『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



プロローグ






「ごきげんよう」

そんな挨拶が当たり前のように交わされる、ここリリアン女学園。
明治34年に創立され、元は華族の令嬢を育成をするカトリック系の学園である。
ここに在学しているのは皆、お嬢様ばかり。
遅刻寸前に大股で走るなんて生徒は存在しておらず、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。
幼稚舎から中高、大学とあり、現在でも幼稚舎から大学までをリリアンで過ごすと、
箱入りのお嬢さまが出来上がるという大変珍しい学園である。

さてさて、暫らく留守にしていた二年生たちも無事に修学旅行から戻って来て、いつもの日常を取り戻した月曜日。
大きなイベントを終えた生徒たちの感心は、もっぱら迫りつつある文化祭へと向っていたのでした。





  ◇ ◇ ◇





放課後の薔薇の館へと続く道。
そこを祐巳、志摩子、由乃の三人が話をしながら歩いていた。
そこに、志摩子の妹である『白薔薇のつぼみ』こと二条 乃梨子、
祐巳との勝負に負け、文化祭の手伝いをする事となった細川 可南子、
そして、自主的に手伝いを買って出た松平 瞳子の一年生組みが丁度やって来て、
少し大人数となった一行は行く先が同じという事もあり、一緒に薔薇の館へと向う。
薔薇の館の階段を上り、ビスケット扉を開けると、そこには既に先に来ていた祥子と令が席に座っていた。
祐巳たちは「ごきげんよう」と挨拶をして、それぞれの荷物を降ろす。
そんな祐巳たちに対し、祥子たちも挨拶を返した後、難しい顔をして手元の紙へと視線を落とす。

「お姉さま、どうかしたんですか?」

考え込む令に対し、令の従姉妹で妹でもある由乃が話し掛ける。
令は短く返事をした後、祥子と顔を合わせる。
どうする?といった令の視線を受け、祥子は一つ頷くと口を開く。

「そうね。祐巳たちも知っておいた方が良いかもしれないわね。とりあえず、席に着きなさい」

そう言われ、祐巳たちは席に着こうとする。
そこで、祐巳は何かに引っ掛かったのか、前につんのめる。
幸い、もう片方の足で踏ん張る事が出来たので、転ぶ事はどうにか免れる。
そんな祐巳の元へ可南子が駆け寄り、話し掛ける。

「大丈夫ですか、祐巳さま」

そんな祐巳を気遣うように声を掛ける可南子を、瞳子が鼻で笑う。

「あら、祐巳さまに愛想を尽かしたはずの可南子さんが祐巳さまの心配ですか?」

瞳子の言葉に、可南子は少し眦を上げると、瞳子に食って掛かる。

「ええ。ソレとコレとは別ですから。誰かと違って、知らん振りは出来かねますので」

「誰かとは誰の事かしら?」

「さあ、誰の事でしょうか?瞳子さんは何か心当たりでもあるんですか?」

「そういえば、一人心当たりが…」

意味ありげな視線を可南子に送る瞳子に対し、可南子は口元引き攣らせつつ答える。

「それは誰でしょうか?」

「ここでわざわざ言わなくても、本人が自覚していると思いますので」

無言で睨み合う二人の間に、目に見えない火花が散る。
二人を交互に見遣りながら、祐巳はどうしようかと悩む。
そんな祐巳を見かねたのか、それとも二人のやり取りを五月蝿く感じたのか、祥子がぴしゃりと言い放つ。

「二人とも、こんな所でそんな言い合いは止めていただけるかしら?
 どうしても続きをやりたいと仰るのなら、ここではないどこかでやって頂けますか」

その言葉に、可南子と瞳子はお互いにそっぽを向いて席に座る。
これ以上喧嘩をする気がないと分かると、祥子は一同を改めて見渡す。

「さて、それでは本題に入りましょうか。と、その前に可南子ちゃんと瞳子ちゃんは今日はもう良いわよ。
 わざわざ来て頂いて何だけど、今日は文化祭の準備はないから」

「ごめんね、二人とも。これから、ちょっと秘密の打ち合わせがあるから」

令にまでそう言われ、二人は渋々ながらも大人しく席を立つと、挨拶をしてから薔薇の館を出て行く。
二人が完全に薔薇の館を出るのを待ち、更に充分な時間を取ってから、令は持っていた紙をテーブルの中央へと置く。
その内容を見て、祐巳たちが小さく声を出す。
そこには──、

