる制度があった。
これは、広くは上級生が下級生を教え導くというものだったが、いつの頃からか、特に結びつきの強い二人を指すようになった。
その二人はまるで姉妹のように、姉が妹を導くのである。
そんな一風変わったシステムも、幼稚舎から通いつづけている少女たちには珍しいものではなく、ある種神聖な儀式であった。
これは、そんなお嬢様たちが通う学園内においても正真正銘のお嬢様にして、全校生徒の憧れの下である一人の少女と、
その少女に見初められ、妹となった少女。
そして、彼女とその周りの者たちを襲い来る危害から守った青年のお話。





夏、強い陽射しが燦々と降り注ぎ、日々暑さを増していく。
それはお嬢様たちといえど変わるはずもなく、この暑さには誰もが辟易していた。
まして、まだまだこれからが夏本番ともなれば。
所で、夏といえば?
そう聞かれたら、なんと答えるだろうか。
山に夏祭り。それともやっぱり、海?
確かに、それらもあるだろう。
真っ白な砂浜と打ち寄せる波。そして、水着。
お姉さまの水着姿かぁ。お姉さまはスタイルが良いから、きっと水着姿も似合うんだろうな。
やっぱりワンピース。いや、意外とビキニだったりして…。
そんな妄想に浸りながら、祐巳は頬をだらしなく緩める。
そんな祐巳を弟の祐麒が変わったものを見るように見つめる。

「おい、祐巳。祐巳ってば!」

「うわっ!な、なな何よ、祐麒。いつもあれほど言ってるじゃない。
 部屋に入るときはノックぐらいしてよ」

「祐巳、それ本気で言って……るんだよな、やっぱり」

祐麒は呆れたような声を出しながら、いや実際かなり呆れつつ言葉を続ける。

「あのなー。周りをよく見てみろよ。ここは祐巳の部屋じゃないだろう」

祐麒に言われて周りを見てみれば、確かにここは祐巳の部屋ではなく、一階の居間だった。

「あ、あうぅぅ」

祐巳は少し落ち込みつつ、罰が悪そうな顔を見せる。
そんな祐巳に気を使ったのか、祐麒は話題を変えるように話し出す。

「所で、明日から祥子さんの別荘に行くんだろう。準備は良いのか」

「祥子さま!」

祐麒に呼び方を訂正させ、祐巳は答える。

「大丈夫よ。もう準備は済んだから」

「そうか。だったら、良いんだけどな。祐巳って、ぎりぎりまで終わらないからな」

「残念でした。今回はちゃんと終わらせました〜」

胸を張って答える祐巳に対し、祐麒はどこか疑わしそうな視線を向ける。

「本当に大丈夫なのか?何か入れ忘れてないだろうな」

「もう、しつこいな。本当に大丈夫だって」

どっちが上か分からないようなやり取りを強引に打ち切り、祐巳は立ち上がる。

「大体、祐麒は……」

祐麒の前に立ち、人差し指を立てながらお姉さん振って何かを言おうとした祐巳だったが、その言葉が途中で途切れる。
訝しげに見上げる祐麒に対し、祐巳は物凄く気まずそうな顔を見せる。

