『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第8話 「アンケート結果」






その日の最後の授業終了を告げるチャイムが鳴り、HRが始まる。
必要な連絡事項を伝え終えた担任が教室を出て行ってすぐ、祥子が恭也の席へとやって来て声を掛ける。

「恭也さん、それでは行きましょうか」

「ええ」

祥子に答え、恭也は鞄を手にすると立ち上がる。
そんな恭也にクラスメイトたちが声を掛ける。
彼女たちに答えながら、恭也は教室を後にするのだった。



薔薇の館では、既に美由希が先に来ており、昼休みに貰った用紙になにやらか書き込んでいる最中だった。
恭也は定位置となった祥子と志摩子の間の席に座ると、鞄から同じ用紙を取り出して記入していく。
暫らくは書くことに集中していたが、不意にその手を止めて顔を上げる。

「あの…。そんなにじっと見詰められると書きにくいんですが」

恭也の言葉に、恭也の手元を覗き込んでいた面々は咄嗟に自分の作業に戻る振りをする。
そんな中、ただ一人しっかりと作業を進めていた可南子が祐巳へと話し掛ける。

「祐巳さま、ここはどうすれば良いんでしょうか」

「あ、そこはね…」

可南子に聞かれた事に答えつつ、祐巳も自分の作業を始める。
それを見て、他の面々も仕方がないとばかりに本当に作業を再開させるのだった。
しばしの間、カリカリと恭也と美由希がペンを走らせる音と、祥子たちの作業する音が薔薇の館に響く。
やがて、恭也はペンをゆっくりと下ろすと、書き終えた紙を鞄へとしまい込む。

「恭ちゃん、仕舞うの」

その行為に美由希が声を上げるが、恭也はただ頷く。

「ああ。さっさと片付けてしまわないと、祥子たちの作業の邪魔になるだろう」

「それはそうだけど…」

何か言いたそうな美由希だったが、それ以上は何も言わず、仕方なく自分の用紙も鞄へと仕舞う。
その後、恭也と美由希も祥子たちの簡単な作業を手伝う事にする。
幾つかの書類を順番に並べ、端をホッチキスで止めていく。
そんな単調な作業を黙々とこなしていると、薔薇の館へ誰かが入ってくる。

「真美さんかな」

階段を登る音を聞き、祐巳がそう呟く。

「恐らくそうじゃないかしら」

祐巳に答えるように言った志摩子の言葉に、全員が何となしに作業を中断する。
それを見て、祥子が全員に話し掛ける。

「そうね。丁度いいし、少し休憩にしましょう」

「じゃあ、お茶を淹れますね」

祥子の立ち上がろうとした祐巳を制し、可南子が立ち上がる。
それを見て、乃梨子も手伝うために立ち上がり、同じように立ち上がろうとしていた瞳子を止める。

「二人で充分だから。あまり多いと、狭いし」

まるで出遅れたというような顔をしつつも瞳子は、その言葉に素直に腰を落ち着ける。
二人がお茶の準備をしているうちに、扉がノックされる。

「どうぞ」

それに祥子が答えると、ゆっくりと扉が開かれ、そこから真美と三奈子が入ってくる。

「ごきげんよう、皆さん」

「ごきげんよう」

二人の挨拶にそれぞれに答えながら、二人に席を勧める。
二人は進められた席に腰を降ろすと、乃梨子と可南子が戻って来てお茶を差し出す。
差し出されたお茶を見て、三奈子は乃梨子へと礼を言う。

「ありがとう」

「いえ」

全員に配り終えた可南子と乃梨子は、自分たちの席へと戻る。
それを待ってから、真美は恭也と美由希へと話し掛ける。

「それで、アンケートの方は書いて頂けましたでしょうか」

「「はい」」

恭也と美由希は返答をすると、先程しまった用紙を鞄から取り出して真美へと渡す。
それを受け取り、ざっと目を通してから真美はその用紙を鞄へと仕舞おうとする。

「え、もう仕舞うの」

その行動に真っ先に三奈子が反応する。
それを不思議そうに見遣りながら、真美が答える。

「それはそうですよ、お姉さま。
 折角、無理を言って協力して頂いたんですから、無くさないうちにしまった方が良いじゃないですか」

「それはそうなんだけど…。ほら、誤字とかないか確認するとか」

「それは新聞に載せる前にちゃんとチェックしますから、ご安心してください」

「あー…」

真美の言葉に、三奈子は何か言葉を探すように宙に視線を彷徨わせ、結局何も思いつかずに肩を落とす。
そんな姉を不思議そうに見る真美の肩を、三奈子が突如掴む。
その様子からは、さっきまでの肩を落とした様子は欠片も見られない。

