『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第4話 「可南子と瞳子」






放課後、昼休みと同じように薔薇の館に集まった面々は、文化祭に向けての作業をする。

「午後の授業はどうでした」

志摩子が恭也と美由希に尋ねる。
美由希は問題ないと答えるが、恭也は言葉を濁す。
そんな恭也を美由希が少し呆れたように見遣る。

「恭ちゃん、一度は習ったはずだよ」

「そんな事は分かっている。何とか、付いていけてはいる。ただ、な」

「ただ、何?」

歯切れの悪い恭也に、美由希が尋ねる。
恭也は少し言い辛そうにしていたが、やがて話し始める。

「ああ。俺たちは教科書を持っていないだろう」

「うん、そうだね。一応、明日の放課後には用意してくれるみたいだけど」

「ああ。だから、席を引っ付けて隣の人に見せてもらっているんだが、何と言うか……」

何となく予想が付いたものの、美由希は続きを待つ。

「どうも、怖がられているみたいでな。物凄く緊張されていた。
 まあ、お嬢さまばかりのこの学園で俺みたいなのが隣にいれば、恐怖から緊張するのは仕方がないとは思うんだが。
 あの子には少し悪い事をしてしまった」

予想通りの答えに、美由希からだけでなく全員からため息が零れる。
乃梨子は、昨日からの恭也を見ていて一つの結論に辿り着き、それに確信を持って志摩子に小声で尋ねる。

「お姉さま、もしかしなくても、恭也さんって鈍感ですよね…」

「ええ。見ての通りよ。おまけに、自分の事をかなり過小評価しているみたいで…」

本当に困ったものよねと呟きつつ、何処か楽しそうな志摩子だった。
落ち込んでいるような恭也に、令が話し掛ける。

「まあまあ。別にその子は恭也さんが怖かった訳じゃないって。
 ほら、ずっとリリアンにいる子なら、男性とあまり接しないから、免疫があまりないのよ」

「はあ、そうですね。その上、机を並べて授業なんて始めてでしょうし。
 しかも、それが俺では……」

「だから、怖がっている訳ではないんだけどね」

恭也の言葉に、令は苦笑しつつそれ以上は何も言わない。
そこへ祥子が声を出す。

「まあ、それは追々慣れてくるでしょうから、気にしないで恭也さん。
 それよりも、文化祭の準備を始めましょう」

祥子の言葉に頷くと、それぞれに作業を再開する。
恭也たちも簡単な作業を手伝う事にして、一緒に作業をしていると、階段を上ってくる複数の足音がする。

「瞳子たちですね」

掃除当番で遅くなると言っていた瞳子たちだろうと乃梨子は言い、その少し後に扉が開く。
そこには、その通り瞳子と可南子の一年生二人が入ってくるところだった。
瞳子たちは挨拶をすると、席へと着く。
その途中、可南子は恭也と美由希を一瞥するものの、何も言わずに座る。
それを見ていたわけではないが、祥子が区切りがいい所で手を止める。

「丁度良かったわ。二人にも紹介しておくわね」

祥子はそう言って、恭也と美由希を紹介するように手を向ける。

「こちらは、高町恭也さんとその妹さんの高町美由希さん。
 ひょっとしたら、もう耳に入っているかもしれないけれど、視察に訪れた転入生よ」

「高町恭也です」

「高町美由希です」

二人は頭を下げながら挨拶をする。
そんな二人に、瞳子も頭を軽く下げつつ挨拶を返す。

「私は松平瞳子と申します。お話の方は聞き存じています。
 分からない事があれば、遠慮なく仰って下さい」

丁寧に挨拶をする瞳子の横で、可南子はきつい視線を二人、いや、恭也へと向ける。

「細川可南子です。宜しく」

それだけを言うと、今日すべき作業を祐巳に尋ねる。
何となく気まずい中、祐巳はする作業を可南子に教える。
それを聞き終えると、可南子は祥子へと話し掛ける。

「紅薔薇さま、どうして男性が視察とはいえ、リリアンにいるんですか?」

少し強い口調で尋ねる可南子に、しかし祥子は落ち着いた声で答える。

「そんな事を聞かれても分からないわよ。
 恭也さんの学校の方で、恭也さんと美由希さんが視察の代表として選ばれ、そして、うちがそれを了承したのだから」

「でも、可笑しいじゃないですか!仮にも女子高の視察に男性を代表として選ぶなんて。
 恭也さまは何故、辞退なさらなかったんですか」

前半は祥子に、後半は恭也へと言葉を叩き付ける。
それに対し、二人は冷静に切り返す。

「だから、それを私に言っても仕方がないでしょう。
 私が決めた訳ではないのだから」

「俺が辞退したとしても、代わりに来るのはやはり男性ですよ。
 男子と女子がそれぞれ一名ずつでしたから」

平然と言ってのける二人を、祐巳と美由希が感心したように見詰める。
お互いにそれに気付いたのか、顔を合わせると苦笑を交わす中、
そんな美由希たちに気付かず、可南子はさらに何かを言おうと口を開くが、言っても無駄だと悟ったのか口を閉ざす。