「あ、あははははは」

長年兄妹をやっているだけあって、祐麒はそれでピンとくる。

「やっぱり、何か入れ忘れた物があったんだな」

「あははははは。えっと……。はい、その通りです」

祐巳は肩を落とし、祐麒の言葉を認める。
それを見遣りながら、祐麒はしょうがないなといった顔で見つめるのだった。





  ◇ ◇ ◇





比較的穏やかな気候を誇るここ海鳴市でも、やはり夏は暑い。
夕方となった今でも、まだ暑さを充分に残している。
連日の暑さで、某寮の漫画家などは管理人に八つ当たりしていたりするが、それは今は関係ないのでおいておこう。
さて、その海鳴市にある高町家の道場では今しも二人の男女が向かい合っていた。
お互いに汗を流しながら、相手の隙を伺う。
女性──美由希は恭也の向かって右側へとゆっくりと歩を進める。
恭也はそれをその場からは動かず、体の向きだけを変えつつ追随する。
三歩ほど進んだ所で、美由希は足を止める。
額に張り付いた前髪を振り払いもせず、ただ恭也へと視線を向ける。
頬から顎にかけ、汗がつつっっと流れていく。
その汗が落ちるかどうかといった瞬間、美由希の体は何かに弾かれた様に動き出す。
恭也へと向かって走りながら、美由希は右の小太刀を左から右へと横に、左の小太刀を下から上へと振るう。
それを恭也も左右の小太刀で弾くと、美由希に向かって小太刀を振るう。
美由希は一旦距離を取るべく、後ろへと跳ぶ。
その美由希に向かい、恭也は飛針を三本飛ばす。
着地と同時に一本を弾き、同時に再び恭也へと向かいつつ残る二本を躱す。
肉迫してくる美由希に対し、恭也は右の小太刀を打ち下ろす。
それを両の小太刀で防ぎ、恭也の左の小太刀が来るよりも先に、蹴りを放つ。
その蹴りを左の小太刀の柄の部分で受け止めつつ、美由希の腕を掴みにいく。
単純な力勝負では分が悪いと分かっている美由希は、未だに恭也の小太刀に触れている右足を軸にし、
左足で地面をきつく蹴りつけると、自身の体を中空へと持ち上げる。
そして、右足に体重を乗せ、蹴り降ろす。
恭也は美由希の全体重の掛かった上からの蹴りを、左の小太刀に右手を添え、両手で受け止める。
お互いの力が拮抗して、一瞬だけ両者の動きが止まる。
その瞬間を見計らったように、恭也は美由希を弾き飛ばすべく両腕に力を込める。
しかし、その瞬間を見計らっていたのは美由希も同じだったようで、
美由希は右足を起点にして、恭也の頭上から背後を取ろうとしていた。
恭也の力の方が少し上だったのか、美由希は恭也の少し前方の上空へと跳ぶ。
その後を恭也は追撃しようとするが、空中で身体を捻りつつ美由希は頭を下へと向けたまま恭也へと斬撃を見舞う。
それを恭也は弾き、二人の視線が一瞬だけ交差する中、美由希は鋼糸を恭也の首を目掛けて投げる。
恭也はそれを小太刀で斬り捨て、美由希に斬り掛かる。
美由希は着地と同時にそれを受け流し、身体を低くして恭也の懐へと潜り込むが、その頭上を恭也が飛び越える。
美由希は振り向こうとするが、自分の首に巻かれようとしている鋼糸に気付き、すぐさま首と鋼糸の間に小太刀を入れる。
その隙に鋼糸を手放した恭也は美由希の背後に立ち、その首筋に小太刀を突き付ける。
暫しの無言。
やがて、恭也は大きく息を吐き出すと小太刀を下ろす。