「新聞に載るよりも先に見たいのよ」

「べ、別に構いませんけど…」

あまりの迫力に真美は頷き、仕舞いかけていた用紙を再びテーブルの上へと戻す。
数人の視線がその用紙に集まる中、三奈子は言う。

「じゃあ、真美読んで」

「はい?私が読み上げるんですか?」

「そうよ。その方が全員で回し読みするよりも効率が良いじゃない」

「は、はあ」

三奈子の言葉に渋々ながらも頷くと、真美は用紙を捲る。

「では…」

一言置いてから、真美はその内容を読み上げていく。

「えっと、まずは名前からですね。高町恭也さま、高町美由希さん。
 出身地は海鳴市で、家族構成はお二人以外には母一人と妹さんがお一人。
 趣味が恭也さんは昼寝と釣りとえっと…」

「どうしたの真美」

一瞬だけ見間違いかと思った真美だったが、三奈子に問われ改めて見ても見間違いじゃないと分かると続きを口にする。

「い、いえ何でもありません。えっと、釣りと盆栽。で、美由希さんが読書と園芸」

「盆栽……ですか」

既にその事を知っている祥子たちは特に気にした風もなかったが、瞳子が何とも言えないような表情をして恭也を見る。
そんな反応に慣れているのか、恭也はただ頷いて答える。
その恭也に乃梨子が興味深そうに尋ねる。

「盆栽って、あの盆栽ですよね」

「多分、そうだと思いますけど」

そんな乃梨子に、志摩子が声を掛ける。

「乃梨子、あなた盆栽に興味があるの?」

「はい、お姉さま。仏像ほどではないですけど、前から少し興味があったんで。
 恭也さん、良ければ今度詳しく教えて下さい」

「ええ、俺で良ければ喜んで」

恭也は本当に嬉しそうに言う。
身近に趣味を分かってくれる者がいないせいか、その顔には普段あまり見られないような笑みさえ浮かんでいた。

「そう言えば、志摩子のお父さんも…」

前回の時の話を思い出し、恭也が志摩子に言う。

「そうでしたね。一度、父と話したいと仰ってましたね」

「ええ。機会があれば」

そんな話をしている恭也たちを眺めつつ、由乃が祐巳に囁く。

「白薔薇の所は、少し変わっているわね。確か、聖さまも盆栽を面白そうに眺めていたじゃない」

「ああ、そう言えば」

祐巳は、聖が恭也の家にあった盆栽を面白そうに眺めていたのを思い出して頷く。

「これも伝統かしら?」

「どうなんだろう」

二人が首を傾げる中、真美が一つ咳払いをする。

「えっと、続けても宜しいでしょうか」

全員の了承を取ると、真美は中断していたアンケートの内容を読み始める。

「それでは……。えっと、ここからですね。好きな…」

そこまで言った時、一瞬だけ部屋の空気が変わったような気がして、真美は思わず口篭もる。
そんな真美を見詰め、三奈子が先を急かす。
今の出来事は気のせいだったのだろうと自分を説得し、真美は続ける。

「えっと、好きな食べ物は…」

今度は部屋の空気が一気に脱力したように感じられたが、真美は気にしない事に決めて続ける。

「恭也さまが煮物や焼き魚などの和食で、美由希さんがケーキやシュークリーム。
 で、苦手なものが、恭也さまは甘いもの全般で、美由希さんが特になしと。
 で、よく聞く音楽がお二人とも同じで、フィアッセ・クリステラ、ティオレ・クリステラ。
 後はアイリーン・ノアにSEENAですね。それから…」

尚も続けようとする真美を制するように三奈子が声を掛ける。

「真美、一体幾つ質問があるのかしら?」

「えっと、ざっと30程ですね。こちらに予備の無記入のアンケート用紙がありますけど」

「……」

三奈子はそれを無言で受け取ると、ざっと目を通していく。
そして、それをテーブルに投げ出すと、

「かなり多いから、後は最後の所だけでいいわ」

「は、はあ」

三奈子の意図が分からず、とりあえず真美は頷いて最後の質問の所を読み上げるべく目を通す。
その途端、真美はにやりという表現がぴったりくるような笑みをその顔に張り付かせて、三奈子を見る。

