『マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜』



第12話 「演目発表」






二時間目の授業を終え、恭也は腕を上に上げて背を伸ばす。
一頻り伸びをすると、力を抜く。
そんな恭也に近づき、祥子が話し掛ける。

「恭也さん、あの」

「どうかした?」

そう答えつつ、周りから注目されている事に気付く。

(流石、紅薔薇さまだけの事はあるな。その一挙一動まで注目されるとは)

驚嘆しつつ恭也は祥子の言葉を待つ。
祥子は多少言い辛そうにしていたが、やがてその口を開く。

「次の授業は体育なんですけれど」

「ああ、そう言われれば…」

恭也は次の授業内容を思い出して頷く。

「俺は見学させてもらう事になっているが」

それがどうかしたのかと、恭也は祥子に尋ねる。

「それで、ですね。私たち、これからこの教室で着替えるんですけれど…」

「……!あ、ああ、すまない。俺は先に体育館へと行っているから」

何故、周りが注目しているのか分かり、恭也は顔を赤くして急いで廊下へと向う

(あれは祥子を見ていたんではなくて、ずっと教室にいる俺を見ていたのか…)

そんな恭也の背中に、数人の声が聞こえてくる。

「恭也さんにだったら……」

「そんな事言っていいのかな?本当に、その体型を見られても良いの〜」

「む〜。少しばかり大きいからって」

「少し?日本語は正しく使わなければ駄目よ」

一斉に上がる笑い声を背に、恭也は教室を後にする。
廊下を出て、扉を閉めた恭也の耳に、まだ生徒たちの声が聞こえてくる。

「恭也さんったら、あんなに照れて赤くなっちゃって、可愛い」

「本当に。普段の精悍な顔つきも良いけれど、照れた顔も…」

そんな声を聞きながら、恭也は足早に去る。
廊下を早足で歩きながら、体育館へと行く途中で薔薇の館へと向う。
しかし、その途中で道を逸れ、茂みへと入って行く。
犯人が再度、薔薇の館へと忍び込む時の事を考え、普段人の通らない場所数箇所に、恭也はある仕掛けを作っておいた。
仕掛けといっても、罠のようなものではなく、何者かがここを通ったかどうか分かるようにする程度のものであるが。
目に見えないぐらいに細く、弱い糸を木と木の間に張り巡らせただけのソレは、どこも切れておらず侵入者がない事を意味していた。

「まあ実際、気休め程度にもならないがな」

犯人がこの進路で侵入するかどうかも分からない上に、気付く者は簡単に気付くであろう仕掛けに恭也は苦笑を漏らす。

「まあ、やらないよりは、な」

問答無用で罠を仕掛けても良いとなれば、弓華や美沙斗に教えてもらったトラップの数々をこの学園の至る所に仕掛けるのだが。
流石に、そういう訳にもいかない。
とりあえずとして設置した仕掛けを確認すると、恭也は足早に体育館へと向うのだった。





  ◇ ◇ ◇





放課後になり、薔薇の館へと全員が揃う。

「それにしても、お昼休みは凄かったわね」

祥子が思い出すように恭也に言うと、祐巳がそれについて尋ねる。

「何かあったんですか?」

「ええ、ちょっとね」

今日の昼、祥子は薔薇の館へと行けない事を予め祐巳たちに言っていた。
その為、恭也と祥子は祐巳たちとは別行動をしていたのである。
その時に起こったちょっとした事を思いだし、祥子は祐巳にも話して聞かせる。

「そんなに大した事ではないのだけれど、お昼休みにちょっと用事があったので移動してたのよ。
 そしてら、行きは何もなかったのに、帰り道にね」

「多くの生徒が歩いていたんですけれど、その中の一人が躓きまして…」

「あ、分かりました。それを恭也さんが支えてあげたとか」

祐巳が思いついたように言うが、祥子は残念ねと首を横に振る。

「いえ、生憎と離れてましたので、流石に助ける事は出来ませんでした。
 それに、その方は躓きこそしたものの、転ぶまではいきませんでした」

「で、それがどうしたの?」

令がそれの何処が凄かったのか尋ねる。

「まだ話している途中じゃない。もう、祐巳が途中で遮るから…」

「すいません」

拗ねたように言う祥子に対し、祐巳は少しだけ笑みを浮かべながら答える。

「何が可笑しいのよ、祐巳」

「べ、別に何でもないです」

拗ねた祥子さまが可愛かったなんて言ったら、どうなる事か。
そんな事を考えつつ、祐巳は誤魔化す。

「まあ、良いわ。それで、その子が躓いた後、一斉にその近くにいた子たちが、その子に大丈夫って声を掛けるのよ。
 中には、今ので足首を痛めなかった、とか心配する人までいてね。
 一人がそう言い出したら、保健室へ行こうとまで言う人まででだして」