「はぁー。とりあえず、ここまでにしておくか」

「そ、そうだね」

恭也の声に答える美由希も、疲れたような声を出す。
二人は順にシャワーを浴びると、リビングへと顔を出す。
そこでは、レンが夕飯の支度をしていた。

「あ、お師匠に美由希ちゃん。もう少し待って下さいね」

「ああ。ゆっくりやっててくれ」

恭也に頷き返しつつ、レンは調味料へと手を伸ばす。
そこへ晶が帰ってくる。

「師匠に美由希ちゃん、。鍛練はもう終ったんですか」

「ああ。とりあえず、午後の分はな」

「はは。また夜は夜でやるんでしたね」

「そうだよ」

晶に美由希は答える。

「二人とも、夏休みに入ってから、ずっと朝から晩まで鍛練ですね」

「そんな事はないと思うが…」

「うん。ちゃんと休憩取ってるし」

美由希の言葉に頷きつつ、恭也は言う。

「そうしないと、フィリス先生がうるさいからな」

恭也の言葉に美由希も頷き、それを乾いた笑みを浮かべて見る晶がいた。

「そりゃあ、ずっと何時間も動き続けるお二人の鍛練は、普通の人からしたら異常というか普通じゃないですから」

「失礼な」

「失礼だよ、晶」

二人に同時に言われても、晶はそれだけは認めない。

「そんな事ないですって。何なら、そこのカメにも聞いてみてくださいよ」

晶の言葉に、二人の視線がレンへと向う。
それを背中越しに感じたのか、レンは区切りのいい所で一旦手を止めて二人の方を見る。

「まあ、その件に関しましては、非情に不本意ではありますけど、そこのオサルと同じ意見ですわ。
 流石に、休みもなしに八時間以上も鍛練するゆーんは…」」

「…今はそんなにしていないぞ」

「そうだよね。今は9時から12時の三時間。で、午後1時から6時半までの5時間半だし」

「その後、深夜の鍛練ですよね」

晶の言葉に美由希は頷く。
レンは作業に戻りつつ、

「その深夜の鍛練までに空いた時間にも、たまに鍛練してはるみたいですけど」

「でもでも、前のように休みなしで八時間フル戦闘なんてやってないし…。
 それは、夏休みの最後の方だけって、恭ちゃんと決めたし」

「やる事はやるんですね」

「う、うん」

少し呆れたように言う晶に、美由希はぎこちなく頷く。

「まあ、別にそれが悪いとは言ってませんけど…。
 そこら辺の鍛練のメニューは、お師匠がちゃんと考えた上でやって張る事ですし…」

「ただ、それで抑えた鍛練のメニューだと言っても、フィリス先生には通用しないと思いますけど」

レン、晶と口々に言われ、恭也と美由希は思わず顔を見合わせてしまうのだった。



夕食後、寛いでいると電話が鳴る。
恭也が出ようとするが、それよりも早く美由希が立ち上がっていた。
美由希が自分が出るという動作をするので、恭也は再び腰を落ち着かせる。
のんびりと目の前の湯呑みに手を伸ばし、ゆっくりと味わいつつ湯呑みを傾ける。
そんな恭也へ美由希から声が掛かる。

「恭ちゃん、電話〜」

その言葉に湯呑みを置き、立ち上がる。

「誰からだ?」

美由希は電話の相手を恭也に告げる。

「年配の女性から」

「名前は聞かなかったのか?」

「えっとね、西園寺さんって言ってたかな」

「分かった」

恭也は美由希に変わって電話に出る。
それをちらりと伺い、美由希はリビングへと戻る。

「はい、お久し振りです。…今度の土曜ですか。
 いえ、特に何も予定はありませんが。はい、はい。分かりました。では、これで失礼します」

恭也は受話器を置くと、一息つく。
そして、リビングへと戻ると、桃子に声を掛ける。

「少し出掛ける事になった」

「えっと、何処に?」

恭也の突然の言葉に、桃子は少し困惑しつつも尋ね返す。

「高原の避暑地で…」

それを聞いた瞬間、桃子の瞳が怪しく光る。

「ねえねえ、誰と行くの?勿論、泊りよね。ああ〜。士郎さん、見てますか。
 恭也が、あの恭也が避暑地へ旅行だなんて。
 この間の護衛のお仕事も折角の女子高だったというのに、とても不甲斐ない事に、彼女の一人も作ってこなかった恭也が…。
 甲斐性なしの恭也が……」

妙にハイテンションな桃子に恭也は思いっきり呆れつつ、どうしたものかとため息を吐き出す。
そんな様子を苦笑を浮かべて美由希たちが見ていた。
しかし、助ける気は全く無いようで、傍観を決め込んでいる。
恭也は仕方なしに自分でその誤解を解くべく口を開く。

「一人で盛り上がっている所を申し訳ないんだが、早とちりしないでくれ。
 それと、どさくさに紛れて、随分な言いようだな」

「何よ、全部本当の事でしょう。それより、早とちりって何よ」

「だから、別に遊びに行く訳じゃない。仕事だ」

恭也の言葉を聞き、桃子は明らかにがっかりした様子で肩を落とす。

「なーんだ。桃子さん、がっかり。良いのよ。恭也にそんな事を期待した私が悪いんだから……」

「何か、俺が悪いみたいだな」

恭也の言葉に桃子はキッと睨み付ける。
それに怯みつつ、何かを言われる前に先に言う。

「そ、それに、この人からの連絡は久し振りだしな。
 昔は、よくこの時期に父さんが護衛をしていたんだが。
 父さんが亡くなってからは、すっかりご無沙汰だったからな。
 それを何処で聞いたのかは知らないが、俺も父さんと同じような事をしていると聞いたらしくてな。
 久し振りに会いたいと言われたんだ。父さん共々、かなりお世話になった人だからな」

