『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第6話 「新聞部部長」






翌早朝、眠そうな目を擦りつつ美由希が庭へと現われる。
それをどこか呆れたような眼差しで見詰めつつ、恭也が話し掛ける。

「おはよう美由希」

「んー。おはよーふぁぁぁ」

挨拶の途中で大きな欠伸をする。
そんな美由希を眺めつつ、恭也は尋ねる。

「で、昨日は鍛練の後どれぐらい読んだんだ」

「あ、あははは。区切りのいい所までのつもりだったんだけど、中々止められなくて」

「つまり、最後まで読んだんだな」

呆れたような口調で言う恭也の言葉に、美由希は乾いた笑みを浮かべつつ首肯する。

「で、何時ごろまで起きていたんだ」

「えっと、3時半過ぎぐらい……」

その言葉を聞き、何か口を開こうとした恭也よりも早く、美由希は言葉を続ける。

「あ、でも大丈夫だよ。ほら、早く鍛練しよう」

「…本当に大丈夫なんだな」

「うん」

「そうか…」

美由希の答えを聞くと、恭也はストレッチの準備に入る。
それを見ながら、美由希も同じように身体を解してく。

「とりあえず、今日は少し軽めにしておく」

「うん」

「それと、深夜の鍛練後の読書は禁止だ」

「う、うん」

恭也の言葉に反論しようとするが、大人しく従う。

「本来の目的まで忘れていないだろうな」

「流石にそれはないよ」

「だったら良いんだが」

恭也の言葉に、美由希は深く反省する。

「確かに読書のし過ぎで寝不足になって、それで何かあったらね」

恭也が近くにおり、のんびりとした雰囲気であったため、知らず美由希の気も緩んでいたのかもしれない。
美由希は改めて気合を入れなおすように、両手で頬を軽く叩く。

「うん。大丈夫!」

そんな美由希の行動を、恭也は何も言わずに見ていた。





  ◇ ◇ ◇





祐巳と由乃は二年松組の自分の教室へと入り、自分たちの席にそれぞれ着く。
すると、それを見計らったかのように二つの影が祐巳の元へとやって来る。

「祐〜巳さん」

そう言いながら、首から下げた愛用のカメラのシャッターを切るのは、
リリアンでは知らぬ者がいないとまで言われる、写真部のエースにして祐巳の友達の一人、武嶋蔦子だった。

「な、何。って、それよりも、いきなり撮らないでっていつも言ってるじゃない」

「今回は、ちゃんと事前に声を掛けたけど?」

「うぅ。で、でも、言いながらだったような気が…」

「まあまあ。そんな細かい事は気にしない、気にしない」

蔦子はそう言うと、祐巳と目線を合わせるように屈み込む。
そんな二人のやり取りを黙って眺めていたもう一人の生徒が、一区切りついたと見て話し掛ける。

「祐巳さん、少しいい?」

髪を七三できっちりと分け、ピンで留めた生徒が声を掛ける。
この女性ともリリアンではかなり知られる人物で、新聞部の部長にして前部長の三奈子の妹、山口真美その人である。

「え、う、うん」

何かとネタを見つけ出そうとする新聞部に在籍している真美が、朝から話し掛けてくるという事もあり、
祐巳は思わず身構えてしまう。
しかし、真美は前部長の強引さとは違い、その辺りはしっかりとしてくれている上に、
祐巳の大事な友人の一人という事もあって、すぐに緊張を解く。
そんな祐巳の葛藤のようなものを分かりつつ、真美は祐巳に尋ねる。