「分かりました。確かに、既に決定した事をあれこれ言った所でどうにもなりませんし。
 でも、何故ここにお二人がいるんですか」

二人というよりも、明らかに恭也の事を指しつつ、可南子が言う。
それに今度は令が答える。

「何でって、手伝ってくれてるからよ。
 恭也さんは前にも一度、リリアンに来た事があって、私たちとも知り合いだし、美由希さんの事も知ってるしね。
 特に問題はないって分かってるから」

「それに、卒業されたお姉さまたちに気に入られてもいたから、人柄に関しては大丈夫よ」

「この時期は何かと忙しいから、人手はあるに越した事はないでしょう」

令に続き、志摩子、祥子が言う。
確かに筋が通っている祥子の言葉に、可南子は渋々ながらも頷く。
実際に手伝ってみて、かなり忙しい事は分かっている。
しかし、それでも恭也に対する態度を変えられないのである。
かといって、このままここを追い出す事は出来そうも無い。
可南子も言ってみれば、部外者だからである。
実際は、薔薇の館はリリアンの生徒であれば、誰が訪れても良いのだが。
ともあれ、可南子に出来るのは、出来る限り恭也に関わらないようにする事であった。
可南子はそれっきり黙り込むと、与えられた作業を黙々とこなしていく。
その隣で、瞳子は興味津々といった感じで恭也と美由希に話し掛ける。

「お二人は何処から来られたのですか?」

「海鳴からです」

「海鳴ですか」

恭也の言葉に返事する瞳子に、美由希が尋ね返す。

「ご存知なんですか?」

「はい。行った事はないですけれど、祖父がたまに仕事で海鳴大学病院の方へ行くので。
 遺伝子研究ではかなり有名なお医者さまがいらっしゃるとか」

「ああ、矢沢先生の事ですね」

「ええ、確かそのようなお名前でしたわ」

恭也の言葉に記憶と照らし合わせ頷くと、瞳子はそのまま今度は話題を変えて話し続ける。

「そうですわ。海鳴といえば、祖父が仕事で行ったら必ず買ってきてくれるお土産があるんです。
 それがとても美味しくて、私のお気に入りの一つなんです。
 美由希さまは翠屋という喫茶店をご存知ですか?結構、有名な喫茶店らしいのですけど」

その言葉に、一年生以外は何とも言えないような笑みを浮かべる。
それを訝しそうに見る瞳子に、祥子が教えてあげる。

「美由希さんたちは、その翠屋の店長さんの子供さんなのよ」

「ああ、なるほど。それで」

祥子の言葉に、乃梨子は納得がいったとばかりに頷く。
瞳子は少し驚いたような顔をするものの、すぐに澄ました顔になると、

「まあ、そうでしたの。世の中というのは、意外と狭いものですわね」

そう言いながら、ほほほと笑い声を上げる。
可南子とは違い、ある程度は恭也を受け入れている瞳子に、祐巳は知らずそっと息を吐き出す。
そんな祐巳に可南子は気付いていたが、何も言わずに黙々と手を動かすのだった。



ある程度作業をこなし、少し休憩を取ることにする。
お茶を片手に話をするものの、可南子から恭也へと話し掛けることは無く、顔さえ合わせようとはしない。
祥子たちもそれを特にどうこう言うつもりはないのか、普通に話していた。
そんな時、祐巳が小さな声を上げる。