しみじみとそんな風に語られ、ましてや士郎も世話になったと言われれば、桃子もそれ以上茶化すのを止める。

「まあ、そういう事なら分かったわ。いってらっしゃい」

「ああ」

恭也は桃子に返事をすると、荷物をまとめるために部屋へと戻るのだった。





  ◇ ◇ ◇





恭也が西園寺家の所有する別荘に着いたのは、昼もかなり過ぎた頃だった。
別荘とは思えない程の豪邸を眺めつつ、恭也は呟く。

「はー。ある所にはあるという事か。しかし、昔に来た時よりも、何か変わったような」

恭也は昔の記憶との違いに首を捻りつつも、呼び鈴を鳴らす。
暫らくして、使用人であろう者が出てくる。

「はい、どちらさまでしょうか」

「私、高町恭也と申します。大奥様に呼ばれまして…」

「ああ。ええ、お話は伺っております。どうぞお入りください」

少し年配の女性はそう言って恭也を招き入れる。

「恭也くん、随分と大きくなったわね」

恭也が中へと入るなり、その女性は声を掛ける。
その内容に恭也は思わずその女性を見詰める。

「あっ。滝本さん。お元気そうで」

「ええ。それだけが取り柄ですから。さあさあ、大奥様がお待ち兼ねです」

そう言って、恭也の先を歩きながら先導する。
玄関を入ってすぐに、二階へと続く大きな階段があり、そこへ足を掛けた時、丁度二階より二人の男女が姿を見せる。
夫婦らしいその二人は、恭也と滝本に目を止めると、滝本に向って口を開く。

「滝本、そちらの方は」

「こちらは、大奥様がお呼びになられました…」

「ああ。君が護衛の。全く、おばあ様にも困ったものだ。
 たかが誕生パーティー如きに護衛など。
 君もあまりうろうろとほっつき回らないでくれよ。護衛なら護衛らしく、目立たない所にでもいてくれ。
 どうせ、何にも起きやしないんだから。全く、私たちに対するあてつけのつもりか知らんが……」

尚もブツブツいい続ける男の腕を取り、女性は階下へと降りて行く。
恭也たちとすれ違う時も、一切目を合わせないばかりか、恭也が軽く会釈したのにも関わらず二人は無関心に去って行った。
二人の姿が見えなくなってから、滝本が口を開く。

「すいません、恭也様」

「いえ、気にしてませんから。それに、確かに護衛にうろうろとされるのは迷惑でしょうし。
 それに、昔みたいに呼んでくれて構いませんよ。さっきまではそうだったじゃありませんか」

「いえ、さっきは懐かしさのあまり。大奥様のお客様に対して…」

「気にしないで下さい。滝本さんには昔からお世話になってたんですから。
 それに、その方が俺も嬉しいですし」

恭也の言葉に滝本は納得し、昔のように呼ぶ事にする。
それから、先程の件に関して再度謝る。

「滝本さんが気にすることではないですよ。それに、俺みたいな若輩者が護衛というのも…」

「そんな事は決してございません。それに、恭也くんは大奥様のお客様ですから。
 護衛というのは、お呼びするための方便ですし」

「はい、分かっています。それでも、やっぱり滝本さんが謝る事ではないですから」

「分かりました。そこまで仰られるのでしたら、この件はここまでに致しましょう」

この提案に恭也は頷く。
それから、不思議に思った事を尋ねる。

「所で、さっきの方たちは?大奥様の事をおばあ様と呼んでらした事から、親縁の方だとは思うのですが」

「はい、その通りですよ。大奥様の孫夫婦です。
 それだけの事を理由に、好き勝手やりたい放題。
 挙句の果てには、大奥様が気に入ってらした、この別荘まで勝手に建て直して。
 大奥様は、そのせいで足をお怪我なされるし」