「その子はとても困ってましたけれど」

祥子の言葉に、祐巳たちは不思議そうな顔をする。

「一体、何故そんな事に?」

「その子、実はとても身体が弱い子だとか?」

乃梨子が不思議そうに尋ね、その後に由乃が言う。
しかし、その言葉に祥子は首を振る。

「絶対に違うとは言えないけれど、そう言う感じではなかったわ」

それなら何故、と全員が不思議がる中、恭也は一人感心したように呟く。

「しかし、皆さんとても優しいですね。うちの学校なんかだと、あそこまでなりませんよ。
 逆に、廊下の端まで飛ばされえている生徒をたまに見かける事があるぐらいですし…」

恭也の脳裏に二人の妹分の姿が浮ぶ。
一方の祐巳たちは、恭也の言葉に納得がいったとばかりに頷く。

「そういう事ね」

「ええ、そういう事よ」

令の言葉に祥子が返す横で、恭也は何がそういう事なのか分からないという顔をしている。

「お昼の間にリリアンかわら版が配られたんです」

恭也に志摩子がそう教えるが、それでも分かっていない恭也に、まあ予想通りと見切りをつけ、それ以上の説明はしない。

「さて、それよりも今日の本題に入りましょうか。皆、気になっているようだから」

祥子の言葉に、令以外の全員が祥子へと集中する。

「ロミオとジュリエットとかですか」

祥子が話すよりも先に、瞳子が待ちきれないといった感じで口に出す。
それを否定し、祥子はゆっくりと話し始める。

「演目内容は、ナイツ・オブ・ナイトよ」

「あ、それってこの間祐巳さんが読んでた…」

美由希の言葉に、祥子は頷く。

「そういえば祐巳さん、祥子さまに薦められたって言ってたわね」

「ああ、しまった。そう言えば、そうじゃない。何で、こんな事に気付かなかったんだろう。
 祥子さまが薦めたのにしては、少し変わってたのに〜」

志摩子が言い、由乃は叫ぶように頭を抱えて言う。

「残念だったね、由乃」

令が言った言葉に、由乃は力なく手だけを振る。
そこへ、恭也が話し掛ける。

「所で、そのナイツ・オブ・ナイトというのは、どんな話なんだ」

「そうね。少し簡単に説明しましょうか」

祥子の言葉に恭也は頷く、それを見て祥子はゆっくりと話し始める。

「『ナイツ・オブ・ナイト』は、若い騎士とその戦友たちの友情や裏切りといったお話よ。
 そもそもの始まりは、ある大国の王さまが三人の娘たちのうち、誰に王位を譲るかで悩むの。
 この王さまには息子が一人もいなかったのよ。
 本来なら、長女が後を継ぐのだけれど、三人の姫たちには、代々仕えている騎士たちがいるの。
 その騎士たちは、それぞれの姫に対する忠義が第一なのよ。
 それで、王様は最も優れている騎士に仕えられている姫に王位を譲ると言い出すの。
 そうして、王位を巡る戦いが巻き起こるのよ」

「はあ、凄い話だな」

祥子の説明に恭也はしきりに感心したように頷く。
その横から、令が口を挟む。

「まあ、細かいストーリーは後で台本を見てもらうとして、配役を言わないと」

「そうだったわね。まず、末の姫に仕える騎士クラヴィスを…」





  ◇ ◇ ◇





リリアン女学園の校門前。
そこに、三つの影が立つ。

「ふっふっふ。やっと真打登場〜、ってね」

「何、馬鹿な事言ってるのよ、聖」

「あははは。だってさ、皆酷いんだもん。恭也くんが来てるなら、そう教えてくれれば良いのに。
 すぐ隣の学校なんだからさ」

「まあ、それは一理あるわね」

「でしょう」

聖の言葉に蓉子は頷き、それにまた聖も頷く。
そこへ、江利子が話し掛ける。

「でも、聖がリリアンで良かったわ。お陰で、恭也さんの事を知れたんですから」

「そうよ。感謝するように。うちまで噂が来たのには、少し驚いたけれどね」

「それは兎も角、そろそろ行きましょうか、薔薇の館へと」

蓉子の言葉に、聖と江利子は笑みを浮かべて頷くのだった。
そして、三人は久し振りとなる薔薇の館へと歩き出す。





つづく




<あとがき>

遂にあの方々がリリアンに戻ってきた。
美姫 「既に名前が出てるから、誰かは分かっているけれどね」
はっはっは。
美姫 「それにしても、やっと演目発表ね」
ああ、長かった、何せ、何をするのかは既に決めてあったからな。
これに決まるまでも、結構長かった。
他にも、『聖杯争奪戦奇譚』ってのも考えてたんだけれどね。
美姫 「早い話、Fateよね」
うん。聖杯争奪戦奇譚、それはどんな願いでも叶えてくれるという聖杯により選ばれたマスターと呼ばれる者たちと、
そのマスターに仕える英霊たちによる戦いのお話。
ってな感じだな。因みに、聖杯戦奇譚と言わずに、Fateと呼んでいるネタもある。
最初の部分がないのが聖杯戦奇譚で、あるのがFateという訳だ。
美姫 「それは、こんなお話でした」