「あっ!」

「どうしたの、祐巳」

その祐巳の声に、祥子が尋ねる。
祐巳は祥子の方を見ると、少しばつが悪そうな顔をしてから、鞄から一冊の本を取り出した。

「いえ、大したことではないんですけれど、ただ図書館に本を返却するのを忘れていたので」

そう言って取り出した本を祥子に見せる。

「あら、それ読んだのね」

祥子は自分が薦めた本だと分かり、少し笑みを浮かべながら言う。
そんな祥子に対し、祐巳も嬉しそうな笑みを浮かべると、元気に頷く。

「はい。少し時間が掛かりましたけど、読みました」

祐巳の持つ本のタイトルを見て、美由希が声を上げる。

「それを読んだんですか。確かに、面白い作品ですよね」

急に活き活きと話し出した美由希に、祥子たちは少しだけ驚き、恭也はまた始まったかとため息を吐く。

「美由希さんも読んだんですか」

「はい、勿論ですよ」

祐巳の質問に答えつつ、美由希は思い出したように尋ねる。

「そう言えば、さっき図書館って言ってましたけど、図書室ではなくてですか?」

「ええ、うちはかなりの本があって、校舎内ではなく校舎の外に建っているんですよ」

美由希の質問に令が答え、それを聞いた美由希は嬉しそうに相好を崩す。

「ひょっとして、美由希さんってかなりの読書家ですか?」

美由希ではなく、隣に座っている恭也へと志摩子が尋ねる。
志摩子に頷いて答えながら、恭也は頭を抱える。

「あいつは暇さえあれば、本を読んでるぐらいだから」

恭也が美由希の方を見ると、その図書館に行ってみたいのか、うずうずしているのが分かる。
それを見ながら、祥子は今更のように思い出す。

「そう言えば、すっかり忘れていたわ。
 恭也さんは前にも一度来たから、別に良いかと思っていたのだけれど、美由希さんは初めてだったわね。
 だったら、校内を案内しないと、分からない事だらけじゃない?」

祥子の言葉に恭也は少し考える。
大体の間取りに関しては、恭也から美由希に教えているし、各教室の場所も教えてはいる。
しかし、実際に一度見ておいた方が良いかもしれない。
恭也は頷くと、祥子に言う。

「迷惑でなければ、暇な時にでも案内してやってくれ」

「そうね。丁度、区切りも良い事だし、今日このまま校舎案内にしましょう。
 祐巳も本の返却をしなければいけないでしょうから」

祥子の言葉に異論は出ず、今日の作業はここまでとなった。
それぞれが帰宅の準備を始める。
真っ先に可南子は用意を済ませると、席を立ち上がる。

「それでは、私はこれで失礼します」

「あ、良かったら、可南子ちゃんも一緒に行かない」

扉へと歩いて行く可南子に、祐巳が声を掛けるが、可南子はそれを断わる。

「いいえ、私はこれで失礼します。
 お約束は文化祭のお手伝いをする事でしたよね。
 これからされる事は、その約束内に含まれていないと思うのですが」

「あ、うん。そうなんだけどね」

祐巳は困ったような顔をして、可南子と祥子を交互に見る。
祥子は祐巳の視線を受け、口を開く。

「そうね、可南子ちゃんの言う通りね。私たちも無理強いするつもりはないわ」

「そうですか。では、私はこれで。祐巳さま、皆さん、ごきげよう」

そう言うと、可南子は薔薇の館を出て行く。
それを見て、瞳子が憮然とした態度で恭也に言う。

「恭也さま、気を悪くされてませんか?あんな人の言う事なんか、いちいち気にすることありませんわよ。
 恭也さまはちゃんと視察という名目があって。このリリアンに来られたのですから。
 全く融通が利かないというか、せめてもう少し普通に話せば良いのに」

後半は恭也に言うというよりも、ただ単に自分の不満を口にしている感じだったが、恭也はそれに答える。

「仕方がありませんよ。可南子さんの言う通りですし。
 そもそも女子高に男である俺がいる事事態が可笑しいんですから。
 あれが普通の反応ですよ。別に気を悪くしてなんかいませんから」

「まあ、恭也さまがそう仰るのであれば、私からは何も言うことはありませんけど」

「それじゃあ、話も纏まったみたいだし、そろそろ行こうか」

瞳子と恭也の会話に区切りが着いたのを見計らい、令が声を掛ける。
それに反応し、立ち上がる面々の中で、祐巳が瞳子に話し掛ける。

「瞳子ちゃんはどうするの?」

「ご一緒したいのは山々なのですけれど、生憎と今日は用事がありますのでこれで失礼させて頂きますわ。
 それに、案内をするだけでしたら、祐巳さまは兎も角、祥子さまたちがいらっしゃる事ですし、大丈夫でしょうから」