「な、何よ」

「別に何でもありませんよ、お姉さま。ええ、何でもありませんとも…」

「くっ」

真美の意味ありげな笑みに三奈子は顔を少しだけ赤くしつつ、視線を逸らして小さくうめく。
そんな三奈子を充分に堪能した後、これ以上は可哀相、いや、自分の身が逆に危ないと感じて真美はその内容を口にする。

「では、最後の質問です。お二人の理想のタイプですね」

続く真美の言葉を、三奈子だけでなく祥子たちも待つ。

「美由希さんのタイプは…」

「何でそこだけ逆に言うのよ」

食って掛かる三奈子を、真美が余裕の笑みを浮かべて迎え撃つ。

「いえ、特に意味はないんですが、恭也さまの用紙から先にページを捲ったせいで、
 たまたま美由希さんの用紙の方が上になったからなんですけど、それが何か」

「べ、別に何でもないわよ。良いから、さっさと読みなさい」

何とか虚勢を張る三奈子を可笑しそうに見遣りながら、真美は続ける。

「では、気を取り直して。美由希さんの好みは、鈍感で無愛想だけど優しくて強い人だそうです」

祥子たちの視線が恭也へと向い、美由希は何かを期待するように恭也を見るが、
恭也は何故自分が見られているのか気付かずに首を傾げる。

「美由希。鈍感が良いなんて変わっているな」

「う、うぅぅ〜」

美由希は何とも言えない笑みを浮かべ、肩を落とす。

「そして、恭也さまが…」

姉の反応を見るように、わざと間を置いてから真美は読み上げる。

「大事なものを守りきれる強さを持つ人だそうです」

「それって、少なくとも恭也さんと同じぐらい強くないといけないって事かしら」

由乃の呟きに、数人が肩を落とす。
志摩子の落ち込んだ顔を見て、乃梨子は隣からそのアンケート用紙を覗き込む。

「あの、恭也さん」

「はい、何ですか」

「いえ、ちょっとお聞きしたい事が…」

恭也が頷いたのを見て、乃梨子は言う。

「恭也さん、理想のタイプを何か勘違いしてたりしません…よね」

少し歯切れ悪く尋ねる乃梨子だったが、何を聞かれているのか分かっていないように首を傾げている恭也に、続けて言う。

「自分自身の望む姿ではなくて、好きな人は、って事ですけど…」

乃梨子の言葉に、恭也はそうだったんですかと驚いたような声を出す。
それを聞き、祥子たちは一斉に呆れたようなため息を吐き出す。
そんな中、志摩子は乃梨子に話し掛ける。

