『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第11話 「迷探偵、由乃?」






残っていた雑事を全て終え、小笠原邸へと帰って来た祐巳たちのもっぱらの話題は劇の内容に関してだった。
そんな話題で盛りがる祐巳たちを楽しそうに眺めながら、祥子と令は二人で話をしている。

「結構、いろんな意見が出てるわね」

「ええ、でも正解は出てないわね」

その二人の会話が聞こえたのか、由乃は令に向って甘えた声で話し掛ける。

「令ちゃ〜ん。ヒントだけでも教えて欲しいな〜」

由乃に甘えられ、嬉しそうに相好を崩した令を祥子が窘める。

「令、駄目よ」

「う、うん。分かってるって」

思いのほかガードが固い事に、由乃は舌打ちをするが、すぐに輪に戻る。

「竹取物語では絶対にないですね」

志摩子の言葉に由乃も相槌を打つ。

「そうよね。そんなのをしたら、かぐや姫は間違いなく祥子さまになるでしょうから」

「じゃあ、他に何があるかな」

祐巳の上げた疑問に、乃梨子が自分の意見を述べる。

「物語の数はそれこそ数え切れない程あるんです。
 思いついた物語を並べていくよりも、劇が出来る条件みたいなものを並べていって、的を絞る方が良いのでは」

「それよ!まず…」

乃梨子の言葉に由乃がまっさきに飛び付き、現状で考えられる事を上げていく。

「まず、今回は例年と違って恭也さんという花寺以外の男性がいるって事よね」

その言葉に全員が頷く。

「後は、昼間の会話から考えるに、私たち全員に均等に出番があると考えた方が良いでしょうね」

「つまり、主役が複数いるって事?」

志摩子の言葉に祐巳が確認するように言い、それに頷く。

「分かったわ!」

由乃探偵が声を上げ、犯人はお前だというように祐巳を指差す。
そんな由乃に乾いた笑みを投げ掛けつつ、祐巳は言う。

「あ、あははは。由乃さんなら劇の主役も平気で出来ると思うんだけれど…」

「確かに祐巳さまの仰るとおりかと」

同意する乃梨子に、志摩子と美由希は苦笑しつつも否定はしない。
そんな四人に向って、由乃は気にしていないように続ける。

「ずばり、三銃士よ!恭也さんがいるから、役に変動があったって事は、多少のアクションシーンがあると思うのよね。
 それでいて、複数の主役級の役がある。ならば、三銃士でしょう!」

どうよと祥子たちの方を見るも、二人の表情は全く変わっていなかった。

「中々素晴らしい推理だけれど、残念ね」

祥子に言われ由乃はがっくりと方を落とす。

「それでは、源氏物語とかはどうです」

今度は乃梨子が尋ねるが、それに対して令たちは首を横へと振り、これも否定する。

「じゃあ、パルチヴァール叙事詩とかはどうですか」

美由希の言葉に祐巳たちが首を傾げる中、祥子はソレも否定する。

「それも確かに面白そうだけれど、劇としてやるのは難しいわね」

「それもそうですね」

パルチヴァール叙事詩が何なのか分からない祐巳たちは口を挟みようがなく、ただ黙って二人のやり取りを見ている。

「じゃあ、他に何かあるかな」

考え出す美由希を見ながら、祐巳が言う。

「いばら姫とか…ではないですよね」

「祐巳さん、それって単に主役の台詞が少なくてもいいやつを言っただけじゃないの?」

「あ、あははは」

由乃の指摘に誤魔化すように笑みを浮かべる所を見ると、どうやら図星だったようである。

「でも、恭ちゃんが出て、多少のアクションシーンがあるとするなら、いばら姫よりもペルセフォレの物語になるんじゃないかな」

「ペルセ…、何とかって何?」

「ペルセフォレの物語ですよ。
 大体はいばら姫と同じ物語なんですけれど、姫が目覚めた後に、王が馬上試合を開くんです。
 そこで、騎士たちが闘って、勝ち残った若者が姫と結婚するっていう」

「へー、そんなのがあるんだ」

感心するように言った祐巳の言葉に、美由希は一つ頷き、さらに続ける。

「一般に眠り姫って呼ばれる物語は、実は結構な数があるんですよ。
 先程のいばら姫もしかり、他にも眠れる森の美女とか、白雪姫も眠り姫の分類に入りますね。
 後は、恋に溺れた継母とか」