瞳子の言葉に祐巳は乾いた笑みを浮かべつつ、

「じゃあ、そこまでは一緒だね」

と笑い掛ける。
それを受け、瞳子は困惑気味な顔をして、曖昧に頷く。

「ま、まあ、出入り口は一つしかありませんから、自然とそうなりますわね」

祐巳と瞳子のやり取りを楽しそうに眺めた後、令は扉を開けて出て行く。
その後を、全員が続く。
最初に図書館へと向う一行は、途中で瞳子と別れる。

「ここが図書館です」

美由希に志摩子が言うが、美由希は目の前の建物に目を奪われ、聞こえているのかどうか怪しい。

「うわー、大きい。確かに図書館って感じですね。
 これだけ大きいなら、さぞかしたくさんの本が……」

恍惚とした表情で、目の前に立つ建物を見詰める美由希の後頭部を、恭也は軽くチョップして現実へと引き戻す。

「嬉しいのは分かったが、もう少し顔を引き締めろ。
 だらしないぐらいに弛みまくっているぞ」

「え、え。そ、そんな事ないよ」

言いつつも、やはり頬が緩んでいる美由希に苦笑を零しつつ、祥子は祐巳に話し掛ける。

「それじゃあ、先に祐巳の用事を済ませてしまいましょうか」

「はい」

祐巳を先頭に、全員が中へと入って行く。
祐巳はカウンターへと来ると、係りの者に返却すべき本を手渡す。
驚いたのはその図書委員で、何せ山百合会のメンバー全員で図書館に現われたのである。
図書委員は思わずそちらを注視してしまう。
その視線の先で、由乃が美由希に簡単に図書館に付いて説明をしていた。
それを見て、大体の事情を察した図書委員は、目の前で少し困ったような顔をして、声を掛けるかどうか悩んでいる祐巳に気付く。

「ああ、すいません」

一言謝ってから、本の返却手続きを済ませる。
本を返却し、祐巳が祥子の元へと戻ると、そこに美由希の姿はなかった。
どこに行ったんだろうと思っていると、祥子の横にいた恭也が指差す。
その先を見ると、由乃や令たちに案内されながら、美由希の目は本棚から本棚へと移っていた。

「本当に読書好きなんですね」

感心したように言う祐巳に、恭也が苦笑しながら答える。

「ええ。それも色んなジャンルを読みますから」

「そのようね。さっきも時代物で由乃ちゃんと、恋愛物で令と話が盛り上がっていたみたいだし」

「はあ、凄いですねー」

感心したように言う祐巳に、祥子が微笑みながら言う。

「祐巳も少しは見習った方が良いかもね」

「う、うぅぅー」

祥子の言葉に少し落ち込みつつ、祐巳は視線の先にいる美由希を見るのだった。
祐巳の見詰める先で、今度は乃梨子と何やら話している。
それを恭也は呆れたように見詰める。

「はぁー。あいつは本来の目的を忘れていなければ良いんだがな」

そう言いつつも、美由希たちが戻ってくるのを待つ。
三人は出入り口付近では邪魔になるという事で、手近の椅子に腰を降ろす。
あまり多いとは言えない利用者が、ちらちらと恭也たち、
いや、恭也へと視線を向けては、すぐに手元の本へと視線を戻すという事を繰り返している者が数人。
その者たちは、本に集中できていないのか、先程からページが捲られていなかった。
恭也もそれに気付いたのか、小声で祥子たちに話し掛ける。
図書館内という事で、小声で話そうとすると、自然と距離が狭まる。
そんな三人の様子に周囲が少しざわめくが、恭也たちは気付かない。

「皆さん、俺が来てから集中出来ていないようなんだが。
 俺は外で待っていた方が良いかな」

珍しく鋭い事を言う恭也に、祐巳は驚いたような顔を向けるが、祥子は落ち着いて尋ねる。

「ひょっとして、皆さんが恭也さんを怖がっていると思ってます」

「ああ。それ以外に理由が思い当たらないし」

恭也の真剣な答えに、祥子と祐巳は顔を見合わせるとどちらとも無く小さく笑い出す。
何故、突然笑い出したのかが分からず、恭也はただ首を傾げる。
そこへ美由希たちがやっと戻って来て、笑っている二人を見て不思議そうな表情をするのだった。
その後、校舎を一通り案内し終え、祥子たちは帰路に着くのだった。
因みに、美由希の荷物は図書館で借りた本で行きよりも重くなっていた。





つづく




<あとがき>

可南子、瞳子の登場。そして、ご対面〜。
美姫 「瞳子はまあ普通ね」
まあね。一応、色んなパーティーとかに出て、慣れているだろうし。
美姫 「可南子は予想通りね」
おう。本当はもっともっと反発させたかったんだけど、まあ最初のうちは無視する方向で。
美姫 「これで新キャラは一通りでたのかしら」
えっと、後は真美がが残っているかな。
美姫 「真美も出すの?」
……多分。と言うか、出したい。
美姫 「ふーん。まあ、いいや。頑張ってね」
ははははは、頑張るとも。
さて、ではまた次回で!
美姫 「ではでは〜」





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