『 ごきげんよう、美しく優雅に咲き誇る六輪の薔薇たち。
  私は、その美しき薔薇が無残に散る所を見てみたい。
  そういう訳で、近々美しい薔薇を刈り取るために伺わせて頂きます。
  抵抗はするだけ無駄でしょうが、足掻くだけ足掻いてください。
  その方がこちらも楽しめますから。では、これにて。 』

祐巳たちが見終えたのを確認すると、令がゆっくりと口を開く。

「これはちょっと冗談じゃすまないね」

「当たり前よ。うちの生徒が、こんな悪戯をするとは思えないわ」

祥子が令の言葉に頷きつつ、そう答える。
祥子の言葉を聞き、乃梨子も口を開く。

「それに、生徒の悪戯だとしても、鍵の掛かった部屋に侵入したというのは…」

「ええ。でも、外部の人の仕業だとすると、その人物は学園の敷地内にも潜入した事になるわね」

乃梨子の言葉を補足するような形で、志摩子も自分の考えを述べる。
それを聞きながら、由乃は再びその紙、脅迫文と言っても差し支えない内容の書かれたソレを指先で摘み上げる。

「それに、この手紙の内容も、どう贔屓目に見たとしてもあまりいい解釈は出来ません」

「少し怖いですね」

由乃の台詞に、祐巳が身を竦めながら答える。
そんな祐巳の手をそっと握りながら、祥子は言う。

「……この脅迫状がただの悪戯なのかどうか」

「それが分からないんだよね。ただ、私もリリアンの生徒がこんな事をするとは思えないし」

祥子の言葉を次ぎ、令が言う。

「リリアンの生徒ではない者の悪戯だとしたら、志摩子の言う通り、この学園の敷地に入り込んだ事になるわね。
 それも、誰にも気付かれずに」

「まあ、これが悪戯で部外者の侵入ってだけなら、
 本当は良くないけれど、セキュリティを強化してもらえばとりあえずは問題ないけど…」

祥子が心配そうに呟き、そこで一端言葉を切る。
全員が続く言葉を予想しつつ、祥子が話し出すのを待つ。
祥子は一端、すっかり冷めた紅茶を口に含み、少しだけその味に顔を顰めつつ話を再開させる。

「もし、本当にこの脅迫状が本物で、その通りの事が行われるとしたら……」

祥子の言葉に対し、全員が鎮痛な顔で俯く。
その中でも特に令、志摩子、祐巳、由乃の四人は深く考え込む。
まだ一年と経っていないが、とある事件の事を思い出したのであろう。
その時に、彼女たちは知ってしまった。
自分たちが今まで漫画や小説などでしか知らない世界が本当に実在しており、
またそれらが、いつ何時自分たちや周りの親しい人たちの身に襲い掛かってくるのか分からないという事を。
祥子もその事件を思い出したのか、いつになく沈んだ表情で俯く。
重苦しい空気が漂う中、誰一人として口を開く者はいなかった。
どうするか悩んでいるうちに、祥子の脳裏に前の事件で知り合った一人の人物の顔が浮ぶ。
祥子は顔をあげると、その事を伝えようとする。
が、その時には他の乃梨子を除く四人も顔をあげて、何かを言おうとしていた。
五人はお互いに顔を見合わせると、同じ事を考えついた事が分かると笑みを浮かべて頷く。
祥子たちの様子が変わった事に気付いたのか、乃梨子は祥子たちの方へと視線を向けるが、
それにも気付かず、祥子たちは話を進めて行く。

「ここは、あの方に来て頂きましょうか」

令の言葉に、祥子が笑みを浮かべ頷き、同意する。

「そうね。あの人なら…」

「ええ、きっと私たちを助けてくれますわ」

祥子に続き、志摩子も頷く。

「まあ、悪戯ならそれに越した事はないけどね」

「じゃあ、膳は急げという事で」

由乃の言葉に、祐巳は今にも駆け出しそうな勢いで言う。
そんな祐巳を嗜めるように注意した後、祥子も立ち上がる。
事情が全く分からず、ただ首を傾げつつも説明を待つ乃梨子を残し、祥子たちは行動を開始する。
そんな祥子たちの様子を見て、益々乃梨子は首を傾げる。
先程までの雰囲気が嘘のように和らぎ、代わりに全員が程度の差こそあれ、
どこかソワソワと落ち着きのない、それでいて嬉しそうな態度を隠し切れないでいた。
よくは分からないが、その人物に会えるのが楽しみなのだろうか?
そんな事を思いつつ、乃梨子は思い切ってその背中に呼びかける。