「へー」

「ほう、そうなのか。いばら姫と眠れるれる森の美女は別の話だったのか」

感心したような声を上げる祐巳に続き、上げた恭也の言葉に祥子は苦笑しつつ言う。

「どちらにしても、劇の内容はそれじゃないわよ。
 それに、そのペルセフォレの物語は、ちょっとね」

「あ、あはははは。そうですよね」

言い淀む祥子と、言いたいことが分かった美由希はお互いに納得しているが、
祐巳たちは何がちょっとなのか分からず、首を傾げる。

「何か問題でもあるのか?」

「まあ、少しね。でも、ペルセフォレの物語でも無いのだから、それは良いでしょう」

祥子の言葉に全員頷くと、また何をするのか推論を始める。
それから三十分ほど経った頃、

「あーー!もうやめやめ。どうせ、明日になったら教えてもらえるんだし」

「それもそうだよねー」

由乃に続き、祐巳もどことなく疲れたように言う。

「やっと諦めてくれたみたいだね」

「ええ、助かるわ」

そんな由乃たちを眺めつつ、令と祥子が笑みを交わす。
それを見て、由乃は立ち上がると令に詰め寄る。

「大体、素直に教えてくれない令ちゃんが悪いのよ!」

「うわー、由乃さん、それを言ったら元も子もないよ」

由乃の暴走を祐巳が止めようとするが、こんな事には慣れっこになっている令はやんわりと諭すように言う。

「まあまあ。でも、この方が結構楽しめるでしょう」

「うっ」

実際、さっきまで色々と推理して楽しんでいたため、否定できずに言葉を詰まらせる。
が、そんな事で大人しくなるような由乃ではないと、一年程の付き合いだが祐巳にはよく分かっていた。
当然、それは由乃が生まれたときから一緒にいた令にしても同じだろうが。

「確かに楽しかったけれど、それでも、今知りたい、知りたい、知りたい」

「駄目よ、由乃ちゃん」

「どうしてですか。もうここまできたら、良いじゃないですか」

祥子の言葉にさえ反論する由乃を、祐巳はハラハラしながら見守る。
そんな由乃を見ながら、祥子は余裕の表情で告げる。

「だって、今教えても、また明日に同じ事を言わなければならないでしょう。
 可南子ちゃんや瞳子ちゃんがいないのだから。だったら、二度手間はしたくないもの」

「別にそんなに手間じゃないじゃないですか」

尚も食い下がる由乃に対し、祥子はきっぱりと言う。

「残念だけれど、ここで話すわけにはいかないわ。
 確かに大した手間ではないけれど、それじゃあ瞳子ちゃんたちに示しがつかないでしょう。
 明日と言った以上、約束を破ってあなた達に先に話すわけにはいかないわ」

「はぁー。それもそうですね」

祥子の言葉に由乃もようやく引き下がると、再び何をするのか予想を並べ立てるのだった。





  ◇ ◇ ◇





日本から西南へと向った先にある地、東洋の魔都とも呼ばれるそこにある一つの建物。
その建物内を、髪をリボンで後ろに一つに纏めた若い女性が歩いていた。
その両手に、少し大きな箱を構えている女性は、廊下に並ぶ幾つかある開いたままの扉のうち、一つへと入って行く。

「ふぅ」

その部屋の最も奥に位置する机に、手に持った荷物を降ろすとほっと一息吐く。
そんな同僚の姿を見て、机に座ったこちらは長い髪をそのまま背中へと流したロングヘアーの女性が笑みを見せる。

「お疲れ様。わざわざすまなかったね」

「良いんですよ。どうせ、ついででしたから」

そうやって返してくる女性に再度礼を述べ、そこでロングヘアーの女性は段ボール箱の上に置かれた数枚の書類に目を向ける。

「それは?」

「ああ、これとこれはうちの分で、こっちが…はい」

そう言って、書類の三分の一程を手渡す。

「ああ、そんな事まで本当にすまない」

「いいえ。これこそ、本当についでですよ」

にこやかに答えるが、急にその笑みを顰め真剣な顔つきになる。
それに気付き、ロングヘアーの女性もまた表情を引き締めて言葉を待つ。

「実は、少し変わった情報がありまして」

「変わった?」

「はい。まあ、それ自体はそんなに変わっている訳ではないんですが、何と言ったら良いか…」

「構わないから、思ったまま言ってくれるかい」

「はい。実は、何者かは分かりませんけれど、ここ最近とある人物について執拗に調べている者がいたんです」

「いた?過去形って事は、もういないって事?」

ロングヘアーの女性の問い掛けに、もう一人の女性は一つ頷く。

「はい。でも、別に私たちがどうこうした訳ではなくて、自然と無くなったというだけです」

「つまり、必要な情報を得たから、調べるのを止めたって事だろう」

「それはあり得ません。その者が調べている情報は、幾ら探しても見つかるはずがないんです」

「情報が見つからない?それなら、別に問題ないんじゃ…」

いまいち女性の言いたいことが分からず、首を傾げる。

「数少ない情報がその者に渡らなかったという意味では、良いんです。
 ただ、問題は何故、その情報を欲しがったのかって事です。
 調べ始められたのが、大体、二ヶ月半程前です。そして、それが全く無くなったのが、一月半程前です」