「昨日、転入してきた方たちがいたわよね」

「恭也さんと美由希さんの事だよね」

「ええ」

祐巳の言葉に頷きつつ、真美は続ける。

「恭也さまは前にも来られた方よね。で、美由希さんはその妹さん」

祐巳はそれがどうかしたのかといった表情で真美を見る。
真美もそれが分かっているのか、軽く片手を上げて制する。

「で、問題はここからなんだけど…」

本人は意識していないのだろうが、少し声を潜め、一旦間を空ける。
祐巳は思わず次に出てくるであろう言葉が気になり、身を乗り出すように待つ。

「普通、視察に訪れた転入生…。しかも、女子校であるリリアンに男性が来た訳でしょう。
 だったら、いいネタだと思うのよね」

「それは確かにね。
 それも、リリアンの女の子が男性に免疫がない事を差し引いたとしても、殆どの女の子が注目してるんだし」

「まあ、あの容姿だものね。騒ぐのも無理はないわよ」

蔦子の言葉に、いつの間にか祐巳の傍にやって来ていた由乃も頷きながら答える。

「でしょう。なのに、この前の時といい、今回といい」

真美は何を思い出したのか、一人でおかしいとブツブツ呟く。
他の三人は意味が分からず、とりあえず真美に説明の続きを迫る。

「と、そうだったわ。私がおかしいと言ったのは、お姉さまの事なのよ」

「三奈子さま?」

祐巳の言葉に、ええと真美は頷くと続ける。

「いつもだったら、誰よりも真っ先に記事にすると思うのに、前回といい今回といい記事にするのを禁止にするのよ」

乾いた笑みを浮かべつつ祐巳と由乃は一瞬だけ目を合わせ、それに気付かなかったのか蔦子が話し出す。

「確かに、それは少しおかしいわね。あのお方のことだから、何かしら記事にしてもおかしくはないと思うけど…」

「でしょう。私もおかしいと思って聞いてみたのよ。
 そしたら、『恭也さんは目立つ事が嫌いらしいから、あまり騒がないように』って言うのよ。あのお姉さまが。
 噂の下火にもなっていないのを見つけ出しては、自ら火を広げる事すらするようなあのお姉さまが」

「あ、あははは」

「その所為で、大きくなりすぎて火事になったことも何回もあったわね。
 しかも、必ず飛び火するんだから、質が悪いったらなかったわ。
 お陰で、山百合会における新聞部は鬼門と言っても差し支えないほどだものね」

何とも言えずにただ笑い声を上げる祐巳と、辛らつに評価を下す由乃。
更に由乃は続ける。

「尤も、部長が変わってからは、結構筋を通すようになったみたいだけど」

「それはどうも。でも、今はそっちじゃないのよ。
 兎も角、お姉さまが記事を書こうとしないということが問題なのよ」

「えっと、でもそれは、一応三奈子さまは新聞部を引退なされたわけだし」

「引退とは言っても、毎日のように部室に顔を出してはあれこれ口を出していくのに?
 よしんば、そうであったとしても、 前の時はまだ引退してなかったわよ」

「それはそうだけど…」

事情を知ってはいるが、果たして言っていいのか分からず苦悩する祐巳を助けるように、由乃が口を挟む。

「確かに真美さんの言う事も分かるけど、それを私たちに聞かれてもねー。
 第一、三奈子さまの事は、妹である真美さんの方が私たちよりも詳しいんじゃないの?」

由乃のある意味正論に真美は一瞬だけたじろぐが、それも本当に一瞬で、

「分からないから、こうして聞いてるんじゃない」

「開き直りですか」

「ええ、そうよ」

蔦子の言葉に真美は大仰に頷いて見せる。

「それで、何で私に聞きに来たの?」

そんな真美に祐巳が不思議そうに尋ねる。

「それは、恭也さまと山百合会の人たちが親しくしているみたいだったから、何か知ってるんじゃないかと思って」

「うーん、残念だけど、私たちも知らないわ」

真美の言葉に由乃は答える。

「でも、恭也さんは確かに目立つのは嫌だから、記事にはして欲しくないとは言ってたけど」

「それをお姉さまが素直に了承したと?」

「多分、記事になってないって事はそうなんでしょう」

「でも、あのお姉さんがそれで大人しく引き下がるかしら。
 だったら、アンケートを作るから、それに答えてくれるだけでもとか言い出しそうなんだけど…」

ブツブツと呟く真美に、蔦子が何か感付いたのか意味ありげに笑みを浮かべる。

「ははぁー。そういう事ね」

蔦子の呟きに真美は肩を一瞬だけびくりと震わせ、蔦子へと視線を向ける。

「何がそういう事なのかしら」

祐巳や由乃も蔦子の言葉を待つ。
三人の視線を集めつつ、蔦子はもったいぶるようにゆっくりと自分の考えを語り出す。
ただし、それは確信しているといっても言い程、しっかりとした口調だった。