「お姉さま。すいませんが、もう少し説明をお願いできますでしょうか」

その言葉に志摩子たちは振り返ると、乃梨子に説明を始める。

「そうね。簡単に言えば、護衛してくれる人に心当たりがあるから、その人に来てもらおうって事よ」

「そうなんですか?でも、まだ悪戯かどうかも分からないのに」

「ええ、そうね。でも、悪戯にしろ、侵入者がいたのは確かでしょう。
 だったら、はっきりと確認した方が安心できるじゃない」

志摩子の言葉に、乃梨子はもっともだと頷く。
乃梨子が納得したのを見て、祥子たちは連絡を取るために電話を掛けに行く。
祐巳は祥子から連絡先の書かれた手帳を受け取ると、その番号を間違えないように押して行く。
電話が掛かり、呼び出し音がすると、受話器を祥子へと手渡す。
暫らくして、相手が出たのか祥子が話し始める。

「もしもし。私、小笠原祥子と申す者ですけれど、高町様のお宅でしょうか」

「え、祥子さん!」

電話の向こうから、少し驚いたような声が聞こえてくる。

「その声は……美由希さん?申し訳ございませんが、恭也さんはご在宅でしょうか」

「あ、恭ちゃんですね。ちょっと待って下さいね」

暫らくすると、電話の向こうから懐かしい声が聞こえる。

「祥子か。どうしたんだ」

「恭也さん、お久し振りね」

「ああ、そうだな。久し振りだな」

「ええ、そうね」

そこまで言って、祥子は口調を改める。

「実はお願いがあるんですけど」

「お願い?俺に出来ることか?」

「ええ、恭也さんにしか頼めない事なんです」

そう言って祥子は、簡単な事情を説明する。
誰かが聞いていないとも限らないため、肝心な部分はぼかして伝える。

「ちょっと可笑しな手紙を貰って。それで、恭也さん、またこちらに視察に来る予定はあります?」

「ええ。丁度、明日すぐにでもそっちに行く事になってますから」

「そうですか。では、細かい手続きはこちらでやっておきますから。
 そうですね、明日の夕方駅まで迎えに行きますから」

「ああ、頼む。じゃあ、明日会えるのを楽しみにしている」

「えっ。え、ええ、私も楽しみにしてます」

祥子は頬を少し赤くしながら、表面上は何事もなかったかのように電話を切ると、そっとため息を吐く。

(やっぱり鈍感な所も以前のままですね。他意はないと分かっていても、つい反応してしまうわ)

そんな祥子の様子を令が楽しそうに眺めると、声を掛ける。

「で、どうだった?まあ、その様子じゃ大丈夫みたいだね」

「ええ。明日、駅まで迎えに行く事になったわ」

「じゃあ、皆で行こうか」

令の言葉に祥子は頷く。

「そうね。後は家に帰って、お爺様に手続きのお願いをしないと」

「悪いけど、それはお願いするわ」

令の言葉に、祥子は再び頷くと、祐巳たちに向って話し掛ける。

「さて、それじゃあ今日はここまでにして、皆帰りましょう」

祥子の言葉に頷き、祐巳たちは歩き出すのだった。





つづく




<あとがき>

やっとスタートしました、マリとら2nd〜!
美姫 「あ、タイトルは結局、2ndにしたんだ」
うん。って言うか、タイトルが先行してしまった。
とりあえず、2nd開始〜。
マリみてと何のクロスかな〜?
美姫 「いや、何のって、2ndだし。続編だし」
はははは。冗談だよ、冗談。
とりあえず、次回は恭也が戻ってくる……多分。
美姫 「多分って、戻ってこないと話が始まらないでしょうが!」
ぐぎゃぁ〜!ぐぬぬぬぬぅぅぅ。
と、とりあえず、また次回!
美姫 「じゃ〜ね〜」





ご意見、ご感想は掲示板こちらまでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