  ◇◇◇



マリアさまはとらいあんぐる 〜2nd〜

ボツネタ 〜Fate劇編〜





「そうそう。今回の山百合会の劇のことなんだけど」

その言葉に、全員が祥子を見る。

「やっと教えてもらえるんですね」

本当にやっとという気持ちを出して由乃が言う。
その言葉に祥子は頷く。

「じゃあ、令からお願い」

てっきり祥子の口から語られると思って身構えていた祐巳は、思わず額をテーブルに力一杯ぶつける。

「祐巳、騒々しいわね」

「うぅー。すいません」

「祐巳さま、大丈夫ですか」

「ありがとう可南子ちゃん。大丈夫だから」

額を覗き込むように見てくる可南子に礼を述べつつ、祐巳はきちんと座りなおすと令の方を見る。
自分に視線が集まる中、令はゆっくりとその口を開く。

「今回の劇の内容はFateよ」

「え、ええ!お姉さま、それは18禁なんじゃ…」

「あら、祐巳。貴女どうしてそれを知っているのかしら?」

「あ、あう。そ、その…」

それを言えば、何故祥子も知っているのかとなり、更に言えば何故文化祭での劇がそれなのかとなるのだが。
混乱している祐巳はそこまで気付かない。
慌てふためく祐巳を楽しそうに眺めつつ、祥子は言う。

「勿論、そんな所まではしません。やるのは、七人のマスターとサーヴァントによる闘いを中心とした話です」

「はいはい!セイバーやりたい!」

真っ先に手を上げる由乃に対し、令は苦笑しつつ言う。

「残念だけど、配役は既に決めてあるの」

「ちぇー」

唇を尖らせつつ拗ねたように呟く由乃。
そんな由乃を横目に、祥子は話を進めていく。

「勿論、マスターもサーヴァントもオリジナルいくから。
 聖杯を巡る戦いっていうのは勿論、そのままね。で、次に配役だけど…」

その言葉に全員が息を呑んで言葉を待つ。
特に二年生の三人は全員が祥子の一挙一動に注意を払う。

「まず、アサシンに恭也さん。セイバーは美由希さん。
 お二人は最後まで残って、闘ってもらいます。勿論、台本はなしで。
 一応、勝つ方だけは決めておきますので、それさえ守っていただければ五分ほど好きにやってください。
 あ、正し皆に見えるようにお願いしますね」

「ちょっと待て、祥子!それは…」

「あら?何でも手伝ってくれるんでは?」

「出来る範囲といったはずだが」

「出来る範囲じゃないですか。それとも打ち合うことが出来ません?」

「そうじゃなくて…」

恭也の言いたい事を分かっており、祥子は遮るように言う。

「勿論、本気でと言ってません。それでも、多少のリアリティーは欲しいんです」

「恭ちゃん…」

美由希がどうするのと目で尋ねてくるのに対し、恭也は悩む。
そこまで読んでいたのか、祥子は悩む恭也へと話し掛ける。

「もしそれが無理でしたら、台詞が多くて殆ど出ずっぱりの役ならありますけど?
 アサシンは台詞が最も少ない役立ったんですけど…」

それを聞き、恭也は項垂れる。

「分かった。何とか善処する」

「ありがとうございます」

恭也の返答を貰い、祥子はニッコリと笑う。
恭也が納得してしまえば、美由希は何も言う事が出来ず自ずとセイバー役につく事になる。

「うぅ〜。セイバーって、台詞が多そう…」

「大丈夫ですよ、美由希さん。その辺はちゃんと考えてますから。
 主役のサーヴァントはセイバーではありませんから」

祥子の言葉にほっと胸を撫で下ろす美由希。
そして、祥子は更に続ける。

「大河の役は令にやってもらうから。それで、次に…」



  ◇◇◇





と、まあこんな感じだった訳だ。
実際にする時は、聖杯争奪戦奇譚と名を変えて、最初の18禁うんぬんという部分は削除してたけれどね。
美姫 「これとナイツ・オブ・ナイトのどっちにしようかと考えてたのよね」
そういう事。で、結局はナイツ・オブ・ナイトになったという事さ。
美姫 「なんで?」
いや、単に凛の役は祥子かな〜って考えて、そしたら、祥子は主役級の役になるじゃないか。
祥子と令は脇役をする為に、ギリギリまで教えなかったんだから。
美姫 「それで、これがボツになったのね」
そういう事。
他にも、ボツになったのは幾つかあるけれど、ここまで書いててボツになったのはこれともう一つだな。
美姫 「ああ、あれね。確か、アレとこの聖杯争奪戦奇譚、そしてナイツ・オブ・ナイトは途中まで書いてたもんね」
うんうん。そして、二つはボツに、そして、一つだけがこうして劇の演目として本編に。
美姫 「と、また今回のあとがきも長くなってしまったわね」
うむ。それでは、この辺で。
美姫 「バイバイ〜」





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