「それがどうかしたのかい?」

ロングヘアーの女性の言葉に、もう片方の女性は更に続ける。

「そして、一月程前からおかしな動きがあります」

「おかしな動き?弓華、いい加減もったいぶらずにお願いするよ」

ロングヘアーの女性の言葉に、弓華と呼ばれた女性は口を開く。

「そうですね。では、はっきり言いますよ美沙斗。
 何者かは分からないですけれど、双翼について調べようとした者がいます。
 生憎、双翼自体が裏世界では存在を囁かれるだけなので、情報がないという事もあって、何も分からなかったみたいですが」

弓華の口から出た一つの単語に、ロングヘアーの女性──美沙斗は僅かに反応する。

「そして、それを諦めた後に数十人もの人間が一箇所へと集まっています。
 当然、それを察知した私の部隊がそこに行きましたけれど、何もありませんでした。
 そして、ここ最近、日本への入国が少し厳しくなっています」

「まさか、そいつ等の行き先は、海鳴……」

何かを確認するかのように尋ねる美沙斗に、弓華はしかし首を振って見せる。

「いえ、そこまでは分かりません。ただ、海鳴へ向かったという形跡はありませんでした。
 ひょっとしたら、そいつらの目的は双翼ではないのかもしれません。
 何か事を起こそうとしていて、その障害となる可能性に双翼がいるというだけかもしれませんし。
 どちらにしろ、何も手掛かりが無いので、全て推測の域を出ませんけど」

弓華の言葉に考え込む美沙斗に、そっと声を掛ける。

「でも、きっと大丈夫ですよ彼なら」

「ああ、そうだね」

弓華の言葉に元気付けられるように、美沙斗も大きく頷く。

「ええ。何せ、美沙斗のお兄さんと旦那さんをも越えて行く人なんですから」

「ああ。そして、御神の剣を誰よりも正しく振るう事が出来るんだからね」

「そうですよ。夏休みに手合わせしましたけれど、かなり強かったですよ。
 それに、かなり美形でしたね」

「ふふ。本人にはその自覚はないだろうけれどね。弓華、ライバルは多いよ」

「別に、他の女の子たちとライバルになるつもりはないですよ」

そう言って笑う弓華に、美沙斗はからかうように話し掛ける。

「そう言えば、そうだったな。弓華には、他に素敵な人が」

「み、美沙斗!それは今、関係ないですよ。そ、それよりも、さっさと次の仕事の支度に取り掛からないと」

「ふふ。ああ、そうだったね。次の任務は弓華の隊と合同の作戦だったか」

「そうですよ。私もすぐに準備をしますから、これで」

まるで逃げるように去って行く弓華の背中を無言で見送り、先程までの迷いを断ち切るように、何度か軽く頭を振る。

(恭也なら、きっと大丈夫だろう)