「それにしても、よく恭也さんが勘違いしているって分かったわね」

「ええ。さっき、アンケート用紙を少し覗かさせて頂いたんですけど、
 そこの解答が、大事なものを守りきれる強さを持つ、ってなってたんで。もしかしたらと思って…」

「でも、真美さんは人って言ってたけど」

「それは、単に恭也さまが勘違いしていると思われていなかったからじゃないかと」

乃梨子の言葉に真美はうんうんと頷いて見せる。
それを眺めつつ、苦笑いを浮かべる一同の中から、三奈子が恭也へと話し掛ける。

「それじゃあ、改めて恭也さんの理想のタイプはどんな人なんですか」

「……えっと。言わないといけないんでしょうか」

「それは勿論です。このままだと、記事に出来ませんから。
 間違ったまま記事にするのは、記者魂が…って、皆さんどうしました?」

力説する三奈子を胡散臭そうに眺めていた祥子たちに気付き、三奈子は心底不思議そうに尋ねる。

「何でもないわ、三奈子さん。どうぞ続けてください」

祥子の言葉に三奈子は頷くと、気を取り直して続ける。

「そういう訳ですので、是非お答えください」

「はあ、分かりましたから、とりあえずは落ち着いてください」

三奈子を落ち着かせると、恭也はその口を開く。

「そうですね。そんな事は考えた事はありませんでしたし…。
 うーん…。敢えて言うなら、優しい人ですかね」

「他には?」

恭也の言葉を聞き、三奈子がさらに尋ねる。
それに少し考えてから、恭也は答える。

「すいません。思いつきません」

「そうですか。ありがとうございます」

三奈子がそう答えた所で、今まで黙っていた可南子が声を上げる。

「優しい人ですって。そんな偽善的な言葉で誤魔化すなんて。
 だから男の人は嫌いなんです!」

「か、可南子ちゃん?」

突然声を上げた可南子を驚いたように見る祐巳にも気付かず、可南子は親の敵でも見るような目で恭也を睨む。

「口先ではいつも綺麗な事ばっかり言って、結局は外見で判断するくせに。
 外見で判断しない時なんて、単に下心がある時だけでしょうが!
 大体、優しい人って何なんですか!要は、自分に優しい人って事なんでしょう。
 つまり、自分に都合が良い女性って事ですよね。自分が好き勝手なことをしても、何も言わない人。
 そのくせ、自分は相手の勝手を許さない。男なんて、皆同じです!」

一気に捲くし立てる可南子を、誰も何も言わずにただ黙って見詰める。
やがて、言いたいことを言い尽くしたのか、肩で息をする可南子に、恭也がそっと話し掛ける。

「可南子さんが何に起こっているのかはよく分からないが、確かに曖昧ではあるかもしれない。
 でも、男の全員が全員そういった人たちではないと思う。中には、ちゃんとその人の内面を見ている人だっているし…」

「そんな事は聞きたくありません!それに、他の人はこの際関係ありませんから。
 恭也さまご自身はどうなんですか!」

まるで挑むように見詰める可南子の視線を真正面から受け止めつつ、恭也は口を開く。

「俺は、自分ではその人を外見だけでは判断していないつもりだ。
 しかし、本当にそうかと言われると分からないとしか言えない」

恭也の答えに、可南子は唇の端を持ち上げる。

「祐巳さま聞きましたか。やっぱり、幾ら言葉で言い繕ってみても、これがこの人の本音なんですよ」

そう言う可南子を、祐巳は少しだけ悲しそうな目で見詰め返す。

「何で、そんな目をするんですか」

「可南子ちゃん。恭也さんはそんな人じゃないよ」

「祐巳さままで、その人を庇うんですか!」

「庇うとかじゃなくて、本当に恭也さんはそういう人じゃないって知っているから…」

「聞きたくありせん!祐巳さまの口から、そんな言葉は聞きたくありません!」

可南子はそう叫ぶと薔薇の館を飛び出して行く。
その後を追おうとする恭也の腕を祥子が掴んで止める。

「今のあの子には何を言っても無駄よ。特に、恭也さんからの言葉では、逆効果になりかねないわ。
 ここは……」

祥子は祐巳を見る。祐巳もまた、それに頷く。

「祐巳、今、山百合会は文化祭に向けて忙しいの。
 これから、もっとやらないといけない事が増えて忙しくなるわ。
 手伝ってくれる人員は少しでも多い方が良いの。分かったわね」

「はい!」

祥子らしい遠まわしな言い方に笑みを浮かべつつ、祐巳は元気に返事を返すと可南子の後を追って薔薇の館を出て行く。

「恭也さん、気にしなくても良いですよ。貴方のせいではないですから。
 あの子は男性に対して何かあるみたいなのよ」

「ええ、分かります」

祥子の言葉に恭也は頷き、気にしていないと伝える。
乃梨子と瞳子はこの場の雰囲気を何とかしようと立ち上がると、カップを手に取る。

「お茶が冷めてしまいましたから、淹れ直しますね」

それで急に雰囲気が変わる訳ではなかったが、それでも幾分は軽くなる。
志摩子はそっとテーブルの下から手を伸ばして恭也の手に触れる。
そして、そっと小さく呟く。

「大丈夫ですよ。祐巳さんが何とかしてくれますから。
 それに、恭也さんが可南子ちゃんの言うような人じゃないって事は、ここにいる誰もが分かっている事ですから」

そう言って微笑む志摩子に、恭也も笑みを返しながら礼を言うのだった。





つづく




<あとがき>

可南子大爆発〜。
本当はもっとヒステリックにしたかったけど、これが限界だったよ〜。
美姫 「まだまだ修行がたりないわね」
うぅ〜。精進します。
美姫 「さて、次回はどんな感じかな〜」
それはね…。
美姫 「うんうん」
秘密〜。ではでは。
美姫 「……またそれなのー!」





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