「大丈夫なんですか」

「ええ、何とか大事には至りませんでしたけど。そんな訳で、大奥様は今、車椅子なんです。
 全く、あの二人。いえ、他の孫にしても、その息子、娘にしても」

よっぽど何かあったのか、滝本は憤慨仕方がないといった感じで言う。

「ああ、恭也くんに愚痴っても仕方がなかったわね。
 ここ数日、大奥様も機嫌が悪かったけれど、恭也くんが来てくれればそれも治まるわ」

話しているうちに、その大奥様の部屋の前へと辿り着く。
滝本は扉をノックする。
中から短い返事が返ってくると、

「滝本です。高町様がお見えになりました」

「お通しして頂戴」

「はい」

滝本は返事をし、一泊置いてから扉を開けると恭也を中へと通す。

「お久し振り。恭也くん。随分と立派になったわね」

「お久し振りです。大奥様も元気そうで」

「それがあんまり元気じゃないのよ。でも、恭也くんが来てくれたから、少しは元気になったわ。
 さあ、お座りなさい。荷物はその辺に置いて頂戴。あ、滝本、お茶を用意してくれる?
 三人分ね」

「畏まりました」

滝本は恭しく一礼すると、部屋を出て行く。
恭也は大奥様の前の席へと腰を降ろす。

「士郎さんの事は本当に…」

悲しそうな顔で告げる大奥様に、恭也は笑顔で答える。

「でも、父さんは自分の信念を貫きましたから、満足ではなかったでしょうけど後悔はしていないと思います」

「そうね」

恭也の言葉に西園寺も穏やかな笑みを浮かべて答える。
そこで、恭也は自分の荷物から丁寧に包まれているものを取り出す。

「これ、誕生日プレゼントです。何がいいのか分からなかったので」

「まあ、ありがとう。綺麗な花ね」

西園寺はそれを嬉しそうに受け取る。
そこへ滝本がお茶と軽いお茶請けを手に戻って来る。

「それじゃあ、頂きましょうか。滝本もお座りなさい。
 久し振りに共通の友人が訪ねて来てくれたのだから。
 それと、後で構わないから、これを入れる花瓶を」

西園寺の言葉に頷き、滝本も席に座る。
それから三人は暫しの茶会を楽しむのだった。





  ◇ ◇ ◇





夜。大奥様の誕生パーティーは滞りなく進んで行く。
今は、色んな人たちが前へと出てきては、それぞれに得意な楽器を演奏していく。
それを大奥様は微動だにせずに眺める。
その大奥様の車椅子の後ろで、恭也はこっそりと息を吐き出す。

(茶番だな。この中に、果たして本当に大奥様の誕生日を祝っている者がいるのだろうか)

恭也がそんな事を考えていると、曾孫のゆかりが何やら話し出す。
それから暫らくの時をおき、一人の女性が前へと進み出てくる。
その女性を見た時、恭也は驚いて声を上げそうになる。
その女性──祐巳は、恭也と大奥様に向って一旦頭を下げると、ゆっくりと口を開く。

「私は不調法な者ですので、楽器の方は弾けませんが…」

そう言って祐巳は代わりにアカペラでマリア様の心を歌い出す。
途中から、そこに祥子のピアノの伴奏が入る。
それを見て、恭也は更に驚くが、黙って二人を見守る。
大奥様はそんな恭也には気付かず、目の前の二人の演奏をただ黙って聞いていた。
やがて、歌い終えた祐巳がゆっくりとお辞儀をすると、大奥様は始めて拍手を送る。
大奥様に続き、恭也、滝本と順に拍手をしていくと、それが会場へと伝わり、いつしか大勢の者が拍手をしていた。
それに笑顔で答えつつ、祐巳は大奥様に近づくと、髪に飾ってあった山百合を大奥様へと差し出す。

