『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』
第1話 「恭也、再び」
海に近く、山に囲まれたここ海鳴市。
その海鳴にある高町家に、一人の男が帰宅する。
男──恭也は自分の部屋へと入り、持っていた荷物を降ろすと、キッチンへと足を向ける。
「はー、疲れた」
肩を軽く回しながら、キッチンへと辿りついた恭也は、急須に茶っ葉を入れ、湯を注ぐ。
その間に湯呑みとお茶請けを用意する。
暫らく待ち、急須からお茶を注ぐと、ゆっくりと傾ける。
そうしてやっと一息つく。
特に見る番組もないため、テレビもついていない部屋に、恭也のお茶を啜る音だけがやけに大きく響く。
「はぁー。本当に落ち着くな」
ふと零した言葉は、丁度帰宅して着替えてきた美由希の耳に届く。
恭也を見ながら苦笑する美由希を特に気にすることもなく、恭也は三度お茶を啜る。
美由希は自分の湯呑みを持ってくると、そこにお茶を注ぎ、お茶請けの煎餅を一枚摘む。
「はあー、美味しい」
そんな美由希の態度に、恭也も苦笑を浮かべつつも何も言わない。
言った途端、同じような事を言い返されるのは目に見えているからだ。
暫らく無言のまま、お茶を啜る音だけが辺りに響く。
「恭ちゃん、この後何かある?」
「特にレポートもないし、暇ではあるな」
恭也の返事を聞くと、美由希は嬉しそうな顔になる。
分かりやすい美由希に苦笑しつつ、恭也は先に話し掛ける。
「これを飲み終えたら、少し身体を動かすか」
「うん」
そんな話をしている所へ、電話が鳴る。
立ち上がろうとする恭也を制し、美由希は立ち上がると電話の元へと行く。
「はい、もしもし、高町ですが。
……………え、祥子さん!」
電話の相手に美由希は驚いた声を上げる。
「はい、そうです。……あ、恭ちゃんですね。ちょっと待って下さいね」
美由希は電話を保留にすると、恭也へと声を掛ける。
「恭ちゃん、電話だよ」
「俺にか。一体、誰からだ」
「祥子さんから」
「祥子?」
美由希から出た名前に恭也は少し驚くが、すぐに受話器を上げる。
「祥子か。どうしたんだ」
「恭也さん、お久し振りね」
「ああ、そうだな。久し振りだな」
「ええ、そうね」
そこまで言って、祥子の口調が変わる。
その内容を聞き、恭也の顔つきが変わる。
幾つか言葉を交わし、祥子が徐に言う」
「恭也さん、またこちらに視察に来る予定はあります?」
祥子の言いたい事を察した恭也は、微かに笑みを浮かべて答える。
「ええ。丁度、明日すぐにでもそっちに行く事になってますから」
その後、電話を切ると後ろで聞いていた美由希を見る。
美由希は恭也の雰囲気から大体を察したのか、珍しく鋭い眼差しで恭也に尋ねる。
「まさか、また」
「ああ。詳しくは向こうに言ってから聞くが、まただ」
「そう。どうして、こういう事をする人たちがいるんだろう。
その人たちは、何でこんな事をするんだろうね」
恭也の返答を聞き、少し俯きながら言う美由希の頭を、恭也は珍しく優しく撫で上げる。
「さあな。そんな奴らの考えなんて分からないさ。
ただ、俺の知り合いに手を出すと言うのなら、黙っていないさ」
意志を秘めた強い眼差しで前方を見据え、恭也は静かに呟く。
その声を聞きながら、美由希は一つ頷く。
「今回、私は?」
美由希の言葉に、恭也は少し考え込む。
「そうだな。戦力は多いに越した事はないな。
一応、アレから少しとはいえ経験も積んだしな」
恭也は夏休みの間に行った、美沙斗の所属する警防隊との実戦訓練などを思い出しつつ言う。
「美由希も一緒に来い」
「はい!」
恭也の言葉に、美由希は力強く頷く。
それには、自分を戦力の一つとして見てくれた事に対する喜びも少し混じっていた。
その後、恭也はリスティへと連絡を取り、この件を伝える。
「成る程ね。事情は分かったよ。
でも、詳しい事が分からないと、こっちでも動きようはないね。
明日、あっちに行くんだろう?詳しい事はその後にでも教えてくれ。
そしたら、こっちでも調べてみるよ。まあ、それまでにも調べれる事は調べておくけどね」
「ありがとうございます」
「ああ、良いよお礼なんて。でも、そうだな…。
どうしてもと言うのなら、今度買い物する時に荷物持ちしてくれ」
「ええ、分かりました」
「本当に良いのかい?」
「ええ、それぐらいでしたら良いですよ」
「そうか。じゃあ、頑張らないとね」
「ええ、お願いします。では、これで」
「ああ、じゃあね」
恭也はリスティとの電話を終えると、鍛練をするのために道場で待つ美由希の元へと行くのだった。
そしてその夜、恭也は桃子たちに簡単に事情を説明する。
「そう。頑張ってね恭也、美由希。でも、出来る限り怪我はしないでよ」
「ああ、分かっている」
「うん大丈夫だよ、かーさん」
桃子に答える二人の横で、なのはが不安そうな顔で恭也を見上げる。
「祐巳さんたち、大丈夫かな」
そんななのはの頭に手を置きながら、恭也は安心させるために言葉を紡ぐ。
「ああ。相手もすぐには動かないだろう。
それに、明日からは俺たちが護衛に付くからな」
「お兄ちゃん、祐巳さんたちを守ってあげてね。
でも、でも、お兄ちゃんたちも怪我しないでね」
「ああ、大丈夫だ」
最後に少しだけ強くなのはの頭を撫でると、恭也はそっと手を離す。
恭也の言葉に安心したのか、なのはは笑みを浮かべる。
「大丈夫やて、なのちゃん。お師匠たちがそう簡単にやられる訳ないやろ」
「そうそう。このカメと違って、師匠たちは強いんだから」
「……誰がカメや、誰が!オサルの分際で生意気な!」
「俺は事実を言っただけだろうが。やるのか!」
「ほぉ〜、おもろい事ゆーな。うちに勝てるつもりか?」
「けっ!負けるつもりなんてないよ!」
まさに掴みかかろうとする二人の間に、なのははいつの間にか移動すると、じろりと二人を睨む。
「晶ちゃん!」
「は、はい!」
「レンちゃん!」
「は、はいぃ」
「少しそこに座りなさい」
「「な、何ででしょうか」」
なのはの言葉に、二人は弱々しく尋ねる。
そんな二人を鋭く一瞥すると、なのはは口を開ける。
「い・い・か・ら、座りなさい!」
「「はい!」」
なのはの言葉に、二人は大人しく従う。
「まったく、どうして二人はいつもそうなんですか」
なのはに説教されるという、見慣れた風景を目にしつつ、
恭也と美由希は顔を見合わせ、どちらともなく苦笑いを浮かべると席を立つ。
「なのは、程ほどにな」
「じゃあ、私たちは準備があるから」
立ち上がった二人に軽く頷いて返事をすると、なのはは人差し指をピンと立てて説教の続きにかかるのだった。
リビングに、なのはの声と桃子のお茶を啜る音だけが響いていた。
翌日、恭也と美由希は列車に乗り、一路東京を目指すのだった。
つづく
<あとがき>
今回は恭也サイドだね。
美姫 「再会は次回以降ね」
その通りだよ。
では次回の再会編でお会いしましょう。
美姫 「ごきげんよう」