「つまり、真美さん自身が今新聞にするネタがないんでしょう。
 それで、あれこれ理由を付けて、恭也さまの事を記事にしようとしている」

「本当、真美さん?」

蔦子の言葉に祐巳が真美を見るが、答えを聞かずともその顔に浮んだ笑みが全てを肯定していた。

「あははは」

じっと見詰める三対の視線に、真美は切れたように言う。

「だって、仕方がないじゃない。全然ネタがないんだもの。
 せめて、山百合会が今度の文化祭で何をするのか分かれば良いんだけど…」

怨めしそうに祐巳と由乃を見詰めた後、真美は祐巳の両手を包み込むように掴む。

「お願い祐巳さん。何をするのか教えて。ううん、せめてヒントだけでも」

必死の思いが伝わってくるほど、真美は真剣な表情で詰め寄る。
しかし、それに答え様にも祐巳自身何をするのか分かっていないのが現状だった。

「ご、ごめんね。私もまだ知らないんだ」

「そ、そんな事言わないで、お願い!」

祐巳の言葉を聞いても、それを信じずに真美は祐巳にお願いをする。
そんな祐巳たちの横から、由乃が呆れたように声を出す。

「こればっかりは無駄だって、真美さん。幾ら、祐巳さんが百面相で考えている事がすぐに顔に出るとしてもね」

由乃の言葉にそちらを向く真美に、更に続ける。

「だって、本当に私たちも何をするのか知らないんだもの。
 現状で、何をするのか知っているいるのは祥子さまとお姉さまだけよ」

「そ、そんなー」

真美はそれが嘘ではないと分かると、明らかにがっかりと落ち込んだ様子であった。
そんな真美に元気付けようと何と声を掛けるか悩んでいる祐巳よりも早く、蔦子が声を出す。
尤も、それは真美に話し掛けるというよりも、自分の疑問をそのまま口にした感じだが。

「でも、そろそろ何をするのか分かっていないと、文化祭までに間に合わないんじゃ?」

「あ、そういえば。私たち、山百合会主催の劇に関しての準備って、何もしてないよ」

蔦子の言葉に祐巳は悲鳴にも似た声を上げ、由乃を見遣る。
それに対し、由乃は妙に自身たっぷりに答える。

「大丈夫よ。あの二人が企画しているのよ。そこら辺は抜かりないはずだわ」

「それもそっか」

由乃の言葉に、祐巳は安堵の吐息を漏らすが、それを呆れたように蔦子は見る。

「あのね。それでも、祐巳さんたちの作業がなくなる訳じゃないのよ。
 一体何をするつもりなのかは知らないけれど、劇なんだから台詞を覚えないといけないだろうし」

「あっ」

蔦子の言葉に、祐巳は再び小さな声を上げる。
今度は由乃も何も言わず、教室の隅を見上げる。

「うー。出来れば、台詞の少ない脇役でありますように」

到底無理だろうと思われる事をぼやく祐巳に、由乃と蔦子は苦笑を浮かべ、真美は揃ってため息を吐き出すのだった。





  ◇ ◇ ◇





一限目が終了し、次が移動教室ということもあり、祐巳は筆記用具に教科書を取り出すと席を立つ。
移動教室へ向う道すがら、自然と朝の四人で一緒に行動をする。

「で、真美さんネタは見つかった」

蔦子の言葉に、真美は力なく首を横へと振る。

「そう簡単に浮んだら苦労はしないわよ。こうなったら、何とか恭也さまたちに協力を…」

一人決意を燃やす真美に対し、事情を知っている祐巳と由乃は何とも言えない顔をしつつ目を合わせる。
真美は考え込むようにして歩いていたため、普段ではやらないような事をしてしまう。
尤も、普段の真美なら考え込んでいたとしても、こんな事をやったかどうか。
それぐらいネタがない事に追われていたのだろう。
真美は足元の注意が疎かとなっていた。
しかも、そこは階段だったため、真美は本来段を踏むはずの足が何もない宙を踏む。
早い話、階段を踏み外して真美の体が宙に浮く。
階段を登っている途中だったため、後ろから落ちていく真美。
あまりの出来事に真美はきつく目を閉じ、少しでも頭を庇おうと動く。
誰かが上げた小さな声を聞きつつ、真美は来るべき衝撃に備える。
やがて、真美が思っていたよりも早く、その衝撃が真美を打つ。
しかし、これまた思ったよりも柔らかく軽い感触に不審に思いつつ、恐る恐る目を開ける。
そこへ、声が掛けられる。

「大丈夫ですか」

「…………」

目の前にある心配そうな瞳とゆっくりと動く唇をじっと見詰めたまま、真美は何が起こっているのか把握できずにいた。
そんな真美の反応を見て、どこか打ったのか尋ねる。
そこに来て、ようやく真美は自分が落ちる前に誰かに受け止められたことを知る。

「だ、大丈夫です」

何とかそれだけを答え、目の前にある顔から少しでも遠ざかろうとするが、自分の体が全く動かない事に恐怖する。

(まさか、打ち所が悪くて体が動かせないとか)

それにしては何処にも痛みを感じないし、体の何処にも違和感を感じない。
不思議そうにしている真美の元へ、祐巳たちがやって来る。

「真美さん!よ、良かった〜」

真美の無事を確認し、祐巳は心の底から安堵する。
安心したあまりに目の端に少し光るものが見えたような気がしたが、真美はそれには触れなかった。
そして、改めて自分の為にここまで心配してくれる友人に胸の中で感謝する。
少し感動していた真美の耳に、誰かの咳払いが聞こえてくる。
そちらを向けば、祥子がいた。
真美が自分の事に気付いたのを確認し、祥子は話し掛ける。