「マリア様の心ね」

「はい」

何か通じ合えったように見詰め合う二人を、恭也は後ろから黙っていていた。

「素敵な歌をありがとう。天使さま」

大奥様の言葉に、祐巳は擽ったそうに身体を捻る。
そんな祐巳の横に来た祥子が、大奥様へと挨拶をする。

「小笠原のお嬢さんも、今日はわざわざありがとう」

「いえ。こちらこそ、お招きありがとうございます」

「貴女はとてもいい妹を見つけたわね」

大奥様の言葉に、祥子は嬉しそうに微笑みながら答える。

「ええ。所で…」

祥子はそこで言葉を止め、恭也のほうへと視線を向ける。

「恭也さんはこんな所で何を?」

「まあ、仕事かな」

「あら、お二人は知り合いだったの?」

祥子と恭也の会話を聞き、大奥様が驚いたように尋ねる。

「ええ。少し前に恭也さんにはお世話になりましたから」

「別に大したことはしてませんよ」

大体の事情を察したのか、大奥様はしきりに頷くと、恭也がここにいる理由をもう少し詳しく説明する。

「恭也くんのお父様には、昔から大変お世話になったのよ。
 それで、今回は久し振りに恭也くんに会ってみたくなって、無理を聞いてもらったのよ」

「そうだったんですか」

「ええ」

頷く二人を見ながら、大奥様は楽しそうな声を出す。

「それにしても、恭也くんも隅に置けないわね。こんなに綺麗なお嬢さんを捕まえるだなんて」

「そ、それは違いますわ」

「そ、そうです!」

大奥様の言葉に、二人して驚いたような声を上げる。
そんな珍しい二人を見ながら、祐巳が呟く。

「二人とも、顔が真っ赤ですけど」

「ゆ、祐巳!」

「ゆ、祐巳さん!」

二人に少し強い口調で名前を呼ばれ、祐巳は首を竦める。
そんな様子を見ながら、大奥様は本当に楽しそうに笑う。

「二人とも、そんなに嫌だったの?」

「そ、そうじゃなくてですね。そんな事を言ったら、祥子に迷惑が…」

「そうではなくて。そんな事を仰られたら、恭也さんにご迷惑が…」

二人揃って同じような事を同時に言う。
そのタイミングの良さに、恭也と祥子は顔を見合わせ、恥ずかしそうに視線を逸らす。
そして、祐巳と大奥様は楽しそうな笑みを浮かべる。

「恭也くん。お仕事は今日までだから、明日にでも小笠原のお嬢さんの所にお邪魔してみれば」

「な、何を言ってるんですか。
 それに、折角姉妹仲良く水入らずで休日を過ごしている所へ、俺なんかがお邪魔する訳にはいきませんよ」

「私は別に構いませんけど。お姉さまはどうですか」

祐巳に聞かれ、祥子は困ったような照れたような表情になる。

「わ、私も別に構いませんわ。恭也さんさえ良ければ」

「ほら、先方もこう言ってらっしゃる事だし」

「言わせたんじゃないですか…」

呆れたように呟く恭也に、大奥様はそれでも楽しそうに言う。

「本当に嫌なら、行かなければ良いのよ。で、どうするの?」

「…では、昼過ぎに伺います」

「はい。分かりました」

二人のやり取りを横に見ながら、大奥様と祐巳の二人はこっそりと笑う。

「ふふふ」

「くすくす」

「「何を笑っているんですか」」

それを聞きとがめた恭也と祥子が、また揃って声を上げる。

「「あっ」」

そして、再び照れたように顔を俯かせる。

「これ以上からかうのは、流石に後が怖いわね。この辺にしておこうかしら。
 ねえ、天使さま」

「えっと…、あ、はい」

一瞬、誰に話し掛けているのか分からなかった祐巳だったが、それでも何とか返事をする。
しかし、恭也の方は兎も角、祥子の方は目が後で覚えていなさいと語っていた。
それに気付き、祐巳はとほほと肩を落とすのだった。





おわり




<あとがき>

番外編〜。
もしかしたら、マリとらとマリとら2ndを繋ぐかもしれない物語〜。
美姫 「あー。だから、瞳子ちゃんが出てこないの?」
瞳子ちゃんは、家族で海外旅行中という事で。
まあ、あくまでも番外編として読んで頂ければ。
美姫 「あんまり本編への影響はなしって事ね」
うぃ〜。故に、2ndじゃなくマリとら。
美姫 「成る程ね。さて、番外編は良いとして、2ndの本編は?」
ゴホゴホ。さて、寝るか…。
美姫 「くすくす。永眠?」
ごめんなさい。頑張ってます。頑張ります。
美姫 「初めから素直にそう言いなさいよね」
ぐしゅぐしゅ。と、とりあえず、また次回!
美姫 「じゃ〜ね〜」





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