つづく




<あとがき>

ふっふっふ。劇の内容は次回!……多分
美姫 「どうりで、次回以降を強調するはずだわ」
はははは。
美姫 「所で、ペルセフォレの物語がちょっとって何で?」
それは、ペルセフォレの物語に出てくる姫を目覚めさせる若者に原因があるんだな。
美姫 「ほうほう」
実は、若者、名前をトローイリュスというんだけれど、彼は空から城へと侵入して、眠っているゼランディーヌ姫を発見するんだ。
で、彼は眠っている姫と床を共にしてから立ち去った。
その結果、王女は子供を一人産む事になる。
で、その子供が母親の指を握って吸ったんだな。
美姫 「それで、それで」
すると、指先に刺さっていた棘が抜けて、ゼランディーヌは目を覚ます。
美姫 「へ〜」
で、後は本文でも言ってる通り、王様が馬上試合を行なったんだ
で、その中にはトローイリュスもいて、彼は全ての騎士を打ち破って優勝すると。
まあ、大体はそんな話かな。
美姫 「なるほどね。寝ている姫様相手に…」
まあ、そういう事だ。
これに似た話で、陽と月とターリアというのもあって、こっちはもっと凄いぞ。
同じように眠りについた姫の所に鷹狩りだったかな?
兎も角、それをしに来た王がいたんだけれど、途中でその鷹が姫の眠っている館の中へ入って行くんだ。
で、王様が幾ら呼んでも戻ってこないので、館に入る。
すると、そこでは綺麗な姫が眠っていた。
で、それを見ているうちに…。ってな事で姫を抱くんだな。
そして、王は城へと帰る。
で、同じように子供が生まれるんだけれど、今度は双子の男の子と女の子。
その子供が同じように姫の指を吸って、姫は目を覚ます。
で、目覚めた姫は、訳が分からないながらも、その子供たちを大切に育てるんだ。
美姫 「よく考えたら、酷い話よね。身に覚えが無いのに子供が出来てるなんて。しかも、父親が不明」
ああ。しかも、これはまだ終わりじゃないんだな。
もっと酷い事が待ってる。
美姫 「うぅ〜。何か、聞きたくないかも」
じゃあ、やめておくか」
美姫 「うぅ〜、そう言われると聞きたい…」
あのな。まあ、いいや。それじゃあ、続けるぞ。
美姫 「うん」
で、その子供たちの父親である王なんだが、ある日姫との情事を思い出すんだな。
そして、再びその館を訪れる。
美姫 「うわー、最低」
まあまあ、落ち着け。
とりあえず、館へと向ったんだが、そこでは姫が目覚めていて、二人の子供もいた訳だ。
それを見た王は喜んで、事の成行きを説明するんだ。
すると、その姫も王の事を気に入ってしまう。
美姫 「何か、都合が良すぎるような…」
まあ、それは言うな。
兎も角、お互いに気に入った二人は、数日間その館で過ごす。
で、王様は城に帰る時に、今度来た時には城に連れて行くと約束をするんだ。
美姫 「あ、じゃ、最後は一応ハッピーエンドなんだ」
と、思うだろう。所が、まだ話は続いてな。
あ、因みに姫の名前はターリアで、男の子がソーレ女の子がルーナという名前なんだけど。
まあ兎に角、王様はこの三人の事ばかり考えるようになるんだ。
で、それに腹を立てたのが、王妃様って訳。
美姫 「って、結婚してたの、この王様!」
ああ。でだ、王様が狩りと言っては、数日間留守にするので怪しいと思ったんだな。
美姫 「何か、昼メロのノリになってきたわね」
はははは。まあ、それはさておき、王妃はある日大臣を呼んで、王の愛人がどこにいるのか教えろと言うんだ。
話せば褒美を、話さなければ日の目は見れないと脅して。
美姫 「って事は、大臣は話してしまうの?」
その通り。それで、ターリアの子供たちは城に呼ばれるんだな。
美姫 「子供だけ」
そう。
で、ここからなんだが、王妃は料理人にその子供たちを細切れにして、ソースで煮込んだ物を王に出せと言うんだ。
美姫 「うわぁ〜。そ、それで?」
その料理人は優しい人物だったんで、子供たちを自分の家に匿って、代わりに山羊を二頭調理して王に出した。
美姫 「ほっ」
で、王はその料理を美味い、美味いって食べて、その横で王妃はもっとお食べなさいと勧めていく。
美姫 「こ、怖いわね」
ああ。女の嫉妬とは、かくも恐ろしきかな。
美姫 「でも、この王様に関しては自業自得とも」
まあ、そうなんだが。子供とターリアには罪はないような…。
それは置いておいて、話に戻るぞ。
兎も角、子供たちを料理したと思った王妃は、今度はターリアを城へと呼ぶんだ。
で、やって来たターリアを罵って、庭に焚き火をさせて、その火にターリアを放り込むように命令するんだ。
そして、家来たちに火に投げ込まれる寸前、王が騒ぎを聞きつけてやって来る。
で、その状況を見て。子供たちのことを王妃に尋ねるんだ。
で、王妃はアナタが食べたのよと言い放つ。
美姫 「うぅぅ」
それに怒り、嘆き悲しんだ王は、王妃に対して、残酷な裏切り者とか、
お前みたいな醜い嫉妬女はライオンに食わせるまでもないとか叫んで、王妃と大臣を焚き火に投げ込ますんだ。
美姫 「裏切り者って、王にだけは言われたくないわよね。
    最初に王妃を裏切ったのって、王じゃないの」
まあ、そうなんだけれどね。
兎も角、王妃と大臣は投げ込まれるんだ。
で、次に料理をした料理人も同じ目に遭わせようとするんだけれど、そこで料理人が子供たちを助けていたと言う。
そして、子供たちをその料理人の妻が連れてくるんだ。
それに喜んだ王は、その料理人に褒美を与え、ターリアを王妃として、子供たちを幸せに暮らすというお話。
美姫 「…………。何か、どう考えても王が悪いと思うのは私だけ?」
まあ、それはあながち間違いではないがな。
こういう話もあるって事で。
美姫 「はぁ〜。……って、今回のあとがき、ちょっと長すぎない」
確かにな。仕方がない、今回はこの辺で。
美姫 「まったね〜」





ご意見、ご感想は掲示板こちらまでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