「大事がなくてよかったわ、真美さん」

「あ、ありがとうございます」

「ところで、いつまでそうしているつもりかしら?」

祥子の言葉に、真美は改めて自分の状況を見る。
ここで初めて、真美は自分がどんな状態だったのか理解する。
と、同時に顔を赤くする。

「す、すいません。ど、道理で体が思うように動かなかった訳です。
 ほ、本当にすいません」

慌てて謝る真美に、恭也が首を横に振る。

「大丈夫ですから、少し落ち着いてください。それよりも、何処か怪我はないですか。
 咄嗟に受け止めましたけど、何処か変に捻ったりとかは?」

恭也の言葉に、恭也に俗に言うお姫様抱っこで受け止められている真美は首を振って否定する。
それを見て、恭也はそっと真美を地面へと降ろす。

「立てますか?」

「あ、はい。本当にすいません」

地面へと降ろされ、真美は改めて恭也に礼を言う。

「いえ、たまたま通り掛かっただけですから。
 それよりも、階段を上り下りする時はあまり考え事をしない方が良いですよ」

「は、はい。今度からは注意します」

そんな風に恭也たちが話している横で、祐巳は大好きなお姉さまに会えた事で、
ご主人様に会えた犬のように嬉しそうに祥子の元へと行く。

「お姉さま、どうしたんですか?」

近づいて来る祐巳に微かに微笑を浮かべ、無意識だろう祐巳へと自分の荷物を渡すとタイへと手をやりながら答える。

「私たちはさっきの時間、移動教室だったのよ。丁度、教室へ戻る所だったのよ」

タイを直し終え、祐巳から荷物を受け取る。
二人とも殆ど無意識のうちにこの一連の作業を行っている事に、お互いに気付いていない。

「そうだったんですか」

「ええ。本当に運が良かったわね」

最後の言葉は真美へと投げ掛けられる。
それに真美は頷き、再び礼を言う。
それをどこか困ったような照れ臭そうな顔で恭也は受け取る。
まだ礼を言おうとする真美に、恭也が話し掛ける。

「それよりも、早く移動しないと次の授業が始まりますよ」

「あ、そうだったわ」

恭也の言葉に、このやり取りを面白そうに眺めていた由乃が頷きつつ声を出す。

「祐巳さん、真美さん、急ぐわよ」

名残惜しそうな祐巳と、まだ礼を言おうとしている真美を促がし、由乃は先に階段を登っていく。
その後を蔦子が追いかけると、祐巳と真美も渋々とその後に続く。

「では、ごきげんようお姉さま、恭也さん」

「ごきげんよう、紅薔薇さま、恭也さま」

「ごきげんよう。二人とも授業に遅れないようにね」

「それでは」

それぞれに挨拶を交わすと、その場を去るのだった。
前方を行く由乃たちに追いついた祐巳たちに、蔦子が声を掛ける。

「真美さん、恭也さんを記事にする件はどうなったの?」

「あー!失敗したわ。ついでに聞いておけば良かった」

そんな真美の言葉を聞きながら、祐巳と由乃は顔を見合わせて肩を竦めるのだった。





つづく




<あとがき>

真美の登場〜。
美姫 「これで、主要キャラは出揃ったのよね?」
えっと、えっと。多分……。
美姫 「何?他にも出てくるの?」
えっと、えっと。いや、これぐらいかな?
2ndで新たに出てくるマリとらキャラは多分、一通り顔を出したかと。
あ、祐麒が出てないか。いや、まあ、元からあんまり出番はないだろうけど。
とりあえずは、OKという事で。
美姫 「で、次辺りで文化祭の内容が明らかになるのかしら?」
それはどうかな?
かなりギリギリまで黙っているかも。
美姫 「ふーん。で、何をするつもりなの?」
ふふふ。良くぞ聞いてくれた。今年の山百合会の文化祭での演目は……。
って、まだ美姫にも秘密〜♪
美姫 「くっ!な、何かムカツクわ」
あはははは〜。気持ちが良いぞ〜。
美姫に対して、ここまで気持ちいい態度が取れるなんて。がははははは。
美姫 「(すちゃっ)」
あ、あはははははは。い、嫌だな〜、無言で剣なんか抜いちゃって〜。
美姫 「死ね」
ま、待って!許して!
美姫 「問答無用!斬魔閃竜檄!!」
ぬぐおぉぉぉぉぉ…………………。
美姫 「私をからかうなんて、一億飛んで7800年早いわ」
…………。
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」





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